最終更新日(Update)'25.01.01

白魚火 令和7年1月号 抜粋

 
(通巻第833号)
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1月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句  阿部 芙美子
行く秋 (作品) 檜林 弘一
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 白岩 敏秀ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
  坂口 悦子、鈴木 誠
白光秀句  村上 尚子
白魚火集(檜林弘一選) (巻頭句のみ掲載)
  岡 久子、青木 いく代
白魚火秀句 檜林 弘一


季節の一句

(浜松)阿部 芙美子

神鈴に日の斑の踊る淑気かな  鈴木 百合子
          (令和六年三月号鳥雲集より)
 神鈴はご自分が鳴らしたのか、又は巫女が舞ったとき、持っていた鈴の音に、日の斑が踊ると見たのか、新しい発見に作者の高揚が感じられ、言葉の一つ一つが気持よく置かれ輝いている。
 新年にふさわしい一句であると思いました。

トランプの婆持つ娘よく喋る  鈴木 誠
          (令和六年四月号白魚火集より)
 トランプの婆抜きの良くある景で、娘さんは手元にあるのを隠そうと、やたら饒舌になっている。娘さんの年齢はそんなに幼くはなく、お正月に帰省した大学生くらいではないかと想像しました。
 母と娘は電話やメールでいつも連絡を取り合っているのに、父親には素気ない素振りを見せるのが常である。それが今日は笑顔で話しかけてくる。そんな娘を面はゆくもあり、嬉しくも感じているだろう作者に好感を覚える一句。

少しだけ女二人の屠蘇を酌む  埋田 あい
          (令和六年四月号白光集より)
 女二人は母と娘?それとも嫁と姑なら面白いと、人の句を楽しく想像させて頂きました。少しだけとあるから、家族が出掛け留守役となった二人がどちらからともなく「今の内にちょっとだけやる?」と意気投合した。いつも仲の良いのだろうと想像はつく。
 読むこちらまでいい気持ちにさせて頂いた。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 大山の風 白岩 敏秀
稲架掛けて帰る一番星の道
夕月の淡きひかりに野紺菊
秋の暮橋でつながる隣町
コスモスのぱつちり一重瞼かな
大山の風の来てゐる走り蕎麦
枝切つて朝寒の空広げけり
切株に鋸目の残り秋時雨
晩秋や湾の奥まで波頭

 金木犀 (出雲)安食 彰彦
涼風至る窓ガラスみな開け放つ
二つ星妻との旅を語りをり
夢ひとつかなへてうれし菊枕
道祖神金木犀の香の横に
金木犀の香りを妻の病室に
金木犀の香りすてきと言へぬ妻
秋の薔薇門をくぐればかがやかし
ろくろ蹴る干柿吊るす陶房を

 特急やくも (浜松)村上 尚子
秋の野を「特急やくも」ひた走る
秋雲を払ひ大山立ち上がる
一都の声古川の声も秋高し
船路を開け初鴨の漂ひぬ
秋日和松江の菓子をてのひらに
鳥渡る出雲の空を称へつつ
千木の天残して釣瓶落しかな
島一つ置き宍道湖の夜半の秋

 冬瓜 (浜松)渥美 絹代
城門のごとき校門小鳥くる
コスモスや空き地に移動販売車
新米を食つて昭和のシネマ見る
参道に蒸籠湯気あげ初紅葉
喪の家の垣に冬瓜ぶらさがる
狼の護符を戸口に大豆干す
畑仕事終へたる母が柿をもぐ
校庭の声を聞きつつ柿を干す

 一都句碑 (唐津)小浜 史都女
椎の実を拾ひつ八雲旧居まで
八雲旧居小さき木瓜の実熟れてをり
窓枠がみな額縁に紅葉晴
秋惜しむ神名備山を仰ぎけり
電鉄に南瓜のお化けハロウィーン
伯耆富士見ゆる天守に秋惜しむ
本丸の神の落葉を掃いてをり
時雨傘すこしさしかけ一都句碑

 出雲 (宇都宮)中村 國司
宍道湖にうすづく秋日つまづきつ
夕かげる宍道湖ほとり新松子
秋風の矢狭間さま銃さま筒抜けに
あめあがる出雲平田の野紺菊
霧籠めに大日章旗おほやしろ
雲州の秋をのぞき見伯耆富士
晩秋の出雲やまなみ雲立たす
出雲の夜おきなあたため酒を乞ふ

