最終更新日(Update)'21.03.01

白魚火 令和3年3月号 抜粋

 
(通巻第787号)
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3月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   齋藤 都
「水位計」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭6句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
保木本 さなえ、森山 真由美
白光秀句  村上 尚子
三刀屋りんどう句会の吟行 妹尾 福子
令和三年栃木県白魚火会 新春俳句大会 熊倉 一彦
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
山田 ヨシコ、熊倉 一彦
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(鹿沼)齋藤 都

築落椿紅き一点急流へ  太田尾 千代女
          (令和二年五月号 白光集より)
 緑の光沢ある葉の間から、真紅の花をのぞかせているさまは心の安らぎさえ感じ神秘的でもある。花のみずみずしいうちに首から落ちるというので嫌う人も多いがいつ頃からの習慣なのだろうか。
 昔、異国からの船の船員たちは、例外なくといっていい程日本の椿を買って帰ったという。航海の安全を願い、魔除けにしたのだそうだ、その頃は縁起のよい木だったのだ。
 作者は赤い椿の自然か故意か一つだけ流されるのを見た。その後椿はどうなるかを案ずるが、人もいずれは巣立ちを迎える。それを考えさせられる句だった。私も母の実家に大きな椿があるが、毎春葉がみえなくなる程紅い花が咲いた。落ちたばかりの花の元から吸うと甘い蜜が口中に広がって美味だった。いろいろ子供の頃を思い出させてくれる一句だった。

春ショール座席番号慥かむる  五十嵐 好夫
          (令和二年五月号 白魚火集より)
 ショールはペルシャからきた言葉だと伝えられる。日本では和装で外出するときに防寒のために首や肩をおおう、つまり肩掛であるが、洋装のときに用いるマフラーなどよりも幅が広く長いし、素材は絹・毛糸・毛織物・レースなどがあり、ファッションとしても用途は多様化されている。この句はほのぼのとしたやさしい情景が目に見え、私も同じ様な経験があり同感した。

境内に宝珠のやうな蕗の薹  大川原 よし子
          (令和二年五月号 白魚火集より)
 三月の声を聞くと堰を切った様に活動を開始するその代表するものが蕗の薹である。蕗の薹は蕗のさきがけの芽花で花は目立つ程ではないが、春の一番走者として又その独特の風味を賞でて万人に親しまれている。作者の境内の蕗の薹を宝珠と表現したのは素晴しいと思う。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 枕屏風 (静岡)鈴木 三都夫
立ち上る波は躱して千鳥翔つ
砂山の簀垣を揺する虎落笛
返り花余生などとは思ふまじ
山寺の落葉は風に任せけり
裸木の落としし影も孤独かな
悴みて畳の縁につまづきし
目薬で始まる日課年暮るる
薄墨の枕屏風に一都の句

 米寿 (出雲)安食 彰彦
馬齢積み米寿にいたる今朝の春
知事よりの表彰額にまづ御慶
ありがたき米寿の歳の雑煮かな
お元日床に掲ぐる一都の句
にこやかな訛り言葉の年賀客
孫と子と徳利を囲む三ヶ日
笑窪ある女性につられ初笑
問はれても知らぬ存ぜぬ老の春

 冬泉 (浜松)村上 尚子
あかときの声を水面に冬泉
食卓に箸置き十二月八日
枯芝に十字架の影立ち上がる
神饌の鯛の目雪を見てゐたり
雪うさぎ午後のマントルピースかな
焚火の輪火伏せの神に尻を向け
年用意母に呼ばれしかと思ふ
戸車の機嫌よく年明けにけり

 楠のこゑ (唐津)小浜 史都女
天山の裾大根の穴増やす
大根を所望されたり二本引く
北風に色抜けてゆく花アロエ
クリスマス用のらふそく灯しけり
冬耕の終はり村ごと眠りけり
耳あてて楠のこゑきく淑気かな
玲瓏と天山はあり雪降り来
猿のこゑゐのししの声凍月夜

 磯節 (宇都宮)鶴見 一石子
会津富士五色沼抱き冬仕度
客を待つ辻馬車溜り大焚火
磯節を奏でて海の初日待つ
元朝や海の中なる大鳥居
白濤を白濤の追ふ初御空
初明り歩いてみたき九十九里
福寿草寄り添ふ秩父青目石
春を呼ぶ常陸の海の大波濤

