最終更新日(Update)'22.01.01

白魚火 令和4年1月号 抜粋

 
(通巻第797号)
R3. 10月号へ
R3. 11月号へ
R3. 12月号へ
R4. 2月号へ

1月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   塩野 昌治
「くぬぎ山」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
富田 倫代、工藤 智子
白光秀句  村上 尚子
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
村上 修、鍵山 皐月
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(浜松)塩野 昌治

元朝の頰刺す風に向かひけり  相澤 よし子
          (令和三年三月号 白光集より)
 元朝は元日の朝のこと。朝早く初日の出を見に行ったのか、それとも用があり出かけたのだろうか。家から外に出ると、頰を刺すように風が冷たい。作者は牧之原にお住まいの方なので、この風は遠州灘を渡って来る寒風である。新しい年に向かう心構えはすでに出来ているが、改めて気持ちを引き締めている様子が句から読み取れる。「風に向かひけり」のフレーズから、この一年へ決意が表れる元朝にふさわしい一句である。

浜名湖の風走り出す十二月  徳増 眞由美
          (令和三年三月号 白光集より)
 浜松地方は温暖な地であるが、冬になると「遠州の空っ風」と言われる北西風に晒される。いよいよ十二月、年の暮である。浜名湖の周りの山では蜜柑の出荷最盛期、湖には水鳥が羽を休めている。作者は十二月の晴れた一日、師走の慌ただしさを感じながら浜名湖に忙中閑のひと時を過ごしていたが、湖を吹く風の冷たさ、強さに十二月に入ったことを実感しているのである。「風走り出す」というフレーズがよく効いている一句である。

還暦やぱちりとはずる炭のおと  砂間 達也
          (令和三年三月号 白魚火集より)
 還暦は干支が一巡して誕生年の干支に還る事で誕生年に六十を加えた数え六十一歳である。六十五歳定年が定着し、人生百年を目指す人の多いことから還暦というのは今や死語になっているかもしれない。そういっても一つの区切りであるだろう。「ぱちりとはずる炭のおと」から還暦を機に更に飛び立とうと気持ちを奮い立たせている作者の意気込みに勢いを感じる。還暦と言わず古希、傘寿その先までもぱちりと人生を謳歌する作者であることは間違いない。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 月(静岡)鈴木 三都夫
満月を水平線に止め惜しむ
足元へ月光届く渚かな
いく度も無月の空を惜しみけり
更待の徒然にして独り酌む
雨挟み月の七曜終りけり
柿の皮暮しの知恵として干せる
柿一つ孤高に残す木守かな
木守柿役目終へたるごと落ちし

 村祭(出雲)安食 彰彦
灯台へ行く道曲がり焼栄螺
蜘蛛の囲の蜘蛛の眠りてゐたりけり
村祭神事の禰宜の鼻眼鏡
村祭禰宜の呂律の回らずに
大案山子作業服など着こなして
絶え間なくちちろの鳴けり独りの夜
神集ふ珈琲館の赤煉瓦
茶の花に添うて径ある墳墓かな

 父の伝言(浜松)村上 尚子
寝そびれて虫の音と闇ひとつにす
桐一葉父の伝言かも知れず
早口な鳥のきてゐる野分晴
椋鳥の混み合うてゐてぶつからず
目の乾く日なり皇帝ダリアかな
櫨ちぎりときには鉈を振るひけり
遠き日の記憶木犀匂ひくる
括られてより残菊の香を放つ

 どんぐり(浜松)渥美 絹代
鯊釣のときをり光るイヤリング
見慣れたる山の名知らず大根蒔く
墓に来て子はどんぐりを拾ひけり
鯊釣をしばらく眺め通夜に行く
おもひ草鉢に万葉植物園
縄電車木の実を踏んでゆきにけり
マシン油の匂ふ箒や秋夕焼
いわし雲工夫枕木たたきゆく

