最終更新日(Update)'22.06.01

白魚火 令和4年6月号 抜粋

 
(通巻第802号)
R4. 3月号へ
R4. 4月号へ
R4. 5月号へ
R4. 7月号へ

6月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   村上 修
「仕込み唄」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
塩野 昌治、野田 弘子
白光秀句  村上 尚子
栃木県白魚火総会俳句大会報告 石岡ヒロ子
浜松白魚火会第二十四回総会及び俳句大会 渡辺 強
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
江連 江女、萩原 峯子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(磐田)村上 修

お茶菓子を添へて新茶を子に送る  横田 美佐子
          (令和三年八月号 白魚火集より)
 作者のご自宅の静岡県牧之原市は、日本有数のお茶の産地として知られている。
 徳川幕府の崩壊により明治維新を迎え、士族や大井川川越人足の入植により大規模な開拓開墾がなされた。
 掲句だが、愛情をもって収穫した地元の新茶を先ずもって子供さんへ送ることにした。それに加え好きだったであろう菓子を一緒に入れようと思い立った。そんな親心が垣間見える。親子の情は切っても切れるものでなく、その深さは計り知れないものがある。
 荷物を開けたときの子どもさんの喜びの声が聞こえてくる。

赤ん坊の手足いそがし若楓  西山 弓子
          (令和三年八月号 白魚火集より)
 ベビーカーが止まっている。そこには目に入れても痛くないほどかわいい赤ん坊が座っている。余程気持が良いのだろう。いつになくせわしく手足を動かしている。それは喜びの表現でもある。子供さんが元気でいることは家族の幸せでもある。この赤ん坊に多くの幸せあらんことを祈る。一人で遊び回る日もそう遠くはないであろう。

歩きては休むリハビリ燕飛ぶ  佐藤 あき
          (令和三年八月号 白魚火集より)
 ご病気か交通事故に遭われたのだろうか。先ずはお見舞い申し上げます。
 今まで五体満足で、出来ないことがなかった方が突然不自由な身になると、その苦痛は計り知れないものがある。
 快癒のためには治療とリハビリが欠かせないことは言うまでもない。歩いては休み、また歩く。この繰り返しが快方に向かう大きな手立てとなることだろう。自由に大空を飛び回る燕のように元気になられる日も遠くはないと信じている。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 流れ若布 (静岡)鈴木 三都夫
初蝶のひらり消えたる黄なりけり
歩々楽し日を浴び蝶を道連れに
好きな道梅のころには梅探り
ほぐれつつ焔立ちたる牡丹の芽
夜桜に灯の点りたる朧かな
命愛し散華と浴びし花ふぶき
流れ若布をほまちに拾ひ海女老いぬ
並べ干す浜を狭しと砂若布

 さくら (出雲)安食 彰彦
蹲踞の縁にこぼるる紅馬酔木
紫木蓮まつ青な空雨あがり
花の昼愛宕の山の慰霊塔
花万朶彼の世へ友は逝きにけり
初恋のひとと思はる花の昼
さくらさくら海をみてゐる露兵墓
樹木医に叱らる万朶の桜かな
靖国のさくら静かに咲き満つる

 鳥の恋 (浜松)村上 尚子
磐座にからむ木の根や鳥の恋
見頃なる梅に日暮のきてゐたり
廻廊を踏み外したるうかれ猫
土筆摘むつくしの影を踏みながら
内陣の灯の漏れてゐる春の雪
持ち寄りの菓子のいろいろ春炬燵
春ともし朱塗の椀に貝の舌
春落葉寄せて庭の日置きなほす

 正文忌 (浜松)渥美 絹代
茨の芽吹き七度目の正文忌
合格を決めてバットを振つてをり
畝立てし畑彼岸の雨ふくむ
春休み山羊の仔連れて土手をゆく
鳶の笛降りたる土手に蓬摘む
柵に角擦りたる山羊や風光る
裁縫の母風船を打ち返す
門前に笛の工房燕来る

