最終更新日(Update)'24.07.01

白魚火 令和6年7月号 抜粋

 
(通巻第827号)
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7月号目次
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季節の一句  稗田 秋美
星座 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 安食 彰彦ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
  坂口 悦子、鈴木 誠
白光秀句  村上 尚子
群馬白魚火会総会、句会報  遠坂 耕筰
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
  川本 すみ江、工藤 智子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(福岡)稗田 秋美

雨降れば沢蟹ばんざいして歩く  鳥越 千波
          (令和五年九月号 白光集より)
 沢蟹は、北海道を除く各地の渓流、河川の砂礫の中に穴居している。食用にもなるらしいが、食べた事はない。子供の頃は、沢山捕まえて遊んでいた様に思う。雨上がりに沢蟹がばんざいしていたかは、もう思い出せないが、滑稽な沢蟹の様子が目に浮かぶ様である。雨上がりに、今だに沢蟹を見る事の出来る自然が羨ましい。

朝食のクロワッサンや巴里祭  神田 弘子
          (令和五年九月号 白光集より)
 巴里祭は、七月十四日フランス革命記念日の、日本独自の呼称である。学生時代〝ベルサイユのばら〟にド填まりしていた身としては、フランス革命と聞くだけで、今でも胸が熱くなる。七月十四日の朝にクロワッサンの朝食とは何と御洒落な事だろう。大振りのマグカップにカフェ・オ・レでも加えれば、もう何も言う事はない。
 今年はパリオリンピックの年でもある。巴里祭も、特別な物になるかもしれない。

餌を付け金魚養子に出しにけり  内田 景子
          (令和五年九月号 白魚火集より)
 子供が幼い頃、夏祭の夜店で金魚すくいをした。ポイはすぐに破れてしまったが、ちいさい金魚を一匹くれた。予想した通り、ちいさい金魚はあっけなく亡くなってしまったが、せっかくだからと暫く金魚を飼っていた。
 作者は、大事に飼っていた金魚を、餌を付けて養子に出すという。養子という言葉に、金魚に対する愛着が感じられる。養子に出された金魚が養父母の家で、長生きしてくれる事を願わずにはいられない。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 冷奴 (出雲)安食 彰彦
冷奴君の呉れたる大吟醸
冷奴に磯の一品添へられて
齢九十口につるりと冷奴
沖縄の泡盛味はひ語りけり
先祖よりこの緑蔭も樹々の香も
緑蔭や討死したる五輪かも
大夕焼出雲の湖を下に置き
バナナ剝く白魚火集を詠みながら

 砂糖菓子 (浜松)村上 尚子
さへづりや懐紙に受くる砂糖菓子
句碑の辺に寄れば師の声あたたかし
みづうみの光に溺れ春の鴨
流れゆく雲に柳絮のついてゆく
引出しに眠る口紅五月くる
吊るされて乾くスカート風薫る
昨日見て今日見てなんぢやもんぢやかな
桐の花もつとも遠き母のこゑ

 永き日 (浜松)渥美 絹代
杉丸太磨けば燕来たりけり
蛇穴を出で石垣の崩れたり
花御堂葺く鳥声を近くにし
音たてて山羊が草食む遅日かな
目の揃ふ天井の板春灯
永き日の屋根裏部屋へ行く梯子
桜蕊ふる露店より火のにほひ
人に会はず暮春の峠のぼりけり

 御水堂 (唐津)小浜 史都女
黒松の黒をちからに春の蟬
立ちあがる島横たはる島おぼろ
しあはせと思へばありぬクローバー
新樹光四角にうつる水鏡
み仏にむらさき淡く式部咲く
煙草苗育つちからやみなみかぜ
手を貸してくれし乗船五月晴
御水堂あるがままなり竹落葉

 初夏 (名張)檜林 弘一
桜蕊踏みて二の門一の門
朱鷺色の春夕焼を惜しみけり
真つ新な艫綱を張る夏初め
葉桜の風の中なる巫女の鈴
花びらに影見当たらぬ白牡丹
鳶の輪の下に忙しき夏つばめ
風立てば溺れさうなる田の早苗
老鶯の語尾はつきりと裏返す

