最終更新日(Update)'20.02.01

白魚火 令和2年2月号 抜粋

 
(通巻第774号)
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2月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   大庭 南子
「湯の香り」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭6句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
鈴木  敬子、水出 もとめ
白光秀句  村上 尚子
令和2年 名古屋全国大会参加記
令和2年度「白魚火賞」・「同人賞」・「新鋭賞」発表
一泊忘年吟行句会 広島白魚火俳句会 中村 義一
令和元年栃木県白魚火会 第二回鍛錬吟行会 加茂 都紀女
群馬白魚火会 祝賀忘年句会報 遠坂 耕筰
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
   寺田 佳代子、中山  雅史
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(浜松)渥美 尚作

紙漉きのひとりの音でありにけり  鈴木 敬子
          (平成三十一年四月号白魚火集より)
 在では貴重な和紙として各地に産地が点在している。紙漉き場を訪ねると、紙を漉く紙漉き舟(石見地方の呼び名)の縁を打つ音がこつこつときこえる。
 「殿様の時代、冬春の寒いころになると毎晩毎晩夜なべに楮をそずって(削いで)紙をすかねばなりませんでした。女の人は朝暗いうちから紙屋へ行って一枚一枚漉くので、お前たちにはとてもできない仕事です。」これは昭和初期の古老のはなしで、このような状況を想像し、漉いている孤独な後ろ姿が浮かぶ。

雪の夜の里を灯して終電車  荻原 富江
          (平成三十一年四月号白光集より)
 雪の夜の村里は物音を消した静かさがある。終電車が音を消して窓からの明かりを雪原に落して通り過ぎてゆく。家々の団欒の後里は静かに眠る。
 作者は何処にいるのだろうか。里から過ぎゆく電車の灯りを追っているのか、また、車内なのか。私も雪の日、街で酒を飲み、終電車で山里の家へ帰ることがある。窓際に席を取り、車窓の灯りで移り行く里を見ていると、そこで暮らす人々のことやその地の出来事などが脳裏に浮かび移り行く里の光景に吸い込まれるようだ。

待春や子ども胸から走り出す  西村 ゆうき
           (平成三十一年四月号白光集より)
 春を待つ気持ちは大人も子供もない。寒い冬を送っている生きものすべてが内にもっているものなのであろう。それを「子ども胸から走りだす」と純真で敏感な子どもの行動に見ての一句となっている。
 走っているのは男の子か女の子か。校庭か、通学の途中か、公園で遊んでいるのか。「子ども」とあるから子供たちかもしれない。それにしても「胸から走り出す」の状態を想像すると喜々として躍動感があり魅力がある。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 返り花 (静岡)鈴木 三都夫
山里に老い伝来の稲架を組む
二日目となる天辺の松手入>
閲兵のごと一巡の菊花展
照り翳り紅葉あすなろ綾なせる
化粧刈り済みし茶畑仕舞かな
初鴨を加へし数となりにけり>
拾ひたる茶の実に仄と日の温み
指さされゐてもどかしき返り花

 みさご (出雲)安食 彰彦
熱燗や酔へばたちまちたよりなく
おでん酒おのれの弱音ふと洩らす
風邪に伏しとろとろ粥のできあがり
読みかけの本を一冊風邪の床
梵鐘の音の間隔山眠る
鴨の群れ出雲の湖を塒とし
宍道湖の杭の一本みさごの座
本当にみさごと思ふ遠眼鏡

 冬 (浜松)村上 尚子
耳朶のきれいな少女冬に入る
一の酉先行く人の身八口
人垣を抜け二の酉のそば啜る
着ぶくれてシルバーシート譲り合ふ
雑巾で拭かれて寒きこけしの目
山頂に残る日差しや冬苺
木の声を聞く裸木に手を当てて
父のごとき冬木にしばし凭れをり

 熱気球 (唐津)小浜 史都女
夕霧に浮かびし百の熱気球
不機嫌な三面仏や木の実降る
啄木鳥の音をたのしむ冬隣
この川の一番乗りのかいつぶり
かいつぶり一つ潜れば二つ目も
蟷螂の枯れきつてゐて逃げはやし
紅あはくとどめ遺跡の返り花
冬日さすねずみ返しの高床群

 柳行李 (宇都宮)鶴見 一石子
船生街道丸太山積み黄櫨紅葉
干柿をつくる大竃湯滾る
干柿の面出刃の跡ありありと
枯蓮の池をつなぎし観世音
葱畑葱大尽の石の蔵
寒木瓜の石蔵つづく寺通り
侘助や柳行李のある商家
白濤の砕くる常陸黄水仙

