最終更新日(Update)'20.10.01

白魚火 令和2年10月号 抜粋

 
(通巻第782号)
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10月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   森 淳子
「狐雨」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭6句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
        高田 喜代、根本 敦子
白光秀句  村上 尚子
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       鈴木 敬子、塩野 昌治
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(函館)森 淳子

さよならと言ふ間もなくて夏終はる  安川 理江
         (令和元年十二月号白魚火集より)
 北海道の夏は短い。半袖を着ることもなく過ぎる夏もある。
 この句のように本当に「さよならと言ふ間」もないくらいである。だからこそ夏休を楽しみに彼此と計画を立てる。そう海へ山へと出掛けるのだ。キャンプは高学年のお兄さん、お姉さんが弟や妹の面倒をみる又とない教育の場である。父母は教育懇談会と称し夜遅くまで話し合ったものである。あれから何十年経ったことだろう。作者の夏はきっと充実した日々であったことと思う。

秋天や音合はせする吹奏部  石川 純子
         (令和元年十二月号白魚火集より)
 吾が家の前は高等学校である。新学期と共にクラブ活動が始まる。その一つに吹奏楽部がある。中学校から始めた生徒は別として初めて楽器を扱う生徒は大変である。その不協和音に思わず窓を閉める。しかし日々の努力の甲斐もあり秋の文化祭には素晴らしい演奏を聞かせてくれる。それと共に運動部も然り全道大会に向けて練習に余念がない。新入生を励ましながら伴走する上級生の額に汗が光る。頑張れ!! 曾て戦争があり、男子校であったこの学校の卒業生の多くが戦場に散った悲しい歴史がある。青空の下白球を追う生徒の元気な声を聞くにつけ平和な世を願うばかりである。

入れ替ふる師の短冊や秋の朝  藤田 眞美
         (令和元年十二月号白魚火集より)
 師の短冊を何枚もお持ちの作者は季節ごとに入れ替えるとのこと、羨ましい限りである。
 私も全国大会に参加した折いただいた先生方の色紙短冊を大切に保管しており、時折り眺めることが有るが不思議な力を感じる。
 今朝はどんな句に替えたのだろうか。今は秋、さあ吟行に出掛けよう。御健吟を。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 花菖蒲 (静岡)鈴木 三都夫
葉を撓め風の見せたる蓮かな
目瞑れば蓮の浄土の馥郁と
蓮の花開ききつたる危ふさよ
花びらの総てを曝し蓮終はる
はんなりと風を去なして花菖蒲
花菖蒲後ろ姿のなかりけり
花菖蒲科を作るは妍競ふ
摘花終へ色蘇る菖蒲かな

 油蟬 (出雲)安食 彰彦
はたと止む吾が肩にゐる油蟬
吾の肩にいまだひるまず油蟬
油蟬戦ひ終はる日も鳴けり
蟬の尿Yシャツに受けたぢろぎぬ
尿をかけ明日は死ぬかも油蟬
度忘れの一語をひろふ油蟬
鳴き声に句点のなくて油蟬
油蟬電話の中に鳴きゐたる

 常磐木落葉 (浜松)村上 尚子
にはとりの道へ出てゐる芒種かな
裏庭へ午後の日柚子の花匂ふ
十粒づつ分けて残りのさくらんぼ
ずるずるとファックス届く半夏雨
重宝な軒の古釘吊しのぶ
夢殿の前にきてゐる蟻の列
交番はいつも留守なり金魚玉
難しき神の名常磐木落葉踏む

 父の手 (唐津)小浜 史都女
暮るるまで畑でききゐる時鳥
堰を越す水の厚さや夏つばめ
藩窯の谷に谺す草刈機
文机の角より梅雨の明けにけり
漂うて海を知らざる蓮の舟
父の手の温みをわする土用あい
短夜の宇宙が見えて宇宙船
七人の敵もむかしよかき氷

 蕎麦の花 (宇都宮)鶴見 一石子
賜りしハイビスカスに力得し
仏桑花黄が咲き朱に力瘤
微睡みし真夏の夢の珊瑚礁
涼しさや万緑の山列なりて
八方ヶ原の眺望雷来るか
花木槿百歳までは生き抜かん
箒川いよいよ水の澄めるなり
会津西街道左右の蕎麦の花

 ひろしま忌 (東広島)渡邉 春枝
朝涼や長き棋戦の始まりぬ
新緑の中深息をくり返す
白南風や両手につつむ嬰の頬
月涼し心に満つるワインの香
母よりも祖母の思ひ出柏餅
非常時の持ち出し鞄梅雨明くる
ひと雨のあとの青空蟬の声
せめてもの珈琲を断つひろしま忌

