最終更新日(Update)'25.04.01

白魚火 令和7年4月号 抜粋

 
(通巻第836号)
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4月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句  鈴木 竜川
春浅し (作品) 檜林 弘一
夕日の屋根 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭1位〜10位のみ掲載)
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
  徳増 眞由美、小林 さつき
白光秀句  奥野 津矢子
白魚火集(檜林弘一選) (巻頭句のみ掲載)
  沼澤 敏美、安部 育子
白魚火秀句 檜林 弘一


季節の一句

(磐田)鈴木 竜川

ふくよかな稚の耳朶桃の花  宇於崎 桂 子
          (令和六年六月号 白光集より)
 稚は何もかもかわいいものですが、耳朶に着目したところが新鮮にうつります。「桃の花」の取合せにより、これからの暖かい季節と明るい人生を想像させています。
 「ふくよか」の形容により、健康に育ったお孫さんの成長に、何ものにも変え難い喜びが伝わって来ます。

日曜のわたしの時間さくら餅  山田 惠子
          (令和六年六月号 白魚火集より)
 毎日が日曜という世代もいますが、現役世代などは、やはり日曜日は格別なものと思います。自分の時間は意識して作らないと、なかなか持てないものです。「わたしの時間」に作者の確かな気持を感じます。「さくら餅」で一挙に、日本間にお茶を飲む姿が浮かびます。また誰と何時、どんなおしゃべりを等々、読む人に色々想像させる広がりのある楽しい句だと思います。

灯台に遠足の声登りくる  鈴木 利久
          (令和六年七月号 白光集より)
 ここは御前崎でしょうか、灯台は岬の先端にあり、春は磯遊び、サーフィンなど多くの人が集まって来ます。遠州の名所で子供達の遠足も多く見かけます。「声登りくる」で作者は岬の頂で賑やかな声を聞いているのでしょうか、子供達の楽しい会話、喜びを鋭い感覚で感じ取っています。何げない日常風景に、作者のやさしい気持を感じます。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 日脚伸ぶ (出雲)安食 彰彦
風邪声の電話の主は風邪の神
講堂のあのしはぶきは父の咳
蠟梅の明るくいよよ透きとほる
咲きみつる蠟梅の空晴れわたる
日脚伸ぶ厨の仕事あとにして
日脚伸ぶ忘れ物して舞ひ戻り
日脚伸ぶひとりぽつちの下校の子
下駄箱のどこも空つぽ日脚伸ぶ

 初写真 (浜松)村上 尚子
初写真誰かがきつとそつぽ向く
初旅といふほどもなき駅に下る
初富士の裾野を洗ふ波がしら
行きずりの神に礼して三日かな
まゆ玉の人の気配にゆれてをり
着ぶくれて電車の席をゆづり合ふ
酒飲んで田遊の牛声を出す
寒鯉に遅れて水の動きけり

 冬の芹 (浜松)渥美 絹代
減りたる荷並べかへては飾売
目薬師の井戸に花つけ冬の芹
松の内雀にすこし米を撒く
鳥声の絶えざる屋敷小正月
編みかけの毛糸やくわんの鳴つてをり
寒の梅ほどけて夫の誕生日
塗椀に金の松の絵雪催
きさらぎの北山杉の床柱

 譜面台 (唐津)小浜 史都女
白障子天山見るに立ちあがり
百花園冬芽ばかりを巡りけり
譜面台立ててたたみて春もそこ
水仙に決められし丈ありにけり
雪どけの天山日々に痩せてきし
雲にこころ水にこころや春動く
風船に八十の息満たしけり
貝寄やももいろの貝拾ひたる

 毛の国 (宇都宮)中村 國司
大根干す総木づくりの峡の宿
あれやこれ縛り直され冬の菊
カーテンのふと艶めける初茜
音あれば耳のかたむき七日粥
普陀洛の涯やうすづく寒の月
寒紅をちらりチラ見や男の子
大鬼怒の夜明け仄かに鴨の声
毛の国の春はすぐそこ徘徊る

