最終更新日(Update)'24.04.01

白魚火 令和6年4月号 抜粋

 
(通巻第824号)
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4月号目次
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季節の一句  鈴木 利久
潮の香 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 安食 彰彦ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
  鈴木 利久、内田 景子
白光秀句  村上 尚子
森淳子代表ご苦労様会 内山 実知世
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
  野田 美子、中村 喜久子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(浜松)鈴木 利久

ふらここの少年月を蹴つてをり  鈴木 誠
          (令和五年六月号 白魚火集より)
 学校や公園などにふらここは年中あるが、春がいちばんぴったりするようである。長い冬の終わったのち、嬉々として子供らの溌剌と高々と躍動する姿は、春を一層身近にさせてくれる。ところで、ふらここ(ぶらんこ)は、中国の古俗で、寒食の節の「冬至より一〇五日目の日」に宮殿でふらここをつくって宮女が戯れたによって春季になったとある。
 この句の、「少年月を蹴つてをり」は、春先はまだ日の落ちきれぬ中に月が上り、まだ遊びたりない子の思いが平易な言葉で的確に捉えられている。

かすかなる影を芝生にしやぼん玉  青木 いく代
          (令和五年七月号 白魚火集より)
 石鹼液を管で吹くと大小さまざまな美しい七色の玉が生れ、中空に浮かんで春風に流れるさまは、美しくも哀れである。
 そのような儚さが子供の頃を思い出させる。石鹼水を麦藁などの管につけて吹くが、強く吹くと玉にならず要領がいった。遠き思い出である。この句の、「かすかなる影を芝生に」からは、中空にある時は、やわらかな日に影も持たず芝生に下りて始めていったときの影を生むはかなさを感じる。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 気魄 (出雲)安食 彰彦
神の山からおごそかな初日の出
添書に気魄のありし賀状かな
瑞宝の道を照らすか太郎月
独り身の住む気楽さよ寝正月
寝正月粥と地酒があればよし
寝正月独り酒よし誰も来ぬ
寒鯛や吾れは誘はれ猪口重ね
黙々と寒鯛ほぐし酔ひにけり

 イヤリング (浜松)村上 尚子
初夢を言葉にすれば消えにけり
舞終へて抱かれて帰る獅子頭
女正月みな長生きの人ばかり
自転車のサドルに青女きてゐたる
木枯や重ねて仕舞ふ皿小鉢
寒行の水とひとつになつてをり
イヤリング外し寒夜の音ひろふ
天窓に節分の日の通り過ぐ

 春まぢか (浜松)渥美 絹代
課外授業皆大根をさげ帰る
日向ぼこ割りしばかりの薪匂ふ
托鉢の一団冬の鰯雲
大年の回送電車車庫に入る
地獄図の前に小さき鏡餅
畳みたるマフラーほのと煙匂ふ
寒晴や作りつつ売る飴細工
鞄よりもるる鈴の音春まぢか

 子宝の木 (唐津)小浜 史都女
旧姓を持たぬ生涯福寿草
どの山も暮れてゆくなり七日粥
天山の雪あつけなく消えてをり
寒禽と呼ぶはけふまで宮詣
節分のふやけし豆を掃いてをり
力水両の手に受け春もそこ
み仏の福耳に梅ひらきけり
神木は子宝の木ぞ梅真白

 初春 (名張)檜林 弘一
さわさわと鳥居を潜る初鴉
初春の檜の枡に酌みあへる
之繞を一気に撥ねぬ筆始
花丸を幾つも記す初句会
人日の紙を吐き出すファクシミリ
初不動欠け見当たらぬ鬼瓦
文机に日の行き渡る春隣
耐ふること終へたるやうに梅ふふむ

 芹摘む母 (宇都宮)中村 國司
風すさぶ四日となりぬ土竜塚
麦芽生ふ国衙跡なる踏み心地
畝行儀よく麦芽生ふ野州かな
石修羅や風花すがる由もなく
水仙の横がほ薄日さしをりぬ
いかにかや室の八嶋の雪景色
大白鳥飛ばざる翼ひらきたる
山影に覆はれてをり芹摘む母

