最終更新日(Update)'24.11.01

白魚火 令和6年11月号 抜粋

 
(通巻第831号)
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11月号目次
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季節の一句  山口 悦夫
中座の席 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 安食 彰彦ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
  福本 國愛、大石 益江
白光秀句  村上 尚子
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
  萩原 峯子、内田 景子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(群馬)山口 悦夫

新米炊く一粒毎に顔のあり  柴山 要作
          (令和六年二月号 曙集より)
 お米を生産する農家に取って収穫の秋は、慶びと不安が心を過るときです。私も永年農業に携わり、米も野菜も沢山作ってきました。
 刈り取った稲を脱穀機に掛け、採れた籾を乾燥し玄米にし、精米機で真っ白なお米にします。
 新米を炊き上げ、釜の蓋を上げると、香ばしい匂と白いご飯粒の一粒一粒が踊っているように見えました。何はともあれ一番にお仏壇に供え、身近に在る不動尊、観音様等にお供えしました。

湖に静けさもどる冬木立  篠原 庄治
          (令和六年二月号 曙集より)
 この湖は、作者の住む四万温泉にある周囲四キロ程の人造のダム湖です。湖の一番の特色は水の色が透きとおる濃いブルー色で、「四万ブルー」と言われる神秘的な綺麗な水面です。
 春には芽吹きの木々の新緑の緑を吸い込み、ブルーが一段と濃くなり、夏はカヌーやボート等で賑わい、秋には周囲の紅葉の山々を映し沢山の観光客を迎えます。冬は湖畔の木々も風雪に耐え、静かに眠りながら来る春を待っています。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 噫従妹 (出雲)安食 彰彦
噫従妹戒名貰ひ沙羅の花
噫従妹静かにねむる藤袴
噫従妹顔に素秋の布を掛く
噫従妹柩の中の花は菊
噫従妹秋の煙となりにけり
噫従妹誦経素秋の鉦の音
老僧の紫紺の衣扇置く
鰯雲だけが見送る従妹の死

 台風の目 (浜松)村上 尚子
秋立つや使ひ勝手のよき箒
敗戦忌店のラジオが正午打つ
出漁の舟を見送る稲の花
流灯の照らし合うてはゆきにけり
秋めくや水に影置く草の丈
秋夕焼港にバスの時刻表
台風の目にゐて卵焼焦がす
爽やかに来るや先師の杖の音

 祭笛 (浜松)渥美 絹代
祭笛聞きつつ鍋のこげを取る
母の字の残る畳紙や夜の秋
吊るし売るやくわんすりこ木西日さす
八月の鳩旋回を繰り返す
片減りの革靴二百十日かな
かなかなや守衛の小屋に灯のともり
縁の下に夕日カンナの枯れ始む
参道に売らるる古着秋の風

 よき仲間 (唐津)小浜 史都女
おし黙る嘴太からす南風吹く
目高には目高の世界汗を拭く
花火師の三人までは見えてゐる
風がよくあつまる欅秋に入る
よき仲間ゐて盆過ぎの顔そろふ
処暑の日のゆく先々に水鳴れり
秋風といふ沢音を聞いてをり
鈴虫の闇夜瑞々しくありぬ

 銀河 (名張)檜林 弘一
一筋の風を肯ふ今朝の秋
短冊に声聞こえくる星祭
波がしらみな真白なり終戦日
天上の銀河地上に千羽鶴
新しき星の降りさう銀河濃し
爽涼の朝日を浴ぶる高野杉
土産屋の秋の風鈴音つなぐ
秋声や湖の縁までささら波

 石修羅 (宇都宮)中村 國司
寄る辺なき切羽鑿跡岩たばこ
石山の空が落ちさう蟬鳴けば
皆返事せる生盆のひとりごと
撫で肩の一都句碑なり貴船菊
鷹鳥を祭る一都の句碑見舞ふ
白露降る大谷切羽に石修羅句
穴惑猫に構つてをられぬと
いぼむしり耽る如くに産卵す

