最終更新日(Update)'23.05.01

白魚火 令和5年5月号 抜粋

 
(通巻第813号)
R5.2月号へ
R5.3月号へ
R5.4月号へ
R5.6月号へ

5月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   林 浩世
「残り火」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
山田 ヨシコ、小林 さつき
白光秀句  村上 尚子
令和五年度白魚火全国大会吟行地(札幌市)案内 高田 喜代
中村公春句集『菊の酒』上梓祝賀句会 小林 さつき
内田景子さんおめでとう会 篠原 凉子
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
野田 弘子、小嶋 都志子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(浜松)林 浩世

風薫る父のミットへ高き音  鈴木 けい子
          (令和四年七月号 白光集より)
 「いい球だ」という父親の声が聞こえてきそう。そして嬉しそうに笑う子の顔。良く晴れた日の中の親子のキャッチボールの様子が、音を描くことで鮮明に浮かんでくる。高き音からすると、子どもは小学校高学年か中学生くらいだろうか。「風薫る」は緑の中を吹きぬける青々とした匂を含んだ南風をさす季語。きっと仲の良い親子だろうと読み手に感じさせる気持ちの良い句。

つんとくる道着の匂ひ夏は来ぬ  山田 眞二
          (令和四年七月号 白魚火集より)
 作者は剣道六段の猛者。稽古が終わった後だろうか、道着の汗の匂に夏が来たことを感じたのだろう。つんというこちらにまで匂ってきそうな具体的な描写に笑ってしまったが、確かにそうだろうと頷いた。気持ちの良い汗を沢山かかれたことと思う。これからはさらに暑い夏が待っている。無駄のない表記に立夏らしさが感じられた。

昭和の日風呂の底板浮き上がり  栂野 絹子
          (令和四年七月号 白魚火集より)
 実家のお風呂は五右衛門風呂だった。工場の住み込みの従業員も入るため、一メートルを超える大きな鉄の釜。母や祖母、姉たちと一緒に入ったものだった。底板が浮かないような仕掛けがしてあったので、掲句のように浮き上がることはなかったが。
 昭和の時代にはまだこのような風呂桶があったのだ。掲句を読んで、皆と楽しく入った今は無い実家の広い風呂場を懐かしくも切なく思い出した。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 防風摘む (静岡)鈴木 三都夫
ほつほつと梅開きそむ四温かな
鬼やらふ豆に打たれし縁起かな
瑠璃の星地にちりばめし犬ふぐり
蕗の薹一つ見つけて二つ三つ
地虫出づ凡そ生きとし生けるもの
水口に鯉のあぎとふ柳の芽
剪定の鋭き一枝梅匂ふ
波の音寄せては返す防風摘む

 桜餅 (出雲)安食 彰彦
討死の五輪のうしろ草青む
校長の伍長の肩書紀元節
監査終へ眼鏡曇らす浅蜊汁
ものの芽の木洩れ日わづか拾ひけり
ものの芽も影を持ちたるそれでよし
薄氷を踏んで人の名思ひ出す
買つて来てもひとりは淋し桜餅
妻見舞ふ昔話と桜餅

 二月 (浜松)村上 尚子
ふいと来て二月礼者のよく喋る
弁が立つ男建国記念の日
白魚の目と目行き交ふ桶の中
紅梅や画布へまづ置く空の色
牡丹の芽はや大輪のきざしあり
水温む鳥の形のピンバッジ
駒返る草みどり子に羽根が生え
抽出しのどこかがつかへ二月尽

 寝釈迦 (浜松)渥美 絹代
節分の夜や爆音のバイク過ぐ
みづうみのひかりを遠く寝釈迦かな
涅槃会や鳥来て庭の木をゆらす
畝たててより二日目の春の雨
鰐口を一打紅梅匂ひくる
梅見ごろ檀家十四軒の寺
きさらぎの母の簞笥のにほひかな
亀鳴くや飲み忘れたる薬捨て