 豆を撒く (東広島)渡邉 春枝
年ごとに彩の深まる実千両
水仙を活けて亡夫の誕生日
一つ灯に集まる家族豆を撒く
立春の一歩に力湧き上がる
立春の熱き湯で拭く食器棚
手造りの食パンを食む木の芽雨
目薬の一滴づつに春深まる
行く春の本屋に長居してをりぬ

 福笑 (北見)金田 野歩女
蒼天の奥へ奥へと尾白鷲
雪の道身幅に付けし勝手口
梟の瞑る相貌孤高めく
肩掛を編む手にリズム生まれけり
着ぶくれてローカル線の一人旅
目隠しの耳にくすくす福笑
未完の句一先づおいて初湯かな
大寒や使ひこなせぬ棕梠箒

 春立てり (東京)寺澤 朝子
火伏神厨に祀り寒に入る
十日えびす路地の祠に灯が点り
天狼に亡き師を偲ぶ禱りかな
寒土用かはらけに汲む御神水
千年を読みつぐ「源氏」月冴ゆる
干す布に霜の花咲く藍工房
タクシー待つ垣の山茶花散りざかり
ゆつくりと踏み出す一歩春立てり

大寒に (旭川)平間 純一
蒼穹の御空を拝す大旦
妻伏して湯漬搔き込む三日かな
底冷や女将は燗を熱くする
ぢつと見る冬満月の滲みをり
雪紐や白楊どろのき皺を深くする
指で触る冷たき骸冬の月
大寒に人清々と逝きにけり
光ある千木鰹木や春近し

 今朝の春(宇都宮)星田 一草
水底の鯉は動かず年暮るる
八代亜紀逝くしんしんと霜降る夜
何となく生きて楽しき去年今年
岩走る波の白さの今朝の春
人はみな美しく老い屠蘇祝ふ
路地尽きて声引き返す焼芋屋
あぜ道に摘む七草のみどりかな
約束のごとく二輪の冬の梅

 春隣 (栃木)柴山 要作
初景色故山に向かひ深呼吸
人日の神酒をなみなみ火入れ窯
鵯零せし臘梅地をも黄に染めて
枯蘆原刈つても刈つても無尽蔵
到来の腰据ゑて切る寒の餅
餌台に見なれぬ禽も春近し
子をちよんと佛足石に春隣
諾へば老いも愉快ぞ春隣

 寒牡丹 (群馬)篠原 庄治
青竹の脂噴き出すどんどの火
紅蕊の薄日放さぬ寒牡丹
寄り添ひつつ群れをはなるる番鴨
咲き渋る蕾もありぬ寒牡丹
雪に抜く菠薐草の根の紅し
遠き日の祖母夢に立つ凍豆腐
寒禽の瑠璃を映せり山上湖
立春や大空を舞ふ鳶の笛

 人の日の粥 (浜松)弓場 忠義
風花や飛礫のやうに過る鳥
除夜の鐘二つ三つ聞き眠りをり
八十の一歩踏み出す初山河
雪平に人の日の粥吹きこぼす
砂被りの辰巳芸者や初相撲
遠州の風にさらして大根漬
捨てられぬ負独楽しまふ小抽斗
一雨に水仙の白立ち上がる

 日脚伸ぶ(東広島)奥田 積
歳旦祭その一役の焚火守
受け継がれ受け継がれたる晴着かな
遅れくる人を待ちゐる寒さかな
就中寒肥埋むる牡丹かな
清められ灰も残さぬとんど跡
寒卵きれいに割れて盛りあがる
長生きとは何歳からか鮟鱇鍋
針山に幾本の針日脚伸ぶ