 月涼し (東広島)渡邉 春枝
出合ふ人ごとに談笑木の芽風
酒蔵の昼を灯して風薫る
打水のゆき届きたる酒の路地
通学の自転車の行く植田径
読み返す未完の一句月涼し
時の日の時を忘れて饒舌に
外出のなき日は素顔草を取る
捨つる物すてて涼しき胸の内

 蝦夷丹生 (北見)金田 野歩女
山並の突と消えたる白雨かな
参道に収まり切らぬ夜店かな
錫杖も螺髪も灼くる野の仏
ミシン踏む酷暑に抗ふやうに踏む
蝦夷丹生やツーリングみな怒り肩
落し文秘密を暴くやうに解く
嬰児も母に抱かれて盆踊
紺屋の壁被ふ朝顔藍尽くし

 扇置く (東京)寺澤 朝子
星飛ぶや生国へだつ幾山河
濯ぎ物手熨斗に畳み涼新た
経本は祖母の世のもの盆支度
上弦のまさしく今宵盆の月
相乗りでちちはは来ませ茄子の馬
程々を子等へ引き継ぎ送り盆
露座に在す仏へ供物地蔵盆
今はもうこころ静かに扇置く

 蜻蛉の空 (旭川)平間 純一
置きしまま黒のレースの手套かな
首振りて不寝の番なる扇風機
トンネルを抜けたるそこはもう秋野
秋の蟬アイヌ木墓の立ち尽くす
三三五五と舟をかかへて流灯会
残照の石狩川の魂送
真夜に立つ厠の窓のつづれさせ
何時からか蜻蛉の空をなくしけり

 秋立つ (宇都宮)星田 一草
学校に熊出るはなし炎天下
ツタンカーメン鼻筋とほる蟬の貌
妻の忌やきちんと揃ふ登山靴
熱きまま日のうすづける晩夏かな
秋立つや大地の火照り残るまま
水底の石透く流れ秋立てり
甲子園のスコアボードへ秋あかね
黒々と昏るる山並終戦日

 虫時雨 (栃木)柴山 要作
少年の誓ひが救ひ広島忌
主病む家や咲きつぐ白芙蓉
馬追の火影に動く長き髭
送り火のマッチの消ゆる二度三度
夕散歩ほまちの栗の三つ四つ
手を触るる我も露けし一都句碑
虫時雨闇深ければ深きほど
蔵の街の路地といふ路地虫時雨

 はたた神 (群馬)篠原 庄治
奥山の静寂引きさく雄滝かな
耳ふさぎ南無阿弥陀佛はたた神
高原の起伏に沿うてキャベツかな
甌穴の終り無き渦見て涼し
香炉灰均し終はりぬ盆仕度
雨上がる今鳴かねばと法師蟬
庭に咲く花で拵ふ盆の供華
黄金色の稲穂に雨のしとど降る

 母のこゑ (浜松)弓場 忠義
八月や町を掠むる戦闘機
酒米の田に靡く旗秋に入る
秋朝の仏のちんのよく響く
ほつれたる秋の簾に母のこゑ
墓石の火照りを拭ふ墓参かな
短冊の裏まで書く子星まつり
俎にオクラの星の生まれをり
シスターに一礼交はす葡萄棚

 花うばら (東広島)奥田 積
蟾の鳴く村一番の旧家跡
山越えの道は消えをり花うばら
六歳の日の記憶あり原爆忌
一村は山に戻るや稲の花
この池の長径行き来鬼やんま
我に母我に姉なし朝顔の花
秋夕焼けふの一日をありがたう
涼あらたマッターホルン作品展

 新涼の音 (出雲)渡部 美知子
合歓の花ひと節で足る子守歌
叩かれてひと日を終ふる大西瓜
蹲踞の水新涼の音たてて
仕舞はんとすれば鳴り出す秋風鈴
地に残す音なき音や桐一葉
休暇明ギアチェンジして輪の中へ
芋嵐明告鳥の昼を鳴く
海原に秋の声きく海難碑

