最終更新日(Update)'23.01.01

白魚火 令和5年1月号 抜粋

 
(通巻第809号)
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1月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   佐藤 升子
「七曜」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
小杉 好恵、高橋 茂子
白光秀句  村上 尚子
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
長田 弘子、内田 景子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(浜松)佐藤 升子

はつはるの張子の虎を突つきけり  齋藤 文子
          (令和四年三月号 鳥雲集より)
 張子は木や粘土等を芯に和紙を重ねて貼って形にした物と言う。犬張子・赤べこ・起上り小法師などが馴染であろうか。人形・動物他に様々見られる様だ。張子の虎には、魔除けや福を招くという意味もあるらしい。昨年は寅年。長い尾を振り上げて大きく口を開け、頭を突けば首をゆらゆらと揺らす様子は楽しげで、顔付きも何処と無く愛らしくもある。「はつはる」の平仮名表記が、張子の虎の首振りと響き合って明るい。首を振るのを見ていると、何だか今年も良い年になりそうと思う。

着ぶくれて風呂屋の暖簾潜りけり  鈴木 誠
          (令和四年三月号 白光集より)
 筆者の住む町には銭湯が一軒あったが、昨年、七十五年の暖簾を下ろして店を閉じた。珍しい壁絵があって二日に渡り中を公開された。新聞に掲載された事もあり多くの人が見学に訪れて、懐かしみ、また閉店を惜しんだ。これで銭湯は市内で一軒になったという。掲句、寒夜に防寒を怠りなく銭湯に向かった。近場であろう。暖簾を潜ったという作者の動作が書かれていて、読み手には景が良く見えてくる。店に入れば中は暖かく、いつもの店主や見知りの客に声をかけられる。筆者にも温かさが伝わってきた。

総身を映し手袋買ひにけり  野田 弘子
          (令和四年三月号 白光集より)
 手袋を買う時はどうするだろうか。掲句に眼が止まった。先ず手袋に手がすっと入るかどうか、次に掌を開いたり閉じたりとフィット感をみる。又、手を眼の前にして表・裏とよくよく見たりするかも知れない。一連の動作を想像した。鏡に総身を映して手袋の手を胸の高さに持ってくる。納得されたのであろう。手袋一つといえ徒や疎かにできない。「総身を映し」と省略が効いたすっきりとした句。買い物は毎時も楽しい。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 菊の酒 (静岡)鈴木 三都夫
曼珠沙華咲き揃ひたる蕊の張り
鵙鳴いて一気に秋の来りけり
庭園の添景として鹿威し
ばつたんこ又ばつたんこ水の秋
笛の音の昔に還る十三夜
段稲架の下の一段豆を干す
地に触れし懸崖菊の一花かな
菊の酒酌み交ひ夫唱婦随かな

 雁 (出雲)安食 彰彦
風と来て風がつれ去る雁の声
国宝のお城はるかに雁の列
雲悠々渡る空あり雁の列
真つ青な空が大好き雁が好き
雁のこゑやほよろづの神聴きたまふ
神名備野雁の声聞くきのふけふ
掌に大きく割るる通草あけびの実
リビングに通草一枝持ち来たる

 スカイツリー (浜松)村上 尚子
小鳥はや来てをり銀座四丁目
仲見世の賑はひを背に走り蕎麦
吉良祀る本所松坂木の実降る
墨堤の桜紅葉を通り抜け
大川をのぼる潮の香鳥渡る
地図広げ秋の日を追ひ両国へ
スカイツリーの灯をまん中に秋暮るる
東京の空へ伸びゆく夜長の灯

 母の忌 (浜松)渥美 絹代
草の花踏みなきがらに逢ひにゆく
駅長の桜紅葉を掃いてをり
鯊釣の竿をたためば鳶舞ふ
満開の金木犀の幹に注連
鰯雲ひろがる母の忌を終へて
稲架を組む修験の山を近くして
鶏小屋に夕日木の実のまた落つる
秋深し鳥居の奥に鳥居見え

