最終更新日(Update)'23.03.01

白魚火 令和5年3月号 抜粋

 
(通巻第811号)
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3月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   原 美香子
「俳誌」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
福本 國愛、浅井 勝子
白光秀句  村上 尚子
旭川白魚火句会新年句会 吉川 紀子
栃木県白魚火会新春俳句大会 上松 陽子
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
村上 修、金子 千江子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(船橋)原 美香子

涅槃雪そろそろ列車発つ時刻  大嶋 惠美子
          (令和四年五月号 白光集より)
 涅槃雪は涅槃会の頃に降る雪を言い天文の季語。名残の雪、雪の別れとも言う。この頃には余寒も去り桜の便りも聞こえて来るが、東京でもまだ雪が降ることがある。都会の交通機関は少しばかりの雪でも混乱することが多い。
 句の場面描写に涅槃雪とだけある。しかしその後に呟くようなフレーズが続く。降り出した雪を眺めながら送り出した人の心配をしているのだろう。作者の姿が浮かぶ。
 卒業や就職、転勤など人生の区切りの季節でもある三月。季語の持つ語感から、もしかすると暫くは会えない別れかもしれない、などと句の背景にあるドラマに想像が膨らんだ一句である。

花ミモザ頭に残るプロヴァンス  松浦 玲子
          (令和四年五月号 白魚火集より)
 ミモザは春の始まりに明るい黄色の花が咲く。鮮やかでふわふわした花は青空が良く似合い、見ていると幸せな気持ちになる。三月八日の国際女性デーの花としても知られ、フランスでは女性を象徴する花という。
 作者は満開のミモザを見てプロヴァンスへの旅を思い出したのだろう。旅が印象的だったと強調するように「頭に残る」とストレートな表現だ。
 プロヴァンスはフランス南部にある有名なリゾート地。美しい景観で知られている。一年の内三〇〇日は晴れるという青い空や海、小さな村や街並の風景の中で見たミモザが鮮やかに蘇ったに違いない。片仮名が軽やかでリズミカル。作者の頭の中に残る景色を見てみたいと思った一句である。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 去年今年 (静岡)鈴木 三都夫
一筋の花鳥諷詠去年今年
余生愛し一日一句去年今年
白寿てふ未知へ踏み出す今朝の春
初明り窈窕富士を遥かにす
両杖を借り産土へ初詣
初詣みくじ目出度く結びけり
門松の撥ねし一枝の梅匂ふ
門松の竹の切つ先揃ひ立つ

 お元日 (出雲)安食 彰
瑞宝の小路歩まむ去年今年
残されし余生を生きむ去年今年
酔つて候酔つてめでたしお元日
お元日出雲の国は晴れわたり
淑気満ついつも見てゐる景なるも
生きてきしことを喜ぶ雑煮餅
今年こそ今年こそはと雑煮餅
したたかに酔うてうれしき三ヶ日

 福助 (浜松)村上 尚子
冬凪やオープンカフェの丸き椅子
水槽の海鼠四角にをさまりぬ
不器用な夫を励まし年用意
年の暮話まるめて帰りけり
綴ぢ代に残る朱の紐暦果つ
福助を店の高みに年新た
才蔵の声はつむじのあたりより
レトルトのカレーで済ます三日かな

 寒波 (浜松)渥美 絹代
搦手に網張る冬の女郎蜘蛛
十二月八日ズボンに静電気
極月の上がり框のふち光る
節多き駅のベンチや山眠る
戦争を知る人ひとりおでん鍋
数へ日の天守閣より夕日見る
葛湯吹き指のささくれ剝がしたり
塩少し畳にこぼし寒波来る

 窯主 (唐津)小浜 史都女
窯主は十六代目檀の実
摘むたびに柚子の小枝の刎ね上がる
穭田に皆既月食はじまりぬ
牡蠣鍋のかきの縮んでしまひけり
絵本にある大きな蕪をもらひけり
白鷺より青鷺さびし十二月
阿弥陀籤引きあてメリークリスマス
体重もしるして日記はじめかな

