最終更新日(Updated)'05.08.28 

白魚火 平成17年3月号 抜粋

(通巻第599号)
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・しらをびのうた (とびら)
・季節の一句     桐谷綾子
聖岳(主宰近詠 仁尾正文 
鳥雲集(一部掲載)安食彰彦ほか
白光集 (仁尾正文選)(巻頭句のみ)
    檜垣扁理、池田都貴 ほか
14
・白魚火作品月評    水野征男 41
・現代俳句を読む    渥美絹代  44
百花寸評   田村萠尖 47
・俳誌拝見(百鳥)       吉岡房代 50
句会報     花托の会 51
・こみち(家庭菜園の楽しみ)河島美御苑 52
・第七回浜松白魚火総会報告 53
・静岡県白魚火会総会記 54
鳥帰る」吟行  田原桂子 56
・「俳壇」六月号転載    57
・「出雲」五月号転載 58
・今月読んだ本  中山雅史       59
・今月読んだ本  佐藤升子     60
白魚火集(仁尾正文選)(巻頭句のみ)
     木村稲花,影山香織  ほか
61
白魚火秀句 仁尾正文 111
・ お知らせ 全国大会アクセス 114
・窓・編集手帳・余滴
       

 鳥雲集 〔白魚火 幹部作品〕            
                                            一部のみ。 順次掲載


 
富   士  安食彰彦

残雪の富士に尻むけ草を喰む
裏富士の裾野の牛や葱坊主
裏富士を仰ぐ真白き花山葵
ロープウェイ箱根の山は笑ひけり
お吉塚花の屑のみ溜りけり
異国語の案内板や花の昼
飛花落花身丈六尺四天王
  


 落花明り 澤田早苗

五風十雨もの芽しづかに暮れんとす
鯉幟たためり息をはかせつつ
春光や蛇口の水を荒づかひ
花粉の街いゆくマスクを新しく
口をあけ落花を追へる池の鯉
かがよへる落花明りに残る鴨


 揚雲雀 鈴木三都夫

あらためて花見の花として仰ぐ
芽吹きそむ茶山の起伏なめらかに
竹林の琅かん濡らす春の雨
揚雲雀鳴きひたぶれる風の中
影を生み水を抽きたる芦の角
乗つ込みの濁せし水を又濁す


 落 花 山根仙花

花散らす程よき風となりにけり
辛夷散る雲の流れに誘はれて
筍の皮剥ぐ雨となりにけり
野を急ぐ水が水追ふ五月かな
魚屑波止に乾ける薄暑かな
万緑や一峡に音消して住む
    
    
 春はあけぼの 坂本タカ女

春はあけぼの剥製の鹿眠らざる
如月や湯呑の口の欠けゐたる
雀群れをり春日の鶴の餌
ペンギンの大名行列牡丹雪
重さうに鴨あがりたる薄氷
喜寿といふ齢さらりとさくら草 
 

 骨董市 水鳥川弘宇

春落葉骨董市にしきりなる
春市の客を呼び込む骨董屋
春日傘さして骨董屋の主
緑蔭にしばしまどろむ骨董屋
莟みたる朴は孤高を持すごとし
薬餌また忘れて五月来たりけり
 

 つばめ来る 松田千世子

寺の鐘ごおんと渡る目借時
つばめ来る里に五色の吹流し
茶の芽立ち俄に雨のお開帳
御開扉を祝ぐ囀りの背山かな
茶の芽どき夜を込め回る防霜扇
看貫は元校長やお茶工場


   若 葉 三島玉絵

風に咲き風に崩るる白木蓮
閘門に流れ着きたる花筏
自転車止めさくら吹雪に遇ひにけり
カンガルーの耳だけが見え風光る
やはらかき影ふやしけり若楓
欅若葉色を違へて柿若葉


  万愚節 森山比呂志

菜種梅雨こつんと打ちし棺の釘
湯を注ぐだけのラーメン万愚節
かたつむり藩主の墓に立てこもり
惜春の砂丘に膝を払ひけり
峰寺の奥の奥まで青あらし
子らの荷とならず生きたし菊根分け


