最終更新日(Update)'22.11.01

白魚火 令和4年11月号 抜粋

 
(通巻第807号)
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11月号目次
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季節の一句   古橋 清隆
「吹き矢」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
安部 実知子、落合 勝子
白光秀句  村上 尚子
令和四年実桜句会総会・吟行会報告 斉藤 妙子
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
浅井 勝子、大石 益江
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(浜松)古橋 清隆

虫すだく書棚に戻す時刻表  寺田 佳代子
          (令和四年一月号 白光集より)
 虫はなぜ鳴くのだろうか。縄張りの主張、喧嘩、求愛といった理由があるそうだ。同じところにとどまって鳴き続けることは、敵に狙われてしまうリスクが大きいのに、子孫を残すために必死で鳴いて命をつないできたのだ。小さな虫達のけなげな姿が胸を打つと同時に秋という季節の到来と相まって寂しさを感じる。そして時刻表、これは、家にいながら日本中を旅することができるアイテムで、時刻表自体の愛好者も多いと聞く。時刻表を開き、旅の思いに浸る。そんな中、様々な虫の音に秋の到来を感じ、虫の運命という自然の営みを感じ、更に、旅行もためらう厳しい現実に、寂しさを感じた。
 一日も早く、コロナ禍の世の中から、自由に旅行ができる日常が来ることを願ってやまない。

山荘の丸太の椅子や小鳥くる  川本 すみ江
          (令和四年一月号 白魚火集より)
 私は、富士山のある街に勤務したことがあり、富士山にも毎年登っていた。山小屋は新五合目から頂上までの間に、いくつかあったが、いずれも小屋の前には椅子があって休憩できるようになっていた。野鳥は、標高の低いところでは様々な種類の鳥を見ることができるが、森林限界の標高二五〇〇メートル以上では、イワヒバリくらいしか見かけない。
 秋の明るい日差しの中、標高のあまり高くない山を登っているのか、ハイキングだろうか。山小屋の前には丸太の椅子。うっすらと汗がにじんでくる。風も気持ちがいい。鶸、鶫、連雀たちが飛びかっている。爽やかで、気持ちのよさが伝わってくる。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 草笛(静岡)鈴木 三都夫
土用太郎二郎三郎猛暑来る
遊ぶ子の水着姿のねび勝り
風鈴の買はれ黙つてしまひけり
一斉に鳴いて火の付く蟬時雨
草笛の素頓狂のなつかしく
甚平に句帖鉛筆あれば足る
かなかなのかなかなかなと鳴く日暮
台風の危ふく逸れて稲の花

 栞挿す(出雲)安食 彰彦
栞挿す邯鄲の声聞きとめて
本伏せる邯鄲の声聞きながら
ひとり居のわづかな酒と月鈴子
こほろぎの声草叢のどこにゐる
なきつくす大往生の法師蟬
大樹より翔つ法師蟬尿ふつて
かなかなに手を休めたる厨かな
お庭の樹かなかなばかり居るらしく

 八月十五日(浜松)村上 尚子
ワルツよりジルバが好きで生身魂
姉に聞く話八月十五日
にはとりの首より歩く処暑の雲
真夜中に覚めて水飲む厄日かな
起き抜けの夫あさがほの数を言ふ
笊一杯茹で間引菜のひとにぎり
蛇穴に入る切札の見つからず
空ばかり見詰めくさぎの実となりぬ

 帰燕(浜松)渥美 絹代
峠より遠き沖見て敗戦日
余白なき化学の板書秋暑し
山の雨踊櫓を濡らしゆく
父の忌のほのと金さす青蜜柑
米をとぐ窓稲妻のゆたかなり
台風の逸れて天ぷら鍋の鳴る
鯉跳ねてはねて燕の帰りけり
かなかなや水やはらかき母の家

 朝が来て(唐津)小浜 史都女
筋肉も骨も減りたる夏終る
おもしろく雲の過ぎゆく南瓜畑
盆過ぎの雨豪快に音たつる
頰ふくらむほどに鬼灯鳴らざりし
夜が来て又朝が来てはや九月
いちにちを大事に生きて稲の花
水澄むや窯裏の石みなまろし
天山の雨は大粒みむらさき