 雛まつり (東広島)渡邉 春枝
庭に雪つもりて今日は雛祭
三姉妹そろつて座る雛の前
雛段に玩具も並べ笑ひ顔
雛段を背伸びして観る三姉妹
雛の豆高くふりまく佛の間
雛の豆一粒づつに母の味
雛料理少し甘めに皿に盛る
児と同じ高さより観る雛の段

 浜風 (北見)金田 野歩女
浜風の頰刺す中を鱈干しぬ
煤逃の夫に頼む小買物
初日の出湖分かつ光の緒
くつきりと晴れて盆地の淑気かな
初詣箒目清しき磴踏みて
取つて置きの椀に盛りたる雑煮かな
初星や子の夢牛のお医者さん
末の子のいちまい守る板歌留多

 春立ちぬ (東京)寺澤 朝子
この世佳き松に千両添へて活け
買初やえらびてかろきもの二三
墳墓とは親しきところ冬日影
卵塔の籬の許の竜の玉
野水仙女院とのみの塚一基
墨磨つて窓に見上ぐる寒の月
読み書きに使ふ一と間や日脚伸ぶ
御手洗に浴ぶる雀や春立ちぬ

 寒卵 (旭川)平間 純一
一番星凍つればつのる孤独かな
産土の雪の褥の社かな
新年句会あの世この世も賑々し
鏡割社員で祝ふ汁粉餅
霧氷林鉄橋わたる汽笛して
雪原の地平はるかに石狩野
歩みとめ一瞥くるる狐かな
丹精の重さの確と寒卵

 冬木立 (宇都宮)星田 一草
鐘の音の神杉を縫ふ淑気かな
父と子の背比べして初鏡
雨あがるほのと紅差す冬木の芽
千本の影をただしく冬木立
竹百幹寒山拾得着ぶくれて
ふるさとの空オリオンの盾かざす
八十八尺平和観音冬うらら
電波塔四肢ふんばつて日脚伸ぶ

 寒明くる (栃木)柴山 要作
いそいそと謡の妻の初鏡
ぎつくり腰危ふく逃る大くさめ
友の本音やうやくのぞく日向ぼこ
ズームアップの男体女峰深雪晴
鑑真堂守るや真紅の寒椿
手斧飛ばす檜の香り寒四郎
痛きほど頰温きかな寒日和
巨杉叩くけらの谺や寒明くる

 出初式 (群馬)篠原 庄治
榛名嶺を隠す出初の水襖
どんど火の明かりにきらりイヤリング
大寒の風柔けれど頰を刺す
雪の襞裳裾に流る浅間山
吹越や命綱巻く電工夫
廃屋の茅葺き屋根の櫛氷柱
登校の子等踏みつぶす霜柱
愚直又よしとし春を待ちにけり

 出初式 (浜松)弓場 忠義
去年今年神も仏も灯を入れて
天守へと虹を立たせて出初式
ほんたうの我が顔知らず初鏡
雪平にみどりの滲む七日粥
留守番の餅の膨らむ午後三時
滝凍る一山の音消えにけり
玄関の鍵穴二つ寒に入る
父の背に火種吹きつつ寒の灸

 初詣 (東広島)奥田 積
君がゐてこそのこの世や初明り
祓はれて幣さらさらと初詣
町にビル増えしと思ふ初景色
白障子に朝日差しくる淑気かな
初雀二羽来てどつと来たりけり
日の高きにこころ浮かべて初湯かな
湯たんぽを入れてもらひて早寝かな
株分かちし生家のことも寒椿

 一水流る (出雲)渡部 美知子
束の間を山襞深く冬日差す
きりきりと霜の声きく出雲かな
寒紅のなほ黙りを通しをり
新しきシャボンの香り女正月
大寒の一水流る神の杜
橋渡りいよよ吹雪の只中へ
鳶鳴けり冬青空を押し広げ
竜の玉記憶の底の子守唄

 鷗翔ぶ (出雲)三原 白鴉
一湾を覆ふ寒雲鷗翔ぶ
ごんずいの潜む水槽冬日差す
七種に足らぬ一種買うてをり
一切を闇に返してとんど果つ
凍蝶のためらふごとく翅ひらく
寒の水足して陶工皿を挽く
梅探る許豆の社の二百段
理科室に荷造りテープ春近し