 卒園式 今井星女

紅白の餅配られて卒園す
零歳児より育てられ卒園す
縄とびも側転も出来卒園す
子燕のごとき口あけ卒園歌
海苔干すや海峡今日も波高し
自家用といひ大判の海苔を干す

白光集 〔同人作品〕 巻頭句   仁尾正文選


     
    檜垣扁理
 

啄木忌のオーストラリアの海を見つ
独酌や八十八夜のホームバー
せめて置け勿忘草の鉢ひとつ
バルコニーに出で春星に酔うてをり
しばらくの無事に身を置く立夏かな


    池田都貴

尾瀬の空尾瀬の木道つばくらめ
隧道の出口入り口花みづき
砂時計返し返して春惜しむ
ていねいに眼鏡拭きゐる白牡丹
踊り子草咲く女坂男坂



白魚火集〔同人・会員作品〕 巻頭句  仁尾正文選
  
     
    横手  木村稲花

ハイヒール揃へ脱ぎある花むしろ
水張りて春田のいろの揃ひけり
ままごとの客ともなりて花の下
退職も遠き想ひ出風光る
昨日見て今朝見し梅のほころびし


    静岡  影山香織

舷の右に傾く蜆舟
昏れきらぬ朧に灯し仁王門
春愁の筆を重しと思ひけり
花の屑光悦寺垣沿ひにかな
藍の濃き淵に散りゆく山桜


 
             

 白魚火秀句
仁尾正文
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ハイヒール揃へ脱ぎある花むしろ  木村稲花

 「ハイヒール揃へ脱ぎある」がしっかりとした具象。為に色々な想像が広げられる。読者はハイヒールを覆いていた人や花莚の状景を自由に思えばよい。
 ハイヒールであるから若いひと、佳人と思っても差し支えない。「揃へ脱ぎある」からしとやかな女性が見える。男言葉でポンポン物を言っている女の子だから乱雑に脱ぎ捨てると極めつけることはできないが、掲句の「揃へ脱ぎある」はやはりしとやかな若い主婦、すると、園児の親たちのグループであろうか。
づかづかと来て踊り子にささやける 素十
は「づかづかと来て」の具象がこの句を物語的な秀句にしたように頭掲句の「ハイヒール揃へ脱ぎある」からも短篇の小説が生れそうである。

しばらくの無事に身を置く立夏かな  桧垣扁理
                  (白光集)

 この作者は、東京白魚火会ならびに神奈川白魚火会の指導者であった故湯浅平人氏の忘れ形見ともいうべき作家。
  一輪の秋桜咲く平人忌 扁理
亡き人をひたぶる想ふ花野かな 〃 
など折に触れて亡き師追悼の句を寄せている。事業経営者として、変動甚だしい時代に対応するのは並大抵でなかろうが一人コツコツ作句を続けている。
 頭掲句は、そうした境涯を知らない者をも納得させる普遍性がある。「しばらくの無事に身を置く」は、心身無事でない日があったということ。ゴールデンウィークの最後の日が立夏であった今年、安らぎの中で連休を過したのである。

舷の右に傾く蜆舟  影山香織

 浜名湖でも宍道湖でも蜆の漁獲量減を防ぐため、操業時間を規制したり、鋤簾の目を粗くしたり苦心しているのは同じ。
早暁、エンジンを付けた蜆舟が何処からともなく集まってきて、ぐるぐる廻りながら蜆掻きを始める。二間程の竹竿の先に付けた大きな鋤簾を曳き、頃合を見て竿を甲板に持ち上げる。
 掲句は、蜆漁の重い鋤簾を持ち上げている状景。両脚を踏ん張り力を尽くしている両腕を「舷の右に傾く」と客観写生した。春日焼した漁船員の風貌がよく見えてくる。

踊り子草咲く女坂男坂  池田都貴
(白光集)
 踊り子草の中の小花をしげしげと見ると、編笠を被て佐渡おけさでも踊っている女人のように見える。この可憐な花に、よくぞ「踊り子草」と名付けたものだ。
 男坂は、寺社の表参道、急な石段の所が多い。女坂は勾配のゆるい坂道、当然距離は長くなる。
 掲句は、踊り子草が男坂の辺にも女坂の辺にも咲いていたというもの。だが、「踊り子草咲く」を強く印象させておいて「女坂」「男坂」と並べると言葉の意味を離れて「女」「男」が意識されて一句は艶冶なものを漂わせている。言葉はまことに玄妙だ。