 風の息 (唐津)小浜 史都女
コスモスに風せせらぎに橋かかる
風の息コスモスにきて乱れたる
秋天に張りのゆるびし四つ手網
これはこれは鎌切の顔真三角
三猿は神の使ひや紅葉晴
初鳰に一番星の出てをりぬ
空飛べぬ鎌切枯れてゆくばかり
刈田道歩けば青き匂ひせり

 紅葉散る (名張)檜林 弘一
鰯雲少しなぶらを立たせたし
架け橋のもう叶はざる秋の虹
赤福は新米作り売子言ふ
絵馬に書く筆の固さもそぞろ寒
山頂の見晴し台の霧襖
紅葉散る川幅広き嵐山
山肌の俄に昏む狐罠
葉の先を枯蟷螂の抱へけり

 舂く (宇都宮)中村 國司
倒伏の稲田三反五畝の景
酷深きワイン色なり彼岸花
蟷螂の同じ姿勢や一時間
欠伸せる亀や色なき風の中
噴水の水のつぶつぶ秋澄めり
宴席や相撲甚句の身に沁みて
秋深し四百年の寄進杉
獣咆え秋日うすづく平家谷

 虫の声 (東広島)渡邉 春枝
木犀の香りに彈む立ち話
満月や庭の木椅子にもう少し
早口が耳を素通り文化の日
降りさうで降らぬ一日虫の声
赤白のワイン飲み分け秋深し
足早に地下道を抜けそぞろ寒
栗御飯仏の姉と分かち合ふ
父母の記憶をたどる夜長かな

 木椅子 (北見)金田 野歩女
秋晴や膨らんでゆく旅鞄
仲見世の人垣縫うて秋茜
清秋や木椅子艶やか慰霊堂
秋江の水手は一人の舟の水脈
螇蚸飛ぶ角のとれたる河原石
菊日和笑みの綺麗な異邦人
黄落の空見失ふほど頻り
稜線の十一月の佇まひ

 十三夜 (東京)寺澤 朝子
大学に交通ゲート秋高し
どの木ともなく色鳥の飛び交はす
瓔珞の七色揺れて堂の秋
八咫烏祀る祠や木の実降る
寝ぬるべきころと筆おく十三夜
芸人らし人等連れ立つ菊供養
生絹すずしめく霧の一夜を宿泊り
紅葉せる一葉しをりに山家集

 秋日濃し(旭川)平間 純一
新松子炭鉱やまに遺りし校舎かな
秋日濃し古き校舎の木のにほひ
秋うらら貌を搔きては甲羅干し
出迎への横綱額や稲つるび
秋潮の両国橋に満ちきたる
さまざまなこと桜もみぢの日暮かな
隅田川小舟澪ひく秋しぐれ
分校の腰折れ屋根や雪ばんば

 夕鴉 (宇都宮)星田 一草
秋麗や城趾をめぐる鳶の笛
垣越しの両手に貰ふ酸橘かな
沈黙の間合を長く鉦叩
おしろいの花真つ黒な種を吐く
街川の流れにゆがむ今日の月
無造作に活けて窓辺の芒かな
ボクサーのやうに構へていぼむしり
身に入むや群れに後るる夕鴉

 秋思ふと (栃木)柴山 要作
目交に燧ヶ岳ひうち大きく草紅葉
攻め焚きの炎噴く窯星月夜
積ん読の一書手に取る文化の日
身に入むや熱く語りし友の逝く
回向院の萬霊ひしと秋深し
秋時雨肩を寄せ合ふ水子仏
吉良殿のやさしき御目初紅葉
秋思ふと吉良邸跡に佇めば

 茶の花 (群馬)篠原 庄治
長き夜の独り地酒にほろと酔ひ
痩尾根の穂草は並べて片なだれ
こぼれ散る木犀の香や天に地に
茶の花のひそと咲きをり生家跡
幾星霜農に生きたり竜の玉
浮雲に眼休むる小春かな
日短や歩行者用のボタン押す
棄畑のはや幾年や枯葎