 月の庭 (東広島)渡邉 春枝
一言に心安らぐおぼろ月
黄水仙活けて亡夫の忌を修す
身の内を風の抜けゆく今朝の秋
野の風と同じ風吹く白露かな
ささやかに生きしを語る月の夜
灯を消して一際高き虫の声
再会を約する別れ月明り
誰彼の句集読み終へ月に佇つ

 句帳 (北見)金田 野歩女
師の句碑を仰ぐ秋風湖の風
秋空や風力発電稼動中
金賞の菊地に届くまで傾れをり
湿原を歩く草の穂躱しつつ
真緑の毬栗雨の粒宿す
ポケットに何時もの句帳紅葉狩
野ばらの実散歩疲れの子を負ひぬ
紅葉山往路の人に道譲る

 冬支度 (東京)寺澤 朝子
潮の差す河口へ寄する鰯雲
鰡跳んでテトラポッドに波静か
秋遊かなはぬことも悲しまず
秋興の思ひ庭への窓ひらく
土踏んで歩むしあはせ色鳥来
諳ぜし詩歌もうすれ白秋忌
一片のレモンに智恵子想ふかな
冬支度わが手に適ふこと少し

 熟柿吸ふ (旭川)平間 純一
野紺菊仕舞ひし墓の空地かな
紫蘇の実をしごき畑を仕舞ひをり
残照の壁へとすがる蜻蛉かな
キャンパスに蝦夷栗鼠ひよこり新松子
夕映えに山錦木の燃え立ちて
はらからの女同士や熟柿吸ふ
秋深し暁闇の湖黒々と
差し潮の波に乗り来る鴨の陣

 竜淵に (宇都宮)星田 一草
蝶の飛び蜂とぶ日和そばの花
前山の杉の秀そろふ星月夜
水草の乱れ梳かるる秋の川
高原の霧に鎮もるトラピスト
林檎赤し霧の峠の道の駅
竜淵に潜める水の碧さかな
八溝嶺のあをく横たふ星月夜
十三夜なにか忘れてゐるやうな

 秋時雨 (栃木)柴山 要作
遊行柳へ畦を急げば野紺菊
東山道ゆつたり巡り秋惜しむ
烈風や田畦伝ひに秋の蝶
化地蔵の露の玉おく苔衣
ままごとのお菜彩る実むらさき
道祖神に異国のコイン実むらさき
露座仏の頰に日のあり秋時雨
杉丸太磨く女人や秋時雨

 松手入 (群馬)篠原 庄治
一木を十重に二十重に藪枯らし
墓石にすがり蟷螂枯れを待つ
残る蚊に一刺しもらふ野良仕事
松手入庭師の鋏空に鳴る
振り上ぐる鎌の枯れ初むいぼむしり
産土の空なまり色冬に入る
星一つ梢に止め冬木立
野天湯を独り占めする冬至かな

 長き夜 (浜松)弓場 忠義
長き夜や小さき硯に墨を磨り
一椀に抜菜を浮かす朝かな
コスモスや読みつつ燃やす古い文
初紅葉関守石の外されて
種瓢つつけば音のしてゐたり
萩刈られ風のかたちを見失ふ
ジェット機の掠むる町や末枯るる
凹みたる父の砥石やうすら寒

 秋灯 (東広島)奥田 積
金木犀分かれしままに会へぬ人
路地奥に球つく音や秋気澄む
色変へぬ松の大木登城門
不昧公の抹茶いただく秋簾
秋灯の七色湖を染めつくす
少女らの足湯してゐる秋の暮
上り舟の船足速し翁の忌
舞殿に吹き込む落葉夕日影

 白粥の音(出雲)渡部 美知子
菊日和九十の歩の確かなり
十三夜言葉少なに寄り添へり
色鳥の声にふくらむ一樹かな
惜しげなく宍道湖に降る秋日影
傾ぎたる地蔵の肩にすがれ虫
紅葉山真向ひにして菜を洗ふ
ぷつぷつと白粥の音冬に入る
神在の神苑走る水の音

 杏池句碑 (出雲)三原 白鴉
旅心誘ふコスモス揺れてをり
温め酒今宵は松江泊りかな
薄紅葉庭の砂絞に淡き影
柿五十吊るして軒を賑やかす
杏池句碑へ桜紅葉の坂上る
通ひ帳に五厘の証紙すずろ寒
茶の花や目薬師にある百度石
松林鳴らす浜風神の旅