 初日の出 (東広島)渡邉 春枝
山々の音を静めて初日の出
進みゐる時計そのまま年迎ふ
咳一つ御堂のしじま破りけり
梵鐘の一打に騒ぐ初鴉
初日受く四人姉妹の恙なく
年玉を受けて幼の笑ひ顔
うつばりに百年の艶飾り餅
淑気満つ鴨居にかかる火縄銃

 りんの音 (浜松)渥美 絹代
ひかりたる翅も掃き寄せ落葉焚く
りんの音の余韻の長し山眠る
十二月八日人差し指に傷
日向ぼこ近くに雀降りて来し
伐りつめし街路樹冬の鰯雲
かまどよりときをり火の粉十二月
土間に吊る薬草寒波来たりけり
店頭の蒸籠より湯気こつごもり

 灯台 (北見)金田 野歩女
冬麗じやんけんあいこ二度三度
灯台の巌下冬濤哮りたつ
懐かしむ疾うに失せたる毛糸帽
年用意来られぬ子等へ送るもの
昼も夜も厨に籠もる年の暮
玉砂利を鳴らし三代初詣
感嘆詞吐き切り浸る初湯かな
所作美しき弓の構へや寒稽古

 笹子 (東京)寺澤 朝子
旅ひとつ果たせずしぐれ聴く夜かな
          (父母年忌)
日がな日を坐して過ごせり膝毛布
月命日ふとおろそかに十二月
師逝き給ふ絶句となりし新年句
          追悼(有馬朗人先生)
雑煮食ぶよもやの九十となりにけり
一斗の餅十日で消えし頃のこと
笑顔良き子らへと包むお年玉
喪ごもりの庭へ笹子の訪うて来し

 大嚏 (旭川)平間 純一
雪押して押して暮るるや今日もまた
晴れ姿の遺影の首途六花
凍晴や雲湧くごとく煙立つ
びりびりと冷気押し来る去年今年
黒々と大河のうねる淑気かな
大嚏疫病(えやみ)の神を吹きとばせ
一都碑の雪にふかふか深眠り
杜の樹の積もりつもりて大垂れ

 冬の瀬音 (宇都宮)星田 一草
ポケットにもの探りたる冬の朝
野仏に願ひ石積む小春かな
鳶の輪のゆつくりめぐり麦芽生ふ
落葉踏む音の明るき雑木林
遠ざかる日々の速さよ十二月
大枯野貫く河の海へ向く
幾山河来し白鳥の目のつぶら
おだやかに冬の瀬音の合流す

 煤逃げ (栃木)柴山 要作
若き日の山用手套捨てがたし
手袋の何とも長き小指かな
手袋を十指にしかと検診へ
追伸にちらりと本音神の留守
煤逃げや豆大福が免罪符
寒林を覚ますやけらのドラミング
殷々と真闇を除夜の鐘の帯
妻臥してやさしさ問はる去年今年

 吹越し (群馬)篠原 庄治
汁椀に香り清しき刻み柚子
凭れゐる幹の温もり大冬木
見覚えのある眼で会釈マスク顔
鉄塔は風の修羅場や虎落笛
雪を呼ぶ風に背戸山藪騒ぐ
吹越しや鳥低く翔ぶ峡の湖
吹越しや上がり湯少し熱くせり
我百姓早畑めぐる四日かな

 嚏 (浜松)弓場 忠義
板チョコの斜めに割れて十二月
冬麗の雲の崩るる早さかな
年の瀬や髭面覆ふ蒸しタオル
寒波来る五徳の薬缶鳴いてをり
階段を父の嚏の転がり来
犬小屋の屋根に白菜干されをり
鳥のこゑ過ぎゆくばかり冬木立
ラメひかるポインセチアの夜となりぬ

 初明り (東広島)奥田 積
冬ざるる浜に列なす石燈籠
トラクターの静かな行き来冬田打
初雪の雪とも見えず舞ひにけり
義士の日の日本列島雪催
夕照のさざ波となる鴨の池
年の瀬や一つ点らぬ街路灯
悠久の時のひととき冬銀河
少年の瞳大きく初明り

 初春の香 (出雲)渡部 美知子
駅頭のからくり時計鳴る師走
吹きこぼるる豆の匂や霙の夜
メモ書きのいくつか年を越しにけり
和菓子屋に初春の香を選びをり
手袋をぬいで釣銭確かむる
大社の檜皮を跳ぬる玉霰
冬の日の薄るる先に出雲富士
厨の灯落つるを待ちて虎落笛



