最終更新日(Update)'23.06.01

白魚火 令和5年6月号 抜粋

 
(通巻第814号)
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6月号目次
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季節の一句   竹元 抽彩
「小さき窓」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
福本 國愛、鈴木 誠
白光秀句  村上 尚子
古刹峯寺を訪ねて 原 みさ
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
相澤 よし子、福本 國愛
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(松江)竹元 抽彩

梅雨晴間「裏の畑に出て居ます」  三原 白鴉
          (令和四年八月号 鳥雲集より)
 玄関先に書いてある伝言が、「梅雨晴間」の季語を置いたことにより確たる季節の一句となった。
 掲句、留守札が掛っているのは平素来客の多い農家であろう。泥棒に留守を教えている様なもので、都会では全く考えられないことであるが、過去にそんな事例は無く安全、安心な地域なのであろう。
 田植が終わったとは言え、昼が一番長い時期、農作物の収穫時であり、梅雨晴間となれば寸暇を惜んで畑仕事が待っている。
 家族の状況は解らないが、広い家は留守なのである。人間の善意を信じ切った安らぎの暮しぶりが見える。心地良い句だ。

竹林の闇を深むる螢かな  谷山 瑞枝
          (令和四年八月号 鳥雲集より)
 螢は文月を代表する季語の一つである。掲句は、竹林の闇を縫う様に飛ぶ螢の光が消えた時、闇をより深くしたと見た写生句で、それ以外のことは何も言っていないが、答は読者に連想させる俳句作句の常道である。螢の持つイメージは人それぞれであるが、掲句は情景が鮮明で読者の感情が幻想的に広がる。螢は清い水辺に育ち、成虫となって求愛の火を点す。子孫を残すため二十日の生命を燃やす。竹林の螢は水辺を離れた「はぐれ螢」であろうか。いずれにしても闇に浮かぶ螢の火は美しく、幻想的で過去を呼び覚ます。人生後半を生きる大人には様々な感情が連想的に広がる。筆者も今、亡き妻の面影を偲んでいる。年に一度のこの季節、螢火に思う感情は年輪の如く人間の心に刻まれる。
 俳人にとって毎年詠みたくなる句材ではある。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 落花 (静岡)鈴木 三都夫
門前の白木蓮も寺格かな
ほぐれつつ焰立ちたる牡丹の芽
幼児に踏青の靴履かせけり
使つても使はなくても春炉かな
暖かやこのごろ頓に物忘れ
花見まで下見の足を二度三度
散りはじめ落花の舞となりにけり
散る花のやうには未練なしとせず

 蕗味噌 (出雲)安食 彰彦
荒神のまはりほつほつ蕗の薹
蕗味噌を添へて一献すすめをり
蕗味噌の苦味がよろし麦焼酎
連翹の角を曲がれば表門
紫木蓮古刹の径の風つかむ
いにしへの参道の辺の初蕨
すかんぽや軍歌をうたひ登校す
雑草といへば雑草いぬふぐり

 父の膝 (浜松)村上 尚子
あたたかきものの記憶に父の膝
石臼の底に罅割れ涅槃西風
廃駅に巣組みの藁を拾ひけり
かげろふに乗つて一両電車くる
ジーパンの包むししむら青き踏む
神名備の麓の十二単かな
ひばり東風公民館の水飲み場
野遊の手足むかしにすぐ戻る

 畳屋 (浜松)渥美 絹代
もう一度呼び鈴押せば梅匂ふ
雛の間の鴨居に錆びし槍二本
ほどけては消えゆく雲や蘆の角
雑魚群るる上を椿の流れゆく
休耕田に山羊の足跡水温む
つちふるや土蔵の棚に「大言海」
永き日の畳屋刃物研ぎてをり
先生の句碑ある寺の桜かな

 鳥の糞 (唐津)小浜 史都女
雛の日の天守閣より海の青
料峭や鼠返しに鳥の糞
地虫出で盲滅法走り出す
跼まれば風やはらぎぬ土筆摘
糸ざくら鐘楼堂にしだれけり
花筵男がひとり座して待つ
出来たてのうすももいろの花筏
河骨の蕾あげたる水の黙