 地球儀 (浜松)渥美 絹代
荒梅雨の縁に針箱ひろげたり
薫風や木馬小さく口開けて
地球儀に冷房の風よくあたる
板の間に編みたての籠白雨過ぐ
青鷺の飲み込むもののひかりたる
夏燕濁流を打ち翻る
吊つて売る浮輪ときをり鈴の鳴る
道を問ふ青き葡萄の棚に入り

 青畳 (北見)金田 野歩女
乗り継ぎの駅舎一人と子燕と
河骨の孤高にまみゆ山の池
下車のバス空車となりて万緑へ
青虎杖温泉街の赤い川
夏衣の仮縫ひ着丈微調整
青畳子等の旨寝や葭簾
屯田兵人形の寺風涼し
棚経の僧の褒めゐる子の正座

 夕涼し (函館)今井 星女
窓といふ窓あけ放つ夏の朝
句帳手に外へ出でよと夏の朝
夕涼しリハビリを兼ね外出す
夕涼し句帳片手に歩きけり
病室の窓に眺むる星涼し
夕涼したいくつといふ言葉なし
八月や手許に憲法手帳あり
八月や「デイサービス」に甘えをり

 新盆 (東京)寺澤 朝子
在所とは佳きかな蛍見に来よと
不忍池に蓮咲くころを家ごもり
どう呼んでも振り向かぬ猫日日草
ホームレス小屋も灯ともし梅雨深し
終生を立山恋うて麦こがし
四恩講話涼しく風の吹くことよ
独り身はひとりの思案木槿咲く
新盆や遺影に添ふる位記勲記

 退屈な床屋 (旭川)平間 純一
寄り道の恩師の破顔茄子の花
初生りの胡瓜の棘のきらめきて
この晴れを分けてあげたや梅雨出水
純血のフチの木墓や青葉木菟
(フチ=アイヌの刀自のこと)
蟻働く朽ちしビッキの木墓かな
(ビッキ=アイヌの彫刻家の名)
退屈な床屋鉢植ゑなすに水
晩夏光天をまさぐる九蓋草
五弦琴 ( トンコリ ) の祈りの歌や天の川
(トンコリ=アイヌの楽器)

 風鈴 (宇都宮)星田 一草
破れ傘雑木林に岐路多し
思ひ出はあはあはとして合歓の花
暮れなづむ沼を囲みて行々子
参道の神杉幽らし鴨足草
江戸風鈴宙に金魚を泳がせて
五月雨や告知のまなこやさしげに
山梔子の香の通ひ来る試歩の道
結論はお預けにして氷菓食ぶ

 さみだるる (栃木)柴山 要作
甲斐駒ヶ岳 ( かいこま ) の光背のごと雲の峰
野仏の頬打つ日照雨合歓の花
夏萩や桂扉真白き御唐門
庫裏上棟一山統ぶる蟬時雨
田虫地蔵尊 ( たむしぢぎう ) 見遣る故山の青田波
眼裏に残る瑠璃の尾蜥蜴消ゆ
病妻に氷菓買ひ来て二人舐む
さみだるる日露戦争戦捷碑

 夏了はる (群馬)篠原 庄治
共絡みして這ひ上がる瓜の蔓
農棄つる納屋の太梁蛇の衣
紫陽花の彩蘇る昨夜の雨
老鶯や語尾を引締め啼き納め
冷索麺啜り独りの昼餉かな
掃除機の吐く風黴の匂ひかな
吹き抜くる風の涼しき通し土間
甚平を干して畳んで夏了はる

 夜の秋 (浜松)弓場 忠義
ぐんぐんと坂東太郎立ち上る
天金の書を捲りつつ夜の秋
裸の子方程式を解いてをり
島の沢蟹ふむまいぞ踏むまいぞ
合歓の花天文台の屋根ひらく
石ころの文鎮一つ文月かな
残る蚊とて一筋縄にはゆかぬなり
吊るされてより鬼灯の明らかに

 をみなへし (東広島)奥田 積
藁屋根の厚きがうれし凌霄花
雨音に目覚めて麦茶飲みにけり
にほやかに遠会釈して水を打つ
花の数たれも数へず立葵
そよごの実見上げてをれば通草の実
お迎へにはかどらぬ足夕かなかな
新涼の中吉といふ神籤引く
ゆるるともなくゆれてゐるをみなへし