 野辺の涯 (宇都宮)中村 國司
寮歌の譜なりと並びぬ葱坊主
蛙かも吾子の声かも野辺の涯
三椏の花に美貌やかくれなき
花の雨まだ見えてゐる母の顔
無言だが君を見てゐる八重桜
歴々と巨万の花や散り初めて
防人のこみちに呼ばふ呼子鳥
祝日の旗の立ちたる昭和の日

 雛祭 (東広島)渡邉 春枝
家ごとに花を育てて彼岸かな
手作りの物でもてなす雛祭
雛祭三人姉妹の正座して
甘口の地酒に酔うて雛の膳
手の届くところに眼鏡風光る
たんぽぽや会ふたび伸ぶる子の背丈
読み書きに遠ざかりゐて春深し
聖五月お酒処の蔵通り

 峠駅 (北見)金田 野歩女
春の浜輪ゴムで括る茹で毛蟹
春場所の締込み叩く鋭き眼
初雲雀未だ手付かずの畑かな
朧月抱く子眠れば重くなる
榛の花殉職碑立つ峠駅
一人静撮る腹這ひのカメラマン
春禽の声を俳句に拾ふ杜
朝顔蒔く鉢三十個児童の名

 残る花 (東京)寺澤 朝子
つちふるや宙に浮くごとビルの街
九分咲きの花に雨降る一と日かな
花見船行き交ふ宵の隅田川
吉宗公御意と伝ふる花の山北区王子飛鳥山
リハビリの散策花も散りにけり
お地蔵にたしかな目鼻残る花
ふるさとの山河よいまは花うぐひ
庭に来る雀にけふは子雀も

 とんぼ玉 (旭川)平間 純一
鳥帰る海のしづくのとんぼ玉
どろ大樹空揺々と芽吹くかな
なにもなき塩谷の駅の辛夷咲く
浮き玉の大正硝子雁供養
花辛夷ひらりはらりと地に還る
仏生会雪割つて村人迎ふ
板葺きの鰊番屋やすずめのこ
積まれたる魚箱の臭ふ油まじ

 飛花落花 (宇都宮)星田 一草
釣堀の浮子ぴくぴくと長閑なり
うすうすと薄墨桜暮れゆけり
亀に亀もひとつ載りてうららけし
ポストまで遠回りして桜かな
日のあふる万朶の桜影もたず
満ち足りてしばし落花の中に在り
大空をはみ出してゆく飛花落花
農具小屋開け放たれて柿若葉

 夏に入る(栃木)柴山 要作
片付かぬ地震の瓦礫や黄水仙
天水の表面張力飛花落花
飛花落花牧に放たる牛の群れ
雉子鳴く静寂深むる古墳群
夕雲雀昭和はるけくなりにけり
ショーウインドー一足飛びに夏来る
髪切つて女船頭夏に入る
麦なびかす風はしろがね遠筑波

 目借時 (群馬)篠原 庄治
吟行の信濃盆地に春惜しむ
晩酌の肴に野蒜の酢味噌和へ
裏榛名黒絵ぼかしに黄砂来る
棄て畑の藪を住処に雉子啼く
掛け違ふ釦の穴や目借時
ウォーキング杖もお洒落の若葉道
獲物追ふ鳶万緑へ逆落し
緑蔭に寝息のこぼれ乳母車

 つばくらめ (浜松)弓場 忠義
畦を塗り浮彫となる千枚田
靴先を濡らす白波春惜しむ
橋あらば橋くぐり来るつばくらめ
山の水やはらかくなり蝌蚪の紐
草千里風となりたる春の駒
せせらぎの音近くして濃山吹
散りゆく花を惜しむ日となりにけり
城遠くして散り急ぐ桜かな

 落花 (東広島)奥田 積
若かりし日のことなども桜道
花時の朝のしづけさ青き空
悪びれぬ若き二人や桜散る
白く舞ひ黒くも舞ひて飛花落花
城跡の岩間彩る落花かな
牧場主のおだやかな声花すみれ
こだまするちさき瀬音や花あけび
新緑の水田に映る村境

