最終更新日(Update)'13.09.01

白魚火 平成25年9月号 抜粋

 
(通巻第697号)
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 9月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    西田美木子
「忍野富士」(近詠) 仁尾正文
曙集鳥雲集(一部掲載)安食彰彦ほか
白光集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
       
小玉みづえ 、髙島 文江  ほか    
白光秀句  白岩敏秀
鳥雲逍遥  青木華都子
句会報  群馬白魚火会総会及び句会報  群馬白魚火会 篠原 庄治
句会報  白魚火東京句会 発足十か月  柏市 荻野 晃正
句会報  群馬白魚火原町支部  清水 春代
白魚火集(仁尾正文選)(巻頭句のみ掲載)
          原  和子、鈴木百合子 ほか
白魚火秀句 仁尾正文


季節の一句

(江 別) 西田 美木子    


渾身の力出し切りつくつくし  鮎瀬  汀
(平成二十四年十一月号 白光集より)

 つくつく法師を初めて聞いたのは、平成十六年の白魚火京都大会の時。前泊して高雄山神護寺に吟行、小暗い木々の茂る山道をお寺目指してひたすら歩いていると、聞き慣れない鳥の声? 一緒に居た人達に訪ねると、坂本タカ女先生が「あれは法師蝉、ツクツクホーシ、ツクツクホーシと何度も鳴いて最後はオシオースと締めるの」と教えて下さった。
 北海道では、蝦夷春蝉や蝦夷蝉くらいしか聞いたことが無かったので、その特徴ある鳴き声は皆の印象に残り京都市内のお寺に行ってもすぐに聞き分けられる様に。まさに「力出し切り」小さな体全体で鳴き続ける、短い一生を懸命に生きる健気さに感じ入ります。
 ちなみに、丁度その頃咲き始めていた曼珠沙華も本物を見たのは初めてでした。

新盆の母の遺影の瞳の笑ふ  今泉 早知
(平成二十四年十一月号 白光集より)

 私の母も今年三月十一日に亡くなり、新盆を迎えます。お仏壇・遺影は弟の家に有りますが、いつも笑顔の遺影。私達兄弟姉妹を見守っていてくれているようです。

月赤し残暑といふも猛暑かな  滝見美代子
(平成二十四年十一月号 白魚火集より)

 北海道では十年ほど前までは、お盆の八月十五日を過ぎると秋風が吹き始め、残暑など余り感じなかったのですが、徐々にやはり温暖化の影響からか八月末まで、去年などは九月中過ぎまで真夏の暑さが続きました。
 さすがに本州並の猛暑日はありませんが、私達暑さに慣れない者にとっては猛暑と言えるかも知れません。
 それにしても梅雨明けと共に猛暑が襲ってくる地域にお住まいの皆様には、天気予報を見る度にご同情申し上げています。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 酷  暑  安食彰彦
見覚えのある夏帽子四拍手
湯沸の笛の乱るる酷暑かな
吾の部屋に酷暑を残し降りにけり
下校の児すぐシャツを脱ぐ夏旺ん
番犬の荒き息する酷暑かな
夏料理小さな梅の添へられて
江戸切子一箸づつの夏料理
胃カメラを呑めと云はるる雲の峰

 梅雨見舞  青木華都子
丸四角ハングル文字の梅雨見舞
梅雨晴れ間ふる回転の洗濯機
お土産は夏限定のチマチョゴリ
蓮池に放たる二羽の家鴨の子
のど越しのつるりと涼しひやし飴
照り降りにかかはりなくて蓮咲けり
一人づつ渡る木の橋未草
ため池の水かきたてて雨蛙

 銅  鐸  白岩敏秀
さくらんぼ遠まなざしをして含む
早乙女の歩幅の水輪生まれけり
根無草水のうねりを見せにけり
銅鐸は弥生のひびき濃紫陽花
青梅の一石年貢納めけり
合歓閉ぢて星の生まるる爆心地
荒縄にどくだみ束ね漢来る
空蝉の爪立てし幹濡れてをり