鳥雲集
巻頭1位から6位のみ

 野水仙 (多久)大石 ひろ女
十二月八日の浪の高さかな
遠くまで海荒るる日の野水仙
白鳥の水脈ひとすぢに瀞暮るる
親方の腰の手ぬぐひ年詰まる
年祝ふ松竹梅の絵らふそく
しづかなる一人の膳に年酒酌む

 咳ひとつ (苫小牧)浅野 数方
咳ひとつ零す遠慮や美術館
襟元に風の集まる枯野かな
踏み入れば影見当たらぬ枯木立
ちやんちやんこ月命日の燭灯す
病む夫を寝かせて葛湯吹きにけり
年の夜の新聞声を出して読む

 松の影 (東広島)溝西 澄恵
霜晴や枕木を這ふ白けむり
底冷や柱に釘の穴あまた
押入れに手製の棚や年の暮
安住の地の暮れ色に年惜しむ
初晴や仏間へ松の影を曳き
灯をともす僧の衣摺れ淑気満つ

 大鍋 (出雲)三原 白鴉
神等去出の夜や秒針の刻む音
風の道選びて大根干しにけり
新暦バトンの如く渡さるる
初夢を見しとの記憶ばかりにて
初鏡そこに父をり兄のゐて
大鍋に炊く七人の薺粥

 年新た (東広島)源 伸枝
朝の日に染まる棚田や霜の花
遺品の書掛けて明るき冬座敷
ふる里を沈めし湖の寒さかな
鍬を置き落暉の中に年惜しむ
城山を染むる朝日や年新た
元朝の白のまぶしき割烹着

 冬籠 (高松)後藤 政春
いつよりか鳴らぬ口笛懐手
晩年と言ふはまだ先ふぐと汁
孫の手と地酒を買うて冬籠
寒禽の声透き通る雑木山
寒風や四肢盤石の力士像
看護師の詰所や小さき聖樹の灯



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 保木本 さなえ(鳥取)
初春の灯をともしゐる沖の船
行く先はどこでもよくて初電車
早梅や沖に白波すこし立つ
山茶花の水に映りて水に散り
探梅の帰りの道の暮れてをり

 森山 真由美(出雲)
妹の勝つまで続く歌留多かな
予定なき休暇酸つぱき蜜柑むく
夕時雨膝で母待つ園児かな
ネクタイをきつく結びて事務始
ジョーカーの手札の残る女正月



白光秀句
村上尚子

行く先はどこでもよくて初電車 保木本さなえ(鳥取)

 乗初のなかには色々なものが含まれるが、ここでは一般的な電車。日頃乗り馴れているものでも、正月ならではの初髪や春着姿の人々と乗り合わせるのはそれだけで心が躍る。見馴れている風景までも新鮮である。勿論、目的を決めて出掛けることが多いなかで、「行く先はどこでもよくて」とずばりと言った。居ても立っても居られない気持がそのまま伝わってくる。今迄にない新年の喜びの表現に拍手を送りたい。
  探梅の帰りの道の暮れてをり
 梅見のシーズンにはまだ遠い。それを承知のうえで敢えて出掛けるのが探梅である。もう少しもう少しと歩いているうちに、予定より随分遠くまで来てしまった。暮れかけている道は心細い。肝心の梅には出合えたのだろうか。

予定なき休暇酸つぱき蜜柑むく 森山真由美(出雲)

 全世界が新型コロナウイルスに翻弄されている。命を落とす人、職を奪われる人の多いなかで、休むこともままならず働き続けなければならない人もいる。まさに今の世相である。そんななかでやっと休暇がとれた。しかしどこへ出掛けることもできない。そばにあった蜜柑に思わず手が伸びた。しかし、そのあまりの酸っぱさは、作者のうっとうしい気持に一層拍車を掛けた。
 すべてが普通の暮しに戻る日が待ち遠しい。その時の蜜柑はきっと甘いことだろう。
  妹の勝つまで続く歌留多かな
 がんばろうとしている妹のために、みんなが同調して挑戦が繰り返されている。どの位続けられたことか…。次第に忘れられてゆくお正月の遊びも、こうして受け継がれていってほしい。

煤逃や先導の猫角曲がる 久保 徹郎(呉)

 「煤逃」を先導する猫がいたという発想が面白い。しかし作者は決して逃げ出すようなことはしない。これはあくまでフィクションとして捉えた。さっさと角を曲がってゆく猫。さて、どこへ案内してくれるというのだろう

冬鴉の群れ遠山に日の沈む 大庭 成友(浜松)

 遠くの山は既に暮れかけている。そのなかを鴉の群れは誘い合わせるように、ねぐらを探しながら飛んでいる。身近な町なかの電線を占拠している群れもいる。とかく人間に嫌われがちの鴉に、しばし心を寄せている。

