最終更新日(Update)'24.06.01

白魚火 令和6年6月号 抜粋

 
(通巻第826号)
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6月号目次
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季節の一句  高橋 宗潤
牛の声 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 安食 彰彦ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
  工藤 智子、松山 記代美
白光秀句  村上 尚子
栃木県白魚火総会及び俳句会  奈良部 美幸
坑道句会三月例会報 ― 出西織、鵠神社吟行 ― 山本 絹子
東広島白魚火水曜俳句会 御建みたて神社吟行  佐々木 智枝子
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
  内田 景子、浅井 勝子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(松江)高橋 宗潤

香水と高き足音残りけり  砂間 達也
          (令和五年九月号 白光集より)
 嗅覚と聴覚を詠むことで、その場面を想像させる句。なんと言っても「高き」が効いている。オーデコロンではなく、「香水」とあるので、その場から立ち去った相手は、間違いなく女性であろう。「高き」とは、その人物の苛立ちなのか怒りなのか。はたまた、持って生まれた気の強さを示すのか。二人の間に何があったのか。
 いずれにしても、男性であれ女性であれ残された人物の寂寥感、喪失感がひしひしと伝わってくる。

介護士の手の平のメモ繍毬花  沼澤 敏美
          (令和五年九月号 白光集より)
 この句を見た瞬間、十年前の光景が甦った。もっとも小生の場合は看護師さん。入院中、手の平にボールペンで書き込んだブルーの文字を見た時の驚きが今でも思い出される。
 介護士さんの制服を見たことは無いが、繍毬花の白い色は、制服の色を連想させる。おそらく介護士さんの制服も白で、かつ、女性であれば、色白の可愛い人だったのだろう。

百合の香の棺となりて出てゆきぬ  鷹羽 克子
          (令和五年九月号 白魚火集より)
 中七から下五にかけての措辞が秀逸だ。花の香りが棺となったという表現で、棺の中の故人を白い百合の花が埋め尽くしているのが分かる。また、故人は、きっと作者とつながりの深い人物であったのだろう。「出てゆきぬ」と客観的に、ある種突き放したようにも見える表現が、かえって作者の悲しみの深さを思わせる。そのままの姿では、もう二度と帰って来ることは無いのだと。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 老の春 (出雲)安食 彰彦
曾孫をはじめて得たる老の春
さくらさくら桜見てゐる露兵墓
女の子菜の花色の服を着て
就職決まる郷土新聞膝に置き
スーパーのレジのほほゑみ目刺買ふ
目刺焼く四方山話しながらに
ここだけの話だと言ふ目刺焼く
神名備野五月の雨は草の色

 二月堂 (浜松)村上 尚子
靴音の闇に遠退く余寒かな
春めくや十人分の握り飯
早春の風を呼び込む手風琴
履かぬまま靴の古りゆく雨水かな
春北風駅舎に舟の時刻表
小屋を出てにはとり春の日をつつく
さへづりに扉を開く二月堂
永き日の空をまさぐる象の鼻

 花曇 (浜松)渥美 絹代
もくれんの五分咲きのまま三日過ぐ
膝の上にたたむ風呂敷遠蛙
うつばりを這ふ電線や春日和
蔵元の仕込みの水に芹育つ
青竹の箍の手桶に桃の花
鳶の輪のふたつとなりぬ春の山
鶏鳴の風にのりゆくお中日
生前のままのアトリエ花曇

 柱のつや (唐津)小浜 史都女
黒檀の柱のつやや雛まつり
十人分懐紙に分けて雛あられ
燕来る大きな家の鬼瓦
爪染めて人待つこころ牡丹の芽
船過ぎてやうやく波や初雲雀
桜東風探せば白き貝ばかり
桜咲くこだはり麵麭屋オープンす
領巾振山ひれふりの茶屋も古りたり黄水仙

 夏近し (名張)檜林 弘一
若草に風の立ちたる犀星忌
緩やかに雲のほころぶ遅日かな
春の灯をこぼし大型旅客船
地酒あり伊賀の初花活けてあり
枝先に社名を吊るし花筵
桜蕊降らす風立つテラス席
夏近し尾鰭を強く打つ真鯉
夕暮の色緩めざる牡丹かな

