最終更新日(Update)'24.12.01

白魚火 令和6年12月号 抜粋

 
(通巻第832号)
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12月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句  山本 絹子
旅終はる (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 安食 彰彦ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
  陶山 京子、大滝 久江
白光秀句  村上 尚子
第三十二回「みずうみ賞」発表
令和六年度栃木県白魚火会第二回鍛錬吟行会 齋藤 英子
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
  原田 妙子、工藤 智子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(出雲)山本 絹子

研ぐ米のこぼれを拾ふ霜夜かな  高橋 茂子
          (令和六年三月号白魚火集より)
 戸外はもとより、家の中にいても凍てつくような夜、作者は米を研いでおられます。そして、こぼれた米を拾っておられます。この句から、明治生まれの祖母を思い出しました。今では体験することのない〝生爪がはしる(痛い)〟ほどの冷たい水で米を研いでいました。そして、米一粒一粒をとても大切にしていました。
 学生時代に恩師から「粒々辛苦」という言葉を教わりました。この句からは、そのような思いが伝わってきます。

日を吸うてふつくら温き蒲団かな  岡 弘文
          (令和六年三月号白魚火集より)
 冬の日差しは、とても貴重です。めったにない好天の日にたっぷり日光を浴びた蒲団で眠ることは、何よりの贅沢です。子供の頃、母が干してくれた蒲団に包まれる時は、日光の匂がとても好きでした。この句から、作者の幸せな顔が浮かんできます。
 今では、蒲団乾燥機があり、いつでもふっくらとした蒲団で眠ることができます。でも、あの心地よい日光の匂はしません。

白鳥に会ふためだけの回り道  安部 育子
          (令和六年三月号白魚火集より)
 中七の「会ふためだけの」が心に残ります。家の近くに白鳥が渡って来るのでしょう。直接帰ればもっと早く着くのに、白鳥に会うためだけにわざわざ回り道をされた思いはよくわかります。その間は、わくわくして、きっと足取りも軽やかだったことでしょう。
 今、全国の海、川、湖、沼等にたくさんの渡り鳥が来ていると思います。
 この句に共感される方も多いのではないでしょうか。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 孫(出雲)安食 彰彦
孫よりのうれしき便り新酒酌む
ビールだけ飲む孫なれど新酒酌む
百薬の長と言はるる今年酒
誰がくれし諸味に酔うてゐたりけり
採点ににこにことして夜仕事を
曼珠沙華枯山水のうしろにも
坪庭に一糸まとはぬ曼珠沙華
夜仕事やまさか卒寿の誕生日

 窯出し(浜松)村上 尚子
貧乏かづら引けば仲間が付いてくる
朝顔のひと日の紺をしぼりけり
百歳のこゑ爽やかに近付き来
渡し場の跡とありけり秋ざくら
窯出しの壺のつぶやく秋の風
虫の音や重ねて仕舞ふ飯茶碗
長き夜や夫の灯吾の灯それぞれに
夜半の秋こけし仕上げの目を貰ふ

 葛(浜松)渥美 絹代
水切りの石のよくとび野分だつ
茸狩の場所は秘密といふ卒寿
濁流のおよぶ数珠玉まだ青し
かすかなる波音葛の咲きにけり
声の良き車掌の合図秋の朝
恐竜のゐる公園や小鳥来る
鳥渡る出窓に並ぶぬひぐるみ
秋声や谷を隔てて観音堂

 仁王の目(唐津)小浜 史都女
新四國一番札所蟬名残
語尾あげて名残の蟬や仁王門
強さうな仁王のこぶし秋暑し
狛犬に指嚙まれたる秋思かな
ぎんなんの踏まるる肥前一の宮
秋麗や男神も在す媛の宮
秋暑なほ飛び出しさうな仁王の目
狛犬の仰け反つてゐる神の留守

 秋の夜(名張)檜林 弘一
涼新た等間隔に立つポプラ
秋声や北窓のある四畳半
郵便来夕蜩の鳴くころに
燗具合しつくりとせずうすら寒
さつと出てどろんと伊賀の流れ星
天の師へ文を書きたし星月夜
長き夜のダリの時計の絵のひとつ
人声を繫いでをりぬ刈田風