 外人宿舎 (出雲)三原 白鴉
墓洗ふ父母との齢一つ詰め
あの木ともこの木ともなく法師蟬
蜩の鳴けば夕空絞るごと
秋扇入札結果待ちてをり
青空を拡げて進む葡萄狩
爽やかに禰宜の祝詞の語尾を曳き
沈む日へ高さ揃へて赤蜻蛉
尖塔の外人宿舎小鳥来る



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 竜の口 (多摩)寺田 佳代子
雨粒にしなる笹の葉今朝の秋
新涼や竜の口より手水受け
星流る祈るともなく手を合はせ
山城の看板ななめ秋の蟬
香焚いて二百十日をやりすごす
豊年や風の中なる開拓碑

 つくつくし (群馬)鈴木 百合子
夕涼の書肆の木椅子にどつかりと
父の墓花魁草の紅濃ゆし
 金井秀穂師逝去
紅蓮の香に誘はれて逝きたまふ
土に生き句に生きたる師つくつくし
仏前の風をとらふる吾亦紅
湯の町の歩道を走る葛の蔓

 朝の粥 (札幌)奥野 津矢子
春楡の葉裏を摑む蟬の殻
新涼の草に雀の来てをりぬ
夕べには解く装ひ白木槿
秋暑し朽木沈んでゆくところ
新涼やすすと色吸ふガラスペン
間引菜の色の浮きたる朝の粥

 今朝の秋 (浜松)佐藤 升子
蹲ひの水のあふれて今朝の秋
立てかけしままの梯子や星月夜
迎火や身に合ひきたる母の服
どこまでも空晴れてをり敗戦忌
紙入れは藍の染付け秋涼し
夜半の秋匙の落ちたる音一つ

 盆用意 (島根)田口 耕
盆用意無人の生家開け放ち
焼鳥のけむり踊の輪に入る
流灯の読経の声に押されゆく
杉並木の天辺に鳴く秋の蟬
波音をつつむがごとく虫の鳴く
二百十日はみがき少し長目にし

 子規の庭 (宇都宮)星 揚子
一都句碑の百の字が好きほととぎす
秋涼しさらりと雲のありにけり
隙間なきまでの秋草子規の庭
時々は揃ひて靡く千草かな
握り拳ほどの地球儀獺祭忌
小座布団足す子規庵の九月かな

 苧殻焚く (浜松)塩野 昌治
谷川を水滑りゆく今朝の秋
ひとつ鳴き秋のうぐひすそれつきり
手の砂をはたいて落とす残暑かな
盆の月母のミシンを磨き上げ
飛入りの声高らかに踊唄
馴染みたる他郷の暮し苧殻焚く

 星月夜 (呉)大隈 ひろみ
まつ白な飯の炊けたり原爆忌
シャンプーのにほふお下げや星月夜
門柱に残るほてりや夕かなかな
潮騒を背に父ははの墓洗ふ
一村をあまねく照らし盆の月
桔梗や今も指先細き人

 つくつくし (多久)大石 ひろ女
黙禱の刻を鳴き止むつくつくし
送火を一日遅らせ焚きにけり
秋涼し良き音立つる花鋏
黎明の風かなかなの声澄めり
浚渫船通る海峡秋つばめ
もう誰も住まぬ生家の草の花

 秋刀魚船 (鳥取)西村 ゆうき
白玉や松の枝ぶり見ゆる席
潮の香や日傘の幅の路地をゆく
青空へ稲穂の若き色揃ふ
去ぬる燕砂丘の風に乗りにけり
大山や朱を急ぎゐる烏瓜
ともづなを高々と投げ秋刀魚船



