最終更新日(Update)'23.11.01

白魚火 令和5年11月号 抜粋

 
(通巻第819号)
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11月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   鈴木 百合子
「日常」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 安食 彰彦ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
本倉 裕子、野田 美子
白光秀句  村上 尚子
二〇二三年夏の坑道句会報 荒木 千都江
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
坂口 悦子、鈴木 誠
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(群馬)鈴木 百合子

稜線は刃のごとし冬に入る  水出 もとめ
          (令和五年一月号 白光集より)
 山は四季折々の美しい季語をもって様々な姿が句に詠まれている。
 掲句は、その山の稜線に視点を当てて詠まれたものである。
 色取り取りの紅葉で華やかに粧っていた山々が、厳しい冬を迎えるにあたって一切のものを削ぎ落としてしまった。
 山容が一変したのである。
 その稜線を正に「刃」であると作者の鋭い感性が捉えた。
 それを抑制と省略の利いた切れ味の良い一句に詠み上げたのである。
 眼前の壮大な景を、そのまま十七音の凝縮された調べに難無く乗せてしまった作者の力量に感服した。
 四方を山に囲まれた暮しのなか、山により四季を感じ日々の細かい一つ一つの山の表情までも作者には読み取れるのであろう。
同掲の
  庭先より望む浅間嶺雪積もる
裾の末広がりの泰然とした雪の浅間が眼前に広がってくる。
 なんと、この作者の年齢は百歳である。
 句を愛し自然を愛し、そして人を愛し、農に親しみながら人生を謳歌している作者の姿が目に浮かぶ。

親方と上下に分かれ松手入  藤田 光代
          (令和四年一月号 白光集より)
 我が家にも庭木の松が数本あり、その中の一本は百何十年も経っているという老松である。松手入は夏季の間に生い茂った新葉の中から古葉を一本一本取り去り、樹全体の姿を整えていく極めて根のいる仕事である。
 父存命中は自ら幾日もかけて丹念に手入れをしていたことが、昨日のように思い出される。
 掲句の松も何年も経っている立派な樹形をなしている老松であると思われる。この大樹一本に二人がかりで何日要したのだろうか。
 そして親方と弟子のどちらが上を、どちらが下を手入れしているのだろうかなど思いを巡らせてしまう。
 一本の老松を通して二人の軽やかな甲高い遣り取りと、松の秀つ枝を撫で行く風のささやきまでもが聞こえて来そうな気がする。強い絆で結ばれている親方と弟子の師弟関係まで覗かせてくれる一句である。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 新走り (出雲)安食 彰彦
秋日濃しあかるい巫女の軽快に
朗らかな巫女は秋日に包まれて
戦死者の碑に聞く秋の声
竿を振る親子とみたりさはやかに
テトラポッドと闘ふ怒濤冷まじき
枝豆を持ち来夕暮まだ遠し
濁り酒白寿まぢかに逝かれけり
抽彩君と差しで酌みたし新走り

 窯の熱 (浜松)村上 尚子
新しきノートをひらく今朝の秋
八月大名体重計に乗つてをり
水飲んで原爆の日の空仰ぐ
エプロンを預け踊の輪に入りぬ
盆の月庭の草木の立ち上がる
あんパンの臍をだいじに終戦日
拭けば鳴く皿や八月十五日
みそはぎや茶碗に残る窯の熱

 地球儀 (浜松)渥美 絹代
山羊の仔の草よく食んでゐる土用
八月六日雲の上へと鳶のぼる
盆の雨草ひとつなき山の畑
暮れてより草のにほひの地蔵盆
かたちなき雲稲の穂の色づきぬ
地球儀に数多の指紋小鳥来る
また薬増えたる夫と新豆腐
よき風にイーゼルを立て赤とんぼ

 抜けみち (唐津)小浜 史都女
浜木綿や岬に錆びし神の鈴
藩窯の里の風鈴まつりかな
尺取の几帳面に尺使ひけり
朝にきき夜にきく蟬を力とし
いたつきのひとつやふたつ暑気払
匂ふまで鉛筆けづり終戦日
萩に降る雨のはじめをきかざりし
山椒の実抜けみちのなき関所跡