 投げ銭 (唐津)小浜 史都女
佐保姫に呼ばれて神の橋渡る
水底にひかる投げ銭春来る
人肌の日差しに梅のほころびぬ
鳴きさうな鶯餅を抓みけり
雛飾りつつ世の隅に生きてをり
神域に椿の冷えとさざれ石
元寇の防壘の碑や椿落つ
寺多き塩田街道黄水仙

 三月来 (名張)檜林 弘一
木の芽吹く間道多き伊賀の国
七七忌近づくほどに梅ひらく
春灯付箋を増やす一句集
春雷のごろと一音足しにけり
折合ひの声に変はりぬ猫の恋
単線の始まる駅舎花こぶし
百円の水をひと口青き踏む
往還に他人の空似山笑ふ

 春の鯉 (宇都宮)中村 國司
白鳥や飛ぶ白鳥をじつと見て
声合はぬ儘終はりたる鬼やらひ
まんさくも節分草もこの峡に
老骨と見えたる樹肌芽吹きけり
春風の電気を作るかざぐるま
縦裂きのねぎの臓腑に葱坊主
雛の間のそとに一対モダン雛
擦れ違ふそれだけの恋春の鯉

 地虫出づ (東広島)渡邉 春枝
囀の一際高き日曜日
遠山の空の重たき建国日
古墳群抱きて山の芽吹きどき
春風や鶏形埴輪牛埴輪
墳丘を囲む里山囀れり
葺石の形さまざま地虫出づ
木々ゆれて芽吹きの色の雨雫
対話なき一日暮れて春炬燵

 雛の間 (北見)金田 野歩女
凍つる夜の地震に身震ひする家屋
ペルシュロン栗毛蹴立つる雪煙
網揚げて雑魚は氷湖へ置き去りに
余寒なほミシンの調子やや不調
春愁や紙で手を切る粗忽者
雪洞を終夜点けおく雛の間
一山の鰊分け合ふ裏隣
祝入学鞄に下がるマスコット

 お涅槃 (東京)寺澤 朝子
愛しめば寸土余さず名草の芽
白梅によべの名残の雨雫
無住寺のけふは開かれ涅槃の日
回廊に白猫侍る涅槃寺
黄金のみ足ゆたかに涅槃像
とこしなへ絵図の寝釈迦のお手枕
冴返る朝の献茶を熱く淹れ
耕の土の見たくて矢切まで

 残る雁 (旭川)平間 純一
氷彫る軍鶏の翼の陽を弾く
凍星ひとつ氷像の欠片飛ぶ
羊の仔つぎつぎ生まる雪解光
樹々の抱く雪のぼんぼり凍ゆるむ
春光の保育所鮭の稚魚育つ
山々の息吹の気配木の根明く
残雪のうねりの影の濃くうすく
傷つきて帰る国なし残る雁

 春隣 (宇都宮)星田 一草
マニキュアの五指をかざして春隣
目刺焼く一人となりて幾年ぞ
節分の豆撒くことを忘じけり
玄関の杖ぽつねんと春寒し
厨より鳴る電子音水温む
鴉どちやたら土搔く日永かな
ぽんと立つ浮子の水の輪水温む
きさらぎや真岡木綿の機の音

 うららけし (栃木)柴山 要作
日の残る野梅に鵯のけたたまし
読み終へてしばし放心梅匂ふ
白鳥引く声を限りに園児どち
亡き母の仕草目に見ゆ雛納
踏青やみな目の細き野の佛
天平の尼寺跡大き春の月
永き日の乾ききつたる伸子張り
うららけし結跏解かれよ露座佛

 三寒四温 (群馬)篠原 庄治
着て脱いで老いに三寒四温かな
句碑塚の冬芽を解く日のやさし
袖で拭く机上の埃寒明くる
躓きし石蹴り返す余寒かな
出出し何処終りはどこぞ蜷の道
朧夜や灯の影ひとつ無人駅
春霞裾野になびく浅間山
春うらら日差しも乗する乳母車