 父の歳 (宇都宮)中村 國司
田を町に変へて荒れけり猫柳
三万人の死すとテレビ雛の日
諸葛菜母の呼ぶ声かぐはしき
のびのびと樹影眠らせ春の土
胡葱の土手に風あり強く吹く
くわんおんの視線に覚え花曇
光なきそこにもいのち蛍烏賊
父の歳ちちをおもへり春の空

 花の冷 (東広島)渡邉 春枝
初蝶に付きて仁王の門に入る
山門の仁王に一礼花の冷え
歴史公園歩む一歩のうららけし
行く春の歴史公園てふ広場
僧坊のありし辺りに咲くすみれ
暖かや僧坊あとに煙の香
初蝶に付きて公園一周す
水溜りに映る青空さくら散る

 宝箱 (北見)金田 野歩女
流氷帯がつんと傾ぐ観光船
檜扇を持ちたる女雛華奢な手よ
自動ドア開く淡雪舞ひ込みぬ
春コート軽しと思ふ食事会
残照の円かなる湖春の雁
抽出しの子の宝箱桜貝
図書館の静寂が好き春日差す
足継ぎの一段二段花御堂

 桜どき (東京)寺澤 朝子
入り組みし家系図たどる春の宵
大伯母のひとりは尼僧桜東風
海見たき思ひ風船ふくらませ
質店の蔵は頑丈沈丁花
入山の堂に散華や春の昼晋山式
初桜孫にあらねど嬰を見に
子に従ふ齢となりぬ桜どき
稚児行列泣く子宥めつ花祭

 上弦の月(旭川)平間 純一
暁闇に三日月ひくく冴返る
遠き日の水子に供へ雛あられ
紅殻の伽藍の破風や雪解風
船星に向かうて一歩大師像
風光るこの世まぶしき術後の眼
ぽつかりと日をためこみし雪間かな
傾げゆく上弦の月夜半の春
逃ぐる鳶つきまとふ鵶や涅槃吹

 しやぼん玉 (宇都宮)星田 一草
三叉路に立つ野地蔵や春の雪
風光る風百幹の竹を梳く
朝毎の鶯を待つ小窓かな
母と子のおなじ空追ふしやぼん玉
しやぼん玉消えゆく空を遙けくす
うぐひすや前方後円つなぐ径
彼の世にも知る人多し彼岸寺
打球音校庭に満ち風光る

 蓬摘む (栃木)柴山 要作
啓蟄の古墳菰解く子らの声
鳥帰る国に戻れぬ無辜の民
入彼岸無縁仏に野辺の花
蓬摘む天平人の祈りし野
厨に満つる野の香芳し草団子
ウインドサーフィン小波かがる蘆の角
驀進のSL「大樹」山笑ふ
淡墨桜基壇に触れんばかりかな

 春帽子 (群馬)篠原 庄治
掃くは惜し色鮮やかな落椿
白髪を隠し目深に春帽子
投句紙に無職と記す春愁
信濃路吟行三句
花に未だ早き信濃路吟行会
落葉松の芽吹きの遅し奥信濃
花遅く高嶺は白し信濃かな
浅間山墨絵ぼかしの春霞
風が漕ぐ外無し湖の花筏

 虫出しの雷 (浜松)弓場 忠義
のどけしや牙欠けてゐる鬼瓦
竜天に登る砂丘に雲の影
みづうみに春の三日月金の舟
空つぽの田に虫出しの雷一つ
春愁や渚に拾ふシーグラス
しやぼん玉ひかりの中に生まれけり
こんと鳴くきつねの影や春障子
桜貝拾うて海を見てゐたり

 スイートピー(東広島)奥田 積
きらきらと水に浮きたる雛の面
来世はいかなる世ぞや雛送り
仕込水かくもたぶたぶ遅日かな
木の芽雨農学校のぶだう園
帰りこぬ日々のいとほしスイートピー
丸太橋渡りて蕗のたう摘みに
さうかさうか憂ひ顔なる花貝母
さらはれてゆく夢のごとしやぼん玉

