最終更新日(Update)'25.06.01

白魚火 令和7年6月号 抜粋

 
(通巻第838号)
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6月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句  佐藤 升子
暮の春 (作品) 檜林 弘一
木の香 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭1位〜10位のみ掲載)
白光集 (奥野津矢子選) (巻頭句のみ掲載)
  青木 いく代、井原 栄子
白光秀句  奥野 津矢子
浜松白魚火会第二十七回総会及び俳句大会 渡辺 強
栃木県白魚火総会及び俳句大会 江連 江女
白魚火集(檜林弘一選) (巻頭句のみ掲載)
  妹尾 福子、小杉 好恵
白魚火秀句 檜林 弘一


季節の一句

(浜松)佐藤 升子

何ごとにも一所懸命柿の花  鈴木 誠
          (令和六年九月号 白光集より)
 掲句を声に出して読んだ時、一所懸命の語感が心地好く感じられました。何ごとにも一所懸命にという御自身のお気持を述べられたのか、また作者の周りの方を思い浮かべて詠まれたのか、どうでしょうか?簡潔に真っ直ぐに表現されて清々しく思います。柿の花は、黄色味を帯びた白い花で葉に埋もれて咲くので目立ちにくい花ですが、秋ともなれば実をつけますので家々でよく植えられています。
 季語「柿の花」からその人の佇まいも浮かび上ってきます。印象深い一句でした。

親譲りの丈夫な体さくらの実  山田 惠子
          (令和六年九月号 白光集より)
 桜の花もはや終わって、葉の間には小さな実が結ばれているのが見える。青色から赤色の実へと、そしてやがて黒みがかった色へと変わっていく。この季節の移ろいの中でも丈夫に過ごさせて貰っている。これも親から譲り受けた体のお蔭と御両親を有り難く思う作者です。
 この句を読んだ時、仁尾正文先生の「頑丈に生んでくれたる柚子湯かな」が思い出されました。それぞれ御両親への感謝の気持を柚子湯とさくらの実で表されています。掲句からは作者の恙無い暮し振りと穏やかな日々がうかがわれる佳句と思いました。

夏暖簾ふかれ町屋の奥見ゆる  前川 幹子
          (令和六年九月号 白魚火集より)
 町屋といえば京都を先ず思い浮かべますが、全国にあってその地域や造られた時代に因って種々の様です。古い街並を訪れますと、表通りに面して昔の宿や種々の商家などの民家が立ち並んでいますが、間口が狭く奥に長い傾向が有ります。家の正面の片側に一間の半分位の入口が設けられ、風通りの良い土間が奥へと通っているのが見られます。
 作者は入口の夏暖簾がさっと風に吹かれた一瞬を目にとめました。見ゆるとだけ言って暖簾はとか、風はとか後は読者の想像に任せました。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 冬眠の蝮 (出雲)安食 彰彦
冬眠の蝮の横に老い眠る
手酌にて朋友と酌む木の芽和
壺焼の民宿のママ割烹着
両の手で受くる草餅いただきぬ
子と孫に昔話を桜餅
退職の辞令を眺む桜餅
耕して来たる田圃の新校舎
喉飴を孫の嫁より春の風邪

 自動ピアノ (浜松)村上 尚子
耳寄りな話に蝶の近寄り来
ぽつと日が差したんぽぽの目覚めけり
雪形や窓の大きなレストラン
春一番自動ピアノの鳴り出しぬ
尾も鰭も跳ね三方の桜鯛
蜆売道を濡らしてゆきにけり
月光と結ばれてゐるこぶしの芽
みづうみに雨の近付く暮春かな

 正文忌 (浜松)渥美 絹代
正文忌過ぎ一寸の牡丹の芽
春時雨蔵にオルガン蓄音機
住職の薪割るほとり蝶生る
雛の家垣に雀の十羽ほど
春愁や山羊のゐる野に寝ころびて
燕来る庫裏の戸口に伝言板
木の香まだ残る切株鳥の恋
花冷の煙突あをき煙吐く

 花の頃 (唐津)小浜 史都女
花いまだ太閤しのぶ大茶会
いただきはまだ日のありぬ山桜
夕風にかはる万朶のさくらかな
島裏も島のおもてもさくら冷
花曇壱岐の沖まで凪いでをり
風ほどに波はたたぬよ花おぼろ
飛花のなかまだ生きていていいですか
系図などなき家に生れさくら浴ぶ

