最終更新日(Update)'22.07.01

白魚火 令和4年7月号 抜粋

 
(通巻第803号)
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7月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   天野 幸尖
「幅跳び」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
山田 哲夫、小杉 好恵
白光秀句  村上 尚子
白魚火リモート交流会(二年間の活動総括) 中村國司、檜林弘一
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
内田 景子、佐藤 やす美
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(群馬)天野 幸尖

ルピナスやかつて炭鉱住宅地  今泉 早知
          (令和三年九月号 白魚火集より)
 「ルピナス」 芯に白、赤、黄、紫などの小さな花をたくさん咲かせて一本一本が剣先を天に向けるように群生しています。別名を花の様子が藤の花に似ていて、下から上に咲き上がるためノボリフジとも呼ばれています。
 北海道へ旅した時に道路の緑地帯の何キロもルピナスが植えられていて、群馬では見たことがなかったので、天を向いて色とりどりに咲き誇るルピナスをおとぎの国の花のように感じました。群生しているととてもきれいです。
 燃料関係の仕事をしていた父の転勤で昭和四十五年、小学校二年生の時に北海道三笠市の学校へ転校しました。炭鉱の町で幾重にも炭鉱長家が連なっていて、我が家も炭鉱長屋に住んでいました。学校にも慣れて友達も出来て、炭鉱長屋が毎日の遊び場でした。魚釣り、かくれんぼ、ゴムボール野球、基地づくり、遊んでばかりであまり勉強はしませんでした。
 「かつての炭鉱住宅地」 今では炭鉱も閉山になり炭鉱長屋も取り壊されてしまい、原野に戻っていると思います。そんな子供の頃の思い出の地に、色とりどりにルピナスが咲き誇っていると想像することが出来ると心が温かくなります。一緒に遊んだ友達とは今は連絡も取れませんが、今年はみんな六十歳還暦をむかえます。北海道は白魚火会員が多いので、白魚火会で再会出来たら俳句の神様に感謝です。
 作者の今泉さんの句に対して気の利いた感想を書けず申し訳ありません。この句を拝見したときに半世紀前の思い出が蘇りました。「ルピナス」「炭鉱住宅地」ありがとうございました。今年の夏に色とりどりに咲き誇る「ルピナス」を見に、そして子供の頃に住んでいたかつての三笠市の「炭鉱住宅地」を訪ねて北海道へ思い出の旅をしたいと思います。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 一番茶 (静岡)鈴木 三都夫
開拓の台地国原茶の芽立つ
一番茶始まる八十八夜かな
茶の芽立つ緑の海をさざめかし
丹精に応へてくれし茶の芽かな
摘みごろの茶の芽一芯二葉かな
ぴちぴちと手元確かに茶の芽摘む
茶摘女のおしやべりも手は狂はざる
計られてふはりと重き茶の芽かな

 晩酌 (出雲)安食 彰彦
日輪を乞ふ現と違ふ名草の芽
知己ふゆる吾が晩年や紅躑躅
田蛙の声に目覚むる午前二時
わが星はやすらかならず梅雨深し
蒲公英の全円綿毛風を待つ
晩酌や春筍刺身あればなほ
春筍の刺身と妻と吟醸酒
万緑や岬の波は十重二十重

 口笛 (浜松)村上 尚子
苗木市釣銭入れの籠を吊り
花の夜をくまなく濡らす雨の音
吊橋の先頭をゆく春日傘
口笛がうまくて無口鳥雲に
チロル帽みどりの羽根をなびかせ来
茎立や机上にたまる旅の本
腹の虫鳴かせ八十八夜かな
桜蕊ふる今がしあはせかも知れず

 花の雨 (浜松)渥美 絹代
まだ色を置かぬカンバス風光る
山ゆきのバス待ちてをり花の雨
蕗のたう長けて水車のみづ豊か
清明の大地たつぷり雨ふくむ
山裾に煙ただよふ花の雨
白牡丹夕日台地に触れにけり
眼の大き魚を煮つけ子供の日
辻楽士ときをり若葉仰ぎをり

