最終更新日(Update)'21.05.01

白魚火 令和3年5月号 抜粋

 
(通巻第789号)
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5月号目次
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季節の一句   小村 絹子
「早春」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭6句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
青木 いく代、大滝 久江
白光秀句  村上 尚子
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
塩野 昌治、高山 京子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(牧之原)小村 絹子

保育所に泣き声高く夏来る  冨田 松江
          (令和二年七月号 白光集より)
 保育所は四月の始めに入園式を終えると、暫くの間蜂の巣を突いたような騒ぎの日々が始まる。勿論、慣らし保育の期間はあるものの自我の芽生え始めた園児達にとって、親元から離れて過ごす時間は、どうしようもなく不安で仕方がないのだ。その上まだ言葉を持たない分、おもちゃの取り合い一つでも、髪を引っ張る、腕に噛み付く、はたまた精一杯の知恵を絞って脱出を試みる等のトラブルが発生する。そんな騒ぎの日々が、園庭の枇杷の実が色づき始める頃まで、大なり小なり続くのである。そして数年後にはそんな園児達が保育所のリーダーとしてみごとに成長し、立派に巣立って行くのだ。この句の作者は保育所の近くにお住まいなのだろうか。地元の子供達が逞しく成長する姿を、優しく温かく見守る眼差しを感じ、子供達へのエールの一句として共感を覚えた。

富士真面八十八夜の茶を摘めり  鈴木 ヒサ
          (令和二年七月号 白魚火集より)
 この句は一読して、頂に雪を被った富士山と、なだらかに続く、さ緑色の茶畑の絵はがきを見るような清々しさを覚えた。昔から八十八夜に摘んだお茶は不老不死の縁起物といわれ、地元では贈答品等に重宝されている。作者ヒサさんは、荒茶の生産量日本一を誇る牧之原にお住まいであるが、近年機械化が進み、今ではお茶摘みの風景は風物詩となりつつある。またこのお茶摘みに欠かせないのが昔取った杵柄とばかり新芽の一針二葉を手際よく摘み取って行く老練の技の持主達である。ヒサさんも九十歳を超えて尚、新茶のシーズンには茶摘女として活躍をされているようだ。時々は雪の富士山に目を休ませて、気の置けないお仲間と茶摘みに精を出す暮らしが、もしかしたら長寿の秘訣かもしれない。世界遺産の富士山を正面にして日本一のお茶を摘む……掛替えのないふるさとへの讃歌の一句としていただいた。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 日脚伸ぶ (静岡)鈴木 三都夫
園丁の鋏の音も日脚伸ぶ
花つけて回り出しさうしだれ梅
しだれ梅矯めを撥ねたる一枝かな
矍鑠と地を這ふごとく臥竜梅
奔放に枝を撥ねたる野梅かな
引く頃となりしか鴨の水走り
引きはじむ汐を頼みの海苔搔女
鳥雲に岬を躱す船遅々と

 梅(出雲)安食 彰彦
老幹の梅まだ固し一分咲き
梅千本空ひろびろとありにけり
手を添へて白梅の香をききにけり
梅の香を誘ふ風あり梅真白
白梅の昨夜の雫をこぼしけり
ひとしきり梅の香に酔ひ梅見酒
もつたいなしほんとのやうな春の夢
青き踏むゆつくり一句拾ひけり

 一羽の鳥 (浜松)村上 尚子
鉄塔の四肢のふんばり地虫出づ
人ごゑに囲まれて水温みけり
啓蟄やボウルにをどる溶き卵
頰刺をつつき男の申し訳
田楽に夜の唇を拭ひけり
保育器に眠る赤児や蝶の昼
うぐひすや捨てかねてゐる竹箒
霞よりいでて一羽の鳥となる

 旧街道 (唐津)小浜 史都女
海老天のえびのはみ出す雨水かな
啓蟄や影をさだかに鵲あゆむ
親不孝通りなくなり風光る
梅匂ふ潮入川の舟着場
金縷梅や旧街道に辻恵比須
万作やかつて荷車曳きし道
入れ替り鳥来て椿落としけり
うららかや宿場に目立つ丸ポスト

 秩父銘仙 (宇都宮)鶴見 一石子
遠く鳴く梟のこゑ峠口
磯の香の会津田島の味噌御田
節分の大皿小皿手巻き鮨
ごつごつの赤城妙義の山笑ふ
機を織る秩父銘仙桑青む
雛飾る宿場名残の水車
白濤の寄する常陸の春の海
俠客の墓碑は鉄柵芹の花