 霾 (宇都宮)中村 國司
料峭の叫び已まざり檻の鶴
開きたる孝子桜や直に垂れ
天空に散る花ありぬ吉野建
柳吹く風のこぼるる車椅子
踏切をゆける卒業子の背中
案内図下に猫背の土筆たつ
道草の子の屈みたるばい被膜
誉め過ぎず名山あふぐ霾晦

 春の雨 (東広島)渡邉 春枝
名園の池を一周散るさくら
新しき句帳を開く花の園
何もかも舐むる児と居て暖かし
再会を約する別れ散るさくら
木の匙に残る木の香や暖かし
おもちや箱はみ出す玩具春の雨
公園の石橋渡る夏帽子
まだ土を踏める足あり苺摘む

 鱒 (北見)金田 野歩女
薄氷を残らず踏んで登校す
水温むゴム長でゆく探鳥会
ものの芽の赤や黄色の未だ幼
父母の亡き里鱒群るる里の川
陽炎の辺り湯の町峡の町
風光るアームは空で工事中
うはばきの汚れ明日より春休
指先も背筋も伸ばす入社式

 望郷 (東京)寺澤 朝子
泰平や濠満々と城の春
花影踏む此処は嘗ての登城口
満開の花に浮くごと天守閣
桜まじ戦を知らぬ城下町
花惜しむ広間跡てふ二の丸に
花の茶屋三品が程のお品書
城仰ぎ学びし日あり花の門
花おぼろふつとさみしくなつて来ぬ

 風光る (旭川)平間 純一
残雪に足跡歌ひ踊りけり
「何釣れる」「なんも釣れない」温む川
猫の髭ぴくりと動く二月尽
土の春漢腕組み遠く見る
麗かやそつぽ向かるる雄の鳩
淡く焼くフレンチトースト雪の果
春疾風呼ぶ声ちぎれちぎれつつ
餞別のサッカーボール風光る

 猫柳 (宇都宮)星田 一草
啓蟄や嬰児の足の宙を蹴る
目は父似頰は母似よひひなの日
水温む末広がりに鯉の群れ
水温むそらを呑み込む鯉の口
街川の暗き流れに春の雪
猫柳綺羅を奏づる堰の水
釣堀に競ふだんまり水湿む
鈍行の追ひ越されゆく旅日永

 春兆す (栃木)柴山 要作
早八十路まだまだ八十路春兆す
春兆すやつと開きたるジャムの蓋
無辜の民に止まぬ爆撃春寒し
父の座の今もぽつかり春炬燵
かたかご咲く遺跡広場に子らの声
春泥を跳ぶ子ぐちやぐちや捏ねゐる子
猫柳銀輪飛ばす親子かな
永き日の路地から路地へ蔵の街

 花の雨 (群馬)篠原 庄治
細波に春光眩し峡の湖
雨上がり合掌解く名草の芽
野仏の裳裾に密と二輪草
犬乗せて行く乳母車うららけし
尺棒を使ひ薯植う律儀かな
音も無く降るも風情や花の雨
朧夜や野天湯瀬音鳴るばかり
清明の空一人占め畑に佇つ

 朧 (浜松)弓場 忠義
春の日やリュック一つの旅の空
角砂糖の角の溶けゆく朧かな
岩朧くぼみに水のありにけり
こぼるるも亦うつくしき雛あられ
啓蟄の雨の一日となりにけり
子の夢をのせて漕ぎだす半仙戯
さくら貝あの日の波を近くして
みづうみの水に磨かれ蘆の角

 揚雲雀 (東広島)奥田 積
湖岸から暮れて水輪に残る鴨
春光の大きな湖のひと所
句碑の辺に春りんだうの咲きにけり
母はどこ妻はどこかと揚雲雀
ご法話の声もれてくる名草の芽
松の根方今春蘭の花ざかり
見舞客返してよりの日永かな
入院も二十日を過ぎぬ万愚節

 景の要 (出雲)渡部 美知子
ビー玉の蹴散らしてゆく春の塵
海原と色を一つに鳥曇
人かげの春満月に身じろがず
誰待つといふわけでなし春灯
春の日の真つ先に寄る絵はがき屋
春昼や道に酒の香醬の香
句碑の辺のはくれんはまだ一花二花
暖かや景の要に古川句碑