冬温し患者に貰ふドリンク剤 富田 倫代(函館)

 疲労回復や強壮に効果があるとされるドリンク剤である。テレビのコマーシャルでもよく見かける。それを医師である作者が患者から貰ったという。函館の寒さもしばし忘れてしまいそうな、ほのぼのしたお話。

田の端の小さき祠春を待つ 阿部 晴江(宇都宮)

 道端には、昔から地元の人に祀られている小さな祠を目にすることがある。場所によっては季節の花が供えられ、通りすがりの人の心まで安らかにしてくれる。冬を乗り越え、周辺に春の草花が咲き揃う日が待ち遠しい。

嚏したる後の手持ち無沙汰かな 内田 景子(唐津)

 風邪や花粉症で出てしまう「嚏」。鼻の粘膜の刺激によるもので、自分の意志を伴うことはない。思わぬところで出てしまい引っ込みが着かない。間の悪さだけが残った。

湯豆腐のをどりはじめを掬ひけり 山田 哲夫(鳥取)

 夏の冷奴もよいが、冬は湯豆腐に限る。料理としては至って簡単だが、こだわりを言い出したらきりがない。おいしく食べるには煮過ぎないことが肝心。「をどりはじめ」はまさにその時である。

折鶴となるチョコの紙クリスマス 石田 千穂(札幌)

 チョコレートの包まれていた外側のカラフルなものか、内側の金色か銀色の紙。あまり大きい鶴ではない。しかし身近なものを工夫して使うことによる楽しみは大きい。

引きこもりポインセチアに語りかけ 鈴木 花恵(浜松)

 コロナ禍の今、思いとは裏腹な行動をしなけらばならないときがある。今、部屋に置かれている一鉢のポインセチアが何より、心の安らぎとなっている。花言葉には「思いやり」とか「幸運を祈る」などがあるという。
 
正月の朝日の届く立華かな 太田 朋子(磐田)

 生花の流儀や作法はたくさんある。最近はあまり形式に捉われない自由花が多く見られるが、今回は正月らしく立華とした。朝日の届く床の間に、凛とした花の姿が一層初座敷を引き立てている。


その他の感銘句

十二月八日の空に鳶舞ふ
スチームの弁当匂ふ四時間目
特急の行く手遠嶺の雪光る
浜名湖の風走り出す十二月
ポストまで行くだけのことマスクして
元朝や若冲の鳥高く飛ぶ
隠し田のありしは昔ごまめ嚙む
着ぶくれて回してみたるフラフープ
靴下の中の指先寒波来る
子の声のまぶしく過る三日かな
冬の月塾の帰りの子を照らす
山茶花の垣根となりの子と話す
干せばすぐひとがたにシャツ凍りけり
初写眞最年長となりにけり
赤べこをつつき毛糸を編み直す

関  定由
小林さつき
中山 啓子
徳増眞由美
山西 悦子
村上千柄子
陶山 京子
高山 京子
加藤三惠子
鈴木 敬子
吉原 紘子
谷田部シツイ
佐々木智枝子
冨田 松江
宇於崎桂子



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

牧之原 山田 ヨシコ
菰を解く潮の香りの初荷かな
かるがると起こす米寿の鍬始め
燻るまま燃えつくしたる落葉かな
冬銀河近くに光る母の星
浜日和簀子の海苔の真つ平ら

日光 熊倉 一彦
一回り小さき聖菓を持て余す
眠さうに朝日を浴ぶる聖樹かな
鍋底の煤削ぎ落とす十二月
福耳を引つ張つてゐる初鏡
新品の下着に着替へ初句会



白魚火秀句
白岩敏秀

かるがると起こす米寿の鍬始め 山田ヨシコ(牧之原)

 鍬始は新年に畑や田にはじめて鍬を入れること。職業欄に「農業」とあるから今でも元気で、農作業にいそしんでいるのだろう。田畑に長年付き合っていると、その機嫌は自ずと分かるもの。「かるがると起こす」には米寿や肥沃な田畑を言祝ぐ気持ちがある。米寿というめでたい今年はいいことがありそう。
  菰を解く潮の香りの初荷かな
 市場から初荷の幟を立てたトラックがやって来た。荷台の菰を外すとさっと潮の香りがしたという。新鮮な海の幸である。威勢よく降ろされていく初荷に商売繁盛の願いがこもる。「潮の香り」が新鮮な把握。

新品の下着に着替へ初句会 熊倉 一彦(日光)