 好きな水 (唐津)小浜 史都女
ネーブルの臍まで食べて春を待つ
鷺一羽動かず春愁かも知れぬ
切れさうな薙刀の反り冴返る
初蝶のはや好きな花好きな水
白魚待つこころに風もやはらぎし
蜷の道どこが始めか終りやら
雛の家もものかたちの釘隠し
御髪なでときに抱きしめ雛納む

 都踊 (名張)檜林 弘一
鍵盤に十指の走る初つばめ
秒針の上り下りや蝶の昼
白木蓮の光潤ませ開きけり
山羊の仔のはつきりメエと鳴く日永
暮れゆける鴟尾に集まる春の星
緞帳のゆらぎに都踊待つ
緩みなき茎を伸ばして君子蘭
恋猫のひと悶着のあと無音

 朝青龍 (宇都宮)中村 國司
落椿そ知らぬ風に檻の鶴
蒙古風朝青龍のなつかしく
止め処なく地震や戦や花便り
春耕に爺の真赤なトラクター
葱坊主忿怒を思ひ出だしをる
せんさうの虚実の色目春夕焼
花ぐもり心してゆく寛永寺
あふぐ眼の力にこたへ山桜

 緑立つ (東広島)渡邉 春枝
日脚伸ぶ本屋にめくる旅の本
ポケットの大き前掛け水温む
非常時の持ち出し鞄春疾風
芽柳のゆれて原爆ドーム前
潮の香の川面にゆるる花筏
城垣の石に刻印緑立つ
うららかや縁側に解くもつれ糸
一言に心安らぐ朧の夜

 鹿毛 (北見)金田 野歩女
雪代の海に馴染まぬまゝ沖へ
海明の荷揚げを狙ふ鷗かな
注文の本取りに行く雪解道
腸の苦みも嚙んで目刺好き
風光る鬣靡く牧の鹿毛
五輪後の祝の幟春の空
朧夜や発句の語彙を並べ替へ
春禽の番朝日のど真ん中

 名残の花 (東京)寺澤 朝子
詩歌刻む腰掛石や春の風
別れ行く山河称へて卒業歌
白木蓮ほころび初むる医家の門
花朧いつしか点る街路灯
花明り塔に寄木の真柱
落花霏々塀延々と(上野寛永寺にて三句)将軍廟
暗れなづむ水面に結び花筏
一山に名残の花や忌を修す

 平和な空 (旭川)平間 純一
鬼ぐるみの芽先天突く雪解光
榛の花吊橋ゆれて人ゆれて
囀や笹小屋(チセ)建替ふる話など
霾や平和な空を届けたし
春雪や花の切手で便り出す
白樺のなまめく木肌鳥交む
春風にそそのかされて靴新調
子を抱きし鰊ふくふく煮付けらる

 鳥帰る (宇都宮)星田 一草
春北風野州に雲の伸し掛かる
春の川瀬づきの雑魚の犇めける
涅槃図に慟哭あふる静寂かな
鷹鳩と化し蒼天に輪を描く
子らの声追ひかけてゆくしやぼん玉
啓蟄の土を蹴散らす鴉かな
花こぶし疎水の流れ勢ひ立つ
鳥帰る戦のけむり遠くして

 草団子 (栃木)柴山 要作
羽搏ちしきり北帰の近き大白鳥
天蓋は淡墨桜経蔵址
田虫地蔵牛乳瓶に黄水仙
先づ停戦そして平和を黄水仙
畑を打つ嫗の鍬のよきリズム
シャツ腰に闊歩の嫗花菜風
供へたる草団子の香妣笑める
暮遅し子らボール蹴る裏通り

 春炬燵 (群馬)篠原 庄治
揺れ動く湯豆腐掬ひ独り酒
転た寝の出来る至福や春炬燵
棄て畑の隅の老梅花ざかり
囀や耳柔膨よかな観世音
観音の御手を足場に鳥交る
師の句集書架に戻せり朧の夜
鋤き返す土に咲きたる花吹雪
漕ぎ手無し行く先何処花筏

