最終更新日(Update)'22.03.01

白魚火 令和4年3月号 抜粋

 
(通巻第799号)
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3月号目次
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季節の一句   岡 あさ乃
「四人の席」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
野田 弘子、渥美 尚作
白光秀句  村上 尚子
栃木白魚火新春俳句大会 柴山 要作
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
後藤 春子、北原 みどり
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(出雲)岡 あさ乃

理科室の小さき化学者うららけし  大平 照子
          (令和三年五月号 白光集より)
 小学校の「理科離れ」という言葉が聞かれるようになり、理科の教科について「好き」と答える子供の割合が、他の科目に比べて低くなっている。屋外での遊びを通しての体験が減り、学習塾や携帯ゲームでの時間が増えていることも一因と考えられている。
 先生の指導の元、グループで頭を突き合わせて豆電球、乾電池、導線のつなぎ方と明かりのつき方を比較しての実験。電球がつけば「やったー」、「ついたー」とか理科室は歓声が上がるでしょう。
 この句の作者は、家族参観をして教室の中で見守っておられたのでしょうか、温かい眼差しを感じることができます。高学年になれば、物質の性質の違いを知り、身の回りの電気の利用や働きに目を輝かせ、一層興味が湧いてくるでしょう。
 二〇二一年のノーベル物理学賞を、日本出身で米国籍の研究者真鍋淑郎氏が受賞されたのは記憶に新しい。「研究というのは好奇心から出るのが大事で、気候変動で物理学賞をもらうとは思ってもいなかったので驚いた」と語られています。
 小さな化学者の好奇心が育ってくれるのを期待しましょう。
 口誦して心地よいリズムの一句です。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 去年今年(静岡)鈴木 三都夫
花鳥諷詠吾が俳諧の去年今年
白寿へと一歩近づく屠蘇祝ふ
初夢と言へば初夢埒も無し
人杖を頼み句碑訪ふ茶花坂
歳一つ句碑にも加へ年迎ふ
手庇に楚々と捉へし冬桜
かく咲きて驕ることなき冬桜
冬桜いつを見頃となく散れる

 去年今年(出雲)安食 彰彦
ひとすぢに白魚火とゆく去年今年
元日の杖をたよりにポストまで
まつさきに赤いポストに御慶かな
来るはずのなき賀状来る丸き文字
初日記出雲平野にオミクロン
初電話言ふほどもなき白魚火誌
三月はや雨降り酒を酌み交す
殿様より電話を貰ふ松の内

 謹白(浜松)村上 尚子
あかべこの頷いてゐる小春かな
出帆のドラの音十二月八日
空也忌の寒雷ひとつ通り過ぐ
ジャケツ買ふ店の鏡に味方され
謹白と書いて筆置く小晦日
ポケットに小銭あたため初詣
双六の富士に長居をしてゐたり
寒に入るビルの灯空へ積み上げて

 クリスマス(浜松)渥美 絹代
干し布団鳥鳴くたびにふくらみぬ
自画像に火の色を足し十二月
師の句碑を訪ひたる夜の虎落笛
綿虫の消え作務僧に火の匂ひ
山羊の子の大きくなりぬクリスマス
数へ日や雀は好きな木に群れて
書肆の灯の届くところに飾売
青色の魚を買へば寒波来る

 さざれ石(唐津)小浜 史都女
大村に大村ざくらいま冬芽
虎口門あととや固き冬木の芽
冬の蝶本丸あとのさざれ石
落葉踏む城下にかくれ切支丹
山茶花の燃ゆる色なり斬首の碑
禁教や膝つき祈る芽水仙
キリシタン大名の墓寒鴉
椿落つ獄門跡のマリアさま

 年迎ふ(名張)檜林 弘一
うたた寝に長き夢見る年の暮
星々の影繋ぎあふ去年今年
雲を割く初日眉間に受けにけり
初詣門に掛けある大草鞋
無駄口は叩いてをらず初鴉
日を浴びてをり千両も万両も
寒鯉の錦を纏ひしづかなる
冬深し時計を置かぬ四畳半

