最終更新日(Update)'21.04.01

白魚火 令和3年4月号 抜粋

 
(通巻第788号)
R3. 1月号へ
R3. 2月号へ
R3. 3月号へ
R3. 5月号へ

4月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   荒井 孝子
「羽衣」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭6句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
山口 悦夫、高橋 茂子
白光秀句  村上 尚子
坑道句会句会報 原 和子
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
塩野 昌治、山西 悦子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(群馬)荒井 孝子

東都いま緊急事態桜散る  寺澤 朝子
          (令和二年六月号 曙集より)
 桜前線が北上し、待望の春の幕開け。希望に燃えた人々の心を打ちのめした突然のコロナウィルスの感染。一年を経ての感染拡大は、更なる医療崩壊へと進んでいます。
 正直なところ俳句どころではない…と言えば叱られそうですが、家籠りのこんな時こそ、気分転換をする俳句があることがせめてもの救いです。
 掲句には、切羽詰まったウィルス感染を、緊急事態と声を上げ、桜を楽しむどころではない悲状な心象を「桜散る」の五音に十二分に託されていると思います。
 角川歳時記の中に
  台風を迎ふ陸上総立して  右城暮石
と詠んだ句がありますが、それを越える異常事態の前ぶれを感じさせます。

灯を消してひとりに深き花の闇  大石 ひろ女
          (令和二年六月号 鳥雲集より)
 眩し過ぎるほどの昼間の満開の桜に、ひとときの安らぎを過ごした作者。一日の花疲れと一人の夜の静けさ。灯を消してより、更に深まる寂しさです。胸が痛みます。
 二人の暮らしが、やがて独りになる時、夫より先には旅立てないとしみじみ思います。

下校の子一人外れて土筆摘む  春日 満子
          (令和二年六月号 白魚火集より)
 華やかな桜の季節、野辺の草花も静かに芽吹き、楚々とした花を咲かせる。賑やかな下校の一団から外れ、一人の少年が畦径を駈けて野原の土筆を摘んでいる。その微笑しい姿に作者は照準を合わせている。しっかり手に握られた土筆は母の許へ。水切りをしてコップに挿した土筆はピンと立ち上がった。母子の嬉しそうな顔。やがて少年は、やさしく、たくましく成長することでしょう。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 椿の里 (静岡)鈴木 三都夫
葉籠りに朱唇緩めし玉椿
逆しまに鳥の啄む椿かな
足元に落ちて地に咲く椿かな
落椿全き花の故知らず
突と地に返り咲きとも落椿
落椿伏しし面をいとほしむ
落椿確とその名を見せにけり
落椿掃くといふより拾ひをり

 雪しんしん (出雲)安食 彰彦
雪しんしん死んではならぬ抽彩君
雪の夜は華都子の句集詠むことに
雪降れば広辞苑より言葉借る
孫の読むジュリスト買へば街は雪
捨て科白吐きたむろする寒鴉
寒鴉影を離して飛びたてり
寒鮒を貰ひ一献すすめをり
日向ぼこ電話のベルもそのままに

 日脚伸ぶ (浜松)村上 尚子
牧草のあをあをと年明けにけり
シャツの首抜け正月の顔となる
両側へ開く大戸や飾臼
鍋底にバターのすべる三日かな
橇の子の声は一直線となり
早梅の一輪にこゑ集まり来
風花や重ねてうすき和紙の色
日脚伸ぶ山の影より山生まれ

 猫ポーズ (唐津)小浜 史都女
晩年の真只中のふところ手
なやらひの終はりしづかに星ひかる
外に飼ふ甕の目高に春立ちぬ
夕は濃き匂ひとなりし末黒風
今日はけふの空に向かひて犬ふぐり
猫ポーズ犬ポーズしてうららかな
天山に日差し残れり浅蜊汁
春や春歩けるところまで歩く

 日光連山 (宇都宮)鶴見 一石子
白鳥の好みし野州生息地
白鳥を待つ西の空北の空
白鳥の第一陣は一の堰
白鳥の百の餌付場日のさせり
白鳥の羽のふくらむ田の恵み
白鳥の餌を探り合ふ頸と頸
リハビリの杖白鳥にかがみよる
日光連山借景とし雪解水

 犬ふぐり (東広島)渡邉 春枝
嘴で小石ころがす寒鴉
寒夕焼鈴を鳴らして猫戻る
糸屑を丸めて捨つる春隣
浅春の手間取つてゐる針孔通し
忘れ鎌捜す畦径犬ふぐり
春耕の鍬打つたびに土匂ふ
落椿流れにまたも裏返り
雑草の生くる力や春の雪