 春昼 (浜松)弓場 忠義
春昼のひかりを返す鳩の胸
ルーペもて歳時記を読む日永かな
香煙のひとゆれしたる入り彼岸
花図鑑の表紙に春の埃かな
春眠のこのまゝ死なばそれもよし
天井に風船あづけ寝る子かな
桜鯛の目玉大きくうしほ汁
月光に触れて落ちたる白椿

 桜 (東広島)奥田 積
眼前にまた遠山に花こぶし
山に谷に寺の甍や養花天
摘みたての蕗みそ飯の炊きあがる
初つばめ家を離るる子の家に
ランドセル背負うてピース朝ざくら
酒蔵名の献灯いくつ夕桜
満開の桜に夕日落ちかかる
玉垣に嘉助長吉桜散る

 蜆舟 (出雲)渡部 美知子
利休忌の朝を待ちて椿落つ
光さす湖心を遠く蜆舟
御社へ一灯献ず花辛夷
蛇穴を出で神垣をすべりゆく
行平に分葱を散らす一人の餉
待つことに慣れてしまひぬ春愁
のどけしや薄く影ひく石畳
簸川野に風を遊ばす遅日かな



鳥雲集
巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 白墨の粉 (出雲)三原 白鴉
畦焼の火の色見せず進みけり
台秤の目盛千瓩山笑ふ
たんぽぽや子牛市場に畜霊碑
ひとしきり軒に囃して初燕
下校子に土筆の道の続きけり
手ではたく白墨の粉花曇

 高々と (浜松)林 浩世
水温む乳母車より子をおろす
卒業のトランペットを高々と
波一つひとつが光り残る鴨
山笑ふロープウェーを吐き出して
春光や山の名記す方位盤
初燕木の看板の外科醫院

 梅日和 (東広島)挾間 敏子
茶の席に神父来てをり梅日和
薪正しく積んで棲みをり梅白し
啓蟄や垣に干しある靴五足
ふしくれの手に愛でらるる桜貝
蓋開けて覗く古井戸花の昼
四階へ吊らるるピアノ風光る

 山鳩の声 (宇都宮)星 揚子
全身で声出す園児黄水仙
手押し車止めて蓬を摘んでをり
春空へがうと気球の上がりけり
警官の桜吹雪に立てりけり
ひんやりと枝の切り口春夕べ
清明の山鳩の声よく弾む

 変はらぬものに (出雲)岡 あさ乃
お悔やみの語尾の消え入り春の雪
ミキサー車の緩き回転霾ぐもり
めん鶏の急に駆け出す出開帳
窯出しの壺のほてりや鳥交む
花筏堰あることをまだ知らず
竹の秋変はらぬものに里ことば

 落葉松 (松江)西村 松子
料峭や石棺に朱の残りをり
落葉松の奥に透けたる春落暉
もう見えぬ帰雁の列をなほ仰ぐ
雀わつと集まる木ありうららけし
はじめて聴く牛の心音草青む
風光る子等は手に手に棒を持ち

 春愁 (浜松)佐藤 升子
山笑ふ赤子に見つめられてをり
とりわけし鶯餅に箸のあと
雲ひとつ浮かんでをりぬ蓬餅
春の灯の透くる雨傘ひらきけり
春愁や磨き上げたる銀の匙
畦塗の鍬のてぎはを見てをりぬ

 町の朧 (江別)西田 美木子
熊の皮敷きある広間冴返る
時打たぬ柱時計の余寒かな
笹起くる時の風音水の音
鳥の影過る窓辺や風光る
オレンジの街灯町の朧かな
コンサートの余韻あたため春の宵

 野鳥の絵 (牧之原)大塚 澄江
啓蟄やほつこり土の息づかひ
鳥雲に防潮堤に野鳥の絵
げんげ摘み母手づくりの首飾り
やり直し出来ぬ齢や万愚節
難解なパズルが解けて亀鳴けり
卵塔のあたり地獄の釜の蓋

 初音 (東広島)吉田 美鈴
山峡の靄晴れ渡る初音かな
園丁の歌洩れ来たり牡丹の芽
川舟のゆつくり転舵柳絮とぶ
木の芽風園芸店に立ち寄りて
あたたかや壁に花壇のレイアウト
干満表掲げ日永の船乗場



