最終更新日(Update)'21.02.01

白魚火 令和3年2月号 抜粋

 
(通巻第786号)
R2. 11月号へ
R2. 12月号へ
R3. 1月号へ
R3. 3月号へ

2月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   寺本 喜徳
「赤絵具」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭6句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
加藤 三惠子、横田 茂世
白光秀句  村上 尚子
令和3年度「白魚火賞」・「同人賞」・「新鋭賞」発表
令和二年栃木白魚火 忘年俳句大会会報 中村 國司
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
牧野 邦子、浅井 勝子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(松江)寺本 喜徳

出雲地方の早春の風物を詠んだ二句を揚げる。

築地松染めて春の日しづみけり  船木 淑子
          (令和二年四月号 白魚火集より)
 散居集落の広がる出雲平野の航空写真を開くと、広々とした田園地帯に、屋敷の屋根をしのぐ高さの松の木々に囲まれた農家が点在する、この地方独特の景観を見ることが出来る。美しく刈り込まれた木々は、日本海から吹き込む強風や西日を遮るために家屋の北側と西側に植えられた黒松の並木で、出雲地方では築地松(ついじまつ)と呼ばれる。
 春日遅々と、日没が遅くなった春ののどかな夕暮れ時、松並木は夕陽に映え、夕陽はその染め色を少しずつ変えながらゆっくりと沈んでゆく。暫くの間、作者はあちこちの築地松に映る返照の景を息を呑んで見ている。「けり」という詠嘆語だけでは言い表せない思いがあったに違いない。
 なお、築地松の剪定は、切り口から松ヤニが出ない秋口から春先にかけて、もっぱら剪定職人の手によって行われる。長梯子を掛けて行なう剪定作業は、出雲地方では陰手刈り(のうてごり)と言われている。

十六島(うっぷるい)の海苔朱の椀に広ごりぬ  山本 絹子
          (令和二年四月号 白光集より)
 「十六島」は、島根半島西部の海岸に突出した岬の名前である。屈指の海岸美を誇り、日本ジオパークに認定されている。「出雲國風土記」にも「もっとも優れた紫菜を産する地」と記されているように、その味わい、濃紫色の色合い、香りとも優れた岩海苔は「十六島海苔」の名で昔から広く知られる。そんな岩海苔の採取期は、十二月初旬から翌年二月頃の最も寒気厳しく日本海の激しく荒れる頃である。
 揚句は「朱の椀」とあるから、正月の膳であろう。出雲地方では、この海苔を「かもじ海苔」と言い、特に正月の雑煮には、乾燥させない「生海苔」が欠かせない。雑煮を椀に盛る時には、柔らかく煮た餅の上に、酒などで少しほぐした海苔を置く。その上にすまし汁をかけてほぐすと、海苔は椀一杯に広がる。朱の椀の中の白い餅の上に岩海苔が広がり、色彩は一変する。そのうえ、十六島海苔を食した人ならば、たちまち磯の香が烈しく襲って来るのを思い浮かべるであろう。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 点字句碑 (静岡)鈴木 三都夫
去り難の足の運びも菊花展
馥郁と懸崖なせる小菊かな
松手入れ一枝の位誤たず
秋茶刈るほつほつ花の見えそめし
化粧刈り済みし茶山の十三夜
紅葉づるとしもなく散れる一樹かな
霜踏んで朝の散歩を怠らず
望郷やなぞりて寒き点字句碑

 落葉 (出雲)安食 彰彦
吾が歩む径は落葉の径ばかり
落葉焚く中に昔の角封筒
落葉焚く心に疼きありにけり
舞ふ落葉ときに小さな影も舞ふ
落葉踏む少女の背丈伸びにけり
城裏の落葉の径の句を拾ふ
蹴散らしてまた蹴散らして落葉蹴る
眼薬師の磴千段の落葉蹴る

 冬に入る(浜松)村上 尚子
冬に入るすずかけの木の力瘤
泳がせて運ぶ魚や神の留守
いたづらの方が妹七五三
富士山の見ゆる部屋より畳替
鴨のうみ夕日たひらに広げけり
舞ふやうに帰る子供や冬夕焼
ホスピスの明かりの届く実千両
走りゆく列車寒さを置き去りに

 磯ぼとけ (唐津)小浜 史都女
白き船白き澪引く小春凪
冬ぬくし厄神さんの大蘇鉄
立神の男岩女岩やアロエ咲く
風いなす術なく岬の枯すすき
潮騒の耳を離れず落葉踏む
師走来る空一枚に海一壺
柱状節理縦横斜め寒波来る
寒菊や肩を並べて磯ぼとけ

