最終更新日(Update)'23.04.01

白魚火 令和5年4月号 抜粋

 
(通巻第812号)
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4月号目次
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季節の一句   大村 泰子
「記念樹」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
中間 芙沙、森 志保
白光秀句  村上 尚子
坑道句会 二月例会報 三原 白鴉
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
原田 妙子、内田 景子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(浜松)大村 泰子

鮎の瀬の水の音より明けて来し  佐藤 陸前子
          (令和四年八月号 白光集より)
 鮎の解禁ともなると河川は釣り師で賑わいを見せる。思い思いの場所で釣果を狙う。漁法は友釣りが一般的のようだ。辺りが白々と明ける頃になると、一心に取り組む様子が想像出来る。川の中に入り、腰まで浸かって釣りをする人、菅笠を被り竿を立てている人、また椅子に座りゆったりと糸を垂らす人など、太公望の姿が垣間見える。水の音の高まりを感じながら、作者の期待感をも感じさせてくれる句。

鋭角のサンドイッチや麦の秋  金原 敬子
          (令和四年八月号 白光集より)
 鋭角とした事で、一般的な三角形のサンドイッチだという事がわかる。鋭角と硬い言葉を使う事によって、ふわふわのサンドイッチとの対比が効果的に活かされている。サンドイッチの中味は、玉子或いはレタスと胡瓜、若しくはカツサンドではないかとか、想像すると楽しくなる。辺り一面黄金色の麦が、風に乾いた音をたてている景。その中にいるだけで明るさを感じる。さぞサンドイッチも美味しかった事でしょう。季節感を見事に捉えた句。

卯の花腐し手鏡に息吹き掛くる  寺田 佳代子
          (令和四年八月号 白魚火集より)
 梅雨に先立って降る長雨に、うっとうしさを感じる。その頃咲く卯の花は「夏は来ぬ」の唱歌でも親しまれる香りの良い白色の花が群れて咲き、辺りを明るくしてくれる。下句のフレーズの「息吹き掛くる」という行為に大らかさも感じるが、作者自身の心を奮い立たせようという気持ちも込められている。鏡に息を吹き掛けて拭った後のさっぱりと綺麗になった鏡も想像出来る。日常何気なくしている事を句にされ、共感を呼ぶ句である。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 二月富士 (静岡)鈴木 三都夫
師の一句枕屛風のちらし書き
長生きの寝酒楽しも寒の入
大寒の空へ張り付く北斗かな
佗助の蕾に色の見えそめし
探梅に応へてくれし二三輪
余寒なほ試歩にも似たる遊歩かな
空洞の鉄幹にして匂ひ立つ
ふたたびの雪襞著き二月富士

 膝抱いて (出雲)安食 彰彦
初場所や白星ひとつ引退す
熱燗やロシアを語る力入れ
耳袋つけて気象を語りけり
校正す玻璃窓外の雪を見て
旅伏嶺の真白くなりぬ昨夜の雪
けふは雪けふの読みもの「膝抱いて」
われひとり寝酒出雲の赤ワイン
雪はげし雪おそひくる玻璃も泣く

 思はぬところより(浜松)村上 尚子
電車発つ今朝の寒さを置き去りに
冬菊を切るねぎらひの声を掛け
手袋の片手思はぬところより
冬天に電工のこゑ飛び交ひぬ
川沿ひの水仙風につんのめる
手際よく庭師冬日を使ひきる
嚏して一番星を飛ばしけり
反古ばかりふやし寒夜の筆を擱く

 初仕事 (浜松)渥美 絹代
たぎりたる湯に菜を放ち雪催
風花や色の褪せたる酒林
こつごもり釘打つ音のしてきたる
元朝のすぐに消えたる雲ふたつ
凹みたる朱肉をならし初仕事
伐りたての丸太の匂ふ七日かな
夫の背に焚火の煤のついてをり
大寒の音たててゐるかまどの火