 太陽柱(宇都宮)中村 國司
雪化粧ふ男体山や日の差して
クレーンに冬至の空といふ碧
宇宙船万両は実を赤くせり
踏切に待つ一ときや枇杷の花
裸木や昼の電飾白白と
氷張る巖の字に似て法務局
大節季鴉共鳴して暮るる
新年や嶺に太陽柱を立て
   初明り(東広島)渡邉 春枝
初暦亡き姉の句を読み返す
新しき標識に沿ふ初詣
大杉を神と崇むや初日の出
わが句碑の一文字づつに初明り
一羽来てまた次々と初雀
橙の盃で酌む年酒かな
椅子一つふやす一家の雑煮餅
四世代一つの卓に雑煮食ぶ

 若菜摘(東京)寺澤 朝子
冬晴や梯子担いで庭師来る
やはらかき日差しに落葉降り積もり
ふくと汁かくも長寿を賜ふとは
うらうらと卒寿迎ふる年明くる
若水の一杓まづはみ仏へ
伊勢海老のぴんと髭張る三の重
餅花を飾りし記憶子らの言ふ
移り来て晩節十年若菜摘

 旅の鞄(北見)金田 野歩女
柚子たわわ朝日夕日を余さずに
小流れの音よく響く冬の森
冬麗旅の鞄に詰むるもの
昨夜よりの雪降り積もるしづかさよ
冬の灯を身辺りに置き針仕事
山間にもう灯のともる冬至かな
打ちたての田舎の香り晦日蕎麦
ごまめ食むいと健やかな咀嚼音

 一陽来復(旭川)平間 純一
啜りをる熱きコーヒー枯野中
冬深しきりりと揚がる花火かな
カピバラの吾関せずと冬至風呂
一陽来復明日の勇気たまはれり
お年玉つぎつぎ背丈越されけり
吹雪連れ吹雪とともに漢去る
吹雪霽るドクターヘリの慌ただし
河凍ててアイヌモシリを貫けり

 冬の月(宇都宮)星田 一草
ピノキオの糸切れてゐる十二月
漱石忌応へぬ猫に声掛けて
寒椿いつも誰かを待つ心地
ぽろぽろと音符を散らす花八手
綿虫を攫ひし風に手を伸ばす
更けてより空の広さに冬の月
三角の頂点をゆく鴨の水脈
鳰二つ顔見合はせてまた潜る

 除夜の鐘(栃木)柴山 要作
芽麦一寸夕日を浴びて鶸色に
今日もまた寒禽垣に知己のごと
寒禽の光げ横つ飛ぶ国庁址
倒木に熟寝の鴨の毬五つ
着膨れて一鳥を待つ男どち
紙おむつ買ひ足すことも歳暮かな
歳晩や故山の星の無尽蔵
降る星へ身を反らし打つ除夜の鐘

 去年今年(群馬)篠原 庄治
空鋏鳴らして終はる松手入れ
山眠る裏の竹藪手を掛けず
休耕田軈て野となる枯葎
着ぶくれて座るも立つもどつこいしよ
愚直善し八十路半ばや去年今年
息災を願ふのみなり初詣
独り居や焼き焦がしたる雑煮餅
風下は火の粉煙攻めどんどかな

 冬ざるる(浜松)弓場 忠義
銀杏散る行き交ふ人のやさしくて
漬物の石一つ足す開戦日
まんまるの羅漢の頭冬ざるる
ふところに正文の句碑山眠る
年歩む男五人の昼食会
手を出さぬことが手伝ひ年用意
うたた寝のするりと落つる膝毛布
野水仙荒ぶる海を宥めけり