 ハイヒール (浜松)弓場 忠義
園長の魔女に泣く児らハロウィン
退院の妻と分け合ふ秋ともし
つづれさせ半身浴の長湯かな
蓮の実の飛んで富岳の雲放つ
木の実拾ふ最高裁の見えてをり
つかつかと来て熊手買ふハイヒール
冬めくや爪切る音の乾きをり
相傘の五十歩ほどの片しぐれ

 赤とんぼ (東広島)奥田 積
高床の寺の本堂残る虫
月光に揺れてゐるなり貴船菊
リュック背負うて先の院長花野道
江の川の一源流や露ひかる
鹿垣の村をとりまき暮れにけり
露草の咲いてたたらば展示館
ねこじやらし沈む夕日に灯を点す
赤とんぼみんなあの世に行ったきり

 銀座四丁目(出雲)渡部 美知子
爽やかに再会約し別れゆく
乗換へに迷うて釣瓶落しかな
初めての町に下り立つ秋の暮
機嫌よき幼を膝に新酒酌む
秋日濃き人形町に途中下車
駅ビルの十階に聞くばつたんこ
秋の灯の流れて行きぬ山手線
神の留守ゆるりと銀座四丁目



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 晩稲田 (浜松)大村 泰子
海見ゆる駅は終点秋桜
晩稲田に夜明けの雨の残りをり
まづ禰宜が吹いて見せたる瓢の笛
秋冷の窓に灯の入る楽器店
日のぬくみ残る林檎を捥ぎにけり
さはやかに言問橋を渡りけり

 白芙蓉 (札幌)奥野 津矢子
盗人の墓碑に善の字白芙蓉
ゆらゆらと回向院より秋の蝶
自転車の力士素秋の風を生む
誰がための色か日向の唐辛子
母や又秋夕焼に手を振りぬ
半券に残る潮の香雁渡る

 宸筆 (出雲)三原 白鴉
秋風や細き注連張る社家の門
文化の日歩けば点る廊下の灯
濡れてゐる茶の湯の井戸や実むらさき
終点や木の実踏みつつバス回る
秋耕の青さの残る株起こす
拝殿の額は宸筆神の留守

 板チョコ (藤枝)横田 じゅんこ
爽やかに白き手馴れの名古屋帯
秋澄むや水平線に力あり
鹿威し鳴つて夜来る山家かな
身に沁むや独りの膳に手を合はす
板チョコのナッツを嚙んで秋惜しむ
どの鴨が鳴きしか暮れてゆく水輪

 朝寒 (群馬)鈴木 百合子
子規庵の糸瓜にへちま影をなし
潮入の池に映れる松手入
秋天やここは千石一丁目
柳散る吉良邸跡の長屋門
朝寒のぶつかり稽古土まみれ
色鳥やとば口狭き相撲部屋

 一斗樽 (唐津)田久保 峰香
物見櫓色なき風の通りぬく
田仕舞の機械を納屋の角に置く
狼煙山正面にして柿熟るる
冬仕度母の残しし一斗樽
石蕗の花箒たてある籠り堂
茶の花や薬師如来の太き数珠

 草の花 (浜松)安澤 啓子
手つかずの畑一枚曼珠沙華
水落すには十日ほど間のありぬ
行き先は下車をして決む草の花
境内にひびく竜笛秋気澄む
四足のあし跡畝に十三夜
庭石の水気を帯ぶる寒露かな

 磨崖佛 (高松)後藤 政春
古酒旨しやくざ映画を観てをりぬ
穭田に動く人影犬の影
門前を覆ふ大楠鵙猛る
黄落や入日浴びたる磨崖佛
がつしりと組まれし稲架や仔牛鳴く
なみなみと泉下の父に今年酒

 夜寒の灯 (江田島)出口 サツエ
軽やかな夫の鍬音小鳥来る
メモになき秋刀魚を買うて戻りけり
百年の柱に凭れ後の月
渡し場の裸電球夜寒かな
ポケットに焼栗ぬくし旅にあり
沈む日を沈むまで見て秋惜しむ

 松茸 (浜松)阿部 芙美子
警察の裏の流れに鯊を釣る
大道芸林檎を空へジャグリング
松茸を買ふきつかけの何か欲し
椋鳥の塒や街の灯が点きぬ
秋惜しむ白磁の壺に染みすこし
味噌汁に七味たつぷり今朝の冬



