最終更新日(Update)'20.05.01

白魚火 令和2年5月号 抜粋

 
(通巻第777号)
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5月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   中山 雅史
「炭酸水」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭6句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
        西村 ゆうき、若林 光一
白光秀句  村上 尚子
坑道句会二月例会記 小澤 哲世
出雲俳句大会  白魚火社 安食彰彦
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       青木 いく代、川本 すみ江
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(浜松)中山 雅史

抱き寄する子猫の鼓動わが鼓動  渡邉 春枝
         (令和元年六月号 曙集より)
抱いてみるまんまるとなる冬の猫  今井 星女
         (令和元年六月号 曙集より)
オクターブ声裏返る恋の猫  寺田 佳代子
         (令和元年六月号 白魚火集より)
 『猫踏んぢゃった俳句』(村松友視著)は、当初総合誌に連載された際「詠まれた猫」と題されていた。「猫というのはあなどれぬ存在」で「詠んだ」つもりになっているのは人間だけ。実は猫の方が「自分に神経を向ける人間を嗅ぎ分け」「俳句のシャッターを押させてしまう強者(つわもの)」であって「詠ませた猫」でもある(序章)と述べる。
 渡邉氏の句。まだ人に抱かれることに慣れていない子猫だろうか。「恐がらなくてもいいよ」と抱き寄せたら(あまりの可愛さに)こちらの心臓も高鳴ったという句である。こんな子猫のどこが強者かと思うだろうか。いや、三つ子の魂百までである。子猫は抱かれながら「これが人間の女性というものか。確かに母よりは心臓が大きそうだ。おや、鼓動が大きくなったぞ。そんなら力を抜いて眼を閉じてやれ」と思っているのかもしれない。
 今井氏の句。冬の猫を、抱いて「みる」である。渡邉氏の句より猫に距離を置くのだが「猫は炬燵で丸くなる」の通り、抱かれたことを良しとし、その後は膝にでも置いてくれと云わんばかりである。これが最初から眠っている猫なら、ぐたりと身体をのばし「余計なことをするなよ」と寝そべったままである。冬の猫は神経が太いのだ。
 寺田氏の句。こちらは声に変調を来たした猫である。一オクターブ音階が裏返るとは言い得て妙である。裏返った同士の恋の道行は、耳を傾けるだけ野暮というものだが、村松氏の論法なら、舞い上がりつつも「この時期限定のサービスだから、これを詠み逃すなよ」ということになる。猫は瞬時に「詠ませた猫」に成り得るのである。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 冬牡丹 (静岡)鈴木 三都夫
菰内にはにかみ媚ぶる冬牡丹
かんばせを雨に伏せたる冬牡丹
入れてやる傘と二人の冬牡丹
仰向けに落ちて華やぐ椿かな
落椿拾はれさうな二三輪
掃かであることも寺領の落椿
星の綺羅地へ零したる犬ふぐり
盆栽の微塵の芽吹き欺かず

 草青む (出雲)安食 彰彦
一歩一歩ゆつくり歩む草青む
草青むひねもす雨を地にかへす
草青む雨たつぷりとそれでよし
草青む音なき雨をいとほしむ
草青む空晴れわたる日の温み
草青むいとしき庭の一隅に
草青む匂へる土と風の音
草青むひかりやさしく撫でにけり

 しやぼん玉 (浜松)村上 尚子
竹藪の揺れて日の差す一の午
園児らにまなこ貰ひし紙ひひな
寝かされて仕舞ふ人形春の昼
白鳥帰る一本の道あるごとく
白魚の重みを加へ水掬ふ
白魚飯盛る丁寧にていねいに
さへづりや三百段を上り詰め
迷ひたる日のしやぼん玉飛ばしけり

 筑紫潟 (唐津)小浜 史都女
雲厚き日や百年の枝垂梅
草スキー子のこゑはづみ水温む
さざ波は風の道なり春の鴨
百合鷗帰り仕度の羽づくろひ
潟までの一本道や風光る
雛飾り佐賀空港の深閑と
草ひばりセスナの通る筑紫潟
逃げ水を追へば青空市に消ゆ

 会津富士 (宇都宮)鶴見 一石子
長瀞の美景美岩の春の雨
一の堰二の堰芹の水流る
風に伏し陽に伏す峠草青む
鶯のこゑの聞こゆる茶屋牀机
リハビリの杖初蝶を逐へるなり
冴え返る風にどつかと会津嶺
地虫出づ米寿の腰に活を容れ
逃水を追ひあをぞらの会津富士