 新涼(名張)檜林 弘一
新涼や肩の荷おろす散髪屋
秋風鈴風に遅れて鮮やかに
蜩の声止み酒肆の灯りけり
笑ふとき皺に皺寄せ生身魂
飛石の離れへ続く星月夜
角印の脇に丸印夜業終ふ
古希といふ小さな峠秋高し
秋つばめ大海原に翳りなし

 猿酒(宇都宮)中村 國司
木も花もどこか傷つき夏終る
ひとり住む婆の聖域大豆稲架
猿酒こぼさぬやうにダム工事
ベランダが最後の居場所鰯雲
日溜りに石修羅の句碑貴船菊
捨てられぬ本に囲まれ秋暑し
燕はや聴かずなりけり秋涼し
目に易し稲田外れの角打ち屋

 赤とんぼ(東広島)渡邉 春枝
定刻にとどく朝刊秋に入る
秋うらら言葉のふゆる嬰の口
赤とんぼ追うて幼の歩を伸ばす
摑まんとすれど摑めぬ赤とんぼ
台風の逸れて安堵の通学路
新涼や駅構内のピアノの音
前の田もその次の田も稲の花
歩くこと好きで闊歩の花野径

 稲荷鮓(北見)金田 野歩女
緑蔭に一息付きぬランニング
朝涼や村中響く寺の鐘
兄妹の思ひ出母の稲荷鮓
日の盛風鐸にある透かし彫
手花火の照らす姉妹の燥ぎ振り
墓参銘の祖父母の遥かなり
新涼や目当ての本を探す書肆
紅萩の撓ふ枝振り嫋やかに

 涼新た(東京)寺澤 朝子
地に還る白さるすべり散りに散り
追ひ追はれ別れ烏が鳴き渡る
掃苔の適はぬ里に父祖の墓
子がひとり泊つてゆきぬ盆の月
ねむるにもセオリーありて秋灯
夜なべとも言ふべし辞書に文字拾ひ
あなたなるひと恋ふ花か朝顔は
涼新た帯封を解く出雲和紙

 はまなしの残花(旭川)平間 純一
あぢさゐを浮かべ手水の古潭石
       (古潭石=神居古潭石)
襷かけ金魚掬ひの決勝戦
みんみん蟬季節を尽くし鳴き尽くす
遠花火父の胡座にだかれし日
はまなしの残花もいとし句友逝く
鳩笛ややんちやな彼奴とうに亡く
ぎす鳴くや父の声して姿なし
秋思とも彫塑の森の石の黙

 蟬の声(宇都宮)星田 一草
ばらばらに手足投げ出す熱帯夜
蜜豆や母の昭和を聞きながら
一条の糸に縋りて毛虫とぶ
風鈴や縁に寝そべる猫とゐて
石修羅の句碑ざんざんと蟬の声
採石場四角に抜くる天高し
余生とは斯く楽しまむ芋の露
十字架の空を残して帰燕かな

 秋の声(栃木)柴山 要作
鬼灯を鳴らせど鳴らず姉憎し
登り来れば色なき風の曲輪跡
花白粉開拓農の牛舎跡
橡の実の大きく弾む神楽殿
蜘蛛の囲のなりに著けき白露かな
露葎踏んで分け入る国庁址
師の句碑も露けきものの一つかな
百丈の句碑の歳月秋の声

 虫しぐれ(群馬)篠原 庄治
草刈機喘ぐ捨畑二番刈り
選句中句座の静寂や虫しぐれ
畦径を面舵取り舵鬼やんま
丁寧に鳴き納めけり法師蟬
渓流の水をたたけり黄つり舟
野天湯の一灯虫を鳴かせをり
橡の実の沈む甌穴底深し
秋の湖四万ブルーてふ縹色