 新秋 (名張)檜林 弘一
野分過ぐ柾目の並ぶ製材所
踊の輪踊の渦となりにけり
藤袴咲かせて風の詩仙堂
新涼の眼が二つ雲竜図
蠟燭を灯し秋風立ちにけり
秋の蜂ぶんと飛び立つ入鹿の碑
どの酒器も淡き影持つ秋灯
夕風の吹くたび匂ふ新酒かな

 海贏打 (宇都宮)中村 國司
野萱草誰にともなく侍りけり
やや遅れ玻璃を震はす遠花火
群青の絵を眼に蔵ふ今朝の秋
花芒普陀洛ふもと汽車はしる
昼すでに機嫌のいろや酔芙蓉
堪へ難き気温なるなり白木槿
争ひのはじめはことば敗戦忌
小説を恋ふる少年海贏打てり

 秋桜 (東広島)渡邉 春枝
泣きやまぬ児を抱き寄すひろしま忌
コスモスや言葉の増ゆる児の笑顔
秋桜ゆれて長女の誕生日
降りさうで降らぬ一日虫の声
野には野の山には山の秋の風
波が波追うて砕けて八月尽
同じ事また聞いてをり秋夕焼
竹林を抜けて里山紅葉燃ゆ

 ぽつくり (北見)金田 野歩女
夏帽にバッジの数多山男
吟行の日傘の色のみな違ふ
天道虫素手で易々捕へし児
大西日湖に一筋光の緒
熱帯夜夜間飛行の灯を追ひぬ
手花火の照らすぽつくりおろしたて
捥ぎ立ての少し太めの瓜の馬
髪切つて残暑乗り切る覚悟なり

 鳩吹く (東京)寺澤 朝子
文月の候文など読むも佳し
座せばまた畳に残る暑さかな
母成せしことが家風や盆用意
踊唄恋の口説きもひとくさり
草の花摘むたのしさに歩を伸ばす
送りまぜ掬へばこぼれ浜の砂
母の忌の近づく秋のすだれかな
鳩吹くや山には山の子の遊び

 涼しき貌 (旭川)平間 純一
俳人の涼しき貌で逝かれけり
風死すや人の心の闇深し
蒸暑し鴉の声のねばりつく
水海月夢の世界に漂ひて
すすすつと更科蕎麦の涼新た
白き木幣イナウへ酒ひとしづく秋の声
暁闇の窓にささやくちちろかな
銀漢や人も俳句も愛し逝く

 銀河 (宇都宮)星田 一草
真つ青な空にまぶしき雲の峰
師の筆の流るる句碑に蟬しぐれ
夏萩の風のやさしき一都句碑
晩夏光山並青し黒しとも
秋暑し橡の葉擦れの音硬く
夕暮れのなほ玄関にある残暑
静けさは無音にあらず天の川
ヒュッテの灯消して銀河の中に在り

 河原撫子 (栃木)柴山 要作
蟬声のけふを限りと無言館
そんなにも急かずに廻れ走馬灯
初盆の友のとびきりよき笑顔
揺れやまぬ牧の牛の尾秋暑し
ぐしよぐしよの吾子の胸当て西瓜食む
憑かるるやう綱を引く犬大花野
かまつかの飛び火しさうな勢かな
河原撫子一茎濃きを妻に摘む

 豊の秋 (群馬)篠原 庄治
此処よりは川の名変はる遠河鹿
百姓に活きし証の日焼顔
敷居まで磨き込まれし夏座敷
足百本器用に捌く大蜈蚣
爽やかにカヌーの滑る湖の面
漣の秋をささやく山上湖
品定めする電線の稲すずめ
抜け径となりし農道豊の秋

 海恋し (浜松)弓場 忠義
草むらの湿つてをりぬ夏の月
海恋し貝風鈴のからからと
半夏生ぐいぐい絞むる血圧計
ざら紙の母の駄目句にきらら虫
膝小僧を照らす線香花火かな
ちちははの戒名浮かす墓まゐり
山水に白桃浮かす山廬庵
秋燕やフェリー乗場の列の中

 水の秋 (東広島)奥田 積
立秋や田の面を風の渡りくる
ご法話の最中つくつく法師蟬
秋夕焼山の端近く際立ちぬ
風の盆菅笠背負ふ子の踊る
青空の高きに舞つて帰燕近し
水澄むや恋占に文字の浮く
川の名の変はる合流水の秋
踏切の線路をぬらす秋の雨

