最終更新日(Update)'21.01.01

白魚火 令和3年1月号 抜粋

 
(通巻第785号)
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1月号目次
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季節の一句   花木 研二
「雨の奈良」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭6句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
塩野 昌治、佐久間ちよの
白光秀句  村上 尚子
令和二年栃木県白魚火会秋季俳句会 中村 早苗
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
内田 景子、根本 敦子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(北見)花木 研二

蹲ひのしぶきのかかる返り花  伊藤 達雄
          (令和二年三月号 白光集より)
 神社参拝の折、本殿に進む前に傍の蹲踞に立寄り、口を漱ぎ、手を拭き本殿に向かうのですが、その手順の合間に、小春日に誘動されたのか、躑躅と思われる小さな花が返り咲いており、手を拭う時にわずかな飛沫が躑躅に降り注いだという、写生味に満ちた清楚な一句でした。
 昨年八月、この欄で拙句を鑑賞して頂いたのが今回のこの句の作者の伊藤達雄さんでした。昨年のお返しの様な形になりました。
 昨年そのお礼をすべく住所を調べた所、以前住んで居た名古屋の住所のほぼ近くでしたので、驚いて早速手紙を出した所、折り返しに働いて居た生コンクリート工場、住んで居たマンションを含め数葉の写真と、懇切丁嚀なお手紙が届いたのです。
 これも俳縁でしょうか。深く感謝しております。

看経のつまづく一所去年今年  溝西 澄恵
          (令和二年三月号 白光集より)
 昭和二十年秋、帰還した叔父二人、從兄一人を加え総勢二十人が一つ屋根の下に暮す事になり、文字通り百姓の始まりで、田と畑と林檎、牛馬、羊に鶏、働いても働いても楽にならない暮し。ついつい神仏に頼る日々で、朝は父の読経で目が覚め、盆、正月はもとより、時々は家族全員が仏間に集りお経を唱えます。
 報恩講が近づくと住職さんを呼んでお経の稽古で、当日は沢山のお坊さんに合せ読経です。子供心には御利益より早く終わって遊びたい一心です。お経をつまづく所も度々です。
 大晦日もお参りが終わらないと晦日の御馳走にはありつけないのです。
 当時の大晦日は極寒でした。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 花野 (静岡)鈴木 三都夫
小鳥啼く人形塚へ惜しみなく
山城の里へ響ける威銃
鵙高音天に最も近くゐて
萩こぼし零しつせせる蜆蝶
駈けて来る子等コスモスの風の中
次の雲までの短き良夜かな
と見かう見しばし花野を去り難し
俳句てふ杖と二人の花野かな

 小春 (出雲)安食 彰彦
小春日や飛行雲ひく一穢あり
旅伏嶺に雲かかれども小春空
小春日や吾が影やはり杖を持つ
小六月絵皿筆持つ老爺かな
お誘ひの携帯の鳴る小六月
寂声の軍歌聞こゆる小六月
小春日や出雲阿国の墓に列
小春日やなに啄むか雀二羽

 レモン浮く (浜松)村上 尚子
水神の祠小さし稲の波
客待ちの舟を入江に月を待つ
回廊にをり月光に足濡らす
後の月肘やはらかく筆を取る
信濃柿一茶の空を囃しけり
窯出しの壺の一列秋の風
萩焼の壺に投げ入れ女郎花
長くなる話紅茶にレモン浮く

 貫頭衣 (唐津)小浜 史都女
秋日濃しからむし生地の貫頭衣
とろとろに冬瓜炊いて半寿過ぐ
貝割菜夜はきらきらと露宿す
烏瓜たぐりしあの日あの日かな
七人の敵健在や天高し
文机にからたちの実と電子辞書
藻の花のつぶやいてゐる神無月
一穢なき遺跡の空や返り花

 寒雷 (宇都宮)鶴見 一石子
大根煮る大釜滾る櫂の棹
水枯れて瀬に七宝の石顕は
寒牡丹見て太鼓橋渉りけり
道の駅囲む冬芽の大いなる
寒雷や殺生石に黒き雲
百疊の天狩の宿の隙間風
緋の衣着し僧正や茶の咲ける
夜をこめてリハビリの年虎落笛

 冬ざくら (東広島)渡邉 春枝
石段の上も石段紅葉燃ゆ
深秋の老舗の本屋閉店す
長き夜のルーペに捜す旧漢字
文化の日かしこで結ぶ長き文
立冬の再放送のサスペンス
夕日受け鴨一斉に動きだす
よちよちの幼の歩行落葉舞ふ
冬ざくら一輪にして詩の心