 夢二の絵 (唐津)小浜 史都女
二日はやたをやかな絵の夢二展
ささめ雪首折れさうな夢二の絵
ものくろの夢二の画集たびら雪
春近し昔のうたの古ラジオ
雪晴に遠目の効いてゐたりけり
河豚漁を終へてしづかな漁師町
寝転んでよささうな石日脚伸ぶ
昏れぎはによく光る星寒明くる

 春隣(名張)檜林 弘一
今年また母の元日草一句
唇へ寒九の水をひとしづく
風花の空へ旅立つ人ひとり
一枚のガラス越しなる寒茜
大寒の海純色に照り返す
三寒のあとの四温の風匂ふ
陽だまりに母の句集を置く四温
伊賀牛の声は腹より春隣

 談話 (宇都宮)中村 國司
寸刻の則をたがへず初日の出
ピカソの絵肴に寒の初しぼり
穏やかな二日乙女の欠伸見て
きれぎれに総理の談話窓の雪
をとことは母をひそかに寒椿
すめらぎの衣の色なり冬薔薇
白鳥翔る亀より長き頸を伸べ
白鳥やそのうち一羽後ろ向く

 黄水仙 (東広島)渡邉 春枝
春立つや造り酒屋のなまこ壁
それぞれの井戸に名のあり木の芽風
まづ水を誉むる杜氏や風光る
うららかや格子戸に沿ふ竹矢来
蔵通り曲がる小路の黄水仙
椿落つる音にふり向く宮居門
梅の香を嗅ぎて一日の穏やかに
水際まで下るる石段残り鴨

 検温 (北見)金田 野歩女
冬晴や匂と湯気の佃煮屋
大根の解るるやうに炊き上がる
集落の七戸のみの灯冬籠
冬帽子脱ぎ検温の富士額
雪しまき失する稜線海岸線
雪を搔く非力を合はせても足らぬ
東雲の凍鶴を染め川面染め
節分の豆煎る少し爆ずるまで

 雪蛍(東京)寺澤 朝子
薬膳とも頂く粥や寒に入る
辻堂へけふは寒九の水供ふ
緋袴の巫女より受くる初みくじ
成木責「成ります」役も老いにけり
御供養の筆がとなる遍昭忌
先立ちし妹おもへば手毬唄
杖の影一歩先行く冬日かな
一と世とは夢かも知れぬ雪蛍

 七日粥 (旭川)平間 純一
初春の風にゆれをり祈願絵馬
御神木の楡の大樹や深雪晴
冷蔵庫さらへて今朝の七日粥
どんど焼両手を炙り皆寡黙
ふつふつと酒母のつぶやく寒九かな
煮凝のかすべの骨の嚙み心地
雪よりも冷下二十度が憎し
雪像の龍の鱗の彫りあがる

 冬木の芽 (宇都宮)星田 一草
住み慣れし町をくまなく初明り
一族にひとりの増えて初写真
お降りや庭石黒く濡るるほど
はや四日紺屋煙突けむり立つ
何もなき堅田をさらす寒の月
戦火遠し色の褪せゆく冬の薔薇
落葉して影の明るき雑木山
蒼穹へほのと紅差す冬木の芽

 春隣 (栃木)柴山 要作
旋回の白鳥筑波山つくばより高く
決起のごと広ごる羽搏ち小白鳥
繭玉の影の華やぐ荒物屋
繭玉に触れむとジャンプする子かな
早梅や風まだ尖る札所寺
雑魚群れてきらりきらつと春隣
隣家となりの子の言の葉の増ゆ春隣
恋猫のバトルの続く路地の奥

 春耕 (群馬)篠原 庄治
初鴨の番水脈曳く湖の面
凍滝の一縷奏づる水音かな
裏山に陽のあるかぎり笹子鳴く
寒晴の空のとてつも無く靑し
笹子鳴く父祖六代の墓所
立春や鳶一羽舞ふ過疎の村
立春の陽を照り返す峡の湖
五指の節鳴らし春耕はじめけり

 白息 (浜松)弓場 忠義
男の子破魔矢の鈴を鳴らしゆく
初鏡妻の術痕癒えにけり
荒鋤の田に一枚のいかのぼり
一病をうつかり忘れ屠蘇の酔
頰杖をして人日の暮れにけり
みづうみの氷の花を見てゐたり
釣果なく尻炙りたる浜焚火
独り言つ白息となり消えゆけり