 春一番 (浜松)弓場 忠義
火袋を点し鬼待つ節分会
豆打つてしばらく闇を見てゐたり
うららかや福助のゐる骨董屋
如月の影伸ばしたる草木かな
白湯飲んで春一番をやり過ごす
青麦の波立つるとき旅に出づ
煙立つ父の背中の二日灸
終電の二番ホームに浮かれ猫

 紅椿 (東広島)奥田 積
石庭といふ静けさや名草の芽
冴返る自動改札通り抜け
きらめいて縞なす流れ芹を摘む
昃れば野火立ちあがる炎えあがる
睦まじき声庭先に涅槃西風
お腹の子さすりて母娘春日向
口遊むゴンドラの唄紅椿
その母も雛送りたる流れかな

 風切つて(出雲)渡部 美知子
早春の風切つてゆく人力車
恐ろしき貌して通る猫の恋
夜の梅長くなりたる見舞状
神名火山の裾をうるほす春時雨
蒼天へ紅梅の香を飛ばしけり
受話器とる鶯餅の粉散らし
二人して山にはりつく畑を打つ
息足して足して風船拳ほど



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 下萌 (東広島)吉田 美鈴
春立てりバス増便といふ掲示
獣らも渡る吊橋山笑ふ
下萌やまづ電柱の建つ更地
昨夜の雨とどめ辛夷の芽吹きたり
啓蟄の土に鋤き込む貝の殻
畑打つやをりをり高き鳶の笛

 子の名前(浜松)林 浩世
塩壺の底見えてをり春浅し
磐座にふるるてのひら冴返る
山ひとつ越え早咲きの花二輪
草萌や礎石に残る昨夜の雨
風光る方位磁石に子の名前
西陣の匂袋や雛の客

 避難地図 (出雲)三原 白鴉
薄氷のあれば突ついて登校す
よく砂を吐かせてあると蜆売
どうどうとダム三月の水を吐く
霾や壁に原発避難地図
蔵元の半銅に挿す桃の花
浦人の竹筒に汲む春の潮

 打菓子 (呉)大隈 ひろみ
椀の蓋とれば手鞠麩寒明くる
雪あはく会へずじまひに逝かれけり
打菓子の舌にほどけて浅き春
下萌や貼紙増えて掲示板
白昼の庫裏の静けさ臥竜梅
土佐和紙に墨滲みゆく雨水かな

 ネイルアート (旭川)吉川 紀子
子等歌ふ「鬼のパンツ」や春立てり
小指のみネイルアートや春きざす
料峭やボルシチ煮込む日曜日
裏山は鴉鳴くのみ雪解風
青天や一湾目指し流氷来
上着脱ぐ雪解雫を聞きながら

 芽起こしの雨 (浜松)大澄 滋世
春昼のひとりを言葉遊びかな
採血の跡の青痣養花天
針供養母の象牙の篦の艶
受付の小さな鉢に蕗の薹
芽起こしの雨にけぶれる遠江
朝の日の合せ鏡やヒヤシンス

 桜東風 (牧之原)坂下 昇子
草の端つかまへてゐる薄氷
梅が香や誰にも会はぬ村の道
せせらぎへ枝を伸ばせる野梅かな
撫牛の辺り最も梅開く
恋の絵馬こつこつ鳴らす桜東風
観音へのぼる細道つくづくし

 こけし雛 (札幌)奥野 津矢子
開拓の村の教会冴返る
山焼のほむらを孕む煙かな
陵の如く山あり遠霞
春一番昼餉のうどんすぐ出来る
こけし雛ラジオの横に飾りけり
木の根明く神話はじまりさうな森

 うすらひ (群馬)鈴木 百合子
うすらひの食みたる松葉離す刻
一都師の句碑の辺の草駒返る
剪定の枝の先なる裏榛名
ひとすぢの鬢のほつれの享保雛
滑車もて涅槃図掲げられにけり
春の宵父の眼鏡に季寄繰る

 雲の絨毯 (多摩)寺田 佳代子
窓に日の溢れ盆梅咲き初むる
冴返る遅るる電車待つホーム
うづくまる子牛の寝顔木の芽晴
竜頭巻く形見の時計暖かし
傘二本三和土に干されうららけし
春の風邪雲の絨毯ふむ心地