 節分草 (浜松)渥美 絹代
枝打を終へたる山や夕日さす
年用意をりをり鳥の声を聞き
おほどしの月出て風のをさまりぬ
庭を掃く五日の風を受けながら
七草の粥吹き母はもうをらず
大寒の土偶や腰を強く張り
透きとほるスープ暖炉に薪を足す
午後の日の節分草にまはりくる

 番屋 (北見)金田 野歩女
波の花舞ふ板打ちの番屋へと
初景色盆地住まひの十余年
折鶴の箸置き添へて雑煮箸
初笑ひ前歯二本の生え初め
小寒やつるりと剥けぬ茹で卵
冬の灯を手元に熊の毛並彫る
親友と落ち合ふ深雪晴の街
寒明やはち切れさうなペンケース

 寒の雨 (東京)寺澤 朝子
町の名に江戸の名残や梅探る
冬日差し実を鈴成りに車輪梅
術痕にかすかな痛み寒に入る
寒紅梅根方に犬の繋がれて
矍鑠と老医在せり実千両
ふくふくとまことふくふくふくら雀
寒旱一と雨欲しと思ふはも
寺町をひたと僧行く寒の雨

 流氷来 (旭川)平間 純一
文机に溜りし反古や着ぶくれて
深雪晴ひとつ大きく息を吸ふ
おしやべりは遺伝子の所為寒雀
気嵐の隠るる橋に人隠る
凍晴の空へ空へと煙太く
寒天に白く透けゆく昼の月
寒夕焼遠雪嶺のほの紅く
流氷来孕める羊よく眠り

 竜の玉 (宇都宮)星田 一草
隠沼の水は動かずみそさざい
出番待つ吾に似合ひの冬帽子
堰音の光を散らす初景色
手の平に地球の色の竜の玉
神杉の真つ直ぐに立つ初御空
年輪の崩れぬままの榾火かな
竹林の揺れたをやかに初景色
山裾の村の灯点る霜夜かな

 寒紅梅 (栃木)柴山 要作
水光げの遊ぶ反橋実万両
試掘坑走る尼寺跡霜の花
一病の身支へ合ふ日々年新た
際やかに筑波の優耳初御空
初護摩の磴駆け上がるサッカー部
寒晴や牛の尿の湯気立てて
寒紅梅「學校」門の匂ひ立つ
黒々と早や待春のもぐら塚

 冬銀河 (群馬)篠原 庄治
産土の冬日ことりと落ちにけり
冬耕や父祖伝来の十坪畑
湯豆腐の湯気ふつふつと手酌酒
辻神を埋め杣路の深雪かな
火を入れし鍋に鳴きだす寒蜆
岩伝ふ水二三筋凍ゆるむ
冬銀河逝きたる妻の星冴ゆる
立春や木々爪立ちて枝揺する

 初鶏 (浜松)弓場 忠義
初鶏の大地摑みて鳴きにけり
つまみてはごまめのひかるめでたさよ
松籟をとほくに聞くや仏の座
のど仏寒九の水の鳴らしをり
侘助を挿して畳の暮るるかな
蹲踞の水飲む鳥や寒椿
水切りの三つ四つ飛んで日脚伸ぶ
春近しキーホルダーに鈴つけて

 水仙花 (東広島)奥田 積
うつすらと朝日かがやく冬菜畑
ドア叩き届く牡蠣めし夕明かり
虚を抱く杉深閑と淑気かな
初凪や島の向かうに島また島
一輪にある明るさや水仙花
うまさうに水飲む牛や寒の入り
寒中や使ひ切つたる保湿剤
庭先の土掘り返し春を待つ

 蠟芯 (出雲)渡部 美知子
凍つる夜や蠟芯ゆるり立ち上がる
白息とともに祈りの手を解く
病む星を寒満月の皓々と
晴れやかに日本海展ぶ春立つ日
小流れの音に沿ひゆく梅の里
薄氷のささやき合うてくづれけり
冴返る夜やアイロンの蒸気吐く
膝抱いて春の波音聞いてをり



鳥雲集
巻頭1位から6位のみ

 四温 (浜松)佐藤 升子
一身に風の集まる冬なぎさ
福笑おかめの頰にたたみ皺
鉢植ゑの花に水やる二日かな
尖らしてゐる縫初の糸の先
折紙の舟に帆を立て四温かな
水仙や教会にひと入りゆく

