最終更新日(Update)'24.09.01

白魚火 令和6年9月号 抜粋

 
(通巻第829号)
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9月号目次
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季節の一句  植松 信一
東大寺 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 安食 彰彦ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
  高橋 茂子、本倉 裕子
白光秀句  村上 尚子
きじひき高原・八郎沼吟行会  内山 実知世
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
  坂口 悦子、鈴木 誠
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(我孫子)植松 信一

山風の棚田に低き稲架襖  大石 益江
          (令和五年十二月号 白魚火集より)
 稲刈りから脱穀まで行う機械刈りが普及してきた昨今では見かけることも少なくなってきましたが、稲架で天日と風でじっくり乾燥させるのは、お米のおいしさが増すためといわれています。一枚の稲架襖でしょうか。掛け終えた稲穂に棚田を渡るやわらかな風が吹いている、そんな棚田ならではの情景が伝わってきます。豊かな稔りに感謝をし、美味しいお米に仕上がってほしいとの思いを込めて、佇んでおられるのでしょう。手をかけ丹精込めたお米づくりへの愛着が伝わってきます。

稲架に干す総出の家族一枚田  山口 和恵
          (令和五年十二月号 白魚火集より)
 私の郷里(大分県国東半島)では、小・中学校に稲刈り休みがありました。田植えもそうですが、稲刈り・稲掛けは一家総出で、子どもは子どもなりに「手伝い」の真似事をした思い出があります。代を継いで大切に守ってきた一枚田。「総出の家族」に、刈った稲を括り、稲架へ運び、稲掛けをするといった作業に元気に精出している生き生きとした景が浮かびます。稲掛けを終えて、心地よい達成感や心の和みを覚えているのではないでしょうか。家族団欒で美味しい新米を味わったことでしょう。

村人はみんな世話役運動会  岡谷 陸生
          (令和五年十二月号 白魚火集より)
 運動会は、農作業もひと段落し、地域や家族も参加できるイベントとして秋に行われることが多かったようですが、最近では春開催、秋開催が半々ぐらいのようです。村人は子どもたちも含めてお互いどこの誰かが皆分かる、そんな顔の見える関係の村ぐるみの、おそらく小学校の運動会なのでしょう。「みんな世話役」、この措辞で、大人は単に観る人ではなく、テントの設営やら、綱引きの綱や玉入れの籠の出し入れ等々と、正に村人みんなが総出で関わり合い、扶け合って盛り上げている、潤いと活気のある情景が伝わってきます。運動会が賑やかに滞りなく終了した後は、慰労会でも運動会の話題で盛り上がり、親睦を更に深められたことでしょう。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 木下闇 (出雲)安食 彰彦
涼しさは「宋美齢秘録」閉づる時
仏壇の笑顔の写真母の日は
父の日や親となる孫無精髭
河鹿聴く分校の村宿一軒
河鹿聴く宿での夜は一人酌む
小糠雨額の花咲く母の家
木下闇祖父の腰掛あったはず
数学の先生夢に熱帯夜

 アトリエの窓 (浜松)村上 尚子
校庭に雀の遊ぶ芒種かな
薔薇園に向けアトリエの窓ひらく
ぐづる子にゆりの木の花高く咲く
平積みの雑誌卯の花腐しかな
夏つばめ水門海へひらきけり
走り梅雨石におもてと裏の貌
草刈機音の割にははかどらず
市役所の正午の時報風薫る

 螢 (浜松)渥美 絹代
ボンカレーの看板に錆柿若葉
二の橋を渡れば螢ひとつ寄る
しらみゆく駅舎よく鳴く燕の子
梅の実に色のきてをり雑魚跳ぬる
本堂より僧の歌声風涼し
鮎釣の達人村の板金屋
山の駅に信徒一団雲の峰
峰雲や左勝手の鎌を研ぐ

 しらじらと (唐津)小浜 史都女
壱岐対島はるかに茅花流しかな
いたどりの花しらじらとダム暮るる
唐臼の音にちからや栗の花
風も嫌ひ雨も嫌ひよ沙羅の花
梅雨の駅給水塔の残る村
うごく船ひとつもなくて梅雨の湾
滝音のまだ耳にあり棚田道
進みゆく方が頭よ黒毛虫