 鴨の池 (東広島)渡邉 春枝
マスクより異国の言葉すれ違ふ
原生林抜けて広がる鴨の池
くぐらんとすれば遠のく冬の虹
日溜りにうすき影ひく冬の蝶
金文字の酒の商標石蕗の花
着ぶくれてファッション雑誌捲
りをり ストーブの豆ふつふつと日曜日
冬うらら端布つなぎて頭陀袋

 麦蒔き (浜松)渥美 絹代
柿を売る三十三番札所前
紅葉且つ散る参道にポン菓子機
田仕舞の煙札所へ流れゆく
小春日の歌ひつつ押す車椅子
麦蒔きしあと星々のよく光る
旅に買ふ錦の小物初時雨
かげ踏みの子に山茶花のよく散りぬ
泥つけて山羊の仔走る冬木の芽

 啄木碑 (函館)今井 星女
啄木碑青柳町は紅葉晴
紅葉の一枝が触るる啄木碑
カレンダー丸で囲みし文化の日
ギャラリーに俳句コーナー文化の日
満席の俳句コーナー文化の日
改めて憲法を読む文化の日
文化の日行事滯りなく終へ
小春日や今年最後の庭手入

 離島便 (北見)金田 野歩女
空堀になつて泡立草の攻め
信濃路の山柿撓ふ程成れり
尾白鷲風の強まる防波堤
早起きの嗚呼初雪の庭眩し
冬の海欠航したる離島便
風邪声の電話直ぐには行けぬ距離
雪囲灌木抱へ縄締むる
一茶の忌よちよちあるきに歩を合はす

 夜咄 (東京)寺澤 朝子
神田川河畔に冬の蝶一頭
羅漢像の下絵は若冲紅葉散る
雪吊の影を映して池閑か
水琴窟へ肥後山茶花のほろと散る
山眠る母もて絶えし生家の譜
どう生くる晩年問はる風鶴忌
敬うて恋うて一と世や竜の玉
夜咄の背より物の怪来るやうな

 賀状刷る (旭川)平間 純一
株主の配当今年酒一本
ちゆんちゆくちゆん雀のサロン冬日向
赤き実の雪に灯りて北の街
父の忌を修し酒汲む雪の夜
帰社すれば机上にみかん二つ三つ
毛糸帽まぶかに雪の辻地蔵
冬帝の息吹激しき蝦夷地かな
機械でも誉むれば御機嫌賀状刷る

 そぞろ寒 (宇都宮)星田 一草
着地して飛蝗しばらくこつち見る
とんぼうの軽さに垂るる草の先
石走る垂水の白さ谷紅葉
宝物のごとく木の実をポケットに
阿も吽も笑ふ狛犬秋うらら
そぞろ寒電池切れたる電子辞書
棘固く鎧ひたる薔薇冬に入る
蒼然と岳迫り来る十二月

 年惜しむ (栃木)柴山 要作
重機うなる決壊の跡神無月
威を正す日光の嶺々神の留守
笹鳴や背山かぶさる雲巌寺
麦の芽のいのちきらめく朝かな
山茶花や庫裏より弾む子らの声
自転車の出仕の巫女や着ぶくれて
早やも八十路葱の甘さをまだ知らず
老い老いしく一病息災年惜しむ

 温め酒 (群馬)篠原 庄治
句談義の何時尽くるやら温め酒
雁が音の置き残したる星一つ
溜まりゆく落葉に埋もれ杣の宮
足湯して又歩きゆく落葉径
強霜に命をあづけ実紫
円らなる花の愛しき冬ざくら
枯菊に残る葉縺れ花もつれ
日を追うてうなじか細き冬薔薇

 義士の日 (浜松)弓場 忠義
しぐるるや畳の縁のほつれきし
一件の留守電義士の日なりけり
傍らにルーペを置きて冬籠
一灯を妻と分け合ふ炬燵かな
影ろふものありて障子の裏おもて
庭石に白菜干してありにけり
枯尾花ひかりを飛ばす日暮時
胸元に十字架ポインセチアの夜

 黄落期 (東広島)奥田 積
図書館の明るき窓や黄落期
楷紅葉素読の声の堂に満つ
たばこ屋も駄菓子屋も消え亥の子突
門跡の白山茶花の盛りなり
銀杏落葉歩みはじめし嬰の靴
山茶花垣猫の抜け穴ありにけり
冬凪の沖しらじらと淡路島
落葉舞ふ夢二生家の厚き屋根