 星月夜 (出雲)渡部 美知子
落日を追うてかなかな鳴きつづく
一つひとつ刻々と過去星月夜
ばつた追ふ先に明るき海ひらけ
桟橋に鈴の音散らす秋遍路
虫売に値引交渉してゐる子
細やかなる光に満ちて秋の海
がやがやと来ては無口に秋夕焼
朝もやの吊橋を来る素風かな

 荒砥石 (出雲)三原 白鴉
かなかなや滲むごとくに来る日暮
灰白くなるまでしやがむ門火かな
朝顔に朝の挨拶聞かれをり
本殿を包む夕闇虫すだく
秋草やしやがみて濡らす膝小僧
ウインチの錆びつく浜や海猫帰る
落し水研がれて細る荒砥石
磴二百上れば近し秋の空



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 初秋 (藤枝)横田 じゅんこ
大いなる影踏み秋のはじめかな
墓参より戻り独りの灯をともす
三都夫亡し正文も亡し秋蛍
親よりも白き子山羊よ天高し
インターホンこはれてゐます鵙の声
日向へと飛びたがる豆打ちにけり

 送り盆 (多久)大石 ひろ女
秋立つや点滴だけの日を重ね
野分雲一匙づつの粥啜る
薄墨にほぐす筆の秀盆来る
余生などなかりし夫に門火焚く
透きとほる峡の水音送り盆
笛の音に始まる里の秋祭

 酒樽の銘 (宇都宮)星 揚子
蟬落ちて脚一本の動きけり
葉の裏の端にかなぶん並びゐる
影を追ふ影追ひつかず走馬灯
銅像の盛り上がる眉秋暑し
不揃ひに揃ふ鑿跡秋涼し
酒樽の銘の筆勢秋の風

 西日 (東広島)吉田 美鈴
西日濃し足場高きに鳶職人
夏雲や尾根に立ちたる遭難碑
出帆の銅鑼の音近く干す昆布
朝影に稲穂出揃ふ棚田かな
源流のかすかなる音橅黄葉
山小屋にスイスにて迫る氷河や星月夜

 鶏頭 (浜松)阿部 芙美子
風鈴や猫が顔出す勝手口
遠泳の子を追ふ教師船に立ち
鳳仙花子に初めての反抗期
鶏頭の影の大きく暮れにけり
山深き川の青さや新豆腐
赤蜻蛉群れて夕暮つれて来し

 今日の秋 (稲城)萩原 一志
スケボーのサングラスの子空舞へり
秋立つや影の伸びゆく砂の城
父母の田の一枚売れて今日の秋
朝顔の竿に結べり恋みくじ
村長の手ぶりに合はす盆踊
つまべにの子の手に触れて弾けけり

 藻塩 (呉)大隈 ひろみ
居間の灯に帰省の土産広げをり
白粥に藻塩ぱらりと今朝の秋
つゆ草や枝折戸押して回覧板
つくつくし十日まとめて書く日記
小謡を復習ふ朝や白木槿
一湾の潮満々と流れ星

 土のにほひ (浜松)林 浩世
朝の蟬足し算するに指折る子
戦闘機の爆音青鷺の不動
屈葬の胸に貝輪や夏惜しむ
キューピーの閉ぢぬ眼や夏の果
踊り終へ土のにほひの立つ櫓
ひぐらしの語尾の川面へ落ちてゆく

 大暑 (出雲)荒木 千都江
向かうから同じ片蔭使ふ人
歩くたび日傘の中に風そよぐ
人出だけ眺めて帰る祭かな
人声も風音もせぬ大暑かな
四阿に礫のごとく蟬時雨
埃くさき風立ち雷の鳴りはじむ

 昨夜の雨 (船橋)原 美香子
初秋や庭の小草に昨夜の雨
鴉尾を引き摺りあるく残暑かな
蟷螂の鎌振り上ぐる前通る
猫じやらし特急上野行き通過
日の暮れて厨にとどく踊唄
颱風のちぎれ雲らし雨ざつと



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 本倉 裕子(鹿沼)
軒下の巣は空つぽに秋の暮
雑巾をきりりと絞り盆用意
イケメンの背番号を追ふ秋日傘
観戦を終へ三日月ほどの西瓜食ぶ
秋思ふと指紋の渦を見てをりぬ

 野田 美子(愛知)
かなかなやまたも割れたる筆の先
秋風の過ぐれば瀬音ふつと消え
伊吹嶺に日の差す二百十日かな
一人居の湯船に秋の蚊の浮きぬ
秋霖や付録嵩ばる月刊誌



