最終更新日(Update)'22.10.01

白魚火 令和4年10月号 抜粋

 
(通巻第806号)
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10月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   清水 春代
「夏つばめ」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
古川 美弥子、乾 坊女
白光秀句  村上 尚子
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
寺田 佳代子、野田 弘子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(群馬)清水 春代

小雨降る庭にコスモス三輪車  久家 希世
          (令和三年十二月号 鳥雲集より)
 小雨が降っている庭にコスモスが咲き、その傍らに小さな三輪車が置かれている。
 雨が降ってきたからお家の中へ入りましょう、と促され今まで元気に三輪車で遊んでいた幼児も家の中に入った。庭にはコスモスと三輪車が取り残され、小雨に濡れている。
 穏やかな暮しの一時が目に浮かびます。

彼岸花踏みて畦越すコンバイン  藤原 益世
          (令和三年十二月号 白光集より)
 昔とは違い、稲刈りも鎌で刈る時代ではなくなった。山間部ではまだ稲刈機にて刈り取り稲架を組む所も多いが、平野部ではコンバインに依り刈り取りをする。畦には彼岸花が真赤に咲いている。一枚の田を刈り終へ、次の田へ移動するのに畦を越えねばならない。彼岸花もコンバインの幅だけは踏みつけられてしまう。
 仕方がないと思い乍ら見ている方もはらはらしている様子が手に取るように判る。

穏かな日々願ひつつ菜を間引く  水出 もとめ
          (令和三年十二月号 白魚火集より)
 自分で蒔いた野菜種が良く生え、間引菜として手頃になった。夕食の一品に加えようと間引く。高齢になっても弱気を言わず、矍鑠としておられる姿が「穏かな日々を願いつつ」に込められている一句。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 梅雨明(静岡)鈴木 三都夫
降らずみの梅雨の明けたる暑さかな
梅雨明と仇のごとく向ひ合ふ
梅雨明のくらくら暑き日中かな
梅の実のぽとぽと落ちて今日も雨
向日葵にそつぽ向かれし炎暑かな
押し寄せてくる一山の蟬時雨
浜日傘陰を残してみんな留守
冷たくて顳顬こめかみ痛きかき氷

 祇園祭(出雲)安食 彰彦
祇園会や注連縄を切る神の巫女
祇園会や籤改めの稚児の舞
祇園会や長刀鉾の辻廻し
祇園会の掛け声かくる音頭取り
祇園会の棒振り踊り顔隠し
鉾動く祇園囃子の稚児人形
祇園会の大蟷螂の翅ひろげ
祇園会の四条通りの仕舞鉾

 あいまいな記憶(浜松)村上 尚子
箱庭の家族に朝のきてゐたり
蔵の戸の観音開き花ざくろ
聞き馴れぬ鳥のこゑ聴く茂りかな
木の橋の手すり危ふし閑古鳥
黒揚羽森のひかりを拾ひゆく
工房の壁にギターと蠅叩
子の電話短しビール冷えてをり
あいまいな記憶ばかりや灸花

 青田風(浜松)渥美 絹代
十人の野球部青田風渡る
峰雲やバケツの雑魚のよく跳ねて
青柿の落ちみづうみの波とがる
飴色の駅の木椅子や青田風
干椎茸みづにもどせば遠花火
絶え間なき瀬の音破れ傘開く
雲の峰くづれ河原に煙たつ
鳥の声聞きつつ茄子の馬作る

 まばたき(唐津)小浜 史都女
晩年が大事よ南瓜真二つ
合歓終へてダムの水位の下がりけり
夕立のあと夕星の生まれけり
滴りやこの先急ぐこともなく
三伏や鯉はまばたきしてをらず
蠅取蜘蛛あそばせておき稿急ぐ
天山の大きな闇や花火果つ
素うどんに玉子をおとす秋はじめ