 通学路(宇都宮)中村 國司
結界に水溜り出来うしがへる
ぼんやりと畦を縁どり韮の花
然るほどの諍ひならず秋茄子
雨の打つ秋海棠や嬉々と揺れ
鳳仙花見つけ駆けよる下校班
草の花まだ手をつなぎ二年生
毬栗の落ちておもしろ通学路
美しさ過ぎてこの名や死人花

 名月(東広島)渡邉 春枝
緋牡丹を切つて亡夫の誕生日
葉桜や空の広がる雨上がり
秋暑し予約の書籍受け取りに
秋風や秤に乘する一歳児
同じ皿ばかりを使ひ西瓜切る
また一つ眼鏡を増やす秋ともし
昨夜の句の早や色褪する秋暑かな
名月を待つ濡れ縁に腰をかけ

 俳縁(北見)金田 野歩女
イヤリング光る真昼の花野人
朝露にたつぷり濡れて田を巡る
穴まどひ子と立ち竦む山路かな
東雲や唐黍を捥ぐ音清し
腰に鈴下げて殿秋の山
秋麗結ぶ俳縁大切に
初紅葉がれ場にかかる六合目
草の絮両手で払ふ父母の墓

 新松子(東京)寺澤 朝子
秋の蜂思はぬ高さ飛んでをり
寺町の露けき路地の通り抜け
秋草や戦に果てし軍馬の碑
リハビリの御蔭と仰ぐ今日の月
起きぬけの白湯の一杯獺祭忌
萩咲くや蔵に開かずの連子窓
ふるさとに残せし句碑や曼珠沙華
記憶には良きことばかり新松子

 吊船草(旭川)平間 純一
吊船草喫茶のママの小さき夢
村中の稲穂の実る匂して
芸立つ猿客には媚びず秋祭
薄野や「墓地前」といふ停留所
うすうすと桜もみぢの恥ぢらひて
遠吠えののんどを伸ばす十六夜
絮吹いて本性かくす鬼あざみ
菊月や何を燃すともなき煙

 草の花(宇都宮)星田 一草
はらからの一人となりぬ雲の峰
八月や勢ひ落つるダムの水
毬栗の刺のまつたき丸さかな
栗の落つ遠く見つむる埴輪の目
たれ彼に別れ黄泉ゆく草の花
幾たびも庭に降り立つ今日の月
一人居をひとり諾ふ良夜かな
ふるさとは旧りゆくばかり草の花

 今年米(栃木)柴山 要作
琅玕のやはらに垂るる白露かな
落鮎の跳ぬるだけ跳ね身動がず
まだ少し読みたき本も草の花
追ひ打ちの出水づたづた能登の秋
魚板打てばおうと奥より秋の昼
出番待つ彫刻屋台秋澄めり
炎噴く攻め焚きの窯星月夜
添へらるる父の寸簡今年米

 秋出水(群馬)篠原 庄治
光蘚怪しくひそむ熔岩の秋
黒髪を背に流して巫女爽やか
燃え立つも死人花てふ名の哀し
熔岩原の背丈の低き吾亦紅
葛原の風ひとうねりふたうねり
地震に耐ふる能登に追討ち秋出水
ななかまど燃えて隠せり道標
色鳥や小庭に色をこぼし翔つ

 影法師(浜松)弓場 忠義
あけ烏秋の初風吹きにけり
長鳴きのにはとりのこゑ秋の朝
パレットに青を溶かせば天高し
月光に草木の影の立ち上がり
いわし雲遠つ淡海をわたりゆく
露の世や八十といふ影法師
芋の露ころがる二つかさならず
惑星の一つの欠片黒ぶだう

 朝顔の花(東広島)奥田 積
露草や国分寺の森しづまりて
草の実の豊かな実り地蔵尊
葉柄ごとに無花果の実の太りをり
目覚めよき朝一面の朝顔の花
芙蓉咲いて村に大きな頌徳碑
思ひ出せぬことの一つや鳳仙花
鬼灯の見事に熟れて子の寝息
小さき靴並べ干しゐる秋の昼