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 塩野 昌治(浜松)
下宿屋の狭き階段鳥雲に
卒業歌寄せては返す片男波
一角に父祖の墓置き春田打
木の芽晴歩けば海に出てゐたり
春眠をむさぼる犀に土ぼこり

 野田 弘子(出雲)
坂山住みの庭に数多の若布干す
ものの芽の眩しきまでに尖りけり
種袋振りて赤子をあやしけり
蒲公英やケーキの自動販売機
入学の荷に添へてやる金平糖



白光秀句
村上尚子

卒業歌寄せては返す片男波 塩野 昌治(浜松)

〈若の浦に潮満ち来れば葦辺をさしてたづ鳴き渡る〉は山部赤人の歌。和歌の浦に突出する砂嘴を見て歌われたものである。作者がここの出身地と分かれば、この句の世界は広がるばかりである。古里を出てかなりの歳月が経っている今、「卒業歌」により波音と共に当時の景色、そして恩師や友人の姿がはっきりと見えてきたのだろう。
  木の芽晴歩けば海に出てゐたり
 春の到来と共に木々の芽吹きが始まる。人間も同じように、冬の間閉じ籠っていた反動のように日差しに誘われて外へ出たくなる。
 作者は十年程前、日本の海岸線を歩いて一周したことがある。そして一冊の本を出版した。そんな思い出にもつながる作品である。

蒲公英やケーキの自動販売機 野田 弘子(出雲)

 かつて自動販売機で最も多かったのはたばこだったような気がする。その後ジュースやお茶、コーヒーが一般的になり、次いでアイスクリームや卵、ラーメンなども見られるようになった。人手不足の解消や店の休日や夜間でも利用できるという利便性がある。しかし無人であるが故に機械が壊されて窃盗に遭うなどの弊害もあるという。ケーキの自動販売機はまだ見たことがないが、蒲公英が咲くような場所にあるとは珍しい。思わず買ってみたくなる。
  種袋振りて赤子をあやしけり
 春になると種物屋に限らず、スーパーなどでも野菜や花の種を売っているのを見掛ける。どの袋の図柄も最高の出来栄えで客の目をそそる。「種袋」の句の大方は「振る」、又は「音」という固定観念にとらわれやすい。しかしこの句の「赤子をあやしけり」には新鮮みがある。

しぶといと米寿祝され花の下 谷口 泰子(唐津)

 余程親しい仲間同志のお花見であろう。日頃の若々しい行動を見て思わず出た「しぶとい」という言葉。〈へこたれず粘り強い〉という意味もある。長年周囲への心くばりを欠かさずに頑張ってこられたのだろう。

菜の花に地球明るくなりにけり 内田 景子(唐津)

 本来は菜種油を採るためのものだが、今では観光用にも栽培される。広大な土地一面を黄色に染め上げた景色は、まさに地球全体が明るくなったような気がする。

沈丁の香やうたたねの妻のゐて 鈴木 利久(浜松)

 花に気付く前に香りでその存在に気付くことのある沈丁。その香りの届く部屋に「うたた寝の妻」の姿がある。そんな時、声を掛けないのは思いやりの一つ。平和な時間である。

菓子皿に軽羹ふたつ春の山 三島 明美(出雲)

 軽羹は山芋を原料とすることから、十月から四月までの鹿児島地方の季節の菓子として長い歴史を持っている。軽羹を食べながら目の前に見える春の山へ心を寄せている。

山鳩の声を遠くに雛祭 若林 眞弓(鳥取)

 女児の幸福、成長を祈って行われる雛祭だが、最近は家庭だけではなく色々な場所でもするようになった。「山鳩の声を遠くに」と言われれば、豊かな自然に囲まれた建物が思い浮かぶ。多くのやさしい目に見守られての雛祭である。

三人で分け合ふ五個の桜もち 清水あゆこ(出雲)

 五個の桜もちを前に、三人がそれぞれ思案している。食べ物を分け合うのは実に楽しい。最初は一つずつ。残りは二つ。さて、そのあとはどうしよう。手っ取り早いのはやはりじゃんけんか?