 夜の秋(名張)檜林 弘一
南風吹く岬に据る捕鯨砲
吊橋を三歩夏山動きだす
滝口の光束ねて落としをり
水の中梅花藻の世のありにけり
緑蔭を抜け緑蔭へ石畳
角打ちの二三人ゐる麻暖簾
伊賀富士のどろんと消ゆる大夕立
撫で肩の酒瓶を並べ夜の秋

 犬の字(宇都宮)中村 國司
犬の字に変はる大の字昼寝の児
武士に戻り鰹のカルパッチョ
かざみどり向く風のなき朝曇
大瀞に土用隠れの鮎を釣る
大八洲風死せる日の一凶事
誰の死を思へばよいか雷走る
藻の花や趣くままに身を浸し
河童忌の蛇口の水や遡る

 孟蘭盆会(東広島)渡邉 春枝
衣更へて昨日と違ふ水の音
通学の子等一列に青田風
こもり居の軒を離れぬ梅雨鴉
予定なく暮るる一日風は秋
ぬれ縁の木目浮き立つ野分あと
うすれゆく記憶の中の盆踊
早朝の風が雨呼ぶ終戦日
亡き夫の記憶をたどる孟蘭盆会

 校訓(北見)金田 野歩女
立葵終着駅の車止め
緑蔭の手話の弾みし昼休み
葭簀越し隣の小犬よくなく日
校訓の和顔と愛語合歓の花
もう締むる事無き赤の浴衣帯
稿一つ送り安堵の水を打つ
大旱決勝戦は惜敗す
捕虫網掲げ島への定期船

 夜の秋(東京)寺澤 朝子
水打つて路地の奥なる観世音
蟻地獄雀が砂浴びしてをりぬ
夜の雷伝言メモを読み返す
ギヤマンに注ぐ今宵の冷し酒
算術は生涯苦手熱帯夜
いくたびか夢に目覚めて明易し
くり返し読むに良き書や夜の秋
膝折つて座していつとき夏の果

 とうすみ(旭川)平間 純一
ポロト湖にカムイの息吹青嵐
地底より蒸気噴きあぐ青虎杖どぐい
著莪の花百年けふも湯を守りて
沙羅の花すずめ二羽来て雨隠れ
すずかぜや水琴窟へ杓の水
とうすみの水に透けたる閑けさよ
下闇や池の主たる鯉の貌
輿担ぐまへへうしろへ祭足袋

 晩夏(宇都宮)星田 一草
百の脚そろふ毛虫の急ぎかな
鍵掛けて老いは昼寝をむさぼれり
マスクしてサングラス掛け顔出来上る
友の訃や風鈴やさしき音を奏で
橋の灯のほつほつ点る蚊食鳥
水音に夏萩こぼる芭蕉庵
灸花たぐれど終の遠くあり
庭草に風のやつるる晩夏かな

 蜜豆(栃木)柴山 要作
東京のビルの谷間を蚊食鳥
早よ点れと霧を吹きかく螢籠
御僧の火攻めばたばた毛虫落つ
紅蓮をごつんごつんと揺らす鯉
ライオンのポーズの嫗汗光る
玉の汗拭ひ見返る縦走路
蓋固く蜜豆の汁零しけり
冷やし過ぎの蜜豆を食ふ妻の留守

 雲の峰(群馬)篠原 庄治
真青なる湖面漂ふ柳絮かな
除草剤嫌ひせつせと草を引く
鷺草の羽をたためる夕間暮
無事羽化の空蟬縋る一枝かな
老いの足ほいと投げ出す夏座敷
向日葵の子花孫花実となりぬ
短夜や鰥夫所帯に鍋の音
浅間嶺に伸し掛かり来る雲の峰

 夜の秋(浜松)弓場 忠義
朝曇始発電車の発ちにけり
日盛の畑に伏せ置く猫車
昼酒や土用太郎に負けてをり
炎昼の我が影痩せて来たりけり
島一つ見ゆる湖畔や月涼し
飴細工の指先照らす夜店の灯
あをあをと実るものあり晩夏光
自転車の一灯過る夜の秋