 涼し (名張)檜林 弘一
麦秋の風立ち三都夫忌の近し
仏像に残る金箔麦の秋
青空の青の涼しき雨上がり
駅頭に絵日傘ひらく音ひとつ
裏門を残す城跡苔の花
飛石の二手に分かれ庭涼し
蟻の列大きな翅にぶつかりぬ
宵涼し貝を加へしネックレス

 滝の音 (宇都宮)中村 國司
押し寄せて峪昇り来や滝の音
面白のわけは漢字や合歓の花
朝ぐもり鴉の声のかさなりぬ
炎天にひばり揚げたる国庁址
蔵まちの川の急がず濃紫陽花
薔薇咲かせ蘭学通りとは申す
子燕の辷りまろべる虚空かな
蔵まちは父の修行場夏やなぎ

 薄暑光 (東広島)渡邉 春枝
再会を約する別れ薄暑光
見ぬテレビつけて一人の梅雨ごもり
夏落葉踏むたび音を違へけり
海のもの山のもの煮て日短
ポケットの大きエプロン茄子を焼く
息を止め真赤のばらに顔を寄す
まづ後記より読む句集青田風
露草の露一滴をてのひらに

 篠の子 (北見)金田 野歩女
誌画集の作家逝きたり花は葉に
篠の子の一山盛りの道の駅
湯の里の朝の気旨し朴の花
山法師平らにひらき雨しとど
青鷺の脚に浅瀬の波少し
古井戸の蓋欠けてをり青葉闇
万緑や山湖一舟閑かなり
夏の陽を負うて観音様の笑み

 一夜酒 (東京)寺澤 朝子
切れぎれの夢に目覚めて明易し
のんど見せ赤子の欠伸花うばら
顔中をぬらし子の飲む岩清水句会兼題
十薬の花を褥に羅漢像
丹念に湯呑みを洗ふ梅雨の隙
昏れてよりほのかに白し山法師
夜振火のもどりは陸を照らし来る
思ひ出もよすがの一つ一夜酒

 水澄し (旭川)平間 純一
楡わかば角を売りたる北大祭
花アカシア揺れて市電の外廻り
日に揺るる木春菊のアイヌ墓地
登りくる毛虫を赦すビッキ墓碑
水輪より決して出でず水澄し
四十八万の瞳や沖縄忌
沖縄へ祈りのやまず遠郭公
おかか振る焼き万願寺たうがらし

 紫陽花(宇都宮)星田 一草
俎板に海の横たふ初鰹
初鰹ぶ厚くさばく誕生日
紫陽花を剪る一枝の重さかな
紫陽花の満たす青磁の九谷焼
父の日や右片減りの父の靴
対峙して蟇泰然と道こばむ
一閃の蜥蜴影去る石のうへ
抽んでて竹より高し今年竹

 蟇の声 (栃木)柴山 要作
高々と橡の百花や神楽殿
プランターのレタス青々梅雨の寺
ぶーらりと小江戸蔵街夏帽子
蔵街の甍の波を夏つばめ
船頭も客も菅笠夏柳
老妻に霧吹き見する螢籠
蟇の声戸長屋敷の暗き土間
図体もコントラバスのやうな蟇

 風靑し (群馬)篠原 庄治
句碑塚の古りし石文春落葉
渓川の瀬音に適ふ遠河鹿
小流れに子蟹吐きだす泡ひとつ
何時果つも悔いなき米寿更衣
郭公や托卵てふ性を啼く
かはたれのほととぎす鳴く峡に住む
菩提寺の山門抜くる風靑し
墨痕の太き蕎麦屋の麻暖簾

 叱られて (浜松)弓場 忠義
緑蔭にのみ込まれゆくベビーカー
あたらしき栞に替へて明易し
梅雨寒し卓に湯呑みのあと二つ
パン生地の膨らみを待つ芒種かな
冷麦に青竹の箸添へてあり
叱られて母の蚊帳へと潜り込み
甘藍の二分の一の寂しさよ
ぬけ道は進入禁止夏つばめ

