最終更新日(Update)'25.09.01

白魚火 令和7年9月号 抜粋

 
(通巻第841号)
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9月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句  渥美 尚作
夏炉 (作品) 檜林 弘一
佳き名 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭1位〜10位のみ掲載)
白光集 (奥野津矢子選) (巻頭句のみ掲載)
  森 志保、熊倉 一彦
白光秀句  奥野 津矢子
浜松白魚火吟行句会報 金原 恵子
石照庭園を廻る吟行句会 妹尾 福子
白魚火集(檜林弘一選) (巻頭句のみ掲載)
  藤江 喨子、松原 青風
白魚火秀句 檜林 弘一


季節の一句

(浜松)渥美 尚作

客の去る卓にぽつんと秋扇  岡 弘文
          (令和六年十一月号 白魚火集より)
 長いお付合いのある友人が、残暑の中を久し振りに訪ねて来てくれ、四方山話に気持が弾んだ。一時間ほどが、あっという間に過ぎた。友人は腕時計を見やり「これは長居をしてしまって」と言いつつ帰って行った。
 見送りをし部屋に戻ると、卓に秋扇が残っていた。「ぽつんと秋扇」が客が帰ったあとの作者の思いをよく伝える。学生時代の友は年を重ねると、より懐かしくなる。
 盛りの時期を過ぎた哀感が漂う。

帰れぬと便りの届く盆の月  鈴木 誠
          (令和六年十一月号 白魚火集より)
 昼間はまだまだ暑い日が続いているが、三方を山に囲まれている地に住む作者の所は、夕方になると少し涼気を含んだ心地良い風が来るようになった。
 「そういえば今月は盆月なのか」
 田舎の習慣で正月と盆は帰省することとなっているが、今年は帰れないと便りが届いていた。
 仕事が余程忙しいのであろうか、それとも急な用事が入ったのだろうか、いずれにしても今年の盆は顔を見ることはできないということだ。それぞれの生活の地で、月を見てお互いにおもいやることとなるのだろう。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 帰去来 (出雲)安食 彰彦
花見には行かずに答みあたらず
揚雲雀斐伊川清しとこしなへ
田を植うる空も出雲もみな青し
梅雨冷と言うてひねもす誰も来ず
昼寝覚朱筆を入るるところなし
喜雨うれし余命は知らず疑はず
帰去来のふるさと出雲夏旺ん
朝顔の正しく水にうつりけり

 地球の端 (浜松)村上 尚子
千坪の闇にぼたんの沈みゆく
小満や地球の端が見えてをり
花みかん灯の点く島とつかぬ島
駿河湾の風をいただく薄暑かな
広重の富士見て休む袋掛
気まぐれなる夫の補聴器走り梅雨
蔵の戸の観音開き若葉風
レース着てちちははの世へ近付きぬ

 螢狩 (浜松)渥美 絹代
潮風を受けつつ枇杷の袋掛
住職も出で集落の草を刈る
鶏小屋に羽根の散らばり麦熟るる
螢狩うしろを夫の杖の音
潮騒を遠くに茄子の太りゆく
桑の実を食めば富士へと雲流れ
父の日や根こそぎの木の流れゆく
峰雲や草を焚く火のおとろへず

 茶請け (唐津)小浜 史都女
茶請けにもよし空豆の塩加減
昨日よりけふ丸くなる箒草
余り苗捨て苗もなく千枚田
縷紅草この道好きになりにけり
夕暮を拒んでゐたる山法師
夏雲雀日和よき日は降りてこず
睡蓮の白より睡くなりにけり
鯉はねて早々に梅雨明けにけり

 虹ゆきの (宇都宮)中村 國司
夏めきぬ草食む馬の眼配りも
梅雨明とつぶやく紀文玉子焼
眼鏡型ルーペを磨く毛虫見つ
踏切のななめ前方はなざくろ
緑蔭古雅円仁産湯井をのこし
虹ゆきの電車がはしる宇都宮
国道の芥をながし梅雨さかん
世のものに人は名をつけ雨蛙

 俄雨 (北見)金田 野歩女
新茶汲む湯呑みにありし窯の銘
夏霞纏う砂洲まで歩こうか
筆筒に使はぬペンも桜桃忌
五月闇古き歳時記捨てかぬる
風薫る会ふ度背丈伸びてをり
蟻の列乱して止みぬ俄雨
山を負ふ島の民宿時鳥
朝凪や小舟傾げて海を突く