 敗戦日(浜松)弓場 忠義
秋雨にみづうみの色消えにけり
ぽつぽつと父語りたる敗戦日
踊りはて月影残る櫓かな
もこもこと牧の羊や秋の風
高空に昼月のあり秋つばめ
落鮎や瀬音かはりて雨の夕
白芙蓉夜来の雨をこぼしけり
初萩に袖濡らしつつ磴のぼる

 玉虫(東広島)奥田 積
玉虫を拾ふ第二の故郷かな
立秋や松には松の風のあり
みぞはぎの今を盛りに母の里
尉鶲いつもの枝に来てをりぬ
朝顔の伸びて屋根まで本川小広島爆心地
底紅にすひ寄せられてをりにけり
夕かなかなひかうき雲の染まりゐる
日当れば飛び立つ穂絮湖光る

 夕闇へ(出雲)渡部 美知子
夕闇へ花たたみゆく木槿かな
かなかなや千年杉の杜深く
桟橋の鈍き軋みや初嵐
生国は安芸か石見か秋の雲
露草に囲まれてゐる水子仏
石垣の棚田十段秋天へ
ほめられていよよ艶増す秋なすび
秋の風体の芯をほぐしゆく



鳥雲集
巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 踊唄(浜松)佐藤 升子
採血の腕をあづけて秋初め
踊唄聞こゆる窓を開けにけり
神杉の影伸びてゐる良夜かな
秋の雲渡し場見えてゐて遠し
稲架かけて人の気配のなかりけり
一団のだれかれ無しに草虱

 八月の海(浜松)林 浩世
旅人となり八月の海を前
踊子の白き腕のよくしなふ
秋蚊打つ期限の切れし回数券
秋日傘手書きの地図に迷ひたり
おしやべりな少女枝豆ぽんと飛び
虫の音の最中星空観察会

 風炉名残(藤枝)横田 じゅんこ
夏風邪によく効きさうな薬の名
初鴨の来る池空をあけておく
小鳥来るしあはせの朝はじまりぬ
山栗の小粒の甘き晩ごはん
小気味よきまでに破れし蓮かな
火に対ふしづけさとあり風炉名残

 闇(磐田)齋藤 文子
果実酒に発酵の泡広島忌
生身魂はや夕刊を取りにゆく
エンドロールの途中席立つ星月夜
あねの骨抱いて秋暑の橋渡る
野村萬斎月夜の板に立ちにけり
白桃の熟れゆく闇の濡れてをり

 小走り(出雲)三原 白鴉
塾へゆく子の小走りに今朝の秋
門火焚く砂に焦げ跡残しつつ
秋草や城址に拾ふ陶器片
長き夜の次第に怖くなるドラマ
街道の古き家並や秋つばめ
日を溜めて鶏頭は花焦がしけり

 一都句碑(宇都宮)星 揚子
鑿跡の並ぶ絶壁法師蟬
白粉花の闇深ければ濃く匂ふ
砂時計まつすぐ落ちて秋涼し
秋日傘翳しやりたき一都句碑
紫と緑をくぐる葡萄棚
縦書きの軍隊手帳秋の風

 踊(中津川)吉村 道子
踊果てどしや降りの夜となりにけり
白粥のくぼみに卵秋はじめ
旅先の潮風の中踊の輪
柚子坊に長き棒もて向かひをり
大岩の淵に錆鮎群れてをり
錆鮎をバケツに分けて貰ひけり

 晩夏光(東広島)溝西 澄恵
峰雲や敗者に惜しみなき拍手
炎天や貨車連結の鈍き音
断崖に砕け散る波晩夏光
離乳期の嬰にのぞく歯青ぶだう
川底の苔のさみどり水の秋
底紅や母にも言へぬことひとつ

 弥生土器(多久)大石 ひろ女
ふたつ目の故郷に聞く祭笛
晩夏光ひとり暮しの刃物研ぐ
新涼やうすくれなゐの弥生土器
一言も残さず逝きぬ絵灯籠
ちちははのこゑを近くに盆の月
亡き人に秋の風鈴吊るしおく

 正座(札幌)奥野 津矢子
神籬の秋の風鈴小さく鳴る
泳ぎ出しさう八月の魚の骨
正座して掛くるアイロン処暑の風
水桶に二百十日の雨の音
大木にこゑをかけをり露の朝
初鴨のぐぐぐと鳴いて池に落つ