 梅の路地(東広島)渡邉 春枝
春寒の両手に包む抹茶碗
雨に咲き雨に散りゆく梅の花
梅の路地今も屋号で呼び合へり
初蝶の飛んで幼の二歩三歩
守り継ぐ里の水車や蕗の薹
鍬深く入れ春泥の溝浚ふ
声変りして少年の雛に座す
春潮の朱の廻廊をときに越す

 正文忌 (浜松)渥美 絹代
待春の畑へ運ぶ井戸の水
柊を挿し風音のにはかなる
みづうみの大き夕日や梅ふふむ
涅槃会の鐘夜通しの雨あがる
犬ふぐり大きな雲の影よぎる
参拝の帰りも畦を焼く煙
正文忌辛夷に蕾あまたなる
鳥帰る水車のみづのやや濁り

 花切絵 (北見)金田 野歩女
しのり鴨浮いて潜つて細波
雪霏々と父母の供養に故郷へ
放牧の牛牧夫の息白し
歴史村の障子繕ふ花切絵
摩周湖へ霧氷散る綺羅頻りなる
雪鳥の赤い木の実を食べ零す
朝刊の見出し立読み背の余寒
淡雪の一片を追ふ童かな

 お雛さま (東京)寺澤 朝子
ポニー舎のポニーぽつくり春の雲
路地探検いよよ迷路や春愉し
竹筒へ息をゆたかにしやぼん玉
口笛で鳥に応へて耕せる
暁闇を灯してもどる白魚舟
(句会兼第二句)
白魚を手くぼに計る湖暮し
美しく文は書きたし諸葛菜
紙折つて九十のわたしのお雛さま

 寒北斗 (旭川)平間 純一
醬油屋の百年を耐ふ雪しまき
醬油屋の屋根をひしやげる大氷柱
寒北斗不屈のニシパ旅立ちぬ
(ニシパ=アイヌ語 親方・紳士・主人)
六道の雪の轍を抜け出せず
節分や転禍為福(てんかいふく)の護摩を焚く
雪解の光まぶして川流る
雪解風雪にもありし獣臭
雪国の雪解うながす雨となり

 恋猫 (宇都宮)星田 一草
鶴歩む鋼のごとき脚をもて
日脚伸ぶ紅差し初めし木々の梢
寒暁の月の溶けゆく空のあを
春光を展べて堅田の広くあり
蕗のたう小川の水の奏でかな
紅梅のけぶるみ空の雲白し
梅の寺笑みをやさしく鬼子母神
恋猫の帰るそ知らぬ顔をして

 紅白梅 (栃木)柴山 要作
白鳥とふ百花抗ふ那須颪
寒鯉の跳ねて深まる静寂かな
探梅の眼下ことこと一両車
吾子とのる佛足石や春隣
紅白梅龍太の深空そこにあり
節分草の丈に腹這ふカメラマン
もんどり打ち堰落つる水春北風
堰は早や光の坩堝猫柳

 春炬燵 (群馬)篠原 庄治
前山の影長々と日脚伸ぶ
霜傷みせしも醜草逞しく
春耕や土の匂ひをいとほしむ
梅咲いて明るくなりぬ過疎の村
縞なして崖岩伝ふ雪解水
長押より雛を見守る般若面
京保雛五人囃子の指の反り
応へなき遺影に声掛く春炬燵

 鳥帰る (浜松)弓場 忠義
下萌や瀬音に道のしたがへり
シー・グラス透かせば見ゆる春の沖
春耕や遠くにけむり三筋立つ
かげろふや風紋の影立ち上る
旅鞄こんなところに種袋
みづうみに列なすブイや鳥帰る
春の蚊の行方しばらく見てゐたり
蕗のたう包む薄様ぬれてをり

 残り鴨 (東広島)奥田 積
厄落しの火の粉かぶれる男女かな
スケボーの少年少女雑木の芽
その数の雫をとどめ花馬酔木
啓蟄や移築されたる救援碑
七千歩花金縷梅の谷下る
風光る島をつなげる斜張橋
残り鴨残ると知るや知らざるや
石庭の一樹全き紅椿

 雛の間 (出雲)渡部 美知子
神名火山の春あけぼのへ鐘一打
ものの芽の万の雫の光る朝
たちまちに酢の香広ごる雛の間
春めくや指揮棒をどる五時間目
真つ先に改札抜くる春ショール
春の土つけたるままに受話器置く
また一つ水輪を重ね落椿
宍道湖の向きさまざまの蜆舟



