最終更新日(update) 2012.11.01 |
|||||||||||||||||||||||
|
|
|
平成24年1月号掲載 句会報 | |
花梗さんを悼む 追悼句 磴の会 | |
松村ミドリ | |
|
|
平成24年1月号へ | |
|
|
余りにも不意の別れや白芙蓉 もとめ 露けしや一会の別れ常なれど 一 江 露深き句友の旅立ち惜しみけり 昌 子 虫すだく永遠の別れの涙かな ミドリ 花梗さんの突然の逝去悲しみの消えぬまま二ヶ月が過ぎました。日がすぎゆくのに淋しさがつのるばかりむなしい風が通り去ってゆくのです。花梗さんとは高校時代からの親友で話術は周囲の人を魅きつけいつも楽しい雰囲気でした。私は花梗さんに憧れました。少女から大人に興味を持ち始めた頃少しおませな、グループのリーダー格ですっかりその卓越した話の虜になった楽しい学生時代でした。彼女はクラスでも結婚は早くすべてに秀でて大人でした。長い付き合いの中どんな相談でも聞き役で親切でした。自分の事はさておき愚痴や泣きごと云わず我慢強い頼りになる人でした。その後子育ても終り一緒に旅行もずい分出かけました島根、山口方面に行った宿で何かメモしていると気づき聞くと俳句よと見せてもらいその時が最初でした。その句は「ひおおぎを句帳に栞り旅枕」の句で私も俳句をやってみたいと思ったのですが実際にはずっとずっと始めたのは後でした。季語の本にものったと記憶しています。日頃の花梗さんと違うもう一人の花梗さんと気づきますます魅かれました。 |
|
|
|
|
平成24年2月号掲載 句会報 |
飯田白魚火「かざこし俳句会」 |
大澤のり子 |
|
平成24年2月号へ |
|
ざこし俳句会は発足から二十四年が経ちました。 現在の会員は十一名で、菅沼公造さんを中心に月一回第三水曜日の句会を休まず続けております。春から村議会議員になった大原千賀子さん他、都合でお休み中の方もいらっしゃいますが一昨年神奈川県へ越された後藤泉彦さんが、遠路をものともせずに毎回出席してくださいますので、皆大変励まされております。 句会は市の公民館をお借りして開きます。予め諏訪市在住の宮澤薫先生へ三句(以上も可)送り、添削指導を受け、句会当日は五句出句、五句選で進めます。披講は順番です。それぞれ感想等言い合い、終りに次回兼題をこれも順番で決めて、句会は二時間程で終ります。吟行句会はなかなか出来ませんが、宮澤先生をお迎えしての句会(年二度)は近場で又は諏訪へ出向いて吟行したりしています。 今年の八月十六〜十七日には、佐川春子さんにお骨折りいただき新野(にいの)の盆踊りに行くことが出来ました。この盆踊りは国重要無形民族文化財に指定されています(平成十年)。長野県の最南端に位置する阿南町新野は愛知県と隣接する山間の盆地で、国道一五一号が街の中心を通り、祭り街道の俗称があるほど、他にも伝統の祭りを守っているところです。新盆を迎えたお家の切子灯篭を飾った櫓が街並みの中央に置かれて長い踊りの輪ができます。年令性別関係なく誰でも踊りの輪に入ることができます。楽器は使わず櫓の上の音頭取りに踊り子が返し、調子を揃え、夜を徹して朝まで踊り続けます。私達もすっかりその雰囲気に浸り朝まで踊りました。 十七日の朝宿へ帰ってから開いた句会は大変盛り上がり、感動が一そう深いものになりました。又、佐川さんの 「幼子の赤い三尺踊りの輪」 が、白魚火十一月号で仁尾主宰の秀句に選ばれて喜びも一入でございました。 まぼろしの父の来て舞ふ白扇 薫 |
|
|
|
|
平成24年4月号掲載 句会報 | |
函館白魚火 |
|
森 淳子 | |
|
|
平成24年4月号へ | |
|
|