 風を待つ (出雲)三原 白鴉
弧を描きルアー一閃水温む
師の句碑を訪ふ春泥を踏んでをり
たんぽぽや絮高くして風を待つ
ただ翔ぶを楽しむごとく小灰蝶
花冷やタッチパネルにする署名
水盛りの始まる更地風光る
うららかや引越しの荷の届く家
花満ちてもの音遠くなりにけり

 鳥の声 (札幌)奥野 津矢子
しんしんと春雪暗し鳥の声
春北風に耳をとられてしまひけり
マンモスの一歩踏み出す雨水かな
鼎談の豊かな議論花ミモザ
かげろふの中へとタンクローリー車
丸薬の逃げ足早し鳥曇
一条の碧曳く雲間雁帰る
鰊舟戻る片雲曳きながら

 風切る音 (宇都宮)星 揚子
草の芽のそれと知れたる形かな
オレンジの鵞鳥の瘤や木の芽晴
空振りの風切る音や風光る
一羽去り一羽来る鳥初桜
文江忌の色控へ目な桜かな
半眼のカピバラ二羽の紋黄蝶
城を守るやうにつぎつぎ花筏
金平糖のつのをこりこり日永かな

 養花天 (浜松)阿部 芙美子
校庭にマリアの像や卒業す
風信子手を当て熱を測りをり
神島をのぞむ灯台花菜風
春風やぴんと立ちたる驢馬の耳
乳牛の野太き声や春の暮
隧道に素掘りの跡や養花天
花冷や目薬頰に伝はりぬ
彫り深き阿修羅の像や春惜しむ

 粉薬 (浜松)佐藤 升子
繫船の軋む音たつ桜東風
町の音消して雨降る木の芽和
公園の真ん中を行く春コート
鳥籠を春日の枝に吊りにけり
桜の夜舌にはりつく粉薬
囀や一人にはピザ大きすぎ
自転車を漕いで逃水つれてゆく
春蟬や潮入川に沿ひゆけば



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 正文忌 (浜松)坂田 吉康
冴返る日や十度目の正文忌
山焼のにほひここまで隠れ宿
永き日の出し抜けに鳴る鳩時計
花冷の細々点る街路灯
田螺鳴く生涯母は紅ささず
朧夜の水面に映る湖畔の灯

 火に対ふ (藤枝)横田 じゅんこ
鉄瓶に傾ぐくせあり春遅し
友来れば茶の間は客間あたたかし
火に対ふしづけさのある春炉かな
ミモザ咲く鈴木三都夫の亡き月日
電車にもある戸袋やうららけし
空を拭くやうに手を振る春帽子

 亀鳴けり (群馬)鈴木 百合子
あたたかや季寄に大き蔵書印
連なれる梵字のやうな蜷の道
かぎろひにひたりてゐたきひとひかな
噺家の居間に小面亀鳴けり
初花や鋏の音をひびかせて
奥付は枠で囲まれ月朧

 春祭 (島根)田口 耕
紙雛の塵を払ひて捨てられず
水温む流れに向かふ鯉の列
雉鳴くや顔認証に適合し
半蔀をみな開け放ち春祭
花の下音たててゆくランドセル
うららかや水切りの数十を越え

 木の芽風 (多久)大石 ひろ女
県境を越えて名残の雪に遇ふ
雨の日は雨に鈴振る花馬酔木
水平に湖昏れてゆく木の芽風
まんさくの花ほつほつと忌明け来る
春愁や開かぬままの貝の口
防人の島の潮騒さくら貝

 象の子 (鳥取)西村 ゆうき
たんぽぽや声の終りは風となる
春光や象高々と水を噴く
辞儀交はす遠足の児と象の子と
木の芽風愚直に北を指す磁石
鳥帰る手描きの地図に小さき池
城門の乳鋲の尖り風光る

 春の野 (牧之原)坂下 昇子
春めくや木の間に鳥の影しきり
野の光踏みつつ青き踏みにけり
両の手に土筆を摘んで捨てられず
塊のほどけて蝌蚪となりにけり
白木蓮マラソンの影曲がり行く
つなぐ手に幼の温み夕桜

 初桜 (鹿沼)齋藤 都
鍵盤の一枚無音初ざくら
花種にひと声かけて土掛くる
初桜うがひぐすりのすき通る
永き日や窓拭く布のやはらかし
空箱をつぶせば平ら山笑ふ
三月菜ぽつと飛び出すマヨネーズ