 紅の花 (東広島)奥田 積
柿の葉の色変はりゆく芒種かな
濡れ色に真竹皮脱ぐまつ直ぐに
水源を守る小社水芭蕉
空瓶の揃へてありぬ梅雨の入り
手洗鉢に落ちしばかりやのうぜん花
紅花は日毎の雨に色を溶かず
一人来て浜昼顔の花の中
山桃の落ちて染めたる塾の庭

 大毛虫 (出雲)渡部 美知子
斐川野をゆるり潤す緑雨かな
神の杜雨の止み間をほととぎす
格天井に吊るす仏灯風青し
万緑へぬつと首出すクレーン車
大毛虫乗せて木つ葉の揺れてをり
海境や梅雨夕焼の色極む
初なすび先づその艶をめでてより
うすうすと大山浮かぶ日の盛

 青き香 (出雲)三原 白鴉
ゆつくりと雲は東に梅雨の月
名を書いて形代重くなりにけり
青き香の雨の茅の輪を潜りけり
池の面に生まるる水輪半夏生
献杯のしづかに上ぐる麦酒かな
打ち寄せて畦乗り越ゆる青田波
田水沸き取水制限始まりぬ
師の句碑を洗うて夕立上がりけり



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 風鈴 (松江)西村 松子
蒼天にさざ波のあり麦を刈る
余生てふ時の早さよ蟬生る
小躍りし植田潤す谷の水
漣は海の心音飛魚とべり
枇杷熟れて遮断機すこし弾みけり
弔電を打つ風鈴の鳴つてをり

 鏝絵 (呉)大隈 ひろみ
子の指にそつと移して天道虫
田の神の幣吹かれゐる梅雨入かな
麨や事に動じぬ祖母なりき
海風の真つ直ぐに来る網戸かな
青田風鏝絵の波に鯉はねて
郵便受けに葉書一枚梅雨の蝶

 黒板 (宇都宮)星 揚子
風薫る画廊に入る尼僧かな
黒板の消し跡も消す梅雨晴間
蟻の群れまたたくやうに散りにけり
膨れゐるポケット茅の輪くぐりけり
裏木戸を抜けて近道青山椒
七月の後円墳の葉騒かな

 渡し場 (浜松)佐藤 升子
神輿舁く少年の足ながきこと
人に馴れたる薬局の目高かな
橋二つ渡りて茅花流しかな
川風に色深めゆく桜の実
渡し場に遺る礎石や夏つばめ
隠沼に何かうごめく大暑かな

 桑の実 (東広島)挾間 敏子
何か言ふ夫へうなづき滝の前
真ん中に義民碑のある青田かな
指染めて桑の実煮たるひと日かな
雨意充ちて沙羅の最後の一花落つ
駅ごとに青葉風乗せ芸備線
眠りても干梅匂ふ母の家

 菊挿す (東広島)吉田 美鈴
菊挿すや雲脚迅き峡の朝
堰越ゆる水しぶき背に蕗を採る
墳丘を巡る山道栗咲く香
枇杷の実を啣へて発てり夕鴉
山宿の夏炉に聞ける木曽の雨
利尻富士仰ぐ船旅夏の雲

 女貞の花 (浜松)大村 泰子
河骨や苑に真昼の風の音
枝折戸を押す風のあり梅雨茸
クレヨンの青ちびてをり夏旺ん
多宝塔の軒をかすむる黒揚羽
女貞の花のこぼるる神楽坂
夏料理川は水嵩増してをり

 螢 (牧之原)坂下 昇子
城跡に残る抜け径花うばら
あめんぼう影を大きく泳ぎけり
瀬に寄れば遠くに河鹿笛聞こゆ
草刈つて草のにほひの風通す
植田はや風生むほどになりにけり
螢待つ闇の湿つて来たりけり

 沙羅の花 (多久)大石 ひろ女
天も地もすこし濡れゐて明易し
病室の卓にもの書く夜の新樹
海へ向く棚田千枚梅雨夕焼
源流の水の煌めき沙羅の花
リハビリの病院食に茗荷汁
ひと声を聞き分けてゐる金魚かな

 再会 (浜松)林 浩世
低く飛ぶ海鵜の嘴にくねるもの
黒南風や港に籠る魚の香
漁師町の午後の静けさ白日傘
仁王立ちしてサーファーの海見つむ
再会の名前涼しく呼ばれたり
水中花ぷくりと昼へ泡放つ