鳥雲集
巻頭1位から6位のみ

 三寒四温 (磐田)齋藤 文子
三寒四温少年のふくらはぎ
遠山に残雪牛の耳にタグ
土砂降りの涅槃の朝となりにけり
笹藪に鳥の声する雛納
煙突のある家ミモザ溢れけり
風車吹く前髪の少し伸び

 ゆつくり電車 (宇都宮)中村 國司
歯を見せて笑ふ子であり花菫
早春をかちりときざみ花時計
連山の個々に名のあり春の風
普陀洛へゆつくり電車風光る
やまびこを山彦の追ふ春の峪
檻に啼く鶴へ春光容赦なし

 水温む (浜松)阿部 芙美子
春立つや日の差す森に水たまり
日に透かす手漉きの和紙や春きざす
梅が香や古墳をめぐる道聞いて
二月尽積んで置きたる本崩れ
えぞりすの舐むる樹液や水温む
さざ波のとどく入江や葦の角

 紅梅 (岐阜)吉村 道子
金色の賽銭箱や桃ふふむ
紅梅や窓の大きな母の部屋
初蝶や阿弥陀様前停留所
トランペット吹く橋の下水温む
山城の谷を埋むるやぶ椿
風光る遠くに母校見えにけり

 早春 (稲城)萩原 一志
菜の花や白帆の光る九十九里
ゴム跳のゴムの天辺風光る
猫の恋防犯カメラ作動中
薬局に碁敵と会ふ春の暮
春炬燵ハートのエース引きにけり
如月の望の月夜や西行忌

 立春の風 (浜松)林 浩世
深く息して立春の風の中
啓蟄や螺旋階段地より伸び
下町の間口の狭き種物屋
シーソーのシーで空へと木の芽風
春宵や張り確かむる筝の絃
揺り椅子の春の森へと向いてをり



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 青木 いく代(浜松)
四温晴開けつ放しの古本屋
浅春のみづうみに向く文机
口開くる人体模型冴返る
人声のして薔薇の芽の解れたる
春の宵人形ふつと息を吐く

 大滝 久江(上越)
園芸書買つてみようか春隣
くびき野の雪解さそふ鳶の笛
米山に向きを正して青き踏む
ふるさとの畦道小径水温む
祖父に買ふ足の爪切り山笑ふ



白光秀句
村上尚子

人声のして薔薇の芽の解れたる 青木いく代(浜松)

 草も木も山も、冬の間はじっと寒さに耐えてきたが、春の気配と共に活動を始める。代表的な季語の一つに〝ものの芽〟があるが、これは萌え出る芽の総称を指す。特に印象深いものはそのものを特定して言う。薔薇の芽はその一つである。この句は庭に植えられた観賞用のものに違いない。たまたま周囲から聞こえてきた人声に、その赤い芽が突然解れたように見えた。作者の一瞬の感覚である。
 春が待ち遠しいのは人間だけではない。
  口開くる人体模型冴返る
 医療用や美術用などに使われる〝人体模型〟という、ものものしい言葉で始まり、一言の説明もない。見えるものは口を開けているその姿だけである。「冴返る」の季語によりどう解釈するかだけである。

米山に向きを正して青き踏む 大滝 久江(上越)

 民謡で広く知られている米山甚句や、三階節にも歌われている新潟県中部にある米山である。上越市にお住まいの作者の暮しは、四季折々その姿と共にあるのだろう。冬の間深い雪に覆われ、思うようには外へ出られなかった。雪解けと共に野にも畑にも緑が広がってゆく。その上を一歩一歩踏みしめる気持は格別であろう。「向きを正して」には米山に対する畏敬の念がこもっている。
  祖父に買ふ足の爪切り山笑ふ
 一口に爪切りと言っても、最近はいろいろなものが出回っている。冬の間は、とかく爪の手入れもおろそかになりがちだが、暖かくなれば目に触れることが多くなる。自分のためではなく「祖父に買ふ」としたところに作者の思いがある。
 前出句の「青き踏む」の句と共に、米山への讃歌である。

諸葛菜寮に二台の洗濯機 永島のりお(松江)

 学校か会社の寄宿舎に置かれている二台の洗濯機。近くには、こぼれ種でもよく育つという可憐な諸葛菜が咲いている。変哲もないことがらも、取り合わせる季語によって強い印象を与える作品となる。

初蝶や縁に絣の小座布団 藤原 益世(雲南)