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 安部 実知子(安来)
魂棚を納め現に戻りけり
送り火のかたはらに星生まれけり
萩白しどれも蓋もつ斎の椀
眠る間もひと老いてゆくつづれさせ
紅芙蓉ひと日いたはるやうに閉づ

 落合 勝子(牧之原)
傘立に一本の杖梅雨明くる
赤き舌見せ合つてをりかき氷
説法の僧に首ふる扇風機
松明を子等も担ぎて虫送る
新涼や手話の少女の指光る



白光秀句
村上尚子

紅芙蓉ひと日いたはるやうに閉づ 安部実知子(安来)

 芙蓉には白芙蓉、紅芙蓉、酔芙蓉などの種類がある。一本の木に多くの花を付け、入れ替りつつ華やかに咲き続けるが、一つ一つは一日だけの命である。その習性を見たまま詠めば芙蓉の説明をしているだけとなる。数日間向き合うことで「いたはるやうに」の言葉に行き着いた。すなわち、作者の思いと重なったのである。
  萩白しどれも蓋もつ斎の椀
 「斎」には昔から仏家としてのいろいろな決まり事があるようだが、ここでは一般的な仏事の場所として解釈した。法要のあとそこへ出された膳の上の椀である。確かにいずれにも蓋がしてある。言われてみればその通りだが、言葉にしてこそ俳句である。庭に咲く萩の白さが一層際立って見える。

説法の僧に首ふる扇風機 落合 勝子(牧之原)

 法要のあとのしばしの時間、僧侶と故人のことや世間話をしたりするが、時にはありがたい話に耳を傾けることがある。そこで役目を果たしている扇風機。最近は冷房装置が進んでおりその出番は減っている。しかし風の向きや風の量を加減することで、よりやさしさを感じる。話にうなずく人達と一緒になって扇風機もうなずいているように見えるところが面白い。
  傘立に一本の杖梅雨明くる
 足腰の弱い方にとって杖は一番身近な助っ人である。ある集りに杖を突いて出掛けたが、帰りはその必要もなく帰ったことになる。事情は分からないが、折りしも長かった梅雨も明けた。残っていたのが傘だとしたら単なる忘れ物で終わってしまう。続編が聞こえてきそうな一句である。

海兵の先師の写真夏の果 松本 義久(浜松)

 「先師」とは前主宰の仁尾正文先生に違いない。海軍兵学校時代の軍服姿の写真に触れ、一気に懐かしさが込み上げてきたのだろう。「夏の果」は単なる夏の終りのことだけではなく、年毎に遠ざかる先師への思いに通じる。

色違ひのスリッパ二足今朝の秋 勝部アサ子(出雲)

 同じ種類のものでも色違いのものはたくさんある。洋服、靴、帽子、鞄等々。その中のスリッパだった。季節の移り変りに合わせて新調した。足元から俄に秋がやってきた。

新涼や白寿益々健やかに 鮎瀬  汀(栃木)

 ここ数年暑さは厳しくなるばかり。自然環境に逆らう術はなく、少しでもしのぎ易い工夫をするしかない。病人や老人にとっても我慢を強いられる。そんななかで作者は九十九歳の夏を迎えられ、「益々健やか」だと言っている。大先輩にあやかりたいものだ。

髪を切る合せ鏡に晩夏光 高田 茂子(磐田)

 美容師が「どの位切りますか」と問いかけているのだろう。その時片手に持った鏡に一瞬日差しが飛び込んできた。晩夏とは言え特に暑かった夏を惜しむというより、秋への期待が大きいようだ。

西瓜切る嫁のまはりに四人居る 谷口 泰子(唐津)

 核家族では西瓜を丸ごと買うことは少ない。しかし、この句の登場人物は本人を含め六人ということになる。どの様に切るのかみんな興味津々。色々な声も聞こえてくる。大勢で食べる西瓜の味も又格別。日本のよき時代を彷彿させる。