 読初(東広島)奥田 積
冬青空澄みて浮かべる昼の月
雪の夜の聞くともなしに雪の音
句友逝き暮れゆく年のあかね雲
青春のホワイトリボン初明り
初春や第二子誕生告げてくる
初夢はきらきら海の風車風車
読初は「芭蕉の風景」上下巻
未来とは今日生くること福寿草

 いつもの席(出雲)渡部 美知子
図書館のいつもの席の毛糸帽
冬の田へ万九千(まくせ)の杜の影伸ぶる
轟音といふ他はなし冬怒濤
よく言へば一徹ならむ懐手
冬灯職員室にペンの音
冬菊の震へるままに活けにけり
春支度赤子のための部屋ひとつ
ゆるゆると動き出したり初景色



鳥雲集
巻頭1位から10位のみ

 師走の町(浜松)大村 泰子
朝市の冬菜は泥を付けしまま
ひとすぢの冬日差し込む土蔵かな
鍬の柄に名入りのシール山眠る
背戸に日の逃げてゆきけり水仙花
きほひ良き疏水師走の町抜くる
手作りの聖菓白磁の皿の上

 干支の文鎮(出雲)三原 白鴉
夜の窓叩く湖風蕪汁
大枯木梢に紙のごとき月
淤美豆奴神(おみづぬ)の曳きし山河や初明り
お降りや池面静かに輪を重ぬ
右頰にゑくぼの名残り初鏡
条幅に干支の文鎮筆始

 柳葉魚干す(苫小牧)浅野 数方
柳葉魚干す町いつぱいに焼く匂ひ
あまたある愚痴は御法度のつぺ汁
一病を守り冬至の南瓜切る
一茶忌や起伏正しき心電図
寒禽のつつと踏み入るドッグラン
鋤焼や哀しきことに触れずして

 小春日(浜松)安澤 啓子
小春日や味噌のにほひの藁筵
手のとどく小枝にひとつ返り花
綿虫やあるかなきかの湖の風
野仏に飴玉ひとつ冬ぬくし
朝刊に湿り気十二月八日
落葉踏む頭上に絶えず鳥のこゑ

 根深汁(高松)後藤 政春
縕袍着て平家の裔と名乗らるる
集ひしは甚六ばかり日向ぼこ
滝凍てて誰も通さぬかづら橋
晩節は汚さぬつもり根深汁
雪女郎出でよ今宵は妻の留守
鼻面を寄せ来る馬の息白し

 山眠る(浜松)阿部 芙美子
紅葉且つ散りラメ入りのアイシャドー
障子貼る母の近くに子のねまり
重ね着の袖の三色見えてをり
背の子をあやしてゐたり山眠る
笹鳴の裏山に日の差しにけり
客の来て坐り直しぬ飾売

 尾白鷲(北見)花木 研二
煤逃げの釣果端から当てにせず
斜里岳の天嶮晴るる大旦
一碧の空一点の尾白鷲
初詣橋にも生年月日あり
鉄骨の足場は五寸初仕事
大寒や一戸に一個煙出し

 六花降る(一宮)檜垣 扁理
明治村に入るや令和のコート着て
ともかくも無事が何より布団干す
一刷けのむらさきの雲冬ぬくし
一閃の冬の流星見たりけり
風花や伊吹山より吹いて来し
ひと夜さの銀花の町となりにけり

 冬銀河(静岡)辻 すみよ
急逝の友も在すや冬銀河
だれとなく取り口にする冬苺
泰然と見えゐて遠き雪の富士
無になれば睡魔の襲ふ日向ぼこ
括られしまま枯菊となりにけり
寒柝の飛ばされさうな風の音

 七草(鳥取)保木本さなえ
しばらくは落葉の音に佇みぬ
笹鳴の声の近づき遠ざかる
元朝や山の向かうに山を見て
新雪を踏み新雪をかがやかす
七草といふめでたさを揃へけり
寒灯のひとつひとつに人住める



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 野田 弘子(出雲)
ポインセチア少年の弾くピアノかな
数へ日の三十分を寄席にゐる
行く年の大川口に漁りをり
花束と葛湯をもらひ誕生日
総身を映し手袋買ひにけり