 明日の音 (出雲)渡部 美知子
種袋振るやまだ見ぬ明日の音
殿方のおふくろ談義木の芽和
如月や松影宿す神の池
パソコンのデータふつ飛ぶ春疾風
せせらぎの音に和したる百千鳥
束の間の日差しにをどる雀の子
囀の流れて行きぬ神の杜
のどけしや波止場を回るたこ焼屋

 名乗り (出雲)三原 白鴉
糸を繰る紡錘のうなりや春寒し
みな赤き糸に結ばれ吊るし雛
うらうらと日差し背中に蓬摘む
神名火嶺かんなびへ長き名乗りを初雲雀
國引きの綱緩ませて春霞
初蝶のもつれて速き河原かな
永き日の電車の揺れに身を任せ
咲き満ちて花の重たくなりにけり



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 動物園 (浜松)林 浩世
抱き起こす子に若草のにほひかな
象のゐぬ動物園や春の雲
水温む尻向けて河馬寝てをりぬ
靴買うて野遊の日に丸印
別れきてより沈丁の香の重し
父と見し彼岸桜の満開に

 卒業 (高松)後藤 政春
明眸にあらねど皓歯卒業す
しやぼん玉飛ばすロシア語講師かな
茶の花の盛り消防屯所前
芋植うる港を望む段畑
荷を解けばたちまち独活の匂ひ立つ
棚田守る峡の一戸やつばめ来る

 文江忌 (宇都宮)星 揚子
文江忌の枝垂桜を見上げをり
茎立や葉の雨粒に日の射して
矢を射たる後の静寂や花の雨
落雁の舌にとろくる花の下
春昼や音立てず猫水を飲む
春愁を埴輪に見透かされさうな

 燕 (島根)田口 耕
病床の母に耳打ち燕くる
艫綱のきゆつとしぼられ群燕
納屋の戸の棚田へ開き雁帰る
永き日や子をのせてゆくトラクター
はくれんや籠堂へと道分かれ
ねぢれたる絵馬をもどせる春の風

 風光る (浜松)阿部 芙美子
卒業歌雲の流れを見てをりぬ
太鼓打つブリキのピエロ風光る
ままごとに貝の小皿や桃の花
永き日やピロピロと鳴る吹き戻し
児を膝にのせて蛙の目借時
紙風船父が突けば破れけり

 福寿草 (北見)花木 研二
オホーツクの海光届く福寿草
片雲も無くて大空春に入る
春の雲形崩さず山を越す
目より肘高く卒業証書受く
屯田の末裔に生き種下し
凧上げて風に乘る迄父が曳く

 蕨 (浜松)佐藤 升子
足下にとどく波音鳥帰る
折り入つて話のありぬ山椒の芽
ひと握りほどの蕨を持ち帰る
本堂の裏に抜け道百千鳥
囀や切株に置く紙コップ
蚕室の高みに座あり猫のをり

 春怒濤 (鳥取)西村 ゆうき
水温む時計回りに池の鯉
春鴨の水尾はひかりの筋をなす
春怒濤ずしりと濡れて岩の注連
春日差停泊船へ移りゆく
初燕産院の窓折り返す
若草へサーカスの檻降ろさるる

 山吹 (鳥取)保木本 さなえ
流れ行く雲を眺めてのどかなり
鳴き砂を踏みて夕日の春の海
山吹を好きで咲かせて一重なる
犬ふぐりあを空近く寄つて来る
普段より倍も酔ひたる花見酒
遅桜すずめは低く低く飛ぶ

 蝶 (東広島)吉田 美鈴
草青む荒鋤の田も放棄田も
群雲の流るる迅さ畑返す
しやがむ子の後ろより蝶飛び立ちぬ
烏骨鶏の朝の高鳴き芽山椒
「四季」を弾く指のはづみて君子蘭
柳絮飛ぶハバロフスクの家並かな