白魚の枡で買はれてゆきにけり 鳥越 千波(唐津)

 新鮮な白魚を買える場所は最近特に限定される。また「枡で買はれて…」からは、売手と買手の日頃の様子までも見えてくる。早速踊り食いでもするのだろうか。産地ならではの光景である。

叱られて蒲公英の絮吹いてをり 坂口 悦子(苫小牧)

 蒲公英の咲いている姿もかわいいが、丸い絮毛となった姿も捨てがたい。そのままおけば風に飛ばされてゆくが、ここでは叱られた子の息によって飛ばされている。思わぬ様子に叱られたことも忘れてしまうだろう。

苗木市父にねだりし肩車 五十嵐好夫(札幌)

 苗木市は、縁日などに寺社の境内や参道で数日間だけ開かれることが多かった。最近は大型店舗で日常的に行われている。そんな今の光景から、ふと思い出した遠い遠い日の父と二人だけの懐かしい思い出である。


  その他の感銘句

コーヒーにミルク渦巻く春の雷
春服をたたみ明日は何するか
奥の間を昼より灯し雛飾る
手紙書くだけの文机桃の花
珈琲に溶けゆく砂糖木の芽雨
遠山を背に菜の花の十町歩
啓蟄や恐竜になる紙粘土
海猫渡る碇泊中の巡視艇
坂の街の喫茶に憩ふ雪の果
白樺の樹皮に縦皺二月尽
菜種梅雨積ん読だけの文庫本
たまゆらの東風に飛び付く風見鶏
落花浴び誰のものでもなきベンチ
壇上をヒール響かせ新社員
雨の日も晴れの日もあり葱坊主

山田 哲夫
安藤 春芦
渥美 尚作
安部実知子
郷原 和子
三加茂紀子
福本 國愛
三浦 紗和
赤城 節子
吉田 智子
稗田 秋美
曽布川允男
冨田 松江
土井 義則
横田美佐子



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

 宇都宮 江連 江女
心地好き誦経のながる朝ざくら
新品の自転車とばす花の道
真青なる空に飛び発つ花吹雪
打合せすぐに纒まる春ショール
末黒野の立木を捕へ夕日落つ

 旭川 萩原 峯子
貝塚のもろき貝殻鳥曇
降りつつも空の明るし春の雪
あたたかや小さき匙の離乳食
春筍の湿りの残る産毛かな
小鳥らの好む木のあり囀れり



白魚火秀句
白岩敏秀

打合せすぐに纏まる春ショール 江連 江女(宇都宮)

 春のよく晴れたある日、ある場所に約束の時刻に集まった女性たち。さっと打ち合わせを済ませて、春ショールを靡かせながら颯爽と次の行動に移っていった。アクティブな現代の女性らしい一ショット。句に明るさとスピードが感じられる。
  真青なる空に飛び発つ花吹雪
 花吹雪は水平か斜めに飛んで行くものだが、この花びらは空へ飛び発った。「真青なる空」で風生の〈まさをなる空よりしだれざくらかな〉を思い起こす。風生句は上から下へ、揚句は下から上へと構図を逆にして、「空に飛び発つ」と言ったところに、作者の気持ちの弾みがある。

春筍の湿りの残る産毛かな 萩原 峯子(旭川)

 筍が盛んに出回るのは初夏だが、春の筍もある。その時期の筍を貰った。何も言わずに置いていったが、持てばずっしりとした重みがある。産毛にはまだ湿りが残っている。それは朝掘の筍の証拠である。新鮮な筍を前に色々な料理を考えている作者。
  降りつつも空の明るし春の雪
 押しつぶすような鉛色の空から、明るい空となって降る雪。厳しい冬に閉じ込められた人達には救いの明るさである。明るい空は春が本格的に動き始める前兆である。北国の人が目で捉えた喜びの春である。