 雪ばんば (札幌)奥野 津矢子
秋没日みんな火照りて帰りけり
黄落の川なり薄き流れなり
吾亦紅今更淑女にはなれぬ
煙茸けむり見せたく夫を呼ぶ
ゆるやかに残菊力抜きにけり
神の留守すぐに眠たくなるソファー
剥製の熊の前飛ぶ雪螢
削り跡粗き刳舟雪ばんば

 師の句碑 (宇都宮)星 揚子
とんばうの網目の羽の淡き影
遮断機の上がりゆく音後の月
木戸潜り長き飛石式部の実
秋澄むや何はともあれ師の句碑へ
一都句碑に両手当てゐて秋うらら
宍道湖の波ゆるやかな十月よ
新蕎麦を食ひたる出雲大社まへ
濠の鴨の目線や舟のゆつくりと

 菌狩 (浜松)阿部 芙美子
染付けのうさぎの絵皿子芋盛る
紫苑挿す空き瓶縁の欠けてをり
飛びついて摑む鉄棒天高し
奈良街道に買ふ枯露柿の小粒かな
菌狩山ごと採つてゆきにけり
買ふつもりなき松茸の香を褒むる
金風にいち早く触れ天守閣
文化の日見返す母の料理メモ

 待ち人 (浜松)佐藤 升子
流燈の大きかたまりほどけゆく
生垣に猫の抜け道いぼむしり
幾たびも月を見る窓あけにけり
船着きに雨の来てをり秋彼岸
なかぞらの雲を一掃あきざくら
靴箆に踵すべらせ秋日和
柿紅葉待ち人のこゑ後ろより
みづうみに長き航跡秋惜しむ



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 下足札 (船橋)原 美香子
秋晴や城のしやちほこ尾を跳ねて
新蕎麦や角の取れたる下足札
バスを待つ人に見られて柿熟るる
むくの来て日暮の一樹大騒ぎ
長き夜の間違ひ探しあとひとつ
行く秋の見開き匂ふ新刊書

 伯備線 (磐田)齋藤 文子
通草の実弾け明るき空のあり
家毎に槙の囲ひや十三夜
投函のおと秋風の中にあり
伯備線揺れて草の実飛びにけり
紅葉かつ散る弁当に玉子焼
色変へぬ松や日の丸ひるがへる

 一都句碑 (多摩)寺田 佳代子
初鴨の首やはらかに水へ伸ぶ
爽やかや両手広ぐるマリア像
女子大の門に門番小鳥来る
一都句碑のあたりに増ゆる秋の蝶
よろけつつ乗り込む船や色鳥来
瑞垣を自在に越ゆる赤とんぼ

 雁の頃 (群馬)鈴木 百合子
はるばると古川句碑訪ふ雁の頃
鯱に流れを変ふる秋の雲
畑電の片道切符小鳥来る
秋うらら「だんだん」の語尾少し上げ
行く秋の稲佐の浜の砂を手に
枯蟷螂大国主神の前

 木の実 (牧之原)坂下 昇子
踏んでゐる無患子の実を拾ひけり
青空へばらまかれたる楝の実
鶺鴒の躓きさうになる早瀬
初鵙のあち見こち見をして鳴かず
涙ふく手に握らする櫟の実
木の実盛るお店ごつこの客となる

 師の句碑 (浜松)林 浩世
鶏頭の火照りたるまま夜の帳
まるめろまんまる上空を戦闘機
抜け道は人の幅なり赤とんぼ
師の句碑の裏へと回るいぼむしり
物語始まりさうな毒茸
ゆつくりと歩く夫の背後の月

 夜半の秋 (東広島)吉田 美鈴
秋日濃し本丸殿の車寄せ
椋鳥の群れ立つ羽音楡大樹
靴音の続く木道草もみぢ
石叩小走りに柵くぐり抜け
ハモニカを復習ふ一人の夜半の秋
調整池まづ濁声の鴨来る

 十三夜 (多久)大石 ひろ女
木犀のにほひに穂先ととのふる
和蠟燭灯す母の忌十三夜
雁渡るダムに沈みし字ひとつ
高稲架に棚田の風の渡りけり
行く秋の水やはらかく飲みにけり
冬支度無性に海が見たくなり