 七種 (東広島)奥田 積
釣瓶井の乾きしままや冬木の芽
見守隊みんな老人息白し
笹鳴や転ばぬ先の杖を持ち
一日寝て障子の桟を日の移る
地玉子の温みいただく寒見舞
七種をめでて二人の時間かな
とんど竹曳けば添ひ来る父の影
早梅や子ら駆けてくるかけてくる

 水菜切る (出雲)渡部 美知子
障子穴増やし今日より三学期
冬の日を唸り通しの日本海
冬怒濤黒き海石の見え隠れ
凍つる夜や億光年の星あまた
寒明の路地を鳴らしてピンヒール
相槌を打ちつざくざく水菜切る
絵踏なき夜を耿々と英語塾
急く道に薄氷またうすごほり



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 白き影 (出雲)三原 白鴉
まだ熱き灰を拡げてとんど果つ
胸突きの坂となりけり探梅行
寒卵白磁の皿に白き影
新築の家の丁張り日脚伸ぶ
佗助や門から続く石畳
白梅や翳れば痛き山の風

 日脚伸ぶ (東広島)吉田 美鈴
冬うらら我が影よぎる鳥の影
風花や楽器を背にバスを待つ
幾度も夜想曲弾き冬ごもり
畑土の天地返しや日脚伸ぶ
待春の厨に満つるパイ焼く香
裏庭に鳥のさざめき春近し

 冬芽 (東広島)挾間 敏子
初鴉落慶近き三の丸
杜氏らの作務衣の並ぶ初詣
なづな打つ夫機嫌よき片襷
冴ゆる夜や厩舎の壁を馬が蹴る
寒造蔵の大戸を開け放ち
どの径も冬芽にあふれ爆心地

 帽子売場 (藤枝)横田 じゅんこ
霜晴の空美しき棚田かな
春立つ日帽子売場の鏡かな
百歳をすぎてもバレンタインの日
犬ふぐり踏んで携帯電話中
鉄瓶の鳴つてゐるなりよもぎ餅
アネモネや手を当ててみる額の熱

 日脚伸ぶ (雲南)原 みさ
電子辞書に微かな亀裂冬籠
冬靄の中に浮きたる嫁が島
眉足して微笑んでみる初鏡
棚田より遥かに雪の伯耆富士
一病と向き合ふ日々や日脚伸ぶ
春立つや棚の器を入れ替ふる

 貝塚 (浜松)佐藤 升子
ジャンパーの胸より出せる社員証
荒く積むテトラポッドや冬の潮
葉牡丹の密なり駅に待ち合はす
貝塚の断面日脚伸びにけり
春近し欄間の花鳥透かし彫
豆打のはじめの声の裏返る

 阪神忌 (札幌)奥野 津矢子
畳まれて運を広ぐる初みくじ
舞ひ昇るどんどの煤のゆきどころ
紀伊國屋書肆まで歩く七日かな
阪神忌雪後の天を仰ぎをり
水洟や軍靴ひたひた迫り来る
ポケットに憂さと喉飴空つ風

 冬菜畑 (鳥取)保木本 さなえ
冬菜畑よく鳴く鳥の来てをりぬ
呼ぶ鶴も応ふる鶴も天向けり
あらがうて同じ木にゐる寒鴉
芒枯れ尽くして風の粗くなる
着ぶくれてをれど着崩れしてをらず
大枯野とぶ一枚の新聞紙

 七種 (島根)田口 耕
凍て風の路地を転げてゆきにけり
冬木の芽避けて御くじを結びたる
声あげて聖菓に頭寄せきたり
雪催ジェット機の音零れくる
七種や椅子のいたづら書き古りて
退院の妻の靴買ふ室の花

 余寒 (牧之原)坂下 昇子
踏まれても踏まれても生え冬の草
寒鯉の日の透く方へ身じろぎぬ
寒満月雲一片も寄せ付けず
朝刊に微かな温み春近し
人影のなき公園の余寒かな
波くぐるたびに見えなくなる若布