 火の色(出雲)渡部 美知子
磴半ばさやけき斐伊の空仰ぐ
百選の棚田をわたる望の月
月今宵地球の端に戦火あり
草原の風を育てて馬肥ゆる
火の色に暮れゆく秋の出雲かな
石叩時をり沖を見はるかし
茣蓙敷いて集ふ一団ましら酒
朝夕に潮鳴りをきく新松子

 王の墳(出雲)三原 白鴉
阿国像の前に一差秋の蝶
少し荒れ初むる湖葛の花
秋燕や湖を見下ろす王の墳
花蕎麦の白の影濃き日暮かな
威銃山は木霊を返しけり
稲掛けて波の音遠くなりにけり
柿すだれ出雲格子の旧庄屋
臣津野命おけつねの曳きたる岬鳥渡る



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 旅鞄(鳥取)西村 ゆうき
秋の虹波音に置く旅鞄
風紋に影の生まるる良夜かな
秋刀魚船妻へまつすぐ戻り来る
灯台の窓に届かず秋の蝶
葛の花翅音異なる虫の来て
オートバイ秋天映るまで磨く

 杖(浜松)佐藤 升子
新豆腐手になじみよき杉の箸
この先は橋の無ささう葛の花
山寺の月下に降ろす車椅子
しばらくは秋蝶とゆく風の中
冷やかや杖をこつんと石畳
うそ寒や机の下のふくらはぎ

 笠塚(宇都宮)星 揚子
飛石を譲り譲られ爽やかに
細き葉を食み出してゐる露の玉
露けしや途中まで読む書簡の碑
心地よき風と歩める良夜かな
笠塚を覆ふ桜の薄紅葉
笠を手に北向く芭蕉秋の風

 萩の前(牧之原)坂下 昇子
きのふまで鳴きゐし蟬のけふ鳴かず
唐辛子曲がる気配を見せてをり
括られしままに傾く風の萩
夕さりて何するとなく萩の前
芒原遠ざかるほど風の見ゆ
葛の蔓延ぶる途中を踏まれけり

 大根蒔く(浜松)大村 泰子
残照にさ迷つてゐる穴惑
鳥渡る日がな一日槌の音
潮騒の聞こゆる日なり大根蒔く
秋日傘ポストに寄つてゆきにけり
量り売る珈琲の豆小鳥来る
霧吹いて菊人形の若返る

 新豆腐(多久)大石 ひろ女
海沿ひの町の原子炉星流る
海を見るだけの旅路の花芒
天山の水ごと掬ふ新豆腐
羽衣のやうな雲ゆく夕月夜
月光に予後の身内を横たふる
牛小屋の牛のひと啼き露の秋

 寄進札(松江)西村 松子
一舟も置かぬみづうみ鳥渡る
爽やかや流木に座し沖を見る
身に入むや緩みてきたる我が五感
秋澄むや継ぎ足してある寄進札
雲間よりほのと見えたる小望月
待宵の遠のいてゆく靴の音

 てのひら(浜松)林 浩世
二百十日海のにほひの強まりぬ
七曜を野分の話して過ごす
雲水の衣ふくらむ白露かな
海見ゆる丘に木の椅子秋のこゑ
人去りて棚田に太き秋の虹
月光へてのひらゆつくりとひらく

 無造作に(東広島)溝西 澄恵
無造作に活けて定まる秋の草
かなかなや文箱に古りし筆一本
月白や旅寝に沁むる川の音
石垣の崩れたるまま穴惑
被爆樹や蜩いよよ鳴きたつる
母訪うて帰る旧道秋深し

 放牧地(多摩)寺田 佳代子
秋空へ艫綱投げてフェリー着く
引き波に転がる小石鳥渡る
放牧地の八千草踏まぬやう歩む
荒波に揉まるる奇岩天高し
雨音の止んで虫の夜はじまりぬ
こんなにも拾うてしまふ銀杏の実