 初寝覚 (札幌)奥野 津矢子
罫線を足して文書く冬ぬくし
海難碑尖つてをりぬ冬柏
初鏡しあはせうつるやうに拭く
蓬莱橋渡つてきたり初寝覚
人日や笑うて皺を育てをり
凍道を胸突き坂と思ひけり
水を抜くしばれのこゑを聴く夜かな
雪女郎紺屋の暖簾濡らしをり

 動く音 (宇都宮)星 揚子
風邪の子が登校の列見てをりぬ
駄菓子屋の奥に見えたる炬燵かな
寒林を動く音あり動きけり
きつかりと胴衣をまとひ寒稽古
発声の息のまつすぐ寒九かな
裸木のところどころに鳥の影
跳ぬること飛ぶよりも好き寒雀
ページ繰る指先軽き春隣

 霜夜 (浜松)阿部 芙美子
頓服の袋を開く霜夜かな
寄鍋や兄弟従姉妹またいとこ
付けつ放しのラジオは落語去年今年
松に来て日差しを返す初鴉
湯治場に蒸す豚まんや深雪晴
料亭の京の雑煮のよそよそし
水仙や硯に水を一二滴
五脚だけのコーヒースタンド日脚伸ぶ

 母のこゑ (浜松)佐藤 升子
家々に日の当たりをりお元日
仏壇のちちははに先づ御慶かな
絵馬を吊る紐の緋色もお元日
雑煮椀とほくなりたる母のこゑ
命毛に光をあつめ二日かな
石鹼の泡を太らせ初湯殿
一人食ふ七草粥に舌こがす
散薬に一杯のみづ寒四郎



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 寒やいと (浜松)大村 泰子
波音の静かにくづれ初御空
パプリカを刻む音する三日かな
やはらかき手より五色の独楽放つ
ねんごろに足の三里の寒やいと
寒梅のふくらみ空の透きとほる
鴉みな同じ貌して四温かな

 風花 (群馬)鈴木 百合子
寒鯉のあぎとふこともなかりけり
鳥総松昨夜の雨粒鏤むる
餅間や昭和の味のナポリタン
風花や筆の運びのすべらかに
桴下ろし寒満月を仰ぎけり
大寒や湯立神事の湯気まとひ

 焚火の輪 (東広島)吉田 美鈴
山の端に架かる金星葱を引く
青空を突いて冬芽のメタセコイア
風花を受くる子どもの諸手かな
後ろ手の昔語りや焚火の輪
キャンパスに著き断層冬うらら
片手づつ復習ふ「革命」夜半の冬

 犬ふぐり (藤枝)横田じゅんこ
ゆりかもめの声のせ風の流れけり
もの書いてもの食ふ机日脚伸ぶ
どの窓も点れる校舎春しぐれ
紅梅へ音楽室の窓開く
通るたびのぞく家あり犬ふぐり
丈のあるものは寝かせて苗木市

 三姉妹 (浜松)林 浩世
年の夜の夫の健やかなる寝息
たつぷりと日を浴びてをり大旦
二日はや太平洋に船の影
松の内三姉妹とは良き数よ
寒風に向かうて耳の尖りたる
蠟梅の香りに重さありにけり

 どんど焼く (鳥取)保木本さなえ
朝寒や雑木林に空透けて
窓拭いて家軽くなる冬日和
山眠る湧水いまも豊かなり
どんど焼く灰にまみれて夫戻る
鳥の鳴く冬木の高さ振り返る
寒明や言葉は弾むほど軽し

 縫ひぐるみ (磐田)齋藤 文子
日をのせて水流れけり初山河
九十の母よりもらふお年玉
母囲み十八人の初写真
縫ひぐるみ外を見てをり雪催
雑巾の並ぶ道場寒稽古
保育園をのぞいて通る春隣

 名所絵図 (呉)大隈 ひろみ
たぷたぷと子の運び来る湯婆かな
林間に海の透けたる寒日和
室咲や花屋の玻璃をくもらせて
風邪の子に卵の色のカステイラ
網棚に冬帽膝に名所絵図
待春や耳の形の貝の殻

