最終更新日(Update)'13.08.01

白魚火 平成25年8月号 抜粋

 
(通巻第696号)
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 8月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    石川 寿樹
「文 机」(近詠) 仁尾正文
曙集鳥雲集(一部掲載)安食彰彦ほか
白光集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
       
星  揚子 、弓場 忠義  ほか    
白光秀句  白岩敏秀
鳥雲逍遥  青木華都子
句会報  鹿沼と「いまたか句会」  高内 尚子
白魚火集(仁尾正文選)(巻頭句のみ掲載)
          吉川 紀子、星  揚子 ほか
白魚火秀句 仁尾正文


季節の一句

(出雲) 石川 寿樹    


籠枕度忘れ多き頭置く  鈴木喜久栄
(平成二十四年十月号 白魚火集より)

 還暦を過ぎてから、名前が思い出せなかったり、忘れ物が多くなったりで、我ながら情けなくなる時がある。
 この作者は、避けて通れない老いの情けなさを、ただ単に嘆くだけではなく、この上ない一句に仕立て上げられた。その技量たるや、見事である。
 最近の俳句は、滑稽味に乏しいと言われるが、大いに学びたいと思う。

暁の風なまぬるき原爆忌  西田  稔
(平成二十四年十月号 白魚火集より)

 小学校の修学旅行で、初めて広島の原爆記念館を訪れた。その時受けた衝撃を、今でも忘れることができない。最近、憲法第九条の見直しが声高に叫ばれているが、「喉元過ぎれば」であってはなるまい。
 八月六日は、原爆が投下された日である。その日も、朝から「なまぬるき風」が吹いていたのであろうか。「二度と許すまじ」との作者の強い思いが伝わってくる。

石ひとつケルンに重ね山下る  舛岡美恵子
(平成二十四年十月号 白魚火集より)

 学生の頃、友達に誘われて、穂高岳や白馬岳に登ったことがある。余りのきつさに、二度と山など登るまいと思うのだが、しばらく経って、また登りたいと思うから不思議である。
 作者は、相当経験を積まれた登山家であろう。苦労して頂上を極めた達成感が、また一つケルンに石を置かせるのであろうか。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 出雲大社  安食彰彦
賑はひの門前町や出雲朱夏
梅雨雲を押し上ぐるごと千木聳ゆ
炎天の千木を眺めて黙考す
数珠繋ぎの車をつつむ梅雨曇
門前町の警備の男暑に耐ふる
門前町東西南北梅雨深し
また眺めゐる神苑の夏舞台
夏燕銅の鳥居をくぐりけり

 あめんぼう  青木華都子
蹲をこぼれ落ちたるあめんぼう
水の輪に水輪重ねて水馬
牛蛙鳴くやのんどをふくらませ
落し文お地蔵さまの膝の上
葉の先に来て天道虫つひに落つ
渓流の水すれすれに夏の蝶
暮れてよりいよよ蛙の田となれり
雨粒が雨脚となり雷兆す

 杉  山  白岩敏秀
桐の花郵便局へ橋渡る
青蜥蝪砂丘の隅を走りけり
若葉風力をこめて鍋磨く
杉山に昼餉をひらくほととぎす
草笛の野の音となる少年期
海鳴りの砂丘金雀枝咲きあふれ
ひとすぢの音ひとすぢの滝の水
振れば鳴る新茶の封を切りにけり

 ものがたり  坂本タカ女 
谷地蕗やてんてこ舞ひの豆水車
移り気な蜂くる蝦夷の延胡索
靜けさの渉る水面や水芭蕉
水飲みにくる山鳩や水芭蕉
種おろすこれより米のものがたり
白鳥のこゑ帰りゆく盆地かな
桜咲き満ち鎮魂碑軍馬の碑
見に来たる牛見当らず春惜しむ

 緑 摘 む  鈴木三都夫
緑摘む竹結界を外しけり
緑摘む庭の要の一樹より
摘み終へし松の緑の男ぶり
延滝の音のかそけき茶室かな
老鶯の声ふりかぶる観世音
群落の著莪に埋もれし趺坐羅漢
散り際を取り乱したる牡丹かな
牡丹の崩れし一部始終かな
 郭  公  山根仙花
春落葉掃きかけてあり僧不在
蛙鳴き夜の闇重くなりにけり
麦熟れて風腥くなりにけり
締め直すネクタイの紺風五月
濯ぎもの若葉の匂ひして乾く
柿若葉てらてら大き日を返す
海の青空の青五月のカレンダー
郭公や話の弾む夕餉の座