一月七日 新年句会 嬉しいことに新年早々、五十嵐好夫さんが入会されました。これで白魚火句会は総勢十三名となりました。 毎月第一土曜日出句は十句互選の後、今井星女代表による選評があります。 本日の句より 白鳥に逢ひたる夜の深眠り 今井 星女 被災地の友から届く賀状かな 西川 玲子 寒月下道きしきしと軋みけり 吉田 智子 新しき家族そろひて屠蘇の膳 広瀬むつき 賽銭箱小さき社殿や初詣 内山実知世 雪吊りの天辺で鳴く鴉かな 佐々間ちよの 平凡な日々でありたし初ごよみ 赤城 節子 茶柱のすつくと立ちてお元日 山越ケイ子 初夢や会ひたき母に逢うてをり 細越登志子 漁火の増ゆる海峡年の暮 伊藤 隆 年新た歳時記めくる小半日 五十嵐好夫 一葉忌米研ぐ水の澄みにけり 森 淳子 昨年は二度の吟行を決行 春は花見、秋は鮭の遡上に感動しました。 二十三年五月十五日、青葉が丘公園吟行 二十三年五月十六日、トラピスト、茂辺地川吟行 二十四年一月号 |
|
|
|
|
|
|
平成24年5月号掲載 句会報 |
群馬白魚火 文月会 |
坂本 清實 |
|
平成24年5月号へ |
|
私達の文月会の発足は、昭和六十年頃で、関善館の隆女様の呼びかけで、俳句希望者が集まり、関善館の一室で俳句作りが始まったそうです。他地区から立派な先輩諸先生方、今は故人となられた鈴木吾亦紅氏・笛木峩堂氏・篠原一進氏等が遠方より馳せ参じて、指導に当たってくださったそうです。 現在は、毎月四日午後七時より温子会員宅をお借りして定例句会を実施しております。 鳥雲集作家金井秀穂・奥木温子両先輩の指導のもと、また、篠原庄治様の繊細なるご配慮をいただき、会員九名で欠席者もなく熱心に取り組み、楽しく句作りに励んでおります。 句会は五句提出・選句・披稿・点狩と進み、指導者の感想・指導・会員相互の感想・質擬応答等、その間に湯茶・菓子等いただきながら、和やかにそして楽しく俳句の学習をしております。 私が文月会にお世話になり感じていることは、県・郡・町・地域が系統立てて行事計画が実施されており、会員はそれ等を立派にこなし、協力している姿に感動し、大いに刺激を受け自己反省に努めております。 また、面白くて楽しい行事に参加したことがあります。その行事について白魚火誌三月号に温子様が、『湯立神事』と題して、俳句とその神事の歴史的一大イベントを紹介してくださいました。私達会員は一月二十一日その神事に参加しました。四万温泉の歴史の古さを知り、その行事を六年前に復活し立派に継承する町民の郷土愛に胸を熱くし敬意を表しながら、厳粛な式典を見守りました。その後、お祓に使った福笹と絵馬をいただき、袋に入れた福饅頭を本気拾って後、温かいうどんや甘酒をいただき、私達仲間は新年句会宿舎に入りました。興奮の覚めやらず行った句会は素晴らしく活気に溢れ力作揃いでした。句会後の親睦会は時を忘れ楽しい会となりました。 冴え返るみしりみしりと夜の梁 温 子 つくばひの水音幽し春隣 秀 穂 湯の里の氷柱曲りし風の道 吾都美 雪に透け紅さばしれる寒椿 庄 治 堰のぞく小犬に水は春唄ふ 美名代 春兆す明るき朝の日差しかな 鳳 水 納屋までに長靴をはく春の雪 き よ 紅梅を一輪挿して無人駅 鳳仙花 春兆す電線ゆらす群れ雀 清 實 |
|
|
|
|
平成24年6月号掲載 句会報 | |
白梅俳句会(出雲市斐川町) |
|
船木 淑子 | |
|
|
平成24年6月号へ | |
|
|
安食副主宰より二、三人でもよいから友人を誘って句会を立ち上げませんかとお勧めが、平成十九年の全国大会の際バスの中でありました。幼稚な私ではと躊躇しましたが適切なアドバイスをうけ心が動きました。 知人友人に誘い掛けること十数人、軽スポーツや歌の会などに誘うのとは違い仲々大変でしたが、どうにか五名を集めることができ梅の花が一、二輪咲き初む頃私を始め六名が、武永江邨先生を迎え小さな句会の灯を点すことができました。 早速安食先生に報告すると大変喜んで下さいました。毎月第三日曜日に地区の「ふれあい館」を会場に兼題三句雑詠四句を持参十句選で行っていますが初心者ばかりで当初は随分と苦労しましたが、江邨先生の指導のもとみんなが励まし合って和気藹藹欠かすことなく今日まで続けて参りました。 