白光集
〔同人作品〕   巻頭句
村上尚子選

 福本 國愛(鳥取)
辞書を引く中二の親の夏休
旅先の山の絵葉書今朝の秋
母迎ふる脚の短き茄子の馬
蜩や村の夜明けを囃したて
銀漢を乗せて大河は海に急く

 大石 益江(牧之原)
ひとつ年重ねて被る夏帽子
夏草の繁りて人の住まぬ家
酔芙蓉空少しづつ暮れにけり
亡き父母と海を見てをり墓まゐり
迎火に隣の親子加はりぬ



白光秀句
村上尚子

母迎ふる脚の短き茄子の馬 福本 國愛(鳥取)

 茄子の馬は盆を迎えるにあたり、魂棚に置き亡き人を乗せてきてもらうものと言われている。「脚の短き」は店で買った形の良い茄子ではなく、自分の畑で収穫したものであろう。特に今年の夏は暑かったこともあり、思う程出来は良くなかった。脚に見立てた棒も短かすぎたようだ。しかし家族の思いは籠っている。それが何よりの供養である。
  蜩や村の夜明けを囃したて
 蜩は「日暮」とも書くように夕方に聞く方が多いと思うが、たしかに夜明けの頃にも鳴いている。「夜明けを囃したて」はまだ動き出せずにいる世の中に、もの悲しい声で元気付けているようにも聞こえる。
 特別に長かった残暑もいよいよ終盤となる。

迎火に隣の親子加はりぬ 大石 益江(牧之原)

 人口減少の上核家族が増え、日本の行事のあり方も姿を変えつつあるが、特に地方では簡略しつつも続けられている。「迎火」もその一つである。
 この句には長年の風習に加え、その土地ならではの良い人間関係が見受けられる。特に隣家との関りは深く故人との思い出もたくさんあるのだろう。迎え火が焚かれるのを見て思わず寄ってきた。
 火が消え去るまで思い出話が続いたことであろう。
  ひとつ年重ねて被る夏帽子
 夏帽子には麦稈帽、パナマ帽、登山帽などに加え、お洒落のために被ることもある。いずれにしても、今迄毎年被ってきたものに違いない。しかし外観だけではなく、若い時とは違う自分に気付いた。年を重ねて気付くこともたくさんある。それは悪いことではない。

仕方なく座る西日の指定席 原田 妙子(広島)

 劇場や球場又は電車等あらかじめ手にする指定席である。しかし当日その場へ行ってみたところ、西日がまともに差していた。その落胆振りがありありと見える。いつの世も西日は嫌われる。

秋暑しその場凌ぎの帽子買ふ 栂野 絹子(出雲)

 旅の途中だろうか。出掛けにはもう帽子はいらないと判断した。しかしこの秋のあまりの暑さである。好みなど言っている場合ではない。取りあえず買うことにした。後で考えれば反省は残るが、これも旅の思い出の一つとなるに違いない。

墓洗ふ祖母に素直な反抗期 山田 哲夫(鳥取)

 反抗期は自我の芽生えの証で、幼児期と青年期の初めに見られると言うが、ここでは後者と思われる。両親もてこずる中で「祖母」の存在は大きい。「墓洗ふ」の行動は新たな成長の一歩となった。

昼寝より覚めて新たな吾と居る 冨田 松江(牧之原)

 適度な昼寝は体のために良いと言うが、長過ぎるのは良くないと言う。作者はどの位眠ったのだろう。眠ったことで「新たな吾」となったということは効果は満点だったと言える。明日への活力にもつながりそうである。

無口なる兄の決断爽やかに 髙橋とし子(磐田)

 家族で何か問題を抱えていたらしい。しかしこれと言った妙案は出なかった。その中での「兄の決断」である。その意見に皆が納得した。一同の心は秋の澄んだ大気のように晴れ上がった。

コスモスのひれ伏し電車通しけり 谷口 泰子(唐津)

 沿線のコスモスが電車の通るたびに風に煽られて大きく揺れている。今や廃線も増えつつあるなかで、今日も精一杯のエールと感謝の気持を表している。

夫の背へ首振つてゐる扇風機 前川 幹子(浜松)