 菜の花 (亀山)大澄 滋世
醬油屋の太き煙突春の雲
新しきノート開けば風光る
芋植うる母校を望む山の畑
燕来る地に置かれある鬼瓦
菜の花や杭に子山羊の繫がれて
花ミモザ両手に抱へ寮母来る

 その昔 (呉)大隈 ひろみ
先生にもいちど抱かれ卒園す
楽器ケース運ぶ一団風光る
その昔草戸千軒春の雨
桜の芽張るや水音鳥の声
校倉に古代の宝春の草
朝の日に開く大窓鳥の恋



白光集
〔同人作品〕   巻頭句
奥野津矢子選

 青木 いく代(浜松)
馬の背の思はぬ高さ風光る
手のひらに重みの残る雛納め
辛夷咲く手押しポンプに誘ひ水
通夜の灯を出でて朧を歩きけり
藁屋根の緩き匂配桃の花

 井原 栄子(松江)
雲雀東風旅伏嶺の色むらさきに
うぐひすの声しかと聞く古川句碑
今年また同じ軒下つばめ来る
バンコクのビル群染むる夕焼かな
蓮の花ラナートの音に癒さるる



白光秀句
奥野 津矢子

辛夷咲く手押しポンプに誘ひ水 青木いく代(浜松)

今でも手押しポンプを使っている所はあると思う。
井戸水を汲み上げるのに呼び水としてポンプの上から水を入れて勢いよく上下をさせて水を呼ぶ。昔は我が家でも台所で使っていた。掲句はどのような場所で使っているのであろうか。「辛夷咲く」の表現から町中ではなく畑で使っているように思う。汲み置きの水を持参しているのかもしれない。
下五の「誘ひ水」の措辞にひかれた。
 通夜の灯を出でて朧を歩きけり
日常生活で冠婚葬祭は切り離すことが出来ない習慣。慶弔のどちらが多いかと考えると凶事の方が多くなる年齢になったと思う。突然の訃報に取り急ぎお通夜に出かけるが、その席は明るくはあるが明るさは感じないだろう。親しい人との別れを惜しむ思いが「朧を歩きけり」に表現されている句。

うぐひすの声しかと聞く古川句碑 井原 栄子(松江)

白魚火八〇〇号記念の一筆箋に荒木古川第二代主宰の句碑の写真と〝晩じるといふ里ことば稲の花〟の句が載っている。
仁尾正文第三代主宰は「荒木古川の俳句」(六〇〇号転載)で「白魚火のために自分の時間をすべて使いきった。古川を知らない白魚火会員も増えてきているので秀句を通してこれを顕彰したい」と載せているのでお読み戴きたい。
掲句は「うぐひすの声しかと聞く」の「しかと聞く」に古川先生に対する愛情と思慕が伝わってくる。
 蓮の花ラナートの音に癒さるる
ラナートはタイの鍵盤打楽器で小さな木琴、インターネットで聞くことも出来る。作者は現地で聞いて癒された事でしょう。蓮の花は原産地がインド他と歳時記に解説があるので原種を見てきたのではないかと想像している。

木蓮や師の諳ずる真砂女の句 齋藤 英子(宇都宮)

鈴木真砂女の〝戒名は真砂女でよろし紫木蓮〟の句が浮かんだが作者の師は他の句も沢山愛誦しているのでしょう。
木蓮はとても存在感のある花で、山林に自生する辛夷と似ているが大きさも厚みも木蓮の方が勝っている。季語の力で重みのある句に仕上がった。

跡取りのなべて墓守山すみれ 安部実知子(安来)

墓仕舞が増えているこの頃だが、掲句のように跡取りは暗黙の了解で墓守になっているのが現状。跡取りが居てくれる安心感はあるがどこか俯瞰しているようにも感じる。
「山すみれ」と表記したことでさりげなく気持ちを入れた句になった。

咲き初むる花や文江の忌日くる 本倉 裕子(鹿沼)

(故髙島文江さんのこと)と詞書がある。以前文江さんの〝ぼろぼろの肺生き返れ寒の水〟の句を渥美絹代先生が選評に「酸素ボンベを引っ張って句会に参加、とても熱心だったのが印象にのこっている」と書かれている。皆さまに愛された事が掲句からもよく分かる。

黄砂降る鼻歌の「ヒアカムズザサン」 松田独楽子(函館)