 山のかたち(唐津)小浜 史都女
暮六つの鐘にしらじら蕎麦の花
川風にこつんと鳴れり烏瓜
もの書きて消して夜長の文机
実となりし八千草いよよ海の紺
がまずみの熟るる高さにバスを待つ
雁のこゑ山のかたちの暮れてゆく
秋深みゆく大ぶりの井戸茶碗
返り花日暮は手足いとほしみ

 暮の秋(名張)檜林 弘一
秋澄むや湖へ寄りあふ山の影
素十忌の木犀の香の一途かな
伊賀焼の猪口のごつごつ走り蕎麦
首塚に少し離れて残る虫
名ばかりの銀座通りや十三夜
長き夜のジャズに気ままな旅心地
穭田を積荷まばらの貨車行ける
門ひとつ残す花街初時雨

 暮の秋(宇都宮)中村 國司
股のぞくあまのはしだて秋ぐもり
モナリザよ大豆引き頃ではないか
秋桜びめうにじやまにならぬ位置
花なれど渡来せいたかあわだちさう
菊おこすはは抱きおこすここちにて
ポケットの零余子ひと片食(かたけ)に貯まる
投票はお済みでせうかいてふ散る
この路地にいかな詩のある暮の秋

 萩の花(東広島)渡邉 春枝
そこだけに風を湧かせて萩の花
秋暑し手首に残る輪ゴム跡
秋気満つ園児遊ばす園の風
使はざる農具錆つく秋湿り
外出のなき日は素顔さんま焼く
蔵通り一筋うらの刈田径
円墳の上を自在の赤とんぼ
再読の漱石全集冬に入る

 栗鼠の尾(北見)金田 野歩女
ころころと植ゑし覚えの無き南瓜
色鳥の庭木に来ては直ぐ去ぬる
菊の香の中に人待つ広場かな
草の絮栗鼠の尾立てて此方向き
木の実落つ句材を拾ふ掌
栗林夫と逸れてしまひさう
丁寧に鉛筆削る文化の日
オホーツク凪ぐ玫瑰の返り花

 身に入む(東京)寺澤 朝子
花絶えぬ路地の祠や昼の虫
秋風やそこら歩くも旅ごころ
いもうとゐて花野にまろび遊びし日
よく嚙んで食べよと医師(くすし)秋渇き
葡萄一と房分かちて夜のまどゐかな
夜の刻の過ぐる速さや後の月
黒々と運河横たふ秋の暮
身に入むや母の遺せしお針箱

 文化の日(旭川)平間 純一
兎ゐるとはしやぐ妻ゐる今日の月
冠雪の大雪山へ鮭還る
葡萄棚ひと房残し仕舞ひけり
十三夜皇女の幸を願ひたり
茶漬食ぶ名残の茄子の一夜漬
神職の箒の先へ色葉散る
文化の日いま百歳の画額展
しぐるるや質屋の蔵の扉を閉ざす

 榠樝の実(宇都宮)星田 一草
曼珠沙華那須の噴煙真直ぐに
水澄めり丸太のやうな鯉ひそむ
三叉路の地蔵に供ふ赤のまま
農を継ぐ子と語りたる良夜かな
足場組む鉄打つ音や天高し
泰然と筑波色なき風の中
榠樝の実熟れてみ空をカンバスに
限りなく胡蝶翔つごと銀杏散る

 一都句碑(栃木)柴山 要作
句友より快癒の電話小鳥来る
旅鞄に採りし花種十粒ほど
ゆつたりと風と分けゆく大花野
パステルで描きたきみどり穭萌ゆ
虫食ひも器量のひとつ榠樝の実
客待ちの女船頭柳散る
行く秋やカレーの匂ふ古書の街
手を触るるわれも露けし一都句碑

 秋の蝶(群馬)篠原 庄治
露草の花は清しきなみだ色
温め酒独り夜長を欲しいまま
馬塚と伝へて丸き露の石
余念なく野花を漁る秋の蝶
煙吐き浅間嶺澄めり野菊晴
山峡に人住む灯り秋深し
差障りなき話して日向ぼこ
老木や生くる証の帰り花