白寿とは尊きことよ桜咲く 鮎瀬  汀(栃木)

 日本人の平均寿命は男女ともに八十歳を越えて人生百年時代と言われる。「白寿」は九十九歳である。これを「めでたい」とか「喜ばしい」ではなく「尊き」と表現。この言葉には周囲への感謝がこめられている。作者は白寿になられるが、欠詠されたことがない。

春風や旅の始まるエアポート 中山  仰(千葉)

 「…やゝ年も暮れ、春立てる霞の空に…そゞろ神の物につきて」と奥の細道への旅に出た芭蕉。春には旅を誘う魔性が潜んでいるようだ。昔の旅は徒歩だが、今は乗り物。ヘップバーンが春風にスカーフを靡かせながら、飛行機のタラップを上る映画のような場面。行く先はフランスかモナコか。

まつすぐに落花の渦を踏みしめて 清水あゆこ(出雲)

 「落花の渦」とは地面に落ちた花が強い風によって渦巻いていること。散るときには渦はおきない。何か心に決めたことがあるのか、きっと前方を見詰めて歩く。そう思わせる「まつすぐ」であり、「踏みしめて」である。

雪解急牧の木柵現はるる 石田 千穂(札幌)

 視界を遮るものがないほどの一面の雪野原である。立春を過ぎると、吹く風や降る雨に暖かさが加わって、雪解けが早まってきた。雪解けの中で真っ先に現れたのは牧の柵だという。そのことで積雪の高さが分かり、「雪解急」で春を喜ぶ雪国の人の気持ちが伝わる。

みちのくの空に風船海に供花 髙橋とし子(磐田)

 あの日は寒い日であった。二○一一年三月一一日、東日本に大地震が起こった。あれから十一年。毎年、夫々の地区で鎮魂の催しが行われている一方で、行方不明者の懸命な捜索が続けられている。今年も空へ風船を上げ、海へ花束を浮かべて追悼が行われた。事実を淡々と述べているところに悲しみの深さがある。

啓蟄や先鋒として蟻二匹 上松 陽子(宇都宮)

 今年の啓蟄は三月五日。「蟻穴を出づ」の季語もある。啓蟄になると早速に穴から蟻が二匹出て来て、周囲を窺っている。大事な巣や女王蟻を守る為には必要な役目である。「先鋒」と言って、後ろに控える大軍を想像させている。

若草やスーツの背中逞しく 小栗 裕子(浜松)

 初めて出社する息子を送り出しているところ。きっちりとスーツを着こなして、逞しい背中を見せて出でゆく息子。長い間の苦労を忘れる一瞬である。若草がフレッシュ。

下萌や堤に力戻り来る 大石美枝子(牧之原)

 いつも歩き馴れているコースなのだろう。歩く足裏に感じる堤の土に弾力があるように感じた。見れば、草萌が始まっている。草の成長を助けるために堤に力が戻ってきたと感じたところが独特。人も何かのきっかけで元気が出ることがある。


    その他触れたかった句     

漣の光の寄する春の湖
雛納終へたる膝をくづしけり
涅槃西風舟屋の梁に潮見表
消しゴムの真つ新な角大試験
水切りの石を滑らせ春の湖
担ぎ来し青竹下ろす簗瀬かな
海猫渡る未完の鉄路アーチ橋
入り彼岸冷たき雨に降られけり
古草や夕日の中に鍬洗ふ
水かけて青む砥石や芹の花
茶の芽立つ優しく雨に促され
早春や夢見るやうに子の笑ふ
満開の桜の中に閉校す
サスペンス読みをへし日の蜆汁
如月や漬物樽の一つ空く
チューリップ閉ぢて一日の終はりけり
雪解けて屋根に明るき夕日かな

中村喜久子
浅井 勝子
松崎  勝
福本 國愛
神保紀和子
脇山 石菖
松田独楽子
鈴木瑣都子
水出もとめ
藤原 益世
大石 初代
淺井まこと
佐々木智枝子
岡本 正子
佐久間ちよの
有本 和子
吉崎 ゆき


禁無断転載