 盆栽の鉢 (唐津)小浜 史都女
酒並べ村の小さな春まつり
追伸の長くなりしよおぼろの夜
盆栽の鉢に咲かせし花筏
さくらしべ降るくれなゐの石畳
わが庭に白波立てて立浪草
ひとつばたご寺の住職対島びと
父の歳おめおめ越えて粽食ぶ
朱の褪せし観音堂や緑さす

 松の芯 (名張)檜林 弘一
首塚を浮かべてをりぬ紫雲英畑
行きずりの風と触れあふ石鹼玉
花過ぎの墓石に酒の匂ひけり
桜蕊降る男坂女坂
走り根を確と御手植松の芯
春惜しむ底に泥付く旅鞄
夏近し杜を飛び出す法螺の音
金色の蕊を整へ白牡丹

 菫咲く (宇都宮)中村 國司
たんぽぽは倒さず消火用ホース
春の雨拭くルイヴィトン展示窓
春の空鳩のかほ見ず餌を撒けり
妻として伽羅蕗煮詰めをる顔に
しらかべに小雨のごとし柳の芽
一都の句碑に代はる代はるに菫咲く
花は葉に雲は閉ぢたり開いたり
嬰児のほほにそよ吹く田植かな

 柿若葉 (東広島)渡邉 春枝
おもちや箱はみ出す玩具子供の日
持ち歩く植物図鑑薄暑光
麦秋や白猫しろき影を曳き
ふる里の風の匂ひや柿若葉
魚屋の若き主や南吹く
母の日のいつも行列できる店
衣更へてよりの外出バスを待つ
鍔広き娘譲りの夏帽子

 僧衣 (北見)金田 野歩女
すれ違ふ児と手振り合ふ春の宮
さ緑の風吹く河畔柳の芽
鐘を撞く僧衣にかかる花吹雪
威勢良き声に乗せられ鰊買ふ
囀を四方へ零せし椴大樹
春風や掛け声揃ふランニング
茶所に句敵数多新茶汲む
母の日や男子厨房に入るカレー

 春惜しむ (東京)寺澤 朝子
鳥交る杜の社の御神木
朝寝して夢のつづきにゐるやうな
たんぽぽの絮とぶ程の風がくる
初虹や明日といふ日はわが未来
確かめて封する句稿目借時
羅漢に立ち己が春愁深くしぬ
菩提寺に碧の書拝し春惜しむ
子の新居筍飯を携へて

 笹起きる (旭川)平間 純一
雪解の川に出会ひし襤褸狐
小流れの雪間を縫つて光り合ふ
笹起きる雪の重さを発条にして
雪代をたつぷり湛へ大河なる
精一杯朽葉をもたぐ蕗のたう
花の鬱点滴台の付きまとふ
看護師の説明長し花は葉に
水芭蕉流れに光生まれたる

 花ミモザ (宇都宮)星田 一草
花ミモザ雨をふふみて滝なせる
羅漢らの語らひを聞く朧かな
花堤続く限りを歩みけり
囀やタクトのごとく尾をふれり
逃水や農道をゆく霊柩車
釣針に餌を付け足す日永かな
夕さりて散りゆく花の白さかな
大様に揺れてミモザの風を生む

 麦の秋 (栃木)柴山 要作
お気に召す一木のあり囀れり
囀や蕪村句碑へのゆるき磴
世界地図のごとくに雨後の花の塵
雲雀落つ終の一秒矢のごとく
山寺に干しある産着柿若葉
水田明り眩しくないか仁王殿
怠さうに浮きたる夕日麦の秋
時ゆるやかに麦秋の野に立てば

 別れ霜 (群馬)篠原 庄治
過疎の里人恋ふるごと蝶々舞ふ
暗証番号失念したり目借時
亡妻眠る墓石に積もる春落葉
塗る畦の先に田の神石一つ
じやが薯の新芽痛めし別れ霜
山の湖みどり沈めて暮れんとす
新緑の堪へし雨滴散らす風
師の句碑に若葉の影の揺れどほし