 うらうらと (出雲)渡部 美知子
隠岐島をすつぽり隠す春霞
一山を包むつつじの走り咲き
四脚門潜り燕と別れけり
春落葉搔く手を止めて宮案内
春コート仁王立ちしてみくじ読む
大神も杉の花粉に噎せたまふ
すぐそこに潮騒聞ゆ松の芯
うらうらと出雲の国を一望す

 水の襞 (出雲)三原 白鴉
玄関に門札二つ燕来る
少しづつ声遠くなる蕨狩
分校の裏の巣箱に生徒の名
葉桜の揺るれば騒ぐ日の斑かな
黄菖蒲や木橋に雨の匂ひたつ
田水張り野の賑やかになりにけり
水の襞押して代搔く耕耘機
神名火山を風の消したる代田かな



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 夏はじめ (浜松)坂田 吉康
チューリップ午後は花びら剝がれさう
貝塚の層の幾重や花曇
花冷の月の影置く水溜り
死顔に微かなる笑み花の雨
甲斐駒の岩の迫り出す夏はじめ
岩を嚙む楠の盤根走り梅雨

 豆の花 (東広島)挾間 敏子
花散つてふだんの道にもどりけり
菜の花や兵舎のあとの小学校
知り尽くすふるさとの道豆の花
のどけしや漁村に豆腐屋のラッパ
土の手を幾たび洗ふみどりの日
葉桜や村の名消えて碑が一つ

 花見酒 (高松)後藤 政春
老いどちのいよよ佳境に花見酒
揺り籠をときをり覗く花衣
遠足や校長一人留守居番
水満ちて棚田の蛙鳴き止まず
電線に群るる鴉や春田打
発心のみち菜の花の真つ盛り

 若葉風 (東広島)吉田 美鈴
坪庭に午後の日差しやダリア植う
鶏小屋に軽鴨もゐてうららけし
紋黄蝶大きな石に翅広げ
風光るブラスバンドのチューニング
頂へ最後の一歩若葉風
四十雀防鳥ネットくぐり抜け

 抱かれゐて (宇都宮)星 揚子
鳩の後ついてゆく鳩長閑なり
飛花落花小屋のうさぎは尻向けて
抱かれゐて雲梯に手をこどもの日
背を丸め覗く測量新樹光
水上バス平らかにゆく五月かな
鳶職のだぶだぶズボン若葉風

 百千鳥 (浜松)阿部 芙美子
茅葺きの屋根に染みゆく春の雨
宮参りの赤子寝てをり地虫出づ
交番に迷子が二人百千鳥
春宵や寺の名入りの燐寸箱
薄ら日の中に溶け込む花通草
馬小屋に神棚を置き牧開く

 麦青む (松江)西村 松子
桜貝一枚の波伸びてくる
初蝶や風にきざはしあるごとく
蕗の薹茹で蕗の香を流しけり
耕せば万の土塊声あぐる
山椒の芽北山に雲かかりけり
直線といふ清しさや麦青む

 種おろし (鳥取)西村 ゆうき
どこからも見えゐて風の古巣かな
倒木の腰の高さの芽吹きかな
みひらきしままに雛の焚かれけり
窓大き新生児室春の雲
首振つて鳩歩きたり種おろし
吹き上ぐる風に流され巣立鳥

 羊蹄の花 (一宮)檜垣 扁理
狐雨に飛花の張り付く正一位
聳え立つセコイア黒し菜種梅雨
人絶えし公園桜蕊の降る
惜春のホームに母は小さくなり
庭隅の地神は暗し著莪の花
思ひ出の道羊蹄の花の道

 廃校 (宇都宮)松本 光子
水草生ふすうつと消ゆる雑魚の影
美容師に立ち居ほめられうららけし
廃校にベンチがひとつ花万朶
水底に影の渦巻く花筏
晴れ渡り朝一番の初音かな
ふたつみつ落ちて椿の咲き満てり