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 中間 芙沙(出雲)
労ひの声掛けられて雪を搔く
冬の川底に揺らめく長きもの
新嘗祭猪口一杯の酒に酔ひ
新しき道の付くらし仏の座
寒晴や飛行機雲のすぐに消ゆ

 森 志保(浜松)
鉢にリボン結ばれポインセチアかな
子の明日の予定聞きつつ蜜柑むく
大晦日禰宜青竹を立ててをり
底冷えの百間廊下日の射せる
正月のよく売れてゐる犬の餌



白光秀句
村上尚子

新しき道の付くらし仏の座 中間 芙沙(出雲)

 春の七草、そして七種粥に入れる一つの「仏の座」。実際に使われるのは〝コオニタビラコ〟と思われる。いずれにしても田や道端に生え、人の暮しの近くにある。その風景も新しい道が付けば姿を消すことになる。開発が進み便利になるのはありがたいが、長年見馴れた自然が少しずつ消えてゆくのは淋しい。
 七草を揃えるのにも年毎に遠くまで足を伸ばさなければならなくなる。
  労ひの声掛けられて雪を搔く
 今年の冬は特に雪の被害が多かった。テレビや新聞で報道されるものはほんの一齣に過ぎないだろう。雪国の朝は雪搔きから始まる。大雪となればそれだけでは済まない。その重労働も一言声を掛けられただけで嬉しくなり大きな力の源となる。

鉢にリボン結ばれポインセチアかな 森  志保(浜松)

 贈るものか、贈られたものか、いずれにしてもポインセチアの鮮やかな色が目に浮かぶ。「リボン結ばれ」により、ポインセチアはただの植物ではなく、そこに意志が生まれたように感じ取れる。一本のリボンによってお互いの気持をより強く結んでくれたに違いない。
 部屋中が一気に明るくなった。
  子の明日の予定聞きつつ蜜柑むく
 昔から炬燵に入って蜜柑をむくのは、日本の家庭の冬らしい光景の一つであり、一家団欒の象徴とも言える。その中での会話である。子供の都合により食事の時間や内容を変えなければならないこともある。どこの家庭にもありそうなことだが、俳句の視点としては新鮮である。明快な中にも母親の心遣いと愛情が伝わってくる。

鍵盤にドレミの附箋春隣 高田 喜代(札幌)

 楽譜を見ながら指先はうろうろするばかり。そこで思い付いたのが鍵盤に直接附箋を貼ることだった。覚えれば剝がせばよい。きれいな色の附箋の一つ一つからは、早くも春の歌が聞こえてきた。

縫始リュックの穴を塞ぎをり 野田 美子(愛知)

 他人にどう見られようとも、気に入ったものはとことん使い続けたいものがある。ここでは“リュック”。「縫始」のイメージからは逸脱したところがこの句の面白いところ。早くもハイキングや登山に思いを馳せているのだろう。

たくましき婿の二の腕屠蘇を受く 山田 眞二(浜松)

 正月のしきたりが簡略されるなかで、今でも一族が集まり屠蘇を酌み交わすのはいかにも元旦らしく心を新たにする。二の腕のたくましさは日頃の姿から分かっていてのことだが、ここでは外見だけを差しているのではない。次代を担ってくれる若者に乾杯したい。

鉛筆を舐めて書く癖春どなり 永島のりお(松江)

 筆記用具として最も身近にある鉛筆。今のものは質が良いのでその必要はないが、長年の癖が抜け切らないのか気が付けばまた舐めていた。「春どなり」から、作者の微妙な心の内を映し出している。

吹越や雀にこぼすパンの屑 水出もとめ(渋川)

 群馬県では風花のことを「吹越」と呼ぶ。日本海側に降った雪は新潟県との境の山を越え「吹越」となる。雀にとっては餌の少ないこの時期にパンの屑は何よりのご馳走である。同じ季語でも独特の風の厳しさを感じる。

タロットの女帝ほほゑみ春来る 鈴木 花恵(浜松)