鳥雲集
巻頭1位から6位のみ

 折鶴の顔 (苫小牧)浅野 数方
小春日や折鶴の顔長く折る
捨印を幾つも押して空つ風
病室の大きな鏡冬の雷
一葉忌手窪に沈む化粧水
精一杯暮らす毎日納豆汁
刺繍針少し休ませ蜜柑食ぶ

 兵の墓 (出雲)三原 白鴉
篝火の爆ぜて稲佐の神迎
弥山嶺に一条の日矢神の旅
小春日や窯場に薄き煙立つ
花八手東司に小さき明り窓
木守柿心底青き峡の空
山茶花や星一つ彫る兵の墓

 柚子風呂 (浜松)大村 泰子
枯蓮の錆深めゆく風の音
鳥のこゑ聞き分けてをり小六月
新しき木椅子の匂ふ十二月
山羊の名はさくらにももこ山眠る
柚子風呂に音なく沈みゐたりけり
山の端に夕日まだあり浮寝鳥

 神の留守 (松江)西村 松子
前掛けのポケットにある木の実かな
遮断機の冬立つ空へ撥ね上がる
圧力鍋のシュッと鳴りだす神の留守
浮くたびに街暮れてゆくかいつぶり
錆しるき鋤簾を寝かす枯野かな
短日や五分の敷居に躓きぬ

 紅葉散る (高松)後藤 政春
ぎこちなく回る水車や文化の日
栗鼠走る十一月の明日香村
自転車の巡査立ち寄る夕焚火
晩鐘のながき余韻や紅葉散る
みちのくの夕餉は早し雪催
おでん酒酌みて五欲の甦る

 山眠る (多久)大石 ひろ女
青空の果ての茜に柿簾
どこまでも続く蒼穹風は冬
時計屋の針の揃はぬ神の留守
初冬の雨石鹸の匂ひして
満天の星の雫に山眠る
手話の子の指の彼方の鴨の陣



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 鈴木  敬子 (磐田)
行く秋の旅のをはりの「熱田さん」
利根川の見ゆる北窓塞ぎけり
記憶より小さな駅舎冬夕焼
目張りして男所帯の仏間かな
飴なめて落葉焚く役司る


 水出 もとめ (渋川)
あの頃は十人家族おでん鍋
節くれのこの手しみじみ日向ぼこ
胸に手を抱いて寢る癖小夜しぐれ
湯どうふの湯気にぼやけし子の笑顔
蒟蒻掘るはや山襞の暮れ初むる



白光秀句
村上尚子

行く秋の旅のをはりの「熱田さん」 鈴木 敬子(磐田)

 名古屋で行なわれた全国大会の帰り、熱田神宮へ寄った。大会中の時間の制約や、出句の迷いからも開放され、境内の玉砂利を踏み拝殿へと向かった。参道沿いの木々も色付き始め、本殿前の大きな銀木犀がひと際目を引いていた。
 「熱田さん」という表現は、この時の開放感から出たもので、熱田神宮への親しみを込めた挨拶の言葉でもある。
  記憶より小さな駅舎冬夕焼
 かつて旅先で降り立った駅なのか、あるいは子供の頃から知っていた駅だったのか…。今、その場に立ってみると、思いの外小さいことに気付いた。あたりを見回しても知っている人は誰もいない。夕焼だけが温かく見守っていてくれる。

あの頃は十人家族おでん鍋 水出もとめ(渋川)

 店先で〝一人鍋〟と書かれているのを見掛けることがある。最近の家族形態からすれば不思議なことではないが、本来は大勢で囲んでこそ鍋料理であり、おでん鍋である。作者が九十六歳と知れば、自ずから「十人家族」だった頃のそれぞれの顔が見え、声が聞こえてくる。因みに二年前の日本の一世帯の平均人数は二・四七人だったという。
  節くれのこの手しみじみ日向ぼこ
 もとめさんは保健師さんをされていたと聞いていた。今では珍しくはないが、その時代に主婦業をしながら、長年職業婦人としても地域に貢献されてきた。又、書家としても活躍され、去年迄車の運転もされてきた。畑仕事は今でもされているという。
 大先輩から学ぶことはたくさんある。今日は日向ぼこをしながら、過ぎ去った日々のことをあれこれと思い出している。

ジーパンの裾折り勤労感謝の日 牧沢 純江(浜松)

 〈総身にシャボン勤労感謝の日〉。仁尾先生が鉱山で働かれていた頃の作品である。掲句は丈夫で活動的なジーパンの裾をなお、折り曲げた。目的に対する強い意気込みが感じられる。健康的でこの祝日にもふさわしい。

突き抜けて弾丸となるラガーかな 高橋 茂子(呉)