 月涼し (東京)寺澤 朝子
つくばひに羽根打ち振るふ糸とんぼ
青梅一つ転がつてゐる塀の外
遥けしや朴の花咲く父母の墓所
すべらかに筆はすすまず桜桃忌
初鰹出雲の醬油まつたりと
目薬のこぼれてばかり旱梅雨
ほつと気のゆるびて昼寝することに
月涼しまだまだ続く未知の旅

 卯浪 (旭川)平間 純一
虎杖の海へ向きたる捨てサイロ
累々と流木卯浪寄すばかり
荒磯に立ちたる鳥居山瀬風
鎮魂の湖の静まる深山蟬
千本の杉の献木蟬しぐれ
薬学部の森の静けさ蝦夷丹生の花
蝦夷丹生や神の数なるイナウ立つ
蕺菜の花雨呼ぶ風の立ち怪し

 夕立 (宇都宮)星田 一草
万緑に構へて朱き仁王門
桜の実ふまじと踏んで寺の磴
万緑や仁王踏ん張る足の指
紫陽花の初めの毬の白さかな
梅雨寒や邨の外れに家二軒
ガジュマルに子らの集ひぬ沖縄忌
昼寝覚声なき妻の声に覚め
アスファルト叩く夕立の匂かな

 螢火 (栃木)柴山 要作
化け地蔵に異国の硬貨苔の花
迎へ梅雨拭きて読み解く芭蕉句碑
固く扉閉づる釈迦堂梅雨茸
いはほ嚙む滾つ流れや梅雨の渕
ショートステイの妻ねたるや梅雨の星
唐門より高く匂へる花樗
時の日や飛ぶよに過ぐる老いの日々
螢火濃し闇深ければ深きほど

 雲の峰 (群馬)篠原 庄治
生臭き風を吐きだす夏木立
白壁を隠し初めたり蔦青葉
己が葉に影ゆらしけり蓮の花
風癖の付きし青田の揺れどほし
黙もくと何を走るや蟻の列
父祖の墓霊気ただよふ青すすき
浅間嶺に伸ばし掛けたり雲の峰
指先で弾く音良き西瓜買ふ

 夜光虫 (浜松)弓場 忠義
青梅雨の藪を立つ鳥こゑもなし
男傘立て掛けてあり梅雨の月
釣舟の屋号行き交ふ明早し
ラムネ玉かちりと鳴らし喉ならし
引く波のかなしき音や夜光虫
白鷺の水田一枚かがやかす
浮苗を正す翁の足のあと
掛け声のそろふ駆足夏木立

 塩あめ (出雲)渡部 美知子
大空をゆさぶつて取る小梅かな
短夜の神名火山より明けゆけり
斐川野をわたる風の香田水の香
山法師山懐に灯をともす
塩あめを口に小暑の町なかへ
ノクターンの流るる茶房合歓の花
岩鼻に一羽のごめの動かざる
朝凪の海紺青を濃くしたる

 中干し (出雲)三原 白鴉
中干しの青田の泥のにほひけり
相似形に揺れて川面の合歓の花
木立抜け影新しき黒揚羽
胡瓜揉む妻ゐぬ昼の一人の餉
谷川の音も一品夏料理
田のにほひ川の水音夕端居
追伸の如きに小さき落し文
遠花火湖上三里の空焦がす

 軽鳧の子 (札幌)奥野 津矢子
桃源に母を預けて桐の花
入れ替はるしんがり軽鳧の子の七羽
人の世にぶらりと下がる土壜割
六月の「よさこいソーラン祭り」かな
滝のはじまり空を見て雲を見て
尾のありし辺りの痒し夏薊
日雷机の真中のみ片す
赫すぎて朝焼雲の恐ろしき

 地蔵の胡坐 (宇都宮)星 揚子
紫陽花や車夫前傾に踏み出して
ゆつたりと地蔵の胡坐苔の花
梅雨空へ殉死の墓の屹立す
手のひらにひんやり沈む濃紫陽花
測量器覗けば過る夏の蝶
ノートより外れし付箋半夏生
母逝きし年に並びぬ合歓の花
向日葵や鎌積んで出る猫車

