最終更新日(update) 2021.12.01
令和3年 白岩敏秀 作品
雨の奈良 赤絵具 水位計
羽衣 早春 海の色
切々と 日曜 田水
赤い実 杉林 未完の絵画

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令和3年1月号に掲載

雨の奈良
夕暮の刈田斜めに農婦来る
沈黙の銀饒舌の金木犀
鹿の斑の汚れて走る雨の奈良
法隆寺の塔の影踏み秋惜しむ
朝顔の紺つなぎたく種を採る
紅葉狩座り心地のよき丸太
晩秋の海へ向きたる椅子固し
冬隣なにをするにも影連れて

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令和3年2月号に掲載

赤絵具
風音に勝る波音今朝の冬
息かけて眼鏡を拭いて見れば冬
握手する十一月の手の熱し
小春日や画布のはじめの赤絵具
日は海へ移りて沈む冬紅葉
石蕗咲いて雨のはげしき日曜日
ぴしぴしと月光の打つ枯木立
満ちてくる力静かに冬木の芽

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令和3年3月号に掲載

水位計
累々と切株残し山眠る
洗顔の鏡くもらす息白し
水鳥の浮沈に湖の夕日あり
飾売値引の指を立てにけり
明るさを箱詰めにして初蜜柑
大根洗ふ発光をする白さまで
短日の平らにつぶす段ボール
川涸れて全長となる水位計

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令和3年4月号に掲載

羽衣
手の温み幹に伝へて冬木の芽
寒禽や梲のあがる城下町
白鳥の湖に親しみ空忘る
初風呂や窓一枚の夕明り
親展の封書に小窓寒椿
冴ゆる夜の温泉玉子茹であがる
にはとりになる夢こはれ寒卵
羽衣のうすさに紙の漉きあがる

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令和3年5月号に掲載

早春
寒星をつなぎ神話へ入り込む
豆撒いて明るき部屋に戻り来る
畳屋の針きらめかす余寒かな
打つ波のしぶきを裾に海苔搔女
早春の声の散らばる砂丘かな
花辛夷突つけば破れさうな空
年取らぬ雛のさびしさ飾らるる
春障子繭のごとくに籠りをり

令和3年6月号抜粋の目次へ 
令和3年6月号に掲載

海の色
満天の星に囲まれ山笑ふ
啓蟄やどこへも行かぬスニーカー
山峡の屋根に声ある雪解村
初蝶の胸の高さをよぎりけり
あたたかや画布に塗り足す海の色
土筆生ふ親子のやうに添ひ並び
沈丁や蔵の小窓に日の当たる
草若葉火の見梯子の地に触れず

令和3年7月号抜粋の目次へ 
令和3年7月号に掲載

切々と
牧開き鳥の来てゐる水飲場
返さるる握手に力みづき咲く
遠霞近きものより昏れはじむ
切々と咲いて桜の散り急ぐ
遅桜奥行深き京の家
百千鳥大工ぴしりと墨を打つ
潮騒を近くに梨の咲きにけり
陽炎や連結音の貨物基地

令和3年8月号抜粋の目次へ 
令和3年8月号に掲載

日曜
朝の日を透かせてみどり柿若葉
麦の秋笑へば嬰に歯の二本
日曜といふ安らぎに豆ごはん
吊り橋の揺れに見てゐる鮎の川
全長の滝となるまで後退る
天道虫切り株に翅たたみけり
燕子花板一枚を渡りけり
朝焼の中に声出す豆腐売り

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令和3年9月号に掲載

田水
まつさらな風来て海芋咲きにけり
青蘆の揺れの連鎖となる日暮
青葉木菟田水は夜を濃く匂ふ
ふるさとや麦笛の音澄みゆけり
洗ひたる青梅にある夜の冷え
滴りのしづけさを手に受けにけり
父の日のカレーに落とす生卵
酒蔵の煉瓦煙突雲の峰

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令和3年10月号に掲載

赤い実
夜の秋便箋白きまま更くる
枇杷の熟る海の夕日の明るさに
茅舎忌の振つて絵筆の水を切る
大山の遠きかがやき雲の峰
暮れ切りし砂丘の沖へはたた神
夏椿落ちたる土の濡れてゐる
赤い実をひとつ沈めて泉湧く
手の砂を砂丘に戻す晩夏光

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令和3年11月号に掲載

杉林
水中花夕闇まとひ開きけり
今朝の秋翼あるもの空に満つ
ひぐらしや樹齢の揃ふ杉林
新涼の水を加へて陶土練る
爽やかに五指つつむごと握手さる
花木槿夕べのひかり抱き閉づ
露草にきれいな風の吹く朝
鬼灯の祭のごとくかたまれる

令和3年12月号抜粋の目次へ 
令和3年12月号に掲載

未完の絵画
アトリエに未完の絵画稲びかり
虫時雨拳の幅に窓開けて
佳き言葉享くるごとくに葡萄うく
国引の大山称へ天高し
一天を紺の占めをり曼珠沙華
贋作の壺に冷やかなる一夜
賢治忌の銀河は西へ流れけり
流れ星滅びゆくもの音もたず

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