最終更新日(Update)'13.12.01

白魚火 平成25年11月号 抜粋

 
(通巻第700号)
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 11月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    野口 一秋 
「踊下駄」(近詠) 仁尾正文
曙集鳥雲集(一部掲載)安食彰彦ほか
白光集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
       
佐藤 升子 、中山 雅史  ほか    
白光秀句  白岩敏秀
鳥雲逍遥  青木華都子
平成二十五年度 第二十一回 「みづうみ賞」 発表
句会報  「松江白魚火」句会  安達美和子
白魚火集(仁尾正文選)(巻頭句のみ掲載)
          大村 泰子、内田 景子 ほか
白魚火秀句 仁尾正文


季節の一句

(宇都宮) 野 口 一 秋    


六つの花天為のかくも美しき  小林さつき
(平成二十五年二月号白魚火集より)

 掲句は、顕微鏡的な事象を格調高く描写しており、文字通り、美しい作品。
 中七の天為とは、荘子(中国)の言葉(人の為す業、天の為す業)からきており、まさに、天為の業と言うべき雪の結晶をモチーフにした作品は、希有である。
 雪の結晶は、千差万別であり、六花状の結晶は、昇華するときの水蒸気の状態で決まるとのこと。
 雪の結晶については、わが国では、古河の城主土井利位の「雪華図説」が有名である。

定年のことなど思ふ冬の蝶  檜垣 扁理
(平成二十五年二月号白魚火集より)

 この句を詠んで二十余年前の私の退職時を思い出し、ひとごとでは無い感慨に耽りました。過去をふりかえり、現在の置かれている立場、そして未来のことなど、悶々とした日日を……。
 含蓄のある、ドイツの作家シラーの言葉をお贈りいたします。
 未来は、ためらいつつ近づき、現在は、矢のようにはやく飛び去り、過去は、永久に静かに立っている。 シラー

鶺鴒の近寄りさうで近寄らず  梶山 憲子
(昭和二十五年二月号白魚火集より)

 日常みかける小鳥だが警戒心が強く、掲句、中七下五の「近寄りさうで近寄らず」の措辞が鶺鴒の生態をうまく捉えている。
 この鳥、いろいろの異名があるが、恋教え鳥という古名がおもしろい。
 日本書記によると、伊邪那岐と伊邪那美の二人の神様は、結婚したもののどうしたらよいのか判らず、そのとき、飛んで来た鶺鴒の交尾を見て、二人は無事、結ばれたとのこと。私達が今在るのも鶺鴒のおかげかも……。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

  秋  安食彰彦
誰も居ぬ卓にメモあり水蜜桃
とれさうでとれぬ熟柿の透きとほる
老二人甘露の葡萄つまみつつ
隣りより貰ふ栗飯あたたかし
黄桃をいただきませう妻は留守
焼栗にしようか丹波栗貰ふ
秋鯖を三本さげて来たりけり
箸袋の裏に句を書く新走

 韓国ソールタワー  青木華都子
渡らせてもらふ神橋青葉木菟
小刻みに揺るるリフトや野萱草
夜明け前もう咲いてゐる白牡丹
韓国へたつ早朝の二重虹
韓国へ続くこの空夏雲雀
キムチ壺転がしてある炎天下
見上ぐればソールタワーに虹の橋
対岸は北朝鮮や土用東風

 塔 の 影  白岩敏秀
下校の子覗いてゆきぬ秋の川
吊されて無駄なき赤さ唐辛子
腰に巻くロープの湿り尾根の霧
鬼灯や婦警の屈む子の高さ
湖の紺深めて水の澄みにけり
萩咲いて仏へ続く奈良の路
斑鳩の秋日のつくる塔の影
冷やかな雨に音ある秋篠寺

 秋の午後  坂本タカ女 
黒豹の口中赫し秋暑し
見開きて寝まる雪豹秋の午後
蚤をとる猿新涼の毛並かな
秋立つや鬣ながく老いし馬
螺髪めく狛の尾美男葛かな
蝉時雨繁るにまかせ杜の樹樹
影とんでゐて秋蝶の見当らず
底紅や自由の好きな猫なりし

 敬 老 日  鈴木三都夫
出し抜けに今朝久闊の鵙高音
月光に触れて穂を解く芒かな
海を出て茶山へかかる今日の月
名を変へて今宵居待の月見かな
又別の虫を加へて虫時雨
子蟷螂こころもとなき斧かざす
間引かれて命はかなき貝割菜
晩酌が一本増えて敬老日
 小鳥来る  山根仙花
二葉菜の二葉よろけし影並ぶ
朝の日に露草露の色こぼす
妻へ研ぐ菜切包丁小鳥来る
山国の山の彼方を鳥渡る
酔うてゐる獅子舞の脚村祭
柿熟れて村の夕陽を集めをり
研ぎ上げし刃物を試す鵙の樹下
正座して見る貼り終へし障子かな