 秋深し (東広島)溝西 澄恵
赴任地になじむ独り居後の月
乗り継ぎの便待つ釣瓶落しかな
石垣の崩れたるまま穴惑
来し方を自問の日々や夜半の秋
母訪うて帰る旧道秋深し
苔匂ふヘルンの旧居秋日濃し

 桐一葉 (松江)西村 松子
コスモスにもつとも風の来てをりぬ
杉の秀に草焼く煙触れて秋
尾の長き鳥の来てをり柿熟るる
桐一葉なすべきことのまだありて
補聴器のふと捉へたる秋の声
古川句碑をやさしく包む斐伊の霧



白光集
〔同人作品〕   巻頭句
村上尚子選

 坂口 悦子(苫小牧)
秋暁や小舟に余る鋤簾の柄
秋惜しむ旅の土産を開きつつ
石塔の鑿あとに苔秋時雨
小鳥来る元酒蔵のレストラン
蔦紅葉運河に開く鉄扉かな

 鈴木 誠(浜松)
白壁を登り詰めたる蔦紅葉
風に乗り風に逆らふ秋あかね
赤い羽根付けて巡査の見回りす
残菊の焚かれて白き煙となり
竈で炊く新米の皆立つてをり



白光秀句
村上尚子

秋暁や小舟に余る鋤簾の柄 坂口 悦子(苫小牧)

 創刊七十年白魚火全国大会が、白魚火誌発祥の地で開催された。「古事記」に伝えられてきた様に、長い歴史を背景にもつ出雲で開かれたことは意味深い。
 掲句はその会場のすぐ前に広がる宍道湖の朝の風景。〝宍道湖七珍〟と呼ばれる一つの蜆の漁の風景である。鋤簾に背丈以上もある長い柄が付けられているのは湖の深さと関係する。夜明けと共に一斉に小舟が集り漁が始まる。
 この地ならではの一景を捉えている。
  秋惜しむ旅の土産を開きつつ
 大会が終り帰宅してからの様子と思われる。鞄から一つ一つお土産を出しながら話は尽きない。この高揚はしばらく続くに違いない。
 「秋惜しむ」は今回の旅を惜しむ気持にも通じる。

竈で炊く新米の皆立つてをり 鈴木 誠(浜松)

 今年米とも呼ばれるように、日本人にとってその年に収穫されたばかりのお米が食べられるのは一つの感慨でもある。最近は電気釜、ガス釜で炊くのが一般的だが、敢えて「竈」と書かれているのは昔ながらの〝かまど〟を思わせる。
 ずっしりとした重たい蓋を持ち上げると、湯気の中から新米の一粒一粒が喜んで立ち上がっているのが見える。
  残菊の焚かれて白き煙となり
 長い間楽しませてくれた菊も「重陽」を過ぎると残菊と呼ばれる。
 「枯菊焚く」という季語があるように、日本人にとって特別な花とも言える。
 枯れ切った中にもほんのりと赤や黄の色が残り、香りと共に煙となり空へ消えて行った。

勾玉の不思議な形星流る 高山 京子(函館)

 古代の装飾や祭祀に使われたという勾玉。材料は瑪瑙、翡翠、水晶等で色も様々。出雲の地で本物を目にすれば「不思議」だと思うのは素直な気持の現れでもあろう。「星流る」は一層ロマンを搔き立てる。

手の平に穂のなりを見て鎌はじめ 伊藤 達雄(名古屋)

 田植以後様々な労力を惜しまずにやってきた。いよいよ稲刈の時期を迎えたがそこにもこだわりがある。「穂のなりを見て」は実感である。最近はコンバインの登場で一変したが、農家が米を大切に思う気持に変りはない。

国引きの神話の山や鳥渡る 佐藤やす美(札幌)

 今大会の中の出雲ならではの一句。目の前の景色を見つめつつ思いを遡れば「出雲國風土記」そして「出雲神話」に通じる。はるか遠くから幾つもの山を越えてくる鳥の姿を見て、長い歴史に思いを馳せている。

四百年の城の石垣秋高し ⻆田 和子(出雲)

 こちらも大会の一句。多くの方が訪れたであろう松江城。国宝に指定され天守閣と共に豪壮な石垣は、往時の繁栄ぶりを偲ばせる。「秋高し」は空だけではなく、この城を誇りに思う地元民ならではの称賛の言葉でもある。

