最終更新日(Update)'20.01.01

白魚火 令和2年1月号 抜粋

 
(通巻第773号)
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1月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   渥美 尚作
「夜の音」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭6句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
保木本さなえ、大庭  成友
白光秀句  村上 尚子
坑道句会十月例会記 竹元 抽彩
栃木白魚火忘年俳句大会 上松 陽子
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
   檜垣  扁理、森田  陽子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(浜松)渥美 尚作

柚子浮かべほんの少しの長湯かな  檜垣 扁理
          (平成三十一年三月号白魚火集より)
 冬至は冬の中間地点で昼がもっとも短い日である。この日は南瓜を食べ、柚子湯に入る。柚子は香りが強いので邪気払いができると考えられている。この日を境に春に向かい、一日ごとに日が長くなり、運気が上がると言われている。
 忙しい冬の一日が過ぎ、柚子湯に浸り今日を振り返っている。良かったこと、反省することが頭の中をめぐっている。いずれにしても、そんなに悪い日ではなかったと思いつつ、気が付けばいつもより少し長湯になっている。
 作者は近年名古屋にて創業し、現役として活躍中であると聞く。
 日中の真剣勝負を終え、ゆっくりと湯に浸ることが明日への意欲を感じさせる、印象の強い句。

吸ひ飲みの器に汲める寒の水  萩原 みどり
          (平成三十一年三月号白魚火集より)
 病床の母が目で合図をくれ、水を所望した。少なくなっていた吸い飲みの器に新たに寒の水を入れ母に与えた。
 寒の水は寒中の水のことで、体によく、薬になる、といわれて好んで飲まれる。なかでも寒中九日目の水を寒九の水といい、さらなる効用があるとされている。
 作者のおだやかな所作が目に浮かび、母に対する優しい心情が伝わってくる。状況と季語がピタリと決まり佳句である。
 母上の回復を願う。

あと少し生き足す日記求めけり  佐藤 陸前子
           (平成三十一年三月号白魚火集より)
 今日まで十分に生きて来て何の不足もないが、ひょっとしてもう少し生きることができるかもしれない。そうであるなら有難いことである。
 日記を求めて、日々の生きている様子を書き留めておこうと、大変前向きな考え方で尊敬する。
 自分より少し年長である作者にならい、充足感を持って年を重ねていきたい。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 菊花展 (静岡)鈴木 三都夫
咲くとなく十月桜かくまばら
赤は褪せ白は錆びたる曼珠沙華
花茗荷このごろ頓に物忘れ
とろろ汁里人はみな話好き
穂芒に川面ささくれ立ちにけり
初鴨の安堵の浮寝貪れる
運ぶ歩の静かに混める菊花展
厚物の丈を揃へて妍競ふ

 長屋門 (出 雲)安食 彰彦
懸崖の菊香らせて長屋門
晴れわたり花石蕗の黄の耀けり
花石蕗の黄色佳き事ありさうな
日のぬくみある亀石や庭小春
庭小春神名備山を遠景に
右手に塔左手に石蕗の花咲かせ
違棚造り忘れし冬座敷
飾りなき書院造りや冬障子

 尾張の国 (浜松)村上 尚子
きしめんを啜り尾張の天高し
蟻穴に入る城門の蝶番
石垣に咬ます小石や草の花
金の鯱仰ぐうしろに菊花展
菊人形抱かれて向きを変へにけり
晩秋の雨樋天守閣より垂るる
草の絮飛んで七里の渡し跡
鳥渡る戦禍逃れし時計台

 襖絵 (唐津)小浜 史都女
神宮の橘は実をつけてをり
金木犀人形塚に匂ひけり
神鶏の喉透きとほる菊日和
襖絵のひと間ひと間に秋惜しむ
菊人形蕾の多く初々し
晩秋の雲が動けば鯱うごく
行く秋の宝物館の長剣
ひひらぎの匂ひしてくる七五三

 会津富士 (宇都宮)鶴見 一石子
颱風の近づく風と雨の音
颱風の直撃屋根の明かり窓
颱風の避りし舗装路泥芥
薄紅葉濃紅葉競ふ会津富士
いろは坂尤も紅葉ゐの勾り
箒川水蒼くして澄めるなり
辻馬車の馬の眼を閉づ霜の花
杖なくて歩きし七歩雪仏

 冬に入る (東広島)渡邉 春枝
露草の露一滴をてのひらに
木犀の香りにはづむ立話
乳母車に眠る幼児菊日和
赤もまた寂しき色よ曼珠沙華
母のもの羽織りて月の庭に佇つ
爽やかや平成生れの子も父に
病名は聞かず語らず冬に入る
楼門の柱のぬくみ石蕗の花