 タロットはトランプの前身とも言われ、絵入りで占い用に使われる。その中の一つの女帝が微笑んでいた。その目と出合った瞬間に春が来たと思った。

女正月祖母の出番のごつこ汁 佐久間ちよの(函館)

正月でも昔の女性は忙しかった。その労いのため一月十五日を「女正月」として祝ってきた。その席に出された「ごつこ汁」。北海道ではほてい魚のことをごっこ・・・と呼び、鍋物にするという。祖母ならではの北国のご馳走である。

青女来て凶作の田を真つ白に 大庭 南子(島根)

 「青女」とは中国の故事の雪を降らす女神からきており、霜の副題である。同じ霜でも人に見立てたことによりドラマが生まれた。今年はきっと黄金色の田が広がることだろう。

ホットケーキぽんと返して外は雪 赤城 節子(函館)

 最近のスイーツは色々なものがあるが、ホットケーキはその原点とも言える。手軽なため思い立てば家庭でもすぐ出来る。好みのものを掛ければ市販のケーキにも負けない。窓ごしの雪にも俄に春の兆しが見えてきた。


その他の感銘句

大寒や豆大福をもう一つ
初鏡映る自分に声をかけ
塗り直す横断歩道日脚伸ぶ
薬湯に顎まで浸かり年惜しむ
春立つや小箱に光るイヤリング
女正月ピザ一枚のデリバリー
初夢や手を振る父の若きこと
緩びゆく飛行機雲や春隣
目は父似口は母似や初鏡
風邪に伏しあの世この世をさまよへり
金文字の辞書の背表紙読みはじめ
雪煙と噴煙なびく浅間山
社寺巡る母の形見のコート着て
青竹の小さく爆ぜてとんど果つ
着ぶくれてころがるやうに歩きをり

山口 悦夫
伊藤 妙子
武村 光隆
内田 景子
妹尾 福子
福本 國愛
松山記代美
遠坂 耕筰
友貞クニ子
佐藤 愛子
萩原 峯子
高橋 見城
伊能 芳子
青木 敏子
大石登美恵



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

広島 原田 妙子
新聞をくまなく読みて年惜しむ
元朝や潮ひたひたと朱の鳥居
懸大根前山の日に磨かるる
湯豆腐やじつくりと聴く子の話
如月の日射しにかざし鎌を研ぐ

唐津 内田 景子
焼芋を包む新聞読み耽る
ひとり居に馴れず湯豆腐ふたり分
微塵切り乱切りとなり年詰まる
初日記余白残さず書きにけり
長湯して長話して女正月



白魚火秀句
白岩敏秀

湯豆腐やじつくりと聴く子の話 原田 妙子(広島)

 今日は寒いので湯豆腐にしよう、ということで親子で向かい合って席についた。思春期の子どもはめったに話をしてくれないが、湯豆腐がことことと煮える頃にぽつりぽつりと話しはじめた。学校のこと、友だちのことそしてこれからのこと等々。湯豆腐の暖かな湯気に包まれて親子の会話がつづく。
  新聞をくまなく読みて年惜しむ
 家中の掃除も済んで、正月の用意も滞りなく終わった。一息ついて、忙しくて読めなかった新聞を読み始めた。新聞はその日の社会の縮図。一日を振り返りつつ、思いは今年一年の出来事に及ぶ。「くまなく読みて」に今年のやるべき事は全てやったという充足感が感じられる。

ひとり居に馴れず湯豆腐ふたり分 内田 景子(唐津)

 母が亡くなった。いつも側にいて優しく声を掛けてくれていた母。もう母と一緒に食卓を囲むことも出来ない。せめてふたり分の湯豆腐を用意して、母のいるごとくに向き合った。湯気の向こうに母の面影がゆらめく。
  微塵切り乱切りとなり年詰まる
 微塵切りは料理で野菜などを細かく切りきざむこと、乱切りは形をそろえずに切ること。この句が単なる料理のことに留まっていない。愛する者を失った悔しさ、寂しさ、孤独感の現れた切り方である。〈春灯のもと愕然と孤独なる 桂信子〉。まだまだ続くさみしさであり、孤独である。