 大草鞋 (宇都宮)鶴見 一石子
留守居番賜り勤労感謝の日
炬燵から見ゆる山門大草鞋
逃げ隠れ出来ぬ那須岳大枯野
無人駅二つ続きぬ寒の月
寒雷や殺生河原人疎ら
着ぶくれて殺生石に願ひ石
精神科の螺旋階段寒月夜
笹子鳴く蛇姫様の城下町

 山眠る (東広島)渡邉 春枝
読みかけの一書机上に神の留守
小春日の縁に持ち出す朝刊紙
枯菊をくくり直してよりの雨
冬鳥の群れて大樹をゆらしけり
男坂なるもゆるやか冬菫
みどり児の大きな欠伸山眠る
かたまつて鳥の飛び立つ枯野かな
返り咲くつつじや長き手紙受く

 母 (浜松)渥美 絹代
秋の昼死にゆく母に歌流す
なきがらの母の髪梳く鵙日和
石蕗の蕾に触れて棺出る
喪服着て庭のレモンをひとつ捥ぐ
神木の下より落葉掃き始む
朴落葉捨てて高山線に乗る
番小屋の暗き電灯冬めきぬ
本殿の普請の木屑霜を置く

 若木 (北見)金田 野歩女
片手では持てぬ大梨届きけり
大根の繊六本に藻塩うつ
落葉焚く煙真つ直ぐ寺男
高波の畳み掛けくる榾木燃す
雪しきり若木つの字に撓ませて
無住寺の閉づる山門虎落笛
手水場の氷を割つてより清む
冬燈親しき人への切手選る

 帰り花 (東京)寺澤 朝子
電車待つ束の間日向ぼこりかな
橋脚の此処を寄辺に浮寝鳥
七五三七三の子を祝ひし日
天平の絵物語や良弁忌
花八つ手ぽんと叩いて子が通る
十一月生れはさみし帰り花
落葉踏みひと恋ふこころ募りけり
もの書いて思うて冬の卓ひとつ

 山襞の国 (旭川)平間 純一
日の本は山襞の国神渡し
石蕗の花湖一望の一都句碑
花八手八雲旧居の壁の染み
ちちははとビッキの眠る落葉山
(ビッキ=アイヌの彫刻家)
やさしさや楢の落葉を踏みたれば
雪催アイヌ木墓の痩せ古りし
枯るる中大河ただただ流れけり
緑青の屋根に雪ふる館かな

 熟柿 (宇都宮)星田 一草
早暁の鳥の来てゐる熟柿かな
残菊のかをりを束ね起こしけり
コンビニの灯の煌々とそぞろ寒
日々の疾く過ぎゆく軒の唐辛子
啄木鳥の幹叩く音木霊せり
真つ青な空より銀杏散る無限
地中よりつぶやく冬のつづれさせ
寒暁の牛吐く息の湯気立つる

 夜半の冬 (栃木)柴山 要作
立冬の宙ほしいまま鳶の輪
嬥歌の山むらさき咽る小春かな
貼り終へて耀ふ寺の大障子
冬蜂の骸掃き出す地蔵堂
トラクターの深き轍や麦芽ぐむ
長き藻に身添はする鯉冬うらら
船頭と二人の客に鴨百羽
時計の音考の脈めく夜半の冬

 吹つ越し (群馬)篠原 庄治
句碑塚の静寂を裂きし鵙高音
飴色に出来も上々吊し柿
風癖を風が解きし芒かな
師の句碑の前では外す頬被り
咲く枝も花も気紛れ帰り花
人幅の道くねくねと枯野原
枯れに枯れ風の芒となりにけり
吹つ越しや上がり湯少し熱くせる

 冬ざるる (浜松)弓場 忠義
一輪車伏せしまま置く刈田かな
ひとくちの白湯をふくみて冬に入る
ひといろに暮れゆく山河冬ざるる
しばらくは海見てゐたり夕焚火
幾つもの薬小分けて冬ごもり
猪鍋や父の話を聞いてをり
牡丹焚きかさなる燠をかなしめり
裸木に無駄な力のなかりけり

 冬満月 (東広島)奥田 積
十王の真白き顔や照紅葉
おでん喰ぶ三波春夫を知らぬ子と
山茶花の一樹境内無音なり
眉あげて冬のカルピス一気呑み
さびしさに色はありけり鴨の水尾
猪鹿蝶熊も出るとふ父の里
侘助を一輪活けて端坐せり
鯱の光放てり冬満月