 鳥渡る (浜松)渥美 絹代
鳥渡る草焚く煙の目にしみて
望の月たてしばかりの畝照らす
烏瓜しばらく土間に吊しおく
貝殻を踏みゆく音や秋夕焼
鳥の影よぎり運動会終はる
渦をなす魚影や鵯のよく鳴きて
風止みて闇濃くなりぬ濁り酒
秋惜しむ河原に鳶の笛聞きて

 牡鹿 (北見)金田 野歩女
霧ごめの尾灯頼りの峠越え
筆柿を剥く離れ住む子をふつと
団栗や園児の列の伸び縮み
小雨降る峠の草の錦美し
アングルを低くして撮る珊瑚草
森深し牡鹿あらはれさうな闇
落葉掻く名刹の庭午後も掻く
生命輝く玫瑰の返り花

 佳きたより (東京)寺澤 朝子
をとこへし活けて火襷あざやかに
コスモスや風と抜けゆく路地ひとつ
織り成せる紫式部白式部
学校に隣る公園小鳥来る
上げ潮に釣瓶落しの隅田川
秋深し朝餉の卵こつと割り
久に観るシネマは「慕情」秋逝けり
神在の国よりとどく佳きたより

 満天星紅葉 (旭川)平間 純一
黒葡萄このひと房を届けたし
尾を叩くつなぎとんぼの潦
甌穴は魔神の足跡山粧ふ
一の鳥居くぐり神苑照紅葉
紅葉かつ散りて殉役軍馬之碑
待たさるることも治療や秋惜しむ
一山の満天星紅葉燃えつくす
袴着や着付け正され神妙に

 釣瓶落し(宇都宮)星田 一草
石を飛ぶ鶺鴒石へしなやかに
白鷺の歩む刈田の広さかな
蟷螂の思案してゐる首傾げ
榠樝の実疵は目鼻のごとくあり
星ひとつ生まるる釣瓶落しかな
朝寒や名なき墓石の平家塚
なにするも一人や秋の咳ひとつ
秋の水石それぞれに老いゆけり

 秋深し (栃木)柴山 要作
宿坊の朝餉いろどる秋茄子
朝寒の玉砂利踏んで巫女出仕
稲刈つて筑波の双耳いよよ美し
メトロノームめく牛の尾や昼の虫
せせらぎのおしやべり嬉々と秋うらら
秋の旅少し色さす眼鏡かけ
露けしや殺生石も千佛も
秋深し小草に身をば沈むる蝶

 朴一葉 (群馬)篠原 庄治
釣舟草一漕揺らす早瀬かな
天に燃え地に朽ち果てし曼珠沙華
秋茄子の味噌汁あれば菜いらず
松手入れ肩より匂ふ貼り薬
草紅葉石と化したる風化仏
山霧を止めて白し蕎麦の花
梯子下り暫し思案の松手入
錐揉みに朴の一葉の舞ひ落つる

 二百二十日 (浜松)弓場 忠義
誰もゐぬ田に煙立つ秋の暮
妻とゐてたがひの夜長もて余す
一輪車伏せしまま置く刈田かな
にはとりの長鳴き二百二十日かな
黄落の途切れし辻に人を待つ
姫様の襟元正す菊師かな
霜月の土柔らかく鋤きにけり
初しぐれ露地に関守石を置く

 旅心 (東広島)奥田 積
自給米に稲架組まれゆく母屋前
満開の十月桜偉人の碑
鳥渡る天地一つに佐田岬
旅に会ふ旅の親切秋夕焼
笑ひ声林檎切る音齧る音
地滑りの山を四方に花野径
影を引き夕日落ちくる赤まんま
目を閉ぢて聞こゆる音や秋深し

 福耳 (出雲)渡部 美知子
神官の衣擦れ秋の日のこぼれ
乗り合はす人は福耳秋うらら
色変へぬ松日沉(ひしずみ)の朱の宮居
     (※日沉宮=日御碕神社)
秋刀魚焼く火の高ぶりの美しく
和だんすに眠る道行十三夜
鳴り止まぬ喝采のごと銀杏散る
一望のうす墨色や冬近し
ひたひたと神の足音冬に入る



鳥雲集
巻頭1位から6位のみ

 木の実 (牧之原)坂下 昇子
青空の高さは知らず秋の蝶
じやんけんに負けたる子にも木の実降る
どんぐりを握り直して手をつなぐ
公園に木の実並べて誰もゐず
空つぽの通草に夕日とどまれる
城を出てより残る蚊に襲はるる