 青 虎 杖  坂本タカ女 
虫出しや神木樹齢四百年
鍵を模索す鞄八十八夜寒
恋猫やすつぽ抜けたる薄刃の柄
寢るまへに測る血圧亀鳴けり
錆つきし単線軌道青虎杖
捨榾に茸の生ゆる蝉の昼
蛇穴を出づる祠の南京錠
音もなく蛇の失せたる風騒ぐ

 ダム涼し  鈴木三都夫
河鹿鳴く応ふるとなく呼ぶとなく
河鹿鳴く幾度人と別れしか
廃屋へ朽ちし吊橋河鹿鳴く
鳴き渡る雨の晴間のほととぎす
水亭を池へ張り出す花菖蒲
方丈を寂と閉せし夏障子
滝の水落下の勢ひもて滾る
峰二つ割つて涼しきダムの水
 古  簾  山根仙花
古簾吊し平凡といふ暮し
父の世の匂ひの沁みし籐寝椅子
ゆく雲の高さ泰山木の花
夏草の丈に溺れし野の仏
十薬の花浮き立ちて夕べ呼ぶ
畑仕事大好き大き麦稈帽
端居して思ひは遠きことばかり
蓮池の蓮の隙間を雲流れ

 目高飼ふ  小浜史都女
大口をもてあます河馬梅雨の天
水無月の水の匂ひの蓴引く
風のほか音なかりけり田植すむ
父母も夫も知らざる目高飼ふ
野萱草いつぽん畦のかがやけり
飯にふる甘酢の匂ひ半夏生
きりもみに散つてくるなり合歓の花
手のひらにのせて冷たし夏椿

 大歩危峡  小林梨花
またたびの花を左右に高速路
渓底の家の四五軒梅雨滂沱
目のくらむやうな断崖船遊び
床上げてふ船を吊り上げ出水川
蔓橋のかづら艶やか思ひ草
竹床を鳴らす平家の夏館
落ち合うて句会始まる鮎の宿
丸亀の団扇を賞に句会果つ

 山 王 峠  鶴見一石子
株立ちのじやうじやう機嫌青田波
夏炉燃ゆ一刀彫りの自在鉤
夏富士の樹海に人の気のうごき
浄土平と云へど炎暑の竈めぐり
世界地図あらためて見る巴里祭
冷素麺晩年背中押されがち
万緑の山王といふ峠越ゆ
けふを謝し明日への命夕端居

 万  緑  渡邉春枝
近道の急勾配や夏あざみ
ひと気なき昼間の団地梅熟す
万緑に沈みさうなる無人駅
紫陽花の色の定まる芙美子の忌
師の背を叩きて毛虫落しけり
噴水の飛沫に顔の濡るるまで
夏萩の風捉へては離しては
書きかけの文の上なるてんと虫


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 天 道 虫  野口一秋
神橋を渡る日傘を躱しつつ
螢袋三十粍の雨の中
羅をまとふ五体の在り処かな
五色沼ピカソの青に染まる夏
予科練も天道虫も七つ星
十薬を刈りし匂ひの露地小路

 風 涼 し  福村ミサ子
霊山は海霧の中なり三光鳥
枇杷熟るる燈台官舎いま茶房
天草干す表参道ややそれて
梅雨晴や鳶が卍を画きをり
峽谷にせり出す宿や鮎膾
風涼し湖をそびらに一都句碑

 大茅の輪  松田千世子
踏ん張りしまま流れゆくあめんぼう
幕間があり田蛙のはたと止む
大茅の輪先づは宮居の風通す
みくじ結ふ花橘の匂ひ立つ
人質の頃の家康花なつめ
南瓜蔓夜這の花を咲かせけり

 頂上の一花  三島玉絵
番水のあはやに解かれ梅雨激し
草茂る崖響々と列車過ぐ
頂上の一花は神へ泰山木
風に錆び日に錆び泰山木の花
離農して住む百町の植田中
植田より上りし泥の足のあと