 日本中を沸かせたラグビーワールドカップだった。上十二だけで、試合中の選手の一瞬の動きを、勢いと臨場感をもって言葉に替えている。あの時の熱気の再現である。

白菜に振る荒塩をわし掴み 秋葉 咲女(さくら)

 最近は少人数のため、漬物も昔のように大きな樽で漬けることも少なくなった。しかしこの句の「わし掴み」からは昔のままの様子が想像される。少しだけ漬けるより、たくさん漬ける方が味も良い。作者の元気な姿が見えるのも嬉しい。

かまぼこの板は樅の木十二月 高田 茂子(磐田)

 日常、当り前のように何も気にせず見ているものがある。「かまぼこの板」もその一つかも知れない。気付いたことと、季語との出合いによって俳句が生まれる。
初鴨の一陣しぶき上げにけり 富田 育子(浜松)

 秋口に一番先に訪れた鴨である。毎年見る同じような景だが心を新たにする。長旅を思えばなおさらである。水面に大きくしぶきを上げている姿に、作者も初鴨と一緒になって喜んでいる。

冬晴や倒立の子の影長し 中村 早苗(宇都宮)

 この日はよく晴れていた。捉えたのは倒立をする子の姿だった。やっと出来るようになったのは、日が傾きかけてきた頃だった。「影長し」は時間の経過である。思わず拍手をしたくなる。

手も足も短くなりて冬に入る 大石 益江(牧之原)

 俳句は目の前に見えるものを見て作るのが基本である。そのあと、自分がどう感じるか、どう表現するかで違ってくる。掲句の始まりは手と足だった。「短くなりて」はあくまで感覚である。「冬に入る」にも納得する。

子らの靴どれも紐なし冬に入る 永島のりお(松江)

 最近の子供の靴はどれもカラフルで昔とは比べものにならない。これらは小学生以下のものだろう。脱ぎ履きが楽なようにマジックテープが紐の代りになっているらしい。外で駆け回る姿を想像しただけで楽しい。

漢方薬のシナモンの香や冬に入る 安達美和子(松江)

 漢方薬にはおもに草の根や木の皮が使われる。シナモンはリキュールや香料としても使われるだけにその香りには特徴がある。  右の三句の季語はすべて「冬に入る」だが、着眼点がそれぞれ違い、比べてみると面白い。


その他の感銘句

角落ちの父に挑む子冬うらら
従はぬ羊一頭暮早し
鮭さばく大俎板を出しにけり
土産屋の薪ストーブに人集り
朴落葉それぞれ違ふ影をもつ
山頂に赤きポストや神の旅
朝刊の折込み二枚文化の日
冴返る芯の折れないシャープペン
セロリ食む子に採用の報届く
創業は天文二年新走り
揺るる背にすぐに眠る子冬銀河
磴五百灯して寺の大晦日
スーパーに研屋来てゐる年の内
焙じ茶と蒸羊羹や日向ぼこ
石庭にそぼ降る雨や冬木の芽

原 美香子
高田 喜代
山田 春子
伊藤 達雄
鈴木けい子
高井のり子
松本 義久
稗田 秋美
髙部 宗夫
山口 悦夫
橋本 快枝
若林 光一
河森 利子
五十嵐好夫
才田さよ子



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

多摩 寺田 佳代子
反橋の影うすうすと留守詣
石蕗咲くや水琴窟へ膝を折り
母とゐて冬菊いまだ香を立つる
冬の蝶筧に翅を休めをり
落葉踏むけふの機嫌の音たてて

浜松 中山  雅史
猫が屋根伝ひに歩き猟期来る
熊撃たれ沢の斜面を転げ落つ
首筋の透き徹りゐる雪女
手鏡の掛かる山小屋雪女
俎板に傷を加へて狐の夜



白魚火秀句
白岩敏秀

落葉踏むけふの機嫌の音たてて 寺田 佳代子(多摩)

 近くの公園を散歩していたのだろう。踏んでゆく落葉が「けふの機嫌の音」をたてるところに、気持ちの充実が感じられる。悲しいときには寂しい音、嬉しいときには明るい音で応えてくれる落葉。今日踏む落葉からは、弾むような上機嫌な音が快く耳に響く。
  石蕗咲くや水琴窟へ膝を折り
 投句の中に「石蕗明り」が散見されるが、石蕗だけでは季語にならないので、「石蕗の花明り」とすべきである。
 水琴窟は「音」に結びつけて詠まれることが多いが、この句は「膝を折り」と意表をつく表現。見る姿勢が低くなったことにより、石蕗の花がクローズアップされる。水琴窟の音を仲立ちにした日本画の趣がある。

手鏡の掛かる山小屋雪女 中山 雅史(浜松)