 台風圏 (浜松)渥美 絹代
秋風や山羊の食みたる草に花
見えてゐる船の遠のく秋の昼
台風圏湯を沸かす鍋鳴り始む
百歳の通夜の帰りの星月夜
野良猫に鈴つき燕帰りけり
でこぼこの土間どぶろくの量り売り
すげ替ふる鼻緒の赤し豊の秋
風呂敷に包む喪服や鳥渡る

 秋の旅 (函館)今井 星女
台風の予報に腹を括りけり
列島を丸がかへして台風来
台風が去りて身辺整理かな
秋空に手のとどきさう白い雲
一日を悔いなく過ごす秋日和
紅葉に少し間のある北の旅
百二十六島巡る水の秋
駒ケ岳見えず大沼秋の雨

 菊の女王 (北見)金田 野歩女
水澄むや名苑巡る順路板
秋気満つ雄松さつぱり刈られけり
鷹渡る道を尋ぬる城下町
信州の空に伸びらか大楓
サロマ湖のべた凪後の月ふたつ
朝顔の種子青色と書き添ふる
清き瞳の菊の女王菊人形
栗ごはん無口な夫と五十年

 名古屋城の秋 (東京)寺澤 朝子
「城で持つ」街は碁盤割り天高し
西国へ睨み利かせし城の秋
菊花展庭の小菊も添へられて
勾やかに春姫さまの菊人形
この城の系譜連綿荻の声
奈落めく城の空堀ぎす鳴くや
清正石撫ぜて行く秋惜しみけり
城暮れてかりがね寒き城下町

 屋根神様 (旭川)平間 純一
秋のこゑ屋根神様の錆深し
秋高し天下見おろす金の鯱
薄もみぢ金色の鯉ひるがへる
松手入ダンディーに松仕上がりぬ
穴惑うねうね走るモノレール
赩々と明けゆく雲や冷まじき
葡萄棚解きてふた粒見つけたり
大銀杏散りて稲荷の小さくあり

 鵙の声 (宇都宮)星田 一草
穭田を展べて山並み遠くあり
どの顔も仏頂面の花梨の実
コスモスを揺らして風は花の色
みの虫の宙ぶらりんにある孤独
斎場を出でて色なき風の中
烏瓜ソソソドドドの高さかな
一穢なき鴟の空より鵙の声
冠雪の富士見てよりの旅心

 野紺菊 (栃木)柴山 要作
手絞りが誇りと嫗爽やかに
城垣をせり出して来る鱗雲
池の辺に祝婚の輪や初紅葉
子育て稲荷路地の奥より鉦叩
破られし獣除けネットすがれ虫
そぞろ寒藍の機嫌をみてゐたり
母の忌や供華に添へたる野紺菊
異邦人がひそとベンチに七五三

 菊花展 (群馬)篠原 庄治
機嫌良し風の申し子秋桜
野仏の眦伝ふ露時雨
ひたすらに小花を漁る秋の蝶
甌穴の大渦を吐く秋出水
葛茂る山に還りし放棄畑
溶岩をゆく穂芒一本手慰み
一木に搦み通草の笑み割るる
千鉢の花咲き揃ふ菊花展

 夜寒 (浜松)弓場 忠義
秋しぐれバス折り返す医大前
もの音の硬くなりたる夜寒かな
パソコンの固まる画面そぞろ寒
コップ酒干せば俄に虫しぐれ
能書は要らず徳利と走り蕎麦
残菊を折るてのひらの香り立つ
てのひらに水のやうなる熟柿かな
みづうみの一湾統ぶる鴨の声

 濃りんだう (東広島)奥田 積
一行に鳥好きのゐて鶸の声
もみぢして水の明るく庵住まひ
ここからは別れて登る松虫草
山で逢ふ山友達や濃りんだう
山路の句にゆかりの寺や草の花
畳屋の夫婦睦まじ秋の暮
茶の花や裏参道に日のぬくみ
昔から変はらぬ八百屋大根買ふ



鳥雲集
巻頭1位から6位のみ

 噛んで脱ぐ (出雲)渡部 美知子
潮の香のつり銭もらふ浦祭
十三夜無音の闇のふつくらと
威銃谺を天へ返しけり
秋雨に濡れたる軍手噛んで脱ぐ
惜しみなく色鳥色を落としゆく
鴉まだ鳴き足らぬらし秋の暮