 新しい歳神を迎えるために、下着を新しくすることは古い時代からあったようだ。しかし、初句会に新品の下着で参加とは珍しくもあり、高いこころざしを感じる。初句会に臨む謙虚な気持ちがこもる句である。
  福耳を引つ張つてゐる初鏡
 初鏡の句としては滑稽味がある。初鏡は化粧、顔の皺、父や母の顔がよく詠まれているが、「福耳」は珍しい。しかも「引つ張つてゐる」と尋常ならざる表現。正月の福笑いのような楽しい句である。

寒稽古きちんと靴を揃へけり 池島 慎介(浜松)

 柔道か剣道の寒稽古であろうか。白息を吐きつつ道場に来て靴を脱ぐ。そして、きちんと揃える。道場へは一番に着いたのだろう。後に来た者はそれに習って靴を揃えていく。言葉より行動で教える。武道の技のみでなく礼儀を学ぶのも寒稽古。

麦の芽の漲る青の強さかな 藤田 眞美(松江)

 麦は寒さの中で芽を出し、寒風に育っていく。一見ひ弱そうな芽であるが、激しい風や雨を受けてもしなやかに躱して青さを保っている。その秘密は漲る青さにあるという。麦の芽を写生しながら、人の生き方をも連想させてしまう。

切株に子を座らせて冬日向 谷田部シツイ(栃木)

 寒さのなかにぽっと賜ったような冬日向。早速、公園に子どもをつれて遊びに行ったのだろう。遊び疲れた子を切株に座らせ、ご近所さんと立ち話。自粛を強いられた生活から解放された、ひとときの至福の時である。

マスクして目は真剣に肯へり 松田独楽子(函館)

 諭されているのか、教えを請うているのか。向かい合った二人が熱心に話をしている。マスクをしているので表情は分からないが、目は相手を真っ直ぐに見詰めて、話を真剣に聞いて頷いている。「目は口ほどにものを言う」と言うが、目でものを言う二人の関係を詮索したい思いに駆られる句。

生垣の高さ揃へて冬仕度 山内 俊二(浜松)

 よい天気になったので、庭の手入をすることにした。草取りに始まって、庭木の整枝等々。庭をきれいにして、最後に生け垣の高さを揃える。いつもの庭手入れなのだが、「冬仕度」と置かれると厳しい冬を迎える気持ちが湧いてくる。季語に語らせた一句である。

朝風呂や薪で今年の火を起こす 田中 京子(東広島)

 まだ薄暗いうちから、初湯の準備をする。家族の顔が揃うころには申し分なく沸いていることだろう。温水やガス風呂ではなく、薪に意外性があり、「今年の火を起こす」が巧い。正月の朝風呂なので、小原庄助さんもきっと許してくれるに違いない。

雪づりや足止めさるる回覧板 榎並 妙子(出雲)

 「雪づり」は屋根に積もった雪がすべり落ちること。歳時記に「しづり雪」とあるのは、木や竹の枝葉に積もった雪がずり落ちることで屋根の雪のことではない。鳥取の方言と思っていたが、出雲の作者が使っているので、出雲地方でも使われているのだろう。大量の雪づりに足止めされて、天を仰いで長息しているところ。

落葉踏み朝の光を踏みにけり 齋藤 英子(宇都宮)

 朝の散歩か。落葉が朝日を受けてきらきらと輝いている。まだ誰も踏んでいない落葉もろともに光も踏んだというところに、気持ちの弾みが感じられる。よい一日が始まりそうだ。


    その他触れたかった句     

水の音水の色消し滝凍つる
体当りして来る天山颪かな
子らの声路地にふくらみ年明くる
真直ぐに山彦届く冬木の芽
ひと駅は歩くと決めて霜を踏む
水音の絶えぬ窯場や寒に入る
小春日や願ひ吹き込む千羽鶴
初日の出日向の丘の一都句碑
稜線の紺すつきりと初筑波
冬の雲太平洋へ出て行けり
秋深し小鳥のやうな子らの声
宅配の冬日の中に届きけり
穏やかな一人の時間毛糸編む
一陽来復やはらかく豆煮たる
冬の灯の朱しチョコレートの誘惑
麦の芽の並縫ひの如田を覆ふ

山西 悦子
小松みち女
小嶋都志子
大石美枝子
石田 千穂
朝日 幸子
伊東美代子
関  定由
中村 早苗
清水 京子
本杉智保子
橋本喜久子
高井のり子
佐藤やす美
富樫 春奈
三島 信恵


禁無断転載