 年始 (名張)檜林 弘一
相輪の空へ浮き立つ大旦
掛軸をぴんと正して屠蘇祝ふ
ゆるやかに日の巡りくる白障子
旧姓を先づは名乗りぬ初電話
初戎声よく通る露天商
白息に恋の御籤を縛りあふ
人日の喉元を焼くウイスキー
注連明の硝子鳴かせて窓拭きぬ

 鉄腕アトム (宇都宮)中村 國司
落葉掃き幼時鉄腕アトム好き
公園に落葉枯草いのち展
煤籠庖丁研ぎを課されをり
冠雪の縦書きもやう恋歌めく
ベランダのトマト花咲く大旦
冬菊に夜が来てゐる月連れて
白鳥の旧知も羽根を広げ合ひ
実万両ダイヤ通りに電車来て

 初日 (東広島)渡邉 春枝
今もある夢を育てて年新た
初日受け生くる力をいただきぬ
節くれの十指をかざす初日の出
歩きだす嬰に初日の煌々と
川明りして初鳥の集まる樹
箒目のしるき社や初詣
初明り巫女の鈴の音ひびく森
境遇の似し者同士年酒酌む

 銘柄 (北見)金田 野歩女
暫くは銀杏落葉の道なりし
雪道へ新調の靴第一歩
銘柄をこだはる米と塩引と
空つ風去なして急ぐ家路かな
社会鍋爪先立ちの子のコイン
見慣れたる山河も新た初御空
一年の計を一行初日記
黒牛を雪野に放つ日和かな

 明の春 (東京)寺澤 朝子
僧二代美声に在す報恩講
冬あたたか父母の遠忌を修し終へ
既にして初老の子らよ花八手
霜おくや寺町路地の常夜灯
イヤホンにジャズ聞く今宵降誕祭
聖夜劇星にも台詞ありにけり
年木積むちちはは若く在りしころ
恙なく生きて卒寿や明の春

 冬至湯 (旭川)平間 純一
冬ざるる蛇行の河原茫々と
雪かぶり笊盛りの柿売られをり
黙々と降りつぐ雪のしじまかな
愛日のしやべり通しの雀かな
七色の手編み靴下吊る聖夜
購ひし冬至南瓜に目鼻かな
冬至湯の柚に尻あり臍のあり
冬至過ぐ日の明るさに心浮く

 雪催 (宇都宮)星田 一草
セーターの出口は首よ児の笑まひ
冬うららキリン顔出す棚のうへ
ほつかりと夢をみてゐる浮寝鴨
落葉踏む誰かと語り合ふやうに
大冬木一つのことを悔いてをり
雲催那須岳雲を負ひきれず
ひとり炊く夕餉の匂ひ雪催
明日のことあすにゆだねて柚湯かな

 白鳥 (栃木)柴山 要作
干柿食む日に日に遠くなる昭和
寒林を猟犬のごとずんずんと
白鳥とふ無垢なる百花遠筑波
白鳥の羽搏ち筋トレかも知れぬ
芭蕉碑にも深く一礼初詣
吾も妻も背筋を伸ばし初写真
八十路には八十路の思ひ初山河
竜の吐く手水あたたか寒四郎

 初鏡 (群馬)篠原 庄治
落ちさうで落ちぬ一葉や大冬木
枯残る醜草にあるど根性
冬の鳶煽る上州空つ風
一息に沈む熱めの初湯かな
老斑も長寿の証初鏡
慣習も手抜き多数の七日粥
事はじめ鍬担ぎ出す小百姓
寒禽のこゑ落としゆく朝まだき

 空つ風 (浜松)弓場 忠義
俎に鉋かけたり冬ぬくし
暁の白い月なり開戦日
初雪と逢ふ人の皆言ひにけり
妻のこゑ攫うてゆけり空つ風
言葉とも思ふ赤子のくさめかな
梟や杣人は神祀りをり
湖へ潮の差し来クリスマス
筆立てに一本足して年の暮