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 工藤 智子(函館)
やはらかき風や朧の町に着く
春雨や窓辺の降車ボタン押す
あたたかや海の向かうに横津岳
一枚を脱ぐ三月の風の中
うららかや菜の花色の付箋貼る

 松山 記代美(磐田)
朝東風や欄間に鳥の透かし彫
春水の流れのままに雑魚の群れ
税務署の硬き長椅子花曇
雛の客抹茶と菓子を前にして
参道を走るラジコン桜まじ



白光秀句
村上尚子

一枚を脱ぐ三月の風の中 工藤 智子(函館)

 三月は年度末、学年末、決算期と忙しさのなかにも桃の花や桜が咲き始め、さえずりも多く聞かれるようになる。しかし雨の日も多く、その日によって寒暖の差があり、油断はできない。
 朝出掛ける前に迷いながら一枚多く羽織った。しかし日中には思わぬ暖かさとなり、その「一枚」を脱いだ。特に函館にお住まいとなれば春はひときわ待ち遠しい。春風の中に佇む作者の希望に満ちた姿が思い浮かぶ。
  やはらかき風や朧の町に着く
 春は大気の水分が増え、周囲が霞んで見える日が多い。その現象を昼は霞、夜は朧という。この日よく知らない町に着いた。折しも周囲は朧に包まれ明かりさえも潤んでいた。
 掲出句とは裏腹に、一抹の不安が作者の胸をよぎった。

税務署の硬き長椅子花曇 松山記代美(磐田)

 春は確定申告の時期。そのために役所へ行くことなど誰も望んでいないが、善良な国民として義務を果たすために出向く。しかし待たされることが多い。「硬き長椅子」は作者の気持を代弁する言葉そのものである。目を上げれば窓越しに見える「花曇」。言葉の美しさとは裏腹に微妙な心の動きが垣間見える。
  朝東風や欄間に鳥の透かし彫
 透かし彫には仏像の光背、刀剣の鐔、灯籠、置物などがあるが、この句は一般的に目に入りやすい欄間である。場所は普通の家屋というより、大きな寺院などが思い浮かぶ。朝早くから清掃された本堂の扉も窓もまだ開け放たれたままである。境内からは朝の気持のよい風が入ってくる。その風に乗って鳥の声も聞こえてくる。まるで欄間の鳥達と呼応し合っているようではないか。

万愚節猫の気持の分かる本 藤原 益世(雲南)

 ペットで一番多く飼われているのが犬。二番目が猫と言われている。ここでは猫の話。いくら可愛いがっても人間をどれ程理解できるのだろう。そこで見つけたこの本。ペットに救われることはたくさんある。「万愚節」との取り合わせが目を引く。

杖に頼ることはばからず青き踏む 友貞クニ子(東広島)

 杖を使えば安全で楽だろうと分かっているが、人目を思い葛藤があった。しかし思い切って使ってみれば何と言うことはない。野山だってすいすい歩ける。〝転ばぬ先の杖〟ということわざもある。

啓蟄や切手の亀の動きたり 内田 景子(唐津)

 切手は買う楽しみ、見る楽しみ、使う楽しみがある。今日が「啓蟄」と知ってか、狭い切手の中に閉じ込められていた一匹の亀が動き出したと言う。季語からの思い切った飛躍に目を見張った。

餡パンのへそに黒胡麻山笑ふ 本倉 裕子(鹿沼)

「餡パンのへそ」まではそれ程珍しい表現ではないが、どんな季語と取り合わせるかによって評価は変わる。つきすぎ・・・・では単なる説明となる。あまり離れ過ぎると理解に苦しむ。この句は「山笑ふ」により待ち兼ねていた春の山の景が見え、手元の餡パンと合致した。

桜蕊降るや演説熱を帯ぶ 野田 美子(愛知)

 あれほど賑わっていた公園もすでに「桜蕊降る」季節となり、人影はほとんど見当たらないが、演者は主張を繰り返している。
取合せの強いや切れ・・・をもって破調のリズムが生まれ、力強さにつながっている。

うぐひすや祠一宇を山頂に 中村 早苗(宇都宮)