白光集
〔同人作品〕   巻頭句
村上尚子選

 陶山 京子(雲南)

師の庭に咲く朝顔の紺ばかり
思ひ出の一句色紙に良夜かな
ぽんと肩叩き蜻蛉が先を越す
露草の日にかがよへる水辺かな
秋しぐれ止み出棺の刻迫る

 大滝 久江(上越)
溝そばや丸太を渡すだけの橋
朝ごとの収穫露にまみれつつ
ゑのころぐさ線路は風の通り道
公園の誰彼なしに赤蜻蛉
雀より鴉群がる刈田かな



白光秀句
村上尚子

ぽんと肩叩き蜻蛉が先を越す 陶山 京子(雲南)

 蜻蛉の群れの中の一匹が、通りすがりに突然肩に止まってすぐ飛んで行った。たまにはあるかも知れないが、そのまま終わってしまいそうな事でもある。しかしその瞬間を見逃さなかった。「ぽんと肩叩き」は決して蜻蛉の成す技ではないが、そう感じたということで出来た一句。
 いつ迄も純真な気持と感性を持ち続けることは、俳句を詠む上でも大いに役立つものと思う。
  師の庭に咲く朝顔の紺ばかり
 「「紺」とは青と紫との和合した色」と広辞苑にある。朝顔の中では最も古くから見られてきた色でもある。最近は色も咲き方も多様だが、「紺ばかり」により、師の清潔な人柄と作者の師への一途な思いが込められていることが読み取れる。

朝ごとの収穫露にまみれつつ 大滝 久江(上越)

 「実りの秋」と言われるように、秋は稲を筆頭に果物や野菜も豊富に出回る。それに先駆け、農家は日々収穫に追われることとなる。特に野菜は新鮮さが大切なため、暗いうちから作業が始まるという。消費者はとかく目の前に売られている物の良し悪しと値段だけに捕らわれやすく、生産者のことは忘れがちである。
 今や日本の農業は高齢化が課題となっている。毎日の食事に改めて感謝を忘れてはならないと思う。
  ゑのころぐさ線路は風の通り道
 この線路は町中ではなく、電車も引っ切り無しに通る所ではなさそうである。沿線のゑのころぐさは電車が通るたびに喜んで首を振って見送る。線路は電車を運ぶものだが、見通しの良い所はまさに「風の通り道」でもある。視点を変えることは発想の転換にもなる。

花野道鴉が鳴けば牛も鳴く 沼澤 敏美(旭川)

 広大な花野を思う。日本の中でも北海道の四季は一番変化に富み、我々の目を楽しませてくれる。「鴉が鳴けば牛も鳴く」のリフレインのリズムが、一句をより軽快なものにしている。花が終わればいよいよ冬の到来である。

父の齢十七も越え墓洗ふ 伊東美代子(飯田)

 幾つになっても忘れられないのは父母のことである。まして「十七も越え」は、作者の年齢から換算するとかなり若くて亡くなられている。今は何もしてあげることは出来ない。「墓洗ふ」に万感胸に迫るものがある。

背の子のとうに寝てをり星月夜 青木いく代(浜松)

 幼子が機嫌を損ねた時の対処は難しい。泣き叫ぶ子を背負ってかなりの時間を外で過ごした。気が付けばいつしか眠っていたという。ほっとして見上げれば数多の星が慰めてくれているようだった。

宍道湖の夜明けは早し小鳥来る 江⻆トモ子(出雲)

 宍道湖のように周囲が開けた所は朝の訪れを妨げるものはない。東の端には〝嫁ケ島〟が小さな森をつくり、鳥たちの憩いの場となっているらしい。豊富な魚介が獲れることに加え、夕日の美しさにも定評がある。

秋ともしに「坊つちやん」「こころ」「草枕」 加藤三惠子(東広島)

季語以外は夏目漱石の代表作のみ。敢えて「秋ともし」と表現しているのはかつて読んだものの中からもう一度読もうとして並べているのだろう。動詞も叙述もなく至って省略を極めた一句だが、伝えようとしていることは充分に伝わる。