 冬ざくら (東広島)奥田 積
雪催庭に来てゐる群雀
伏流水蔵に音たつ龍の玉
夕暮の水に綺羅あり鳰群るる
冬薔薇かけてゆく子を母の追ふ
しぐれ来て日のある雲を見てをりぬ
君遠しこの満開の冬ざくら
核禁の署名一筆町師走
葱汁や二人住みなるこの世よし

 うす闇へ (出雲)渡部 美知子
冬日浴ぶ肩幅ほどの小路抜け
神牛のお尻を撫づる冬日影
幼らは神酒のまねごと里神楽
一羽二羽来て千両の実を散らす
着ぶくれて三面記事を熟読す
耳袋聞こえぬふりを通しをり
寒風に鳴る旗の音絵馬の音
うす闇へ千木黒々と冴え冴えと



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 大いなる森 (宇都宮)星 揚子
冬山に冬山の影のしかかる
耳すましをれば異なる除夜の鐘
太古より大いなる森初明り
薄き雲ぽつと輝く初日の出
田も畑も広々とあり初景色
舞初の袂ゆつたり動きをり

 冬の夜 (浜松)佐藤 升子
冬の夜の厨はじめて聞く話
陸橋を渡る自転車冬北斗
みづぎはに足跡かさね夕千鳥
空風やエレベーターの灯が上がる
サテライトスタジオ二畳年詰まる
日当りの石に座りて年の暮

 冬かもめ (東広島)吉田 美鈴
冬かもめ翔つや離岸の連絡船
岩礁に波立ち上がる野水仙
笹鳴の枝揺らしつつ移りけり
隣家の日暮の影や冬の菊
演奏を終へ真つ向の寒北斗
極月や昇降機よりどつと人

 レノンの忌 (札幌)奥野 津矢子
山からの雪街へ降る濡れて降る
足跡の浅き凹みや小米雪
刃物屋に鋼のひかり虎落笛
さらさらと白きこゑ出す冬の川
やはらかな雪となりけりレノンの忌
おでん鍋旨くなる火を足しにけり

 年の暮 (中津川)吉村 道子
やはらかな手縫ひのふきん年の暮
恵那山に初雪父の忌日かな
乾物をゆつくり戻す年の暮
クリスマス巴里の話を聞いてをり
献血を誘ふ地下街クリスマス
香ばしきクッキー吊るす聖樹かな

 白鳥 (呉)大隈 ひろみ
東京もここは下町褞袍干す
枯野行くあたたかさうな影連ね
白鳥の混み合うてゐる田一枚
雪吊や鳥海山を借景に
白障子開けて菩薩にまみえけり
仕込み水柄杓にくみて年惜しむ

 大冬木 (松江)西村 松子
いまここに居る幸せや柚子を煮る
短日や酒の肴をうら返す
湖昏れて寒雁のこゑ乾きけり
藍滲む職人の指山眠る
綿虫や湖北は汀より昏るる
海鳴りを聴く廃校の大冬木

 火事見舞 (浜松)林 浩世
冬の星大きく息を吸うて吐き
裏木戸は開けたるままや枇杷の花
冬青草踏んで縄文遺跡まで
風呂敷をしつかり結び火事見舞
流木の芯まで凍ててをりにけり
焼きたてのパンに蜂蜜雪催

 古墨の香 (出雲)三原 白鴉
時雨虹棟木の高く吊られけり
神名火山かんなびに一条の日矢年立てり
二歩三歩降りて弾みぬ初鴉
穏やかに晴れて二日の湖青し
書初や奈良の古墨の香の満つる
金継ぎのすぢも目出度し初点前

 菊枯る (牧之原)大塚 澄江
寒柝の闇より聞こえ闇に消ゆ
満天の星しんしんと聖夜かな
裸木に日差しの寄辺なかりけり
枯菊の矜恃を保つ仄かな香
葉に沈み空より碧き竜の玉
見馴れたる富士を讃へて大旦