白光集
〔同人作品〕   巻頭句
村上尚子選

 坂口 悦子(苫小牧)
遠霞貝殻の声聞いてをり
うららけし四カ国語の案内図
秒針の日永の音を刻みをり
空青し桜に百の桜色
カリヨンの余韻落花を誘ひけり

 鈴木 誠(浜松)
春耕の鍬の一振り日本晴
讃岐富士正面に見て遍路笠
山伏の錫杖が行く春の山
春風や同行二人結願す
転勤を告ぐる駐在風薫る



白光秀句
村上尚子

遠霞貝殻の声聞いてをり 坂口 悦子(苫小牧)

 冬の間家の中に閉じ籠っていた体も、春になると日差しに誘われて戸外へ出たくなる。その一つが海岸だった。足元にころがる貝殻を思わず拾ってみた。いろいろな思い出が蘇った。顔を上げればはるか遠くは霞の中に隠れていた。
 「霞」の副題には「薄霞」「朝霞」「昼霞」「夕霞」などがあるが、敢えて「遠霞」としたのはそれなりの理由がある。一つ一つの貝殻からはたくさんの思い出の声が作者だけに聞こえてきた。
  秒針の日永の音を刻みをり
 昔ながらの手巻の大きな時計を見ることが少なくなった。振子の揺れと秒針の進む音は今となっては懐かしい。平和であるが故に聞こえる音である。穏やかないち日の時間が過ぎてゆく。

讃岐富士正面に見て遍路笠 鈴木  誠(浜松)

 遍路と言えば弘法大師の修行の跡と言われる四国八十八箇所を思う。道すがら見えてきたのが、旅の目安ともなる香川県の「讃岐富士」である。ほっとしながらその山容にしばらく足を止めた。
 今迄歩いてきた道程、そしてまだまだ続く道程。一休みのあとは遍路笠の紐をしめ直し、次の札所へと気持を新たにした。
  転勤を告ぐる駐在風薫る
 年度替りに一般の会社や役所は人事異動がある。駐在所員も例外ではない。
 警察署は厳めしくも感じるが、駐在所には親しみを感じる。ここの駐在さんも転勤だという。数年の間地域に親しみ、また親しまれてきただけに別れとなれば一抹の淋しさを覚える。しかし「風薫る」が未来ある警官へのエールの様にも思え、清々しさに変わる。

子は父を真似て尾を振る鯉のぼり 太田尾利恵(佐賀)

 鯉のぼりが大空を泳ぐ姿は日本の風物詩でもある。その様子を「子は父を真似て……」と、表現した。「屋根より高い鯉のぼり……」の歌を思い出した。
 素直で豊かな感性の持主であることが分かる。

駄菓子屋のバケツにひらく牡丹かな 八下田善水(桐生)

 赤でも白でも牡丹は他の花にない特別な存在感がある。故に咲き始めから散る迄俳句にも詠われてきた。「駄菓子屋のバケツ」とはどんないきさつがあったのだろう。今迄に見たこともない「牡丹」の風景。

クロッカス今出かかつてゐる名前 今泉 早知(旭川)

 成長しても十センチ程の可憐なクロッカス。日が当たると開き、夕方にはしぼむという習性を観察しての一句。「今出かかつてゐる名前」とは誰にでもありそうな瞬間。取り合わせの妙味が光る。

山笑ふ木の根大地を鷲摑み 高山 京子(函館)

 「鷲摑み」は文字からも分かるように、物事を荒々しく扱う時に使う言葉。やっと春が訪れた山で、なお成長しようとする木の根があらわに地表を摑もうとしている。やがて大きな森になろうとする逞しさが見える。

母の牡丹今年も蕾大らかに 水出もとめ(渋川)

 牡丹は蕾を見ただけで期待がふくらむ。色が見え始めてから散る迄、日々趣は変わって見える。「母の牡丹」とは長年にわたり大切にされてきたものだろう。百歳になられた作者にはたくさんの思い出がよみがえる。

行く春を追ふごと木々の揺れ止まず 郷原 和子(出雲)

