最終更新日(Update)'24.10.01

白魚火 令和6年10月号 抜粋

 
(通巻第830号)
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10月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句  岩 井 秀明
放物線 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 安食 彰彦ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
  浅井 勝子、市川 節子
白光秀句  村上 尚子
坑道句会七月例会 ― 十六島町若宮神社吟行句会 ― 小澤 哲世
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
  舛岡 美恵子、橋本 晶子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(横浜)岩井 秀明

秋風の色を見たくて眼鏡拭く  杉原 潔
          (令和五年十二月号 白魚火集より)
 秋風を詠んだ句が沢山ありました。その中から掲句を選ばせていただいたのは風の色に着目した作者へ共感したからです。秋の風は金風、白風、素風または色なき風とも言われます。あるはずの無い風の色を見ようと眼鏡の曇りを拭く作者の動作が目に浮かびます。どこか寂しさも伝わる秋らしい句です。

新米の日のぬくもりを袋づめ  福本 國愛
          (令和五年十二月号 白光集より)
 精米したばかりのつやつやで真っ白な新米。その温かさを中七で日のぬくもりと表現したところが巧みです。そして下五の袋づめに実感がこもっています。猛暑の今年の米の作柄が良いことを切に祈ります。

ふるさとは古墳の多し鳥渡る  山田 哲夫
          (令和五年十二月号 白魚火集より)
 古墳と鳥渡るの取り合わせが良いと思います。鳥取平野には日本でも有数の沢山の古墳があるようです。古代から変わらずに渡り鳥が大陸から日本海を越えて古墳の上空に飛来するのだと思います。上五のふるさとに鳥取在住の作者の実感がこもっています。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 コロナ (出雲)安食 彰彦
露兵墓みつめてをりぬ夏帽子
独り住まひ届く筍やはらかく
波消しに崩るる白き皐月波
炎昼を車椅子押し病院へ
夏負けにあらずコロナにつかまりて
炎天下何故かコロナに愛されて
コロナ去り何事もなき昼寝覚
コロナ去る真赤な西瓜八ツ切りに

 波しぶき (浜松)村上 尚子
ふる里の水に泳がせ鮎届く
おみやげと言うて取り出す青蛙
弁当の臍に梅干桜桃忌
草笛を吹き青春を呼び戻す
月見草沖に白帆のすれ違ふ
どの棒も寸足らずなり枇杷仰ぐ
見るだけと決めてみてゐる上布かな
波しぶきサマードレスの裾を追ふ

 鰻の日 (浜松)渥美 絹代
大楠の影菅貫に届きたる
形代に息かけ太き楠仰ぐ
鰻の日つむりに灸を据ゑに行く
青柿の太り父の忌近づきぬ
ざりがにを喰つたる鴉声にごる
筒鳥や海をはるかに塩の道
念仏衆青田の中の道をゆく
盆道を鴉歩いてゐたりけり

 山のかたち (唐津)小浜 史都女
睡蓮の伸び上がりつつ開きけり
洗鯉山々青くかむさり来
手に負へぬほどの夏草見てゐたる
きれぎれに真昼も鳴けり牛蛙
舟虫の走りゆく音なかりけり
三伏のレモンをしぼり切つてゐる
わが町の山のかたちも晩夏かな
八朔の雲の迅さよ父の忌来

 夜の秋 (名張)檜林 弘一
どの車夫も日焼の脛を持ちにけり
法名の一行涼し雨あがり
ソーダ水泡の数だけ時進む
丹念に水打つ女将をりにけり
宵涼し連子窓よりアロマの香
夜の秋のつまみはミントチョコレート
しばらくは滝の飛沫の音の中
ツナ缶の油を絞り秋を待つ

 二社一寺 (宇都宮)中村 國司
杉粉挽く水車小川の糸蜻蛉
三猿の視線不動に時鳥
おんおんと神君廟坂蟬時雨
護摩壇のほむら原爆忌を修す
陽明門打ち壊すかに雹降れり
大瑠璃の声を見返る眠り猫
二社一寺めぐ水音みおとも秋に入る
白露くだる葵御紋の石鳥居

