最終更新日(Update)'21.07.01

白魚火 令和3年7月号 抜粋

 
(通巻第791号)
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7月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   西村 松子
「切々と」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭6句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
大石 益江、野田 弘子
白光秀句  村上 尚子
大東笹百合句会の吟行 原 みさ
浜松白魚火会 第二十三回総会及び俳句大会 高田 茂子
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
野田 美子、長島 啓子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(松江)西村 松子

老鶯の声透きとほる銀山道  樋野 久美子
          (令和二年九月号 白魚火集より)
 島根県大田市にある石見銀山は、平成十九年世界遺産に登録された。中世から近世にかけて日本の歴史に重要な足跡を印し、徳川幕府の天領として栄えた。現在、立派な間歩が保存されている。当時採掘された銀は、温泉津港まで運ばれた。又羅漢寺には五百羅漢が安置され、街並は昔風に工夫が凝らされ、観光客で賑わっている。
 揚句は銀山へ吟行された時の一句。山々の緑がしたたるように美しい中、老鶯の美しい声を聴きとめられた。その声は「透きとほる」という言葉でしか表せないほど澄み切っていた。遥か遠い世。銀山で働いた無名の掘子達の墓は、風化して哀れをさそっている。掘子達の霊を慰めるように、幾度も老鶯が鳴いたことであろう。

父の日の窓ふるさとに向け開くる  塩野 昌治
          (令和二年九月号 白魚火集より)
 父の日は、六月第三日曜日。母の日の晴れやかさに比べ、かなり地味な一日である。ちなみに父の日の句に「緑濃き朝の雨降る父の日よ 菖蒲あや」がある。
 揚句は、父子の絆の強さを詠んでいる。父の日の朝はゆつくり目覚められ、いつもはあまり意識していないふるさとの方角に、大きく窓を開けられた。さわやかな野の風が窓から吹き込んでくる様子が見えてくる。そして何か昔の懐かしい話を、心の中で語りあわれた。作者のふるさとはどんな所で、お父様は健在だろうかとふと思った。「ふるさとに向け開くる」の措辞で、父への尊敬の念とふるさとへのほめ言葉が伝わってきた。「ふるさとに向け窓開くる」ではなく「窓ふるさとに向け開くる」が巧い。しみじみとした父子関係。深くて心に沁みる句である。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 入彼岸 (静岡)鈴木 三都夫
穏やかな墓参日和や入彼岸
父母に会へる墓参の彼岸かな
入彼岸母の句碑へも詣でけり
母の句碑ひらがなの美し蝶の昼
ひとときを句碑と過しし彼岸かな
山河また一年経たり茶の芽立つ
茶の芽立つ五風十雨を恵みとし
摘み頃を指もて探る茶の芽かな

 夏めける(出雲)安食 彰彦
引力にさからふ如し紫木蓮
紫木蓮出雲の風を染めてゆく
紫木蓮門標の名はいまだ父
薔薇真つかいつも病んでゐる地球
大輪の真赤の薔薇は切らでおく
薔薇真紅花束のまま抱いてゆく
なつかしき鏝絵の鶴の夏めける
落武者の墳とも見えず著莪の花

 電波塔 (浜松)村上 尚子
春の雲映してみづの軽くなる
白鳥引く水面に影を正しつつ
畝立ててをり遠山に春の雪
蟻穴を出づ山頂の電波塔
遠足のこゑ吊橋を揺らしゆく
ジーパンを穿かせてもらひ種案山子
スパイスのよく効くカレーみどりの日
庭へ置く木の椅子五月きたりけり

 大きな鯛 (唐津)小浜 史都女
松浦(まつら)佐用姫ここに眠れり鳥曇
薇のこんなにもあり長けてをり
野蒜みな花をつけたり昼の月
山藤の空色となる高さかな
薫風や大きな鯛の辻恵比須
鯉のぼり床屋の息子五年生
菖蒲湯に脳も五体もゆるみけり
風鈴を早ばやと吊り陶を売る

 苗木市 (宇都宮)鶴見 一石子
苗木市茣蓙百枚のつくり路
苗木市陶の狸に迎へられ
薬師寺に大学病院花なづな
ふるさとの細き道筋かげろふ立つ
暮れ泥むリハビリの杖春の月
茶のこころ俳誌のこころ雛の夜
紫陽花や磴百段の大中寺
烏天狗神とし奉る閑古鳥