花時計パンジー植ゑてより始動  内山実知世

 フラワーパークでパンジーの白、紫、赤、黄色を配してミッキーマウスをみごとに描いているのを見たことがある。掲句のパンジーも十二時、三時、六時、九時の所へアレンジされたものであろうか。このパンジーを植え終ると花時計は完成、スイッチオンにより針が回り始めた。景も情も底抜けに明るい一句だ。

麦こがしうふふうふふと怺へけり  秋穂章恵

 麦こがしの一番の食べ方は口中にはね込んで湿らせるもの。香りと味が滲み出る。だが、麦こがしが口中にある間は笑ってはならない。むせてしまうからだ。掲句の「うふふうふふ」は急に催した笑いを必死になって怺えているのである。「三月の甘納豆のうふふふふ 稔典」の「うふふふふ」とは全く質が違う。

百合の香や老いざる夫の忌を修す  国谷ミツヱ

 「いつまでも夫は三十墓洗ふ 平池季子」という古い友人の句が忘れられない。三十歳で死んだ夫は何年たっても三十歳のまま。頭掲句も若くしてなくした夫である。年を取った自分の容姿は分かるが老いた夫の顔はどうしても思い浮ばないまま年忌を重ねている。

『葉隠』やふるさとはいま楠若葉  稲川柳女

 『葉隠』は佐賀鍋島藩で書かれた、武士道を説いた有名な書物(十一巻)である。『 』は固有の書籍名を示す。「『葉隠』や」と頭に置いて楠若葉の美しい郷土佐賀を褒め、武士道の真髄を極めた故国の名著に胸を張っているのである。

音たてて海に急ぐは春の水 山下 恭子

 「春の水」は雪解水が流れ込んで出水の様を示す。だから掲句の如く音をたてて海へ走り込むのである。
 投句稿の中には「水温む」でなければならぬ「春の水」があったり、「春の小川」の方がふさわしい「春の水」もある。歳時記を引く労を惜しんではならない。

連翹の囲ひ縄解く背伸びして  瀬川都起

 この「囲ひ」は「雪囲ひ」であろう。長い冬が終って連翹の蕾が見えたので急いで雪囲いを解いた。この句のいいのは「背伸びして」という所作である。春到来の喜びを「背伸びして」で表現しているのである。

春陰や昔帳場の大硯  高野房子

 春陰は、曇りがちな春の天候。花曇りの華やぎはないが落ち着いた春の情緒を感じさせる季語だ。
 昔の大店の帳場が保存展示されているので覗いてみると、とてつもなく大きな硯があって驚いた。帳簿付け等々が多くて、店が繁昌していた証しの大硯であった。そうした懐古の情が「春陰や」である。

制服はネービーブルー風光る  佐山佳子

 ネービーブルーはイギリス海軍の制服の色、すなわち濃紺。制服も濃紺のセーラー服であろう。春風駘蕩の中の女子高校生群像である。
 ちなみに日本の旧帝国海軍は維新この方英国に学んだのでイギリス方式、現在の海上自衛隊もその系譜を継いでいる。

下駄覆きの少女近づく夕薄暑  有田きく子

 五月に入って気温が二十五度の夏日になったりする頃が薄暑。「下駄覆きの少女近づく」夕薄暑を作者は気持よく感じている。
 投句稿の中には、三音の季語に「街薄暑」「風五月」など窮屈に感じさせるものがある。掲句の「夕薄暑」の伸びやかな用法は好感が持てる。何よりも言葉が美しい。

 
                       

その他の感銘句

白魚火集より
山寺の屋根葺替の奉加状
高見沢都々子
金屋子神けら置く下に菫咲く 杠 和子
みどりの日窓開けてある牧夫寮 村上尚子
春祭本殿掃除仕る
斉藤かつみ
ていねいに束ねし葱の細き苗 鷹羽克子
遠目にも茶山の色となりにけり 橋本快枝
聞法は上の空なり目借時 宮田明
朧夜や下から閉づるいんこの目 大石美枝子
伶人の草履の揃ふ春祭 安澤郁雄
先住忌あの日の様に春の雨
甘蔗郁子
潮風を吐かせ畳まる鯉のぼり 高橋陽子
掛矢打つ屋根の男や初燕
田中藍子
開け閉てにこつのありけり春障子 奥山美智子
不調法ながら花見の抹茶かな 尾下和子
たかんなは十二単の皮まとう 大原千賀子