夏期講座終へ野球部の服を着る 森  志保(浜松)

 夏休みに開かれるさまざまな講座。ここでは一定の時間を室内で過ごしたのだろう。このあとは大好きな野球の練習がある。服を着替えることは気持の転換にもなる。少年のユニホーム姿がまぶしい。

還暦や孫と揃ひの半ズボン 土井 義則(東広島)

 還暦は人生の一つの区切りに違いないが、若者の減りつつある日本にとって第二の人生のスタート地点とも言える。活躍の場はたくさんある。お孫さんにとっても自慢のおじいちゃん。「お揃ひの半ズボン」姿が若々しい。

虫の音の止みて独りと気付きけり 冨田 松江(牧之原)

 「止みて」は時季的に鳴かなくなったのか、時間的に聞かれなくなったのかは不明だが、今迄聞こえていた「虫の音」が突然止んだことで、はたと独りであることに気付いた。一抹の淋しさだけが残った。

葉鶏頭の紅や鍋島御庭焼 新開 幸子(唐津)

 鍋島藩の鍋島氏の庭に設えてある御用窯である。その性質上作品が民間に出回ることを厳しく取り締まってきた。葉鶏頭の「紅」は鍋島藩の隆盛の時代を語っているようだ。


  その他の感銘句

足跡を渚に残し九月来る
臍も背も出したる佳人日の盛
酢を打つて飯粒ひかる今朝の秋
芒野に来てポップスを口遊む
秋隣体重計に乗せられて
叢草や色なき風に応へたり
夏座敷遺影の夫と二人きり
さはやかに卒寿の朝を迎へけり
星祭会ひたき人の名を書きぬ
暮の秋明かりの洩るる駐在所
白球を追ふ少年や夏さかん
昔の恋待宵草が知つてゐる
粥作る米の五勺や秋の雨
墓掃除三男坊がとりしきる
ポケットに喉飴ひとつ草むしる

春日 満子
岡部 兼明
周藤早百合
中村喜久子
唐沢 清治
山口 和恵
徳永 敏子
山田ヨシコ
鈴木 花恵
多久田豊子
杉原 栄子
安川 理江
埋田 あい
佐藤 琴美
吉田 智子



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

 磐田 浅井 勝子
ぐうとぐうぶつけて子らの夏終る
雲真白空のまつさを今朝の秋
生身魂しあはせさうに居眠りす
横座りの男が一人盂蘭盆会
菓子盆にざらめはりつく初嵐

 牧之原 大石 益江
百日紅日々の暑さを咲き通す
玉の汗この世に欲も得もなく
母の手で父の送り火焚きにけり
母の手の温みに似たり今年米
新藁を焼いて裏作始まりぬ



白魚火秀句
白岩敏秀

雲真白空のまつさを今朝の秋 浅井 勝子(磐田)

 夏の入道雲や夕立雲は黒く、炎熱を孕んだ空は蒼い。秋の雲は白くて軽やか、そして空は明るい透明感のある青。古今集の〈秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる 藤原敏行〉は音で捉えた秋であり、揚句は目で捉えた秋。昨日と違う今日の空なのである。
  生身魂しあはせさうに居眠りす
 谷有り山ありの長い人生を過ごしてきた生身魂。今は子や孫に囲まれ、何の不自由なく暮らしている。曾孫の数も忘れるほど…。幸せの揺り籠で仏様のような顔をして、居眠りをしている生身魂である。

母の手で父の送り火焚きにけり 大石 益江(牧之原)

 盆に帰って来た父の魂。盆が終われば送り火とともに送らねばならない。生前にいつも父の世話をしていた母が送り火を焚いた。生きている時もそうであったように死後も父を思慕する母の気持ちが痛いほど伝わる。
  新藁を焼いて裏作始まりぬ
 新藁は稲の籾を落とした後の茎や葉のこと。かっては新藁を使って筵や俵、草履などを作っていたが、今は燃やすか刻んで田の肥料とする。「裏作始まりぬ」に一年中休むことなく続く農作業のきびしさが出ている。

快きつかれとなりぬ盂蘭盆会 髙添すみれ(佐賀)