 野菊晴 (東広島)源 伸枝
晩学の重たき鞄鵙猛る
柵に沿ふ馬の並足野菊晴
釣竿を持たせて峡の案山子かな
門柱に日のぬくみあり月を待つ
便箋に滲むインクや夜半の秋
書を閉づる音やはらかく十三夜

 暮の秋 (宇都宮)星 揚子
穏やかな波の渡しや暮の秋
子守地蔵木犀の香に包まれて
町抜くる川や色なき風の中
羽一つ浮かぶ渡しや秋惜しむ
石室に秋風すつと入りけり
正座して糸くくりゐる冬隣

 枯蓮 (藤枝)横田 じゅんこ
秋の日を遊ばせてゐるすべり台
鵙高音さへぎるものの何もなく
腕時計外してよりの夜長かな
燗のつくまで焼銀杏を二つ三つ
枯蓮のはつかに残るそよぎかな
かいつぶりこちらを見てはまた潜く

 そぞろ寒 (浜松)安澤 啓子
爽やかやさつとむき変へ雑魚の群
倉の戸に大き節穴つづれさせ
いわし雲平飼ひの矮鶏ついて来る
閼伽桶の箍に緩みやそぞろ寒
吹きぶりの風に十月桜かな
ゆく秋の厩に小さき明り取り

 桃青忌 (苫小牧)浅野 数方
参道に続く参道臭木の実
銀杏黄葉やさしき風の吹く社
秋深し屋根神様に日の欠けら
坪庭の軋む水車や火恋し
花八手古書市並ぶ城下町
ポケットの句帖のぬくみ桃青忌



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 保木本さなえ (鳥取)
高遠くにも光る雫や草の花
天高し庭師の梯子伸びてゆく
離れゆくもののひとつに秋の雲
よき日とは何もなきこと小鳥来る
行く秋やもの思ふとき目を閉ぢて


 大庭  成友 (浜松)
秋風や時々詰まるコンバイン
鉈彫りの薬師三尊初紅葉
彩漆の蒔絵の盆や今年酒
兵児帯の有松絞り蝗飛ぶ
篁の揺れて紫式部の実



白光秀句
村上尚子

離れゆくもののひとつに秋の雲 保木本さなえ (鳥取)

 秋の季語に〝秋思〟があるが、秋ならではの静けさ、寂しさに駆られる思いを言う。
 見えているものは、頭上を過ぎてゆく秋の雲だけである。この句は周囲に見えているはずのものの全てを排除し、言葉少なく、思いだけを深く語っている。
  遠くにも光る雫や草の花
 野山を歩きながら、雄大な景色に出合う喜びは大きい。しかし、足元に咲く小さな花に出合う喜びもある。秋の七草として親しまれているものも、立派な庭園で咲くものも全て草の花と呼ぶが、この場所は少し小高い野原のような所だと思われる。朝の露が残っている束の間の時間・・・。どの花も懸命に咲いているように見える。やがて枯れてゆく「草の花」に思いを重ねている。

兵児帯の有松絞り蝗飛ぶ 大庭 成友 (浜松)

 今年の全国大会は名古屋で行なわれた。その時の見所の一つに有松の町並と絞り染がある。この句はその時見たものと、過去のある日の光景が合致したものかも知れない。「蝗飛ぶ」は唐突のようであり、そうでもない。
 作者の時空を超越した作品と、見て取った。
  秋風や時々詰まるコンバイン
 今や稲の収穫になくてはならないコンバインである。ところが季語にあってもよさそうなものと、そうでないものがあり悩まされる。「コンバイン」もその一つである。この句の季語はあくまでも「秋の風」。「時々詰まるコンバイン」に手を焼きながら作業にいそしんでいる姿が簡潔に表現されている。

松手入れ園丁池に乗り出して 高田 喜代 (札幌)

 全国大会では「松手入れ」の作品が多くあり、その中の一句。説明は不要である。十七文字という限られた字数のなかで、園丁の仕事ぶりと、周囲の景色をよく観察し、分かりやすく表現している。

秋晴やでんと清正石据る 西村ゆうき (鳥取)

 名古屋城の見所がたくさんあるなかで、加藤清正が積み上げたと伝えられている「清正石」。十畳もあると言うその前に立つと実に圧巻である。「でんと」の一言で当時の清正の心意気と権勢を窺い知ることができる。「秋晴」に加勢されての一句である。

天高し背面跳のバー残る 花木 研二 (北見)