年一回の吟行句会は皆んなが楽しみにしています。一回目の平田の唐川吟行は大雨の中、山道が滝の様になり大変でしたが皆さん頑張って雨の句を詠みました。その反面立久恵峡は秋晴れのさわやかな吟行日和で良い作品ができました。回を追うごとやればできるとの自信らしきものを持てる様になりました。加えて先輩格の久木俳句会(山根仙花先生指導)からも時折吟行に誘っていただいております。又私達句会の特徴の一つとして新年句会には句会終了後先生の提案による「句相撲」を余興として行い初笑のひと刻を過します。 回を重ねること五十回に達しました。白魚火の成績も二句欄より三句欄に定着したと思います。この間「百花寸評」に数名取り上げていただきました。中でも特筆すべきは 新米の粒総立ちに炊き上る 桶田 朝野 鶴見一石子先生の「白魚火作品月評」に絶賛して三句欄より抜擢されたことです。白梅句会としての快挙であったとも言えます。 まだまだよちよち歩きの私達白梅句会でありますが、主宰の仁尾先生始め諸先生方そして誌友の皆様よろしく御指導御鞭撻をお願い申上げます。 白れんの揃ひし蕾の象牙色 江 邨 春愁やワイングラスの足細く 朝 野 手仕事の手先に届く春日射し 由利子 白木蓮大樹の先に昼の月 幸 子 夕暮れて白の浮き立つ白木蓮 ふじ子 春なれや子の声高く野に走る 紀 子 流されつなほ寄り添ひて残る鴨 淑 子 |
|
|
|
|
|
|
平成24年8月号掲載 句会報 |
鳥取白魚火 はまなす句会 |
田中ゆうき |
|
平成24年8月号へ |
|
はまなす句会は、白岩敏秀先生に声を掛けて頂いた四名が三句会より集り、平成二十二年七月に創会された歴史の浅い句会です。 「はまなす」という名称は、海岸に紅色の花を咲かせるはまなすの自生地が、鳥取県を南限としていることに由来しています。 句会は、毎月一回、第三日曜日の午後開かれ、兼題二句雑詠三句の五句を出句し、七句選出します。その後披講に入りますが、その時に名乗らないのがこの会の特徴です。名前を伏せたまま先生の講評を受け、お互いの意見を述べ合った後、いよいよ作者名を明かしますが、それまで頭の中であれこれ推測していた作者が見事にはずれた場合には、大いに盛り上がりどっと笑い声が上がります。 ここで、それまでの張り詰めていた空気が一度に緩み、和やかな雰囲気になります。 白岩先生の御指導は、一語一語肌理細やかに行われ、毎回大変勉強になります。また、先生はいつも「句にもっとパンチが欲しい。」とおっしゃられ、私たちはこの言葉を頭に置いて句作に奮闘しています。 はまなす句会はこのように、先生の温いお人柄と、少人数という親しみやすい雰囲気の中で楽しく行われており、今後はもっと会員を増やして、お互いに刺激し合いながら句作を続けて参りたいと思っています。 来る六月十七日(日)には、俳人協会鳥取県支部主催の吟行会が鳥取砂丘などで開催され、はまなす句会もお手伝いをさせて頂くことになりました。貴重な体験ができるのを今から楽しみにしています。 最後に会員の句をご紹介させて頂きます。 四月二十二日例会 |
|
|
|
|
平成24年9月号掲載 句会報 | |
旭川白魚火会 |
|
萩原 峯子 | |
|
|
平成24年9月号へ | |
|
|
旭川白魚火会は、坂本タカ女先生を中心に毎月二回定例句会を行っており、会員は十五名です。定例会では各人当季雑詠十句投句、十句選の互選をし、披講の後、先生の選と講評を頂き、その後夫々各自が選んだ句の感想そして疑問を出し合い三時間ほどの句会を終了します。定例会の他には、四季折々に吟行に出かけたり、旭川市民芸術祭、市民俳句大会、札幌で開催される北海道俳句協会等の行事にも夫々参加します。 この度は小林さつきさんが、第四十五回北海道俳句協会賞の準賞を受賞されました。六月五日、その受賞祝賀会を開催し、花束と記念品を贈呈し喜び合いました。又此の度は小林布佐子さんが、みづうみ賞佳作賞が発表され、吉川紀子さんが、六月号白魚火集副巻頭と、旭川白魚火会にとりましては大きな喜びがあり、一同元気を与えていただきました。賞をいただいた方々を目標に俳句に精進して行こうと強く思いました。写真は祝賀会当日のものです。 祠の縁の下の瓦楽多蟻地獄 坂本タカ女 |