 花冷え (浜松)弓場 忠義
春惜しむ遠つ淡海の水明り
花冷のかがみの顔を拭ひけり
カーテンに足長蜂の脚の見え
銀の雨ふらしたる翁草
大つつじより大黒の顔を出す
柿若葉仔犬の頭撫でてをり
麦秋や仔豚のしつぽよく動く
牧場の牛に草笛聞かせをり

 源流 (東広島)奥田 積
輪の中に入るも抜くるも花吹雪
斐伊川の連ねて長き花筏
きつつきの巣穴も景色露天風呂
花あけび湯の香まとひて揺れてをり
斐伊川の源流しぶき朴芽吹く
園児らの来て山頂のかたかごの花
ぶな若葉女人大樹を抱きをり
ぶな若葉の林明るし水音沿ひ

 夏来る (出雲)渡部 美知子
天心よりふいに現る落雲雀
春光に瞳をあづけ巫女埴輪
うららかや空をくすぐるアドバルーン
蝶二頭縺るるといふこともなく
人の目の追ふとも知らず鳥の恋
春満月斯くして恋の終はりけり
一湾も神の膝下や夏来る
ぼうたんの開かんとする気息かな



鳥雲集
巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 石蹴つて (宇都宮)星 揚子
風少し出でて光りぬ甘茶仏
夏めきて何するも袖たくしあぐ
葉桜や戊辰烈士を連ぬる碑
石蹴つて蹴つて帰る子麦の秋
老鶯の語尾きつぱりと切つてをり
噴水の揺らぎの中を風とほる

 梨の花 (浜松)野沢 建代
店先に泥をこぼして初燕
昼の月空に溶けゆき梨の花
製材所の板の匂へりみどりの日
峡の日の少し傾き浦島草
潮の香やなんぢやもんぢやの花の下
ジーンズの堅く乾きぬ柿の花

 翁草 (浜松)佐藤 升子
蜷の道こんがらがつて暮れにけり
指でみる半紙の表春の昼
清明や電車の床に介助犬
ブラウスにのこる母の名夕桜
まつすぐに日の差してをり翁草
さへづりや亀の子束子吊つて干す

 桐の花 (藤枝)横田 じゅんこ
行く春の甘辛く煮る青魚
緑さす羊羹を切る木綿糸
自づから遠目となりぬ桐の花
ひとことで言ふと幸せさくらんぼ
蓮浮葉水漬きて池の重くなる
緑蔭に丸く並べて椅子五つ

 虎杖とブランコ (一宮)檜垣 扁理
花の雲阿弥陀に被るパナマ帽
つれづれに林を行けば呼子鳥
虎杖や四五本採りて煮付とす
虎杖や野山を駆けし少年期
ふらここや愚昧に過ぎし我が青春
茫然と座るブランコ兄逝きぬ

 花の闇 (牧之原)坂下 昇子
一つまみ口にふふみて白子糶る
子の摘みしたんぽぽ供花に加へけり
影連れておたまじやくしが浮かび来る
つなぐ手に子の温もりや夕桜
提灯の消えてすつぽり花の闇
ひとひらづつゆるぶ花びら白牡丹

 風光る (浜松)阿部 芙美子
地球儀にかざすルーペや霾ぐもり
キューピーの背中の羽根や風光る
新聞に包んで貰ふ金盞花
献血の車に列や春の虹
ぼうたんの何の気配もなく崩れ
芍薬を包むセロファンきらめきぬ

 草餅 (稲城)萩原 一志
江戸川の青空の下草の餅
富士遠き防人の道きぶし咲く
灯ともしの縄文遺跡亀鳴けり
桜蕊降る哲学の道を行く
春愁や「百万本のバラ」聞いて
惜春や島の寝墓へ十字切る

 麦の秋 (鹿沼)髙島 文江
ドクターヘリ今し飛び立つ鳥曇
陽炎の中よりハーレーダヴィットソン
尾が触れて太郎次郎の鯉のぼり
夏めくと二連の水車音高く
鶏小屋に二つの卵麦の秋
麦の秋パンに熱々ソーセージ