 豊 後 梅  小浜史都女
午後からも海風強し姫女苑
風荒れて立浪草の立ちあがる
棕櫚の花匂ひ城址に孝女の碑
甲冑の朱房涼しく結びあり
献上の蛸唐草の壺涼し
麻のれん糀屋とあり糀箱
家老屋敷真昼さびしと牛蛙
まろまろと捥ぎごろなりし豊後梅

 奉  祝  小林梨花
緑陰の奥より響く神楽笛
国譲りとふ神楽舞ふ推若葉
万緑の杜に地の神天の神
まつさらな千木夏空へ刺さりけり
神苑の桂並木の青葉かな
奉祝の提灯門に夏館
八足門軋ませ閉ざす夕薄暑
梅雨深し雪洞灯る御神前

 師の一句  鶴見一石子
麦秋の畝の先なる岩手富士
廃坑となりし入口滴れる
風鈴を吊りて客待ち風を待つ
戦中の話に勢み武具飾る
師の一句見入る扇を使ひをり
雲海を吐きて育てし羅臼岳
宿房の百疊三間の夏座敷
夏炉燃ゆゆらりゆらゆら鬼女の面

 朴 の 花  渡邉春枝
夏に入る風のそよぎも水音も
白牡丹夜のとばりの幾重にも
老鴬のしきりに雨の大山寺
吊橋に定員のあり渓若葉
なほ奥に住む人のあり朴の花
標高七〇〇山芍薬の群生地
梅雨晴れや帰化植物の土手おほふ
新緑の庭に据ゑある珊瑚岩


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 夏  霞  富田郁子
藩公の帰依厚き寺葵咲く
城の鬼門木の間がくれに青葉木菟
重文の瑠璃光如来緑さす
追ひ追はれ茂みに沈む恋の蝶
島前も島後も見えず夏霞
寺小姓吉三の墓や蟾の声

 黄 水 仙  田村萠尖
九十にして春眠をむさぼりぬ
かたかごの反り競ひつつ揺れ合へる
從順にかたかご雨に打たれをり
行く春の薬膳料理浅みどり
雨粒にうなづき合へる黄水仙
たそがれの庭浮きたたす黄水仙

 著莪の花  桧林ひろ子
かなぶんの体当りして死んだふり
山の風川の風来る著莪の花
修復の成りし外堀残り鴨
目ん玉の青葉に染まる一日かな
空港の草の中より揚雲雀
藤娘隠れて居さう山の藤

 青  梅  武永江邨
十薬を反り身で手繰る軍手かな
どくだみは雨を呼ぶ花棚曇る
青梅の数拾ひ読む不作かな
日を返すたびに艶めく柿若葉
供華替ふる指で追ひやる雨蛙
午後よりの風に気負へる鯉幟

 更  衣  桐谷綾子
つつじ園琴の調弦はじまりし
緋牡丹の崩るる刻のあはれとも
函嶺の空押し上げて夏の山
生姜香を褒めて甘酒茶屋の午後
母のものほどきリフォーム更衣
ツアールートキャンパスマップ風薫る

 更  衣  関口都亦絵
初蝶の絹の羽透きかろく舞ふ
若葉冷ときをり疼く糸切歯
ヨーヨーを提げてそろひの浴衣の子
片言の子のそれなりの祭髪
聞き役も大事な介護更衣
紅茶好きビールなほ好き夕薄暑
 明  易  寺澤朝子
明易や上げ潮に乗るタグボート
手摺まで鴎来てをりサングラス
藍流す川の名残や濁り鮒
何事もなき日が過ぎぬ枇杷熟れて
汗ばみつスイーツ片手に次男来る
夏の山見に行く電車乗り継いで 

 白 雲 木  野口一秋
竹の皮脱ぐや神馬は立眠り
お結びを割れば郭公鳴きにけり
どんみりと雲の垂れきし桐の花
朴の花リフトに乗りて審か
咲きそめし白雲木の一朶二朶
パラソルをひらけば木蔭生まれけり

 行 々 子  福村ミサ子
神奈備の裾広々と植田澄む
花あやめ水路の多き城下町
草刈りのあとや濡刃の匂ふなり
葭切や板一枚を棧橋に
葭の原ゆらして恋の行々子
雨の日の続く出雲のかたつむり

 花あやめ  松田千世子
古城なる池畔に濃ゆき花あやめ
賴りなき色に始まる七変化
万緑の参道といふ隙間かな
退院の植田の景を眺めをり
起き抜けに西瓜畑を一巡り
道に迄西瓜の花の盛りかな