 本丸御殿  小浜史都女
かりがねに鯱はねあげて鯱の門
鯱の門筑紫恋しの鳴くばかり
色変へぬ松本丸の長廊下
御書院も廊下も畳爽やけし
萩匂ふ佐賀の新式火縄銃
軍服に銃弾のあと秋寂ぶる
天守跡末枯れもまた美しき
雁渡る楠に沈みし沈み城

 湖上の月  小林梨花
湖風のとどく寺領や花芒
結界に置かれし甕の水澄めり
鬼灯を飾る御堂のあかあかと
月見御膳作る作務衣の僧若し
名月のゆるりと昇る湖の上
月光に湖金色に輝けり
芋羊羹懐紙に包む月明り
被くものなき中天のけふの月

 草 紅 葉  鶴見一石子
蹴轆轤の諸手に生るる壺さやか
燈火親しいつも手元に電子辞書
串刺しの橡餅ひさぐ猟の里
狩人の邑の落栗人見えぬ
薙顕粧ふ山の眩みゆく
烏瓜手繰り引き寄す獣みち
死の話すらすらできる秋野かな
硫黄噴く吾妻小富士の草紅葉

 蛇 穴 に  渡邉春枝
水溜り大きく跳んで九月尽
蛇穴に入るや駅舎に槌の音
うすれゆく昭和の記憶鳥渡る
古書を捨て過去も捨てたり夜の長し
満月や捨てたる夢のよみがへり
コスモスや締切りと言ふ枷いくつ
近道の公園抜くる後の月
爽やかやきのふと違ふ風に会ふ


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 天 高 し  富田郁子
天高し高原カフェに彫刻展
萩括り開拓村に人を見ず
延命水を汲む里の朝草雲雀
秋暑しトロッコ列車待てど来ず
爽やかに延命水汲む米寿かな
寡婦として迎ふる米寿や身にぞ入む

 す ず 虫  桧林ひろ子
夕食の座にすず虫の加はりし
灯の入りて庭の千草の露点る
群れ咲きて一茎一花曼珠沙華
今宵又月の名新た寢待月
敬老日空気のやうな二人かな
水引草先の先まで手を抜かず

 豊 の 秋  武永江邨
字ごとに宮の森あり豊の秋
境内は昔の遊び場木の実落つ
山家みな一戸に一樹柿熟るる
決断へ到る熟柿を啜りけり
熟柿喰ふ峽の碧落濁りなし
二万歩を歩みなほ行く稲穂道

 山 の 湯  桐谷綾子
山の湯はうすき塩味秋時雨
秘密箱色なき風に木地晒す
庵暮るる萩のそよぎのたをやかに
露草の千の瞳の花の色
水引草絆の一穂露光る
横笛を吹きゐる武者の菊人形

 木  犀  関口都亦絵
木犀の香のふりそそぐ道の神
虚子旧居金木犀の香り立つ
敬老日口紅だけの身だしなみ
巫女ふたり萩の花屑掃き寄する
通院の夫助手席に萩の道
リハビリの手に転ばせる椿の実

 秋 深 し  寺澤朝子
一人に風呂立つる贅あり月今宵
次々とヘリの飛び立つ良夜かな
路地てふは親しさびしと昼の虫
井戸残る一葉旧居秋深し
朝顔や賢治啄木住みし町
芸大の野外演奏銀杏の実
 
 崩 れ 簗  野口一秋
狭庭にも蟲の宴の始まれり
相撲草蒲生神社の土俵潰ゆ
石大尽美男葛の垣根かな
一番湯妻に許して月今宵
簗崩れ水は自在をとりもどし
噴煙のますぐに那須の初紅葉 

 蕎麦の花  福村ミサ子
あはあはと沿線染むる蕎麦の花
御仏に今宵の月に絵らふそく
立枯れの樹を彩れる月夜茸
流木の龍と化したる十三夜
雨あとの空まつさらや新松子
岸遠く初鴨らしき屯して

 稲を刈る  松田千世子
母になき齢を生きて稲を刈る
台風一過先づ蟷螂の跳び出せる
白露かなこんな処に忘れ鎌
新藁を詰め込む納屋の日の匂ひ
末の世の花とや背高泡立草
瀬の音に急かされながら草紅葉