鳥雲集
巻頭1位から6位のみ

 水中花 (浜松)佐藤 升子
いつしかに児の声消えて合歓の花
ゆつくりと貨車の過ぎゆく月見草
大いなる溜息ひとつ水中花
水中花朝の光の中にあり
三伏やきりんの舌が眼の前に
粗壁に吊る鎌二本日の盛

 ひまはり (浜松)安澤 啓子
艶やかなる翅のさみどり蟬生まる
病室に聞く六月の雨の音
夕焼や菜園に撒く川の水
睡蓮の花芽手入れの舟傾ぐ
ひまはりの背より夕日沈みけり
倉の戸に古き落書ちちろ虫

 土器片 (出雲)三原 白鴉
裏町やどこかで風鈴鳴つてをり
おはぐろの息つぐ如く趐開く
田の端の小さき円墳草茂る
湖の風田の風を入れ夏座敷
のうぜんや立て掛けられてゐる梯子
籾痕の残る土器片早稲熟るる

 露涼し (苫小牧)浅野 数方
昼灯すガス燈一基鷗外忌
退院のけふを賜り露涼し
冷房の程よき風に目覚めたり
子をあやす如の介護や韮の花
ラベンダー蹴散らしてくる風の色
最北の島より島へ晩夏光

 夏深し (名張)檜林 弘一
干物屋の日焼の腕よく動く
大花火空を見上ぐること久し
夜の秋や魚の肌へ塩を打つ
子蟷螂立派な斧を上げてをり
モジリアニの女の眼秋に入る
わだつみの宿る葉月の波がしら

 青田 (群馬)鈴木 百合子
山梔子の花の香の雨雫かな
分蘖の始まる青田風孕む
篠笛に添へたる指や月涼し
百合の香の満つる仏間に稿起こす
花合歓の雨中にありてなほ静か
墓石の梵字をなぞる緑雨かな



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 高田 喜代 (札幌)
さつき咲く縁側のある公民館
白南風や丘の校舎の楽聞こゆ
下町の花屋夕べの水を打つ
行水のひとつ盥に姉いもと
地べたはふ毛虫ときどき空を見る

 根本 敦子 (北見)
両肩に食ひ込むザック雲の峰
木道は一方通行ちんぐるま
雲がゆき風が撫でゆくお花畑
大夏野傾け機体上昇中
漆黒のサロベツ原野星流る



白光秀句
村上尚子

行水のひとつ盥に姉いもと 高田 喜代(札幌)

 行水は、夕方庭先で盥に日向水などを使ってするのが本来の姿だったが、風呂が普及しているこの頃では、子供達の娯楽として行なうことが多い。盥も昔ながらの木製より、カラフルな樹脂製のものが目に付く。
 一つの盥に姉妹が一緒に入っている。狭い光景だが、その姿と声ははち切れんばかりに伝わってくる。最近ほとんど見ることがなくなった木の盥が懐かしい。
  下町の花屋夕べの水を打つ
 商家では特に朝夕の掃除を大切にしている。今日も一日が終わろうとしている。日頃花屋に並べられている花はいずれもきれいに整えられているが、それ迄にする作業は大変である。仕舞う時も同じである。「夕べの水を打つ」は、一日の感謝の気持でもある。

大夏野傾け機体上昇中 根本 敦子(北見)

 爆音を上げて滑走路を進んだ飛行機は、やがて離陸し、機体を傾けつつ目的地へ向かう体勢をとった。地上で見えていた夏野は高度を上げると共にみるみる広がってゆく。
 ほんの数分間のことだが、誰にでも分かる臨場感をもって表現している。目的地への期待も膨らむばかりである。
  漆黒のサロベツ原野星流る
 サロベツ原野というだけで、広大な景色を思い浮かべる。利尻礼文サロベツ国立公園に含まれており、特に水鳥の生息地として国際的にも重要な湿地として、ラムサール条約に登録されている。その夜の風景である。地上に立つと、見えるものは数えきれないほどの星の数と流れ星のみ…。前出句と共にスケールの大きい作品である。

菜園の畝の短し韮の花 大石 益江(牧之原)

 思い立った時、必要な分だけを採れるように、家の近くにある畑。韮は花が咲く前に刈り取って食べるが、そのまま置くと花が咲く。清楚で親しみやすいその姿は、高価な花と比べても見劣ることはない。

潦ぽんと飛び越え梅雨明くる 本倉 裕子(鹿沼)

 公園か運動場に大きな水溜りがあった。日常の些細な行動から梅雨明けを感じ取ったという。作者の若々しい感覚から生まれた一句。

腰砕けして噴水の終はりけり 藤田 光代(牧之原)