 初夏の風(東広島)渡邉 春枝
出合ふ人ごとに談笑木の芽風
酒蔵の昼を灯して風薫る
打水のゆき届きたる酒の路地
通学の自転車の行く植田径
読み返す未完の一句初夏の風
時の日の時を忘れて饒舌に
外出のなき日は素顔草を引く
捨つる物捨てて涼しき部屋となり

 風穴 (北見)金田 野歩女
蔓をよく宥めて活くる鉄線花
沖縄忌我が誕生日つつましく
老鶯へ三歩目そつと遊歩道
万緑の村へ坂道郵便車
風穴の懐深し山開
下校の子冷し麦茶を一気飲み
旧姓で呼び合ふ仲やソーダ水
夏料理箸置きにあるおもてなし

 夏終る (東京)寺澤 朝子
養生の日々を大事にバナナ食ぶ
弟とも思ひしが逝く半夏生
銭葵夫在りし日の散歩道
歩きませうあの緑蔭のベンチまで
寺の子の朝の勤行夏休
子等の輪を覗けばころり蟬の殻
身ほとりに誰彼の文夜の秋
残照に一刷毛の雲夏終る

 額あぢさゐ (旭川)平間 純一
芋の花囚徒眠りし鎖塚
主なき家額あぢさゐの只盛る
涼しさの明恵上人坐像かな
万緑やウタリの骨の地に還り
毬藻ゆるる阿寒の湖の緑雨かな
帰らざる島は間近に花虎杖どぐい
青鷺の海石に立ちて哀しめる
コスモスの太陽風に揺るるかな

 朴咲く (宇都宮)星田 一草
真つ白な朴咲く日なり一青忌
散り敷ける雨の朝の沙羅の花
一堂の祈りはひとつ沖縄忌
川向かうの人も手を振る月見草
夕風のさつと涼しき橋に立つ
草毟ることも楽しく老いにけり
もの思ふかに水中花泡ひとつ
水に生れ水を離れず糸とんぼ

 夏果つる (栃木)柴山 要作
開ききつてよりの退屈水中花
掘りし土何処へ蟬の穴深し
蓮散華吾もかくのごと潔く
ゴキブリに老いが勇みてジェット噴く
干瓢剝く百日眼窪ませて
干瓢干す朝風はらみうすみどり
噴水止む辺りの音をみなさらひ
新紙幣いまだ目にせず夏果つる

 苔の花 (群馬)篠原 庄治
錠剤の床を転がる梅雨籠り
捻ぢれねばならぬ性在りねぢれ花
甚平の痩せ腕皺の力瘤
丹精を込めたる胡瓜尻曲がり
交尾みたる蝶翠巒を翔びゆけり
先人の句碑の名薄し苔の花
細ぼそと老いの生き抜く酷暑かな
稲穂立つ水たつぷりと灌ぎ入れ

 走馬灯 (浜松)弓場 忠義
初蟬を聞く朝粥を啜りゐて
水割りの氷くるりと夕涼し
かな文字の筆下ろしたり夜の秋
走馬灯ちちははのこと近くして
つりしのぶ一と日の水を足しにけり
富士山へ尻むけてゐる田草取
砂山にジープの轍夏の果
提灯を点し新盆明るうす

 風鈴 (東広島)奥田 積
先生の机に一花泰山木
源三位妻の墓とや著莪の花
梅雨の明け鴉に畑の荒らさるる
鳥居の影茅の輪をくぐる己が影
待ち合はせ場所は噴水けふ高し
冷房は好きではないと言ひながら
人影のなくて風鈴鳴りてをり
夕顔や手をつなぎゆく女子高生