 春の潮 (東広島)渡邉 春枝
清盛の息吹ただよふ春の潮
春鹿の清盛の像離れざる
うるむ眼をして春鹿の道塞ぐ
縁結びの神社に遊ぶ雀の子
雨上り芽吹きうながす風となり
黄水仙海いく度も色を変へ
朝刊のずしりと重き目借時
欠席の電話つぎつぎ梅見会

 梅 (浜松)渥美 絹代
白梅や蔵の中より人の声
盆梅の散るレコードに針置けば
教卓の梅のほぐるる四時限目
涅槃図の絵解きときをり鳥の声
薔薇の芽や看板小さき鍛冶の家
みづうみに雨の濁りや猟期終ふ
水たまり跳べば椿の一つ落つ
たんぽぽの絮ふるさとの土赤し

 三月の雪 (函館)今井 星女
緋連雀羽根を休めてななかまど
欠航のつづく海峡氷点下
一斉に飛びたつ寒の鴉かな
襲ひくる風邪のウイルス要注意
お互ひに風邪に注意と御挨拶
のら猫が居据つてゐる冬座敷
ちら〳〵と雪降る夜をたのしめり
三月の雪すぐ止んで小買物

 母校 (北見)金田 野歩女
どつと沸く雪合戦の決勝戦
大泣きの児の放りたる鬼の豆
啓蟄や出て来る昨日の探し物
春雷や猫はピクリと耳立つる
牡丹雪舞台に紙片散らすやう
句誌の句に笑ひ誘はる春炬燵
春の旅薩摩切子の桐の箱
百千鳥校門のみの母校かな

 春夕焼 (東京)寺澤 朝子
方一間ほどの交番春きざす
西行忌いま読み返す山家集
うららかや社家の小窓の恋みくじ
末の子の華甲迎ふる三月来
ちりぢりに貰はれ失せし吾の雛
地虫出づ「歩き」がための書肆通ひ
水に寝て陸に遊べり残る鴨
日の沈む方がふるさと春夕焼

 疑心暗鬼 (旭川)平間 純一
四温かな声の間のびの夕鴉
樏の漢髭ばうばうと行く
笙篳篥にいよよ高まる節分祭
年の豆善男善女遠慮なし
立春の風の投げくる雪つぶて
早春の灯をうつし窓暮れにけり
雪しろの川ゆつたりと里を縫ふ
ばつこする疑心暗鬼や霾ぐもり

 座禅草 (宇都宮)星田 一草
ほつほつと桜の冬芽空を透く
あいさつのやうに首振る小白鳥
寒の水一気に飲んで反抗期
薔薇園は棘ばかりなり春寒し
堰落つる水早春を奏でをり
春一番止むとつぷりと日の暮れて
春の宵きのふと同じ夢を乞ふ
野狐のごと耳立ててゐる座禅草

 春宵 (栃木)柴山 要作
寒紅梅學校の文字きつぱりと
先陣は隣家豆打つ子らの声
薄氷を突つけば踊り出す気泡
子犬つれ散歩の少女草青む
沈丁に不意をつかるる夜の路地
遣水に椿たゆたふひとところ
満席の園の茶房や辛夷咲く
春宵や傍に癒えし妻がゐて

 浮雲 (群馬)篠原 庄治
山畑の冬菜みどりに陽を集め
日向ぼこ自慢話に止め処なし
風邪神に隙は見せじと老の意地
浮雲に日裏日表春近し
暖冬やものの芽動く棄て畑
烏賊焼きの出店繁盛午祭
化粧水手窪に温む余寒かな
啓蟄や畑に湯気立つ昨夜の雨

 鳥帰る (浜松)弓場 忠義
篝火の薪足してより鬼やらひ
父の影遠くにありて青き踏む
草を咬み花のやうなる薄氷
一筋のひかりとなりて春の水
みづうみに漣立てて鳥帰る
落雲雀空に天界ある如し
もう海へ帰らぬつもり桜貝
桜の芽雲ゆつたりと流れけり

 春光 (東広島)奥田 積
寒明けを言うて会釈を交はしけり
ビルの窓マンションの窓春立ちぬ
シャッター街抜けて一隅梅の花
浅春の句座のぬくもり持ち帰る
春光の波打ちぎはを歩くかな
野良に立つ煙いくすぢ下萌ゆる
春の鴨水面の照りに浮かびたる
雲雀野を越えて牧舎や農学校