 須磨離宮  今井星女
須磨涼し離宮の庭に青畝句碑
噴水は三段がまへ須磨離宮
童顔の敦盛像や須磨涼し
一つづつ名を違へたる薔薇の花
その中のアンネの薔薇に歩を止むる
惜しげなく薔薇の盛りを摘みとりぬ

 梅雨晴間  織田美智子
旅信五月ばらの切手の美しく
庭先に鶺鴒の来し梅雨晴間
箸茶碗桶に沈めて濃紫陽花
梅雨晴間五人掛りの庭手入れ
小鳥来よ山桃の実のかく零れ
抱へ来し白百合胸を汚しけり
 浜 日 傘  笠原沢江
友引は僧の休日実梅取る
坪畑の茄子太らせて盆の牛
留守番の婆丸く寢る浜日傘
滝水の合うて音増す流れかな
絵袋を読み秋播きの種を選る
切幣を財布に納め夏祓ひ 

 大雪湧水  金田野歩女
夏のダム真白に吐きぬ放水路
踊り子草大雪湧水噛んで呑む
お花畑傾斜の緩き遊歩道
昨日より雪渓細る大雪山
蔓手毬柱状節理の裳裾かな
朝の気を肺腑に落す滝仰ぎ

 風 薫 る  上村 均
貸ボートきらめく波へ滑り出す
白南風の波垣高き河口かな
青芦や諸鳥遊ぶ洲の沈む
夏雲雀道一筋が野を劃す
ハイカーが木の根に憩ふ時鳥
山寺を訪ふ人まれに栗の花

 更科紀行日本橋  加茂都紀女
神木の緑蔭に入り地図開く
半夏生草縁切絵馬の文字滲む
日本橋へゴールインして暑気払ひ
天麩羅の熱熱盛りを納涼舟
水先提灯梅雨を点して屋形船
浅草の夜明けの鐘の梅雨ごもる

 明 易 し  桐谷綾子
限りなく夫を偲べば明易し
卯の花のかくもはげしく散ることも
野花菖蒲水音さへも紫に
逢ふときも別るるときも髪洗ふ
姫春蝉の孵化を見つむる方丈も
富士山の五合目梅雨の明けにけり

 忍  野  野沢建代
逆さ富士やすやす超ゆるあめんばう
老鶯の真つ直ぐ届く庵かな
一杓に喉ならして泉飲む
縁側から上る庵や夏の萩
朴の花少し離れて仰ぎけり
雪渓を池に写して忍野かな


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 小玉みづえ

舟小屋の舟の出払ふ麦の秋
自転車の白き列来る更衣
乾きたる引つ込み線に藜かな
南風汽笛を宮へ定期船
夕焼の街を見下ろすレストラン


 島 文江

父の日のサッカーボール父へ蹴る
レストラン香水の香を持て余す
大向日葵円周率をすらすらと
病葉や三人掛けの木のベンチ
夏つばめ寺の稚児を回し抱く



白光秀句
白岩敏秀


舟小屋の舟の出払ふ麦の秋  小玉みづえ

 麦の秋は麦の穫り入れの五月か六月のころである。熟れた麦が黄金の穂を遠くまで靡かせている景は美しい。初夏の風が麦畑を吹き、舟小屋を吹きそして青い海へと消えていく。
 「舟の出払ふ」に漁師の生活が見え「麦の秋」で農家の生活が見えてくる。人間の営みを句の背後に絡ませながら、初夏の陸と海に透明感があって爽やかである。
 夕焼の街を見下ろすレストラン
 誰もが一度は経験し、記憶の底に仕舞ってある風景である。活動を終えた昼の街は安息の夜の街へと交替する。夕焼は一日の活動を飾る美しいフイナーレである。夕焼はビルの窓に反射し、家々の屋根に耀く。街を見下すレストランも夕焼のなか。
 日暮れてゆく夏のいっときが絵のように印象的である。