 夏神楽 (出雲)渡部 美知子
斐伊の里青田を風の急ぎ行く
夏神楽果て国引の海の鳴る
をさなには不思議の世界蟹の穴
釣銭の籠を吊りたる夜店かな
凌霄の己の性に従ひて
サイダーにむせて話の接穂とぶ
ため息にため息被せ熱帯夜
千段の磴をまつすぐ涼風来

 青銀杏 (出雲)三原 白鴉
木洩れ日や文字の涼しき古川句碑
灯籠に立てかけてある草刈機
夏燕軒を押し合ふ浦の路地
ゆつくりと崖の上より夏の蝶
下校の子の蹴り飛ばしたる梅雨茸
青銀杏涼しき影を落としけり
夏神楽天の磐戸は幕一つ
肩で息継いで声張る夏神楽



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 虹 (藤枝)横田 じゅんこ
白南風や堤きれいに刈り込まれ
スクランブル交差点より梅雨あがる
虹消えて人のやさしくなりにけり
捩子ゆるく巻いて夜涼の掛時計
ペットボトルをペコと鳴らす子夏休
松手入池に脚立を立ててをり

 糸蜻蛉 (浜松)阿部 芙美子
我が影の中に消えたる糸蜻蛉
親不知疼く茅の輪の列にゐて
手捻りの皿の厚みや梅雨の雷
街宣車がなり立てたり油照
待ち合はす母や日傘を杖代り
薬飲む湯を沸かしをり夜の秋

 近道 (浜松)佐藤 升子
雨傘を閉ぢて茅の輪をくぐりけり
箸の先揃へて置きぬ月涼し
夏休児は近道を見つけをり
乗換へのホームにひとり遠花火
明け方の山をとほくに青胡桃
秋涼し巫女の袂に墨のあと

 泉汲む (東広島)挾間 敏子
生れたての蟷螂風に身をゆだね
電車いつか登山者の顔ばかりなり
髪はやも湿りて泉汲む列に
蓮の香のかよへる朝の太極拳
あと一問解けぬノートに蟻走る
原爆忌碑の名一つに触れに行く

 甘味処 (呉)大隈 ひろみ
山寺の句座に焚かれて蚊遣香
甘味処昼を涼しく灯しをり
向日葵やホースで洗ふ子らの足
釣忍吊る下町の定食屋
久に会ふ子になみなみと注ぐビール
コーラスで送る棺や晩夏光

 ももぐみ (浜松)林 浩世
初蟬のやはらかく鳴き始めたり
弟のまつさきに泣く水遊
身の奥に沁み込んでくる炎気かな
ももぐみの声弾けたり鱏の前
半分は水に溶けたる海月かな
迎火の煙小さく渦を巻く

 夏霧 (中津川)吉村 道子
岳樺の高きを過る青嵐
笹の葉に釣りたての鮎並べけり
ほつれたる茅の輪を直す宮司かな
祭壇の両脇に置く金魚鉢
夏霧の吹き飛んでゆく峠かな
熱き茶の添へてありけり氷水

 今年竹 (浜松)坂田 吉康
錠剤にうすき刻印半夏雨
吹くたびに風に応へて今年竹
ポストまで歩いて五分油照
観音の台座に近く蟻地獄
サンダルに小石はさまる朝ぐもり
風死すや感応式の信号機

 桔梗 (松江)小村 絹代
指笛を少女が鳴らす夏旺ん
あをあをと雨匂ひ立つ夏越かな
竹林を抜けて来る風心太
芳しき風のきてをり花魁草
川岸に昨日のままの捕虫網
抱き起こす桔梗に胸濡らしけり

 梅を干す (高松)後藤 政春
足裏に名前を書かれ昼寝の子
青林檎かじる妊婦の皓歯かな
本降りとなるや鳴き止む雨蛙
球審の大きゼスチャー夏旺ん
蚊よ刺すな賞味期限の切れし身ぞ
鶏小屋の中はからつぽ梅を干す