 てにをは (旭川)吉川 紀子
雪囲解かれし枝を撫でにけり
せせらぎを心音として座禅草
山の影花かたくりにおよびけり
桜東風百段のぼり礼参り
てにをはの一語に迷ふ啄木忌
重さうな往診かばん花ぐもり



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 山田 哲夫(鳥取)
陽炎へ駱駝の進む砂丘かな
時間外保育の窓の春灯
花冷や白湯にむせつつ薬飲む
四阿の先客となる若葉風
登校の足取り軽し麦の秋

 小杉 好恵(札幌)
長く押す警笛響く春の海
潦に写る青空黄水仙
堰落つる水の煌めき花辛夷
大口で笑ふ真つ赤なチューリップ
よそゆきは姉のお下がり昭和の日



白光秀句
村上尚子

陽炎へ駱駝の進む砂丘かな 山田 哲夫(鳥取)

 平山郁夫のシルクロードをゆく駱駝の絵を思い出した。
 作者が鳥取の方と知れば、この場所は鳥取砂丘だと合点する。平成二十九年の白魚火全国大会の時には、多くの方が大砂丘をまのあたりにされたと思う。その時は秋だったが、この句の背景は春ならではの「陽炎」である。目の前の駱駝が一歩ずつ砂丘の先へ先へと進み、やがて陽炎と同化してゆくのである。
  時間外保育の窓の春灯
 この句の裏側には、保護者が定時には帰れないという事情がある。また保育所で働く人にも家族があるだろう。最近〝働き方改革〟という言葉をよく耳にするが、課題は多い。
 遅くまで点る明かりが〝冬灯〟でなかったことに少し救われる。

長く押す警笛響く春の海 小杉 好恵(札幌)

 車から気軽にサインを送るクラクションとは違い、ここは海上である。「長く押す」ということは、短く押しただけでは効果がなかったということ。そんな音が響けば、何か危険が迫っているに違いないと心が騒ぐ。知床半島沖の観光船の事故が頭をよぎる。多くの犠牲者がまだ見付かっていない。
 穏やかと思いがちの「春の海」だが、如何なる時も油断大敵である。
  大口で笑ふ真つ赤なチューリップ
 桜と共に誰にでも親しまれているチューリップ。蕾は一度開けば数日の間、気温によって閉じたり開いたりする。特に二十度以上になると大きく開くという。「大口で笑ふ」とは余程温かい日だったことだろう。全ての人を幸せにしてくれるチューリップである。

一株のパセリこんもり森となる 高井 弘子(浜松)

 パセリはそれだけで一品になることはないが、香味野菜として、又色取りを添えるという役割を果している。その一片を置くだけで料理はぐんと引き立つ。その日を楽しみに育てている。「森になる」とは言い得て妙。

つばくろや泣く子を連れて汽車を見に 遠坂 耕筰(桐生)

 幼子に泣かれるのはつらい。あれこれ言ってみてもさっぱり通じない。こんな経験は誰もが一度や二度はあるだろう。そこで気付いたのは大好きな汽車を見にゆくことだった。そばを飛び回る燕も応援してくれている。

新調の刺身庖丁初鰹 河島 美苑(東京)

〈目には青葉山郭公(ほととぎす)初鰹 素堂〉は俳句を詠まない人でも知っている。初鰹はそれ程この季節には特別な存在である。最初に食べるのはやはり刺身に限るが、切れ味の秀れた包丁でこそ本物の味となる。「新調」の一言が要となっている。

リュックにも落花水上バス乗り場 永島のりお(松江)

 水上バスを待っている。目的地に思いを馳せながらも、近くには盛りを過ぎつつある桜が、しきりと舞ってくる。リュックを背負う作者の旅心を声を上げて祝ってくれているようだ。

藤棚の下に俎売りのゐて 太田尾千代女(佐賀)

 藤の盛りに人出の多いのを見計らって催し物を開くことがある。出店もその一つ。その中に「俎売り」がいたと言う。一つあれば長い間使い続けられるものだが、巧みな口上につい買ってみたくなる衝動にかられる。