白光集より
神の座に虎の敷皮夏祭
山高悦子
エンジンを掛けて試せし農具市 古川松枝
山彦の十人は居り雪残る 栗野京子
蒲公英の絮は蝶々になりたくて 山本千恵子
桜えび髭は別個に干されをり 鎌倉和子
春愁や金具の多き桐箪笥 柳川シゲ子
茄子植ゑて午後は喪服に着替へねば 若林光一
菖蒲葺く草屋根多き頃思ふ 柳田柳水
薬草に杉菜摘み干し生き残る 森木朴思
十二単咲かせて暇な呉服店 畑瀬志津佳
            


 「鳥帰る」吟行
田原 桂子
 金田野歩女さんの年賀状の「北海道へどうぞ」がきっかけ。実桜の方々が準備して下さり、この吟行が実現しました。
 四月二十五日岩見沢駅から奥野さん浅野さんの車に乗せていただきました。水芭蕉の沼、片栗と延胡索の咲く鶴沼、最後は雁の集まる宮島沼へと行きました。

 山々はまだ眠たげに水芭蕉    西田美木子
 雪解風顔寄せ合うて撮られけり  松本 光子
 踏むまいぞその片栗は明日開く  田原 桂子

 鴨と白鳥は沼の岸近く、雁は沼の中心部に群れるとか。鉤になり棹になって雁が四方から戻ってきます。見張小屋の小父さんの話では五万羽程とか。

 もどり来る雁を待ちをり夕永し  三浦香都子
 白鳥の細身を思ふ北帰かな     〃    
 雁のこゑいよよ膨らむ春の沼   西田美木子
 人の世を少し離れて雁帰る    奥野津矢子
 浮寝鳥水にすきなき五万余羽   大野静枝
 雁守の武骨さもよし春暖炉    加茂都紀女

 夕食後二回句会をし、「実桜の人と句会をしている。」と実感しました。
 二十六日朝四時前に起こされて、暖かく着こんで沼へ出発。日の出頃から沼が大きく揺れて雁が翔ちはじめます。遠い空に点線になって去って行きます。私たちが宿に戻ろうとするころ、沼の中央は空っぽです。

 万の雁帰る素顔のまま送る    松本光子
 さざ波のやうに帰雁の棹幾千   浅野数方
 鳥風の身にしむあしたなりしかな 大野静枝
 帰雁鳴く東雲のやや透けて来し  金田野歩女

 朝食後樺戸囚人墓地へ。座禅草は大部分がまだ芽の状態。榛の木の花が垂れ雲雀も。

 座禅草先づは尖り帽子出づ     奥野津矢子
 結界の囚徒墓地より揚雲雀     浅野数方
 指をもて啄木鳥の古巣を訪ひにけり 田原桂子

 途中青鷺の営巣地を見学して札幌へ。昼食をとりながら句会。その後がんばって円山登山。栗鼠、五十雀など楽しい句材もあったのですが、予想以上の残雪と春泥に悩みました。

 たくましき走り根広げ桂の芽  金田野歩女
 雪解けの難所を越ゆる仏みち  加茂都紀女

 夜ホテルで句会をしました。
 二十七日は北海道大学吟行。鴨の恋、烏、啄木鳥の巣づくり、台風で荒れたポプラ並木の跡など。栃木の四人は北海道の春を満喫し、俳句の刺激をたくさんいただきました。
 
 


   百 花 寸 評     
(平成十七年四月号より)   
  田 村 萠 尖

 
 縄の目のそのまま残るどんど焼  藤浦三枝子
 燃えながら高々揚がる吉書かな  中野キヨ子

 二句ともどんど焼の状景を写生されたもので、前句はどんどに、後句は吉書に季題を置かれています。 太い注連縄が焼かれてもなお、縄目までそっくり残っていたことに、作者は強くひかれたのでしょう。 二句目の吉書を燃やすどんど焼の行事が、今でも残されていることになつかしさを感じます。燃えながら吉書が高く揚がると、字が上手になると競い合った子供の頃が思い出されてきました。 墨付とんど墨を塗られし美人記者  武田美紗子

 墨付けとんどと云う珍しい行事の取材に来た美人記者まで、墨の洗礼を受けたという地方色の豊かな句です。

 風花や青のスーツがよく似合ふ  福家好璽

 “青い背広で心も軽く、街へあの娘と行こうじゃないか…” こんなメロディーが聞こえてくるような句です。
 句の構成も、風花やの切れ字が働いていて青春の真只中に居るような、心の弾む作品です。 小さくて落葉で隠す蕗の薹  川島和男