 噴水は字のごとく、水を噴出させる装置だが、公園や庭園では色々な工夫がされ、特に夏は多くの人目を引き付ける。水の高さや散らし方もさまざまである。
 「腰砕けして」の表現には思わず目が止まった。笑いと共に良い一日が終わったようだ。

草いきれときどき海の見ゆる道 保木本さなえ(鳥取)

 炎天下に逞しく生い茂った草のそばを黙って歩いていた。気分は決して良くない。しかし、途中には視界が開ける所があり、その都度海が見える。そんな小さな感動も言葉となった。簡潔であり、気持の変化も読みとれる。

一言の長しビールの泡消ゆる 川本すみ江(雲南)

 「ご指名にあずかりまして」と、乾杯の音頭の前置きが発せられた。しかしそのあとが長い……。きっと誰も経験したことのある場面だが、俳句にした人は居なかったようである。

蘆刈りて細き流れの現るる 中間 芙沙(出雲)

 日本国の美称、豊蘆原と言われるように、蘆は四季を通じて季語としても使われている。晩秋に刈り取ったものは、屋根や葭簀の材料にされる。作業の途中、思わぬ所で見えてきた「細き流れ」である。数少なくなった風景を大切にしたい。

ワンタッチで開く日傘や広島忌 秋穂 幸恵(東広島)

 八月六日は、決して忘れてはならない季語の一つでもある「広島忌」。その日たまたまワンタッチで開いた日傘。説明は不要である。「や」の切れ字があってこそ、強く響く一句となった。反戦の気持を込め、大いに詠み継ぎたい季語の一つである。

ドライヤーのコードの捩れ夏の雨 栂野 絹子(出雲)

 電気器具の溢れている現代の暮しに、コードの捩れが気になることは日常茶飯事のことである。この日は雨に濡れた髪を乾かしているのだろうか。俳句の材料は思わぬ所にころがっている。

和鋏の鈴を鳴らして今朝の秋 冨田 松江(牧之原)

和鋏は手の中に握って使う小さな鋏。握った時、取っ手に付けてある小さな鈴が鳴った。特に暑くて長かった夏のせいもあってか、わずかな音にも秋の始めを感じ取った。


  その他の感銘句

周五郎も周平も好き梅雨長し
大花火上がりて一日終はりけり
鎌切の連なり生れ散り散りに
渓流釣り猿の腰掛提げて来る
リビングに弾む声ありメロンの香
土用干母の手織の喪服かな
利尻富士浮かべ涼しき日本海
七夕や子らの願ひに竹撓む
巳の刻の水面に揺るる未草
かばかりの藷挿してあり科学館
消えかかる横断歩道二つ星
緑蔭に移動図書館来て止まる
源内のキャッチコピーや鰻の日
原爆忌私は父に抱かれしか
無農薬の札を掲げて稲穂垂る

村松 綾子
市川 節子
加藤 明子
鈴木 利久
村松ヒサ子
富田 育子
小林さつき
田部井いつ子
福本 國愛
榛葉 君江
砂間 達也
落合 勝子
河島 美苑
平野 健子
佐藤 愛子



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

 磐田 鈴木 敬子
前山の高きと思ふ昼寝覚
半端なる酔ひや金魚を突きをり
秘仏在する床下の蟻地獄
海の匂ひ山の匂ひの夏帽子
タンカーの引く水尾太し晩夏光


 浜松 塩野 昌治
転居して雨の茅の輪を潜りけり
木漏れ日を流す水路や土用の芽
眠る子に日焼の匂ひありにけり
潮騒の聞こゆる夕べ月見草
遠山の暮れかけてゐる網戸かな



白魚火秀句
白岩敏秀

秘仏在する床下の蟻地獄 鈴木 敬子(磐田)

 床上も床下も音のない世界にあって、どちらも一歩も退かない張り詰めた緊張感がただよう。衆生済度の仏と生きるために殺生をするうすばかげろうの幼虫。自分の命の先を知らずに働く蟻。床一枚を隔てて三者三様の動きが強烈である。生きるとは、こういうことかも知れないと思わせる句である。
  タンカーの引く水尾太し晩夏光
 晩夏と聞くと空の色や風の音に秋近しを感じるが、実際には夏の衰えない暑光もある。「水尾太し」には長い航海へ出てゆくタンカーの力強さと焦げ尽くばかりの暑光の眩しさがある。この句の「晩夏光」には先入観にとらわれない、自らの実感を基に詠まれている。

転居して雨の茅の輪を潜りけり 塩野 昌治(浜松)