白光集
〔同人作品〕   巻頭句
村上尚子選

 浅井 勝子(磐田)
みちのくの旅のはじめの二重虹
パラソルに顔のかげりぬ桜桃忌
箸置きは葉つぱの形洗鯛
年金を下ろして土用鰻喰ふ
潮入に水棹の撓ふ星祭

 市川 節子(苫小牧)
境内をはみ出してくる蟬時雨
貝の皿貝の箸置き夏料理
夏菊や風あらたなる別れ道
青年の白き日傘を広げたる
天上の声聞きたくて夕端居



白光秀句
村上尚子

年金を下ろして土用鰻喰ふ 浅井 勝子(磐田)

 鰻は一年中食べることができるが、「土用丑の日の鰻」という季語があるように、昔から暑さで弱った体には滋養になるとされてきた。特に丑の日ともなれば、評判の店には長蛇の列ができる。しかし、最近の不漁で値段は〝うなぎのぼり〟である。
 「年金を下ろして」と巧みにおどけてみせたところは、この作者ならではの余裕の表現である。
  みちのくの旅のはじめの二重虹
 「みちのくの旅」と言えば芭蕉の「奥の細道」を思う。作者の旅がどのようなものであったかは分からないが、虹に出合ったというだけでドラマは始まっている。それも「二重虹」である。
 〈虹立ちて忽ち君の在る如し 虚子〉を思い出した。

天上の声聞きたくて夕端居 市川 節子(苫小牧)

 端居とは家の中の暑さを避けて、夕方縁側や軒先で涼を求めてくつろぐこと。暗くなると明かりによって人の暮しが見えてくる。空を見上げれば無数の星が輝いている。
 あの星はお父さん、この星はお母さん……。天上からは本人にだけ聞こえてくる声があった。
 昼間の暑さはすっかり忘れ、時空を超越した時間が流れている。
  貝の皿貝の箸置き夏料理
 冷奴、洗膾、泥鰌鍋、沖膾、水貝…等々。夏料理と呼ばれるものはたくさんあるが、この句は視点を変えて「貝の皿貝の箸置き」とだけ言って、料理のことは読者の想像に任せている。
 これだけで夏料理の涼しさは充分伝わってくる。

麦飯や徒食の今を嘆きをり 西山 弓子(鹿沼)

 特別な時でない限り「麦飯」という言葉さえ忘れている。作者には戦後の厳しい思い出があるのだろう。食べ物に限らず全てが思うようにならなかった時代である。それに比べてお金さえ出せば何でも手に入るという今を嘆いている。

風呂上がりの髪よりしづく遠花火 森  志保(浜松)

 特に「遠花火」は過去につながりを思わせるものが目に付いたように思うが、この句は今の自身の動作との取り合わせ。
 「遠花火」に対する新しい視点を感じた。

日を浴びてまろき光となるトマト 栗原 桃子(東京)

 トマトが丸くて熟せば赤くなることは誰でも知っているが、その過程をつぶさに観察した結果の言葉である。仁尾正文前主宰の〝ものを通さなければ心は伝えられない〟という教えの通りである。若い感性が光っている。

日に晒す布巾まな板梅雨の明 小林さつき(旭川)

 最近の梅雨の様相は昔とは随分変わってきた。文明の利器に助けられることは多いが自然の風や日差しに勝るものはない。今や男性と女性を区別する時代ではないが、軽やかなリズムに、主婦のささやかな喜びがあふれている。

釣船を波止に横付け盆の月 小嶋都志子(日野)

 単に「月」と言えば秋の月であり、「花」に次いで大きな季語とされているが、「盆の月」には特別の感慨がある。
 港周辺に住む人達の暮しの様子に加え、自ずと故人を偲ぶ思いに駆られる。

押入れに夢を見てゐる籠枕 三関ソノ江(北海道)

 冷房の普及で出番の減った「籠枕」である。ある日押入れの隅に追いやられていたものを見付けた。九十六歳の作者がかつて大切にされていたものの一つであろう。この軽やかな弁舌に敬服するばかりである。