 今年の筆 (出雲)渡部 美知子
志しかと今年の筆をとる
冬木立明けゆく空へ黒々と
丸き背を丸ごと包む冬日差
ブーツの足組み替へて待つ第二幕
女正月の胃の腑へほのと昼の酒
葱きざみ終へて夕餉の声を掛く
冴ゆる夜電子レンジの音ひとつ
凍つる朝厨に白湯をたぎらせて

 文鎮 (出雲)三原 白鴉
寒の夜のひとつ飛び込む訃報かな
吹き冷ます白湯の甘さや寒椿
探梅や地図になき道続きをり
文鎮は玻璃のうぐひす日脚伸ぶ
水垢離の掛け声荒し初不動
針山にまち針の花春近し
降る雨に籠る墨の香涅槃寺
走り根に絡む走り根春の雪



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 筆始 (浜松)佐藤 升子
谷風の集まる山家薬喰
爆音に始まるニュース花アロエ
狛犬の口に日が差す初詣
まさをなる空に結べる初みくじ
庭先に雀来てをり筆始
水仙にすいせんの影二つ三つ

 生姜糖 (船橋)原 美香子
探梅や倒木に径塞がれて
撫牛の鼻のてらてら寒詣
大寒のぱきつと砕く生姜糖
カーテンを過る鳥影四温晴
床に積む雑誌を括り冬終る
尼寺の雨後の土より蕗の薹

 九十の母 (磐田)齋藤 文子
子のこゑに宿木少し揺れにけり
寝静まり白菜漬の水上がる
笹鳴や水面に雲の動かざる
椅子の背に掛けたる上着去年今年
九十の母の加はる歌留多かな
キャンパスに菓子の自販機日脚伸ぶ

 春隣 (多久)大石 ひろ女
麦の芽の一直線といふ並び
大寒の朝一番の手術台
病室に届く絵手紙春隣
リハビリに千切る折紙春近し
雪降るや病床日記左書き
退院の日の花束のスイートピー

 冬木の芽 (松江)西村 松子
直線でつなぐ星座や寒夜更く
人日や海より蒼き川のいろ
冬木の芽こぞりて光弾きけり
潮の香の籠もる軒先うるめ干す
ひとひらの風花指に触れて果つ
もうすこし生きねば寒の水を飲む

 立春 (島根)田口 耕
砲弾のごと隼の急降下
風邪の妻皿洗ふ子を見つめをる
冬薔薇のはなればなれにぽつと咲く
大の字の形に倒れ雪合戦
貼り薬のにほひを肩に春を待つ
立春や海のかなたへ文を出す

 毛糸編む (中津川)吉村 道子
毛糸編むポンポン白きベビー服
雪片の漂ふ空の青さかな
神饌の鯛の尾の跳ね年明くる
餅花やむき出しの梁黒々と
氷張る樽の漬物旨くなり
駐車場の真中にでんと雪だるま

 初笑 (旭 川)吉川 紀子
小さき目の竜の箸置きごまめ食ぶ
黒髪の揺るる少女の初笑
はきはきと弾む名乗や初句会
踏めば鳴る雪の参道みくじ引く
犬ぞりの駆くる速さの綱捌き
雪搔を終へシャンソンを聴いてをり

 きらきら (浜松)林 浩世
夫と肩触れつつ恵方詣かな
日だまりに子をあやす父冬木の芽
風花を追ふ眼差のきらきらす
故郷の自慢を少し納豆汁
唇を覆うてゐたる喪のショール
寒晴や貝塚の嵩背丈ほど

 マフラー (浜松)坂田 吉康
マフラーを解いて座に着くコンサート
真つ直ぐに百段の磴初詣
龍の字の尾を跳ね上げて筆始
新しき仲間を迎へ初句会
向き変へて嘴光る寒鴉
寒鴉鳴く複写機は紙を吐く



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 鈴木 利久(浜松)
両膝を打ちて長居の炬燵出づ
初山や天竜杉に斧を打つ
竹馬に乗る宿題のありにけり
牡丹の芽音立ててゐる朝の雨
方丈の床投入れの梅の花