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 山田 ヨシコ(牧之原)
灰神楽被りて終はるどんどかな
庭先に明かりのとどく鬼やらひ
木々どれも枝を四方に芽吹き初む
軍服の遺影に桃の花供ふ
跡継ぎも同じ声して若布売り

 小林 さつき(旭川)
温顔の六地蔵尊寒明くる
立春の朝の玉子を割りにけり
立春大吉大きな文字で書いてみる
棒鱈をなぶる宗谷の夜の風
料峭や京の小路の行き止まり



白光秀句
村上尚子

灰神楽被りて終はるどんどかな 山田ヨシコ(牧之原)

 「どんど」は小正月の火祭の行事で、地方によってその呼び方もやり方も様々である。大方は持ち寄った松飾りや餅に燃えやすい木の枝等を一緒に焼き、無病息災、豊作、あるいは書道の上達を願う。この句はそのクライマックスのシーン。火に投げ込まれたものがほぼ燃え尽きた頃を見計らって水をかけた。その一瞬火の粉と共に灰が舞い上がった。灰を被るのもご利益の一つである。
 良い年の幕開けとなった。
  跡継ぎも同じ声して若布売り
 作者のお住まいの牧之原市の内陸は、全国でも有数の茶の生産地だが、南側は駿河湾に面し若布の産地でもある。最近、農業や漁業の担い手が少ないと言われているが、この句からはその心配はなさそうだ。「声」に注目したところが異色である。

棒鱈をなぶる宗谷の夜の風 小林さつき(旭川)

 酒の肴やお茶漬けに打って付けの「棒鱈」。鱈の身を三枚におろし塩をして風にさらす。北国の風は温暖な地方の風とは比べものにならない。「なぶる」の一語によりその厳しさを知ることとなる。北海道最北端の風であるが故に味も逸品となる。現地ならではの臨場感が伝わってくる。
  立春大吉大きな文字で書いてみる
 言われてみればさつきさんの毎月の原稿の文字は小さめである。立春は二十四節気の一つで季節の大きな分かれ目である。これをよい機会と捉え、これからは少し大きめに書いてみようと心を新たにしたのだろう。季語も「立春」ではなく敢えて「立春大吉」としたところにもその覚悟が見えるような気がする。

春立ちてわれ百歳を迎へたり 鮎瀬  汀(栃木)

 日本が長寿国と言われて久しいが、汀さんも二月九日に百歳の誕生日を迎えられた。一言で長寿と言ってもさまざまなことを乗り越え、俳句も続けてこられた。〝立派〟の一言に尽きる。今後もお元気で続けていただきたい。本当におめでとうございました。

冴ゆる夜へ天文台の屋根ひらく 佐藤やす美(札幌)

 四季を通じて天文台の屋根はひらく。しかし「冴ゆる夜」となれば寒さに加え透明感も増し、月や星そして闇の隅々まで一層冴えて見える。作者と宇宙は一体となって向き合う。「ひらく」は未知なるものへの期待でもある。

春浅し妻の化粧の長引きぬ 伊藤 達雄(名古屋)

 今日は特別な事でもあるのだろうか。早々と仕度を整えて待っているが、奥様はまだ準備に余念がない。どこの家庭でもありそうなことだが俳句としては珍しい。「春浅し」は早春と同義語だが、この句にはやはり「春浅し」がしっくりくる。

子の頰杖気になるバレンタインの日 青木いく代(浜松)

 「頰杖」は考え事や憂鬱なときにする。たまたま見掛けたとは言え、母親としては気になる。それも今日はバレンタインデー。声を掛けるのもはばかられる。見て見ぬ振りをしてその場を離れた。

梅の花まな板二枚日に干して 山田 惠子(磐田)

 まな板は使うたびに洗っても、包丁の傷からあく等が染み込み汚れが目立ってくる。時々少し時間をかけて洗うしかない。きれいになったまな板と見頃になった梅の花を見上げて、ささやかな主婦の喜びに浸っている。