 桜東風 (名張)檜林 弘一
ほつほつと白帆の立ちぬ春の湖
春泥の汚してをりぬ百度石
風鎮の正す一軸桜東風
投函を終へつばくらと出会ひけり
雲雀東風提に食らふ握り飯
佐保姫と珈琲の香を分かちあふ
暮れかぬる大仏殿の鴟尾仰ぐ
春宵の時計を置かぬ店に酌む

 中空に (宇都宮)中村 國司
清らかに咲きしも散れり白椿
おろおろと園児の悲恋黄水仙
料峭や核をいづこに配備すと
淡墨の花に雨ふる降るとなく
尾を立てて雄猫来たり春の雨
菜の花の海に浮きたる古墳群
いたいけの手の平に置く桜餅
中空に落花高島文枝文江氏を悼むとどまる文江かも

 残る鴨 (東広島)渡邉 春枝
池の面の波立つ朝や残る鴨
うららかや両手に包む嬰の顔
子と同じ高さより見るチューリップ
嬰の靴春の落葉の中にあり
触れずには通れぬ枝垂桜かな
渋滞の車の上に散るさくら
翁草ふゆるにまかす庭の中
読み終へぬ間に次の号花の雨

 春の雁 (北見)金田 野歩女
春寒し雑誌を括る十文字
岩奔る勢益々雪解川
漁師村流氷哭くと云ふさうな
紙風船預かりし子を喜ばす
賑やかに沼被ひゆく春の雁
花頭窓額縁にして落椿
榛の花盛ん青空昏くして
苜蓿広がる牧の引退馬

 残る鴨 (東京)寺澤 朝子
桜咲く母校創立百年史
医学部の裏は大川風光る
囀や机にひろぐ吉野和紙
禅林に隣る稲荷社椿落つ
足許にくくと鳩寄るよなぐもり
老いつのる時は速しよ小町の忌
春灯明日読む本を枕元
かく小さき流れに睦び残る鴨

 雪解急 (旭川)平間 純一
雪解急質屋の蔵の扉のゆるび
研ぎ込みし菜切庖丁嫁菜飯
竜天に登るが如く煙盛ん
涅槃雪べんがら色の大伽藍
生臭きチセの燻り香霾ぐもり
火の神の木幣イナウ新し春炉焚く
鳥雲に北向くチセの神の窓
荒波へ漕ぎ出す二十歳別れ雪

 笹鳴 (宇都宮)星田 一草
笹鳴やとろりとあをき沼の水
啓蟄や始発列車の旅に発つ
胸に受くる卒業証書の匂かな
手折りたる土筆煙はく孤愁かな
飛石の歩幅に叶ふ春の川
蝌蚪群るる山のふもとの湧水池
水の輪のゆつくりほどけ春の池
卒業子ひとりギターを弾く夕べ

 蝌蚪の陣 (栃木)柴山 要作
マスクなき新鮮な顔卒業す
墳頂への磴に食ひ入る花すみれ
小綬鶏に一日急かされ野良仕事
畦伝ふ初蝶の黄の軌跡かな
子はガリバーぱつと散りたる蝌蚪の陣
淡墨桜基壇に触るるばかりかな
花筏汀小走る石たたき
橋くぐる度に綺羅増す春の川

 靑ぬた (群馬)篠原 庄治
失せ物の鎮座してゐる春炬燵
俯いて揺るるも愛し黄水仙
遮断機の上がり待つ間の初音かな
尺縄を張つて馬鈴薯種を蒔く
観音の御手借り申す鳥の恋
一片も散らさぬ花や今日盛り
靑ぬたを肴に晩酌はじめけり
開き初むる牡丹に日暮来てをりぬ

 はくれん (浜松)弓場 忠義
荒鋤の田へ鳥風の渡りけり
春愁や砂紋をよぎる鳥の影
竜天にぐいつと曲がる大河かな
心地よく眠れよ闇に雛しまふ
俎にみどりの滲む花菜漬
はくれんの昨夜の雨粒抱いてをり
鍬洗ふをんながゐたり桃の花
花筏壊して鯉のひるがへり