 遷 座 祭  三島玉絵
緑立つ御遷座成りし大社
若葉光破風美しき檜皮葺
高々と千木上げ青嶺背にす
一の鳥居一閃燕翻る
遷座祭終りし畑の茄子胡瓜
聞きとめし一声確と雉子なる

 雛 流 し  今井星女
引潮を見定めてより雛流す
雛載せてゆるりと川の流れけり
雛流し見送つてゐる鴎たち
海の果まで見送りし雛流し
流し雛難破しさうや東風強し
鎮魂の海へ雛を流しけり


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 星  揚子

鉛筆の芯また折れし薄暑かな
夏空に腕伸ばし拭く窓硝子
葉の向きの揃ひて並ぶ柏餅
六月の鍵盤重きピアノかな
群るることなく六月の雀かな


 弓場 忠義

矢車のからからと日の暮れゆけり
畦塗つて田の輪郭を正しけり
田を植ゑて水の落ちつく日暮かな
堂々と地境越ゆる七変化
浜昼顔汐に吹かれて紅をさす



白光秀句
白岩敏秀


群るることなく六月の雀かな  星  揚子

 雀は身近にしかも日常に目にする親しい小鳥である。人の住むところに集まり、人が住まなくなると雀も居なくなるという.人間をかくまで警戒しながらも人間の隣で生きなければならないことが憐れである。
 雀が群がるのは秋。長沢廬雪(一七五四~一七九九)の『群雀と落穂の図』には落穂を啄む雀の表情が生き生きと描かれている。
 しかし、今は夏。雀は営巣し子育ての最中にある。それが「群るることなく」と表された。「群るることなき」では見たままの報告で終わるが、掲句のように表現されるとその背景が見えてくる。言葉に十全の思いがこもっている句である。
 葉の向きの揃ひて並ぶ柏餅
 皿に盛られて今出されてばかりの柏餅。「向きの揃ひて」がこの句の鮮度。
 きれいに向きを揃えて並べられた柏餅からもてなしの心遣いやその家のたたずまいまで想像できる。小さな発見が大きくひびく句である。作者はきっと柏餅をつまみながら楽しいひとときを過ごしたに違いない。

矢車のからからと日の暮れゆけり  弓場 忠義

 矢車は鯉幟と違って夜になっても雨が降っても降ろされることはない。
 折しも夕焼けの下町の一角に取り残された矢車が小気味好く鳴っている。やがて…夕焼けが薄れ夜の薄闇が矢車の音を包み込んでゆく。眼前の景がいつかどこかで確かに経験したような懐かしいシーンと重なる。
 「からから」という擬音が矢車の実態を浮き彫りしていて、日本語の豊かさを思う。

祖父母ゐて鶏のゐて昼寝覚め  金原 敬子

 昼寝から覚めてしばらくは夢と現実の境が定かではない。混沌の世界であり、宇宙遊泳の世界でもある。
 掲句もそれ。祖父母のことは夢での出来事であろうが、鶏がいたのは夢か現か…。
 夢であれ現実であれ、自らが感じたことが十七音になる。それが俳人魂というものだろう。

故郷の新茶持たせて帰しけり  塚本美知子

 この句は控え目な表現ながら「故郷の」と切り出したところに新茶の産地としての自負が感じられる。
 他郷で暮らす子にとって、母親の持たせてくれた新茶は故郷を思い起こすよすがであり、近所の人達に勧めて自慢できるものである。
 土産の新茶は母親の優しさと故郷への思いを一層深くする。抑制のきいた故郷賛歌。

夏めくや切株椅子のティータイム  根本 敦子

 爽やかな句である。空に浮かぶ白い夏雲、地平線まで続く広々とした拓地。作者の住む北海道ならではの景である。
 切株椅子に腰掛けての楽しいティータイム。北海道のこれから始まる短い夏をエンジョイしようとする若い感性が耀いている。

音もなき隣の家の青すだれ  榎並 妙子

 この句の中七の「の」に軽い切れがある。だから、微動だにしない青すだれが一層隣家の静けさを際立たせている。
 真夏の暑さが極限に達した昼どき。鳥も飛ばず影も動かず。隣家には物音ひとつしない。隣は隣と思いながらもついつい湧いてくる好奇心。好奇心と暑さに耐えた一日であった。

手の届くところの枇杷を供へり  山本 好美

 枝を撓めるほどに実をつけた庭の枇杷。その枇杷を手の届くところだけを採って仏前に供えたという。梯子を使うわけでも人に頼むわけでもない。自らのできる範囲でなし得ることをして、その結果に満足する。
 足るを知る者は富むという。身の丈に合った恙ない暮らしのなかで、俳句が詠まれていることを羨ましく思う。