 楝の実 (浜松)佐藤 升子
長き夜のあかり一つを灯しをり
秋の虹消えて潮の香たたせたる
消しゴムに果実のにほひ秋うらら
色鳥や日の射してゐる細川
藤の実や背凭れの無き木のベンチ
楝の実深き空より落ちてきし

 連歌庵 (出雲)三原 白鴉
畝跡の残る捨て畑あきつ飛ぶ
峡の田に響く警蹕在祭
遺跡の谷紅葉の谷となりにけり
林檎剥く切りだしかねてゐる話
湖近き風の騒めき雁渡る
貴船菊方一丈の連歌庵

 十月桜 (宇都宮)星 揚子
秋澄むや屈みて覗く測量器
じつとして雨の葉裏の秋の蝶
小鳥来る太極拳の腕伸びて
蹲踞に浮く団栗の帽子かな
頬に触るる小雨十月桜かな
初時雨台座の高き親王像

 十三夜 (東広島)源 伸枝
朝靄の帯なす流れそばの花
穂芒の光となりてなびきけり
こまやかに抹茶泡だて十三夜
行く秋や列車ことりと北を指す
雲間より冬立つ朝日こぼれけり
初霜や深き轍の田に残り

 冬帽子 (藤枝)横田 じゅんこ
満月に仏壇の中のぞかるる
菊咲かせ長き籬でありにけり
まづ暮るる厚物咲のあたりかな
烏瓜天辺はみな風のもの
冬野原ずしりと山の暮れにけり
図書館に忘れてきたる冬帽子



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 塩野 昌治(浜松)
落鮎に川いくたびも曲がりけり
伊那谷の風やはらかや蕎麦を干す
鯔跳ぬる音して川の明けきたる
奥美濃の端に父祖の地一位の実
ひよんの実を机上に三日過ぎてをり

 佐久間ちよの(函館)
百合の香にむせつつ壷の水替ふる
雨粒の飛び跳ねてゐる夕立かな
秋明菊淋しきときは庭に出て
寺町に花屋の出店秋彼岸
パリに住む息子の話梨をむく



白光秀句
村上尚子

落鮎に川いくたびも曲がりけり 塩野 昌治(浜松)

〈若鮎の二手になりて上りけり 子規〉に見られるように、春の鮎は形こそ小さいが、急流や堰を勢いよく上ってゆく姿には躍動感がある。それに比べ、上流で育った鮎は、秋になると産卵場所を探しながら下流へと向かう。その大きな役目を果したあとは流れに従い、やがて命を落とす。鮎の宿命とは知りつつも、流れに逆らうこともなくただ押し流されてゆく落鮎の姿に心を寄せている作者である。
  ひよんの実を机上に三日過ぎてをり
 ひよんの実は普通の木の実とは違い、蚊母樹の葉に昆虫が産卵して異常に発達したものである。空洞になった所を吹くと音が出る。何度か試してみたに違いない。捨てられずに机の上に置いたまま日が過ぎていた。

秋明菊淋しきときは庭に出て 佐久間ちよの(函館)

 長い人生にはいろいろなことがある。九十五歳の作者なら尚更である。お宅の庭には四季折々の花が見られるのであろう。秋明菊は貴船菊の副題だが、この句にはやはりこの呼び方がふさわしい。六、七十センチの長い茎に白や桃色の花を付け、風に吹かれている様は淋しげでもあり、強さをも感じる。この日胸に過った思いを秋明菊に重ねているのである。
  百合の香にむせつつ壷の水替ふる
 百合はその姿にもまして香が強い。切り花にして長く美しさを保つには毎日の水替えが大切である。「香にむせつつ」と言われている通り、この日のちよのさんの姿がはっきり見えたような気がした。
 白魚火の大先輩としてまだまだ活躍していただきたい。

瞬かぬ星柊の花零れ 砂間 達也(浜松)

 「瞬かぬ星」、すなわち惑星のひとつである地球を指している。夕闇に仄かな香を漂わせつつ柊の花が零れた。説明すればそれだけのことだが、詩的な表現に広い世界に思いをいたすことができる。

ボルシチの真つ赤なビーツ冬に入る 中村 早苗(宇都宮)

 ボルシチは、肉や野菜を使ったロシアを代表する料理である。長時間煮込まれたなかから目に飛び込んできたのが真っ赤なビーツだった。日本とは比べようもないロシアの厳しい冬へ思いを馳せている。