 渥美 尚作(浜松)
ちりぢりに駆け出す子らや開戦日
岩鼻に白波のたちクリスマス
数へ日や水平線に消ゆる船
小屋掛けのあかり煌々飾売
凍つる夜の闇を分けゆく終電車



白光秀句
村上尚子

数へ日の三十分を寄席にゐる 野田 弘子(出雲)

 子供達にとっては〝もういくつ寝るとお正月…。〟と歌いたくなる頃。しかし大人にとってはあれこれと思いを巡らし、多忙な日が続く。そんな貴重な時間に折合いを付けた三十分である。買い物でも大掃除でもなく「寄席」にいたというところが意表を突く。一人だけの時間を過ごし、すっかり心は満たされた。
 その後の家事はきっと捗ったことだろう。
  花束と葛湯をもらひ誕生日
 幾つになっても誕生日を祝ってもらうのは嬉しい。祝われ方も様々だが、花束を貰うのは最も一般的かも知れない。この句はそれに「葛湯」のおまけが付いてきた。
 周囲の気取らない思いやりがありがたい。

数へ日や水平線に消ゆる船 渥美 尚作(浜松)

 巻頭句と同じ「数へ日」だが、場面もおもむきもがらりと変わる。いよいよ押し迫った年末に訪れた海辺から、丁度見かけた船である。はるか水平線に目を凝らしつつ、その行方に思いを馳せ、自身のこの一年を振り返っているのだろう。やがて船影も消え、我を取り戻した。
 同じ年末でも、「数へ日」は年の暮、年の内などとは少し違うニュアンスを持っている。
  岩鼻に白波のたちクリスマス
 先に掲出した句と同じ日に見かけた景かも知れない。海中に見え隠れしている岩には、沖より押し寄せてくる波が風により、吹き千切れるように立ち上がり砕け散る。
 「クリスマス」は得てして固定観念に則って詠まれることが多いなかで、異質な捉え方をしている。
 「クリスマス」の新しい扉が開かれた。

年の瀬やおもちや売場に募金箱 妹尾 福子(雲南)

 クリスマスも含め、正月を控えて子供達には楽しみの多い時期である。お年玉を貰ったら買おうと思っているものもあるだろう。しかし買える子ばかりではない。店主の計らいでそんな子達のために募金箱が置かれた。小さな手から硬貨が落ちる音がした。

極月の音を絶やさず板金屋 坂田 吉康(浜松)

 板金の作業を見ているのか、通りがかりに音だけが聞こえているのか…。聞き馴れているはずの音が、いつもより大きく忙しなく聞こえてきた。極月ならではの心の動きが作用したと思われる。

瓶の底に残るスパイス十二月 徳永 敏子(東広島)

 台所には買ってはみたものの好みの合わないもの、少し使って忘れてしまった調味料や香辛料がある。主婦にとっては当り前として誰も言葉にしてはこなかった。
 俳句にとっても良いスパイスになった。

貰ひ来し猫に名が付き冬ぬくし 落合 勝子(牧之原)

 犬と共に猫はペットの人気者。名前はなんと付けられたのだろう。昔ならさしづめ〝たま〟というところだろうか。膝に置き、猫と一体となって冬の日差しに温まっている。ちなみに二月二十二日は猫の日と言うらしい。

から風や大きな杉と一軒屋 溝口 正泰(磐田)

 〝かかあ天下と空っ風〟は上州地方で使われてきた言葉だが、作者の住む遠州地方も負けないほどの風が吹く。切れとリズムの効果により、目の前の景色が揺るぎないものとなっている。

長生きも誤算の一つ柚子湯浴ぶ 川神俊太郎(東広島)

 「誤算」は一般的には計算の誤りや勘ちがいを言うが、この句はうれしい見込み違いを言っている。現在八十七歳。女性の平均寿命に該当する。柚子湯を浴び、また寿命が伸びることは間違いない。