春休み姉と向き合ひ窓磨く 小杉 好恵(札幌)

 同じ作業をするのにも楽しくすれば効率が上がる。一枚のガラス窓を挟み、二人の動きと楽しそうな会話が聞こえてくる。きれいに磨かれた窓には春の日差しがくまなく降り注いでいる。春休みならではの明るい光景。

干して煮て漬けて大根使ひ切る 内田 景子(唐津)

 一本の大根を半分や三分の一に切って売っているものがある。それはそれで有り難い。この句は一度にたくさんの大根を貰ったのだろう。そこは主婦の腕の見せ所。余すところなく楽しみながら食べることができた。

北窓開け望郷の念新たにす 水出もとめ(渋川)

 冬構えの一つとして「北窓塞ぐ」があるが、この句は「北窓開け…」である。冬の寒さから解放される喜びはもとより、作者が九十九歳と知ればその思いは如何ほどかと実感する。

富士塚に春の風吹く八合目 栗原 桃子(東京)

 富士塚は江戸時代に富士山信仰の一貫として、江戸やその近郊に富士山を模して築かれた。誰でも気軽に登ることができる。八合目は山頂まであと数歩。麓の景色もよく見える。「春の風」はどこに居ても心地よい。


その他の感銘句

公園の小便小僧風光る
底冷えの仏間に点す夕べの灯
婆の背に幼の寝息暖かし
頰撫づる風に土の香春隣
どんぶりに飯盛り建国記念の日
嚙み合はぬ話も聞きつ日向ぼこ
風花の伊吹の風を連れて来る
梅日和城下に残る火薬店
お手本のやうな一声花見鳥
日脚伸ぶ一週間の予定表
暖かや小さき波生む水溜り
冬ごもりスマホの電池切れてをり
春日傘乙女の影を隠しけり
あたたかや小芥子の並ぶ帳簞笥
三寒四温揺れの止まらぬ弥次郎兵衛

鈴木  誠
藤田 眞美
藤原 益世
古川美弥子
鈴木けい子
大石 益江
鈴木 竜川
徳増眞由美
坂口 悦子
青木 敏子
田島みつい
鈴木 利枝
鈴木 花恵
唐沢 清治
熊倉 一彦



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

出雲 野田 弘子
筆塚の四手風に鳴る梅日和
重きほど神籤を結はれ芽吹きけり
沈丁や身繕ひして押すチャイム
海に架かる橋の灯いくつ春の月
春暁やパン工房に点く明かり

日野 小嶋 都志子
名草の芽園児の丈で見てをりぬ
本好きに春日のベンチ譲りけり
春禽のつつつと寄り来石畳
春一番社に献血募る声
墓守の猫車ねこ曳き通る桜東風



白魚火秀句
白岩敏秀

沈丁や身繕ひして押すチャイム 野田 弘子(出雲)

とある家を訪問して、呼び鈴を押す前にちょっと身だしなみを整えた。少し改まっての訪問なのであろう。沈丁花の香りに誘われたような何気ない所作。女性らしい奥ゆかしさが俳句となった。春は沈丁花、秋は木犀。どちらも香りの双璧をなすものである。
 重きほど神籤を結はれ芽吹きけり
引き終わった神籤の大方は境内の木の枝に結わえる。神籤の重さで枝がたわわになりながらも枝は芽吹きを始めている。その健気さに神の計らいを感じ取ったに違いない。

名草の芽園児の丈で見てをりぬ 小嶋都志子(日野)

園児たちがしゃがみ込んで騒いでいる。見れば去年咲いてくれた花の芽が出ている。大人の丈では見えぬことも子どもの丈なら見えることもある。小さな秋ならぬ、小さな春を見つけて園児たちと喜んでいるところ。
 本好きに春日のベンチ譲りけり
公園のベンチで暖かい春の日差しを楽しんでいると、本を抱えた少女がやって来た。目が合った途端に思わず腰を上げて、少女に席を譲った。春の暖かさが人の気持ちを優しくさせる。