 心太 (浜松)阿部 芙美子
乗り継ぎの鈍行列車風薫る
雑音を拾ふラジオや梅雨に入る
我慢強き父のひと言蟇の鳴く
梅雨の星恋と呼ぶには短すぎ
縁日の出目金今日も生きてをり
何もかもいつそ終りに心太
笹百合を背負子に揺らし下りて来る
水飲みに起きて厨の水中花

 水着の子 (浜松)佐藤 升子
緑さす火の見梯子の十段目
母の顔見に行く日々や桐の花
椎の花匂へり鳥居見えてより
吊革の腕に力や梅雨に入る
傘ささぬほどの雨なり桑いちご
相槌を打ちて団扇の風送る
川床座敷瀬音に膝をくづしをり
丸橋を走つてゆける水着の子



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 資料館 (宇都宮)松本 光子
実桜やこゑを零して鳥立てり
真つ新な対面キッチン緑さす
札所より望む町並新樹光
麦秋の灯して昏き資料館
内陣の明かりの洩るる青葉闇
糠雨に音立て落つる実梅かな

 別所街道 (浜松)林 浩世
足音に低く飛び立つ梅雨の蝶
切株に小さく傾ぎ梅雨菌
城址を横切る線路夏落葉
ゆるやかに曲がる街道枇杷熟るる
日盛の山の学校よりチャイム
夏の富士裾あをあをと伸ばしをり

 月涼し (松江)西村 松子
はつなつの光の中へボール蹴る
歌垣の山容れ代田息づけり
植田百枚まつさらな風吹き渡る
月涼し晩年の歩はゆるやかに
甘藷植う時折海に目をやりて
風紋のやうな雲なり麦を刈る

 葉書二通 (呉)大隈 ひろみ
郵便受けに葉書二通とかたつむり
海軍の手記読む夫へ古茶熱く
時鳥夕餉の箸をしばし置き
飛魚飛んで水平線は目の高さ
家ごとのあぢさゐを見てポストまで
荒梅雨や数へてふふむ陀羅尼助

 蛍狩 (高松)後藤 政春
朝の径蛇の匂のして来たり
田植機を止め通学の子ら走る
薔薇の雨しづかに手話のはづみをり
知らぬ子に手をにぎられて蛍狩
往診の医師が目を遣る牡丹かな
空蟬や原子炉囲ふ鉄条網

 風致林 (函館)広瀬 むつき
風致林に六月の風鳥の声
野の草の尖りて雨の芒種かな
田植せぬ我にも届く祝餅
揃ひたる植田の上を風渡る
亡き人の自転車今も花菖蒲
クレーンを畳む港や夏の霧

 正午の時報 (磐田)齋藤 文子
音をたて虹鱒向きをかへにけり
山あひに正午の時報青時雨
ピアノ据ゑ十四畳の夏座敷
山よりの水にラムネを浸しをり
山雀や筧の水を少し浴ぶ
富士山も水木の花も雨の中

 梅雨に入る (浜松)塩野 昌治
水木の花樹海の闇に浮かびけり
ひと振りの粗挽き胡椒梅雨に入る
豆飯のこみ合ふところ掬ひけり
かたつむり身丈五倍の葉を揺らす
白南風や窓に肘つく女学生
大御田に水満ちてをり雲の峰

 青梅雨 (苫小牧)浅野 数方
緑さす鳥獣館の救護棟
薫風や牛は乳房を草に置き
梅雨空の重し厩の馬栓棒
橋一つ渡るとコタン青芒
開け放つチセは無番地夏薊
青梅雨の日暮ゆつくり来たりけり

 丸の内 (船橋)原 美香子
晶子忌や雫のせたる薔薇を剪る
新しき如雨露を買へば梅雨に入る
夕暮の風鈴ふいと鳴り出しぬ
明易し釣船の出るエンジン音
彫刻の龍が目を剝く日の盛
丸の内ショーウィンドーにががんぼ来



白光集
〔同人作品〕   巻頭句
奥野津矢子選

 森 志保 (浜松)
五月富士放牧の牛寝そべりぬ
青時雨堀をゆつくり舟巡る
覗かれて向きを変へたる白目高
石ひとつ蹴り損なつて梅雨あがる
山水のあふるる桶にラムネかな