|
|
|
|
|
|
平成24年10月号掲載 句会報 |
硯墨句会(中津川) |
井上 科子 |
|
平成24年10月号へ |
|
以前に句会報告してよりどのくらい経ったのでしょう。 硯墨会は名は立派ですが、正式には先生他会員二名の相変らず白魚火社中最小の句会なのです。ここ何年かで二、三人の出入りはあったのですが・・・でも少人数の良さで和気あいあいとした句会となっています。 句会は、月一回の例会で当季雑詠十五句。兼題も二・三出します。五十余句から十五句を選び各自の披講といたします。 ここで休憩、茶菓となります。お茶をいただきつつも、また俳句談議。 その後は、清記にて一句一句時間をかけて検討、この時の先生の御指導や句友の意見がとても参考になり学び合えるのです。 特に私の苦手な文法や、うっかりミスの仮名遣い表記の間違いなど厳しく指摘され大変勉強になります。 いま一つ小句会の良さは「小回り」のきくことで「思い立つ日が吉日」と何かと気軽に出来ることです。幸い吉村道子さんは、車の運転がお上手で「好きだ」と言って下さり、あちらこちらと誘って下さいます。 七月十七日には、近くの蓮池へ、「蓮が咲いているよ」と教えて下さる人があり、早速出かけました。 蓮池は、花あり蕾あり散り始めているものあり実となりつつ潜望鏡のようにニョキニョキと立つものもあり、一度にいろんな表情の蓮を見ることの出来た日でした。 八月八日は、中津川市指定文化財の「常盤座」へ。折しも、当館は夏の特別企画を催しており、保存会の方々も喜んで案内をしてくださり、太鼓や拍子木を打ったり回り舞台に乗ったり奈落に下り、仕掛けを動かしてみる等、普段出来ない体験をさせていただいた。 小半日珍しくも面白い吟行となった。 「吟行したら、十句や二十句は作らなくてはね。」の橋場先生のお言葉に、目を丸くしながらも背中を押され、気力を充実させてゆけることに感謝です。 自選二句 散り蓮華手にひとひらの重みかな 科 子 拍子木の高音涼しき芝居小屋 科 子 |
|
|
|
|
平成24年11月号掲載 句会報 | |
実桜総会・吟行句会記 |
|
奥野津矢子 | |
|
|
平成24年11月号へ | |
|
|
“道内随一の蓮池庭園”と銘打った勇払郡安平町の鶴の湯温泉で、平成二十四年度の実桜総会が九月二日〜三日で行われた。 確か昨年の参加者が過去最高の十四名であった。今年はそれを上回り北見から二名、旭川四名、江別札幌七名、そして苫小牧五名の計十八名の参加者となった。 当日だけの参加一名、宿泊して早朝に帰る人一名…と自分の用事に合わせて参加出来るのも魅力だ。 【一日目】 北海道の空の玄関千歳空港に程近い、南千歳駅に午後一時集合。 温泉の送迎バスで此の世の楽園かと思う程咲き誇る蓮池に到着。「鶴の湯」と言うからには鶴が居るはず…居ました、二羽のレプリカが。 ・極楽はこんなところか蓮の池 高田 喜代 鶴の湯の名前の由来は、明治の初め頃放牧馬を監視にきた牧夫が、沢地に舞い降りて湯浴みをして病気を治し飛び去る鶴を見て、怪我をした家畜を湯浴みさせると効果があり、鶴に教えられた霊泉から名付けたそうだ。 ・靴音を立てて鯉呼ぶ秋の池 金田野歩女 四時、五句投句の句会が始まる。 ・人待ちのサルビア燃ゆる旅の宿 岩渕 洋子 夕食、懇親会のさ中、突然句会係の琴美さんから、「俳句ボクシングやります」宣言。 ・新涼や三文の徳頂きぬ 西田美木子 朝食後、本日の吟行地ノーザンホースパークへ向かう。 ・秋の水飲ませて馬車の発車せり 金田野歩女 観光客が大勢一緒の広いレストラン、我々だけで大きな声で句会をする訳にもいかない。 |
|
|
|
|
|
無断転載を禁じます |