 神在 (出雲)渡部 美知子
ちぐはぐな子らの約束冬夕焼
今少し舞うても見せよ冬の蝶
霜晴の湖や水面の日を返す
ふたたびの鴨の喧嘩を日が囃す
飛行機の点となるまで冬帽子
落葉舞ふ一部始終を見てゐたり
波音に暮れゆく浜や神迎
神在の町を染めあぐ大入日



鳥雲集
巻頭1位から6位のみ

 折鶴 (浜松)佐藤 升子
朝日射す十一月の杉林
銀色のペーパーナイフ冬に入る
花八手咲いて遠くに波の音
短日の丸めて寝かす麺麭の生地
折鶴の翼を張りて寒日和
冬菊のひとかたまりに日の暮るる

 硯箱 (藤枝)横田 じゅんこ
指の傷なめておしまひ石蕗の花
恵比須講在庫処分の箱重ね
身になじむ形見の小袖冬ぬくし
硯箱の上に目薬風邪薬
懐石の煮物に冬至南瓜かな
水仙の挿してしばらくして匂ふ

 猟犬 (浜松)大村 泰子
園丁の赤きバンダナ冬に入る
冬銀河佐渡に古りたる能舞台
たぎる湯に冬菜の色を掬ひけり
猟犬の夕日の中を戻り来る
椅子にいす重ね勤労感謝の日
極月や光る古代の耳飾

 雲梯 (鳥取)西村 ゆうき
秋蝶の日溜りに息継ぎにけり
炒飯のぱらりと出来て鵙日和
立冬や屋台の席のひとつ空く
大空に雲梯を架け神の旅
日曜の星の形に切る人参
小春日のひたすら落つる砂時計

 冬干潟 (多久)大石 ひろ女
篊竹に水の十字路雁渡る
はるかなる水平線や冬干潟
初霜や瞼持たざる埴輪の目
たましひを解き放ちたる大枯野
玄室の淡き線刻冬灯
教会の白き十字架鷹の声

 小春日 (東広島)吉田 美鈴
片翅の失せし蟷螂果ててをり
黄落や埋め立てし田に杭打たれ
五線紙に写す楽曲夜長の灯
ひと駅を来て小春日の絵画展
嵩なせる落葉踏みゆく山日和
卓に置く朝日に捥ぎし蜜柑かな



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 加藤 三惠子(東広島)
団栗と下る坂道風の中
おしやべりに午後の日差しや蔦紅葉
秋夕焼風土記の丘のミュージアム
単線のやがて海辺へ鰯雲
すなめりの骨の一片秋惜しむ

 横田 茂世(牧之原)
ほどきては真似る折紙夜の長し
秋灯や木魚の座る綾錦
麦の芽を誘ひ夜雨の上がりたる
しつとりと今朝の小庭の冬めける
葱刻み一人の炊事すぐ終はる



白光秀句
村上尚子

すなめりの骨の一片秋惜しむ 加藤三惠子(東広島)

 これは資料館か、砂浜でたまたま見付けたものだろう。つい見逃がしてしまいそうな〝骨の一片〟と出合い、かつての命に思いを巡らせているのである。
 「惜しむ」という言葉は、今あるものの全てが、刻々と変化して留まることがないという発想から生まれたと知れば、作者の感動は益々伝わってくる。なお、すなめりは広島県の阿波島付近の群生海面に、天然記念物として保護されているという。
  単線のやがて海辺へ鰯雲
 早く目的地に着くことを望むなら、新幹線に限る。しかしいつになっても沿線の景色を楽しみながらの旅は捨てがたい。山の中を縫うように進んできた電車は鰯雲に誘われるように海辺へと近付いてきた。単線の旅ならではの楽しみである。

ほどきては真似る折紙夜の長し 横田 茂世(牧之原)

 思ってもみないものが折紙で作られていて驚くことがある。隣で教えてもらったり、説明の文字や図を見ながらやっても一筋縄ではゆかないことがある。一度折った筋を頼りに何度も繰り返してやっているのだろう。秋の夜長はあっという間に過ぎていった。
  葱刻み一人の炊事すぐ終はる
 掃除や庭仕事などは都合によって省くことができるが、炊事を省くことはなかなかできない。この日の献立が何かは分からないが、どうやら、仕上げに薬味としての葱を刻まれたのかと思われる。
 一連の作品からも窺えるように、とても九十二歳とは思えない。日々、周囲に目を配り、一日一日を大切に過ごされているのが分かる。薬味一つにもこだわりがあるように。

夕日載せ松の手入れの終はりけり 篠原 亮(群馬)

 松は庭木の手入れのなかで最も難しいとされ、時間もかかる。大きなものは数人がかりでも、一日では済まないものもある。しかし、手入れのあとはきれいな緑と幹の姿がよく見え、一段と美しい姿になる。「夕日載せ」の一言ですべてを語っている。