鈴の鳴る茶房の扉風光る 高山 京子(函館)

 このような扉は以前から見ているはずだが、言葉で示されると何と新鮮なことか。そのドアは開けたり閉めたりするたびに鈴が鳴る。仲間同志の楽しい会話と笑い声が聞こえてくるようだ。

自己流の筋トレ五分蝶の昼 村松 綾子(牧之原)

 最近筋肉トレーニングの仕方をテレビでもよく見かける。その時は真似をしてやってみる。良さそうだと思うがあとが続かない。たとえ自己流でも五分でも継続が肝心。応援しています。

まくなぎに好かれ方向音痴なり 岡部 章子(浜松)

 まくなぎの副題にはめまとひ、めまはり、めたたき等、どの呼び方もその習性を言い当てているようにしつこく付きまとってくる。それに気を取られ思わぬ方へ足を踏み入れてしまうこともある。俳味たっぷりの作品。

消費カロリーゼロの二千歩風光る 舛岡美恵子(福島)

 万歩計で歩数を確認するのは楽しみだ。思ったより多ければ嬉しいが、少なければがっかりする。平坦な道を余程ゆっくり歩いたということか。しかし外へ出ればそれだけで得るものはたくさんある。


  その他の感銘句

春深し嫁の嘉言(かげんのあたたかし
針穴に通らぬ糸や百千鳥
東山道八溝杉山座禅草
島を去る駐在さんや都草
船べりに釣竿二本春の雲
こんなにも子がゐて浴ぶる花吹雪
荷卸しのぽんぽん船や海猫渡る
子を宿す牛の眼や風薫る
数かぞへふらここの順待ちてをり
夕蛙乾ききつたる地のにほひ
波寄する啄木像に五月来る
新茶摘む総勢五十七士かな
家苞の胡蝶結びや風光る
幾度も鏡見に立つ更衣
花冷の地下街に聞くピアノかな

谷口 泰子
鈴木 敦子
長島 啓子
古橋 清隆
武村 光隆
高田 喜代
佐藤 琴美
山田 惠子
伊藤 達雄
荻原 富江
栗原 桃子
山羽 法子
五十嵐好夫
山越ケイ子
徳永 敏子



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

 唐津 内田 景子
チューリップ双子のやうな年子の子
一斉に木々の欠伸や山笑ふ
遠回りしても買ひたし桜餅
まだ水輪小さし四月のあめんばう
葉桜や素足で履きしスニーカー

 札幌 佐藤 やす美
清明やひねもす軽き水の音
母の忌のゆつくり開く桜漬
ガス燈の瞬く運河春時雨
教科書のインクの匂ふ一年生
つばくらめ海風届く啄木碑



白魚火秀句
白岩敏秀

まだ水輪小さし四月のあめんばう 内田 景子(唐津)

 音もなく水上を進むあめんぼうは水上の忍者である。あめんぼうは初夏に生まれて四十日ほどで成虫になる。親の立てる大きな水輪に呑み込まれないように頑張っているのだが、そこはまだ子ども。小さい水輪では太刀打ち出来ない。幾つもの水輪を繰り出して抵抗するけなげな姿が可愛く描かれている。
  葉桜や素足で履きしスニーカー
 フランスあたりでは寛いでいるときは、素足で革靴やスニーカーを履いているそうである。日本ではスニーカーにソックスを履いていることが多いようだ。日本は湿気が多いので素足で履くのは嫌われるのだろう。しかし、時は葉桜の季節。夏へ向かって開放的な気分が「素足で履きしスニーカー」の表現になった。スピードのある詠みぶり涼しさがある。

母の忌のゆつくり開く桜漬 佐藤やす美(札幌)

 何年も前に母上がお亡くなりになって、ついに弔い上げの最後の法事となった。これからはご先祖様として供養されることになる。これを慶事として参列者に桜漬のお茶を振る舞ったのだろう。ぽつりぽつりと出る思い出話に合わせるようにゆっくりと開く桜漬。思い出を話すことが故人への供養になる。
  清明やひねもす軽き水の音
 清明は「清浄明潔」を略したもので、二十四節気の五番目の節気。四月五日から四月一九日頃にあたる。空気は澄み、草花が活気づき、水の流れもゆったりしている。春水の音の軽さは長い冬から開放された作者自身の思いを表現している。