 「夫の背へ」の一言で我然面白くなった。扇風機の擬人化である。日常のごくありふれた景だが、言葉の選択により、そして作者が妻であってこそ成り立っている。

原爆忌遺影はいつも笑みてをり 江⻆トモ子(出雲)

 広島に続き長崎に原子爆弾が落とされ、多くの犠牲者を出して終戦を迎えた。遺影の方がその犠牲者だったかは不明だが、笑顔はずっと平和を願っているように見える。
 日本人にとって八月六日、九日、十五日は決して忘れてはならない日である。

秋高し水平線に隠岐の国 松崎  勝(松江)

 隠岐の国は島根半島の北に浮かぶ旧国名の島々。古くは後鳥羽上皇、後醍醐天皇の配流の地として近世以降も多くの歴史を背負ってきた。くっきりと見える島の姿に様々な思いを巡らしているのだろう。


その他の感銘句

花茣蓙や日毎夜毎の物忘れ
海均すやうに水上スキー来る
爪切つて身の軽くなる極暑かな
滑莧すべりひゆ庭にふやして医院閉づ
手に余るハンバーガーや秋暑し
掬ひたる金魚三匹持て余す
ポケットに残る百円夏の果
単線のあと追ふやうに曼珠沙華
戦前戦中戦後を生きて生身魂
祖父のため鰻の折をひとつ買ふ
先頭は野球少年地蔵盆
線香と地酒八月十五日
片減りの白靴洗ふ旅の果
よその子に「ばあば」とよばれほうせんくわ
盆休旅の鞄に海の砂

浅井 勝子
佐藤 琴美
春日 満子
菊池  まゆ
栗原 桃子
鈴木 敦子
武村 光隆
高橋 宗潤
埋田 あい
安川 理江
髙添すみれ
山口 悦夫
石田 千穂
長島 啓子
渡辺 伸江



白魚火集
〔同人・会員作品〕   巻頭句
白岩敏秀選

 旭川 萩原 峯子
百年の塗椀に盛る夏料理
過去見えて未来の見えぬサングラス
昼寝して午後を短くしてしまふ
裏山の緑褪せゆく晩夏かな
新涼の風に丹頂舞ひ上がる

 唐津 内田 景子
天山はいつも大らか雲の峰
それなりの齢となりてあつぱつぱ
全身の毛穴開きし酷暑かな
飛び入りて縁の生まる踊の輪
盆僧の時計ばかりを気にしたる



白魚火秀句
白岩敏秀

昼寝して午後を短くしてしまふ 萩原 峯子(旭川)

暑い盛りについうとうとと気持ちよく昼寝をしてしまった。昼寝の最中はまるで竜宮城で遊んでいるような気分。たっぷりと昼寝を楽しんで目覚めてみると太陽は西に傾いている。午後に予定していた計画は頓挫。楽しい夢の後の現実の厳しさ。どこかに浦島太郎になったような気分もあろう。
 新涼の風に丹頂舞ひ上がる
丹頂鶴は寒いところに生息しているので、暑さには弱いのだろう。夏の間は静かに地上を歩いていたが、新涼の風が吹いた途端に空を舞ったという。新涼という目に見えない季語を見える形で表した。〈吹きおこる秋風鶴を歩ましむ 石田波郷〉は地上の鶴、揚句は天上の鶴。

天山はいつも大らか雲の峰 内田 景子(唐津)

天山は佐賀県のほぼ中央部に聳えていて、標高一○四六メートル。昭和四五年に佐賀県立自然公園に指定された。山頂から南に有明海や阿蘇山、雲仙岳が見渡せ、北には玄界灘を望むことができ、佐賀県民の誇る山である。固有名詞は季語ほどに強い働きをする。
 盆僧の時計ばかりを気にしたる
この盆僧は棚経に回っている僧であろう。
嘗ては徒歩か自転車であったが、今はバイク時には自動車で効率よく回っている。棚経も十日の菊になっては有難味がなくなる。身体が二つあっても足らない程の忙しさである。