十二月八日つながり出るティッシュ 永島のりお(松江)

 十二月八日とティッシュペーパーには何の因果関係もない。たまたま取ろうとしたティッシュがずるずると出てきて戸惑っている。
 典型的な取り合わせの妙味である。

山茶花の散りて母屋の勝手口 長島 啓子(栃木)

 屋敷の中に幾つかの建物がある。その中の一つの母屋は家族が一番多く出入りする場所である。そのそばには長い間山茶花が咲いていたが、今はすっかり散ってしまった。勝手口だけが寒々と見えている。

シリウスや鉄路海まで延びてをり 武村 光隆(浜松)

 シリウスは最も明るい光を放ち、古代エジプトにおいて太陽暦の生まれる基準となった星。暗闇には鉄路が海まで延びてゆくのが見える。広大な夜の景は物語が続くように繰り広げられてゆく。


  その他の感銘句

目を閉ぢて亡き夫とゐる柚湯かな
本堂の厨子閉ぢてをり冬紅葉
豪快に笑ふサンタクロースかな
桐の実の鳴り出しさうな風の音
御降りに濡るるポストへ投函す
黄昏の枯野を分かつ鉄路かな
家族分の賽銭にぎり初詣
毛糸編む時折風の走る音
踏んばつて乳飲む子牛十二月
枯蓮風に応へてみな動
伊勢海老や父百歳の髭撫でて
注連飾る納屋に真つ赤なトラクター
錆の浮く引込み線や雪催
鰐の背をブラシでこすり年用意
大縄飛口一文字にとび込みぬ

埋田 あい
中村喜久子
太田尾利恵
藤田 光代
大滝 久江
植松 信一
鈴木 竜川
水出もとめ
佐藤 琴美
山西 悦子
岩井 秀明
菊池 まゆ
山口 悦夫
曽布川允男
中澤 武子



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

 名古屋 後藤 春子
煮炊き鍋片寄せ海女の冬籠
極月や酒屋の土間の鼠罠
どの家も薪積む暮し冬桜
凍て空に瓦職人声飛ばす
検温に顔を翳して去年今年

 飯田 北原 みどり
村ひとつ沈めて冬の霧深し
竜の玉まだ見ぬ海に憧れて
立ち尽くす風の河原の枯すすき
冬銀河旅する宇宙ステーション
満天の星響き合ふ除夜の鐘



白魚火秀句
白岩敏秀

検温に顔を翳して去年今年 後藤 春子(名古屋)

 昨年末頃から収束しそうになっていたコロナウイルスが、再び活発に動き始めている。公共施設や病院に行くと必ず体温を測定される。それも検温器とやらに顔を翳して測る。今もマスクと自粛生活が必要。白魚火八〇〇号大会の今年である。検温なしの大会を行いたいものである。
  どの家も薪積む暮し冬桜
 軒に積まれた薪は囲炉裏か風呂焚きに使われる薪なのであろう。過疎化が進んで疎らになった家々。季語の「冬桜」が働くのは花をぽつりぽつりとつけて、今にも消えそうな風情が数少ない家々の姿に重なるからだろう。

村ひとつ沈めて冬の霧深し 北原みどり(飯田)

 「村ひとつ沈めて」とは何事かと驚かされるが、下五「霧深し」で納得。「誇張も比喩の一種。中途半端でなく、思い切った誇張でないと比喩にならず、従って面白くも何ともないのである」とは仁尾先生の教え。
  満天の星響き合ふ除夜の鐘
 満天の星がきれいに見えるときは空気が冴えて寒さもきびしい。除夜の鐘の一打に満天の星が共鳴して空に響き渡る。響き終われば新しい年の始まり。満天の星の響きの中から新年が生まれて来るような童話的な雰囲気のある句。

白鳥の勝者のごとく着水す 村上  修(磐田)