 高山ではなく市民に親しまれている近くの山であろう。頂には古くから祠が祀られ、そこに立てば皆が手を合わせる。周りにはうぐいすの声が聞こえ、春の一日を満喫させてくれる。平和な日本の象徴でもある。

磯遊巡査は沖を見てをりぬ 山田 眞二(浜松)

 「磯遊」は磯辺で一日を過ごすという風習があり、潮干狩の始まりとも言う。事故のないようにと巡査は絶えず沖に目をやる。日頃の住民との関わり方が垣間見える。

地下足袋の大き親方緑摘む 高井 弘子(浜松)

 美しい松の姿を保つために新芽を摘むシーズン。そこへやってきた親方の大きな地下足袋。腕前のことには触れていないが、いかにも頼り甲斐のある庭師の風貌が見えてくる。

青き踏む土手は真つ直ぐ河口へと 周藤早百合(出雲)

 道端の草は早くも風になびき、空からは鳥の声が降ってくる。この調子ならどこ迄も歩けそう。大手を振って行けば河口はもうすぐそこに見えてきた。


その他の感銘句

評判の鶯餅の尾の尖る
サンルーム子猫と椅子とティーカップ
アボカドの種は真ん丸春日さす
遠山を離れざる雲桑ほどく
花かんば絞り出したる泥絵具
囀や句読点なきメール来る
一斉に開く水口初燕
水温む子等の手池を摑みけり
初恋の人に似てゐる雛の顔
友来る桜並木の向かうから
ぼろぼろの辞書を鞄に卒業す
五千歩を超ゆる散歩や蕗の薹
故郷発つ名残の雪の舞ふ朝
買はれたくそろつて回る風車
集合は石段あたり花菜風

渡辺 伸江
森脇 あき
山羽 法子
髙橋とし子
金原 恵子
武村 光隆
橋本 晶子
上松 陽子
杉山 和美
森山真由美
中村喜久子
広川 くら
植松 信一
池森二三子
佐々木智枝子



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

 唐津 内田 景子
鶏のいつも小走り二月尽
佐賀平野空高くあり麦青む
啓蟄や折鶴ふつと吐息せり
受験子に三日続けしカツカレー
卒業子両手を振りて別れけり

 磐田 浅井 勝子
春炬燵大きな夢を語り合ふ
木の芽風座ればひやと石の椅子
花の雨卵塔のみな苔むして
はればれと雲を脱ぎたり桃の村
鳥のこゑ花の奥へと渡りけり



白魚火秀句
白岩敏秀

卒業子両手を振りて別れけり 内田 景子(唐津)

卒業をして進学する者もあれば就職する者もある。いずれにしても、学生生活のように毎日顔を合わすことはない。あるいは再び会うことはない永遠の別れかも知れない。その思いが片手ではなく両手を大きく振る別れとなったのであろう。春は別れの季節である。
 鶏のいつも小走り二月尽
かつて農家では鶏を庭に放し飼いにしていた。だから庭の鳥だそうだ。庭を走りながら一日に一万回から一万五千回も地面や草をつつき、餌を探しているという。二月が終われば寒さは緩み草も萌え始める。今日も鶏は小走りに走り回りながら餌探しに夢中。人も鶏も春を喜んでいる。

春炬燵大きな夢を語り合ふ 浅井 勝子(磐田)

母と子かあるいは祖母と孫か。菓子をつまみお茶を飲みながら話が弾んでいる。やがて話がこれからの夢の話になった。話すうちに大きく膨らんで来る夢に、相手は相槌を打ちながらにこにこと聞いている。寒い時の炬燵ではこうはならない。春炬燵だから気持ちの余裕が生まれる。
 はればれと雲を脱ぎたり桃の村
桃の村と聞けば陶淵明の「桃源郷」を思い浮かべる。この桃の村もよく手入れされた田畑があって、あちこちに鶏や犬が鳴いている平和な村なのだろう。垂れ込めた雲が上がって、忽然と現れた桃源郷の桃の村。絵巻物の始まりのような一句。

防人の道堅香子の咲いてをり 渡辺 加代(鹿沼)