柚子味噌のありて一人の昼餉かな 松本 義久(浜松)

 酒のつまみとしても診重される柚子味噌だが、この日は昼食のおかずにした。日頃とは違う食卓でも暗さはない。温かいご飯に乗せて、しみじみとその味を楽しんでいる。

初鴨の池に水輪を重ねをり 富田 育子(浜松)

 北方で夏を過ごした鴨は、秋になると少しずつ帰ってくる。淋しかった湖や池も日毎に賑かさを取り戻す。「水輪を重ねをり」に作者の感慨がある。初鴨ならではの一句である。

悲しくて紅き林檎にかじりつく 安川 理江(函館)

 どんな悲しいことがあったのだろう。そんな時、柔かいものではなく硬いものにかじりつくことで少しは悲しみが払拭できるかも知れない。最近は色々な林檎が出回っているが"紅"〟であってこそ詩になった。

夜仕事の傍らにあるラジオかな 堀口 もと(函館)

 明かりの元で針仕事をしているのだろうか。そんな時はテレビではなくラジオが打って付けである。話に頷いたり、歌を口遊んだり……。作者の楽しげな姿が浮かんでくる。

すすき野のひかりとなりて揺れにけり 佐々木智枝子(東広島)

 すすきばかりの広い野原が広がっている。秋の日差しを存分に浴びながら、風が吹くたびに野原全体が〝ひかり〟となって揺れた。多くを語っていないが、広い景とその明るさは充分見えている。

車椅子より指図されつつ種を採る 中山 啓子(西東京)

 庭先で咲き終わった草花の種を採っていた。そばで車椅子に乗った人が見ていた。動くことはままならないが、十分心得があるらしく口だけはよく動く。助言を受けたことにより、きっとうまく捗ったことだろう。今迄にない"車椅子"〟の句が生まれた。

草紅葉製紙工場に殉職碑 髙際 菊代(苫小牧)

 製紙工場の広い敷地に殉職碑が建っている。一人一人の名前の陰には、それぞれの歴史がある。しばらく去りがたい思いで立っていた。
 足元の草紅葉も、やがて霜や雪に覆われてゆくのである。


その他の感銘句

マラソンの折り返し点秋桜
鯔二匹笹にくくりて帰りけり
走る子を押して木枯行きにけり
虎落笛反り身になりて飲む薬
行く秋の雨雲かかる伯耆富士
体育の日象は前足高く上げ
車座のおにぎり秋を惜しみけり
SLの煙置いてゆく大花野
障子張るははの使ひし糊の刷毛
行く秋の海に向きたる木のベンチ
甲骨文字一字のはがきいわし雲
コスモスの風も一緒に撮られけり
赤い羽根つけてシルバーボランティア
花の名を調ぶるアプリ小鳥来る
流星や三行ほどの日記書く

森  志保
伊藤 達雄
磯野 陽子
鈴木 敬子
山田 哲夫
市野 惠子
岡部 章子
野田 弘子
栂野 絹子
神田 弘子
藤原 益世
相澤よし子
渡辺 伸江
久保久美子
江連 江女



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

唐津 内田 景子
秋晴のど真ん中へとボール蹴る
子安観音乳房ふくよか秋日和
もう一度戻りて買ひぬラ・フランス
新米でまづは搔き込む玉子飯
ひたひたと足の裏から冬来る

北見 根本 敦子
大海へ投ぐる釣竿天高し
縁側より声掛けらるる柿日和
着陸の大きな機影大花野
山里に煙ひとすぢ冬に入る
乗り継いで故郷の駅初時雨



白魚火秀句
白岩敏秀

ひたひたと足の裏から冬来る 内田 景子(唐津)

暦の上での立冬は十一月七日頃だが、肌に実感される冬は少し違うようだ。裸足で廊下を歩いているときに感じる秋とは違う感触。その微妙な違いを「冬来る」と感じ取る感覚が鋭い。しかも、「ひたひたと」のオノマトペが本格的な冬へ向かっていることを暗示している。
  新米でまづは搔き込む玉子飯
 日本人は玉子掛けご飯が好きだそうだ。だからという訳ではあるまいが、一杯目は玉子を掛けてさっと喉で味わう。二杯目はゆっくりと香りを味わい舌で味わう。「まづは」に一刻も早く新米を食べたい気持ちが伝わってくる。

縁側より声掛けらるる柿日和 根本 敦子(北見)