 背面跳は文字通り、走高跳で仰向けの姿勢でバーを越すもの。跳び切ったとき注目されるのが「バー」である。
 俳句としての目の付け所、そして季語の取り合わせに大いに納得した。

コスモスに踵弾ませ行く児かな 太田尾利恵 (佐賀)

 明治時代に渡来したというコスモスだが、今や日本では誰でも知っている。そのそばを小さな子供が歩いている。楽しそうに風に揺れている様を見て、すっかりコスモスの気持になり切っているのだろう。「踵弾ませ」にその喜びが可愛らしく描写されている。

生垣の背丈揃へて冬を待つ 榎本サカエ (狭山)

 生垣がきれいに刈り揃えられているのはよく見るが、それを俳句に結び付けるかどうかである。この句の良さはやさしい言葉で、目に見えるように表現されている。冬への心構えも少し楽しくなったような気がする。

津軽にて津軽の林檎買うてをり 加藤三恵子 (東広島)

 〝つがる〟という品種もあるように、林檎は津軽を代表する果物である。日頃それと分かって食べていても、産地で買って食べるときの気持は違う。句の内容はいたってシンプルだが、その場の気持がよく伝わってくる。

柿落葉捕へて風の走り出す 若林いわみ (東広島)

 柿の紅葉は落葉になっても存在感がある。美しいが故に風に捕えられてしまったのである。同じ風景を見ても少し視点を変えることで新しい発見が生まれる。
 作者のユニークな感性が光っている。

刃毀れの鎌をまとめて秋収め 山田ヨシコ (牧之原)

 田植仕舞の早苗饗に対しての「秋収め」。同じ時期の季語に〝鎌祝ひ〟があるが、最近は機械化が進み廃れつつあるという。しかし収穫を終えた喜びに変りはない。刃毀れするまで使われた鎌への感謝の気持がよく分かる。

秋うらら取つ手で選ぶマグカップ 永島のりお (松江)

 たぶん毎日使うであろうマグカップ。大きさや色柄もいろいろあり迷うばかりであるが、やはり使い易いということに落ち着いた。納得の品を手にして帰宅する作者の嬉しそうな姿が見える。


その他の感銘句

空濠に風吹いてをり草紅葉
行く秋の日をいつぱいに桶狭間
一人部屋に一人の音や秋深し
重箱に詰めて二段の栗ごはん
菊膾噛めば楽しき音したる
溝蕎麦の愛しき色を刈りにけり
井戸の底に小さき空あり冬隣
長き夜の枡に溢るるコップ酒
菊月や熱田の宮のきよめ餅
石蕗の花廟に二つの紋所
秋遍路杖と己の長き影
爽籟やふと古川師の声かとも
起上り小法師と遊ぶ文化の日
北窓を塞ぎ隣が遠くなり
新調の紺のスーツに赤い羽根

青木いく代
鈴木 敬子
本倉 裕子
三浦 紗和
塩野 昌治
山根 恒子
金原 恵子
荻原 富江
小杉 好恵
中間 芙沙
鈴木  誠
渡部 幸子
中野 元子
大原千賀子
大平 照子



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

一宮 檜垣  扁理
山並の奥に山並秋澄めり
検診の結果よろしき菊の酒
ひともとの鉢より百の牽牛花
再会のよろこび咥へ小鳥来る
木曽三川水を豊かに鳥渡る

東広島 森田  陽子
千年の楠より秋日こぼれけり
爽涼や鈴の音高く祓はるる
木の実降る杜に名代のきし麺屋
秋惜しむ絵硝子張りの女優の間
さやけしや小切れのしぼの蝶模様



白魚火秀句
白岩敏秀

再会のよろこび咥へ小鳥来る 檜垣 扁理(一宮)

 「小鳥が一つずつ/音をくわえて とまった木/その木を/ソナチネの木 という」(『ソナチネの木』 岸田衿子 青土社)。
令和元年の名古屋大会が無事に終わった。大会では二百名近い誌友が再会の喜びを分かち合った。
 揚句は参加者を迎える気持ちの籠もった存問(挨拶)である。
  木曽三川水を豊かに鳥渡る
 木曽三川は濃尾平野を流れる木曽川、長良川、揖斐川の総称である。濃尾三川と呼ばれることもある。濃尾平野はこの三川にはぐくまれて来た。
 流れ豊かな木曽三川の上空を渡る鳥は、あたかも全国大会を目指す白魚火誌友のようではないか。

爽涼や鈴の音高く祓はるる 森田 陽子(東広島)