鳥雲集
巻頭1位から6位のみ

 正文忌 (藤枝)横田 じゅんこ
畳針に鈴結びあり針供養
ひもすがら点してありぬ雛の店
吹かれ来し初蝶すぐにゐなくなる
のどかさや歩いてみたき海の上
一つ咲き辛夷たちまち湧き出しぬ
白れんのひとひら散つて正文忌

 春の雲 (宇都宮)星 揚子
尖塔に雲の懸かりて冴返る
観音の目差はるか霾晦
二人で聞くイヤホンバレンタインデー
風少し出で来て光る雪柳
土筆野や三輪車にも籠付いて
砂に名を書いて見する子春の雲

 春泥 (東広島)源 伸枝
早春の日差し翼に鳶舞へり
息かけて拭ふ手鏡寒もどる
雉走り畦の夕日を散らしけり
力瘤大き仁王や鳥交る
春泥に父の足あと深くあり
雨の日は雨の明るさ木々芽吹く

 春炬燵 (出雲)三原 白鴉
膨れゆく二月の川の水の嵩
踏まれたる薄氷白き日を弾く
村営のバスの終点梅日和
とろとろと刻の溶けゆく春炬燵
木の芽晴磴千段を上りきる
祝日の校舎にチャイム春の風

 冴返る (浜松)安澤 啓子
冴返る恵比須柱の拭き込まれ
涅槃図の前電灯の紐下がる
涅槃図や身丈に余る絵解の棒
海風のをりをり通る雛の間
福助の垂れ目ふく耳あたたかし
穴を出し蛇まづ畦の泥を舐む

 芹摘 (牧之原)坂下 昇子
梅に降る雨やはらかき日なりけり
本堂の裏の暗がり落椿
ふつふつと枝垂れ桜の芽吹き初む
せせらぎに木洩日躍る芹を摘む
結び目の未だ解けぬ蝌蚪の紐
潮の香のはつか防風摘みにけり



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 西村 ゆうき(鳥取)
水鳥の遠き羽ばたききらめきぬ
山水の底に楮を晒しをり
縦横に水を去なして紙を漉く
春立つやぶ厚く切つて朝のハム
春光やヨガのポーズの胸そらす

 若林 光一(栃木)
妻の忌の近し棚田に芹を摘む
磴五百火伏せの神に梅ひらく
水温む池の由来を指で読み
山負うて雨情の旧居梅ひらく
病む窓に日光連山春の雪



白光秀句
村上尚子

縦横に水を去なして紙を漉く 西村 ゆうき(鳥取)

 〝紙漉の水の表を使ひけり 掛井広通〟は、第二十五回俳人協会俳句大賞になった作品である。掲句を読み、すぐこの句を思い出した。
 「紙漉」は先人達にも多くの作品があり、とかく類句に陥りやすい。しかし、掛井氏の句もこの句も、作業の様子を真正面に見据えながらそれぞれの発見をした。その場に立てば皆が目にする光景だが、それをいかに自分の言葉で的確に表現するかである。
  山水の底に楮を晒しをり
 身の回りには洋紙が溢れているが、日本特有の手漉和紙は、楮、三椏、雁皮等を原料としてきた。次に必要なものはきれいな水である。寒さのなかで手間ひまのかかる仕事を一つずつ熟し、やっと一枚の紙が漉き上がる。

妻の忌の近し棚田に芹を摘む 若林 光一(栃木)

 奥様を亡くされて何年経つのだろうか。毎月の作品には、日光連山や筑波山をはるかに望み、日々の暮しの様子を丁寧に詠まれている。この日は家の近くの棚田へ出掛け、食べ頃の芹を摘んだ。作者は何をするときもいつも、ありし日の奥様と一緒である。
 読み手にもその思いがしみじみと伝わってくる。
  磴五百火伏せの神に梅ひらく
 近くに火伏せの神様が奉られているのだろう。しかし、そこへ行くのには長い階段を上らなければならない。やっと上り詰めた境内に見付けたのが咲いたばかりの梅の花だった。
 長年の信仰心まで垣間見た思いである。

立春大吉豆大福の豆の数 加藤三恵子(東広島)

 豆大福を食べるとき、豆の大きさや味、やわらかさに加え、その数が気になることは確かである。季語を敢えて副題の「立春大吉」としたところにも、この句の面白さが強調される。あれやこれやと回りの声も賑やかに聞こえてくる。

いつの間に貰ひし風邪のかく重く 髙橋 圭子(札幌)