「ヒア・カムズ・ザ・サン」はビートルズの唄で太陽が出てきたので大丈夫!と言う意味の唄だそうだ。「黄砂降る」はマイナスのイメージが強いがプラスに変わる句に仕上がった。

朝東風やラーメン店に長き列 渡辺  強(浜松)

朝からラーメンを食べる人はあまり居ないと思っていたが先日テレビで早朝開店の店の前に開店前から大勢並んでいた。
夜勤明けの方が多く春とはいえまだ寒い朝のラーメンは確かに食べたくなるのかもしれない。
季語の「朝東風」が効いている句。

忽然と解くるパズルや山笑ふ 江⻆トモ子(出雲)

「忽然と解くるパズル」に納得。もう一度と言われてもすぐには無理かもしれない。「山笑ふ」との取り合わせが妙。

亀鳴くや薬を買うて帰る道 工藤 智子(函館)

亀は鳴きません!と言われても「亀鳴くや」の季語は想像力を搔き立て一度は挑戦して詠んでみたいと思う。中七からの「薬を買うて・・」の取り合わせで頭痛薬か風邪薬かの詮索は必要ないと思う。

衣擦れの音一斉に卒業生 品川美保子(呉)

掲句の卒業生の学年は分からないが今は小学校の卒業式でも和装で出席しているのをよく見かける。今年の小学校の入学式でも新入生の着物姿が目立っていた。華やかな晴れ姿に時代の変遷を感じた。

春陰や納骨すみてかるき部屋 門前 峯子(東広島)

家に置いて毎日お参りをしていた遺骨の納骨をすませたら部屋が軽くなったと感じている作者。曇りがちな春の天気の中で少し無理をしているのかもしれないが、何とか自分を納得させて仕上げた句なのでしょう。


その他の感銘句

下萌や退院の声弾みをり
挨拶は花粉症から始まりぬ
馬跳びの馬は兄ちやん山笑ふ
穴あれば石も楽器に春休
一村の誇りを以て卒業す
妹の作る家系図鳥帰る
雪形の鳥現るる遠嶺かな
黄水仙風のタクトに首肯けり
花冷や百になつても四十肩
春潮や砂丘を洗ひ亀洗ふ
花ミモザ目覚めの窓を少しあけ
しやぼん玉の中に子供の夢のあり
春の朝玉子サンドのよくできて
土地売れて蒲公英の花盛りなり
花冷や恋の病に生姜糖

安食希久江
町田 志郎
周藤早百合
佐藤 琴美
安部 育子
武村 光隆
石田 千穂
小村由美子
水出もとめ
髙部 宗夫
八下田善水
仲島 伸枝
山口 悦夫
飯塚富士子
大菅たか子



白魚火集
〔同人・会員作品〕   巻頭句
檜林弘一選

 雲南 妹尾 福子
春田打漢独りの峡の昼
うららかや靴を飛ばして逆上がり
天守吹く風颯々と松の花
山寺に千年の風糸ざくら
風に乗り七瀬を渡る花筏

 札幌 小杉 好恵
絹針は母の勲章針供養
春泥のぬかるみを行く猫車
淡雪や上枝に遊ぶシマエナガ
囀や江ノ島にある裏ルート
夢見月ライトアップの観覧車



白魚火秀句
檜林弘一

風に乗り七瀬を渡る花筏 妹尾 福子(雲南)

動きのある風景描写の中に、静けさと余韻のある一句。「風に乗り」で軽い切れを感じさせ、一呼吸置いて情景がより深く立ち上がる。「七瀬」は、地名でもあり得るが、ここでは「いくつもの浅瀬」と解釈したい。「七瀬を渡る」という表現は、ただの自然描写にとどまらず、人生の道のりや試練を象徴しているようにも感じられた。「花筏」という季語を活かしながら、「七瀬」という詩的な語が巧みに組み合わされている。
 天守吹く風颯々と松の花
歴史ある構造物と松の花を対照させながら、風によって両者を結びつけている一句。颯々は、風が勢いよくさわやかに吹き抜ける様。音感的にも風の勢いと清涼感を伴っている。この句を一読したときのリズム感はこの言葉の語感の効果とも思う。松の花は、静かで目立たない存在ながら、この景と共鳴している季語といえる。

囀や江ノ島にある裏ルート 小杉 好恵(札幌)