 人日 (松江)西村 松子
冬草の青さに鋤簾寝かせけり
枯野てふぬくもりの色踏みてゆく
人日のサーファー波の裏に消ゆ
手話の子の肩に雪片触れにけり
起き抜けの水の甘さよ春立つ日
音もなく潮満ちてくる春の海

 雨上がる (宇都宮)星 揚子
花びらの一枚めくれ冬薔薇
日溜りの顔よく動く寒雀
立春のさざなみ岸に吸はれけり
春浅し音のくぐもる土鈴かな
早春の土手に川面の光かな
末黒野の黒の明るく雨上がる

 春を待つ (江田島)出口 サツエ
屠蘇祝ふ白髪めでたき二人かな
寒椿落ちてますます空青し
冬晴や電車しばらく海に沿ふ
衿もとに赤のぞかせて春を待つ
海よりの風を総身に春隣
浅春の水したたらせ鎌を研ぐ

 雁木みち (宇都宮)中村 國司
わが師そは西本一都雁木みち
川普請鷺のそ知らぬ顔置いて
冬鹿の影を木の間の夕間暮れ
少年の股をくぐれる初日かな
古希過ぎの七種粥といふ味覚
挿せば熱し胸ポケットの寒椿

 蕗のたう (東広島)吉田 美鈴
仰け反りてかざす寒夜の星座盤
乗換への駅の木の椅子毛糸編む
冬晴や機影置かざる滑走路
春浅し伐り口匂ふ雑木山
平飼ひの鶏の長鳴き草青む
堰越ゆる水音高し蕗のたう



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 山口 悦夫(群馬)
初雀くちばし空に向けて鳴く
新春の書店にひらく料理本
水煙の天までとどく出初式
湯上がりの手に絞り出す腁薬
赤城嶺に雲一つなし空つ風

 高橋 茂子(呉)
笹鳴や朝粥に頰湿らせて
護衛艦に一羽舞ひ降り初景色
神木の幣したたらすしづり雪
対岸の灯あをむ寒九かな
ピアノ鳴る蔵のギャラリー日脚伸ぶ



白光秀句
村上尚子

初雀くちばし空に向けて鳴く 山口 悦夫(群馬)

 雀は日本全国で見られ、軒や屋根に巣を作るなど、暮しのなかで最も親しまれている。秋は稲雀と呼ばれるように群れをなして稲穂を啄ばみ被害を及ぼす。冬は寒雀、凍雀などと呼ばれ、餌を求めて人家近くに姿を表わすことが多い。初雀はこれらと区別して元日の雀を指す。「くちばし空に向けて鳴く」の具体的な描写は、他の季節とは異なるめでたさや華やかさを感じさせる。
  新春の書店にひらく料理本
 本を買うとき始めから、これと決めて行くときと、通り掛りに何となく寄って、気に入った本があれば買うという場合がある。この句は後者であろう。日頃は気付かなかったきれいな表紙に誘われ、しばらく楽しんだ。まさに〝目の正月〟である。

護衛艦に一羽舞ひ降り初景色 高橋 茂子(呉)

 呉市にお住まいならではの景色である。呉港は横須賀港と並ぶ海上自衛隊の主要基地である。かつて広島で行なわれた白魚火全国大会の折には、仁尾先生出身の海軍兵学校を訪れ、その道すがら港の威容をまのあたりにした。
 いかめしい護衛艦に、一羽の鳥が降り立っただけで日常の風景と空気の違いを感じ取った。新年の思いを新たにされたことだろう。
  笹鳴や朝粥に頰湿らせて
 炊き上がったばかりの粥を吹きながら食べている。立ち上がる湯気はそのまま頰に伝わってくる。外では鶯が餌を求めて近くの繁みで冬ならではの声で鳴いている。穏やかな一日の始まりである。

釜に置く柄杓こつんと冴返る 中林 延子(雲南)

 湯気の立つ茶釜から一杓の湯を汲みもとの場所へ戻した。そのときのわずかな音が茶室に響いた。静かに進むお点前の心地良い緊張感が読みとれる。

不時着の紙飛行機に寒の雨 鈴木 利久(浜松)

 突然「不時着」と言われて、はっとさせられたが、それが紙飛行機だったというところに詩がある。折しもそこへ降り出した冷たい雨である。余計なことは一切言っていないが、そばにはきっと子供達がいるであろうことは容易に想像がつく。

灯台の細き手摺や空つ風 塚本 美知子(牧之原)