 島の春 (東広島)奥田 積
さくら便り蔵書印ある図書の本
みつまたの灯を点すごと咲きそろふ
まだいかだなさずはなびら流れゆく
島影を帆舟よぎる春の昼
春潮に裳裾なびかせ地蔵尊
島乙女総出で土産花の山
育メンの子ども同士や花万朶
落花しきり蛸壷口を並べたる

 すみれ咲く (出雲)渡部 美知子
ひとりでに閉まる裏木戸すみれ咲く
げんげ田を標に峡をひと巡り
芽起こしの雨に煙れるおほやしろ
春昼や広ぐるのみの世界地図
風に乗り雲を蹴散らす奴凧
行者道へ続く細道座禅草
ここよりは女人禁制花の雨
一灯に松籟を聞く啄木忌



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 土筆摘む (多久)大石 ひろ女
麦踏の父の背中を忘れえず
初蝶の黄の眩しさに追ひつけず
数ふるを忘るるほどに土筆摘む
ポケットに音の触れ合ふ桜貝
子育ての時の短ししやぼん玉
山茱萸の花に夕べの雨雫

 啓蟄 (浜松)安澤 啓子
白梅や瓦のずれし築地塀
啓蟄やぴちぴち雑魚の跳ぬる音
もう一度春満月を仰ぎ寝る
ひとひらの雲より高く春の鳥
落椿けむり真つ直ぐのぼりをり
学校は十五キロ先樺の花

 初つばめ (高松)後藤 政春
雛の間に鼠を捕らぬペルシャ猫
初蝶の引つ張つてゆく車椅子
白子干すとんびの描く輪の下に
ハーモニカ吹けばをちこち地虫出づ
土筆摘む空の背負籠負ひしまま
初つばめ迷はずくぐる大手門

 朝ざくら (浜松)阿部 芙美子
水草生ふ池に小さき流れあり
蘆の角渡船場にある時刻表
水温む塀のいたづら書き消して
鹿尾菜刈る海の潮引く深夜二時
磨崖仏のまなざし海へ朝ざくら
姉が来て二つに分くる桜餅

 縁側 (藤枝)横田 じゅんこ
水躍りゐて啓蟄の小川かな
縁側は風の遊び場初蝶来
土踏まず熱くなるまで蓬摘む
山葵田の水ひそひそと流れけり
三椏の花じやんけんを繰り返す
手を打つて鯉を集むる春の昼

 風紋 (松江)西村 松子
ささやきのやうなさざ波ミモザ咲く
飾り麩をふつくらと煮る朧の夜
振りて消す線香の火や木の芽晴
簸川野のひかり鋤き込み畑を打つ
春光や湖へ張り出す喫茶店
風紋を消す春愁の指をもて

 銀座四丁目 (船橋)原 美香子
春ショールふはりと銀座四丁目
アンケートに答へて貰ふ花の種
春風や並び吹かるる社旗国旗
レスキュー隊起立整列風光る
若芝へ子犬が走り子が追へり
囀やサンドイッチの具は玉子

 夕東風 (群馬)荒井 孝子
芽吹く香につつまれてゐる墓苑かな
犬ふぐり土竜塚まで咲き満ちて
木の芽風ドーナツ型の木のベンチ
初蝶や商店街を素通りし
木蓮のどつと散り敷く空家かな
夕東風や陸橋にぽと灯の入りて

 春の川 (鹿沼)齋藤 都
桜東風午後読む本に置く眼鏡
郵便も人も来ぬ日や木の芽和
燕来る地球儀出して確かむる
なんとなく石けつて見る春の川
春雷の三度目しかと聞こえけり
春愁や踏まねば開かぬ自動ドア