 百日紅(東広島)奥田 積
ほたるぶくろあまた咲かせて独り住み
散水のホースまたげる青蜥蜴
亡き人の面輪立ちたる沙羅の花
風鈴の鳴るや一人の留守居番
百日紅ここにもありし波郷句碑
釣人に長き沈黙合歓の花
星合の夜や大事忘れてゐるらしき
葛の花こんな所に捨てタイヤ

 潮の香り(出雲)渡部 美知子
真夜中をひらひらひらと熱帯魚
一輌車茂を深く割つて行く
ごみ出しへ百歩暑さの押し寄する
炎昼や大工の腰に鳴るラジオ
髪洗ふ潮の香りを惜しみつつ
とんび舞ふ石見太郎のふところに
蟬時雨連歌庵への歩を早め
ゆく川の流れを追うて晩夏光



鳥雲集
巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 野牡丹(一宮)檜垣 扁理
青田中風の姿の見えてくる
プランターの青紫蘇育ち刺身買ふ
恙無き事が一番半夏生
茄子揉んで朝の器の瑞々し
小さき幸野牡丹一花開く朝
野牡丹の忘れず咲けり平人忌

 籐寝椅子(鳥取)西村 ゆうき
青田百町あかつきに凪いでをり
失念の言葉のゆくへ蟬時雨
麻暖簾掛くるかかとの浮いてゐる
二胡の音や茂の山へ窓開き
渓流に汗のタオルを洗ひけり
人起つて風の抜けゆく籐寝椅子

 魚を煮る(磐田)齋藤 文子
父母のをらぬ家なり簀戸替ふる
足裏の涼しく弾む布草履
グラジオラス立つ寝る転ぶ反り返る
日覆を分けて八百屋へこゑかくる
尼寺に飼犬二匹日の盛
三伏の重たき鍋に魚を煮る

 洗ひ髪(札幌)奥野 津矢子
池の面に吹けば草笛ぼーと鳴る
虫好きの子に育ちけり夏帽子
古着市建つ境内の鴉の子
風の音貝風鈴の音となり
明易しパン工房のうさぎの絵
余所行きの顔を解きたる洗ひ髪

 半夏生(多久)大石 ひろ女
明易の秒針音もなく進み
すこしだけ遠出してみる半夏生
三伏や乾いてゐたる魚板の目
遠雷やひとり夕餉の煮炊して
追山笠の男の気迫夜明け来る
七夕の波打際を歩きけり

 虹消えて(呉)大隈 ひろみ
水無月の闇を深めて潮の香
短夜や一書に青と黄の付箋
虹消えて草にしづくの残りけり
連絡船夕焼の中を戻りけり
未草午後よりの刻ゆるやかに
直角に掃いて涼しき客間かな

 青葡萄(松江)西村 松子
村中をひとつにつなぐ青田かな
青葡萄食み癒ゆる身をいとほしむ
七月の不意にもの言ふ炊飯器
七月の紫紺に昏れてゆく遠嶺
走り穂にとどく夕風秋近し
朝顔のひとつ目は藍ひらきけり

 夕端居(浜松)大澄 滋世
明日葉の匂と思ふ御陵道
まつすぐに山の裾まで青田風
菩提寺の鐘が鳴るなり夕端居
みささぎのまがきに手折る夏蕨
堅パンのおやつ八月十五日
期日前投票済ませ魂祭

 盆棚(牧之原)小村 絹子
海見ゆる高さの丘の立葵
裸子の波に向かふ子怖がる子
ささやかな仕合はせ土用鰻丼
半分は葉裏見せたる蓮かな
盆棚の牛馬は庭の茄子胡瓜
上州の旅の終はりの蕎麦の花

 炎ゆる日(鹿沼)髙島 文江
炎ゆる日のインターフォンに映る顔
涼しさや日の斑の揺れて杉並木
老いてゆく途中蜜豆掬ひけり
昏睡の夫ほうたるの明滅す
意識なき夫に迅雷轟きぬ
夕かなかな今日の力を振り絞る