 灯台があればやっぱり上ってみたくなる。目の前は遠州灘である。天候が良ければ視界はどこまでも広がって見える。しかし、そこには〝遠州の空っ風〟がまともに吹きつける。それでも細い手摺を頼りにして雄大な景観を楽しんでいる。
 
針山へ返す待針春近し 野田 弘子(出雲)

 待針を使えば必ず針山へ返すのは当り前のことだが、その当り前に気付き詩にするのが俳句である。全体のリズムをもって春への期待も伝わってくる。何が出来上がるのかと想像させるところも良い。

武蔵野の寒九の星を数へけり 中山 啓子(西東京)

 東京都にありながら、荒川、多摩川、入間川等、多くの自然に恵まれ、農業、文化、交通にも恵まれた台地である。星を見るには場所によってその数や見え方が変わってくる。  「武蔵野」という固有名詞が十七文字以上の世界を想像させる。

窓際に五匹の小犬春を待つ 小杉 好恵(札幌)

 春を待ちわびるのは人間だけではない。犬がそう思うかは別として、五匹の小犬が日の当たる窓際に身を寄せ合っている姿に作者の思いを重ねているのである。北海道にももうすぐ春がやってくる。

筆箱に小さき消しゴム春の宵 脇山 石菖(唐津)

 昼から俳句の推敲を重ねているのだろう。気が付けば外はすっかり暗くなっていた。「小さき消しゴム」は、作者の日々の努力の結果の証でもある。
 
神杉の天辺にゐる寒鴉 中村 美奈子(東広島)

 四季を通じて身近に見掛ける鴉だが、人間にとっては迷惑を被ることが多い。しかし、餌を求めながら寒いなかで佇む姿は哀れでもある。しばし神杉の天辺に立つことで、つかの間の威厳を保っているようにも見える。
 
立春大吉寺に産衣の翻り 五十嵐 藤重(宇都宮)

 立春は二十四節気のなかでも、立夏や立秋、立冬に比べ最も心待ちにされる節目である。寺という場所もさることながら、「立春大吉」と取り合わせることで、一層効果を上げている。


その他の感銘句

冴ゆる夜の睫毛重たくなりにけり
チョコレートの紙で鶴折る春隣
風強き日なりたんぽぽ低く咲く
初鏡祖母似の雛と思ひけり
花柄のタオルを首に寒に入る
二拍子のメトロノームや冬の蠅
息かけて手鏡ふけば春の空
巻き直すマフラー星を見上げたり
読初の眼鏡捜してゐたりけり
童謡の流るる部屋や春隣
買初に赤き靴下足しにけり
真夜中の氷柱は星の色をして
マフラーをぐるりと巻いてバスを待つ
冬雲雀新幹線の過ぎにけり
拍手の音にも寒さありにけり

小林さつき
稗田 秋美
原 美香子
高田 茂子
森  志保
古橋 清隆
中西 晃子
市野 惠子
前川 幹子
大石美枝子
花輪 宏子
工藤 智子
内山 純子
榛葉 君江
髙添すみれ



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

浜松 塩野 昌治
初空へ水跳ね上げて鳥発てり
卵割る音の乾きて寒に入る
雪をんなそば屋の蔵の明り窓
大寒の背骨一本正しけり
積んでおくだけの本買ふ春隣

牧之原 山西 悦子
晩年や苦を楽にかへ去年今年
初鏡生くる幸せうつしけり
住めば都初富士拝む我が窓辺
寒紅を差して齢を忘れけり
樹氷林とは音もなく色もなし



白魚火秀句
白岩敏秀

初空へ水跳ね上げて鳥発てり 塩野 昌治(浜松)

 風のない穏やかな湖である。水鳥が一斉に水しぶきを上げて飛び立った、その一瞬の光景を捉えた。水を跳ね上げたとたんに、水はきらきら輝いて空へ散っていった。それだけでも十分なのだが、「初空」を斡旋することで句に広がりが生まれた。巧みである。
  卵割る音の乾きて寒に入る
 「乾き」「寒に」とカ音を重ねて、寒卵の白いつややかな冷たさを表現。おのずと割る音の固さも想像させる。音が持つ不思議な連想力。

初鏡生くる幸せうつしけり 山西 悦子(牧之原)

 新年になって初めて向かう鏡。皺の数とか口紅の色などを飛び越して、いきなり「生くる幸せ」と言い切った。生きて生かされている幸せ、充実した生活の幸せ。ポジティブな気持ちに新年の喜びがある。
  晩年や苦を楽にかへ去年今年
 晩年とあるから、以前は苦が多かったのだろうか。しかし、その苦があったからこそ、今の楽がある。「苦は楽の種」と昔から言い習わされてきた。励まされる一句である。 