 内田 景子(唐津)
口笛にならぬくちぶえ枯木立
秒針の弛まぬ歩み去年今年
幸先の良き茶柱や年新た
初買に若草色のメロンパン
ひたひたと廊下を伝ひ寒波来る



白光秀句
村上尚子

両膝を打ちて長居の炬燵出づ 鈴木 利久(浜松)

 古くから日本の座敷に馴染んできた炬燵。洋式の暮しが増えたとは言え、炬燵の良さは捨てがたい。ひと度膝を入れればなかなか出られなくなるのも確か。話題にこと欠くこともない。そんな時間が流れるなかでふと用件を思い出した。躊躇している場合ではない。そそくさと立ち上がった。
 ほんの短い時間の出来事がリアルな表現により誰もが頷くこととなる。
  初山や天竜杉に斧を打つ
 「初山」は山主が年の初めに山に入り仕事の無事を祈る行事。「天竜杉」は天竜美林とも呼ばれ、作者は日々その景色の中で暮らしている。最近は材木の安値と人手不足で課題は多い。しかし山地の荒れは海への影響をもたらす。山を守ることは地球を守ることにもつながる。

初買に若草色のメロンパン 内田 景子(唐津)

 新年に初めてものを買う「初買」。正月気分で日頃手の届きにくいものを買ってしまうこともある。その反面お節料理にも飽きてくると、普段食べ慣れているものが懐かしくなる。そこで目に飛び込んだのが、ずらりと並ぶ焼きたてのパンの中から「若草色のメロンパン」だった。店によって色は微妙に違うが、「若草色」と断定したことで一句を成した。春を待つ思いにもつながる。
  ひたひたと廊下を伝ひ寒波来る
 狭い日本とは言えどこに居ても寒さは身にこたえる。寒波は冬の間何度か周期的に日本列島に押し寄せてくる。「ひたひた」は色々な使われ方があるが、この句は冷え切った廊下を歩くたびに波のように迫りくる寒さを、体中で実感させる。

雪女この家たまたま婆一人 三関ソノ江(北海道)

 雪国の伝説や昔話に出てくる「雪女」。北海道にお住まいの作者には身近なものかも知れない。それにしても九十五歳とは思えない発想と力量に驚嘆する。全てが余裕そのもの。雪女も退散せざるを得ない。人生を達観されている余裕の一句である。

新年の挨拶鳥や木にもする 富田 育子(浜松)

 近くの公園を歩いているらしい。いつも見慣れている木や鳥にあたかも友達のように声を掛けた。「今年もよろしく…」と。新年の言葉は発する方にも受ける方にも特別な力を持っている。

太陽に置いてゆかれて日向ぼこ 鈴木 竜川(磐田)

 太陽があってこその「日向ぼこ」。しかし時間が経てば日は西へと向かう。残された者は自然の節理には逆らえない。当り前のことだが「置いてゆかれて」は最早あきらめの境地。当り前のことも言葉一つで俳句になる。

うたた寝の母の面影餅間 三島 明美(出雲)

あまり使われない「餅間もちあはひ」という季語。正月用に搗いた餅がなくなる頃のことを言う。うたた寝姿のお母さんには作者にしか分からない思い出があるのだろう。幾つになっても忘れられないことはたくさんある。

見え隠れして狐火の付いてくる 萩原 峯子(旭川)

 「狐火」とは野原や墓地の近くなどで闇夜に見られるという正体不明の火。燐が空中で燃える現象というが、原因は明らかにされていないとも言う。幻想的な場面を「見え隠れして」としたところに現実味が迫ってくる。

後ろ手に背縫確かむ初鏡 菊池 まゆ(宇都宮)

 最近は一人で着物を着られない人が増えているが、自分で着れば上十二の措辞はすぐ納得する。和服をきれいに着こなしている姿は見ている側も気持が良い。新年ならではの光景が目に映る。