風鈴に大雪山の風とどく  渡邊喜久江

 大景であり、気宇壮大な句である。
 旭岳を初めとする二千メートル級の大雪山の吹き下ろす風。風鈴に届くまでに野山を吹き川を吹きそしてまちを吹き過ぎて来た風。
 構図だとか遠近などという無駄な言葉は慎み、大雪山の風に鳴る風鈴に北海道の涼を楽しもう。


    その他の感銘句
湖畔の灯とろとろ暗し夏木立
夏来る嬰児のふぐりかがやけば
半顔を夕日に染めて早苗植う
端居してよき句に心とめにけり
おとうとは母に甘えて釣忍
緑立つ寺に跡目の決まりしと
子を産んでトースト二枚麦の秋
緑蔭や野外授業は昼休み
牧柵のむかうに落つる夏雲雀
馬小屋の窓の小さし鴨足草
電球を替へ母の日の母の部屋
夕暮るる川が匂ひて薄暑かな
風よりも大きく揺れし茅花の穂
嬉しき日たんぽぽの絮飛ばしけり
明易し始発列車の通過する
大久保喜風
上武 峰雪
荻原 富江
大山 清笑
陶山 京子
北原みどり
大隈ひろみ
大城 信昭
高島 文江
田久保峰香
横手 一江
山西 悦子
清水 純子
徳増眞由美
柴田 佳江


鳥雲逍遥(7月号より)
青木華都子

不器用な母に筍煮て届く
竹の秋雀の宿のあるらしき
延命は望まぬと書く万愚節
健啖の子規を想へり初鰹
君子蘭折目正しく華やげる
揚雲雀見てゐて方位見失ふ
駅前の昭和のポスト燕来る
遠足の列二人づつ手をつなぎ
防風の砂を被きし花幼な
日に向きて眼とざせり初蛙
手庇に幾多の棹や鳥帰る
春の虹橋渡る間に消えてをり
神名備の裾渺渺と麦青む
一島のどこも黒ぼこ春深し
睦むごと卵塔五十花馬酔木
八重椿八重の重さの音落とす
青あをと菖蒲の映る山の池
風薫る万歩越えたる歩数計
鈍色に宍道湖包む養花天
新築の軒に早くも燕の巣

富田 郁子
桧林ひろ子
橋場 きよ
寺澤 朝子
今井 星女
金田野歩女
大石ひろ女
清水 和子
辻 すみよ
源  伸枝
浅野 数方
渥美 絹代
西村 松子
森山 暢子
柴山 要作
荒木千都江
久家 希世
篠原 庄治
竹元 抽彩
福田  勇



白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
仁尾正文選

 旭 川  吉川 紀子

さへづりや寄生木数へながら行く
対をなすひとつが咲けり二輪草
夕桜優佳良織の帯締めて
院長の園児検診花の昼
友の摘む手塩の新茶届きをり

 
 宇都宮  星  揚子

初夏や雑魚はぴたりと影引いて
水の湧くところ明るき花菖蒲
穏やかな朝の植田や一青忌
遠ざかる時匂ひ来しえごの花
羽閉ぢて星座定まるてんと虫



白魚火秀句
仁尾正文


夕桜優佳良織の帯締めて  吉川 紀子

 優佳良織は、旭川の染織作家木内綾が創作した工芸品である。羊毛を手で紡いで糸とし二百色から三百色の染料で染め、手織で織るという、すべて手作業によっている。流氷をイメージした一片のつづれ織を見たが、基調の海の色の紺にも十種程の染料が組合わされ、流氷の白にしても、寄る鳥にしても繊細微妙な沢山の染料が用いられて、うっとりとした別世界に引き込まれる思いがした。「はまなす」「ななかまど」「さんご草」等々をイメージした、さまざまな作品に、北海道知事賞、同文化賞、通産大臣賞や文化庁長官賞、NHK賞等数え切れぬ程の賞に輝き、海外でもスエーデン、ハンガリー、ニュージーランド等でも多くの賞を受けている。当初は「ユーカラ織」としていたが、文化勲賞受賞の版画家棟方志功が「優佳良」という美しい字を当て、一層幻想的な趣が出てきた。
 「優佳良織」は日本国語大辞典にも広辞苑にも出ていない。従って国語といえないが「祖母山も傾山も夕立かな 青邨」の「傾山」の如く、言葉自体にポエムが漂うので俳句では遠慮することなく用いてよい。
 夕桜を季語に置き絢爛豪華な秀句となった。