白鳥の百羽の重さ水のうへ 永島のりお(松江)

 越冬のために飛来してくる白鳥だが、その美しさゆえに、姿を表現したくなる。しかしこの句は百羽という数に重さを感じたというところに新しみがある。

冬めくや母へ土産の万華鏡 廣川 惠子(東広島)

 外出で一日を楽しんだ。しかし、どこへも出られないお母さんのことを思った。お土産に思い付いたのが万華鏡だった。それを手にされた嬉しそうな姿は容易に想像できる。覗くたびに模様が変わる万華鏡は毎日の楽しみになることだろう。

駐在の赤き電灯冬ぬくし 橋本 快枝(牧之原)

 言われてみれば駐在所の入口には赤い電灯がついている。みんな知っている筈だが、気に止める人ばかりではない。又季節によっても感じ方が違う。「冬ぬくし」は気温だけのことではなく、見守られている安心感にもつながっている。

牧草のロール秋日を撥ね返す ⻆田 和子(出雲)

 大切な家畜のよりよい生育のために、一年を通じて確保される牧草。その保存の一つがロール状にすることである。「秋日を撥ね返す」は、日々育ってゆく動物たちの元気な姿にも思いが及ぶ。

柏槇(びゃくしん)の切り口朱く冬に入る 山口 悦夫(群馬)

 柏槇はひのき科の常緑高木で、かつては庭木として人気があったが、最近は変りつつあるようだ。幹も枝も複雑に成長する木の切り口に目を止めたところが面白い。

それぞれの海を見てゐるマスクかな 本倉 裕子(鹿沼)

 一年を通じてマスクの句をたくさん見てきた。しかし「マスク」は冬の季語として定着していることもあり、取り上げにくかった。
 この句は冬の季語として使いながら、今の世相を暗に匂わせている。

猫足の机に和本神無月 小林さつき(旭川)

 「猫足の机」と限定したところが面白い。そしてその上に乗っているのが、最近では珍しい和本。季語との取り合せがまた絶妙。俳句ならではの表現である。

食パンの耳から焼けて今朝の冬 髙部 宗夫(浜松)

 最近はタイマーを信じ、食パンの焼けるのをじっと見ていることはあまりない。しかし言われてみればよく分かる。たいした事でもないことに目を付けるのも俳句。暖かい「今朝の冬」である。


その他の感銘句

冬菊の夕日の色をのせてをり
新幹線冬田おいてけぼりにして
小春日や加賀の茎茶に金の箔
絵はがきを送る勤労感謝の日
湯ざめして猫の足音聞いてをり
片耳の折れし兎を飼うてをり
霜柱小さき音たて崩れけり
笹鳴を聞きつつけふも畑にをり
駅中の自動ピアノや神の留守
袴着を解き腕白に戻りけり
山茶花の満ちて茶の間を明るうす
冬紅葉行きと帰りの道変へて
枯葉には過去あり木には未来あり
小春日やケーキのやうなオルゴール
編みかけのまま残されし毛糸玉

青木いく代
中村 早苗
原 美香子
宇於崎桂子
工藤 智子
渡辺 加代
大石登美恵
山根比呂子
田渕たま子
山田ヨシコ
郷原 和子
榛葉 君江
上尾 勝彦
中林 延子
清水あゆこ



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

出雲 牧野 邦子
ひとむらの野菊に空の晴れわたる
鰡とんで水面の夕日揺らしけり
銀杏散る径まつすぐに図書館へ
さはやかに若き庭師の空鋏
さきがけの白鳥立つる水しぶき

磐田 浅井 勝子
木の実降る胸突き坂を仰ぎけり
冬麗や地蔵堂への丸木橋
蕪蒸し日暮れて風の治まりぬ
行き帰り渡る小橋や日短
目礼へ返す目礼年つまる



白魚火秀句
白岩敏秀

さきがけの白鳥立つる水しぶき 牧野 邦子(出雲)

 千里を飛来した白鳥の着水の一瞬を捉えた。越冬のための目的地は宍道湖だろうか。「さきがけ」とあるから白鳥の飛来をずっと待ち続けていたのだろう。やっと現れた白鳥の動きをつぶさに観察して「水しぶき」と結句した。言いたいことのみを芯にした潔い一句。
  ひとむらの野菊に空の晴れわたる
 野菊が空の青を奪ったのか、空が野菊の青を貰ったのか。お互いに青さを競っているようである。野菊と空の晴れが爽やかな秋を表出している。

目礼へ返す目礼年つまる 浅井 勝子(磐田)