晴れやかに看取り尽くしぬ鰯雲 山羽 法子(函館)

長い介護の甲斐なくお亡くなりになったのだろう。朝となく夜となく四六時中付ききりで誠心誠意に介護した結果である。送った人も送られた人もまさに「晴れやか」な気持ちだったに違いない。鰯雲の空が明るい。

秋に入り賑はひの跡波静か 有川 光法(東広島)

夏の間はあれほど賑わった海水浴場も秋になると途端にさびしくなった。人のいない浜辺に、賑やかな夏を追憶するように波音が静かに響いている。賑わいのあとのさびしさが海水浴という言葉を省略することで倍加した。

壁の絵の傾きなほす残暑かな 前田 里美(浜松)

夏の暑さの延長のような残暑である。暑いと兎角、身体を動かすことが億劫になり、ついついだらしなくなる。きちんと整理整頓してあれば涼しく感じられるもの。壁の絵の少しの傾きを直しただけで気分的に涼しくなる〈暑き故ものをきちんと並べをる 細身綾子〉。

今頃は熱海過ぎしか帰省の子 後藤 春子(名古屋)

昼の新幹線に乗って帰るとメールが来た。「今頃は熱海過ぎしか」に帰省の子を待ち侘びる母親の切なる気持ちがにじむ。休暇が終わって帰る子を見送るときには今頃は何処まで帰っているだろうと淋しい気持ちになる。母親の中にはいつも子ども達が住んでいる。

盆帰省今は迎ふる身となりぬ 錦織 惠子(浜松)

昔は盆になると子ども達を連れてよく実家に帰った。帰ればいつも両親に温かく迎えられた。今は…帰ってきた子ども達を迎える身となった。両親がしてくれたように、何の気兼ねなく思う存分に過ごさせてやりたいと思う親心が伝わってくる。

津へ続く銀街道や夜木菟稲架 松崎  勝(松江)

銀街道は島根県大田市の大森銀山で採掘・精錬した銀を日本海の沖泊港まで運んだ道のこと。大森銀山は二○○七年に世界文化遺産に登録された。夜木菟稲架は大田市あたりで組まれている三角錐状の稲架のことである。銀山で賑わった町や銀を運んだ街道の町並、そして地方色豊かな稲架などロマンを感じさせる作品である。

牧水も子規も九月の星となり 藤井ゆり子(出雲)

〈白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ 若山牧水〉。牧水は昭和三年九月一七日没。〈柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡子規〉。子規は明治三五年九月一九日没。二人とも九月の星になった。歳時記には二五人の俳人が九月の星になっている。さぞかし天上は俳句談義で賑やかなことであろう。

夏霧の迫る山道白樺 佐藤 昌子(福島)

急になった山道を這うように夏霧が追ってくる。周囲の白樺の木の裾も薄い乳白色に包まれている。静かに夏霧が広がってゆく白樺林。東山魁夷の静謐な絵画の世界。


    その他触れたかった句     

秋暑し長き舌出すレジスター
水底の夢見るやうな金魚かな
花火果てて星の大空広がれる
稲刈の口開け母の手刈りから
泣けるだけ泣いたらいいさ水中花
向日葵のやうな友逝き夏終る
蟬の殻宿題帳の上にあり
学校に用の無くなり鰯雲
ふれたる手火傷しさうな墓洗ふ
小鳥来る朝の会話の始まりぬ
パイプ椅子並ぶ式典敗戦忌
送火に静かな時の流れけり
独りゐてふたりゐるごと天の川
爽やかや眉整へて出る句会
颱風を捉へはじめし庭の木々
羽化の蟬輝く眼してゐたり
黍嵐斜線引くごと雨降れり

栂野 絹子
安川 理江
佐々木智枝子
中村 早苗
村上千柄子
高田 茂子
川本すみ江
稗田 秋美
新開 幸子
池本 則子
中村 公春
髙添すみれ
乙重 潤子
三浦マリ子
大滝 久江
齋藤 英子
村田 恵子


禁無断転載