七色の洗濯挟み空澄みぬ 石田 千穂(札幌)

 同じ事をするにもはっと気付くものがあると作業は楽しく進む。どこ迄も晴れ渡る爽やかな風に吹かれ、今日の洗濯物は気持良く乾くに違いない。

風の道乗り換へて来る秋の蝶 髙部 宗夫(浜松)

 木立や水面を見ていると風の吹き方の違いがよく見える。最早いくばくもない命を風道を探りつつ、懸命に作者に向かって飛んでこようとしている。

記す事なんにもなくて厄日過ぐ 徳永 敏子(東広島)

 厄日は稲の実る時期であると共に、最近の温暖化による風水害の最も多い時期でもある。上十二迄はそれらを心配していたからこその措辞。「なんにもなくて」何よりだったことだろう。

連山に秋雲の影流れゆく 石岡ヒロ子(鹿沼)

 「秋澄む」という季語があるように一年で最も空気が澄み、目や耳に入るもの全てが鮮やかとなる。この連山は日光の山並だろうか。一読して広大な景色が浮かび、秋を象徴した一句となった。


その他の感銘句

冬瓜の毛を撫でられて買はれけり
残業の開かぬ窓に今日の月
走り根に力瘤あり葛の花
秋の蚊の吾より妻を好みけり
秋気澄む壁に富嶽のタペストリー
渓紅葉フォッサマグナに塩の道
パトロールの巡査鳴子の綱を引く
かごめかごめ校庭脇の彼岸花
実むらさき母の面影風の中
射的屋を出て正面に今日の月
藁塚の小さく括られ日を浴ぶる
長月や百十円の切手買ふ
末成りの南瓜畑に尽きてをり
突き抜くる一樹に千の銀杏の実
朝顔の蕾かぞへて今日はじまる

遠坂 耕筰
古橋 清隆
髙添すみれ
唐沢 清治
古川美弥子
中村喜久子
鈴木 利久
森山真由美
菊池 まゆ
松山記代美
⻆田 和子
仲島 伸枝
中  文子
田所 ハル
山越ケイ子



白魚火集
〔同人・会員作品〕   巻頭句
白岩敏秀選

 広島 原田 妙子
手を浸けて田水確かむ今朝の秋
稲刈つて夕日の遠く沈みけり
鈴虫や熟寝の吾子の片ゑくぼ
列車過ぎちちろの闇にもどりけり
葛の花大きく動く山羊の口

 函館 工藤 智子
露草の花ひとつづつ濡れてをり
金秋や明るき声の配達員
角のなき石に座りてうろこ雲
天の川より清らかな風吹けり
濡れ髪のままで銀河を仰ぎけり



白魚火秀句
白岩敏秀

手を浸けて田水確かむ今朝の秋 原田 妙子(広島)

立秋は八月七日頃にあたり、暑さの残るときであるが、稲にとっては大事な時。この時期の稲は穂ばらみの時期で水が必要なときになる。水が足りているか、田水が沸いていないかと毎朝確かめる。こうした農家の八十八の手間をかけて作られた美味しい米が食卓に届くのである。
稲刈つて夕日の遠く沈みけり
夕日の沈む位置が遠くや近くに変化することはないのだが、稲を刈ったら遠くに見えたという。稲を刈り終えた田の近景と夕日の山の遠景の対比。稲を刈ったあとのがらんどうとなった刈田のテーマは豊作。

金秋や明るき声の配達員 工藤 智子(函館)

玄関が開いて明るい大きな声で配達員が荷物を置いていった。当たり前のような情景が俳句になったのは、季語「金秋」による。「金秋」は中国の五行説による秋に当てられる。金秋の爽快さと明るい声が響き合って気持ちのよい一句となった。
天の川より清らかな風吹けり
家事が終わって或いは仕事が終わって、安堵の気持ちで見上げた空には一面の天の川。しばらく見ていると涼しい風が吹いてきた。その風を「清らかな風」と感じたのは天の川を挟んで牽牛と織女の清らかな恋を思い起こしたからであろう。