 盆と正月が一緒にきたような忙しさ、と言うがその半分の盆だけでも十分に忙しい。盆客の接待やら帰って来た先祖さん達への供養等々。盆の疲れが「快き疲れ」になったのはすべきことをやりきった充実感からだろう。盆客も祖先の霊も満足して帰っていった。

溜飲の下がる結末ビール飲む 高田 喜代(札幌)

 言っても分かって貰えず、説明しても納得して貰えない。そんなこんなでもやもやした気持ちを抱えていたところ、結末は作者が言ったとおりになったらしい。それを聞いた時のビールの旨かったこと…。

宍道湖の涼しき風に一都句碑 福間 弘子(出雲)

 〈初明り大宍道湖を展べんとす〉西本一都師のこの句碑は松江市堂形町の天倫寺の境内にある。昭和四十年十月に白魚火創刊十周年を記念して建立された。宍道湖を背にした堂々たる句碑である。今年の猛暑にも涼しい風を受けて泰然としていたことだろう。

幸せに敏くありたしあかのまま 池森二三子(東広島)

 幸せは往々にしてその時には気づかなくて、過ぎ去ってから気づくことが多い。日々の小さな努力の結果が大きな成果を生むように、日常の小さな幸せに気づくことが大きな幸せにつながるのかも知れない。「幸せに敏くありたし」の直截な表現が普遍性をもつ。

十薬の真白き花に覇気のあり 沢中キヨヱ(函館)

 十薬は別名どくだみと言われるが薬草である。五月下旬から六月ごろの花の盛りが即ち十薬の最盛期。独特な匂いを嫌われながらも、凜と広げた十字の花の白さを十薬の覇気とみた。確かに十薬は負けん気の強そうな草である。「覇気」は言い得て妙である。

帰省子の背中子供に戻りたり 大草 智美(出雲)

 都会で暮らしている息子が夏休みで帰ってきた。玄関を入って来たときは、随分と大人びて、少し近寄りがたい感じで、少し身を引く思いで息子と接していたが、背中を向けた姿はまだ子供の時のまま。都会に盗られたと思った息子を取り戻したような安堵を覚えた。母親の息子に対する微妙な心理を描写。

部屋狭くして帰省子の大荷物 田中 美鈴(雲南)

 夏休みで息子が大きな荷物を持って帰ってきた。一体、何を詰め込んでいるのだろうと見ていると、先ずパソコンが出てきて、海水浴や登山用具が出て来た。どうやら、故郷で夏休みを思い切り楽しむ気らしい。部屋一杯の大荷物に溜息をつきながらも、帰省した息子を喜ぶ母親の気持ちが伝わってくる。

猪の目となり猪垣の補修かな 貞広 晃平(東広島)

 昨今、獣害のニュースをよく耳にする。農家は作物を守るために猪垣を作り、壊れた所を補修する。破れは人間の目で探すのではなく、猪の目になって探す。芭蕉翁の「松の事は松に習へ、竹の事は竹に習へ」の教えが思い浮かぶ。


    その他触れたかった句     

ひと握り足して米研ぐ今朝の秋
新凉やブックカバーは空の色
新凉や家族写真の一人増え
涼新た田に酒米の旗を立て
花火待つ海より闇の深まれり
桃の実の明るき色を切り分くる
夏草の中へ着地のすべり台
稲刈るや風の行く手に日本海
白百合の開きて夜の明けにけり
出来秋や村に移住の一家族
干瓢のすだれをくぐる回覧板
炎天に顎つきだして下校の子
病室に母を残して夏果つる
眉筆の芯を削つて終戦日
水遊び負けず嫌ひの子がひとり
子と風の走り抜けゆく秋桜
立秋の青空高し雲速し

中嶋 清子
古橋 清隆
福光  栄
有本 和子
舛岡美恵子
山羽 法子
中間 芙沙
安部実知子
前川 幹子
大江 孝子
菊池 まゆ
八下田善水
唐澤富美女
酒井のり子
升本 正枝
中島美津子
野村弥二郎


禁無断転載