白光秀句
村上尚子

観戦を終へ三日月ほどの西瓜食ぶ 本倉 裕子(鹿沼)

 高校野球、プロ野球、サッカー、ラグビー等々……観ていれば時間の経つのも忘れてしまう。結果がどうであったかをすぐ読み取ることは困難だが、かなり長い時間熱戦に心を奪われていたことは想像できる。その結果が「三日月ほどの西瓜」だった。もし勝っていたとすればとてもそれだけでは済まないだろう。思い切った句の成行きがユニークである。とは言え、心残りの一日だったことだろう。
  雑巾をきりりと絞り盆用意
 盆と正月は最も重要な年中行事である。地方や宗派によっての違いはあるが、先祖を思う気持に変りはない。その手順もそれぞれだが、作者は先ず掃除をすることから始めた。「きりりと絞り」に遣る気満々の姿が見える。その結果は言うまでもない。

伊吹嶺に日の差す二百十日かな 野田 美子(愛知)

 滋賀県と岐阜県の境にある伊吹山。薬草と高山植物の宝庫として親しまれている。又、古くから山岳信仰の聖地と言われ、山頂には日本武尊の像が建っている。今日が二百十日だと気付いたことで改めてその山容と歴史に思いを馳せているのだろう。最近の異常な暑さや豪雨も最早人の力が及ぶものではない。〝神頼み〟がどれ程のものかと思いつつも、山頂に向かって願わずにはいられない。
  秋霖や付録嵩ばる月刊誌
 子供の頃の少年少女用の月刊誌を思い出した。本体より付録の方が欲しくて買ったことがある。この付録もさぞ心惹かれるものだったに違いない。帰り道のことも忘れて買ってしまった。外は雨が降っている。嵩張る付録を濡らさないように歩くのが精一杯。
 秋の雨は春の雨とは違いしつこいものである。

朝涼や物干し竿を使ひ切り 森田 陽子(東広島)

 今年の暑さは厳しかった。そのようななかでも涼しい時を逃すまいと家事にいそしむ作者である。洗濯物が所狭しと干されてゆく。この空模様なら二、三時間もあれば乾くだろう。主婦の気合が見えてくる。

夜の秋冷めつつ香るハーブティー 高橋 茂子(呉)

 ハーブティーは香りだけではなく薬用にもなる。熱い湯で滲出することで効果がある。飲むまでの時間はその香りを楽しむこともできる。〝秋の夜〟ではなく「夜の秋」という繊細な季節感ならではの一句。

はらからの思ひ出語る生御魂 水出もとめ(渋川)

 お盆は祖先を供養するだけではなく、目上の人に感謝をして饗応することも含まれている。もとめさんは戦前戦後を経てめでたく百歳を迎えられた。思い出は語り尽くせないほどある。白魚火の大先輩に大きな拍手を送る。

いんげんの蔓浮雲を摑みをり 沼澤 敏美(旭川)

 いんげんには蔓のあるものとないものがあるが、これは蔓のあるもの。支柱をすればそれを頼りに人の背丈より長く伸びる。葉の隙間には次々と雲が流れてゆく。その一つを蔓が摑んだと言う。俳句ならではの発想。

夕顔の折目正しき蕾かな 髙添すみれ(佐賀)

 夕顔は朝顔とは逆に夕方から咲き始め朝にはしぼんでしまう。古くから詩歌に詠まれてきたように、夕闇に浮かぶ姿ははかなげななかにも凜とした美しさがある。実はうすく削るように剝き干瓢となる。

門火焚く犬の名前を呼んでをり 鈴木けい子(浜松)

 先祖を迎えるために家々の庭で焚く門火。一つの火を家族が揃って囲む。ところが家族同様にしている犬がいないのに気付き声を掛けた。数分間の出来事が映像となって浮かんでくる。

堅物の父の遺品のアロハシャツ 松山記代美(磐田)

 ハワイから渡来したアロハシャツ。今となっては珍しくはないがあくまで遊び着。堅物だったと思い込んでいた父上の一面を知り驚いている。しばらくは思い出話に花が咲いたことだろう。

フェルトの聖書のカバー晩夏光 西山 弓子(鹿沼)