 柿がたわわに実っている秋晴れの昼下がり。庭の方から声がして人が訪ねて来たという。玄関ではなく、庭からの声に親しさの度合いが分かる。詠まれていることはそれだけだが、これから縁側に二人の長い影が出来るまで楽しいお喋りがつづく。柿日和に心を解放したような明るさがある。
  着陸の大きな機影大花野
 ジャンボジェット機が機首を下げて、ぐんぐんと滑走路に近づき、翼の影が花野に大きく映る。空港の彼方まで広がり続く大花野。北海道ならではのスケールの大きな句である。

蓮根掘り畦にひざつき上がりけり 埋田 あい(磐田)

 蓮根掘りは機械化されたといえども、蓮田での泥まみれの重労働であることは変わりない。蓮田では歩くより泥を搔き分け泳ぐが相応しいほど。上がるときも両手で泥中から足を引き抜くようにして上がる。「畦に膝つき」の具体的な描写に蓮根掘りの過酷さを見る。

短日のひと手間残し暮れにけり 大石登美恵(牧之原)

 冬の日はあわただしく暮れてゆく。仕事の段取りで今日はここまでと決めたところに来ないうちに手元が暗くなってしまった。「ひと手間残し」に短日を嘆く気持ちが滲む。

読み聞かす絵本と同じ今日の月 森山真由美(出雲)

 寝る前の子どもにいつも絵本の読み聞かせをしているのだろう。見上げた十五夜に絵本のストーリーを重ねているのか、或いは子どもと一緒に月を見上げて、童話の世界に入っていったのか。絵本の月と現実の月のあわいを行き来するところが浪漫的。

日かげりしとき冬山の貌となる 上尾 勝彦(東広島)

 日が当たっていれば「山眠る」の穏やかな山なのだが、日がかげると途端に荒々しさむき出しの「冬の貌」になる山。まるで「ジキルとハイド」のようだ。山といえども日の当たる暖かさで穏やかに眠りたいのであろう。いつも見慣れている山に寄せる作者の思いは深い。

秘密とは独り踏み入るきのこ山 中村 和三(長野)

 松茸の出る場所は一子相伝だとか、その場所を明かさないままに亡くなったという話はよく耳にするところ。それほど大事な場所をたやすく教えられる訳がない。そこで、「秘密とは~」と歌舞伎役者よろしく大見得を切って、秘密の場所を守っているのである。

神宮に勝者の校歌天高し 岩井 秀明(横浜)

 「神宮の勝者」といえば東京六大学の野球大会の勝者。チームの総力を賭けて、強豪相手に勝ち抜いて今がある。神宮球場に響きわたる校歌が青春を謳歌している。一句に「天高し」の気分が横溢して若々しい。

赤ワイン栓抜く音の良夜かな 鈴木 利枝(群馬)

 家庭料理を囲んで月見を楽しんでいるのだろう。家族が思い思いの飲み物を飲んでいると、ポンと音がしてワインの栓が抜かれた。月見という日本的な情景にワインが加わった。月と団子、月と赤ワイン。日本人のおおらかさが和洋折衷の月見の宴となった。

ベランダに紅茶の香り小鳥来る 三加茂紀子(出雲)

 掃除や洗濯を終えて、ベランダでゆっくりと休んでいると、紅茶の香りに誘われたように小鳥がやって来た。紅茶を片手に小鳥の可愛い仕草を眺めている至福の時間。ベランダの上は秋晴れの真っ青な空。


    その他触れたかった句     

街の灯を遠くに稲を刈り急ぐ
聞き流す噂ほほづきよく鳴れり
鋸屑の残る切株小鳥来る
包丁の手に馴染むほど柿を剝く
輝きて羽根あるやうに穂絮とぶ
霜月の束子手荒に使はるる
鍵束のふれたる音や十三夜
風紋の尖りはじめて冬来る
縄跳びの少女のジャンプ秋高し
秋時雨追分道の金物屋
雪催ひ復元土器の炎跡
母の字の荷札湿りて栗届く
よき風の庭の温みに石蕗の花
樟脳の匂ふ晴着や文化の日
夕暮のきてゐる湖畔返り花
振り向けば揺るる背高泡立草
見上ぐれば応ふるごとく木の実落つ

原田万里子
鈴木 敬子
島津 直子
福本 國愛
池森二三子
永島のりお
田渕たま子
柴田まさ江
森脇 あき
金原 敬子
服部 若葉
品川美保子
鍵山 皐月
大平 照子
渡辺 加代
佐々木美穂
長田 弘子


禁無断転載