 日溜りの山道のかたえでの、小さな蕗の薹との出合い。
 あまりにも可愛らしく、摘むのに心がいたみます。そっと落ち葉をかけて、人目につかぬようにして立ち去った作者の心情がよく伝わってきます。
 中七の“落葉で隠す”がこの句の命ではないでしょうか。

 顔見せる事何よりの寒見舞  土江ひろ子

 長くなった入院中の母への寒見舞。
 こちらの元気な顔を見せるのが何よりのお見舞なのです。
 同じ作者の「老い母の肌着携へ寒見舞」の句にも見られるように、肉親なればこその気持がよく現れています。
 
 薄氷のピカソ模様を張りて居り 宮崎成子 

 わかったようで分からない。わからないからわからない。ピカソの絵はなかなか理解できそうにありません。
 それでも薄氷に見られる線条の交差には、なんとなくピカソの絵が感じられます。
 角度を変えて物を見ることを教えられたような句でした。

 三日分ためて書きをり初日記  吉原絵美子

 三日分ためて書き出したのが初日記だったとは、思わず笑みがこぼれました。
 というのも、筆者が何度も何度も掲句のようなことを経験し、果ては日記をつけなくなったからです。 がんばって日記を続けてください。
 そして日記の後に忘れずに一句でも二句でも書き加えてください。

 母と子と影を踏み合ひ冬ぬくし  藤井敬子

 珍しく暖かい日、親子そろって外の空気を吸いに出たのでしょう。母と子の睦み合いがいつか影の踏み合いの遊びにひろがって、明るい笑い声が聞こえてくるようです。
 冬ぬくしのひらがなの使い方が、この句をよりあたたかくしています。

 寒肥を置きて密柑と話しをり  鈴木かをる

 寒肥は密柑にしろ、ぶどう、桃、梨を問わず大切なものですが、作者は肥料に加えて、労りの言葉や、はげましの話しかけまでしているようです。
 きっと大きくて艶のよい、美味しい密柑が沢山穫れることでしょう。期待しています。

 失物を寒の鴉のせゐにせし 中間芙沙

 近くの農家の人が笑いながら「畦に置いたおやつを烏に持って行かれて、お茶だけ飲んだことがあったよ」と話してくれました。
 烏はかしこい反面、いたずらや農作物を荒らしたりするにくたらしさをもっています。
 失せものを寒鴉のせいにするのもわかりますが、果して犯人は…。

 降り積もる雪に寝かせしワイン酌む  成木寿子

 今年は例年より雪が多く、雪掻きに苦労し、湿布薬を買い足したりしました。
 降り積もる雪の中に寝かせたワインを酌む、こんな贅沢は雪国だからこそできることです。一句の中に、ワインとロマンの香りが漂ってくるような句です。

 半纏のまま魚屋へひと走り 国谷ミツヱ

 作者は北海道の人。急な来客でもあったのか、半てんを着たままの魚屋さんへ急行。
 都市部ではなく地方の町に住む、飾気のない気さくな主婦の姿が目に浮かんできます。 気心の知れた魚屋の主人との対応やら、店の雰囲気まで伝わってくるようです。
 半纏という季題も面白く、ドラマの一齣を見ているような気がしてきます。

 顔見えぬ程にマフラー巻きつけし 藤田多恵子

 作者は栃木県に在住されていますが、上州ほどではないにしろ、空っ風も時には吹きすさぶことでしょう。 筆者の近くの農道は犬の散歩コースです。
 寒い風の日でも、帽子の上からほほ被りをして、犬に引っぱられてくる年寄り。
 マフラーをぐるぐる巻きにして目ばかり出してくる人などさまざまです。
 こうなってはマフラーもちょっと色気なしですね。
 


ふれられなかった感銘句
新玉の我が家に仔牛生れたり 竹渕秋生
鉛筆の芯の硬さや寒の入り
計田美保
留守番の猫が居眠る女正月 小村絹代
消防署前より除雪始まりぬ 沢柳 勝
恋猫の逃げの構へでふり向ける 飯塚ひさ子
水盤に追儺の豆のしづみをり
茂櫛多衣
金星の潤みてをりぬ春隣 小林さつき

   筆者は群馬県吾妻郡在住
     


禁無断転載