 ひと言で風邪と言ってもその症状は千差万別。鼻水程度で終わるものから、肺炎や余病を併発して重症化することもある。
 上十二までのフレーズは誰にも思い当たるときがあり、作者の嘆きの声が聞こえてくる。

日を呼びて一かたまりのクロッカス 佐川 春子(飯田)

 十センチほどの高さに、寄り添って咲く姿はいかにもかわいらしい。「日を呼びて」により、互いが励まし合って咲いているように見える。地中で長い冬の寒さを乗り越えた喜びも感じられる。

炙られし潤目だんだん身を反らす 山羽 法子(函館)

 庶民の食べ物として、又お酒飲みにも好まれる潤目である。周囲のことは何も語らず、火の上で炙られている様子だけを捉えている。火が回るにしたがい、「だんだん身を反らす」ことは知っていたはずだが、言われてみれば大いに納得する。

国分寺址行きつ戻りつ青き踏む 高田 茂子(磐田)

 聖武天皇の勅願により、国ごとに建立させた国分寺。作者の住む磐田市にも当時のままの礎石が残り、その栄華を偲ぶことができる。足元に萌え出した草を踏みながら、はるかな時空に思いを馳せている。

しやぼん玉ピアノの角に触れにけり 橋本 快枝(牧之原)

 しゃぼん玉と言えば、とかく空へ目を向けがちだが、この句は視点が新しい。ピアノが外に置かれていても、部屋に置かれていても支障はない。「ピアノの角」に触れたというだけで充分である。

オムライスくづす木の匙暖かし 福本 國愛(鳥取)

 子供達が大好きなオムライス。卵とケチャップの色が見えるだけでもおいしそうに見える。それを食べるとき、一般的な金属のスプーンではなく、「木の匙」だったというところが、この句の主張である。

腕まくりして水餅を摑みけり 太田尾 千代女(佐賀)

 水餅は、黴やひび割れを防ぐため、餅を水に浸して保存するもの。必要に応じて水から取り出して使う。その時の動作が具体的に表現されている。腕にまでこの時期の水の冷たさが伝わってくるのがよく分かる。

掻けさうな岩海苔波を被りけり 柴田 まさ江(牧之原)

 養殖ではなく、岩の上に生育する天然の岩海苔である。波の様子を見ながら作業をしなければならないので危険をともなう。一瞬の油断も許されない。そんな事柄が臨場感をもって表現されている。


  その他の感銘句

暫くは海に馴染まず雪解川
春の雨郵便受けに子の手紙
向き変はる風にマフラー巻きなほす
小さき渦二つ三つあり蘆の角
一合の粥に二つの寒卵
負鶏の供養の鍋を囲みけり
梅東風や仁尾先生の忌日来る
吊し雛人入れ替はる度に揺れ
藍瓶の深き底にも春きざす
若布売り潮のかをりの砂こぼす
卓上に薬袋と福寿草
巫女の部屋の壁に鏡やシクラメン
青空は鳶のカンバス犬ふぐり
のどけしや牛小屋に鳴る鳩時計
啓蟄や爪先遊ぶ靴を買ふ

花木 研二
斎藤 文子
若林 眞弓
鈴木 利久
江⻆トモ子
溝口 正泰
村松 綾子
大滝 久江
金原 恵子
加藤 美保
藤尾千代子
大野 静枝
清水 春代
藤原 益世
田島みつい



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

 浜松 青木 いく代
寒卵こつんと割つてひとりなり
湖の光のとどく野水仙
閏二月さらさら落つる砂時計
子の齢すなはち雛のよはひなる
折雛にやさしき目鼻入れにけり

 雲南 川本 すみ江
梅東風や手許を低く灰を振る
踏み入りて洗ふ長靴水温む
蔵壁とキャッチボールや山笑ふ
泥まみれ振つて靴脱ぐ春休み
海を向き海を背にして田を返す



白魚火秀句
白岩敏秀

子の齢すなはち雛のよはひなる 青木 いく代(浜松)

 子どもの誕生に合わせて買い求めた内裏雛。その子も今では、母となって健やかに孫たちと暮らしている。娘と一緒に成長してきた雛はすでに我が家の一員。雛を前にして、しみじみと時の過ぎてゆく早さを思う。表現にない「老い」のことまで感じさせる。
  寒卵こつんと割つてひとりなり
 寒中の卵は体によいとされているが、一人の食事はさびしい。黙って朝の食事を一人でして、割る卵も一つ、割る音もひとつ。朝の静けさの中で「こつん」と響く音にわびしさがこもる。