かりがねや湖一望の一都句碑 大菅たか子(出雲)

 大会の句が続く。白魚火初代主宰の句碑の前に立っている。日本人は古来より晩秋に渡ってくる雁の姿に秋の深まりと寂しさを感じてきたという「かりがねや」の詠嘆によりその思いが強く伝わってくる。

万国旗翻る秋高きかな 太田尾利恵(佐賀)

 最近は運動会を春に行う所が多くそのやり方も変りつつある。しかし我々の世代にはやはり秋の方がしっくりくる。青空には万国旗、そして行進曲が聞こえてくる。この上ない健康的かつ簡潔な一句。

蒜山の右も左も芒原 永戸 淳子(松江)

 蒜山は岡山、鳥取の県境にある火山群。「蒜山原」と呼ばれる様に広大な高原が、四季折々の姿を見せる。夏の間青々としていた芒も今はすっかり穂芒となり風に吹かれているばかり。「右も左も」は広さを表現している。

新米の俵ふたつにぬくみあり 久保美津女(唐津)

 籾摺り機からほとばしり出たばかりの米。「俵ふたつ」とは作者の田から収穫されたものだろう。自作の米となれば感慨もひとしお。俵から伝わるぬくみには喜びと共に、田植の頃からの思い出が蘇る。

誰も居ぬ子供の部屋の障子貼る 春日 満子(出雲)

 かつては賑やかだったであろう子供部屋。日頃は使うこともなくなったが、いつ帰って来ても気持良く使えるようにと作業を始めた。そこには子どもの遊ぶ姿や声が聞こえてきた。大変な中にも充ち足りた時間が流れてゆく。


その他の感銘句

掌ほどの片蔭に息つきにけり
手も足も出ぬ数独や鵙高音
うるさいと叱られてゐる稲雀
河口より上る潮や新松子
異国語の飛び交ふリフト山粧ふ
破蓮やビル立ち並ぶ向かう岸
金柑の大粒朝のひかり浴ぶ
横書きに替ふる表札天高し
玉砂利を踏みて大社の天高し
CDに罅の入りけり文化の日
仏壇へ日差しの届く柿二つ
秋祭最後に餅を五個拾ふ
向かうより波打つて来る稲穂かな
色変へぬ松に囲まれ五大堂
長き夜の栞挿す本増えにけり

内田 景子
浅井 勝子
谷口 泰子
髙橋とし子
石原  緑
富田 倫代
吉原絵美子
山口 悦夫
石岡ヒロ子
鈴木くろえ
山西 悦子
勝部アサ子
小松みち女
松崎  勝
熊倉 一彦



白魚火集
〔同人・会員作品〕   巻頭句
檜林弘一選

 出雲 岡 久子
亀趺の背に入る罅太し秋の暮
色変へぬ松や家紋の釘隠し
開けてみたきヘルンの机秋うらら
清秋や開け放ちある武家屋敷
秋夕焼湖のほとりの美術館

 浜松 青木 いく代
肩の辺を追ひこしてゆく秋の風
海百合の化石は山に鳥渡る
里祭みなひとつづつ役をもち
遊びだす湯呑みの唐子良夜かな
吹かれつつすずめのあそぶ草もみぢ



白魚火秀句
檜林弘一

亀趺の背に入る罅太し秋の暮 岡  久子(出雲)
今月号には松江大会における吟行句が多く並んだ。掲句は市内の月照寺の一景と思われる。亀趺(きふ)とは、石碑を支える亀形の台座のこと。小泉八雲は、この大亀が夜な夜な松江の町を徘徊するため、上に大きな石碑を置いて動きを封じたという内容の随筆を残している。この亀趺の甲羅に見つけた「罅太し」が具象的であり、秋の暮との取り合わせにより、この石碑の歴史や奇談に思いを寄せる作者が見えてくる。
 色変へぬ松や家紋の釘隠し
打ち付けた釘の頭を隠すための釘隠し。松江の歴史的な建造物には、このような類の心惹かれるものが多々あろう。家紋入りの釘隠しに対する作者の感慨が、色変へぬ松に語られている。

遊びだす湯呑みの唐子良夜かな 青木いく代(浜松)