藪入の歩みを止むる鐘の音 中山 雅史(浜松)

 藪入は奉公人が正月一六日に奉公先から親許へ帰ること。〈やぶ入や浪花を出て長柄川/春風や堤長うして家遠し…〉と続く蕪村の『春風馬堤曲』。今では藪入はなくなってしまったが、嘗ては年に一度か二度、親に会える日であった。家郷が近づくと夕べを知らせる菩提寺の鐘の音が聞こえて、思わず足が止まった。急がなくてはと心が急く…。蕪村の詩から発想された郷愁の一句。

氏子みな開拓の裔冬柏 高田 喜代(札幌)

 神社の清掃をしようと氏子が集まってきた。全員が古くからの氏子で、しかもかつての開拓者の子孫だという。北海道の計画的な開拓は明治二年(一八六九)の「開拓使」の設置から始まる。それからの長い厳しい開拓の歴史。氏子達に受け継がれてきた開拓魂が強い団結力を生む。褐色になっても落葉しない冬柏の強さに通じるものがある。

湯豆腐や正座くづれて車座に 沼澤 敏美(旭川)

 初めは皆が畏まって正座で酒を汲み合っていたが、湯豆腐が煮え立つ頃には座がくだけてきた。やがてネクタイを緩める頃には順不同の車座になっていた。気取りのない湯豆腐の酒席。その後の成り行きが気になる…。

母の味詰めてお重の節料理 三島 信恵(出雲)

 正月の客間に並べられた重箱の節料理。料理はどれも正月にふさわしい縁起物ばかりである。数の子、黒豆、ごまめ、酢の物等々は母の手作りで母の味。年始客に節料理を勧めながら、まだまだ母には及ばないとちょっぴり本音を漏らしているところ。

喜びを持ちよるけふの初句会 横尾 雅子(小城)

 正月の忙しさが終わって、初めての句会。家族揃って幸せに迎えた正月、元気を知らせる年賀状、新しい年への期待など各人各様の喜びを持って集まってきた。気持ちも句もさることながら、持ち寄った料理の美味しかったことは言うまでもない。

師の句碑の文字くつきりと年新た 髙田 絹子(浜松)

 〈衣手を押へ灌仏し給へり 正文〉。どっしりとした貫禄のある石に彫られて深い文字。「文字くつきり」に新しい年を迎えためでたさと先生の磊落な風貌がよく表れている。句碑は地元の有志によっていつも綺麗に掃除がしてある。

一の堰落ちて二の堰春の川 上尾 勝彦(東広島)

 山を出発した冬の川は谷間を過ぎて、農耕地に設けられた一の堰を落ち二の堰を落ちて、だんだんと春の川となってゆく。川の流れが時間の流れに重なる。堰には用水の取水や水量、勾配を調節するための堰がある。

髪染めて年始の客を迎へけり 伊能 芳子(群馬)

 髪を染めることは日常的なことであろうが、年始の客を迎えるためにというところがいかにも正月らしい。普段から身だしなみに気を配っているのだろう。


    その他触れたかった句     

初明り大河豊かに海に入る
デフォルメの強き自画像春寒し
歌留多取小野小町が宙を跳ぶ
ビルの窓月を映して凍てにけり
日脚伸ぶお客の増ゆる縄電車
落葉踏む淋しき時は深く踏む
本棚の本の隙間や春浅し
置炬燵大きな足の出てをりぬ
初湯の子爪の先までさくら色
公園の池に木の橋日脚伸ぶ
舞初の袖の襲の桜色
大寒の澄みたる浅間仰ぎけり
老いながら歌つてゐたり寒椿
拝殿の大戸を開く二日かな
節分草己がひかりを放ちけり
初氷金魚大きく映しをり
ものの芽や大地そはそはしてをりぬ

髙橋とし子
久保久美子
鈴木  誠
安藤 春芦
熊倉 一彦
柴田まさ江
安部実知子
渡辺 加代
萩原 峯子
高田 茂子
高山 京子
天野 萌尖
松下加り子
三浦 紗和
長田 弘子
池本  誠
藤田 光代


禁無断転載