舞殿の巫女の鈴の音春を呼ぶ 市野 惠子(浜松)

 雅楽の音に乗って舞う巫女の姿が見える。厳かななかにも華やかな時間が過ぎてゆく。両手に持った鈴を靜かに、ときには激しく振りかざす。その都度響く鈴の音は、あたかも春を呼んでいるようである。

靄かかる湖に数多の硯舟 井原 栄子(松江)

 松江市にお住まいの作者となればここは宍道湖に違いない。「靄かかる」は春の到来を思わせる。そこへ次々と硯舟が漁へと向かってゆく。一読して湖畔に立ってその景色を見ているような感覚にとらわれる。

末広を四方にかざして初謡 大江 孝子(東広島)

 「末広」は扇の美称であり、次第に栄えてゆくという意味から祝事の席で使う。静かななかにも新年の喜びが見える。日本の伝統は特に新年に色濃く引き継がれている。


その他の感銘句

梅東風や薄紫の念珠買ふ
寒風に防犯カメラ動き出す
買初や金の貯まるといふ財布
靴下に穴あいてをり日向ぼこ
十二月八日「イマジン」の聞こえくる
先付の一つは蕪の擂り流し
セニョールと言ふハイカラな種蒔きぬ
寝ころべば背の懐炉の息噴きぬ
仕上げの目入れて春立つこけしかな
瀬戸焼の皿に猫の絵小正月
人づての話を濁す涅槃西風
大鍋でがめ煮を煮こむ寒土用
大山の日差し冬田もその中に
春近しドーナツ盤に針落とす
春めくや流行の歌をハミングで

妹尾 福子
乾  坊女
三島 信恵
武村 光隆
沼澤 敏美
清水 京子
中西 晃子
川本すみ江
髙橋とし子
森  志保
八下田善水
新開 幸子
安部実知子
石岡ヒロ子
中林 延子



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

 愛知 野田 美子
彫り立ての龍より木の香初やしろ
どんどん焼崩るる度に火の粉舞ふ
小正月手首に輪ゴム付けしまま
ゆつたりと雲は峠へ初観音
春まぢか過ぐる園児にシャボンの香

 浜松 中村 喜久子
初乗の席の温もり窓に海
手の平にほのかな重み寒卵
大寒を閉ぢ込めてゐる海蒼し
鳴き声の人声に似て寒鴉
風花や時止まりたる登り窯



白魚火秀句
白岩敏秀

 彫り立ての龍より木の香初やしろ 野田 美子(愛知)

元旦には初詣に行って、一年の幸せを願って手を合わせる。そのお参りする神社が初やしろ。今年の辰年にちなんで龍の彫刻が飾られている。しかも木の香りがするほどの新しさ。縁起物の昇り竜の彫刻は参詣者に好評だったにちがいない。神社といえど人気は大切。
 小正月手首に輪ゴム付けしまま
小正月といっても改まった料理をするわけではなく、持ち寄った手料理で盛り上がる。料理に手を伸ばすと、台所仕事をしていた時の輪ゴムが手首についていることに気付いた。「付けしまま」に外すことをさえ忘れさせる小正月の楽しさがある。

初乗の席の温もり窓に海 中村喜久子(浜松)

年始回りか何かで電車に初乗りしたのだろう。空いている席に座ると先客の温もりが残っていた。席の温もりにホッとして窓を見ると外は青々と広がる海。「温もり」から「窓に海」と場面の転回が見事。満足のいく初乗りだったことが分かる。
 鳴き声の人声に似て寒鴉
鴉は常に身近にいていつも餌を探している。冬は餌が特に少ないから餌探しは深刻。そこで、人声に似せて鳴きつつ人に近づき隙をみて、さっと獲物を攫っていく。寒鴉は知恵達者である。

蠟梅や少し日向の広がりぬ 岡 久子(出雲)