 燕来る (東広島)渡邉 春枝
しやぼん玉児のやはらかき土踏まず
うららかや日差し留まる午後の椅子
行春の窓拭き終へてよりの空
路地曲るたび道を問ふ松の芯
予定なく暮るる一日燕来る
緑さす一匙づつの離乳食
新緑や庭に持ち出す畳椅子
鬼ごつこの声風となる五月かな

 春まつり (浜松)渥美 絹代
三月の沢音近き山庄屋
かたくりの花靴音の遠ざかる
石嚙ませ止むる小屋の戸鳥曇
春まつり荒鋤きの田に雨たまる
菜の花のこぼれてゐたるバスの床
磐座のほとりにすわり春惜しむ
茶摘女の鉄塔またぎてゆきにけり
乳母車筍二本乗せてある

 時計 (北見)金田 野歩女
雪解水奔れば光る潮見坂
春の雪払つて見舞客となる
春泥を巧みに除けて郵便夫
荒れし手を労つてゐる朧の夜
花山葵厨に散らす白い屑
連翹を見て庭掃きの締め括り
無自覚に止めたる時計春眠し
逃水やかたかた駆くるランドセル

 花あしび (東京)寺澤 朝子
鞦韆を漕ぎたし若き日のやうに
法堂に甘茶いただき忌を修す
D51の展示残花のはらと散る
山鳩のこゑをとほくに朝寝して
たんぽぽの確と根を張るガード下
はみ出してをるはハンガー鴉の巣
憂きことはドラマと思ひ鳥雲に
葛飾の水田も消えて花あしび

 古稀を過ぐ (旭川)平間 純一
古稀を過ぐ悠悠閑閑干鱈むく
つんと横向き春コート靡かせる
春北風や救急ヘリの旋回す
背を丸め闇を背負ひて座禅草
遠霞徳富蘆花の寄りし丘
囀の声の行方に手をかざす
皺深き白楊(どろのき)高し養花天
花冷や先師の句碑に残る雪

 揚雲雀 (宇都宮)星田 一草
一天を統ぶる一点揚雲雀
ゆつくりと歩みて花の風をゆく
小流れの堰をあふるる花筏
人待てばたんぽぽの絮風を待つ
春の宵遺影に見詰め返さるる
朝に掃き夕べに掃けり落椿
西ばかり見てゐる木馬春の宵
自転車が好き薫風の川堤

 風薫る (栃木)柴山 要作
懐しき牛舎の匂ひ雲雀東風
蘆の錐早やも天突く構へかな
村跡へ鎮魂の鐘蘆の錐
外つ国の言葉飛び交ふ百千鳥
春昼を破る鶏鳴登り窯
尼寺跡の礎石にひとり春逝かす
木香薔薇垣にあふるる絶家かな
行啓碑に一都の句碑に風薫る

 軒菖蒲 (群馬)篠原 庄治
春雨や傾ぐ傘越し遠会釈
春霞墨絵暈しの裏榛名
草木の芽吹き促す穀雨かな
糠漬に二つ割りする春キャベツ
じやがたらの芽だし誘ふ昨夜の雨
蓬の葉添へて挿しあり軒菖蒲
満開の藤浪風に揺れ揃ふ
春愁や笑みし遺影の顔虚し

 春惜しむ (浜松)弓場 忠義
片減りの墨を磨りつつ春惜しむ
蛙鳴く水田の月の揺れてをり
クレソンの中に家鴨の二羽三羽
さくさくと音よく刻む春キャベツ
春筍に赤子の匂ひしてゐたり
櫓の音を水に沈めて花見舟
山吹をくぐる瀬音の暮れにけり
今朝の夏遠つ淡海の白帆立つ

 ごきげんよう (東広島)奥田 積
てふてふや展望台にベビーカー
藤棚の下ではじめて会ひし人
ミッションの十字架塔や夏はじめ
分水の神のをかしや水芭蕉
水に置く確かな影や水芭蕉
子を抱きしやくなげ寺の花明り
ごきげんよう光はなてる朴の花
ご機嫌よう風に耐へゐる橡の花

 紙風船 (出雲)渡部 美知子
春天へ紙飛行機の始発便
のどけしや駅舎の褪せし運賃表
曇天を揺さぶつてをり竹の秋
ぽこぽことサイフォンの音春の昼
しやぼん玉ひとつに息を使ひ切る
ひらひらと来てひらひらと消ゆる蝶
紙風船畳に淡き色の影
天つ星八十八夜の里に降る