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 古川 美弥子(出雲)
検査結果聞きて真つ赤な薔薇を買ふ
賞味期限なき床下の梅焼酎
濡れ縁に夏至の木洩れ日さざめけり
頰杖をつきて金魚の話聞く
鍬形虫追うて踏み込むけもの道

 乾 坊女(鹿沼)
夏休みお化け出さうな祖母の家
主治医待つ炎暑の街を見下ろして
看護師のシャンプーの香や月涼し
母の死を添へ返信の夏見舞
おとなりの人にうなづき夕端居



白光秀句
村上尚子

賞味期限なき床下の梅焼酎 古川美弥子(出雲)

 焼酎はウイスキー、ブランデーと並ぶ蒸留酒の一つだが梅焼酎は青梅に氷砂糖と焼酎を加え、壺やガラス瓶に密閉しておけば自宅でも出来る。氷を浮かべて清涼飲料水として、また暑気あたりにも効き目があるとされてきた。殺菌消毒と保存方法さえ良ければ賞味期限はない。気温の変動の少ない床下は打って付けの置き場所である。毎年作って我が家の味を楽しまれているのだろう。五年、十年前のものと比べるのも楽しみの一つである。
  頰杖をつきて金魚の話聞く
 部屋の中で金魚玉か、小さな水槽に飼われているのだろう。金魚は作者の暮し振りを日々まの当たりにしている。どうやら互いに意志の疎通が出来るらしい。今日は作者が聞き役。すっかりその気になって相槌を打っている。秀でた感性による「金魚」の捉え方。

主治医待つ炎暑の街を見下ろして 乾  坊女(鹿沼)

 ここは病院かあるいは自宅だろうか。病人の夏は特に暑く、コロナの心配もあり、病人にも大きな負担だっただろう。この日はいつもとは違う様子に急遽主治医を呼んだ。一刻も早い到着を願っているが、その一分一秒の長いこと……。それを代弁しているのが「炎暑の街」にある。十七文字の中に無駄な言葉は一つもない。緊迫感だけが適確に伝わってくる。
  母の死を添へ返信の夏見舞
 悲しいことだが掲出句の続きとして解釈した。手当の甲斐もなくお母様は亡くなられた。悲しみの中にも為すべきことはたくさんある。気が付けば届いたままの暑中見舞もそのままになっていた。気持の整理のためにも死を諾いつつ返信をした。特別な年の夏見舞となった。

ゴム鞠のひとつ弾んで夏休み 安部実知子(安来)

 ゴム鞠が弾んだことは実景として、そこからどこへどのように発展させるかによって一句が成立する。読み下したときのリズムそのものが、楽しみにしていた「夏休み」にゴム鞠と共に飛び込んでいった。

十字路の一旦停止田水沸く 徳増眞由美(浜松)

 信号機のない広い田園地帯にある十字路。交通事故防止に一旦停止は不可欠。句材としても珍しい。秋の稔りを迎えるまでの束の間の田水との取合せも斬新である。

冷麺の金糸玉子にある焦げ目 稗田 秋美(福岡)

 暑くて食欲のない時期だが、食べずにいる訳にはいかない。手っ取り早いのがやはり冷麺。しかしこの句は冷麺ではなく、そこに添えてある卵焼きの焦げ目にこだわっている。一手間掛けたことで家族の会話も弾む。

でで虫を眺め予定のなき日なり 青木いく代(浜松)

 童謡にも唄われてきた「でで虫」。俳句にもその生態を詠んだものが多いなかで、逆にこの句に注目した。日頃とは違うこの日の作者の意味ありげな姿が浮き彫りにされている。

朝涼やバター燻らせ卵割る 森田 陽子(東広島)

 暑い一日の始まりの束の間の時間。香ばしいバターの香りと卵の黄色が目に映る。脳のエネルギー源のブドウ糖を朝食で取ることで体をしっかり目覚めさせるという。今日も元気に乗り切れそうだ。

初蟬の一声茶話に飛び入りぬ 郷原 和子(出雲)