父の日のサッカーボール父へ蹴る  島 文江

 父の日は六月の第三日曜日。一九四○年にアメリカで提唱され行われるようになったという。
 忘れられたような父の日であるが、この子にとっては大切な日である。父と遊んだことは子にとって忘れ得ない大事な記憶。子どもは思い出を育みつつ大人になっていく。そして、この子が父親になったら、きっと父の日に父親がしてくれたように、子どもとサッカーボールを蹴って遊んでいるに違いない。父の日の微笑ましい父と子の一コマである。

一樹もて森をなしたる楠若葉  萩原 一志

 あるコマーシャルに“この木なんのき、きになる木”があった。パラシュートのように大きく枝を広げた樹だったことを覚えている。
 この楠も相当な大樹であろう。隆々とした太い幹に支えられて、噴き上がるように盛り上がった若葉。それを「森をなしたる」と捉えてリアリティーがある。造化の力強さに対する作者の感動が伝わってくる。

大空を楽しんでゐる夏燕  石川 純子

 この明るさは作者が燕の気持ちになりきっているからだ。初夏の大空を切って飛び、青田や川面を掠めて飛ぶ燕。「楽しんでゐる」と感じた感性が新鮮。活動的な夏の躍動感がある句。

夕暮れの雀に分くる洗飯  加茂川かつ

 洗飯とは冷蔵庫や炊飯器がなかった頃、冷水を掛けたご飯とか、饐えそうになったご飯を水で洗ったご飯のことをいう。夏の季語である。 
 掲句の洗飯は前者。雀だって暑さの中での食事は大変だろうと洗飯を分け与えているのである。初めは分ける気はなかったであろうが、窓で鳴く雀についつい情が移ったのだろう。夏の暑い一日を乗り切った安堵は人も雀も変わらない。作者のやさしさが通じたように雀は無心で洗飯を啄んでいる。

大鉢に和尚自慢の大蓮  柿沢 好治

 よほど自慢の蓮らしい。大の字が二度も登場する。和尚は二度ならず、参拝者があるごとに何度でもこの蓮を自慢しているのだろう。
 確かに大蓮も立派であろうが、それにも増して大鉢も立派。美しく育てるためには美しい器が必要である。
 作者は大蓮や大鉢を褒めることで、それとなく和尚を褒めている。誰からも好感を持たれる和尚なのである。

笹百合や金屋の宿の石畳  新屋 絹代

 笹百合と金屋、石畳。異質なものがミスマッチのように組み合わされて、ぽんと投げ出されている。
 作中の金屋は静岡県島田市の地名。大井川の西岸にあって、対岸の島田とともに川越えの宿場町であり、東海道の五十三次の一つである。芭蕉は「東海道の一筋しらぬ人、風雅におぼつかなし」と言った。旅には新しい発見がたくさんある。
 掲句は旅の金屋で見聞したことが、気がつけば十七音に納まっていたということ。構えのない旅吟の良さである。

学校の浮島となる代田かな  柴田まさ江

 学校の四方に広がる代田。校舎の影を映して浮島のようだという。代田はやがて青田となり稔り田となって収穫の時を迎える。力強く成長する苗のように、すくすくと育っていく子ども達の姿が代田の広がりを通して詠まれている。子ども達は代田に囲まれた母校をいつまでも忘れないだろう。



    その他の感銘句
早乙女の結の顔ぶれ揃ひけり
塩壺の塩重くなる戻り梅雨
青梅雨の渡船に膝を濡らしけり
虹立てて毛野の国原天気雨
梅雨晴間手足のびのびしてをりぬ
舌打ちて寄する夏潮湖岸堤
夏帽の一団改札口を出づ
唐津湾落暉抱きて夕凪げる
梅雨の鬱銜へ煙草と擦れ違ふ
島に来て島々眺む夕焼かな
踊子草探す図鑑の湿りかな
手土産の丸亀うちは細身なる
長雨や吊玉葱の落ちし音
螢待つ水音暮れて来たりけり
遅咲きの桜を追つて小さき旅
福本 國愛
原  和子
飯塚比呂子
中村 國司
林  浩世
寺本 喜徳
村松 ヒサ
谷口 泰子
和田伊都美
友貞クニ子
大菅たか子
伊藤 政江
川本すみ江
佐藤陸前子
堀口 もと