 年明くる (多久)大石 ひろ女
稜線の色を幾重に年明くる
裸木といふ明るさの有りにけり
降る雪に天山丈を伸ばしけり
初鏡幸せ色の紅を引く
上がりゆく六日の雨の真珠色
土地の名の大吟醸や小正月

 蕗の薹 (牧之原)大塚 澄江
寒柝の路地を曲がりて闇の濃し
追儺の矢放てば動く人の波
春浅し朝のコーヒー濃く淹れて
浅春の木々を飛び交ふ鳥の影
春しぐれ小指に紅を少しのせ
蕗の薹和紙の小箱に二つ三つ



白光集
〔同人作品〕   巻頭句
村上尚子選

 徳増 眞由美(浜松)
山茶花やお百度石の文字うすれ
山茶花の道におほきな水たまり
学生に席譲らるる冬帽子
猿ぼぼの色褪せてをり十二月
初春や山羊と羊は同じ柵

 小林 さつき(旭川)
小正月花を浮かべし手塩皿
こともなく過ぎにし日々の根深汁
近さうでまた除雪車の遠ざかる
母なれば読み手に回る歌留多かな
恋の数ほどの蕾やシクラメン



白光秀句
奥野 津矢子

山茶花の道におほきな水たまり 徳増眞由美(浜松)

山茶花の傍題に茶梅・ひめつばきがあるが例句には圧倒的に「山茶花」が多い。全国大会の開催地でよく見かける。
掲句の山茶花の道とは地面に花が散り、踏むのを躊躇う道、そこに大きな水たまりが出来ている。下五に俳人好みの「にはたづみ」ではなく水たまりと表記したところに作者の拘りを感じた。
 猿ぼぼの色褪せてをり十二月
猿ぼぼは岐阜県高山の郷土玩具。猿の赤ん坊を模した人形で安産、良縁、魔除け厄除けのお守り。鮮やかな赤も時が経つと色が褪せてくる。季語の十二月は慌ただしい月のはずだが不思議と静かな落ち着きを感じる句に仕上がった。

小正月花を浮かべし手塩皿 小林さつき(旭川)

小正月は一月十四日~十六日を中心にして祝われる。地方によって様々な風習があり主に農家の予祝の行事が行われると歳時記にある。膳部の不浄を払うために塩を盛ったと言う小さく浅い手塩皿に花を浮かべる事も行事の一つであったのかと想像する。
 恋の数ほどの蕾やシクラメン
作者の内に秘めた情熱が感じられる句。どれ程の恋を経験したのでしょう。中七のや切れで蕾を強調して、成就しなかった数多の恋を多様な色を持つシクラメンに投映させ、懐かしく楽しく詠んでいる事に好感が持てた。

肩の雪払ひて終はる鬼の役 石原  緑(鹿沼)

雪の公園か学校か、鬼役の先生も一緒に楽しんだが、終えて教室に戻る時さっと肩の雪を払うのが大人の仕草に見えた。鬼役はきっと優しい先生だったのだろう。

父母も兄達もゐる冬銀河 鈴木  誠(浜松)

父母だけでなくお兄様達も黄泉の国にいってしまわれ寂しい気持ちで夜空を仰げば、家族が一緒に光っている。
<冬銀河かくもしづかに子の宿る 仙田洋子>の句が沁みてくる。

昔ながら薺爪して爪を切る 太田尾千代女(佐賀)

薺爪は七種爪の傍題で七種の日にその年初めて爪を切ること。邪気を祓えるといい、風呂を浴びてからとか、薺を水に浸しその水に爪を浸してから切る等地方により作法があるようだ。作者の昔ながらの作法に興味がわいた。

老境を賜物と詠み初句会 冨田 松江(牧之原)

年老いたと感じてもその境遇を賜ったものと明るく前向きに俳句に詠んでの句会、それも初句会で披露する。
ブラボー。

寒卵割れば飛び出す黄身二つ 石田 千穂(札幌)

寒中に産んだ鶏卵は滋養が高く貴重な物。今は誰でも食す事が出来るが高値が続いている。一個から双子の黄身が出てきたら栄養価も倍増しそうで嬉しい句になった。

観覧車聖夜の星に触れてをり 前田 里美(浜松)