 風のかたち(浜松)弓場 忠義
魚飛んで月の鏡を揺らしをり
籾殻焼く大和三山暮れにけり
秋蝶の横断歩道渡り切る
薄野の風のかたちを見てゐたり
貝割菜やさしくなりぬ畑の面
コスモスの花の海へと子を放す
粒入りのコーンスープや冬に入る
田の神を送りて後の初時雨

 桜紅葉(東広島)奥田 積
秋耕の均せる土のあたたかき
切藁の覆ふ刈田や夕日差し
大池を隈なく染めて秋夕焼
桜紅葉見上ぐる空の深さかな
言葉なく見つめてゆけるピラカンサ
菩提子のゆるる見てをり息をとめ
穭田の道沿ひは穂をつけにけり
倒さるる棟高き家深まる秋

 秋入日(出雲)渡部 美知子
秋入日みんな無口になりにけり
残照を曳きて凜たる三日の月
日の粒を湖上に湛へ秋うらら
木の実降るなほ降る子らの一等地
あきつ飛ぶ簸川平野のど真ん中
後の月無音の町へのぼりくる
一湾の右に左に雁の列
膝折つて幼に合はす赤い羽根



鳥雲集
巻頭1位から10位のみ

 秋の声(浜松)佐藤 升子
かな文字の墨の濃淡虫のこゑ
秋晴の碗に紅茶の透きとほり
流木を浜に拾ひて鰯雲
秋の声ははの机を拭いてをり
からつぽの豚舎に落葉吹きこみぬ
膝にゐる猫に冬日のさしてをり

 種採り(宇都宮)星 揚子
秋の蝶ふはりと浮きてまた止まる
柳散る夕日の中の渡しかな
鶏頭の首撫でて種採りにけり
図書館のステンドグラス小鳥来る
風吹けば飛ばさるる種採りにけり
一羽づつ雀下り来て秋惜しむ

 秋の声(松江)西村 松子
稲架組みて夕星ひとつづつ増やす
舞殿の紙垂に触れたる秋の蝶
水といふ水澄みわたる和紙の里
余生など思はず歩く大花野
秋声や石狐百体耳立てて
法学部の暗き廊下や秋の声

 縄電車(藤枝)横田 じゅんこ
郊原の風の軽さや赤とんぼ
秋風に乗る口笛のありにけり
病棟の灯の消えてより夜寒かな
誕生日の仏と頒つ栗ごはん
それぞれの道来て集ふ紅葉狩
縄電車うしろに冬がついてくる

 秋雲(群馬)鈴木 百合子
琴爪に月の雫のひかりけり
クレーンの伸び切り鱗雲崩す
秋の湖機織るごとく波寄する
小鳥来る庭いつぱいに藁筵
実椿の墓石に落つる音ひとつ
秋雲や黙を深むる浅間山

 野菊晴(東広島)吉田 美鈴
一斉にノックの連打秋高し
晴れ渡る遺跡の丘や草の花
蔦もみぢ這はせ遺跡の資料館
穂芒や拾ひ読みせる開拓碑
青空に浮雲ひとつ柿すだれ
頂上へ最後の一歩野菊晴

 ひよんの実(浜松)林 浩世
どんぐりを踏んで図書館休館日
根のものを大鍋に煮る秋祭
ひよんの実に詰まつてゐたる風の音
草の花ぬた場の土の乾きをり
片脚の無き十月の女郎蜘蛛
暮の秋書肆の匂ひの中にゐて

 一筋の風(出雲)三原 白鴉
身に入むや屋号を刻む浦の墓
青空を透かせて終はる松手入
ワグナーのかかる図書館文化の日
あけすけな女の会話亥の子餅
湖面掃く一筋の風神の旅
鴨立つて湖の均衡破りけり

 波音(隠岐)田口 耕
水占の池に棲みたる鬼やんま
木々めぐり空へ抜けゆく秋の蝶
読み直す「恋の運勢」菊の酒
刀匠の槌より火の粉十三夜
竹林へ雨脚走る冬隣
波音のままに揺れをる枯尾花