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 福本 國愛(鳥取)
秘め事をこぼすがごとく返り花
短日や入り日遠嶺に吸ひ込まれ
早朝の糶ゆく符丁息白し
電飾にがんじがらめの大聖樹
空瓶に造花一輪年惜しむ

 浅井 勝子(磐田)
のり出して深井を覗く裘
煮ても焼きても魴鮄の貌四角
涸滝へ十歩の土橋渡りけり
一陽や朝より鳥の忙し気に
数へ日の蕎麦屋明かりを落としたり



白光秀句
村上尚子

短日や入り日遠嶺に吸ひ込まれ 福本 國愛(鳥取)

 山を見ながら「短日」の景をひと言で表現すればこの句の通りであろう。しかしその通りと思われることをいかにして詩に昇華させるかである。特に下五の表現に意図がある。忙しなく過ぎてゆく一日を、数分間山と向き合うことによりこの言葉と出合った。わずか五文字だけの選択が一句に大きな広がりを感じさせる。その余韻は映像となって読者の心に残ることだろう。
  早朝の糶ゆく符丁息白し
 市場の糶場の風景である。「符丁」とは一般的には仲間同士で用いる言葉で、商品の等級や値段を示すものという。年末年始のテレビでもよく見掛ける場面である。
 掲出句と同様に下五の「息白し」により、その場の臨場感が伝わってくる。

数へ日の蕎麦屋明かりを落としたり 浅井 勝子(磐田)

 大晦日に蕎麦を食べることは、縁起も含め日本の良き風習として続いている。しかし、職業によっては必ずしもその日に食べられるとは限らない。言うまでもなく、蕎麦屋は数日前から準備に余念がない。
 この句は至って明解だが、その裏側には年末のさまざまな人間模様が見えてくる。特に蕎麦屋に対する労りの気持が込められている。
  煮ても焼きても魴鮄の貌四角
 最近のスーパーマーケットでは効率をよくするために、切り身や刺身を最初から器に盛っている。昔の魚屋のように丸ごとの姿を見る機会は減った。そのような時にたまたま見かけた魴鮄。大きさよりも色や顔付きに注目している。どのように調理しても美味。〝なるほど〟の一語に尽きる。

背中搔く定規短し日向ぼこ 土井 義則(東広島)

 〝痒い所に手が届く〟という言葉があるが、背中が痒くて使うのは〝孫の手〟。取り敢えず近くにあった定規を使ってみた。やはり届いて欲しい所には届かなかった。「日向ぼこ」をするのにもいろいろあるようだ。

呼びとむるごとく臘梅匂ひけり 冨田 松江(牧之原)

 臘梅は名前の通り、葉に先立って蠟細工のような黄色の花をたくさん付ける。寒さの中で気付くその香りは格別である。作者は花ではなく香りに足を止めた。「呼びとむるごとく」の擬人化が功を奏している。

見上げたる名残の空に一番機 古橋 清隆(浜松)

 見上げた空にたまたま一番機と思われる姿が見えた。今日は大晦日である。これからどこへ行くのだろう。コロナ禍で長い間旅行は制約されてきた。人が行き交うことで出合いが生まれる。新年への夢もふくらむ。

初日の出夫の後ろにゐて拝す 中村 早苗(宇都宮)

 初日を拝むことには一年間の幸せや、豊作を願う意味が含まれている。寒さをこらえながらじっと初日を待つ思いは元日ならではである。「夫の後ろにゐて拝す」から、このご夫婦の日常の姿を垣間見ることができる。

坪庭の松をうしろに初写真 谷田部シツイ(栃木)

 写真をどこで撮るかによって出来映えは変わる。このお宅では毎年同じ場所で撮っているのかも知れない。松は子供達の成長にも比例する。縁起のよい松と共に収まる写真はこの上なくめでたい。

数へ日の空き地に研屋荷を降ろす 鈴木 竜川(磐田)

 最近あまり見掛けなくなった研屋の出張。そこには近くの顔馴染の人達が集まってくる。話は刃物のことに限らず、お互いの安否を気遣ったりする。慌しい歳末の風景の中にも日本の古き良き時代を彷彿とさせるものがある。