白光集
〔同人作品〕   巻頭句
村上尚子選

 高橋 茂子(呉)
老鶯や午後の紅茶を二人分
咲きほこるパリジェンヌてふ四葩かな
半夏生背伸びして拭く食器棚
夏つばめ医家の表札新しく
初蟬の空に重さのありにけり

 本倉 裕子(鹿沼)
一言を待つ間の長しソーダ水
白日傘「夢二の女」通り過ぐ
サンドレス潮のかをりの浜通り
編みかけのレース母ゐるやうな部屋
炎天に水噴き上ぐる蛇口かな



白光秀句
村上尚子

老鶯や午後の紅茶を二人分 高橋 茂子(呉)

 お住まいの呉市はもと軍港、海軍工廠があり、鎮守府の所在地。しかしこの句からはその様な厳めしさは全くない。一読して作者の生活圏と日頃の穏やかな暮し振りだけが見える。家の回りの茂みから聞こえてくるうぐいすの声の中で、ご主人と二人だけの時間が過ぎてゆく。
 白魚火広島大会の折には隣接の江田島市にある旧海軍兵学校を訪れ、仁尾正文前主宰の若き日を偲んだことを思い出した。
  初蟬の空に重さのありにけり
 特に初蟬の声を聞いた時は夏の到来を強く思う。歳時記にある句も声に重きが多いなかで、この句の視点は少し違うことに注目した。初蟬故に上手に鳴けないと言うことを「空」の所為にしているところがユニークである。

一言を待つ間の長しソーダ水 本倉 裕子(鹿沼)

 ソーダ水をグラスに注いだときの泡と、口に入れたときの刺激はいかにも青春そのもののような気がする。この場の成行きは分からないが「待つ間の長し」は想像をかき立てる。しかし、悪い返事ではないだろうということは分かる。むしろその時間を楽しんでいるようにも見える。
 〈一生の楽しきころのソーダ水 富安風生〉
に通じる。
  編みかけのレース母ゐるやうな部屋
 レース編みは糸の太さにもよるが、毛糸と比べ数倍時間がかかる。編む物によっては数ヶ月も要する。その間編みかけたものはいつも部屋の身近な所に置かれている。
 作者のお母様もきっとレース編みをされていたのだろう。見馴れていたはずの部屋の光景に一瞬お元気だった頃の姿が見えた。

突つ掛けのまま日盛の庭の礼 浅井 勝子(磐田)

 俗に言う突っ掛けとは〝突っ掛け草履〟の略。「庭の礼」は日常の言葉として使うことはないが、訪れてきた客を庭まで送って出ることは間々ある。丁度日差しの強い時間でもあり厚く労いの言葉をかけた。
 俗っぽい言葉と非日常的な言葉の出合い。

父の日や娘に貰ふスニーカー 貞広 晃平(東広島)

 母の日が一般化している割には父の日の影はうすい。とは言え感謝の気持に変わりはない。「スニーカー」を思い付いたのは、それを履いて益々元気に過ごして貰いたいということ。履くたびに娘さんの心遣いが伝わり嬉しい。

梅雨空へ九番の子のホームラン 鈴木 竜川(磐田)

 一進一退で進む試合。選手も観衆も半ばあきらめかけていた瞬間であった。あまり期待もされていなかった九番打者のまさかのホームラン。この一発により球場は一気に沸き返り、梅雨雲も吹き飛んだ。

目高の群れそれぞれに影つれてをり 小林 永雄(松江)

 目高は一番小さな魚で身近な魚。それなりの影に気付くことはあるが、やはり色や数や大きさの方へ目がゆきがちである。少し視点を変えて見ることで、目高の新しい世界が広がった。

ぴんと張る畝の麻縄豆を植う 三島 信恵(出雲)

 「豆植う」は「豆蒔く」とも言い、大豆や小豆を蒔くことをいう。地方によっては田植のあとの畦に蒔くというが、ここは普通の畑であろう。十七文字だけで、実際に作業をしている人ならではの描写が読み手に伝わる。