制服を整へバレンンタインの日 森  志保(浜松)

バレンタインの日は愛の日とされ、女性から愛を打ち明けてもよい日とされている。思春期の少女にとっては心ときめく日でもある。スカートの襞を正しく伸ばし、制服の皺を直す。鏡の前で制服を整えてから登校。青春の真っ只中のバレイタインデーである。

着ぶくれて左官の鏝の良く動く 上松 陽子(宇都宮)

外仕事の多い左官は寒い時には厚着になってしまう。宇宙服ほどの着ぶくれをした左官の仕事振りはさぞ遅いだろうと思いきや、鏝の動きは素早い。熟練したプロの技に目を見張っているところか。

簗番の胴長靴に潮雫 脇山 石菖(唐津)

簗は上り簗と下り簗がある。これは唐津市を流れる玉島川に設置された白魚を捕る簗である。簗漁は竹とすだれを八の字に組み合わせて白魚を捕らえる伝統的な漁法。白魚が産卵のため唐津湾から遡上してくるところを捕らえるのである。胴長靴の潮雫で、漁を終わったばかりの簗番の姿が見えてくる。

まんさくの夕日にとけて暮れにけり 西山 弓子(鹿沼)

まんさくは他の花に先駆けて咲くことから「まず咲く」が訛ったものとも言われている。仁尾先生は〈まんさくの花びら縒を解きたる〉とまんさくの開花を「縒を解く」と詠まれた。この句はまんさくが暮れていくのは夕日に融けたからだと詠んだ。独特な把握が魅力。

制服の丈を直して春を待つ 杉原由利子(出雲)

春は入学や進級で期待に胸のふくらむ季節。制服の「丈を直して」とあるから進級したのだろう。子どもの成長は早いので昨年のズボンでは丈が短い。子どもの成長を喜ぶ気持ちが「丈を直して」にこもる。

竹馬のひと節上げて子の歩む 植松 信一(我孫子)

一番低い節から始めた竹馬の練習。何度も挑戦して、やっと手と足が同時に動くようになった。バランスの取り方も上手になったところで、竹馬を一節上げて高くした。高さが違えば見える範囲が広がる。少年は竹馬に乗れる喜びと視界の広さを味わったことだろう。

せせらぎの音高鳴りて土筆生ふ 上尾 勝彦(東広島)

土筆が生える頃には雪解け水が川を流れ始める。それがせせらぎの音を高めたのだろう。「音高鳴りて」の措辞が恰も土筆を目覚めさせているように響く。春になって眠っているものが動き始めたのである。

唇を強く嚙みしめ雪を搔く 安川 理江(函館)

何度も雪が降り、何度も雪搔きをしなければならない雪国の生活。少し油断すると手も足も出ないくらいに積もってしまう。朝に雪を搔き、夕方にまた搔く。「唇を強く嚙みしめ」に雪には負けじの心意気がある。


    その他触れたかった句     

朝鳥の声につつまれ春立ちぬ
ものの芽にかがめば水の匂ひかな
ポップコーン弾け建国記念の日
酒米の米粒丸し春隣
紅梅に触れたる風の香りけり
土筆摘む土手に投げ出すランドセル
下校の子畑打つ母へ手を振りて
前髪をきれいに上げて針供養
さざ波に光生まるる春の湖
青年の礼の直角うららけし
啓蟄や棚田の上を鳶舞へり
蕾ある剪定の枝束ねたり
遮断機のはづみて止まる花菜風
囀に囲まれてゐる作業小屋
ひな壇に席をゆづりて小さくねる
子の磨く自転車春の日を返す
雛の日や会津漆器の潮汁

村田 恵子
長田 弘子
塩野 昌治
持田 伸恵
山田 哲夫
鈴木けい子
品川美保子
花輪 宏子
池本 則子
金原 敬子
貞広 晃平
伊藤かずよ
杉原 栄子
岡谷 陸生
吉水 登世
服部 若葉
金田恵美子


禁無断転載