鳥雲集
巻頭1位から6位のみ

 春の駒 (浜松)大村 泰子
花守の巡回腰にシャツを巻き
をりをりに波受けてゐる浅蜊取
春の駒影を大きく跳ねにけり
藤揺るる午後の明かるき日を受けて
ビオロンを背に走る子や豆の花
薫風や砂丘に刻を忘れゐて

 葱坊主 (牧之原)坂下 昇子
摘むといふ楽しさ蕨摘みにけり
接岸に手間どつてゐる花筏
残る鴨花びら付けてゐたりけり
じやんけんの最初はぐうよ葱坊主
薫風やかちかち進む万歩計
風すでに初夏の匂ひの岬かな

 行く雁 (松江)西村 松子
簸川野に雨降る花の別れかな
行く雁やぬくもりのある師の言葉
師の家へ羽根かたぶけて燕来る
満開の桜のどこか翳よぎる
螺旋階段下りて春愁ひとつ消す
種選ぶ女の指のいきいきと

 風車 (高松)後藤 政春
山上の寺門は閉ぢず燕の巣
遠足や羽を広げて待つ孔雀
御見舞に先客のあり桜餅
小児科の窓辺に回る風車
橋架かる小島の磯や海髪を刈る
ぬひぐるみに席をゆづられ昭和の日

 桜 (浜松)安澤 啓子
山吹や聞き覚えある鳥のこゑ
灌仏のぐい飲みほどの柄杓かな
夕べには本降りとなる桜かな
水浴びの鴉に落花頻りなる
つぎつぎとみづうみへ散る桜かな
霾や草魚打ち上げられてをり

 野の光 (東広島)溝西 澄恵
荒鋤の黒土へ浸み花の雨
初燕名代の蔵へまつしぐら
砂を吐く浅蜊ふれ合ふ音かすか
引出しのがたつく取手春暑し
畝立てて匂ふ黒土飛花落花
葉桜の風をいざなふ野の光



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 大石 益江(牧之原)
野に還る田んぼ紫雲英に埋もれけり
妹はいつもお下がり青き踏む
囀に風がやさしく乗りにけり
チューリップどこから見ても真正面
神仏に告げて始まる一番茶

 野田 弘子(出雲)
電光のスコアボードや風光る
種芋の出て来る英字新聞紙
目測ではかる灯台初つばめ
麦秋やキッチンカーの赤い屋根
神杉をまくなぎ払ひつつ見上ぐ



白光秀句
村上尚子

野に還る田んぼ紫雲英に埋もれけり 大石 益江(牧之原)

 春の田園風景として親しまれてきたげんげ田である。古くから緑肥や飼料としても栽培されてきた。しかしこの田は既に耕作しないことが決まっている。後継者がいないのか、あるいは宅地や工業用地になってしまうのか…。一面に咲くげんげを目の当たりにして子供の頃を懐かしく思い出しているのだろう。
 当り前だった風景が一つずつ消えてゆくのを見るのは寂しい。
  妹はいつもお下がり青き踏む
 最近の暮しのなかでは「お下がり」という言葉はあまり聞かなくなった。兄弟が多くて物のない時代には普通のことだった。
 作者は八人兄弟の末っ子だと聞いた。お下がりを着ているのは周囲の友達も同じだった。大勢で元気に遊んだ日々が懐かしい。

種芋の出て来る英字新聞紙 野田 弘子(出雲)

 秋に収穫した芋類の一部は、種芋として大切に貯蔵しておく。
 この句に目が止まったのは「英字新聞紙」にある。貯蔵する時は特別気にしてはいなかったが、取り出すときになって改めて気が付いた。見過ごしてしまえばただの紙屑でしかなかった。
 簡素な表現なだけに、いろいろな種芋の武骨な姿まで想像することが出来、面白い。
  電光のスコアボードや風光る
 草野球などのスコアボードは、今でも一つずつ手作業で行う。このスコアボードはそれなりの場所で行う大会である。観客にも期待と緊張が走る。
 「風光る」により、その場の明るさや活気が見えてくる。

口溶けの良きキャラメルや青き踏む 山田 眞二(浜松)

 普通の飴とは違い、ソフトな噛み応えが特徴のキャラメルである。その歴史は明治時代からと聞くが、味は子供の頃から変わっていない。春風に吹かれながら一つ口に入れただけで、足取りは軽やかに前へと進む。

流れ来るポップス梨花の受粉中 橋本 晶子(いすみ)

 二十世紀梨で有名な鳥取県は「梨花」を県の花としている。作者は千葉県で梨を栽培している。枝に吊したラジオからかイヤホンからか、軽やかなポップスが聞こえてくる。その調子に乗り、きっと受粉作業もはかどることだろう。