 熱田神宮は七五三詣の人達で混雑していた。拝殿内でのご祈祷は一杯なのか、庭にテントが設けられて、そこで祓いを受けていた親子がいた。親の傍で神妙に頭を下げて、巫女の鳴らす鈴音を聞いていた子どもの姿が印象的。七五三の言葉を使わずに、それを想像させるところが巧い。全国大会での私の特選一位の句。
  千年の楠より秋日こぼれけり
 「熱田神宮の社叢」は文化庁の調査でも「疎林ではあるが、数少ない尾張地方における常緑広葉樹林の一つである。クスノキ、タブ、タブノキなどの老樹が多く云々」とあり、ことに楠は巨木が多く、中の数本は樹齢千年前後といわれている、と熱田神宮庁発行の『熱田神宮』に載っている。境内には弘法大師のお手植えと言われる樹齢千年の楠がある。樹高約二十メートルからの秋日は尊いものだったに違いない。

一つ灯に集まる家族文化の日 上早稲恵智子(東広島)

 かつて、ラジオの時代やテレビが一家に一台のころは、全員が茶の間に集まって楽しんだものだ。今は一人一台となって、全員が顔を合わすことが少なくなった。「一つ灯に」とあるから集まるのは文化の日だからではなく、日常的なことなのだろう。家族の和やかな団欒の様子が浮かんでくる。

秋祭他郷いつしかふる里に 村上  修(磐田)

 遠くで祭り囃子が聞こえてくる。ふる里の祭が懐かしく思い出される歳になった。父母のいるふる里を出てから幾十年が過ぎて、ここがふる里になってしまった。しみじみと感慨にふける秋の夜長である。

富士山はいつも正面秋茶刈る 大石 益江(牧之原)

 富士山を正面にして、秋晴れのしたで茶を刈っている情景。春に摘んだ新茶を一番茶、続いて二番茶、三番茶と摘んで、九月末頃に摘む茶が「秋茶」又は「秋新茶」と言われる。この言葉はどの歳時記にも辞書にもないが、調べもよく詩的な言葉である。「耕」や「秋耕」、「芽吹く」や「秋の芽」のように「秋茶刈る」も季語にしてもよいと思う。

二人して剥いて二人の栗ごはん 坂田 吉康(浜松)

 明るい秋灯しの下で、向かい合って静かに栗を剥いている。特別に会話がなくても、通じ合うほどの年月を重ねてきた夫と妻。皮むきが終われば、明日の御飯を二人分仕掛ける。穏やかな夫婦の日々是好日である。

秋日和三戸の村へ郵便夫 藤井 倶子(浜松)

 都会生活に憧れるのか、子ども達の所で住むのか、離村してゆく人が絶えず、ついに三戸だけとなった。そんな村に今日も来た郵便夫。動くもののない村内に動く郵便夫を配して、がらんとした大きな空間の描写に成功している。三戸の家も無人の家も同じ秋日和。

青空を切り絵のごとく鳥渡る 池森二三子 (東広島)

 季語の渡り鳥は秋に日本へ来て春に帰る冬鳥のこと。秋晴れの空を渡り鳥が群れをなして飛んでいる。逆光の故か、高い故か何鳥とも分からない。「切り絵のごとく」としたことで句の奥行きが深くなった。色々な渡り鳥が想像できて楽しい。

ビスマルク像の口髭小鳥来る 菊池 まゆ (宇都宮)

 ビスマルク(一八一五~一八九八)はドイツの政治家で一八七一年にドイツ統一をした。鉄血宰相と呼ばれたビスマルク像の大きな口髭と可愛い小鳥の組合せにおかしみがある。ドイツでの旅行吟だろう。


    その他触れたかった句     

秋惜しむ宮の渡しに灯のともり
秋天を湖一枚に収めけり
秋うらら和紙で束ぬる巫女の髪
みづうみの磧の乾ききりぎりす
重ね来し日数を語り菊の酒
軒に干す軍手あまたや豊の秋
椅子一つ庭に出てゐる秋日かな
稲刈つて一村軽くなりにけり
海の風連れて船着く蘆の花
蓮の実の飛んで徳川園の池
柿捥ぎし枝蒼天へ戻しけり
村芝居舞台に夕日集まれり
神無月爪の伸びるは生きている
祝ぐ心もて新米を炊きにけり
村捨てし人も集へる里神楽

伊藤 達雄
山口 悦夫
船木 淑子
早川三知子
牧野 邦子
高橋 茂子
本倉 裕子
篠原 凉子
朝日 幸子
高山 京子
難波紀久子
岩﨑 昌子
山下 直美
河森 利子
福光  栄


禁無断転載