 登 り 窯  三島玉絵
秋天へ黒煙を噴く登り窯
陶片で埋むる轍草紅葉
ちちろ虫木箱に祀る窯の神
伏せて干す素焼の器秋日濃し
色鳥や女の使ふ絵付筆
責め焚きの炎噴き出す雁渡し

 蟬 の 殻  今井星女
街中に蟬の楽園ありにけり
空蟬の穴指差してのぞきみる
爪の先まで精巧な蟬の殻
ハンカチにふはつと包む蟬の殻
蟬の殻土に戻して帰りけり
トラピスト蟬の世界となりにけり

 月 祀 る  織田美智子
ナイターの最終回の本塁打
昼近く咲く朝顔や蜑の路地
枯れきつてもう向日葵とは呼べず
渋滞の真只中の赤とんぼ
梨園の中に梨売る漢かな
月祀るかつて縁側広かりし


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 佐藤 升子

台風の圏内にゐて白湯を飲む
ゆふかぜの花野にことば置いてきし
静けさの芒野凪でありにけり
秋扇閉ぢて一枚うはてかな
坂道を転がつてくる柿一つ


 中山 雅史

落し水湖の青さに落しけり
落し水小さな渦を巻きにけり
赤んぼの泣き声のして柿の家
雨水を蕊にとどめてお茶の花
茶の花の薄暮に沈む家路かな



白光秀句
白岩敏秀


静けさの芒野凪でありにけり  佐藤 升子

 芒と言えば風を思い、揺らめくことを想像する。しかるにこの句はその正反対を描写している。芒野の静かなのは「芒野凪」だという。「芒野凪」とは作者の造語であろうか。 俳句の楽しさは言葉を発見したり、言葉と言葉との新しい関係を探ることにもある。例えば川端茅舎の〈しんしんと雪降る空に鳶の笛〉について山本健吉は次のように言っている。「…「鳶の笛」は新造語とは思えぬほど熟している。このような美しい言葉の一つも探し出すということは、やはり詩人の努めであろう。「鳶の笛」などという用語はこれから一般化すると思うが、先人の創意をかりそめに思ってはなるまい」(『現代俳句』 角川文庫)
 見ているだけでは深い言葉は生まれない。対象を熟視し、新しさを求める日々の研鑽から生まれた「芒野凪」である。
 秋扇閉ぢて一枚うはてかな
 扇をぱちりと閉じてにっこりと笑う。これで勝負は決まりである。何を言ってもこちらには勝ち目がない。相手の方が一枚上手。
 どういう場面もありそうだが、負けた屈辱感を感じさせないところが一枚上手である。

赤んぼの泣き声のして柿の家  中山 雅史

 赤ん坊の元気な泣き声は気持ちのよいものだ。柿の家とあるから日当たりのよい広い庭に、柿がたわわに実っているのだろう。
 農家の秋は忙しい。広い座敷に一人で寝かされ、一人で目覚めた赤ん坊。手足を精一杯ばたつかせながら、母親を呼んでいる姿に遠い記憶が重なる。
 秋天に赤く照る柿と赤ん坊の元気な泣き声。この明るさの向こうには順調に回復しつつある作者がいる。

松手入脚立に受くる回覧板  村上  修

 秋は庭の手入れに何かと忙しい。気になっていた松に鋏を入れていたところに隣家から回ってきた回覧板。それを脚立に乗ったまま受け取ったという。普段の気取らない付き合いに隣家との親しさが現れている。
 日常、声を掛けたり掛けられたりする風通しのよいお隣さん同士。松の手入れもさっぱりと出来上がったことだろう。

米寿にもボーイフレンド秋高し  佐久間ちよの

 米寿バンザイ、である。新聞によると今の高齢者の体力は随分と若いということだ。体力が若ければ気力はもっと若い。
 秋高し恋せよ乙女。まだまだ若い者には負けてはいられない…。

自然薯の値打ちの丈を掘り出せり 松下 葉子

 自然薯(山芋)は斜面や崖にあれば掘りやすいが、そんな所にそうそうある訳がない。木々をかき分けて自然薯の蔓を見つけたときは胸がときめく。しかし、この全長を無傷で掘り出すには大変な労力が要る。
 揚句はその全長を「値打ちの丈」と言い表した。値打ちの丈とは、また苦労と喜びの大きさでもある。まさにぴったりの表現。

墓地を買ふ話そろそろ秋彼岸  藤田ふみ子

 秋彼岸―祖先を想い、来し方を想う。そしてやがてこの土に還ることを思う。
 墓地買うて墓建て水のぬるみけり  仁尾正文
 自注に「永い流寓に終止符を打ち、浜松に家を構え本籍を移した。念願の墓地を買い墓を建て夭折の次男を改葬した。これで遠州の土になる準備を終えた」(「仁尾正文集」 俳人協会)とある。
 さまざまなことに思いを致す秋である。