鳥雲逍遥(8月号より)
青木華都子

行く春の薬膳料理浅みどり
どくだみは雨を呼ぶ花棚曇る
片言の子のそれなりの祭髪
竹の皮脱ぐや神馬は立眠り
花あやめ水路の多き城下町
賴りなき色に始まる七変化
聞きとめし一声確と雉子なる
軽からぬ話新茶をいれにけり
あきらかに瀑布違へり夫婦滝
草刈るや湖は夕べの色となり
満潮のベニスの水路月涼し
松蝉の鳴いて棚田の水源地
牡丹園朱の大輪に迎へらる
紫雲英田を一枚残し水引かる
長男のお下りといふ更衣
薯の芽に無残や二度の別れ霜
水際まで山の迫りぬ夕河鹿
松蝉や夫に聞かする窓を開け
冷奴一人の夕餉短くて
黒揚羽好みの花に又も来し

田村 萠尖
武永 江邨
関口都亦絵
野口 一秋
福村ミサ子
松田千世子
三島 玉絵
織田美智子
笠原 沢江
上村  均
加茂都紀女
野沢 建代
星田 一草
奥田  積
梶川 裕子
金井 秀穂
坂下 昇子
奥木 温子
横田じゅんこ
池田都瑠女



白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
仁尾正文選

 出 雲  原  和子

替へ靴をしのばす梅雨の旅鞄
救命具に裏表あり遊び船
髪洗ふ四国のど真ん中に来て
雨音をかき消す滝の白さかな
宿の傘差しかけくれし蛍の夜

 
 群 馬  鈴木百合子

これよりは武蔵の国や麦の秋
本降りとなるまで草を引きをりぬ
くれなゐの掛緒の遺墨沙羅の花
掛軸の余白涼しき奥座敷
明日ひらく桔梗ひともとたまはれる



白魚火秀句
仁尾正文


替へ靴をしのばす梅雨の旅鞄  原  和子

 今年は梅雨明け前から猛暑が続いた。その頃作者ら島根の女流たちは徳島県の西端三好市に吟行旅行をしたようだ。この辺りは、吉野川が四国山脈を横断する唯一の所で瀞や激湍があちこちに見られる。吉野川の両岸は、切り立った崖で大歩危、小歩危という地名からも分るように険しいV字渓谷をなしている。
 橋一つ渡ると合併前の西租谷山村。屋島の合戦で敗れた平家の落人が住みついた、いわゆる平家谷である。支流の祖谷川に架ったかずら橋は観光の目玉である。その外俳人が小躍りするような吟行地が沢山ある。
 掲句は、猛暑ではあるが梅雨がまだ明けてないので用心のためレインシューズ等を旅鞄にしのばせた。具象的な一句であるので旅情がよく伝ってくる。
 一連五句にも同じことがいえる。作者が大歩危や租谷山を詠もうとしていない。作者もそれぞれの場で作者自身を詠んでいる。読み手を頷かさせるのはその為だ。

くれなゐの掛緒の遺墨沙羅の花  鈴木百合子

 沙羅の花は夏椿のことだとどの歳時記も辞典にも書かれている。沙羅は樹高十米から三十米とあり見たことはない。山道を歩いていると白い小さな花びらを見ることがある。仰ぐとさるすべりのような樹肌の高木に花らしいものが見えるがよく分らない。姫沙羅だろうと思う。一方、園芸種であろうが、白妙の花弁に黄金色の蕊、樹高は五米程で花は一日で終る。落花も香り気品がある。夏椿といえばこの高雅な花を思う。
 一方「平家物語」の冒頭の
  祇園精舎の鐘の声
  諸行無常の響きあり
  沙羅双樹の花の色
  盛者必衰の理をあらはす
が思われ沙羅の花は「無常迅速」の象徴の感が強い。
 掲句は、鈴木吾亦紅十七回忌の詠。吾亦紅氏逝いて数えて十七年も早や経ったのか。まさに無常迅速である。