夜空より垂るるふらここ漕ぎにけり 工藤 智子(函館)

 ふらここは「鞦韆」の副題にあるが、中国北方の異民族から中国に輸入されたものという。今や日本では最もポピュラーな遊具の一つだが「夜空より垂るる」と表現した作品は見たことがない。空を見上げれば、函館の町を見守るように無数の星がきらめいていた。

地下足袋の二足分空け芋を植う 熊倉 一彦(日光)

 「二足分」は、地下足袋の横巾を指していると解釈した。普通の靴に比べるとかなり広い。手慣れた芋の植付けであろう。経験で培われた勘に狂いはない。

アイリスを活けて岬の手洗場 才田さよ子(唐津)
 ドライブにでも出掛けたのか。岬にある手洗場を借りた。そこの花瓶には海風の中で剪り取ったばかりのようなアイリスが活けてあった。一人のひとの心くばりが多くの人に安らぎを与えてくれる。

アイリスに風濡れ縁に茶菓あれこれ 森田 陽子(東広島)

 このアイリスは濡れ縁のある建物と風景が一体化している。アイリスにはどこからとなく風が吹いている。腰掛けている横にはもてなしのお茶とお菓子が置かれている。日常の雑事はすっかり忘れ、至福の時間が流れてゆく。

幸せを運んでゐたり花筏 太田尾利恵(佐賀)

 花の盛りも美しいが、水面に散った花びらが連なり流れてゆく様子はまた別の風情がある。その様子を〝幸せを運んでいる〟と感じ取ったのは作者だけの感性である。桜は散ってからも人を楽しませてくれる。

花の蔭に寄せて双子の乳母車 池森二三子(東広島)

 うららかな日和に誘われて近くの公園にでも来たのだろう。しかし休むのには日差しが強すぎる。近くの桜の下に乳母車を止めた。双子の気持良さそうな笑顔が目に浮かぶ。

清明や竹は天辺よりゆれて 山口 和恵(東広島)

 清明の本意のごとく、暑からず寒からず、絶好の季節である。この時期の竹藪では若竹が空を目差して日に日に背丈を伸ばす。「天辺よりゆれて」はそれらへのエールのようにも聞こえる。


その他の感銘句

先生の声はソプラノ花水木
紐出でて蝌蚪一寸の初泳ぎ
大山を遠くに田植始まりぬ
春の星子らに手紙を書いてをり
草笛を吹けば少年風となる
雲浮かべゆるる水面や柿若葉
路線バス一年生を待つてをり
天竜川を足元に置き茶摘唄
麗かや轆轤に茶碗立ち上がる
うららかや妻の誕生日のランチ
山の端に出づる春月濡れてをり
楤の芽を野良のみやげに夫帰る
堂守の三畳の間の春炬燵
ソーダ水消しゴムふたつ転がりぬ
蜃気楼異国の船を浮かべをり

若林 眞弓
福本 國愛
江角眞佐子
清水 京子
本倉 裕子
中澤 武子
鈴木 敦子
伊東美代子
佐藤 愛子
川上 征夫
秋葉 咲女
加藤 明子
水出もとめ
久保美津女
渡辺 伸江



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

愛知 野田 美子
禅堂に衣摺れの音はだれ雪
待針を数へて戻す春の雨
桜蘂ふる遮断機の撓りゐて
弛びたる電線の影蝶の昼
ずれたるまま終はる合奏チューリップ

栃木 長島 啓子
たんぽぽや手をつなぎゆく園児帽
長閑さや打切飴に牛の顔
春北風湯元本町分湯所
石楠花を出窓に山の美容室
キャンパスの風に少女の夏来る



白魚火秀句
白岩敏秀

待針を数へて戻す春の雨 野田 美子(愛知)

 裁縫が終わったのか、何かの事情で中断したのか。待針を一本ずつ数えて針箱へもどしたという。待針にはガラス玉や花びらの抓みがついていて、比較的見つけやすいが、それでも細い針だけに気骨が折れる。縫物疲れと針探しの緊張感のほぐれ。外は暖かい春の雨。どことなく春愁の気分が漂う。
  桜蘂ふる遮断機の撓りゐて
 遮断機に足止めをされた。長い遮断機の棒は撓りながら降りてくる。踏切の側の桜は旺んに蘂を降らしている。揚句は啐啄同時のような桜蘂と撓りをリズムよく表現して、気分の浮き立つような句。

長閑さや打切飴に牛の顔 長島 啓子(栃木)