薫風やオールバックの往診医 陶山 京子(雲南)

 病人にとって往診をして貰えることはありがたい。長年の間柄であろう。夏の風には青嵐、ながし、黒南風等もあるが、「薫風」によって往診医の爽やかな人柄が見えてくる。

覚えきれぬばらの名前を見に戻る 今泉 早知(旭川)

 広いばら園を見て回っているのだろう。馴染のあるもの、初めてのもの、難しい名前のもの等々…。覚えたつもりが忘れてしまった。思わず戻って確かめることにした。
 「ばら」の句の新しい世界を思う。

覚えたての家族の星座若葉風 阿部 晴江(宇都宮)

 家族のそれぞれの十二の星座を覚えたという。実際に夜空のどこでどのように見えるかと分かればもっと楽しいに違いない。
 占星術もさることながらギリシャ神話にも通じる広大なロマンである。

畑にゐて栴檀の花浴びてをり 石原 幸子(東広島)

 農作業の途中なのか休憩中なのか、そばの栴檀の花が見頃となっている。「雲見草」とも言うように五、六メートルの高木に薄紫の小さな花が穂のように開く。その下に立てばまさに「浴びてをり」の心境となる。


その他の感銘句

鉄塔の赤き点滅夜半の夏
さくらんぼ双子の眠るベビーカー
それぞれに四方を向きて百合匂ふ
蛍火や靄の底より水の音
五十基の紅き鳥居や風薫る
紫陽花の毱一つ地に着いてをり
六月のフランス料理講習会
形代に犬の名も書き納めけり
息災や白寿の母は胡瓜嚙む
蹲踞に鳥の来てゐる薄暑かな
トンネルを抜け逃水を追ひ越しぬ
老鶯の声前山に父祖の墓
胸に住むペースメーカー梅雨の月
老鶯やトラピスチヌの丘晴れて
我が愛車遂に原付夏至の夜

中間 芙沙
坂口 悦子
太田尾利恵
鈴木 利久
髙橋とし子
酒井のり子
山口 和恵
松山記代美
岩井 秀明
中村美奈子
石田 千穂
藤田 光代
小村由美子
広川 くら
川上 征夫



白魚火集
〔同人・会員作品〕   巻頭句
白岩敏秀選

 苫小牧 坂口 悦子
早苗田の濁り沈めて月上る
夏服やデッキの風を楽しめり
草刈の青き匂の日暮かな
蝙蝠や逢魔が時の風ぬるし
青芝に犬と寝転ぶ外野席

 浜松 鈴木 誠
薫風や最敬礼の自衛官
六月の青空高くブーケ飛ぶ
食パンに焦げ目うつすら梅雨晴間
木葉木菟鳴きて身延の闇深し
妻の留守梅雨前線北上中



白魚火秀句
白岩敏秀

早苗田の濁り沈めて月上る 坂口 悦子(苫小牧)

 早苗田は田植が終わったばかりの田のこと。しかも、「濁り沈めて」とあるから、まさに田植を終えた直後のようだ。日が沈み月が上るまで続いた田植に、農家の忙しさがある。早苗田の澄んだ水は今夜の月をきれいに映していることだろう。
 蝙蝠や逢魔が時の風ぬるし
逢魔が時は「暮六つ」或いは「酉の刻」で午後六時頃。薄暗くなった夕空に蝙蝠の大群が舞い始めた。吹く風も妙に生ぬるい。京の都大路に跋扈する魑魅魍魎と陰陽師安倍晴明との対峙。そんな絵双紙をみているようである。京都上京区に清明神社がある。

六月の青空高くブーケ飛ぶ 鈴木  誠(浜松)

 青空へ花束を投げ上げて皆から祝福された「六月の花嫁」。六月に結婚式を挙げると一生涯にわたって幸せな結婚生活が送ることが出来るとされている。屈託のないストレートの詠みぶりに若い二人を祝福する気持ちがよく表れている。
  木葉木菟鳴きて身延の闇深し
 木葉木菟は夏鳥で奥深い山で夜に「ブッポウソウ」と鳴くフクロウの一種。愛知県の鳳来寺が有名だが、山梨の身延山も闇が深くてよく鳴くところ。〈木葉木菟悟堂先生眠りけり 石田波郷〉。悟堂先生とは中西悟堂のことで、日本野鳥の会の創始者である。木葉木菟を鳴くのを待たず眠ってしまったのである。