蠟梅が香り始めると、気分が一気に春に開放されて華やぐ。その頃になれば日脚も目に見えて長くなる。庭にくる日差しも増えてくる。「日向の広がりぬ」に春を喜ぶ気持ちが横溢。

磨ぐ米を一合増やす三日かな 今泉 早知(旭川)

元日は屠蘇をいただき、雑煮を食べて祝う。二日は年始回りや書初や読始などの色々と行事が多い。三日目は三が日の最後の日で四日は仕事始め。今年へ始動するためにお節料理から普段の食事に戻しているところ。〈飯の香のほのぼの三日過ぎてゐし 鷲谷七菜子〉。炊きたての御飯は格別である。

竹樋のひかりは音に春立てり 森田 陽子(東広島)
竹樋を通る山水がきらきらと光りながら流れて来て、竹の節に当たって軽やかな音を立てた。それを「ひかりは音に」といって春になった明るさを伝えている。長い冬から開放されて喜び流れる水に作者自身を重ねている。

添書に顔の見えたる賀状かな 斉藤 妙子(苫小牧)

郵便受けにごとりと音がして年賀状が届けられる。既に印刷してあるものや写真や版画刷りなど夫々に美しくて楽しい。こころの籠もった自筆の添え書きには人柄が滲み出て、顔まで見えてくる。「顔の見えたる」に年賀状の良さを的確に言い当てている。

笑ひ声に追ひ越されゆく初詣 三浦 紗和(札幌)

初詣となれば、産土神社はもとより諸々の神社やお寺は人々で溢れて〈日本がここに集まる初詣 山口誓子〉の賑わいになる。参道をゆっくり歩いていると、後ろから若い笑い声が近づき追い越していった。初詣に来て明るい笑い声に元気を貰った思い。正月は何事もめでたく有難く感じるもの。

初鏡今年の顔の薄化粧 山口 和恵(東広島)

元旦の朝。家族の誰よりも早く起きて身支度をして鏡の前に座る。鏡の中には長年連れ添ってきた顔がある。いつものように薄化粧をして、鏡の中の自分に「おめでとう。今年もまたよろしくお願いします」と挨拶。かくして新しい一年が動き出す。

麦の芽の踏まれし後の青さかな 青木 敏子(出雲)

麦の芽は霜や雪にも耐えて芽を伸ばしてゆく。芽が伸び過ぎないように、また霜などで浮いた根を押さえるために何度も麦踏みをするが、踏まれるたびに麦が青さを増すという。困難に耐えて成長する人を連想させる句。

新年や坊主頭の子の正座 大塚 美佳(浜松)

普段は元気で走り回っている子が、窮屈そうに正座している。顔は神妙そのもの。ところが、お年玉を受け取るともとのやんちゃ坊主に戻ってしまった。「お年玉」と言わないでそれと分かる舞台の設定が巧みである。


    その他触れたかった句     

白鳥の喜ぶ羽根を開きけり
川音にとろみありけり梅の花
寒明の海きらきらと正文忌
とびきりの笑顔で臨む初鏡
人影のしきりに動く春障子
初雀畑の日向に跳ねてをり
皸に紙が刃となりにけり
霜柱踏めば鋼の音を出す
ポケットに握り拳や寒波来る
途切れなく柏手響く初社
女正月金太郎飴ひとつ食ふ
読初や岩波文庫歎異抄
遠州の風をたよりに大根干す
寒椿しつけの赤き糸ほどき
笑ひ声波へ飛ばして海苔を摘む
啓蟄や動きだしたる農機具店
切株に忘れグローブ風二月

村上  修
安部実知子
関  定由
德永 敏子
落合 勝子
植松 信一
栂野 絹子
市川 泰恵
内田 景子
佐藤やす美
前川 幹子
山口 悦夫
升本 正枝
蝦名 正子
小澤 哲世
金子千江子
山越ケイ子


禁無断転載