 陵の灯り(浜松)大村 泰子
飛石の一つがゆらぎくわりんの実
干魚の目玉を連ね秋の雲
父の忌や萩叢の影足元に
地芝居の終はりの笛のあつけなく
姉を訪ふ我が家の柚子を携へて
陵の灯りつつじの返り花



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 富田 倫代(函館)
徒然の想ひ出話草の絮
秋薔薇空恋ふるごと咲きにけり
抽斗に母の口紅花木槿
螻蛄鳴くや「糖質オフ」のチョコレート
すつぱりと半身に切られ初秋刀魚

 工藤 智子(函館)
惜しみなき風と高きに登りけり
名水で淹るる珈琲秋麗
立ち読みの医学雑誌や秋の暮
賢治忌や南瓜畑を一両車
新酒つぐ四段活用唱へつつ



白光秀句
村上尚子

螻咕鳴くや「糖質オフ」のチョコレート 富田 倫代(函館)

 最近の店先には、見た目にもきれいなスイーツが数多く並び、つい手を出したくなる。しかしそれらの食べ過ぎは健康を害する。その為に〝糖質オフ〟とか〝カロリーオフ〟と銘打って売られているものがあまたあり、チョコレートもその一つである。しかし人間にとって適正な摂取は不可欠である。医師である作者は充分承知しつつ、チョコレートを口に運んでいる。「螻咕鳴く」という手の届きにくい季語と、現代の先進的な言葉との出合いに目が止まった。
  すつぱりと半身に切られ初秋刀魚
 今年も初秋刀魚の高値が話題になった。秋を代表する魚であり、値段に折合いが付いた時に思い切って買う。“ばっさり”ではなく、“すつぱり(・・・・”としたところが秋刀魚にふさわしい。

立ち読みの医学雑誌や秋の暮 工藤 智子(函館)

 白魚火の令和三年二月号の新鋭賞の作者のプロフィールを読み返した。働きながら看護師の資格を取得した努力家である。この日は通勤の帰路に本屋へ立ち寄った。一般的には読み流すことの多い立ち読みだが、目に付いたのはやはり、医療、看護、臨床など、又それらのニュースに関するものだった。しかし、外は既に「秋の暮」である。うしろ髪を引かれる思いでいる作者の姿が目に浮かぶ。
  新酒つぐ四段活用唱へつつ
 四段活用と言えば、かつて国語の時間に全員で唱えた記憶がある。しかしこの場所はがらっと変る。親しい俳句仲間の集りか、あるいは一人だけで呟いているのか。片手にあるのは新酒。こんな時も俳句を忘れていなかった。

色変へぬ松日の本になゐ続く 花輪 宏子(磐田)

 大正十二年の関東大震災は「震災記念日」として俳句にも詠み継がれてきた。記憶に新しいところでは阪神淡路大震災、新潟県中越地震、そして東日本大震災、熊本地震等々・・・。その様な中でも、松は長寿や節操を象徴する姿を崩すことなく、日本の風景を守り続けている。

Uターンの子の乗つてゐる稲刈機 福本 國愛(鳥取)

 最近の人口減少は特に地方において顕著である。そのような中での若者のUターンである。この一人により村は大きな光明を得た思いでいる。どこの家の稲刈機の音より逞しく聞こえてくる。

秋の日を通すステンドグラスかな 太田尾利恵(佐賀)

 教会か美術館のような所だろうか。いずれにしてもステンドグラスは部屋の明かりより、外の光によって一層美しさを増す。よく澄んだ日差しによって浮き出された模様に感嘆の声が漏れてくる。

採り入れし波布草)はぶそう)秋の日の匂ひ 古川美弥子(出雲)

 日本への渡来は江戸時代というが、強壮剤や緩下剤として親しまれてきた。作者のお宅でも一年を通して使えるように、よく乾燥させたものを大切に採り入れているのだろう。ありがたい秋の日差しである。

働きものの妻へ勤労感謝の日 貞広 晃平(東広島)

 勤労感謝の日は歳時記にも「勤労をたっとび、生産を祝い、国民が互いに感謝しあう」と書いてある。その気持を最も身近な奥様へ先ず伝えたかった。

星月夜家族写真に父のをり 中村喜久子(浜松)