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 小杉 好恵(札幌)
口遊む相撲甚句や星月夜
羊蹄山やうていの裾より届く今年米
秋空に吸ひ込まれ行く翼かな
栃の実のこつんと肩に触れて落つ
晩秋の薄日を浴ぶる地蔵尊

 高橋 茂子(呉)
亡き母の嫁入りの下駄藤は実に
鯉跳ぬる水音ひとつ十三夜
夜寒さや最終便の船を待ち
深秋の池に浮きたる鳥の羽根
黄落や閉ぢて久しき喫茶店



白光秀句
村上尚子

口遊む相撲甚句や星月夜 小杉 好恵(札幌)

 白魚火八百号記念大会が無事終わった。
 両国という場所と天候に恵まれたことも相俟って、スカイツリーや隅田川を身近に見ることが出来た。周辺には多くの相撲部屋があり、浴衣掛けの力士に出会った方もいたことだろう。この句は両国ならではの景に身を置き、つい相撲甚句が口を衝いて出た。東京の空は星が見えにくいというが、作者の気持に応えてくれるように瞬いてくれた。
羊蹄山やうていの裾より届く今年米
 羊蹄山は、別名蝦夷富士とも呼ばれる成層火山である。その美しさも然る事ながら、麓には広大な耕作地が広がり、野菜と共に米も作られている。その出来たての米が届いた。食べ物は味そのものに加え、周辺の景色や贈り主の気持も含めて一層おいしいものになる。

鯉跳ぬる水音ひとつ十三夜 高橋 茂子(呉)

 「鯉跳ぬる音」は一瞬の出来事であり、取り立てて珍しいことではない。しかし俳句にとって、それに気付くことが先ず大切であり、続けて言葉にすることである。その後季語を付ければ取り敢えず俳句の形になるが、季語によって大きく変わる。十三夜は「後の月」「名残の月」と言われるように「中秋の月」にはない、美意識と情感が含まれている。
  黄落や閉ぢて久しき喫茶店
 一枚の絵か写真を見ているような景色。秋が更けると銀杏やもみじの散る様子は見ているだけで思わず声が出てしまうほど美しい。
 最近「カフェ」という言葉が一般化しつつあるようで、「喫茶店」は古めかしいと思われがちだが、この句には「喫茶店」が相応しい。季語に寄りかかり過ぎている感もあるが、十七文字の中にはたくさんの思い出話も蘇ってくるようだ。

両国の櫓太鼓や鳥渡る 佐藤やす美(札幌)

 この句は、全国大会の折殆んどの方が目にされたであろう国技館の櫓太鼓である。場所中ではなかったので高らかな音を聞くことは出来なかった。しかし見上げただけでその音は確かに聞こえてきたような気がした。「鳥渡る」により単なる景色だけではなく、歴史や人の心の移ろいにまで心を駆り立てる。

横綱の手形に置く手小鳥来る 富岡のり子(さいたま)

 両国の店や道端に力士に関するものが多くあったなかで特に目に付いた手形。思わず手を当ててみた。あまりの大きさに回りの人達からも声が上がり、入れ替り当ててみた。頭上の鳥たちも一緒になって囃し立てている。

卒塔婆に犬と猫の名木の実降る 舛岡美恵子(福島)

 長年家族の一員として暮らしてきた犬や猫。人間の寿命に比べればはるかに短い。その別れ方は様々だが、この句は人間と同じように別れを形に残している。降りしきる木の実にこのペット達も喜んでいるような気がする。

新しき靴を味方に運動会 岡部 兼明(浜松)

 遠足や運動会には履き馴れた靴の方が良いと聞かされてきた。しかし今は優れたものがたくさんある。この靴はそういうものを指しているのだろう。何をするにも「味方」があることは自信にもつながる。

鶏頭を抜いて此の方夢うつつ 永島のりお(松江)

 鶏頭は熱帯アジア原産であり、色も姿も妖艶でかつ情熱的である。日々庭先で眺め元気付けられてきた。しかし花にも命がある。長い間親しんできただけにその反動は大きい。「此の方夢うつつ」が全てを語っている。