 白鳥の着水する一瞬を捉えた。白鳥は着水するときは大きく翼を広げ、ブレーキを踏むように両脚を突っ張って止まる。あたりを威圧するように降りて来る白鳥を「勝者のごとく」と表現して、観察の鋭い一句である。中村草田男の〈白鳥といふ一巨花を水に置く〉は着水したあとの景。

盆栽の苔張り替へて年用意 安食 孝洋(出雲)

 鉢などの小さな空間に自然の美を追究する盆栽。その虜になれば抜け出すことが難しいと聞く。家中の年用意を後回しにして、盆栽の手入れをした作者。忙中閑ありという一手が明日への活力になるのだろう。

初詣家内安全のみ祈る 熊倉 一彦(日光)

 元旦には神社や寺院に沢山の善男善女が集まり、色々な願いごとをする。作者は数多くある願いごとを全て捨てて、「家内安全」の一事のみを祈願した。この願いには家族に対する愛情の深さと一家を背負う強い責任感が現れていよう。

家計簿の収支なき日々冬籠 萩原 峯子(旭川)

 家の周囲を雪に囲まれて外出が出来ない毎日。加えてコロナウイルスの影響でステイホームが強いられている。動けば金銭が動くが、動かないので日々の収支に動きがない。日常の活動が制限されて、いたずらに過ぎてゆく日々にさびしさがある。

母の笑み見たくて作る蕪汁 三島 信恵(出雲)

 なんかの事情で台所に立てなくなったのだろうか。そんな母を喜ばせたくて作った蕪汁。ここには多くを言わなくても通い合う親子の深い愛情がある。豪華な料理ではなく日常的な蕪汁に母上の人柄が滲む。

白息を両手にまるく包みけり 石原  緑(鹿沼)

 寒くて空気が乾燥してくると、吐く息が白くなる。普通は息はそのまま吐き出すものだが、両手でまるく包んだという。あまりの寒さに思わず両手を温めている仕草。来ぬ人を待っているドラマの一シーンのようにも映る。

そこだけが日だまりのやう福寿草 上尾 勝彦(東広島)

 福寿草は不思議な花である。光を異常に好むが、つよい光のある夏には消えている。そして光の弱い二月頃から咲き始める。周囲の枯れ色の世界に福寿草の黄色の花は日溜まりのように暖かく見える。花言葉が「幸せを招く」「永久の幸福」と名付けられる所以。

お年玉渡して笑顔貰ひけり 加藤 芳江(牧之原)

 正月になると孫や曾孫などがやがやと来て、家が一気に賑やかになる。従兄弟や親戚に会うのは楽しいことだが、彼らには別の目的もある。正座して畏まっている一人一人にお年玉を渡す。そのたびにお年玉の倍返しの笑顔を貰った。「善をなす者は善に報われる」とはこのことである。


    その他触れたかった句     

防人の海は逆巻く冬の波
数へ日の本棚にまた本増やす
噴煙を上げて浅間の冬深し
雪吊の仕上げに鶴を置きにけり
屋久杉は土偶に似たり小春風
女の手乾く暇なき大晦日
枝渡る寒禽青き羽根持てり
朝の日を集めし冬菜抱き帰る
着ぶくれて旅の計画立ててをり
クリスマス悟空の役を演じけり
牡蠣鍋や再婚すると言ひ始む
生き生きと七輪の炭爆ぜてをり
榛名嶺に手のひら程の冬入日
木の葉雨ふれ合ふ音の乾きたる
時雨来て意宇の湖はたと暮る
雲間より日矢突き刺さる冬の海
冬晴やひかりを揺らす蜘蛛の糸

脇山 石菖
小林さつき
天野 幸尖
野田 弘子
中村喜久子
川本すみ江
原 美香子
友貞クニ子
前川 幹子
山下 直美
髙部 宗夫
高橋 宗潤
関本都留子
山口 和恵
金織 豊子
大石 初代
郷原 和子


禁無断転載