お茶を一服しながらの月見であろうか。この湯呑みには、唐子(中国風の服装や髪形をした子供)の姿が描かれているという。作者のゆったりと良夜を楽しむ心持がなければ「遊びだす」というフレーズは出てこなかったと思われる。作者の心情を湯呑みの唐子に投影させた良夜の佳吟。
 海百合の化石は山に鳥渡る
超深海にいまも生息する海百合は、生きた化石とも言われる棘皮動物。数億年前の化石が今の世に発見されているという。億年にわたる地球の歴史のなかで、今見えている山並みも海底であったかもしれない。今年も北方から渡ってくる鳥類の営みとの取り合わせが妙。

三代のみんな文系栗を剝く 浅井 勝子(磐田)

ふと「そういえばうちの家系は文系ばかりかも」とつぶやきつつ栗を剝く場面が見えてくる一句。栗を剝くのは結構な手間暇がかかるので、ちょっとしたテクニックが必要なのかもしれない。文系という言葉にちょっとしたユーモアを感じるのである。仮に、文系を理系としてみると、とたんに理屈が漂いはじめてしまう。

コスモスの痩身にして強き芯 大石 益江(牧之原)

コスモスが風に揺れている姿は、直接的に詠むとたちまちにして常套句となる。常套的な景でも、よく見てよく感じることが新しい発見につながる。この植物がきゃしゃな姿でありながら、その揺れ様にどこか強い芯があるようだ、と捉えたところに作者の俳句眼がある。

「怪談」はセツ語り部に蚯蚓鳴く 川本すみ江(雲南)

小泉八雲の怪奇作品集である「怪談」。妻の節子から聞いた日本各地の伝説などから、文学作品として蘇らせたという。亀鳴く、蚯蚓鳴く、などは俳諧における趣とは思うが、架空の季語の扱いには難しいものがある。作者は八雲の旧居におられるのであろうか。この場所でこの作品の歴史を振り返る時、秋の森閑とした庭から蚯蚓の声が聞こえ始めるのかもしれない。そんなことを思わせる一句。

みづうみは大きな器白鳥来 陶山 京子(雲南)

先般の全国大会で、初めて宍道湖を間近に見たのであったが、掲句のとおり、まさに大きな器という感を持った。
「器」という漢字は、なんでも入れることができる抱擁力のある物というイメージがある。「あの人は器の大きな人だ」などという用例もある。湖がいろいろな風物を収容できる器であり、おりしもそのひとつが白鳥であるということがポエムになった。

秋風をマイクの拾ふ野外劇 野田 美子(愛知)

とても臨場感を覚える一句である。野外劇場という場面設定と、秋風の吹き抜けるステージ上のマイクロホンと、そのマイクの拾う音が観客席に聞こえているという。読者にこの一景を余すことなく伝えている。

秋寒しテレビの中の笑ひ声 栗原 桃子(東京)

毎日テレビには、どのチャンネルにも映像がひっきりなしに流れている。世の中の情報を得るためには不可欠なメディアの一つではあるものの、煩わしいと感じることも多々ありそうである。作者はふと映像の中の笑い声に、得も言われぬある種の距離感を感じたのであろう。

見分のつづく現場の鉦叩 砂間 達也(浜松)

現代的な景を切り取った一句。見分のつづく現場というからにはなんらかの事故現場の様子を想像する。ここに大仰な季題をもってくると失敗する。鉦叩が現場の空気感や作者の心情をやんわりと伝えている。


    その他触れたかった句     

棉吹くや街道にある絵はがき屋
秋気澄むヘルン遺愛の遠眼鏡
助手席にもらはれてゆく赤芽芋
鶺鴒が先行く今朝の交差点
運動会に探す借り物「山の神」
秋高し文字くつきりと一都句碑
秋うらら割子二段を急ぎ食ふ
神有月「命のうた」で句会閉づ
銀行に秋の風鈴鳴りにけり
秋澄むや百年経たるサキソフォン
星月夜ジルバ踊ってみませんか
秋灯や角に丸みの広辞苑
小鳥来るからりと乾く割烹着
七人のスタートダッシュ秋高し
散るものを誘ふ風あり秋深し

江⻆トモ子
中林 延子
森下美紀子
小嶋都志子
高橋 宗潤
佐々木智枝子
中  文子
仙田美名代
前川 幹子
岡部 兼明
北城なお子
髙田 絹子
富士 美鈴
鈴木くろえ
山西 悦子


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