壊れゆく妻を抱き寄す十三夜 中村 公春(旭川)

 「壊れる」という言葉は一般的には物や物事に使われる。この句から察するには奥様の病状がそれ程大変だということ。寝たきりの奥様にせめて今夜の「月」を見せてあげたかった。どんな言葉が交わされたのだろう。
 介護に休みはない。そのようななかで公春さんは毎月俳句を寄せて下さる。ご自分のお体も大切にして下さい。

銀杏を酒の肴に十個むく 大原千賀子(飯田)

 銀杏は木に成っているのを見るのは楽しいが、食べるとなるとなんと手間のかかることか…。しかし銀杏があるだけで食卓は賑わう。「酒の肴」となればお酒飲みにはたまらない。「十個」という具体的な数からその場の様子が垣間見える。

窓際に母富士山は霧の中 稗田 秋美(福岡)

 全国大会へ出席のため、飛行機か電車の中での様子かと思う。俳句で表現出来る言葉は限られているが、この句は読み終わったあとも、お二人の様子が手に取るように見えてくる。来年の大会は北海道迄の旅となる。


その他の感銘句

ゆたゆたと力士が歩く秋の昼
万年青の実父の手帳の小さき文字
柿の秋臼の二つに割れてをり
本を読む少女りんごを齧りつつ
鵙鳴いて朝のトースト黒焦げに
草紅葉池塘にあぶく立ちてをり
赤い羽根今日のスーツに付け直す
ワクチンを打つて寝てゐる文化の日
取的の故郷いづこ秋夕焼
栗拾ふ母の忌近くなりにけり
離陸機の下弦の月をかすめたり
渡り切る両国橋や天高し
高層の赤き点滅冬はじめ
穭田に雀来てをり遠筑波山
息吸うて吐いて紅葉の中にをり

高田 喜代
花輪 宏子
中間 芙沙
萩原 峯子
原田 妙子
宇於崎桂子
北原みどり
鈴木 花恵
遠坂 耕筰
伊能 芳子
中山  仰
秋葉 咲女
金原 恵子
佐藤 淑子
多久田豊子



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

浜松 長田 弘子
母訪へば爽やかに窓拭いてをり
海境や銀漢の尾のふれてをり
銀山の間歩の格子に蔦紅葉
園丁の十指素早し松手入れ
母の服作り直してゐる夜長

唐津 内田 景子
新品のままの遺品やちちろ鳴く
城濠に逆さの楠や空高し
骨太の弥生人骨雁渡る
秋澄みて色づきそむる吉野ヶ里
佐賀平野総舐めにして鰯雲



白魚火秀句
白岩敏秀

母訪へば爽やかに窓拭いてをり 長田 弘子(浜松)

 秋晴れのある日、久し振りに母を訪ねた。畑か庭にいるものと思っていたが、意外にも窓を磨いていた。そのキビキビした動作に爽やかさを感じたという。磨かれた窓を通して秋晴れの空、そして健康に働く母。すべてのものが清爽な秋の中にある。
  銀山の間歩の格子に蔦紅葉
 間歩は鉱山の坑道のこと。間歩の格子は坑道への入坑を禁じた格子戸。かつて昼夜分かたず掘っていた銀山も今は廃坑となっている。蔦紅葉は顧みられなくなった銀山の年月の長さを物語っている。銀山という大きな景をバックに間歩の「格子の蔦紅葉」と景を絞った描写に説得力がある。

新品のままの遺品やちちろ鳴く 内田 景子(唐津)

 欲しい、欲しいと思いつつやっと手に入れた品物。そんな思いの籠もった品を使うことなく逝ってしまった。もっと早く買えばよかったとか、存分に使わせたかったとか、様々な思いが湧く。新品の遺品を前に蟋蟀の夜は更けてゆく。
  骨太の弥生人骨雁渡る
 鳥取の中部に青谷上寺地遺跡がある。そこから弥生時代の人骨や脳みそが発見された。人骨のDNAを元に弥生人の顔が復元されたが、現代人にそっくりなのである。そこで地元では弥生人のそっくりさんを全国から募集してコンクールをしている。しかし、骨の太さの研究発表はまだない。