 山小屋は杣小屋のような粗末なものに違いない。ここが夜な夜な里人を怖がらせる雪女の棲家なのかも知れぬ。壁に鏡が掛けてあるのは、出掛ける時に髪でも梳く女性?らしいたしなみのためなのか。鏡が「手鏡」であることに、全身を映したくない雪女の悲しみがあるようだ。
  猫が屋根伝ひに歩き猟期来る
 「猟期」は「狩り」の副題。大体、十一月中頃から翌年の二月中頃まで狩猟が許される期間である。この句の前半は萩原朔太郎の「まつくろけの猫が二疋/なやましいよるの屋根のうへで/ぴんとたてた尻尾のさきから/糸のやうなみかづきがかすんでゐる。/『おわあ、こんばんは』(略)。(「猫」 『月に吠える』)を思わせる。なやましい恋の猫と狩りという殺生。何かが始まりそうでドラマチックである。

この町の宝と言はれ七五三 中島 美津子(津山)

 幼い児がきれいに着飾って、氏神さんへ七五三のお参りに行くところ。人達が口々にお祝いを言って、この町の宝だと褒めてくれる。当人達は訳も分からず、只々はにかむだけ。子どもの成長を喜ぶとともに、少子化への不安もちらりと顔を覗かせていよう。

育てたる苦労は花に菊花展 釜屋 清子(松江)

 立派な菊を咲かせることは中々難しい。土造りから始まって、開花まで手を抜くことが許されない。そこまで手塩に掛けて育てた菊が、大輪の花でみごとに応えてくれた。菊花展で金賞を獲得した菊かも知れない。

枯葉散る枯葉に触るる音たてて 篠原 亮(群馬)

 冬になると、恰も誘い合うように落葉する。高いところから、或いは風に吹き上げられた枯葉が別の枯葉に触れて、乾いた音をたて落ちてゆく。普段は気にも止めず、聞くこともなかった枯葉の触れ合う音である。冬山の静けさがテーマ。

嬰児の口富士の形に小六月 熊倉 一彦(日光)

 赤ん坊はどんな仕草や顔をしても可愛い。ついつい目を細めたくなるものである。この嬰児の口は三国一の富士山の形をしているという。寝顔なのか笑っているのか、いずれにしても、両親に愛されて元気に育っていることは確か。季節は違うが清崎敏郎に〈口曲げしそれがあくびや蝶の昼〉と長男の誕生を喜んだ句がある。

パレットになき色ばかり初紅葉 安川 理江(函館)

 十月も半ばになると紅葉が始まる。山や庭に始まった紅葉の色は、パレットにどの色を混ぜても創り出すことは不可能。それを「なき色ばかり」と端的に言い切って、自然界の営みに人知が及ばないことを言い当てている。

幕間の長き地芝居秋の暮 岩﨑 昌子(渋川)

 秋の収穫を終わった後に、村人達の行う村芝居。一幕目が終わって、二幕目の幕がなかなか上がらない。役者の着替えや大道具のセットに時間が掛かっているのだろう。夕方が近くなって来たが、見物人は怒ることなく、酒などを呑み始めている。悠揚迫らない村芝居ならばこそである。

年忘れ今日は不良の母になる 天倉 明代(三原)

 作者は今、子育ての真っ最中である。子ども達と元気に遊んでいる姿を彷彿とさせる作品が多い。ところが、今日は賢母を返上し、不良の母になるという。理由は年忘れ。子ども達を夫に任せて思い切りと思うのだが、「今日は」と断るところに完全に不良となりきれない母親が見え隠れする。正直な句である。


    その他触れたかった句     

稲架を解く夕べ大きな星ひとつ
極月の映画に声を出し笑ふ
柿すだれ奥にくらしの笑ひ声
風垣の藁一本の震へをり
けもの道あらはに冬の来たりけり
トローチの舌に溶けゆく霜夜かな
大広間のごとく銀杏の散り敷けり
裏山の日暮れてなほも木の実落つ
棟上げの木の香ただよふ秋日和
冬日向干支のねずみを作りけり
庭石に貌のありけり冬日向
渋柿の螺旋の皮を干しにけり
黄落やゆつくり今が過去となる
来客の声に飛び出すちやんちやんこ
白寿なる伯母のひと言冬ぬくし

佐藤 琴美
原 美香子
西尾 静子
鈴木 竜川
若林 眞弓
髙際 菊代
内田 景子
上早稲恵智子
伊東美代子
米沢 茂子
山田 惠子
有本 和子
山西 悦子
佐藤 愛子
高橋 裕子


禁無断転載