 鯉の尾 (宇都宮)松本 光子
恋猫のひと睨みしてよぎりけり
蕗のたう奥を探して足元に
をんどりのこゑのくぐもる日永かな
竜天に登り鯉の尾跳ね返る
ボール蹴り天命を待つ受験生
キーパーのグローブ撫でて卒業す



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 福本 國愛(鳥取)
鴨引くや湖のほとりの赤い屋根
風紋を砂にもどして春一番
道草のつくし夕餉の玉子とぢ
真つ新な朝の光を初蝶来
早蕨を片手にもどる野良仕事

 鈴木 誠(浜松)
教室の窓にキスして卒業す
沈下橋の流れに洗ふ遍路杖
御朱印を頂き春の旅つづく
春天を大きく回すブーメラン
母と子の思ひ出ばなし春の宵



白光秀句
村上尚子

風紋を砂にもどして春一番 福本 國愛(鳥取)

 作者がお住まいの地の鳥取砂丘の景を想像する。春一番は立春過ぎに初めて強く吹く南よりの風で、中国大陸から移動し日本海で発達するとなれば、日本の砂丘のなかでそれを一番先に受けることになる。風紋は刻一刻と変り、いくら美しくても同じものを二度と見ることはできない。「砂にもどして」と人為的な表現をしているが、すべて「春一番」の為せる技である。感性の光る作品。
  道草のつくし夕餉の玉子とぢ
 都会住まいでない限り誰でも経験のありそうなこと。摘みたての「玉子とぢ」は今となってはむしろご馳走と言える。
 この句の「道草」は二つの解釈ができる。一つは〝道端に生えている草〟、もう一つは〝道草を食う〟からの発想。いずれにしても「夕餉の玉子とぢ」は旨かったに違いない。

沈下橋の流れに洗ふ遍路杖 鈴木  誠(浜松)

 「沈下橋」と呼ばれるものはたくさんあるが、「遍路」から想像するのは四国の四万十川か仁淀川に架かるものだろう。遍路の途中この橋にさしかかった。増水の名残か、あるいはこれからもっと水嵩が増してくるのか……。流れは橋のすれすれまできている。思わず長旅で汚れた杖を洗った。清流で洗われた杖を持てばまた元気が湧いてくる。今日の目的地の札所に向け軽やかに歩を進めた。
  教室の窓にキスして卒業す
 卒業は小学校から大学まであるが、友人との別れも含め思いはさまざまである。この句は特に校舎に思いを寄せている。何げなく過ごしてきた身近な教室も、いざ別れるとなると色々なことが思い出される。感謝の気持を込めて一枚の窓ガラスに〝キス〟をした。季語の「卒業」に新しい風が吹き込まれた。

学生証返し春星瞬けり 安藤 春芦(横浜)

 いよいよ社会人となり希望に満ち溢れていることが分かる。俳句界は「白魚火」に限らず高齢化が危惧されているなかでしょう君(本名)は同人の中で最年少の二十六歳。因みに最高齢は百歳である。両者に大きな拍手を送る。

暖かく医の言葉きいてをり 佐久間ちよの(函館)

 歳を重ねると共に体に不調を来すことが増えるのは仕方のないことだが、如何に対処するかである。この日も医師の言葉に励まされ納得されたのだろう。「暖かく」に双方の気持が通い合っているのが分かる。

花筏壊さぬやうに鍬洗ふ 山根比呂子(雲南)

 「花筏」の句はそのものの様子を詠まれることが多いなかでこの句は異質とも言える。畑仕事の終りにした一つの動作は、はかなく散ってしまった花の美しさに加え、労りの気持が強く表われている。

風光るにつぽん丸は帆を上げて 岩井 秀明(横浜)

 「にっぽん丸」は豊臣秀吉が朝鮮侵攻のために建造したもの、又第二次世界大戦で海軍に徴用されたものがあるが、これは現在の海技教育機構航海訓練部の帆船である。「帆を上げて」により希望に満ちた若者の姿が見える。今回はどこまで航海をするのだろう。

桜咲くたよりや黒田杏子逝く 高田 茂子(磐田)