どなたと一緒に観覧車に乗ったのか解らないが、聖夜の星に触れてをりの措辞がロマンチックで詩的で惹かれた。

外しても顔に残れる雪眼鏡 町田 志郎(群馬)

雪の反射を予防する雪眼鏡は、室内に入れば当然外す。鼻に眼鏡の跡が残っていれば他人は解るが、自分ではまだ顔に眼鏡が残っているような・・感覚的な句に共感を覚えた。

庭先に仕事納のトラクター 花輪 宏子(磐田)

官公庁や公的施設は十二月二十八日が御用納め。作者の庭先には一年の仕事を終えたトラクターが存在感を出している。お疲れ様でした。

大寒やタルトタタンの香り満つ 渡辺 伸江(浜松)

タルトタタンはフランスのタタン姉妹がりんごのタルトを作ろうとして焦がしてしまった失敗から生まれた伝統菓子。りんごとバターの香りがこちらにも届いてきた。
「大寒」との取り合わせに無理が無く納得。


その他の感銘句

獅子舞の背するすると伸びにけり
寒明の朝市に買ふ花かつを
〝とおりもん〟下げて春節自由席
初化粧今年の顔を作りけり
家計簿の余白に一句水温む
氏神の屋根を陣取る初鴉
子規のごと床で句を詠む四日かな
躓きし段差の五ミリ冬夕焼
御朱印を受くる寺領の淑気かな
八方の暮れて水仙匂ひ満つ
畑打つや腰にラジオをぶら下げて
大根引くまだまだ我に余力あり
散骨は小樽の海へ冬夕焼
春を待つ壁に貼りたる日本地図
良き街に住みて十年冬青空

高山 京子
橋本 晶子
稗田 秋美
古川美弥子
髙橋とし子
寺田 悦子
鈴木 竜川
浅井 勝子
髙田 絹子
髙添すみれ
森山真由美
大石 益江
佐藤 琴美
本倉 裕子
栗原 桃子



白魚火集
〔同人・会員作品〕   巻頭句
檜林弘一選

 旭川 沼澤 敏美
降る雪の純白といふ重さあり
初句会毬藻羊羹転がりぬ
風神の口突きだせる吹雪かな
除雪車の轟音絶えぬ昨日今日
哭くといふ流氷の夜の鬩ぎ合ひ

 松江 安部 育子
冬の夜や昔ばなしは夢の中
明々と門灯点し年守る
元朝の寿ぐ空のあをさかな
仏間にも明るさ生けてお正月
正客も飛入り客も賀客かな



白魚火秀句
檜林弘一

降る雪の純白といふ重さあり 沼澤 敏美(旭川)

作者の今月の句の並びには、厳冬を迎えた北の国の暮らしが垣間見えた。雪を純白と捉えることは、一般的には常套であるので、純白の雪と詠んだ俳句作品はほとんどないのではなかろうか。しかしながら作者は「純白の重さ」という独自の見方をされている。この重さは雪の物理的な重さはもちろん、今年も迎える豪雪と対峙する長い冬の生活の心理的な重さも、この句の背後にありそうである。北国に暮らす人にしか詠めない「純白の重さ」が心に響く。
 初句会毬藻羊羹転がりぬ
厳冬の句の中にほっこりとさせる初句会の一句である。筆者は、毬藻羊羹なるものは見たこともないが、その色合いや形状をさっと頭に描くことができるモチーフである。句会メンバーのだれかが土産として持参したのであろう。この羊羹がふと転がりだしたことが、この場面に動きを与えている。和みのある初句会となったことであろう。

冬の夜や昔ばなしは夢の中 安部 育子(松江)