 作者は磐田市から浜松市へ転居している。慣れ親しんだ地から新しい地での生活は何かと不安であり、戸惑うことも多々あることだろう。しかし、この地にも茅の輪の行事があった。同じ行事や文化を共有することで連帯感が生まれるもの。茅の輪を抜けたときには、スムーズに浜松人になっていたことだろう。
  眠る子に日焼の匂ひありにけり
 宿題を終えた後に野原や川で思い切り遊んできたのだろう。ご飯を食べ終えるやいなや、ぐっすりと眠り込んでしまった。たっぷりと日を浴びて遊んだ子に日焼けの匂いがしたという。汗の匂いを「日焼の匂い」と捉えて新鮮。真夏が子の肌に感じられる。

迎火を済ませて昔話かな 山下 勝康(浜松)

 盆の十三日に身近な親族が集まって、賑やかに迎え火を焚いた。焚き終えると座敷で一息つきながら、がやがやと故人の昔話が始まった。時には笑い、時にはしんみりと…。昔話が盛り上がるのは亡き人への最大の供養。

向日葵や母の晩年穏やかに 新開 幸子(唐津)

 太平洋戦争が終わってから七十五年が過ぎた。今のご高齢の方は戦中、戦後に何らかの形で関わりがある。きっと作者の母上も戦中の苦しみや戦後の食糧難を耐え忍ばれて来られたのであろう。向日葵が真夏の太陽に耐えているように…。苦労を経てきた故の穏やかな晩年。母への労りと感謝の念がにじむ。

蛍とぶ 鉄穴 ( かんな ) 流しの棚田かな 土江 比露(出雲)

 鉄穴流しは砂鉄を含む岩石や土を川や水路に流して、土砂を分離させ純度の高い砂鉄を採集する方法である。山中で行われた場合の跡地は棚田や段々畑として利用される。水や環境が良く、蛍の成育には適しているのだろう。今年も沢山の蛍が飛び、蛍狩りの人たちを喜ばしている。

雲間より明るくなりて蟬時雨 板木 啓子(福山)

 急に空が曇ってきたと思ったら、いきなり雨が降り出した。雨はしばらくして止んで、雲の間が明るくなった途端に蟬時雨。「雨あがる」という常套語を避け「雲間より明るくなり」と表現したことで、情況が明確になり句の空間が広がった。

大欅登り始むる蝸牛 村上千柄子(磐田)

 雨があがったのだろう。根元にじっとしていた蝸牛がゆっくりと動き出した。そして、大欅を登り始めた。気宇壮大な挑戦ではあるがその動きの遅いこと。頂上に着くまでには気の遠くなるほどの時間がかかりそう。

短夜を埋め尽くしたる雨の音 鈴木 花恵(浜松)

 夜の短いのは夏至の頃で午前四時半過ぎには日の出がある。少し夜更かしするとすぐ朝となる。そんな短夜を明け方まで雨が降っていたという。雨音で眠りが浅かったか、雨音を音楽のように楽しんだかによって、一日の気分が違う。いずれにしても、短夜を「埋め尽くしたる雨の音」の把握は巧み。

音のして呼ぶ声のして遠花火 岡本 正子(出雲)

 夕飯を終えて、ゆっくりとテレビを見ているとドーンと大きな音がして、庭から「外に出て」と大きな声。何事かと思わせて下五の「遠花火」と種明し。うまいものである。「外にも出よ触るるばかりに春の月 中村汀女」は春の月の美しさ、こちらは夏の花火の美しさ。


    その他触れたかった句     

操車場貨車つき放す極暑かな
杉多き古窯の森の三光鳥
とろとろと豆を煮てゐる大暑かな
故郷の村麦秋の中にあり
鏡見る少女となりて青林檎
水打つて夕べの来たり花時計
黒南風や八大龍王御社
手花火の照らし出したるおさげ髪
座布団の四隅に金糸秋彼岸
風鈴や糸引くやうな風の道
一樹よりうねりとなりて蟬時雨
草を刈る鎌の冷たき光かな
街中が匂ひ袋のラベンダー
土用鰻てふ幸せを買ふ家路
浴衣着て熱の残れるうなじかな
向日葵や母子に同じ片ゑくぼ
髪洗ふ美しき夜と思ひけり

後藤 春子
鳥越 千波
原 美香子
大原千賀子
小村由美子
若林 眞弓
小林さつき
高井 弘子
池島 慎介
八下田善水
横田美佐子
有本 和子
佐藤やす美
栗原 桃子
材木 朱夏
神保紀和子
松下加り子


禁無断転載