 突然の訃報に驚いた。学生時代に俳句と出合い数々の賞を受け、季語との出合いを大切にしたという。この出来事を即座に十七文字で表現したことに敬服する。
 トレードマークのおかっぱ頭ともんぺ姿が目に残る。八十四歳だった。

窓少し開け待春の髪を梳く 落合 勝子(牧之原)

 外の景色は昨日とあまり変わらないが、髪を梳きながら何かを感じた。「待春」は冬の季語だが、文字通り春への期待が大きい。きれいになった髪を鏡に写し、予定を考えている。

嬰児のもろ手ひらひら桃の花 西沢三千代(浜松)

 十七文字を追いつつ嬰児の様子が手に取るように見える。「桃の花」とひらひら・・・・のリフレインにより軽快なリズムが生まれた。
 喜びに溢れる春ならではの一句。

三陸の海を見てゐる彼岸かな 花輪 宏子(磐田)

 十二年前の東日本大震災を思い出す。テレビ画面に写し出された津波の恐ろしさは今でも忘れられない。御主人は三陸の出身だと聞いた。今改めてこの地に立ちあの日の悲しみを新たにしている。

陽炎の野に立ち我もかげろふに 冨田 松江(牧之原)

 遠くの野原に陽炎が立っている。思わず近くへ行ってみようと思った。辿り着いても見えなかった。しかし他から見れば自分もかげろふ・・・・に見えるだろうと空想の中に立っている。


その他の感銘句

鍋肌に醬油をこがす春の昼
蕗の薹川の向かうへもう跳べず
桜狩大手まんぢゆう夫へ買ふ
涅槃西風海にせり出す番屋跡
藪を出て春告鳥の声となり
チューリップ一兵卒のごと並ぶ
鳥雲に座り心地の良きソファー
風光るユニセフからの領収書
卒業の晴着衣桁に掛けてあり
直ぐに出ぬ人の名前やつくしんぼ
春疾風木の名鳥の名聞きもらす
カツ丼の蓋が二センチ浮きて春
風に背を向けて花種まきにけり
囀や三歩で渡る石の橋
小糠雨きぎすの声のよくとほり

舛岡美恵子
藤原 益世
大江 孝子
石田 千穂
山田ヨシコ
山西 悦子
森  志保
田中 明子
渡辺  強
本多 秀子
三浦 紗和
沼澤 敏美
伊能 芳子
田渕たま子
池森二三子



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

牧之原 相澤 よし子
防風摘む砂のぬくみを手探りて
ひとところ華やぐ庭の落椿
今落ちしばかりの椿拾ひけり
退職の記念撮影桜咲く
菜種梅雨夫との会話途切れがち

鳥取 福本 國愛
内裏雛向かひ合はせに納めけり
啓蟄や着信音の旅鞄
帰る雁棹ととのへる湖の空
たんぽぽの絮風に消ゆ空にきゆ
青空やこぶしは風にまだ馴れず



白魚火秀句
白岩敏秀

防風摘む砂のぬくみを手探りて 相澤よし子(牧之原)

 防風は海岸べりの砂地を這うように生える。丈が短い。防風はまだ春が十分に整っていない二月か三月頃に摘む。海からの風はまだ冷たいなかに、砂の温みを掌で確かめるようにして摘んでゆく。「ぬくみを手探りて」に春を探っているような楽しさがある。
  今落ちしばかりの椿拾ひけり
 微かな音に振り返ると、椿が落ちていた。椿は落ちても花の形を保っていて、鮮やか。〈落椿とは突然に華やげる 稲畑汀子〉のとおり落椿には輝きがある。この句の椿と「拾ひけり」の間に「咄嗟に」が省略されている。

内裏雛向かひ合はせに納めけり 福本 國愛(鳥取)

 雛壇にいた時には隣に座っていて、目も合わすことがなかった内裏雛。雛祭が終わってやっと二人きりの世界に戻れる雛納め。「向かひ合はせ」に内裏雛に対する作者の心遣いが見える。飾られるより見つめ合う時間の長い内裏雛である。
  たんぽぽの絮風に消ゆ空にきゆ
蒲公英は花が終わると絮がまん丸い形で残る。そして、やがて旅に出る。「消ゆ」のリフレインに新しい世界へ旅立っていく弾みがある。親許を離れて独立してゆく子の前途を思わせる。