大根干す機影短き尾を引いて 野田 美子(愛知)

 大根は年中出回っているが、特に冬の間は調理法も多彩で重宝する。保存用には軒に吊るしたり稲架に掛ける。それは冬の風物詩でもある。その上を飛行機が進んでゆく。まさに〝寒晴〟の景である。

町の雨花びら餅を助手席に 森田 陽子(東広島)

 花びら餅は初釜に茶道裏千家で用いられることから、数年前に新年の季語として登載されるようになった。色もよし形よし、新年に相応しい。「助手席に」の一言が作者の気持ちを駆り立てている。

クリスマスツリー天上の星かき集め 小林さつき(旭川)

 季語の「クリスマス」にはたくさんの副題があるが、その一つの「クリスマスツリー」。それを飾るのに空から星をかき集めたと言っている。実際にはあり得ないことだが、そこが作者の感性。聖夜ならではのロマンである。


その他の感銘句

行く年の駅に座布団付きの椅子
淑気満つ枯山水に風の道
スーパーの本屋に本の初荷かな
割烹着外し加はる初写真
乗換への駅舎にピアノ冬夕焼
正座して交はす家族の御慶かな
着ぶくれてがつつり食らふカツカレー
病床に正座して待つ初日かな
靴あまた並ぶ玄関初箒
裸木の山へすとんと日の沈む
白き指ひらりと拾ふ歌がるた
数へ日の足らざるものを数へけり
雪しまき尾灯ひとつを頼りとす
初凪や海に根を張る利尻富士
雪吊の庭に明かりの灯りたる

塩野 昌治
八下田善水
安部実知子
石岡ヒロ子
山田 眞二
本倉 裕子
山口 悦夫
杉山 和美
山根比呂子
藤原 益世
安川 理江
安部 育子
高山 京子
大石 初代
栗原 桃子



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

磐田 村上 修
笑むことが母の返事や冬ぬくし
倒されし杉の切り口雪催
山眠る従ふやうに村眠る
水仙の香り束ねて供へけり
寒鴉育児休暇の父に鳴く

浜松 金子 千江子
数の子の吾の食触は耳にあり
交差点みな正月の顔をして
初鏡独居の我と交はす笑み
物音の乾びて来る寒夜かな
いつもより遠まはりして冬苺



白魚火秀句
白岩敏秀

山眠る従ふやうに村眠る 村上  修(磐田)

 若葉から落葉まで一年のサイクルを見終わった山は静かに眠りに入った。山々に囲まれた村も山に従って、活動をやめて眠りに入った。自然のサイクルに従って暮らす人々の生活。改めて、人間も自然の仲間と思わせる。
  寒鴉育児休暇の父に鳴く
 育児をする男性―イクメン。子育ても家事も平等に分担をしている家庭が、一般的になって来ている。今日も作品の彼は育児休暇をとって子育てに専念している…。童謡の「七つの子」のカラスからの発想だろうか。当世を言い得て妙。

数の子の吾の食触は耳にあり 金子千江子(浜松)

 数の子は正月料理にはなくてはならないものの一つ。嚙めばこりこりとした歯ごたえが心地よい。歯ごたえの音に耳が反応して、数の子の美味しさを一段と引き立てる。食触は辞書にはない言葉。おそらく食感と触感を合成した作者の造語であろう。
  交差点みな正月の顔をして
 信号が変わって、皆が一斉に渡り始めた。どの顔も年末のせわしげな顔から解放されたように穏やかである。正月の顔が出来るのは、平和だからこそ。正月のめでたさのなかに、ちらりと皮肉が見え隠れする。

丁寧な文字に始まる初日記 遠坂 耕筰(桐生)

 真っ新な日記の真っ新な一ページ。今年の抱負や目標を心に温めつつ、ゆっくりとペンを下ろす。「丁寧な文字」に今年を大事にそして平穏に過ごせるようと願う気持ちが込められている。始め良ければ終わり良しである。