遅れゐる鴛鴦を待つ水輪かな 土江 比露(出雲)

 「鴛鴦夫婦」とか「鴛鴦の契り」とか仲の良い代名詞のように使われる。たしかに雄雌が並んで泳いだり、後ろをついて泳いだり、仲のよいことは言うまでもない。この遅れ来る鴛鴦を「待つ水輪」は愛情の深さを示す頂点である。鴛鴦の生態を見事に捉えている。

餅花をつけたる竹のしなりかな 伊藤 達雄(名古屋)

 餅花は餅や団子を竹などにつけて飾り豊作を祈る。餅花がしなるのは当然のことなのだが、ゆさゆさと撓っているのは縁起物をたくさんつけているからだ、と思わせるところが手柄。芭蕉の「謂ひ応せて何かある」(全部言ってどうする。言わないことによって、言わない大きな世界を広げる)を思い起こさせる。

休日の本降りとなる寒の雨 中村喜久子(浜松)

 コロナウイルスの流行で家籠りの日が続いた。せめて休日に気晴らしにと外出の準備をしていたところが、生憎の雨。止むかと待っていたが、いよいよ本降りとなってきた。楽しみの出鼻をくじかれた悔しさがにじむ。いつまでも降り続く寒の雨…。

外灯のぱつと点りぬ猫の恋 竹内 芳子(群馬)

 思わぬときにセンサー付きの外灯が点った。人声も人影もないことをいぶかっていると、目の前を恋猫がさっと横切っていった。上五中七で驚かせておいて「猫の恋」と種明し。「恋は盲目」というが、恋猫には明るさも暗さも一向にお構いなし。一途なのである。

初仕事ちいさな頰の集ひたる 浅野千惠子(東広島)

 正月が明けて早速の初仕事。園内には正月を両親と過ごした子ども達の元気な声が響いている。服を引っ張られたり、手にタッチされるなど園児たちに囲まれて保母さんの忙しいこと…。ちいさな頰に元気を貰って、新しい一年が始まる。

指栞挟むマニュアル大試験 材木 朱夏(東広島)

 指栞―読んでいるところに栞の代わりに指を挟むこと。辞書にない言葉であるが、経験した人もいると思う。読書中に目を休めたり、小休憩して、素早くもとのページに戻れて便利であるが、この句の指栞には読書と違ってつよい緊迫感がある、即ち大試験。試験は今も昔も、学生にとって重大事である。

牙をむく冬の束風日本海 沢中キヨヱ(函館)

 束風はたま(玉)風ともいう。東北・北陸の日本海沿岸地方で吹く北西の季節風。柳田國男は「悪霊が吹かせ、危難をもたらす悪風」と言っている(「風位考」)。束風は冬の季語であるが、「冬の束風」と畳みかけて重ねることによってその凶暴さが強まる。北海道の沿岸部に住む人の実感。

万葉の峡に住み馴れ寒桜 山崎てる子(江津)

 万葉の峡とは柿本人麻呂が没した石見の国(島根県)の鴨山のこと。没年は和銅元年(七一○)奈良遷都のころらしい。〈鴨山の岩根し枕けるわれをかも 知らにと妹が待ちつつあらむ〉―鴨山の石を枕に横たわっている私のことを知らずに妻は待ち続けているのだろうか―。人麻呂が国司として赴任した石見は今、寒桜が盛りである。


    その他触れたかった句     

音といふ音吸ひ尽くし雪止みぬ
切干のちぢれ具合の日数かな
母の忌の漬物小屋の寒さかな
風花や峰の風車を遠くして
冬ざれの岬に重き波の音
葬列の早梅の香に触れ行けり
逆様に金魚の泳ぐ寒の水
薄氷のゆるゆる水に還りけり
雨滂沱安達ケ原の冬桜
雪三日効果の見えぬストレッチ
目薬の反り身の映る窓に雪
北風の吹き止み星の数増やす
和紙の里氷柱の里となりにけり
吐く息を拳が突いて寒稽古
幸せなふりしてひとり毛糸編む

沼澤 敏美
柴田まさ江
徳永 敏子
山田 哲夫
三浦マリ子
長田 弘子
米沢 茂子
伊東美代子
舛岡美恵子
稗田 秋美
鈴木 利枝
岡田眞理子
安部 育子
品川美保子
渡邉知恵子


禁無断転載