季語「囀」と、「江ノ島」「裏ルート」というちょっと俗でありながらポップな語句の取り合わせが独特の個性を放つ。江ノ島という具体的な地名の登場により、リアリティと親近感がある。観光地でありながら自然も豊かな場所なので、「囀」との相性も良い。目を引く言葉が「裏ルート」。表向きの整備された道ではなく、地元の人しか知らないような小道や抜け道、崖沿いの古びた階段などを想像させる。伝統的な季語を使いながらも、現代的な感性でチャレンジされた一句。
 淡雪や上枝に遊ぶシマエナガ
シマエナガは北海道に棲む小さな白い鳥で、エナガの亜種。「雪の妖精」とも呼ばれるほど愛らしい存在である。季語と切れ字「や」の後に、まるで一枚の絵が現れるように「上枝にあそぶシマエナガ」が展開され、読む者の想像を誘う。一瞬の景に宿る美しさを大切にしたい。そんな作者のまなざしが伝わってくる。

雪柳風に絡みて風に解く 柴田まさ江(牧之原)

細くしなやかな枝に白い小花を無数に咲かせる雪柳。風に揺れる姿はまさに春の風物詩のひとつである。同じ「風」が、絡める側にも、解く側にもなるという。また、「風に」というリフレインで、風の存在感が強調され、俳句全体に風の流れ+時間の流れを感じさせる一句。

啓蟄や猫に時どき野性の目 坂口 悦子(苫小牧)

二十四節気のひとつ。自然界の目覚めを象徴し、生命の鼓動を感じる季語。ふだんは家でぬくぬくしている猫。それがふとした拍子に「野性の目」になる瞬間がある。しかもそれが「時どき」なのが妙。思い出すかのように、ふっと野性のスイッチが入る。それがまさに「啓蟄」に重なるような感を持つ。この句には、俳人の客観的な眼差しがあり、常套的で甘い猫俳句の域を超えている。

春北斗善根宿へ一里半 鈴木  誠(浜松)

旅と信仰と春の星という、三拍子を揃えた滋味深い一句。「善根宿」とは、巡礼や旅人を無償で泊めてくれる宿のことで、四国遍路などに見られる文化。現代においては少し遠い存在になったかもしれないが、この句から感じる古風で清らかな旅の心は、よりいっそう輝きを増しているように思う。「祈るように歩く」「星に導かれて進む」「人の善意を信じる」そうした古来よりの純粋な旅のかたちが見える一句。

春眠の中で鯨と泳ぎけり 工藤 智子(函館)

「春眠暁を覚えず」という言葉にもあるように、春の眠りは心地よく、浅く、夢と現のあわいを漂うようなものがある。この「春眠」と「鯨」の取り合わせがとにかく妙である。鯨は、海の生き物の中でも特に神秘的でスケールが大きく、夢の象徴とも言える。「泳ぎけり」という詠嘆の切れ字でまとめることで、夢の中の出来事にしっかりとした実感が与えられているのがよい。

花冷や魚眼レンズで覗く街 古橋 清隆(浜松)

伝統的な季語に、少しシュールな視点を重ねた新感覚の詠み口である。都市と季節と視覚が交錯するような不思議な一瞬が捉えられている。魚眼レンズは、広角で周囲を歪めて映すカメラレンズ。日常の風景がまるでパノラマのように歪み、不思議な世界に見える。春という本来なら華やぐ季節に、歪んだレンズ越しに街中を眺める少し醒めた作者の視線がある。花冷という季語がそう思わせる。


    その他触れたかった句     

蛇行して霞の国へ川流る
内裏雛向ひ合せに仕舞ひけり
玄関に特大の靴お中日
手品師の仕掛け見えをり春の昼
木の芽時縄文土器の底尖る
塗り立てのフェリーのデッキ風光る
山桜咲いてととのふ仁王門
せせらぎに春の日差しの揺れ揺られ
春蘭をほむる三年振りの客
梵鐘のひんやりとあり鳥曇
囀や新居の卓に椀二つ
種袋振りて去年の音選ぶ
春風や古本屋にも新刊書
大仏のてつぺんに鳩春めけり
世界地図に印をつけて春隣

野田 美子
山田 惠子
森下美紀子
岡  久子
山羽 法子
宇於崎桂子
加藤三惠子
相澤よし子
中間 芙沙
高橋 茂子
若井真知子
山口 和恵
沖藤 妙子
前川 幹子
岡本 正子


禁無断転載