長くなる話二個目の蜜柑剝く 本倉 裕子(鹿沼)

 炬燵に向かい合って話込んでいるところ。目の前に置いてある蜜柑の一つは既に食べてしまった。相手は「あのね~」「それからね~」と次々と長くなる話。二個目の蜜柑を剝くのは、長い話を嫌がっているのではなく、むしろ聞く気持ちを整えているところ。

蓮掘女前も後もなかりけり 橋本 快枝(牧之原)

 蓮根は正月料理に必要なものだから、十二月が忙しい。寒い中での泥を搔き回しながらの作業。跳ね上がる泥で身体の前後の分からないほど泥だらけになる。蓮掘の寒さと泥との闘いが如何に厳しい労働であるかを表現した。

初詣二列長蛇の方広寺 磯野 陽子(浜松)

 今年の初詣では雪もなく、各地で賑わっていたようだ。方広寺も参拝のために長蛇の列が出来たという。臨済宗方広寺派の大本山らしい賑わいである。方広寺の敷地の一角に仁尾正文前主宰の〈衣手を押へ灌仏し給へり〉の句碑が建つ。また、方広寺観月俳句大会の選者を「白魚火」が務めるなど白魚火と関係が深い。寺は浜松市引佐町奥山にある。

大波に声掛け合うて海苔を摘む 安食 孝洋(出雲)

 作者のお住まいからして、この海苔は出雲の十六島海苔だろう。十六島海苔は『出雲國風土記』に記載があり、日本海の荒波に揉まれて育つ。海苔は大波の合間を縫って岩場を手で搔いて摘む。予期出来ない大波を「声を掛け合うて」皆に報せる。危険と隣り合わせの厳しい現場を表現して臨場感がある。

背に一人両手に二人雪ぼうし 田中 一恭(旭川)

 雪帽子は雪の降るときに、雪を防ぐためにかぶる帽子。顔や肩などを覆うようなものもある。雪が霏々と降る中を、背中に子どもを背負い、両手に二人の子供の手を引いて急ぐ母親の姿。名詞だけで一気に詠い上げたリズムに緊張感が漂う。

炬燵入り小さき世界に入りにけり 杉原由利子(出雲)

 炬燵とは温もるだけでなく、なにかと便利である。上には菓子やお茶を乗せることが出来るし、机にもなる。家事を終えて入る炬燵は誰にも邪魔をされない自分だけの小さな世界。本を読もうか、お茶にしようか、色々と迷うことも自分の世界だから出来ること。

街並の影絵に暮れて日短し 鈴木 利枝(群馬)

 山か高台で街を眺めていたのだろう。眼下の冬日の街並があっという間に暮れてしまった。その一瞬の街を捉えた。逆光のなかで暮れていく街並を「影絵に暮れて」の把握がユニーク。影絵の向こうに寒さも感じさせる。


    その他触れたかった句     

ちやんちやんこ踏切番として老ゆる
初東雲背にして駆くる郵便夫
枯菊のなほ色ありて焚きにけり
職退いて多年となりぬおでん酒
焚火囲み背後の闇をふりむきぬ
風呂吹のあつあつ齢重ねけり
鉛筆を咥へ大工の師走かな
年の瀬や着物の紐の多き事
夜神楽や稲佐の浜の波高し
若水の胸にしみ入る九十九髪
紅白の鉦の緒新た初詣
跳橋の跳ねたるままに去年今年
目覚むれば十二月てふ風の音
表紙絵の木綿街道年惜しむ
前髪を切りすぎ葛湯はふと吹く
山茶花咲く学生寮の小さき庭
温和しく寝る約束をして葛湯

中山 雅史
天野 萌尖
植松 信一
山田 哲夫
中澤 武子
埋田 あい
江⻆トモ子
原田 妙子
小林 永雄
水出もとめ
才田さよ子
渡部 忠男
青木 敏子
三関ソノ江
前田 里美
山越ケイ子
伊藤みつ子


禁無断転載