 熊倉 一彦 (日光)
水田の匂を纏ふ夏の月
ぱりぱりの羽根付餃子梅雨の月
誕生日妻から貰ふパナマ帽
かりかりのベーコンエッグ梅雨晴間
篤農の友の長靴青田波



白光秀句
奥野 津矢子

五月富士放牧の牛寝そべりぬ 森  志保(浜松)

 五月と言う月を冠に据える季語「五月富士」は雪が消えて夏らしくなった富士山で周囲の新緑と相俟って清潔感そのものであると称えている。毎日富士山を眺める事が出来る人達が心底羨ましい。麓で放牧中の牛がのんびりとストレス無く寝そべっている景は、大きな一枚の絵になって美術館に飾られているような自然な感じがする。作者のゆったりとした心も感じられる。
  覗かれて向きを変へたる白目高
 最近は目高を見る事がなくなったが調べてみると飼っている人は多いらしい。白目高は改良品種で繁殖力は強いが絶滅危惧種に指定されたと載っている。白→アルビノ→弱いと思っていたが、白目高はアルビノではないので弱いとは限らないそうだ。大きな人間の顔で覗かれたので向きを変えた、と目高目線での詠み方に興味がわき、又様子を知らせてほしいと思う句になった。

ぱりぱりの羽根付餃子梅雨の月 熊倉 一彦(日光)

 美味しそうな句に出来上がった。餃子を羽根付きにするのはどうするのだろうと思った事がある。今はクックパッドのレシピを見ると作り方が載っている。作者は中華店で食べたのかもしれないがぱりっとした音が届いてきそうだ。
 鬱陶しい梅雨の夜にふと現れた月との取り合わせにお酒も美味しく頂いているのだろうと想像出来る。
  篤農の友の長靴青田波
 熱心に農業に携わり研究に励む友人を持つ作者。今年の米騒動を思うと米作りがいかに大切かは誰でも解る。もっと第一次産業を大事にしてほしいと切に願う。友の入った句は少し甘くなるのではないかと思っていたがしっかりと友をリスペクトして格調の高い句になった。

講釈を聞きつつ鮎をもらひけり 田中 明子(磐田)

 作者の目線が鮎に向いている事がそれとなく解る楽しい句。勿論鮎釣りの講釈もきちんと聞いている。目は鮎に耳は講釈に自然に笑顔も追加され新鮮な鮎を戴いた。遠慮がちな作者も垣間見えて好感がもてる。

蝦夷の夏何が何でも成吉思汗 中村 公春(旭川)

 今年も猛暑の日本列島。北海道も本州程ではないが暑い。少し慣れてきたが旭川、北見等暑い地域での生活は大変だと思う。そんな中、郷土料理の成吉思汗を絶対に食べなければならないと言う作者。羊肉をジュージュー焼きながら暑い夏を乗り切ろう!と元気の出る句に元気を貰った。

無と記す職業欄や茄子の花 鈴木 利久(浜松)

 職業欄に何を書くかは人それぞれ。年齢のようにはっきりとした答は無い。投句用紙の職業欄は無職が多いようだ。季語の「茄子の花」から作者のこれまでの人生が無駄無く充実していた事が想像できる句。

ごきぶりに気づかれぬやう叩きけり 鳥越 千波(唐津)

 ごきぶり退治の達人の句に思わず唸ってしまった。ごきぶりも気が付かない内に天国へおくってしまったのだ。残念ながら私はごきぶりをまだ見たことが無い。
 〝ごきぶりを叩く電光石火かな〟の村上尚子先生の句を思い出し達人の技の凄さを再確認。

御器かぶり睨みて新聞丸めをり 藤原 益世(雲南)

 この作者も御器かぶり、つまりごきぶり退治に馴れているのだろう。新聞を丸めている姿が目に浮かび真剣さとおかしみも感じてしまう。見たことが無いので許して頂きたい。

夏シャツは花火の柄の銀行員 鈴木 敦子(浜松)

 硬い職業の銀行員はみんな白シャツに紺の背広姿と思っていたが違うようだ。窓口の方、あるいは訪ねてきた銀行員のシャツが花火の柄で一瞬目がシャツに釘付けになった事を素直に詠んだ掲句は夏の感じが満載で、派手なシャツも仕事に支障がなく銀行の宣伝になっているのかもしれない。