 最近減りつつある縁側のある家屋。そこにはいつも座布団が用意されている。仰々しいものではないのが良い。そこへ先ず訪れたのは初蝶だった。まるで昔話のような一シーン。

雪搔や口に飴玉放り込み 沼澤 敏美(旭川)

 雪搔をしなければ外へ出られないばかりか、雪の重みで家ごと潰されてしまう恐れがある。この日はそれ程深刻な事態ではなかったようだ。とは言うものの重労働には違いない。飴玉一つでもエネルギーの元となる。

審判もラガーに負けずよく走る 佐久間ちよの(函館)

 体当りのタックル、力強いスクラム、その都度観客の声も高まる。この句の面白いのは、とかく見失いがちの審判へも視線を向けたところにある。

背の高き駐在さんや山笑ふ 斉藤かつみ(群馬)

 日頃、地域を見守ってくれる駐在さんである。背の高さが余程印象にあるらしい。折しも周囲の山々は春爛漫の季節である。きっと頼りにされているのだろう。

長靴を履きかけてをり春の虹 金原 恵子(浜松)

 日常のさもない動作のひと齣である。誰かが「虹だ」、と教えてくれた。慌てて外へ出てみたが、あっという間に消えてしまった。
 長靴は履いたのか、履けなかったのか……。春の虹ならではの一句である。

麗かや転がつてゐる酒徳利 河森 利子(牧之原)

 徳利にも色々あるが、これは一番馴染のある陶器製のもので、かなり大きなものであろう。既に使われていないが何となく捨てがたい。「麗かや」、から連想させるものがあるところも楽しい。

SLの長き汽笛や春動く 上松 陽子(宇都宮)

 最近、SLは観光用としてのみ走っている。煙を吐きながら、力強く走るその勇ましい姿は特に鉄道マニアにはたまらない。周辺の景色もさることながら、汽笛の音は一層旅愁を誘う。「春うごく」の主題は「春めく」だが敢えて副題を使った効果もある。

雲一つなき日花種選びをり 花輪 宏子(磐田)

 同じことをするにも、その日の天候によって気持が左右することがある。「選びをり」の解釈には少し迷うが、袋のきれいな絵を見ながら迷っているのだろう。雨の日では俳句として生きてこない。


その他の感銘句

下萌やさすれば伸ぶる牛の首
多喜二忌の墓石の雪を払ひけり
芹を摘む一歩に濁る沢の水
花桃や小山羊は柵に足掛けて
口笛の追ひ越して行く春の風
うららかや「地獄の門」で待ち合はす
春日差す子は教員の一年目
菜の花を見て近道の交差点
理科室の小さき化学者うららけし
春炬燵湯呑み二つに影二つ
熱湯に桜鯛の目濁りゆく
落椿流れに乗れば上を向く
魚屋のゴムのエプロン風光る
卒業や旧き駅舎に別れ告げ
暖かや秤の上の赤ん坊

榛葉 君江
佐藤やす美
鈴木 利久
松尾 純子
中間 芙沙
原 美香子
山根 恒子
森  志保
大平 照子
本倉 裕子
野田 美子
加藤 芳江
古橋 清隆
土井 義則
田中 知子



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

浜松 塩野 昌治
梅千本余さず光まとひけり
若布干す竿に潮の香広げつつ
ていねいにミシンを拭いて針供養
芽柳や競り場のはかり濡れてをり
雨雲の逸れたる土手の黄水仙

函館 高山 京子
海原にシャワーのごとく冬日射す
マフラーに頤を埋め波の音
子らは手に光あつめて軒氷柱
マニキュアの十指きらりと冬芽かな
水温む泡いつぱいにして洗車



白魚火秀句
白岩敏秀

若布干す竿に潮の香広げつつ 塩野 昌治(浜松)

 船から引き揚げられた若布が、天日干しにするために竿に掛けられている。この情景を「潮の香を広げつつ」と表現した。「滴らす」では点に過ぎない情景が「広げつつ」で面的な広がりを持ち、干す若布の多さまでイメージさせる。浜で働く人々の生き生きした姿まで見える。
  ていねいにミシンを拭いて針供養
 針供養は二月八日。針供養へ出かける前に、ミシンをていねいに拭いている。普段からミシンはきれいにしているのだが、今日は特に念を入れて拭き上げている。針を使う人の心ばえが伝わってくる。

海原にシャワーのごとく冬日射す 高山 京子(函館)