邪魔でよし家族総出に稲扱す  川本すみ江

 稲扱きは―私の記憶では―牙を逆さにしたような千歯を使い次に足踏式の稲扱機になりそして電動式に変わったように思う。電動式になって作業効率は格段によくなったが、秋の収穫時は猫の手を借りたいほど忙しい。その結果、家族総出となる。
 邪魔と知りつつ稲架下ろしを手伝い、お茶や小昼を運び、一人一役をこなす。こうした忙しさの中で守られてきた日本の米作り。収穫の秋が終った田は来年の春まで静かな眠りにつく。

福耳を誉められてゐる秋の旅  森野 糸子

 辞書によれば福耳とは「耳たぶの大きい耳。福相といわれる」とある。めでたい相なのである。
 旅の先々では好天気に恵まれたり、思わぬ幸運に出会ったり、作者の福耳が威力を発揮したに違いない。旅の仲間もその相伴に預かったことは言うまでもない。楽しい旅が終われば沢山の土産が両手に提げられている。



    その他の感銘句
波の間に光を零し月昇る
露草の露を零して花開く
赤とんぼ見しより空の美しく
雀らの拾ふ落穂となりにけり
思ひ切り距離を伸ばしてばつた翔ぶ
大鬼怒の鮎落ち果てし水の色
鮭骸婚姻色を残しをり
新涼の風を吹き込む火吹竹
魚影見せ塩入川として澄めり
墨を磨る音の滑らか秋澄めり
冬立つや丹頂鶴の羽ばたきに
快晴の空が耀く運動会
さらさらと木々の囁き秋の風
まとまらぬ会議終りぬ十七夜
流木に座して海見る秋思かな
曽根すゞゑ
篠原 凉子
梶山 憲子
保木本さなえ
渡辺 晴峰
中村 國司
平間 純一
福嶋ふさ子
宮澤  薫
溝西 澄恵
五十嵐藤重
福間 静江
河島 美苑
中西 晃子
山崎てる子


鳥雲逍遥(11月号より)
青木華都子

学生の遺作見し夜や星流る
風紋に遊ぶ風あり月見草
一羽二羽忽ち千羽むくの群れ
時折は天をあふぎつ薄摘む
朝顔を数へて記す子の日課
草刈女首のタオルを裏返す
水底の砂の紋様夏の果
蜻蛉の同じ高さに同じ向き
文机に向ふやすらぎ虫の声
月を待つ裸婦像小さき翼持つ
はきものの揃へてありぬ祭宿
出土品おなじものなく稲の花
晩夏てふ淋しきひびき月仰ぐ
初秋の影整ふる加波筑波
夕凪や遠き明りも瞬かず
色鳥や庭で番となる気配
秋灯下文字の歪める虫眼鏡
一杯は寿蔵に注ぐ菊の酒
飴色になるも離さぬ籐枕
夫の星一つ加はり星月夜

富田 郁子
桧林ひろ子
寺澤 朝子
今井 星女
金田野歩女
大石ひろ女
清水 和子
辻 すみよ
源  伸枝
浅野 数方
渥美 絹代
森山 暢子
西村 松子
柴山 要作
荒木千都江
久家 希世
篠原 庄治
竹元 抽彩
福田  勇
桐谷 綾子



白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
仁尾正文選

 浜 松  大村 泰子

小鳥来る星の形の砂糖菓子
ジョギングに子犬も一緒豊の秋
漆盆埃を嫌ふ初月夜
里芋の煮転がしに箸の穴
大き石一つ外して水落す

 
 唐 津  内田 景子

足音を忍ばせて秋来たりけり   
秋涼し十指を風の抜けにけり
敬老の日公民館の五升炊
その後のことは語らず蓮枯るる
露草や母の枕に涙跡



白魚火秀句
仁尾正文


大き石一つ外して水落す  大村 泰子

 稲が熟れた頃を見計らって田の水を落し口から落す。水口や落し口にはコンクリートの落し蓋を上げ下げするものもあるが、掲句は昔ながらの大きい石を堰に使ったもの。石を斜めにして出口を狭くしたりもするが、今回は大きい石を外してしまったのでみるみる内に田の水が減り始めた。稲刈機が自在に動ける固さにするためだ、なつかしい景だ。同時掲載の
  小鳥来る星の形の砂糖菓子
  漆盆埃を嫌ふ初月夜
もうまい。俳句はうまくなくては、思いを読者に伝え得ない。ある句評で「この作者はうま過ぎることが大きな欠点だ」というのを見たことがある。逆説的に言って褒めたのであろうが、そういう褒め方に賛成できない。うま過ぎるのには最大の讃辞を送らなければならない。
 