朝焼やポンポン船の出航す 高田 喜代(札幌)

 ポンポンと小気味良いエンジン音を響かせ朝早く漁船が漁に出て行く景が見える。一日の始まりを前向きにと思う気持ちがポンポン船の出航に出ているが、雨の前兆といわれる朝焼が作者の気持ちを微妙に複雑にしているように感じる句だ。

撫うさぎに息災祈る半夏かな 勝部アサ子(出雲)

 撫牛は神社でよく見かけるが掲句は「撫うさぎ」である。
 作者は出雲の方なので、「因幡の白兎」を思い浮かべ、鳥取の全国大会で白兎海岸、白兎神社を訪れた事を思い出させてもらった。季語の「半夏」「半夏生」は時候と植物にあり気の使う季語であるが読み手に委ねるのも一つ。

藤袴咲かせて旅の蝶を待つ 加藤 明子(牧之原)

 蝶は春の季語だが季節を限定せず旅の蝶として、藤袴を咲かせて来てくれるのを待っている作者。長距離を移動する蝶のアサギマダラは移動の途中で世代を重ね秋になると藤袴の花によく訪れると載っている。今年もどうか来てくれますようにと楽しみに待っている愛情の深さを感じる句になった。


その他の感銘句

うなぎ釣るみんな河童となつてをり
滴りや海無き県に湖五つ
甘酒の香におしぼりをほどきけり
OLのヒールかつかつ白丁花
襟元に団扇の風を足しにけり
帰りには植田となりて小さき村
雲の峰ばつさり髪を切りにけり
梅雨晴間よく効いてゐる痛み止め
駐屯地にひしめく戦車日の盛
十薬や古墳の濠を埋めをり
父の日の父の賄ふ夕餉かな
五月雨やみなとみらいは靄の中
極楽と云ふ陽を浴びて生身魂
古茶新茶織部の皿に塩羊羹
ひこひこと白鷺田圃歩きをり

溝口 正泰
浅井 勝子
工藤 智子
砂間 達也
三浦 紗和
新開 幸子
前川 幹子
佐々木智枝子
岡部 兼明
伊藤 達雄
山羽 法子
岩井 秀明
山西 悦子
古川美弥子
岡部 章子



白魚火集
〔同人・会員作品〕   巻頭句
檜林弘一選

 出雲 藤江 喨子
忽ちに鳥声満つる梅雨の晴
七輪に一家の歴史鮎届く
露座仏へ青葉若葉のしづくかな
滝しぶき光の束となりて落つ
もはや雲遊ぶ余地なき青田かな

 高松 松原 青風
潮風に色あるごとく枇杷熟るる
実梅落つ宮の土俵のそちこちに
万緑の最中恩師の逝き給ふ
二重虹瀬戸大橋を跨ぎをり
源泉は四国三郎田植終ふ



白魚火秀句
檜林弘一

滝しぶき光の束となりて落つ 藤江 喨子(出雲)

 滝は夏の涼やかな自然の情景を詠むのに適している季題のひとつ。掲句は、太陽光や自然光が滝の水しぶきに反射し、光の束となって輝いている様子を詠まれている。落ち続けている水しぶきがただの水滴ではなく、美しい光の織物のように変化を続けているイメージがある。滝から落ちる水が光の束となっているという先行句はあるが、滝の飛沫を切口として詠まれた作品はないように思える。滝の飛沫を捉えたことで、この滝の神々しさを具象化しているとも言える。臨場感のあふれる一句である。
  忽ちに鳥声満つる梅雨の晴
 梅雨の晴は、この時期の特徴的な晴れ間を示し、雨の続いた日々の合間の、ほっとする瞬間であろう。五月晴、梅雨晴間などもあるが、この場合には、晴にウエイトを置いた梅雨の晴が適っていると思われる。作者はこの一瞬の晴れ間を、鳥の声という具体的なもので鮮やかに切り取られている。忽ちに、満つる、といった表現も景の具象化に効果的である。

源泉は四国三郎田植終ふ 松原 青風(高松)