 真夏になればうるさい程鳴く蟬だが、「初」が付くだけで特別なものになる。この日は親しい仲間とお茶を飲みながら話が弾んでいた。突然そこへ飛び込んできた蟬の声。しばしの時間を共有した。

丁寧に畳む開襟シャツの衿 加藤三惠子(東広島)

 暑さと省エネ対策として、男性の開襟シャツ姿は奨励されるようになった。清潔できちんとしていることが条件である。そのためにも「丁寧に畳む衿」である。明日着る人への細やかな心遣いが見える。

チアガールのポニーテールや日の盛 上松 陽子(宇都宮)

 八月の甲子園は高校野球の真つ只中。汗まみれで頑張る球児の姿と共に、スタンドでは応援に力が入る。その一つがチアガールである。声を出しながら力の限り動かす手足のエネルギッシュな姿は、きりりと束ねた髪の先にまで伝わっている。

かなぶんや電気ケトルの沸騰中 徳永 敏子(東広島)

 かなぶんは黄金虫の副題で、その種類も色も様々。夜、明かりをめがけて部屋に飛び込んでくる虫としてはかなり目立ち、騒がしい。かたやケトルは沸騰中。取り合わせの妙味である。


  その他の感銘句

沢蟹の何かつぶやく泡ふたつ
縁日へ行く兵児帯に団扇さし
校庭を日傘が通る参観日
ちちははの遺影を仰ぐ夏座敷
留学生は二児の父親草の花
向日葵やソフィアローレンの大き口
ジャズ低く流し金魚と聞いてをり
背の低き向日葵こちら向きしまま
野を広く声先立てて雪加来る
逆転のホームベースや雲の峰
八月やいくさ知らぬ子鶴を折る
はたと止む蟬にもわけのあるらしき
鍾乳洞出て炎天に顔さらす
近寄れぬ仙人掌の花やをら咲く
百円で楽し彼の日の夏祭

富岡のり子
渡辺 伸江
落合 勝子
町田 志郎
石田 千穂
高田 茂子
岡  久子
唐沢 清治
佐藤陸前子
高橋 茂子
菊池 まゆ
加藤 明子
舛岡美恵子
大原千賀子
唐澤富美女



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

 多摩 寺田 佳代子
水匂ひきて雷鳴の遠くより
仮名書きのやうな一筋滝涼し
サイダーを買うて足湯を小半時
閼伽桶を揺らせてゆけり白日傘
蟻の列追うて古井戸覗きたり

 出雲 野田 弘子
俎板の音の路地行く吊忍
浜木綿の花や予定の札所まで
四羽五羽つばさ持つもの夕焼へ
かなかなを遠く近くに米を磨ぐ
かなかなを残し生家を後にする



白魚火秀句
白岩敏秀

仮名書きのやうな一筋滝涼し 寺田佳代子(多摩)

 滝には雄滝、女滝がある。雄滝は水勢が強く豪快に轟いて落ち、女滝は穏やかにささやくように落ちる。女滝の落ち方を「仮名書きのやうな」と捉えたところが独特。雄滝の煽ぐような涼しさと違って、ゆっくりと浸みてくるような涼しさである。
  蟻の列追うて古井戸覗きたり
 長々と続く蟻の列。その行き先を知りたくて追ってみた。蟻の列は何やらの屋敷跡につづく。荒れて草叢になった跡地にぽつんと古井戸が…。覗いてみると、中から「いちま~い にま~い」と恨めしそうな声。ハッと驚いて見上げた空には夏の太陽が燦々。怪談に求めた涼。

俎板の音の路地行く吊忍 野田 弘子(出雲)

 夕方近くなると、夕食の用意が始まる。俎板で刻まれる食材の音がそこここで聞こえる。やがて、煮物の匂いが路地に漂い、しばらくすると帰宅した家族の声が揃う。穏やかな一日の終わりを吊忍に語らせている。
  かなかなを残し生家を後にする
 久々に生家に帰って、片付けや草取りをした。おそらく生家は無人になっていて、時折、作者が帰ってきて、家の管理をしているのだろう。父母や兄弟の懐かしい思い出を壊さないために…。「生家を後にする」に生家に留まりたい思いを、断ち切るような悲しさがこもる。