 打切飴(ぶっきりあめ)は固めた飴の棒を二センチ位の一口サイズに切ったもの。切っても切っても、中から牛の顔が出てくる。川端茅舎に〈暖かや飴の中から桃太郎〉の句がある。茅舎の句には桃太郎という昔話の楽しさがあり、揚句には今年の丑年に絡めた面白さがある。
  キャンパスの風に少女の夏来る
 コロナウイルスの流行で、昨年は大学の授業はリモートで行ったところが多かったようだ。今年は対面授業が始まったのか。広いキャンパスを初夏の風を受けて歩く女学生。少女とあるから、一年生だろうか。「夏来る」に大学生活での青春を予想させる。

百年の堰の石組田水引く 上松 陽子(宇都宮)

 先人達は米作のために、水の確保に労力を惜しまなかった。水路をつくり遠くから水を引いて米作りをした。その苦労の結晶が石組みの堰である。幾度の災害も頑丈な堰によって、稲作が守られてきた。田水引く豊かな水音に、改めて百年の堰に感謝が籠る。

遠足の子と相席の一輌車 福本 國愛(鳥取)

 電車にどやどや乗り込んできた遠足児。まんの悪いことには作者の乗っている電車は一輌車、しかも相席となった。子どもは始めは温和しくしていたが、馴れるとはしゃぎだす。怒ることも出来ず、ただただ見ているだけの作者。嫌がってはいないが、困惑気味の作者の表情が見えるようだ。

鯉幟一気に風をとらへけり 加藤 芳江(牧之原)

 揚げられて鯉幟が待っていたように風を捉えて、元気よく泳ぎだした。句意は説明するまでもなく明瞭である。読み手は、五月の空を勢いよく泳ぐ鯉幟を黙って見上げているだけでよい。そう思わせる「一気に」である。

春障子閉てて居留守を使ひをり 村上  修(磐田)

 春昼の訪問者。今日は誰にも会いたくない。そこで、障子を閉めて居留守を使って、訪問者が帰るのを息をひそめて待つ。誰もが一度は経験したことがあるかも知れない。障子の一枚が外と内の世界を遮断しているようなオーバーな表現がユーモラスである。

家計簿をぴたりと合はせ四月尽 平野 健子(札幌)

 四月尽は新暦の四月が終わることで、花の季節を惜しむ気持ちがある。しかし、この句は家計簿の帳尻をぴたりと合わせることで、きっぱりと春に別れを告げている。「四月尽」に春愁を払う効果もあろう。

瀧音の瀬音に変はる花わさび 味田 右近(三島)

 〈滝音の消ゆるところに来て安堵 磯辺まさる〉瀧を離れた水も安堵して瀬音に変わり、そしてわさびを育てる沢音に変わった。瀧音→瀬音→沢音と音の変化に時間の推移をみせている。しかも、白い十字のわさびの花は清浄で涼味満点。

溝浚へ生きもののごと水走り 貞広 晃平(東広島)

 町内で一斉に行われる溝浚え。終われば堰止められていた新しい水が一気に走り出す。それはあたかも獲物を襲ういきもののような勢い。「水走り」に辛い溝浚えの達成感がある。

新刊書片手に外へ春の昼 栗原 桃子(東京)

 日の匂いや草木の匂う春爛漫の昼。新刊書を片手に外へ飛び出した。たっぷりとゆっくりと春の日を浴びて読書するつもり。リズミカルなテンポに若さが弾んでいる。


    その他触れたかった句     

葉桜や合せ鏡の中の闇
ふるさとの話などして野蒜摘む
一村は蛙の夜となりにけり
新緑やさとに帰れば母が居る
薬袋に湯呑のあとやうららけし
マンションへ恋猫やせて戻りけり
山葵田の細き流れに靴濡らす
囀やまだ濡れてゐる楠の幹
緑さす砥石の反りに水走る
雛納め手伝ひたくてそばに寄る
切株に立てば囀近づきぬ
黒潮をくぐりて来たる鰹の目
草笛や一片の葉に音生まれ
手品師の肩に白鳩夏きざす
陽炎や筑紫の里に観世音
陽だまりの草かきわけてわらびつむ
古井戸の蓋のずれゐる犬ふぐり

稗田 秋美
原 美香子
中西 晃子
渡邉知恵子
伊東 正明
廣川 惠子
杉原由利子
髙添すみれ
松尾 純子
小玉みづえ
工藤 智子
中山 啓子
村田 恵子
坪田 旨利
金原 敬子
吉水 登世
升本 正枝


禁無断転載