秋涼し十指を風の抜けにけり  内田 景子

 胸中を爽やかな風が吹き抜けるような一句。単純化が果されているのでしらべがよい。平易なことばで何の苦労もしなかったように見えるが、そこが技なのである。よく引き合いに出す

桐の花剣ヶ岳切つ先出しにけり  山田みづえ 

の「出しにけり」に至芸を思う。俳人はここの所に苦心するが、すらりと表現して読者を唸らせる。頭掲句にもこの趣がある。

草の花夫婦二人の小商ひ  根本 敦子

 作者は、オホーツクに近い所に住むので夫婦二人だけの小商いとは海産物の店を営んでいるのかもしれない。こういうコト俳句は季語が成否を決するといつも申しているが「草の花」がいい。大儲けもないが不自由のない暮しが想像できるからだ。
 この「小商ひ」は自分たちのことだから問題ないが他人に「小商ひ」と言ってはいけない。他人の身体的な弱点や苦しい生活を見下すように詠むのはよくない。俳句にも道徳がある。
  一茶忌や父を限りの小百姓  波郷 
はこうしたことを弁えている。

身に入むや雪隠にある刀掛け  西田  稔

 東海道の旧本陣で畳を敷き詰めた雪隠を見たことがある。大名といえどもさぞ緊張したことであろう。掲句は家臣用のもので刀掛が用意されていた。帯刀のまま雪隠は使えないが、無防備の用便なので別の緊張が必要だった。

別れとはまた逢ふことやちちろ鳴く  高内 尚子

 別れにも三年間の留学とか単身赴任の類の別れや死別など色々あるが、この句は季語からも、例えば句会が終った後「じゃあ、また来月ね」というような気楽な別れのような気がする。句は演歌のような打ち出しであるが仲間も選者も作者を知っているので「愉しい句」になった。

蔓たぐり俄に軽くなりにけり  牧沢 純江

 南瓜畑の蔓たぐりをしていると俄かに引く手が軽くなった。見落しの南瓜があって、これが蔓から外れたのだろうと思ったが果してそうであった。決して小さくはない南瓜だったので何となく丸儲けをしたような気になった。

三世代ゴルフを競ふ敬老日  渡辺 晴峰

 作者の年齢は八十二歳であるので、子、孫と三世代がゴルフを楽しんでいる。何れも健康であることが至福。季語から、あるいはパークゴルフかもしれぬがそれは問題でない。一家睦じいのが羨しい。

反橋をのそりと牡鹿渡り来し  石川 寿樹

 安芸の宮島であろう。一匹の牡鹿がのそりと橋を渡ってきて目が合った。明らかに餌を求める目であった。宮島は鹿が殖えに殖え、どの家も鹿除け垣を施している。まるで鹿の大群の中に人々がひっそり暮らしている様だ。観光客の無配慮と餌売り商人のせいである。動物とよい関係で共生することに真剣に取組まねばならぬ。

封印に代る一文字秋ふかし  鈴木百合子

 封書の封じ目に「封」と書いたり斜線を引いたり○を付すことは本人以外開封してはならぬという意志表示である。箱に錠の代りに紐で縛っても中の物を取るなという意志表示。
 これらは法的に認められ、判例もあると聞いている。道路沿いの松茸山に縄を一本引き廻してあるのも、黙って入山し茸を取ると窃盗ということになる。決して気休めだけではないのである。


    その他触れたかった秀句     
後三年の役のあたりや真葛原
稜線に真白き雲や稲を刈る
きちきちの飛びて立ちたる猫の耳
托鉢の雲水ゆける秋桜
岩礁に浪立ちあがる神迎
一枚を羽織り高きに登りけり
朝露に濡れて茶の湯の野花摘む
腕白の子に置きざりの蜥蜴の尾
小鳥来る瓦煎べい焼く店に
老ゆるとは母に似ること秋袷
紅こぼす坂の馬籠の枝垂れ萩
実り田を黄金に染むる夕日かな
先付けは秋の実りの吹き寄せに
峡奥の激つ瀬音や鬼胡桃
無花果の中は花火のごとくなり
前川美千代
大庭 南子
山口 和恵
成田 幸子
原  みさ
福嶋ふさ子
岡崎 健風
橋本 快枝
齋藤  都
山西 悦子
松原トシヱ
倉成 晧二
野﨑 京子
林 あさ女
田渕たま子

禁無断転載