読み聞かす文字なき絵本蚯蚓鳴く 安部 育子(松江)

文字がない絵だけの絵本を読み聞かすには相当の想像力が要る。少しでも躓くとどうしたのと催促される。子どもの反応を見ながら想像力を大きく働かせながら読み聞かせる。鳴かない蚯蚓を鳴かせるのも想像力のなせる技。

爽やかや薄荷の里の蒸溜所 山羽 法子(函館)

薄荷の産地と言えば、北海道の北見市。北見の薄荷は昭和の初期には世界ハッカ市場の約七〇%を占めていたという。蒸溜所はハッカ記念館となった現在でも蒸留実演をおこなっている。薄荷の爽やかさが北海道の秋の爽やかさを引き立てている。

満月に近づきてゆく九十九折 古橋 清隆(浜松)

満月に近づくとは?と思わせて、九十九折と種明かし。幾重にも曲がる坂道を登って眺望のよい場所に到着。近づいた分だけ満月が大きくきれいに見えたことだろう。「満月に近づく」が意表を衝いた表現。

秋夕焼母と繫ぎし手のぬくみ 佐藤やす美(札幌)

母と一緒にお使いに行った帰り道なのだろうか。坂の上に手を繫いだ親子の長い影が伸びている。「繫ぎし」とあるから今のことではなく昔のこと。秋夕焼はすぐ消えるが、母の手の温もりは消えることはない。母への尽きることのない想いを表白している。

長き夜や閃きありてメモに取る 有川 幸子(東広島)

秋の夜長に本を読んでいると、ハッと閃いた言葉があったので、すぐに書き留めた。〈秋風や書かねば言葉消え易し 野見山朱鳥〉。「物の見えたる光、いまだ心に消えざる中にいひとむべし 芭蕉」。斯くして、一瞬の閃きは言葉となって、作品の中に永遠の光を灯し続けるのである。

帰省子の甘えゆるしてをりにけり 伊能 芳子(群馬)

久し振りに親許へ帰ってきた息子。都会の一人暮しで何もかも出来るようになったと思っていたところ、全く何もしないで親任せ。馴れない都会で何やかや気を使いながら暮らしているのだろうと、ついつい甘えを許してしまう親心が伝わってくる。

亀の首伸びきつてゐて秋の声 松村れい子(出雲)

城の堀の石の上で日光浴をしている亀を眺めていると、突然に亀が思い切って首を伸ばした。亀の突然の動きに亀が蒼古たる堀の底から秋の声を聞いたのではないかと思った。歴史ある城を見ているうちに亀に感情移入した句。

慎ましき銀木犀の香りかな 栗原 桃子(東京)

銀木犀は顔を近づけないと分からない優しく、慎ましい芳香であり、金木犀は周囲を芳香で埋め尽くすほど強い。〈沈黙は金なり金木犀の金 有馬朗人〉は木犀の違いを色彩で示し、揚句は香りをもって示した。


    その他触れたかった句     

白露過ぎ夜の匂の濃くありぬ
姿見をていねいに拭く白露かな
花柄の服で出かくる敬老日
印籠の出てくるドラマ夜長かな
鳶鳴いて音戸の瀬戸の秋夕焼
ぶら下がることの楽しさ烏瓜
桔梗の色濃くしたる雨後の朝
鶺鴒の短き足のよく走り
涼新た山の男の写真展
白壁の蔵の窓あき秋気澄む
名残の茶柄杓ことんと置きにけり
群青の空突き抜けて帰燕かな
秋茄子のはちきれさうな紫紺かな
蟬時雨痛いくらゐに響きをり
空はまだ湿気の匂ふ残暑かな
切株に年輪の浮く白露かな
秋晴の大きな窓を拭きにけり

稗田 秋美
高橋 茂子
森山真由美
平田 美穂
加藤三惠子
大石 益江
富田 育子
仲島 伸枝
松山記代美
樋田ヨシ子
今泉 早知
塚田 康樹
中村美奈子
安川 理江
唐澤富美女
菊池 まゆ
大塚 知子


禁無断転載