 この写真は随分年月が経っているのだろう。細かいことは何も分からないが、その中には確かに父親の姿がある。見ているだけで様々なことを思い出す。外に輝く星の一つ一つが思い出へとつながってゆく。

文机に目薬のある夜長かな 埋田 あい(磐田)

 俳句に目薬が登場すると、必ず〝こぼした〟という結末になる。しかしこの句はただ文机にあるとだけ言っている。「夜長かな」という詠嘆により充分言い尽くされている。

花野道抜けて己に戻りけり 藤原 翠峯(旭川)

 広い花野の中の一本道。日頃のことはすっかり忘れていた。どの位歩いたのだろうか。その道が途切れ、にわかに我に戻った。
 九十歳の澄み切った感性に拍手を送りたい。

返り花杖の要る日と要らぬ日と 佐々木よう子(松江)

 小春日に誘われて外へ出た。人にははっきりした理由は分からなくても、調子の良い日と悪い日がある。季節外れの幾つかの花にも出合い、足取りはますます軽くなるばかりである。


その他の感銘句

井戸水に金気の匂ふ後の月
念入りに莚叩いて秋仕舞
折紙の兎を二つ星月夜
秋土用弱竹すつと立ちてをり
銀葉に香を聞きをり十三夜
秋の宵パーマの似合ふチェロ奏者
林檎ひとつ置いてデッサン入門書
窓際の家族写真や一位の実
秋麗水平線に島二つ
我先に範士にかかる寒稽古
枯芒風が結んで行きにけり
天高し工場の時計正午さす
木犀や人形塚にぬひぐるみ
一片の雲も許さず冬に入る
柳散る青柳町に啄木碑

高橋 茂子
山田ヨシコ
鈴木 敦子
武村 光隆
小林さつき
清水 京子
岡  久子
市川 節子
⻆田 和子
岡部 兼明
篠原  亮
大澤のり子
中山  仰
脇山 石菖
松田独楽子



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

磐田 村上 修
赤とんぼ一番星と入れ替はる
獺祭忌うみ柿一つ手に乗せて
ぬれ縁のきれいに拭かれ秋すだれ
ひよどりの声や補聴器故障中
豊年や駅に雀の降りてきて

唐津 鍵山 皐月
兄老いても農一途なり柿紅葉
秋桜日差しの弱くなりてきし
郵便のバイク素通り秋の暮
冬近し姉の形見に袖とほす
てのひらの薬一気に飲む寒さ



白魚火秀句
白岩敏秀

赤とんぼ一番星と入れ替はる 村上  修(磐田)

 大空に湧き出るほど飛んでいた赤とんぼも日暮が近くなるとだんだん数を減らして空には一番星が輝きはじめた。「入れ替はる」に調和した自然界の営みが描かれている。穏やかな一日であったのだろう。
  ぬれ縁のきれいに拭かれ秋すだれ
 ぬれ縁の簾は夏の強い日差しを遮ってくれると同時に、縁側の乱れも隠してくれた。秋になって日差しも弱くなってきたので、そろそろ簾を仕舞おうとしているところ。秋すだれもぬれ縁もきれいに拭いて、さっぱりした気持ちで秋風に吹かれている。爽気あふれる句。

兄老いても農一途なり柿紅葉 鍵山 皐月(唐津)

 米作りには八十八の手間が掛かるといわれている。そして、その手間のために農家の人には定年がないそうである。作者の兄もまだまだ元気で、現役で農業に打ち込んでいる。兄の来し方をずっと見続けている庭の柿も紅葉して応援をしているようである。
  てのひらの薬一気に飲む寒さ
 若い時分に医者にかかることは稀である。ところが今は、医者に身体を悉知されていて、通院するたびに薬が増えていくことに…。今日もてのひらに錠剤を数えて一気に飲んでいる。外の寒さとはまた違った寒さ。

縄の飛ぶ兼六園の冬支度 高井 弘子(浜松)