 広義には「暮の春」と同じだが、「行く春」には見送るという思いがこもる。それが「木々の揺れ止まず」という言葉に託されている。
 〈行く春を近江の人と惜しみける 芭蕉〉の心境と重なる。

春の日を載せて前方後円墳 森田 陽子(東広島)

 春の日を載せているものはたくさんあるはずだが、見えているのは「前方後円墳」だけ。はるか古代の貴族の暮しを思いつつ、それに従った貧しい民衆へも思いを寄せている。今はいずれも春の日差しの下に眠っている。

垣根越え隣の蝶となりにけり 山越ケイ子(函館)

 蝶がわが家の庭へきて舞ったり草木へ止まったりしていたが、やがて垣根を越えたかと思うとそのまま戻って来なくなった。誰の蝶でもないはずだが言葉にしてこと俳句になった。

田水張る出雲平野の真つ平ら 川本すみ江(雲南)

 田毎に水を湛えて田植を待っている。益々広く平らになった田は、周囲の景色を映しどこ迄も続いている。「真つ平ら」はその広さと最も美しい今を称えている。


その他の感銘句

円安のニュースや春キャベツ刻む
行く春の波打際にうつせ貝
納豆を搔き混ぜ憲法記念の日
参観日香水強き母を恥づ
介護士の付き添ひ花を巡りゆく
山笑ふ駐在さんの子沢山
囀の中に祝詞を聞いてをり
夕雲雀砂丘に声を残しけり
囀に鴉の声は加はらず
風を待つたんぽぽの絮飛ばしつつ
一年二組二十五人の笑顔かな
ひるがへり五重塔へつばくらめ
菊根分やさしき雨となりにけり
たんぽぽや五千歩超ゆる万歩計
白河の関で足踏み花便り

山田 惠子
安部実知子
中村 和三
中山 雅史
伊藤 達雄
岡部 兼明
中村喜久子
山西 悦子
鈴木 利久
齋藤 英子
上松 陽子
富岡のり子
門前 峯子
広川 くら
天野 萌尖



白魚火集
〔同人・会員作品〕   巻頭句
白岩敏秀選

 雲南 川本 すみ江
臥す夫のぽつりと感謝月朧
面会はいつも髭剃り四月尽
田水張る一町歩てふ一枚田
穏やかな日は穏やかな鯉幟
駄繋ぎのかつての庭木柿若葉

 函館 工藤 智子
仕事髪ほどき夜間の入学式
足裏に喜び満ちて青き踏む
剪定の切り口白く朝日かな
海苔採へ日の出の色の波寄する
早朝の風の香れる春の山



白魚火秀句
白岩敏秀

面会はいつも髭剃り四月尽 川本すみ江(雲南)

 病気をしていても髭は伸びる。病人の無精髭は余計に病人らしく見えるもの。入院の夫を足繁く見舞っているのだろう。そして、そのたびに髭を剃っている。病院と家を行き来する間に何時しか春も終わった。〈臥す夫のぽつりと感謝月朧〉は同時発表の句。療養の長さを感じさせる。
  穏やかな日は穏やかな鯉幟
 穏やかな日は静かにしていて、荒れる日は大きく動く鯉幟。鯉幟の有りようを詠みながら、前句と読み併せると病気の症状を暗示しているとも。早い回復を願いつつ心のこもった看護の日々が続く。

仕事髪ほどき夜間の入学式 工藤 智子(函館)

 仕事髪とは仕事の邪魔にならないように髪を束ねたり、アップに纏めたりしていることだろう。辞書にない言葉で作者の造語かも知れない。一日の仕事を終えてから始まる入学式。仕事髪をほどくことによって勉学への気持ちが整う。
  海苔採へ日の出の色の波寄する
 水平線から昇ってくる朝日に染められた波が海苔採りの人達に打ち寄せてくる。石田波郷の〈寒卵薔薇色させる朝ありぬ〉は朝日の色を薔薇色と捉えた。揚句の「日の出の色」の波も薔薇色だったのだろう。朝焼けのきれいな海。

田植済み長き見回り始まりぬ 貞広 晃平(東広島)