穏やかな朝の植田や一青忌  星  揚子

 栃木県白魚火会長であった橋田一青氏は、平成十三年五月十五日八十三歳で逝去した。昭和三十三年一都先生が宇都宮地方貯金局長で来られ長野へ転勤する迄の三年間一青氏は直接指導を受け先生に心酔した。現役時代、栃木県高等学校長会会長であった関係で高校の教師だけでなく中・小学校の教員に至る迄、大勢を白魚火会員に勧誘し栃木の白魚火会員の幅を広くし厚くした。氏によって白魚火へ来た作家達が現在大活躍していることは誌友の知る所である。
 昭和五十二年宇都宮、鹿沼や那須でそれぞれ句会活動をしていたものを統合して栃木県白魚火会を組織し初代会長に就任した。毎年二泊三日の日程で全国各地へ吟行の足を伸ばしたのもこの頃。平成元年創設された「一都賞」の第一号受賞者は一青氏、白魚火への貢献度が一等ということであった。
 晩年は宿痾のリューマチに悩まされ苦しみ抜かれた。掲句の「穏やかな朝の植田」は氏の人柄を風景に託して描き切っている。全国各地区の会員からも敬愛された作家であった。

ほととぎす五更に及ぶ月の色  上武 峰雪

 一夜を初更(午後七時より九時)二更は午後九時より十一時と二時間毎に区切った時刻の呼称がある。掲句の五更は午前三時から五時の暁である。ほととぎすはこの頃飛びながら鳴くが、句はこの頃の耿々とした月の色を呈示して写生でほととぎすをクローズアップさせた。この作者は博識で語彙が豊富である。今九十三歳と白魚火では最高齢のグループの一人である。その作者がこのような秀句を見せてくれることは何とも嬉しい。

花散らす雨となりたる行宮址  後藤 政春

 「花散らす雨」は花の雨より雨粒が大きくて冷たいような感じがする。行宮址は行幸のあった仮宮の標であろうが、吉野山で詠んだ拙句「行宮の十畳飛花を許しけり」とイメージが重なる。頭掲句のしらべは悲運の後醍醐を悼んでいるように思えてならない。

四捨五入せば七十歳木の芽和  横木はるみ

 句稿欄のこの作者の年齢は六十六とある。四捨五入すれば確かに七十歳になるが、六十六と年齢欄に記入しながら「六十路」と詠んでいる者もある。「六十路」は六十歳だけのことなので年齢のサバを読んだと言われても仕方がない。掲句は「木の芽和」の季語を置いてさっぱりしているので面白い味が出た。
 句稿欄の年齢は鑑賞上是非知りたい場合がある。年齢によって味わい方が違うことがあるからだ。投句というのは選者にすべて任すということなので、ここを空欄にするのはルール違反でもある。

遺言書に署名捺印夏座敷  重岡  愛

 遺書未だ寸伸ばしきて花八つ手      波郷
のように誰しも遺書は書いて置きたいと思うが死は突然にきて果せぬ場合が多い。掲句は思い決して遺言書を夏座敷に正座して書き終った所。日付、署名、捺印が必須で、日付けは新しい方が有効ということはNHKの「生活笑百科」で聞き及んでいるが…。

藤柄の袴の捌く五月場所  鈴木 順一

 藤色の袴は立行司にのみ許されるのであろう。袴の色を呈示して行司を詠んだ句は余り目にしたことがなかったので、とても新鮮に思えた。


    その他触れたかった秀句     
夏木立駒射の的はじけ飛ぶ
白牡丹色無き白を全うす
筍を貰ひ忙しき日となりぬ
船虫の波に攫はれゐなくなる
草競馬騎手のひとりは大男
早乙女のなかなか履けぬ田植足袋
竹の子を包む新聞拾ひ読む
風の五月跨ぐハーレーダビットソン
黒揚羽翅休むれば時止まる
薔薇園を歩みしづかな疲れかな
昭和の日地震雷火事親父
母の日や五名連記の感謝状
峰雲や樹下に次世代一家族
黄金週間予告無く顔見せにきし
薔薇の庭呼ばれて妻にもどりけり
生馬 明子
山本 秀子
渋井 玉子
新開 幸子
檜林 弘一
岡部 章子
荻原 富江
丸田  守
上野 米美
武田 貞夫
中村 公春
丸橋 洞子
高橋しき子
吉田 容子
森田 陽子

禁無断転載