仕切られし土地の形に草茂る 富岡のり子(さいたま)

 広大な野原などの「草茂る」には熱気と共にたくましさを感じる。しかし、宅地やその周辺では喜ばれるものではない。「仕切られし」の一言により誰の目にも見える一句となった。

宍道湖に鳰の浮巣の流れ寄る 福間 弘子(出雲)

 宍道湖は風光明媚だけではなく白魚火会員にとっては特別な存在である。魚の宝庫でもあるが、そこへ流れてきた「鳰の浮巣」。固有名詞の生かされた一句。今年の全国大会はこの宍道湖のすぐ前のホテルで開催される。

護国寺の白さるすべり天に咲く 三加茂紀子(出雲)

 徳川綱吉の生母桂昌院の発願により創建されたという護国寺。見たいものがたくさんある中で目に止めた白さるすべり。「天に咲く」の一言で長い歴史と創建者の思いを彷彿させる。


その他の感銘句

剃刀の滑りゆく肌涼新た
青柚子の撓なりけり門跡寺
食卓へ首振つてゐる扇風機
をみなへし手に野山より母戻る
夕風を孕む日の丸パリー祭
旧姓の書かれし料理本の紙魚
待ちぼうけ七夕の夜の更けにけり
茅の輪くぐる一番星を仰ぎつつ
列離れさまよふ蟻の二三匹
がら空きの一輌電車大夕焼
日盛や我一人のる路線バス
水打つて野菜売場のレジに立つ
紫陽花の色の足し算してをりぬ
同窓会慣れぬ香水つけてゆく
田草取る携帯ラジオ畦に置き

高橋 宗潤
徳増眞由美
前川 幹子
大庭 南子
山田 眞二
稗田 秋美
三島 明美
髙部 宗夫
勝部アサ子
谷口 泰子
樋田ヨシ子
中西 晃子
三浦 紗和
清水あゆこ
池森二三子



白魚火集
〔同人・会員作品〕   巻頭句
白岩敏秀選

 福島 舛岡 美恵子
赤紫蘇をもむ手に受くる速達便
波音をしのぐ夕べのごめの声
風鈴鳴る小屋より貝を焼く匂
夏草や壁に丈余の津波跡
津波禍の晩夏の浜に小石つむ

 いすみ 橋本 晶子
腹這うて少年蟹と話しをり
波を打つ青蘆原に目眩ふと
風のゆらす葉蔭に蓮の花ひとつ
悩む事一夜限りに日々草
太平洋のうねり間近に花カンナ



白魚火秀句
白岩敏秀

津波禍の晩夏の浜に小石つむ 舛岡美恵子(福島)

あれから十三年余の年月がたった。東日本大震災のことである。インフラの整備は進んでいるが、避難生活者はまだ三万人余に及ぶという。津波は三月十一日だが、犠牲者を悼むのに時期はない。今年も津波の浜に小石を積んで犠牲者の冥福を祈る。
 風鈴鳴る小屋より貝を焼く匂
命の危険と隣り合わせで海に潜る海女達にとって、陸での生活は息のつけるところ。自らが採った貝を仲間と談笑しながら食べるひとときの休息。涼しい風鈴の音が海女達を癒やしてくれる。〈海女とても陸こそよけれ桃の花 高浜虚子〉

波を打つ青蘆原に目眩ふと 橋本 晶子(いすみ)

湖の岸に立って見ていたのだろう。風が面となり、線となり自在に走り、青蘆原をうねらせて湖の波となって消えてゆく。うねる蘆原とそれに続く広い湖のスペクタクルの景に思わず軽い目眩を感じたという。大自然を前に人間の小ささ。
 腹這うて少年蟹と話しをり
一読して石川啄木の〈東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる〉を思い浮かべるが、この句は作者の内心を述べてはいない。蟹と話をしている少年の描写のみ。少年の姿に思春期の孤独感が滲む。

晩夏光父母無き家の鍵を掛く 岡  弘文(流山)