海を向き海を背にして田を返す 川本 すみ江(雲南)

 「田を返す」は「耕」(春)の傍題で、冬に固くなった田を鋤き返して、土を細かくすることで、農作業の始まりである。近頃は大型機械で労力をあまり要しなくなったが、それでも運転するのは人である。海に向かうときは潮の匂い、引き返すときは潮風に押され、何度も何度も田を往復する。句のリズムのよさは耕耘機の機嫌のよさである。
  泥まみれ振つて靴脱ぐ春休み
 どこかの野原で、思い切り遊んで帰ってきたのだろう。泥靴のまま帰ってきて、縁側で足を振って靴を脱ごうとしている。手を添えて靴が脱げないほど遊び疲れたということか。学校の勉強や宿題から解放された春休みの楽しさ。

すくすくと育つ幸せ雛祭 鮎瀬 汀(栃木)

 女の子の無事な成長を願って、毎年雛を飾っている。雛を買ったのは子どもが生まれたとき。それから、這い這いが始まり、歩くようになった。今では、片言で言葉を掛けてくれる。元気にすくすく育つ子は両親の喜びは勿論であるが、祖母にとっても喜び。目に入れても痛くないほど可愛い。

ミモザ咲く頃やあいつのこと思ふ 遠坂 耕筰(桐生)

 ミモザが咲く頃になると、決まってあいつのことを思い出すという。あいつと呼ばれる彼と作者の間には青春の素晴らしい時期があり、爾汝の交わりがあったのだろう。ミモザの花言葉には「思い出」とか「友情」があるそうだ。年を重ねるごとに「我が良き友よ」(かまやつ ひろし)を思うこと切である。

集ひ来て散らばる句友浜は春 大菅 たか子(出雲)

 約束の日時に海岸のどこそこに集合。世話役から出句数と出句締切りの時刻の説明を受けて三々五々に散っていく。ある人は一人で、あるいはグループで句を求めて歩く。うらうらと晴れた日のとある浜での吟行句会。句友とはよき仲間であり、ライバルである。

春炬燵郵便受けに音のして 徳増 眞由美(浜松)

 春になると炬燵は不要と思いながら、あればつい入ってしまう。いったん足をいれるとなかなかと抜け出せない。玄関に郵便物が届いたことは知っているのだが、取りに行くのを一寸のばしにしている。春炬燵のもつ心地よい魔性…。

故里の山より風花とんで来る 剱持 妙子(群馬)

 風花は吹越ともいう。「(吹越は)上州側の山腹において吹雪の様相を見せる」と仁尾先生は解説している。風花が故里の山から飛んで来たということは、作者の住む群馬に本格的な冬が来る前触れということ。そこに住む人が捉えた確かな季節感である。

湯加減を父に問ひたる春の宵 品川 美保子(呉)

 「お父さん、お湯加減はいかがですか?」 「うん。あと、ひと焼べ頼む」 やがて、煙突から煙がすっと昇っていく。永くなった日がようやく暮れてきて、子ども達の声が路地から消えていく春の宵。小津映画の穏やかな家庭の一シーンを見るようである。

菜の花や少女に長き休校日 大澤 のり子(飯田)

 今年は新型コロナウイルスの流行で学校は長い休校を余儀なくされた。この句にはそのことが背景にあろう。菜の花の明るい季節に、休校によって、思春期の貴重な一日一日が無為に流れていく無念さが「長き休校日」にこめられている。


    その他触れたかった句     

猫の耳ぴくと三寒四温かな
甲斐信濃つなぐ街道黄砂降る
漬物を仕込みし納屋の冴返る
廃校の百葉箱や桜東風
杏咲き空の明るくなりにけり
子どもらの素直な俳句梅真白
虫出しの雷や朝刊濡れてつく
歩きたき日なり沈丁よく香る
猫の恋門灯感知してともる
優しさも時にはつかれ枝垂梅
ふくよかな稲荷鮨喰ふ一の午
朧月母から齢聞かれをり
春寒や星の数増す帰り道
校門を見据ゑて潜る受験生
春光の雜木林の小径かな
定置網広ごる海に春の風
囀の聞こゆる空を見上げけり

吉川 紀子
宮澤  薫
松原 政利
廣川 惠子
本倉 裕子
相澤よし子
榎並 妙子
原 美香子
川上 征夫
鍵山 皐月
伊藤 達雄
松山記代美
佐藤 淑子
松本 光吉
早川三知子
井原 栄子
清水 京子


禁無断転載