 金沢市の兼六園は岡山市の後楽園、水戸市の偕楽園と並ぶ日本三庭園の一つ。ここの雪に備えての雪吊は有名である。「縄の飛ぶ」だけで冬支度の様子を彷彿とさせる。単純化すれば後は読者が想像してくれる。

帰還許可まだ出ぬ町の山粧ふ 舛岡美恵子(福島)

 福島第一原子力発電所事故から十年が経過した。今でも「これより帰還困難区域につき通行止め」の看板に遮られて帰還の叶わない区域がある。何時までも消えぬ放射能。住民の「ふるさとを返せ」の悲痛な声は紅葉した山に届いたのだろうか。

亡き父の写真大事に新走り 福間 弘子(出雲)

 例えば「カンナ」は燃え、帰路は「急ぎ」、自転車は「ペダル踏む」と出てくるように、遺影は必ず「笑む」となる。しかし、この句は「写真大事に」と手垢のつかない表現で、遺影の笑みを読者に想像させている。新走りで一層笑みを深くされたことだろう。

留守番の庭をきれいに文化の日 小嶋都志子(日野)

 文化の日はよい天気。家族でドライブしようとなったが、若い人の邪魔をしてはと留守番を買ってでた。広い家にぽつねんと座っていても暇。そこで、秋晴れに誘われて庭掃除をすることに…。帰ってきた家族に褒められたことは言うまでもない。

嬰囲み父似母似と秋うらら 竹田喜久子(出雲)

 赤ん坊はいつ見ても可愛い。笑ったり、指を摑まれたりすると可愛さが百倍する。この場面もそうなのだろう。目元はお父さん似、口元はお母さん似と賑やかなことである。「赤子のうちは七国七里の者に似る」と言われるように誰に似ても可愛いものである。外とはいわず、家庭内も秋うららの雰囲気。

吐く息に今日から冬とたれか云ふ 唐澤富美女(群馬)

 通勤途上か、友達との会話の中か。吐く息の白さを見て、「今日から冬」と誰かが呟いた。特に気温の変化を感じなかったが、立冬と聞くとにわかに寒さを感じた。何気ない日常の会話から俳句が生まれる。これが俳句の素晴らしさであり、すごさである。

秋夕焼列なし牛の帰り来る 深井サエ子(出雲)

 乳牛の子牛は五月頃に牧場に預けられる。そこで新鮮な牧草を食べ、自然のなかですくすくと育つ。そして、十月頃に飼い主の元へ帰る。牧場に入ることを入牧といい、帰ることを退牧という。これは退牧しているところ。牛の骨格も逞しく、足取りもしっかりしている。牛も飼い主も誇らしげである。

残されし秋風鈴の小さく鳴る 錦織 惠子(浜松)

 夏の間は涼しい音で暑さを和らげてくれた風鈴も、秋になると音がうるさく感じられる。とは言え、風鈴は鳴ることが仕事。風がくれば鳴らざるを得ないが、音は遠慮して小さくなる。役を終えた物の肩身の狭さである。


    その他触れたかった句     

研ぎ汁の香も新米と思ひけり
紅葉散る五重塔の影の中
母といふ小さきしがらみ枇杷の花
秋しぐれ木口の揃ふ薪の束
秋闌けてたたらの里の火入れ式
審査待つ懸崖菊の花八分
新藁の匂へる里となりにけり
落葉掃く乾びし音を掃きにけり
敷石に少し濡れたる紅葉かな
幼子を呼べば小春の鳩の中
五分搗きの新米にある温みかな
新築の一灯加ふ秋の暮
空びんにコスモスの白ばかり挿す
身に入むやしづかな呼吸だけ熱し
止めはねのつよき履歴書鵙の声
とぎ汁を流すも惜しき今年米
居待月墨すりながら待ちにけり

小林さつき
古橋 清隆
永田 喜子
北原みどり
中林 延子
河島 美苑
鈴木  誠
藤田 光代
安藤 春芦
藤江 喨子
板木 啓子
松尾 純子
椙山 幸子
富樫 春奈
材木 朱夏
中西 晃子
田所 ハル


禁無断転載