新盆のはなやかなれどもの淋し 柴田まさ江(牧之原)

 新盆とは亡くなった方を初めて迎える盆。地方によっては白紋天の提灯を飾るところもある。新盆は通常の盆と違って、親戚や友人を招いて行う。行事としても飾り付けにしても華やかであるが反面、淋しさも深まる。亡くなった人を偲ぶ気持ちが深い。

サングラス外し素直に頷けり 坂口 悦子(苫小牧)

 サングラスは夏の日差しから目を保護する他にも、変身願望や顔隠しにも使われる。普段の顔をサングラスで隠して強面で相手の話を聞いていたが、納得してサングラスを外して頷いてしまった。顔隠しをしても素直な本心までは隠せなかった。

良き風に背を伸ばしをり田草取 渥美 尚作(浜松)

 かつて、田の草は直接に手や雁爪などで腰を曲げての作業であった。今は太一車を改良した中耕除草機で、立って押しながら除草するが、夏の炎天下での作業は過酷な重労働である。そんな時に受ける植田の風は地獄で仏に会った思いだろう。〈仇をなす田草討取る車かな〉は太一車を作った中井太一郎の句。田草は農家にとって仇であった。

風離れゆくとき蓮の花揺れて 松原 政利(高松)

 ものが揺れるのは風とぶつかったとき。この蓮の花は風が離れたときに揺れたという。蓮は極楽浄土に咲く花とされている。此岸に咲いた蓮が風と一緒に浄土へ帰ろうとしたのか。常にない動きに不思議を見る思い。

包丁の音軽やかに夏料理 深井サエ子(出雲)

 〈美しき緑走れり夏料理 星野立子〉は目に訴えた涼しさに対して、こちらは「音軽やかに」と耳に訴えた涼しさ。軽やかな音は例えば茗荷あたりを刻んだか。包丁の音が止まれば涼しげな器に盛られて食卓へ。

大風となる応援の団扇かな 増田 尚三(守谷)

 全国高校野球の紫紺の大優勝旗が初めて白河の関を越えた。応援合戦も盛んであった。揚句も野球の応援だろう。スタンドで応援の団扇が一斉に大きく波打ったように動く。小さな団扇風から大風への発想がダイナミック。

梅雨明や離れて座ることに慣れ 吉原絵美子(唐津)

 コロナウイルスの流行から三年が経つ。日常生活でも色々と制限が掛かってくる。その一つが人との距離をおくこと。距離を置くことにいつか「慣れ」と諦めに似た淋しさを表白。親しく隣に座れる日はまだ遠い。

青岬合併前の観光図 牧野 敏信(愛知)

 夏の岬に一枚の観光案内図がぽつりと立っている。そこからは広々とした海や水着で賑わう浜辺が見える。誰も見ない、だれも関心を示さない合併前の案内図。無用の長物となってから久しい。


    その他触れたかった句     

祝はれて薔薇の香りの中にをり
虹立つて空七色になりにけり
明日の鎌研げば蜩近くより
橋脚に波の砕くる晩夏かな
ふるさとの水の香りの夏料理
庭花火バケツの水に月を入れ
雲の峰中央構造線歩く
部屋明り消して涼しさ招きけり
榛名より風真つ直ぐに夏座敷
軒風鈴揺れて座卓の置手紙
白玉の指のくぼみや母恋し
遠雷を聞きつつ爪を切りにけり
月涼し鏡の中の母老いぬ
星今宵夢見るやうな子の瞳
短夜や明日のための米を研ぐ
杉山のはげしき傾斜夏の蝶

青木いく代
市川 節子
大庭 南子
野田 美子
山田 哲夫
佐藤陸前子
伊藤富士子
郷原 和子
山口 悦夫
中村 公春
山越ケイ子
山下 直美
松下加り子
森山 啓子
唐澤富美女
石原  緑


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