若葉寒一段高く電気柵 中村美奈子(東広島)

 今までの電気柵が低く、作物に獣害がでてしまった。それではと一段高く電気柵を設けたところ。獣たちも生きるために必死なのだと同情しながらも、こちらの生活も大事とばかりに、情けを切り捨てた強い調子がある。若葉の頃の寒い日のこと。

農夫まだ暮れ際にゐて田草取る 藤田 光代(牧之原)

 米作りは田植が終わってからが忙しい。朝夕の水加減の管理や田の除草など。手元が見えなくなるほど暮れるまで田草を取って働いている農夫がいる。我が子を育てるように稲を大事に育てる農夫の姿がそこにはある。

父の日や常と変はらぬ父の声 栗原 桃子(東京)

 父の日は六月の第三日曜日で、父親に感謝する日。長い間、御無沙汰している里の父親にご機嫌伺いの電話をしたところ、電話口の父の声は声の張りも言葉遣いも常の調子であった。常と変わらぬ父の声に安堵と感謝の気持ちが滲む。

本よみの済むを待ちをりさくらんぼ 松山記代美(磐田)

 本読みは学校の宿題なのだろう。机に向かって学校で読むように姿勢を正して、大声をだして読んでいる。隣のテーブルの皿には美味しそうなさくらんぼが山盛り。勿論、本読みのご褒美なのだが、視線が時折さくらんぼへ走る。真剣に宿題をこなす姿が微笑ましいともいじらしいとも映る。

羽ばたきを知り始めたる燕の子 羽田 敦子(浜松)

 今年も燕が来てくれて、巣作りや餌遣りなどせわしく飛び交っているうちに、子燕が巣から乗り出して羽ばたきの練習をしている。「知り始めたる」に毎日、愛情をもって燕を観察していたことが分かる。巣立ちは孵化してから二十日ほどしてから。

郭公の声まつすぐに飛んで来る 萩原 峯子(旭川)

 郭公は五月頃に渡来して、明るい山林でカッコーカッコーと鳴く夏鳥。呼子鳥とも閑古鳥ともいう。郭公を高原の広い牧場あたりで聞いたのだろう。抑揚のない鳴き声がストレートに耳に響いてきた。「飛んで来る」に高原の澄んだ涼気を感じさせる。

梅雨寒し机上の論に夜の更けて 檜高美佐緒(東広島)

 先ほどから口角に泡を飛ばして議論しているが、よく聞くととても実現しそうもない計画。ああ言えばこう返して、一向に埒が明かないままに夜が更けてゆく。「梅雨寒し」の季語が動かない。

被りては映しては選る夏帽子 難波紀久子(雲南)

 夏帽子といえど、お洒落を演出する装具の一つ。あだや疎かに選ぶことはしない。斜めや目深に被ったり、被った横顔や歩く姿を鏡に映したり…。買い物をするときの楽しさやときめきを存分に味わっている。


    その他触れたかった句     

星と星結びて琴座星まつり
ほととぎす水をゆたかに朝の井戸
八橋や膝の高さの花菖蒲
汗の児を抱いて泣かせてしまひけり
庭に来て青葉の風となりにけり
時鳥父祖眠る地に谺して
夏の月子の足音の部屋に入る
再会の約束胸に枇杷を剝く
あと少し歩けば会へる濃あぢさゐ
雲映る水に形代流しけり
大瑠璃や空にリフトの軽き揺れ
風鈴の短冊替へて畑に出る
心太女座りの向かひ合ひ
水満ちて植田に映る築地松
少しづつ青空広げ夏来る
夏座敷風鈴の音に風うごく
朝凪や沖へ沖へと漁舟

伊藤かずよ
高橋 茂子
小嶋都志子
藤原 益世
郷原 和子
鷹羽 克子
乗松さよ子
服部 若葉
稗田 秋美
菊池 まゆ
小澤 哲世
大場 澄子
中田 敏子
生間 幸美
伝法谷恭子
小村由美子
樋野美保子


禁無断転載