歩けると喜び合ひぬ茄子の花  後藤よし子

 整形外科には色々の病因で脚、膝、腰や上肢の悪い患者で溢れている。作者は何処も悪くなく自由に歩ける。歩ける人と喜び合っている。歩けることは健康ということで長寿が約束されている。季語の「茄子の花」が絶妙である。

銀色を押し立て毛虫急ぎをり  牛尾 澄女

生えぶりのいたづらならぬ毛虫の毛一都 
を思い出した。風生の「若葉」が創刊される二年前、一都は超難関といわれた松瀨青々主宰の「倦鳥」の巻頭を二十一歳の若さで取った。「いたづらならぬ」の写生に青々も驚嘆したのであろう。百本を越える毛虫の一本の毛も皆んな毛虫にとっては役をこなし必要でないものは一本もないという写生。
 頭掲句は毛虫が毛を総動員して急いでいる様だ。一都も澄女さんも毛虫に向けた、まなざしがやさしい。

紀州五十五万石の青葉かな  塩野 昌治

 紀州家は徳川三家の一。紀伊藩は紀伊水道を抑えた要衝で八代将軍吉宗はこの藩から出たことは知られる通り。この句は「紀州五十五万石の」迄一気に読み「青葉かな」と読み納めたい。紀州家の権勢を諾なった声調を「青葉かな」と生々とした景で結びたい。作者の意もそこにあったであろう。
 この作者は定年後十年をかけて日本全土の海岸線を辿る総距離一一、五〇〇粁を一日の行程三〇粁、歩行日数約四〇〇日で踏破した。毎月のエッセイに反響が沢山寄せられている。

病む夫へそろりそろりとうちは風  中西 晃子

 闘病の夫は本復をめざして療養に務めている。介護の妻は身心を尽して本復を助けている。「そろりそろりとうちは風」が両者の気持を具象化した。一つ屋根の下に居てもこういう機会はあまりない。互に感謝していても言葉には出しにくいのだ。だが、掲句は素直に感謝の言葉や雑談が出て、しみじみと絆を思っている。

父の日の父なき父を子等描く  藤田 光代

 もう二昔にもなろうか。全国児童俳句コンクールの一位になった
天国はもう秋ですかお父さん  塚原  彩 (小学五年)
はプロ俳人も私どもの俳人のすべてに深い感銘を与えた。彩ちゃんの若いお父さんと同じように幼い子に心を残して天国へ行った父がここにも居る。残された二人子は亡き父の写真でも見ながら父の顔を父の日に描いている。健やかに成長されることを祈るばかりだ。


    その他触れたかった秀句     
をろち出て佳境に入りし夏神楽
大玻璃にうすずみの空夏料理
渡舟場の蝮注意の立標
梅雨鱒の紅一筋を尾びれまで
父の日のなかりし父に酒供ふ
蓮の花いま開きさう音しさう
時告ぐる声を忘れし羽抜鶏
交差点斜に渡る薄暑かな
父の日や卒寿の父は碁の仇
玉葱の皮で染めたる絹の糸
文字の失せ蟻のさ迷ふ方位盤
夏座敷静けき故に広く見ゆ
朝霧も一緒におろす夏大根
日焼止めたつぷりぬつて壁鏡
サングラスかけて覗ける後世かな
川本すみ江
宮澤  薫
荒井 孝子
坪井 幸子
古川 松枝
鳥越 千波
福本 國愛
根本 敦子
萩原 一志
三岡 安子
内田 景子
良知あき子
小渕つね子
三浦 紗和
杉山 俊子

禁無断転載