〈もののふの八十少女やそをとめらが汲みまがふ寺井の上の堅香子の花〉と大伴家持は詠んだ。家持が編集した『万葉集』に「防人の歌」がある。東国から九州筑紫へ防人が歩いた道に咲いた堅香子の花。可憐な花は親や妻子と別れて遠くへいく防人のせめての慰め。寡黙な一句に込められた深い悲しみが感じられる。

旅程表添へて文の来さくらかな 髙添すみれ(佐賀)

桜が咲いたら桜見物に行こうと約束していた。いよいよ桜開花が始まるとすかさず桜見物への誘い状が来た。しかも、旅程表まで添えてある。段取りのよさに「花の命は短くて」と早速に旅支度を始める作者。さくらは日本人の心の花である。

春興のマニキュア落とし米を磨ぐ 中村喜久子(浜松)

春興は春の野山に遊んで楽しむこと。一日を楽しんだ後に家に帰って、家族のために米を磨ぐ。マニキュアを落とすことによって春興の非日常の世界から米を磨ぐ日常の世界へ場面の転換がみごと。

水音の生まるる森に笹起くる 高田 喜代(札幌)

雪の中で物音一つなく静まりかえった森に水音が生まれ、笹が雪を跳ねて起き上がる音がする。春が来て雪解けが始まったのである。「笹起くる」とは雪の重さで折り重なった笹が、雪解けとともに勢いよく雪をはねて立ち上がることをいう。北海道ならではの季語である。

みちのくの一本松に風光る 石塚 妙子(浜松)

平成二十三年三月十一日の東日本大震災。この時の津波に耐え抜いて残った一本の「奇跡の松」がある。復興へのシンボルとして、未来への希望の松として大切に保存されている。風光る―生き生きと輝く陽光がみちのくに、奇跡の一本松に輝きを与えている。

きらきらと春は海から始まれる 橋本 快枝(牧之原)

♪はるはどこから/やってくるの/かあさん/とおいとおい/みなみのくにから/くるんだよ♪(童謡「春はどこからくるの」)。子どもにとって春はどこから来るのか不思議。大人にとっても不思議。暗く寒い冬が終わって、明るい春は海の煌めきから始まる―俳人が捉えた春の始まり。

供花一輪雛を離れて流れゆく 檜高美佐緒(東広島)

四月十一日、鳥取市用瀬で雛流しの行事が行われた。子どもたちが桟俵に紙雛を乗せて川へ流す。雛に添えた花の一枝が早瀬の波に揺れ流れていった。身を飾るものを失って、ただただ流れに任せて流れていく雛。華やぎのなかに潜むさびしさを言い止めている。

蓬摘むときをり子らにこゑかけて 湯澤千代子(長野)

土手や野に一面に生えてきた蓬を摘む。ピクニックの気持ちも混じっているのだろう。子ども達も大喜び。散らばる子ども達に目を遣り声を掛ける。たっぷりと遊んだ後は美味しい蓬餅を作る。二度美味しい蓬摘みの一日であった。


    その他触れたかった句     

モナリザのやうにほほゑむひひなかな
春の蠅打つてけだるき日なりけり
子の名前残るえんぴつ三月尽
春の波機織る如く岸を打つ
惜春や電子カルテに癖字なし
鳥の声おはやうの声のどかなり
白鳥引く飛沫を強く引き摺つて
寮の荷を解く母子の四月かな
雪解水川音となる湖北かな
蒸し米の香る酒蔵春浅し
牧場の中のバス停風光る
せせらぎは春の光となりにけり
囀や切株にほふ雑木山
野遊の小さき靴の湿りかな
飛花落花出雲は美しき風の国
春空に吊る鉄骨の微振動
菜の花や幸せさうな山羊のゐて 

安部 育子
鈴木 利久
殿村 礼子
鈴木  誠
富田 倫代
本倉 裕子
熊倉 一彦
小嶋都志子
板木 啓子
持田 伸恵
石田 千穂
大石 初代
吉岡 和子
橋本喜久子
藤井ゆり子
塚田 康樹
加藤 雅子


禁無断転載