力ある風に泳ぎぬ鯉幟 大石 初代(牧之原)

 鯉のぼりは風のないときは只の布となって、昼行灯のように頼りない。ところがひとたび風が起こると見違えるほど元気になる。〈士は己を知る者の為に死す〉と故事にあるように風は鯉のぼりを知り、鯉のぼりは風を知る。しかも、風が力あれば尚更のこと。男の子の節句に相応しいダイナミックな一句。

亀鳴くやみづうみの波少し立ち 檜山 芳子(浜松)

 〈亀鳴くを聞きたくて長生きをせり 桂信子〉亀の声はなかなか聞くことができないが、聞く耳を持つ人には声は届いているのだろう。作者は亀の鳴き声がみづうみに波をたたせたと捉えた。聴覚を視覚に変えて鳴き声を見える形にした。春の白昼夢のような不思議な出来事である。

山桜うねりて海へ散りゆけり 原田万里子(出雲)

 日本人が桜を愛するのは、美しく咲いて、あっという間に散る儚さ、そして散ることを厭わない潔さにあるのかも知れない。この句の山桜は「うねりて海へ散りゆけり」の表現が壇ノ浦に滅びた平家の軍勢を彷彿とさせる。山桜は海へ散ることによって有終の美を飾った。

後継ぎの出来て豆腐屋うららけし 中村美奈子(東広島)

 農家も商家も跡継ぎは深刻な問題であるが、この豆腐屋は跡継ぎが出来て安泰らしい。いつもは忙しく働いている主人もどこかゆっくりとして愛想もよくなった。後継ぎが出来たことは豆腐屋のみならず、お得意さんにとってもうららけしである。

若布刈終へて夕べの波静か 小澤 哲世(出雲)

 若布は刈った若布を、湯通しをして塩もみなどの作業を行い、乾燥させて製品とする。若布舟は採った若布が乾燥しないように素早く浜に運ぶ。採っては運搬する戦争のような忙しさを経て一日の若布刈りが終わる。終われば海は何事もなかった様に波を収めて静かになる。海の安息のときである。

畦を塗る声の大きな親子かな 磯野 陽子(浜松)

 畦塗りは田水が漏れ出さない為には必要な作業。畦塗りは後退りしながら畦を仕上げていくので、二人の距離はだんだんと離れていく。そのため声は必然的に大きくなる。それを承知で「声の大きな」といって、親子の仲のよさを表した。

背番号固く縫ひ付け春の昼 大塚 美佳(浜松)

 春の野球大会に新人として出場が決まったのだろう。明るいうちからユニホームに新しい背番号を縫い付けている。固く縫い付ける姿に子の活躍を願う母親の気持ちが籠る。


    その他触れたかった句     

豆の花郵便局の貸眼鏡
芍薬の二分咲きとなり縛らるる
こんなにも冷たき風に散る桜
チューリップ産声高き女の子
良縁の日取りの決まる桐の花
花丸の丸を大きくこどもの日
柿若葉手押しポンプの水の音
摺り足の追ひつめて行く薪能
賑やかな声登り来る山桜
弟にやさしき姉の春休み
草団子ゑくぼは母の指のあと
夜の雨上がりて初夏の匂ひかな
桐咲けり川の向かうの一軒家
うららかや棚田に海の風の来る
菜の花や電車のシャツの児が走る
菜の花や十戸の峡を明るうす
啓蟄の畑の虫に会ひにゆく

鈴木 利久
大場 澄子
中村 和三
新開 幸子
秋葉 咲女
久保久美子
後藤 春子
加藤三惠子
町田由美子
安部 育子
岡  久子
有川 幸子
田中 知子
石原  緑
三島 信恵
朝日 幸子
埋田 あい


禁無断転載