 四国三郎は吉野川の異名。暴れ川として知られ、四国で最も大きな一級河川である。今年は米騒動もどきのご時勢が続いているが、この流域の米の作柄はどうであろうか。
 源泉が遠くの山々から始まり、平野を潤し、その恵みによって田植えが可能となる。そうした壮大な水の循環と、人間の営みが静かに交差する一句。「四国三郎」という固有名詞が印象的で、地理的・歴史的背景を滲ませている。
  二重虹瀬戸大橋を跨ぎをり
 瀬戸大橋は本州と四国を結ぶ巨大な橋梁。その存在感と、虹との組み合わせが圧倒的なスケール感を醸している。
 「二重虹」という語が出てくることで、単なる気象現象ではなく、この特別な瞬間に立ち会った作者の感慨が伝わってくる。この景を包む広々とした夏空も想起できそうである。

裏通り行けば掘割錦鯉 陶山 京子(雲南)

 一読するだけでは、通り過ぎてしまいそうな句柄ではあるが、穏やかな情景を静かに切り取った美しい作品。日常の喧騒を離れた裏通りを行くと、そこに現れるのは古い町中に残る水路であり、水辺のある町並みが想像される。そこには色とりどりの錦鯉が戯れているというのである。裏通り~掘割~錦鯉の語句の流れが心地よい。日常の裏側にある、ひそやかな美を、見過ごさず掬い取った一句。

篠笛の音に始まる夏芝居 横尾 雅子(小城)

 「夏芝居」という季語は、ただの演劇ではなく、日本の夏ならではの雰囲気を背負っている。一方、篠笛も日本人の心に深く響く楽器のひとつであろう。その音はクリアすぎず、少しかすれたような音が特徴であり、奏者の感情や息づかいによって大きく表情を変える。
 「篠笛の音に始まる」という措辞に、この夏芝居の舞台に対する静かな高揚感を感じる一句である。

つと止まるとんぼ乗る風換へにけり 藤田 光代(牧之原)

 止まるは解釈が分かれるかもしれないが、風の道が幾筋かあり、乗り換えたという解釈ができそうである。とんぼを観察していると、ヘリコプターのホバリングのように空中に静止している場合がある。その動きを再開するときは、滑らかに移動せず、少々不連続めく動きをするような気もする。作者はこのことを風を乗り換えたのではないか?という見方をされたのであろう。よく対象を見て感じ取った一句と言える。

父の日の空咳一つしてみたり 松本 義久(浜松)

 父の日は、家族が父を思い、ねぎらう日である。掲句はそんなニュアンスや、贈り物等を詠んでいないところが印象的である。「してみたり」は軽い言い回しのようだが、そこに揺れる気持ちや曖昧な心の動きがにじんでいる。
 「声をかけられたい」、「気づいてほしい」、そうした不器用ながらも純朴な父親像が、十七音のなかに浮かび上がってくる。

母恋てふ無人駅から夏の蝶 佐藤やす美(札幌)

 「母恋(ぼこい)」という地名を巧みに生かしながら、旅情や郷愁、そして夏蝶という季題で、季節感を静かに立ち上がらせている。「母恋」は実在する駅名(北海道室蘭市)であり、「母を恋う」という言葉の響きが句に宿っている。
 駅は人の出入り、始まりと終わりの象徴であり、そこが無人駅であることで、静けさや過去の記憶といったイメージが浮かぶ。母の記憶に誘われて、ひらりと夏の蝶が飛び立ったというポエジーが感じられた。


    その他触れたかった句     

竃に達磨の団扇置かれあり
七半の音を吸ひ込む夏の山
麦秋や行き先決めぬ一人旅
南吹くダムに途切るる獣道
麦刈るや父の形見の農日記
コーヒーを飲むひとときの風涼し
雷鳴の那須野が原を一跨ぎ
キャタピラーに石の踏まるる日の盛
手の内の蛍の青き息づかひ
草刈は朝飯前の一仕事
山法師雨の匂の無人駅
梅雨明の空書の窓の広さかな
歳時記に生絹のカバー夏座敷
潮焼の船頭ならぶ遷宮祭
讃美歌の声の外るる暑さかな

金子千江子
長田 弘子
鈴木  誠
舛岡美恵子
後藤 春子
名倉 慶子
西山 弓子
岡部 兼明
鈴木 利久
貞広 晃平
佐々木和子
若狹 昭宏
宮﨑美智子
藤井ゆり子
広谷 和文


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