「冬の夜」は、寒さや静寂、そして長い夜を連想させる。冬の夜の静けさと、昔話の持つ幻想性が調和した一句。
作者自身のことを詠んだとも取れるが、この句には昔話を聞きつつ寝落ちした幼い子供がいることを想起したい。
下五はどことなく昔話と現実の境界を感じさせる。聞いているうちに眠ってしまったのか、それとも昔話そのものが夢のような存在なのか、余韻のある「夢の中」である。
 正客も飛入り客も賀客かな
「正客」は正式に招かれた客であり、飛入り客との対比がおもしろい。正月の少々格式を重んじる場であっても、飛入りの客もまた歓迎されるという、まさに温かなおもてなしの心のあふれる正月であろう。客という文字が三段階に展開される調べも心地よい。

乾きつつ割木の香る寒日和 川本すみ江(雲南)

冬の日の穏やかな光と、薪の乾いてゆく時間の流れが、詠み込まれている。乾いた薪ではなく、「乾きつつ」と変化を描くとともに、嗅覚にも訴える表現と、冬日和でなく寒日和という季題が冬の澄んだ空気感を際立たせている。

又してもヘアピンカーブ山眠る 浅井 勝子(磐田)

この季語の俳句としては異色であり、動と静の対比が印象的な一句。ヘアピンカーブという具体的な描写が、山岳道路の険しさとドライバーの臨場感を生み出している。「又しても」という表現は、この句に独特のリズムを与えているが、とても主観の強い言葉である。より客観的に表現するなら「幾たびも」ぐらいとなろうが、これではおとなしすぎて迫力に欠けてしまう。一句の中の主観と客観の配合度合については種々議論があるところである。

日脚伸ぶ色の浮き出す杉戸の絵 伊藤 達雄(名古屋)

日脚伸ぶという春へ向かう時の流れの中に、杉戸の絵という、日本建築に見られる美しい意匠が詠まれている興味深い一句。この場所は、古寺や茶室のような空間であろうか。杉戸の絵は時間や光の加減によって見え方が変わるとされる。「浮き出す」は飾り気のない表現だが、その変化の瞬間をとても繊細に捉えている。

ダンボール畳む音する阪神忌 三浦 紗和(札幌)

阪神・淡路大震災の災害から三十年を経過したが、重い季語である。震災被害の描写ではなく、日常の生活の中の何気ない事柄を取り合わせながら、追悼の思いを表現しているところが秀逸。支援物資が詰められていたダンボール、被災地からの引っ越しのダンボール、避難生活での簡易ベッドなど、多くの記憶が蘇ってくる。

冬の雲PK戦は十人目 野浪いずみ(苫小牧)

サッカーのPK戦がすでに十人目となり、この試合の白熱ぶりを物語る。最後のキッカーを迎えたが、どちらも譲らず、まさに紙一重の勝負が続いているのである。「十人目」という具体性が、勝敗が決まるかもしれない瞬間の緊迫感を伝えている。まさに暗雲立ち込めている競技場の雰囲気を冬の雲に語らせている。

光差す京の襖絵光悦忌 神山 寛子(日光)

「光悦忌」は、本阿弥光悦の命日(旧暦二月三日)。光悦は書・陶芸・漆工など多方面で才能を発揮した人物であり、彼の作品のもつ静謐な美と、この句の場面が響き合っている。「光差す」という表現は、この場に差している自然現象としての光だけでなく、この襖絵自体からあふれている光のようにも思える。光悦の美意識は京の随所に存在する作品に宿っている。


    その他触れたかった句     

ミサンガを付け寒垢離をする女
山ぢゆうの鴉の舞つて冬夕焼
月山の麓の旅籠雪明り
冬晴の三角点に富士を見る
捲るたび夢の膨らむ初暦
鉄筋の幾何学模様星冴ゆる
初場所の大一番の上手投げ
ひらかなの詩にも刺あり虎落笛
手袋の拍手が起こる演説会
春光へ足蹴り出して太極拳
ランナーの頭上をよぎる初雀
女正月電波届かぬ鄙の宿
冬うらら赤帽の児の縄電車
ベートーヴェン第五の余韻冬薔薇
寝返りを打つ子椿の落つる音

鈴木  誠
鈴木 利久
松浦 玲子
岡部 兼明
坂口 悦子
武村 光隆
石岡ヒロ子
富田 倫代
植田 喜好
神田 弘子
府川 洋乃
川上  勝
青木 敏子
佐藤 昌子
鈴木くろえ


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