 街で知り人にあった。立ち話や言葉を返すことなく、目礼のみですれ違った。親しい間柄なのか、たんに顔を見知っているだけか。前の説明が一切なく、いきなり「年つまる」と結論した。目礼の背後には年末の忙しさが潜んでいることは言うまでもない。
  蕪蒸し日暮れて風の治まりぬ
 蕪蒸しは京料理のひとつ。寒い冬の日に蕪の白さを雪に見立てて食するという風流な食べ物である。日暮れまで吹いていた風も治まり、まもなく家族が帰ってくる。熱い「蕪蒸し」が家庭の温かさを伝えている。

頑丈に生きて勤労感謝の日 渡部 正幸(出雲)

 勤労感謝の日はもと新嘗祭にあたり、勤労を尊び、生産を祝う日。「頑丈に生きて」には家族の幸せのために働いてきた身体の頑丈さと頑丈に育ててくれた親への感謝が籠もる。〈頑丈に生んでくれたる柚子湯かな 正文〉と一脈通じるところがあるが、「生きて」が力強くひびく。

掘炬燵座して魔法にかかりたる 中村 早苗(宇都宮)

 炬燵とは不思議な暖房器具である。炬燵にはいると、途端に金縛りにあったように動くのが億劫になる。この主人公も催眠術に掛かったように瞼が重たくなったに違いない。炬燵は魔法使いなのである。

おほかたは裏がへりたる朴落葉 佐川 春子(飯田)

 落葉のなかでとりわけ大きな朴落葉は目につく。朴落葉が詠まれるときは、その大きさが注目されるがこの句は違った。さまざまな落葉は表や裏を見せてばらばら。しかし、朴落葉は「おほかた裏がへり」と統一感を見せている。それはあたかも落葉の中の王者の品格といわんばかり…。

膝に置く厚きアルバム秋惜しむ 西沢三千代(浜松)

 日当たりの縁側あたりでアルバムを眺めているのだろう。膝に置いたアルバムには懐かしい人や楽しい思い出がつまっている。アルバムの厚さはすなわち人生の厚さである。「秋惜しむ」には過ぎ去った思い出も含まれていよう。

泥つきの赤蕪浮かせつつ洗ふ 山羽 法子(函館)

 古い集落には家の前を川が流れている。そこで野菜などを洗っていた。特に畑から運び込んだ野菜はここで汚れや泥をきれいに洗いおとす。そんな素朴な農村風景であるが、「浮かせつつ洗ふ」は鋭い観察。ものを凝視することで生まれた一句である。

流木の砂に汐吹く焚火かな 五十嵐好夫(札幌)

 数人の男たちが浜辺で焚火をしているところ。或いは漁師たちかもしれない。火勢を上げるために流木を加えたところ、ブチュブチュと汐が吹き出した。燃えしぶる流木の煙を避けて右に行ったり左へ寄ったり…。世の中には良かれと思ってしたことが裏目にでることがある。

掘り上げし土の高さや山の芋 加藤 美保(牧之原)

 山の芋は野生種で、栽培されるナガイモと区別される。長い鉄の棒や唐鍬を持って山中を歩き、零余子の葉っぱを探す。葉っぱを見つけたら、蔓をたどって地面を掘る。かなり深く掘る。掘り上げた土の高さや多さが芋の長さや太さ。揚句の「土の高さ」から立派な山の芋であることが分かる。

日めくりの一枚ごとの寒さかな 樋野しのぶ(出雲)

 立冬を過ぎると気持ちまで寒くなる。まして、薄くなった日めくりが風にでも揺れると、その気持ちに一層の拍車がかかる。〈梅一輪一輪ほどの暖かさ 嵐雪〉の句は春に向かい、この句は厳冬に向かう。


    その他触れたかった句     

雪吊や兼六園に灯の点り
花の種採りて袋をふくらます
秋思かな豆電球の笠の影
妹になりたき姉や冬すみれ
ストーブの目盛を上ぐる日暮かな
渓流の蛇行に沿うて紅葉狩
音立てて枯葉が動く夜の街
髪切つて落葉の風に吹かれたり
日帰りの小さな旅や漱石忌
枯山の枯れざるものに一都句碑
冬ぬくし自画像の皺深きかな
満月や絵図より小さき浜松城
白菜の二度漬け終へて髪切りに
マスクして人みな遠くなりにけり

大庭 成友
高井 弘子
唐沢 清治
舛岡美恵子
萩原 峯子
藤田 眞美
福田 美穂
山根 弘子
市川 節子
大野 静枝
八下田善水
山内 俊二
大場 澄子
高橋とし子


禁無断転載