 農家にとって田植が終わってから本格的な米作りが始まる。稲作には水が大事。これからは田に水が足りているかどうかを毎朝見て回る。早苗田から青田、そして大きく成長して花をつける。刈り取りを終えるまで気を抜くことの出来ない長い日々が続く。

新しき友連れて来る一年生 門前 峯子(東広島)

 入学当時は学校へ行くことを嫌がっていた子も今では学校に馴染んできて、張り切って行くようになった。そんなある日、突然友達を連れて帰ってきた。ボーイフレンドか、ガールフレンドか。友達は温かく手厚いもてなしを受けたことは勿論のこと。

水口の切られ春耕始まりぬ 鈴木  誠(浜松)

 水口を切るとあるから、田起しは既に終わって代田搔きの段階か。田に沿って流れる用水は勢いよく流れている。切られた水口から潺々と水が流れ込んでくる。「水口の切られ」に戦いの火蓋が切られたような勢いがあり、テンポのよさに豊作への期待がこもる。

「誉の家」と表札古りし昭和の日 水出もとめ(渋川)

 「誉の家」は太平洋戦争の前後に戦死者の家の玄関につけられていた表札。種類は木製、鉄製、アルミ板など色々とあった。「誉の家」の前を通るときは頭を下げて通った。名誉の戦死と誉めそやしたが、肉親を失った家族の悲しみを思い遣ったことがあっただろうか。戦争という狂気があった昭和の一時代。

どの子にも良き名のありて入学す 石原  緑(鹿沼)

 温和しい子、活発な子。今年も可愛い一年生ばかり。両親が子どもの幸せを願ってつけた名前で、どれもよい名前ばかりである。出席をとる先生の声も自ずから大きくなる。一年生も先生も明るい春である。

一年生「あのね」とおろすランドセル 湯澤千代子(長野)

 一年生にとって学校は何もかもが珍しく好奇心の対象。保育園からの友達も新しくできた友達もいる。保育園では見たこともない道具もある。学校で新しいことを胸一杯に溜め込んで、家に帰るなり「あのね」と学校での出来事を話し出す。目を輝かせて一生懸命に話す子に頷き返す家族があたたかい。

食卓が私の机初音聞く 福光  栄(東広島)

 かつては「男子厨房に入らず」と言われたが、最近では男子も厨房に入るようになった。とは言え、やはり台所仕事は女性が中心。一日三回の食事の準備を三百六十五日繰り返す。主婦にとって台所は食事する場所のみならず、本を読み、手紙を書く場所となる。台所は誰からも指図を受けない主婦の勉強部屋であり城なのである。

酒布のはためく空や白木蓮 持田 伸恵(出雲)

 酒布は酒造りの工程で酒と酒粕に分けるときに使われる丈夫な布のこと。この工程を上槽というが、これで酒の品質が決まる大事な作業である。酒布が白木蓮のような真っ白にはためいているのは、最上級の酒ができたことを喜んでいるからに相違ない。


    その他触れたかった句     

山愛でて大空愛でて春田打
花冷の傘のしづくを払ひけり
仙花忌や万のはくれん宙に浮く
剪定の音を散らして空拡ぐ
油差すもののあれこれ春疾風
駅に会ひ駅に別るる暮の春
上州の風に応ふる鯉幟
風光る修道服の黒と白
受話器の手持ち替へてゐる日永かな
飛花落花力を抜いて厨事
牡丹の小さく揺れてくづれけり
田水引く板一枚の堰を取り
うららかや大きな庭が欲しくなり
春の川ゆつたり流れ海に入る
咲き満ちて雨に重たき八重桜
パンを焼く音は香りに夏来る
夜桜へ鐘楼の影伸びてをり

原田 妙子
神田 弘子
勝部アサ子
富岡のり子
山羽 法子
青木いく代
仙田美名代
高橋 宗潤
江⻆トモ子
稗田 秋美
秋葉 咲女
埋田 あい
伝法谷恭子
市川 泰恵
樋田ヨシ子
森下美紀子
沖藤 妙子


禁無断転載