長生きの約束をして桜餅 工藤 智子(函館)

 約束の相手は子どもではないだろう。きっと高齢になって気が弱くなった人か病人かも知れない。弱音を吐いている人を優しく励ます約束ごとである。桜餅だから長生きの約束が生きてくる。蓬餅ならこうはならない。

山々の低く見ゆる日燕来る 池森二三子(東広島)

 今年も遠くから燕が帰って来て、自在に空を飛び回っている。しばらく、燕の姿を追っている目に山々が低く見えてきた。実際に山が低くなることはないが、溌剌と高々と飛ぶ燕に山々が低く感じられたのである。一年ぶりに燕を迎える喜びの気持ちがこもる。

花衣脱ぎて夕餉の米をとぐ 田所 ハル(宇都宮)

 今日一日をたっぷりと花を楽しんだ。家に帰れば家族の為に夕飯の準備。花見という非日常の世界から米を研ぐという日常の世界への転換。衣桁には花見の余韻を楽しむように花衣が揺れている。現実の世界があるからこそ夢の世界があることを思わせる句。

初蝶来青空を曳き風を曳き 熊倉 一彦(日光)

 突然に頭上から現れた初蝶の様子を「青空を曳き風を曳き」とリフレインを利かして力強い。初蝶は幼くて弱々しいという思いを逆手にとっての表現。あたかも、これから荒波に立ち向かおうとする若人のようである。

咲き満てる桜に雨の重く降る 岡部 章子(浜松)

 〈ゆさゆさと大枝ゆるる桜かな 村上鬼城〉の句は枝の先まで咲き満ちた豪華な桜の重さまで感じることができる。この句は更に雨の重さを加えた。「雨の重く降る」と作者は雨に耐えて咲く健気な桜に感情移入している。

二枚ほどハンカチ濡らす卒業式 野浪いずみ(苫小牧)

 泣くまいと思っても、我が子の立派な姿に思わず涙が零れる。学校との別れ、友だちとの別れ。涙は悲しいときも嬉しいときでも流れる。ハンカチ二枚に現れた親心である。

玄関の靴の乱れや花疲 池本 則子(所沢)

 一日を十分に桜を楽しんで帰って来たのだろう。家に着くまでは気が張っていたのだが、玄関に入るなり途端に出た疲れ。何もかも打遣らかして座り込んでしまった。そして、玄関に靴の狼藉だけが残った。花疲れの極みというところか…。

陽だまりに序曲の如く福寿草 唐澤富美女(群馬)

 寒さがまだ抜けきらない庭の陽だまりに、黄色い花をつけた福寿草を見つけた。先駆けて咲いた福寿草に本格的に始まる春を感じ取って、それを「序曲」と捉えて詩的。序曲がやがて季節の大きな流れとなっていく。


    その他触れたかった句     

行く水の綺羅を見てをり春の川
泰然と一都師の句碑桜咲く
全身に日差しを受けて卒業す
春耕の風に匂の生まれけり
三味線草日暮は風の立ちやすき
石鹼のよく泡立ちて春愁
せせらぎの青き流れや花菫
かたくりや両手を上げてすべり台
花散るや汽笛ならして縄電車
丹念に黄蝶は蜜を吸ひつづけ
花曇椅子の冷たき歯科医院
たんぽぽや雀来てゐる精米所
菜の花の眩しき色となりにけり
窓開けて春の光のなかにをり
潮騒の荒き音寄す花の雨
雉の声ポットのお湯を新しく

本倉 裕子
関  定由
鈴木 敦子
安部 育子
秋葉 咲女
清水あゆこ
市川 節子
中山  仰
谷田部シツイ
清水 京子
久保久美子
中西 晃子
大石 初代
本多 秀子
三浦マリ子
髙橋とし子


禁無断転載