 曇天の重苦しい雲。鈍色に荒れる冬の海。突然に雲が切れて、太陽の光が海面を燦々と照らす。それが「シャワー」のようだと例えた。「比喩は一目瞭然でなければならない。一寸でも立ち止まって考えるようでは失敗である」「比喩はかく速度がなけねばならない」と仁尾先生は教えられた。この教えが忠実に守られている句である。
  水温む泡いつぱいにして洗車
 雪解けの頃になると、車はよく汚れる。寒いうちは車を洗う気持ちにはならなったが、暖かくなって洗車することにした。洗い始めると結構たのしい。愛車を泡だらけにして、ぴかぴかに…。春の気持ちが弾んでいる。

老いぬれば老いに馴染みて水温む 河森 利子(牧之原)

 ひとはだれでも年をとる。それはそれで仕方のないこと。作者はそれを「老いに馴染み」と捉えた。「馴染む」に似つかわしい意味は「調和する。とけあう」。水温むように自然の摂理に従った澄んだ心持ち。

春の風花屋を抜けて香りけり 原田万里子(出雲)

 街のなかや雑踏で合う暖かい風は単に春の風。しかし、花屋を抜けると香る春風。風を変身させたところが手柄。「花盗人」ならぬ「香り盗人」―風はいろんないたずらをするものである。

駄菓子屋にさまざまな声春夕焼 伊藤 達雄(名古屋)

 小学校の前には文房具屋を兼ねた駄菓子屋があった。昼休みや放課後には子ども達が集まってがやがやと騒いでいたものだ。いまの子どもは帰れば塾があるから、寄り道はできないのかも‥。夕焼けに長い影を引いて帰ったころの懐かしい光景が浮かぶ。

いつぱいに散らかす書類納税期 川本すみ江(雲南)

 確定申告は二月中頃から始まる。今はパソコンなどで申告できるが、それでも申告に必要な書類は同じ。書類を「散らかす」とあるから、孤軍奮闘しているのだろう。「納税期」は歳時記に載っていない季語。しかし、仁尾先生は「税申告」「納税期」を季語とすることを認めている。先生が認めていた「サンダル」も歳時記に採用されている。

他愛なき話をしつつ雛飾る 髙添すみれ(佐賀)

 一年に一度の雛祭は親や女の子にとっては特別な日。特別な日の雛を「他愛なき話」をしながら飾ったという。感情移入しやすい雛飾を日常の目線で詠んで成功。〈ふだん着でふだんの心桃の花 細見綾子〉が思い起こされる。

制服の予約をすます二月かな 大原千賀子(飯田)

 小学校に入学する準備だろう。早々と制服を予約した。新しいランドセルを何度も背負って喜ぶ子どもに、制服姿を重ねて一緒に喜んでいる家族。二月が終われば桜の季節。まもなくピカピカの一年生が誕生する。

種袋蒔く順番に並べおく 中西 晃子(奈良)

 美しい種袋をたくさん買ってきた。それを机に広げて、蒔く順番に並べてみた。蒔く順番は即ち花が開く順番。順番に開いてゆく花の美しさを思い描いているのだろう。花好きの人のときめきが感じられる。

永き日の遠くで山羊の鳴いてをり 池森二三子(東広島)

 冬の日の短さから解放されて、どことなく一日の長さを持て余すような日。そんな日に遠くで山羊が鳴いた。語尾を長く曳く山羊の鳴き声は一層、日永を強く感じさせる。大気中に日永ののどかさが充満している句。


    その他触れたかった句     

ゆつくりと翅合はせつつ蝶凍つる
薄氷を踏めば硝子の音がする
大根が置きざりにされ海女の畑
店頭が丸ごと春になつてをり
簗打の流れに注ぐ御神酒かな
春めきて朝日の部屋となりにけり
啄木の墓に二月の雪積もる
春耕の真白き軍手はめにけり
灯のともる電話ボックス春深し
下萌や自転車で来る紙芝居
文庫本一気に読んで二月果つ
寒厳し道ゆく人を寡黙にし
蛇行して一両電車冬野行く
男体山(なんたい)の風に向かひて春田打つ
指先に日のぬくもりや土筆摘む
落椿細き流れに乗りにけり
谷二つ繋ぎ消えゆく春の虹

木村 以佐
梶山 憲子
本杉智保子
富士 美鈴
脇山 石菖
大江 孝子
工藤 智子
米沢 茂子
野田 美子
古橋 清隆
小杉 好恵
大河内ひろし
天野 幸尖
石原  緑
小松みち女
田中千恵子
福光  栄


禁無断転載