父母の居ない家へ虫干しのために帰って来たのだろう。台所、居間、勉強部屋など風を入れるたびに昔の思い出が懐かしく蘇ってくる。帰り際に掛けたカチッという鍵の音が無人の家に淋しく響く。晩夏の頃の一日。

梅雨明や五人家族の目玉焼 浅井 勝子(磐田)

かつて「台所俳句」と呼ばれた俳句の時代があった。杉田久女、中村汀女、星野立子、橋本多佳子などが活躍した。今は料理の俳句はあっても「台所俳句」とは言わない。揚句は梅雨明の朝に家族五人の目玉焼を作ったという句意。背景には梅雨明の開放感と健康な家族への感謝がある。「目玉焼」に驕りのない日常がある。

新婚の父母の写真や額の花 佐藤やす美(札幌)

父母のアルバムなど整理している時に見つけた写真。セピア色になっても若々しい父母が写っている。物のない時代ではあったが、幸せだけは一杯にあったに違いない。その幸せの中から生を受けた主人公。

七曜を奪ひて梅雨の居座りぬ 内田 景子(唐津)

週が明けたらと楽しみにしていた行事が雨のため中止。やむを得ず延期したところまたもや雨。かくして一週間が瞬くまに過ぎていった。これも梅雨が居座っているせいと作者の嘆きが聞こえてきそうである。

ヨイヤサーと博多締込み山車の町 大場 澄子(唐津)

ヨイヤサーと威勢のよい掛け声は博多の祇園祭。締込みと法被姿で勢い水を浴びながら山車を担ぎ豪快に走る。締込みはふんどしに似ているが、ふんどしは下着で締込みは神事の儀礼装束。決して、ふんどしと言ってはならない。

ちんぐるま靴紐きつく締め直し 西澤 寿江(浜松)

斜面がきつくなり、視界が開けてきた。ここらで一息入れて靴紐を強く締め直す。ちんぐるまを配することで、登山と言わず登山を示し、標高が高くなったことを教えている。俳句の仕掛けをよく生かしている句。なお、ちんぐるまは草ではなく木である。

彼岸花手折れば何か起きさうな 金子千江子(浜松)

彼岸花は多くの異名を持っている。歳時記には曼珠沙華、死人花、幽霊花、舌まがりなど数多くの名前がある。どれも死や不吉を連想させる禍々しい名前である。そんな花に触れるのも嫌、手折るのはなお嫌。触らぬ花に祟りなしである。

青空を一気に広げ梅雨明くる 井原 栄子(松江)

梅雨明けは平均して七月二十日前後。それまでぐずついた天気で空模様もはっきりしなかったが、青空を一気に広げ梅雨が明けた。恰も雷の一喝に炎帝が目覚めて梅雨雲を吹き飛ばしたよう。暑い夏が始まる。


    その他触れたかった句     

故郷と違ふ蟬声聞いてをり
遠雷や柱に残る二寸釘
搔き上ぐる髪を纏むるピン灼くる
さつぱりと夕立の後の石畳
晩夏光子に新しき膝の傷
突き上ぐる球児の拳雲の峰
切株に腰をおろして甘酒屋
滴りの日の差し入れば落ちにけり
うなぎやの狭きかいだん夜の秋
向日葵の迷路かけ行く笑ひ声
石垣に斜めにかかる蛇の皮
新樹光旧姓でする自己紹介
夏痩せてきれいな色の服を着る
タンカーの汽笛気怠き晩夏かな
赤紫蘇を揉む指先に力込め
苧殻買ふ生暖かき風の中
海風に瑠璃翻す夏の蝶

殿村 礼子
前田 里美
秋葉 咲女
富岡のり子
山田 哲夫
仙田美名代
金原 敬子
山西 悦子
山田 眞二
赤城 節子
佐々木智枝子
宮𥔎美智子
小長谷 慶
三浦マリ子
山腰 ゆき
金原 恵子
大嶋惠美子


禁無断転載