青北風や天守支ふる野面積み 山羽 法子(函館)

 城を防御する代表的な施設が石垣である。野面積みは加工されない自然石を積み上げて作った。幾千幾万に石を組み合わせた野面積みに守られた天守閣。城の攻防をめぐって幾度も繰り返された戦。様々な悲話を生み、栄枯盛衰を繰り返しながら、野面積みは天守を支え続けてきた。野面積みは、あたかも主君を守る古武士の風格を持っている。

朴の葉の一直線に落ちにけり 柴田まさ江(牧之原)

 朴の葉は大きい。〈朴落葉十六文は優にあり〉は仁尾先生の句。十六文は約四十センチである。これほど大きな葉であれば、自重もあり真っ直ぐに落ちる。先生の句は朴落葉に足を乗せたところ。この句は眼前に朴落葉を見ての句。それぞれに見て、経験しての句である。

うそ寒や口止めされて聞く話 大滝 久江(上越)

 「これ、内緒だから…人に言わないで」と耳打ちされた話。そんな秘密の話など聞きたくないのだが、断れば角が立つ。兎角、この世は住みにくい。その気持ちが「うそ寒」と言い表された。

祇王寺の辺りで会ひぬ初時雨 伊東美代子(飯田)

 紅葉がまだ残っている初冬の京都。祇王寺は左京区にあり、白拍子の祇王が出家して入った尼寺。清盛の寵愛を失って尼となった祇王と降りみ降らずみの定めない時雨を重ねて、世の儚さを詠い哀れが深い。

新しき住まひ森より小鳥くる 中山 仰(千葉)

 作者の住所が千葉となっている。以前は西東京、その前が諏訪、高知であった。仕事の関係で転勤が多いのだろう。この度は森の近くの住まいであるらしい。森を塒にした小鳥たちがいつも庭に来ている。遊ぶ鳥たちを優しく見守る作者の人柄が思われる句である。

うそ寒や異郷のどこか懐かしく 安藤 春芦(浜松)

 どこか見知らぬ街を旅したのだろうか。一度も来たことのない異郷に懐かしさを感じた。故郷に似ているのか、いやそうではなさそうだ。知らない街で味わった既視感。「懐かし」の原因が不明なところが「うそ寒」。

指切りのその日と同じ花野なり 金子千江子(浜松)

 恥ずかしそうに指切りをして交わした約束。青春の思い出か…。今は別々の生き方をしているが、花野は昔のままである。あの日のように希望と明るさに溢れている。甘酸っぱい想いがこみ上げてくる句である。

十三夜埠頭に戻る潜水艦 殿村 礼子(呉)

 任務を終えた潜水艦が埠頭に戻ってきた。基地の港では日常の景として穏やかに詠まれている。しかし、乗組員やその家族にとって、無事に帰港することは危険な緊張からの解放である。十三夜の月が明るい。


    その他触れたかった句     

長き夜の眠らぬ街の眠らぬ灯
若武者の丈は六尺菊花展
唐辛子軒に揺れつつ色深む
色付きし柿の豊かに伊那の郷
宍道湖や弥山より湧く秋の雲
豊作と見ゆる刈田の藁の嵩
刈田から暮れ始めけり峡の村
鵙猛るしだいに風の強くなる
庭を掃く金木犀の香を広げ
卵焼き甘く仕上げて文化の日
城山に日の残りゐる紅葉かな
渓流の木橋あらたし照紅葉
三日目の少し撓ひぬ懸大根
トンネルを抜けて紅葉の山に入る
薪割りて長さ揃へて冬支度
松茸は付箋紙ほどや土瓶蒸し

佐々木智枝子
山田 眞二
石原  緑
大原千賀子
小林 永雄
山田ヨシコ
平田 美穂
⻆田 和子
多久田豊子
田渕たま子
貞広 晃平
加藤 拓男
福光  栄
三島 信恵
神山 寛子
渡部 忠男


禁無断転載