 長年多くの人の手に触れ大切にされてきた聖書。その証が〝フェルト〟のカバー。触れただけで歴史を彷彿させる。そこへたまたま射し込んできた〝晩夏光〟。

ひと雨の欲し冷麦を茹でてをり 渡辺 加代(鹿沼)

 暑い日の冷麦は何よりのご馳走である。日常の主婦の行動から自然に生まれた言葉と動作の出合い。俳句はいつ、どこで生まれるか分からない。今年の夏の暑さも雨も人間に容赦なかった。


その他の感銘句

朝の風一瞬止みて秋に入る
立秋の風四阿にむすび食ぶ
一週間休診とあり夏祭
盆の月星を隠してしまひけり
秋初め豆大福を手土産に
砂煙来る日盛の外野席
八月の空こんなにも晴れてゐる
葎草丈なす中央分離帯
櫓より流るる母の踊唄
糖床に色を残して茄子漬かる
閉むれば開く横の抽出し秋初め
容赦なく王手かくる子敬老日
冬瓜の未だ居据る厨かな
麦茶飲む八重山産の黒砂糖
はらからへ分くる芋茎の干し上がる

佐藤 琴美
高田 茂子
鈴木 敦子
富岡のり子
小嶋都志子
森  志保
武村 光隆
三浦 紗和
小杉 好恵
阿部 晴江
岡  久子
山田 哲夫
鈴木 竜川
高山 京子
江連 江女



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

 苫小牧 坂口 悦子
朝刊の程良い湿り秋に入る
流木を洗ふ波音星月夜
父親の顔で帰り来盆休み
灯籠の灯りて悲し消せばなほ
売れ残る西瓜幾度も叩かるる

 浜松 鈴木 誠
向日葵を見上げて通るランドセル
錫杖の音こだまして秋に入る
竹箸の添へて出さるる新豆腐
生御魂ジョッキ片手に武勇伝
同行の杖を洗ひて萩の宿



白魚火秀句
白岩敏秀

父親の顔で帰り来盆休み 坂口 悦子(苫小牧)

前回、息子と会ったのは結婚式の時である。その時はまだ、頼りない青年のように思ったが、今ではしっかりと父親の顔になっている。態度も落ち着いて一家の主としての貫禄もついた。「父親の顔」に成長した息子を誇らしく思う親心が出ている。
 売れ残る西瓜幾度も叩かるる
ここに到るまで何度叩かれたことか。二、三度叩かれては、いつも隣にある西瓜が買われてしまう。色も形も他の西瓜に見劣りすることはないのだが、今日もまた売れ残ってしまった。残されたものの哀れさ、人間社会にも通用しそう。

同行の杖を洗ひて萩の宿 鈴木 誠(浜松)

一日の遍路の行程を歩き、萩がきれいに咲いている宿に着いた。そして、自分の足となってくれた杖を洗った。遍路の杖は弘法大師の象徴だから大師の足を洗うようにていねいに洗ったのだろう。これからも続く同行二人の遍路の旅である。
 生御魂ジョッキ片手に武勇伝
左手に生ジョッキ、右手に太刀ならぬ手刀。手刀を大きく振りながら若い時の武勇伝が始まった。何度も聞いた話だが、そのたびに大きくなっていく武勇伝。人生百年の時代、どこまで大きくなっていくのか、少し心配。

赴任地はどこも故郷天の川 宇於崎佳子(浜松)

サラリーマンは辞令一枚で何処へでも行かねばならない。赴任先の土地に馴染み、その土地の人になりきって仕事をする。「どこも故郷」と言い切るところが企業戦士の真骨頂。夜空に広がる天の川が各赴任地を繋いでいる。

稲刈の音の重なる日曜日 難波紀久子(雲南)

〈田を植ゑるしづかな音へ出でにけり 中村草田男〉。かつての田植えは手で植えていたので静かだった。稲刈りも同様で静かだった。今はどちらも機械化。稲刈りが日曜日にしか出来ないサラリーマン農家の実情を伝えている。

泡立草一花一花を輝かせ 池森二三子(東広島)

北アメリカ原産で帰化植物。繁殖力が強くて在来種を滅ぼすとか花粉症になるとかで駆除の対象となったほどの嫌われもの。そんなことはお構いなしに、泡立草は自分のために一花一花を懸命に輝かせている。その懸命さにこころ寄せた句。

一族の系図ながなが生身魂 長島 啓子(栃木)

長く続いた家系なのだろう。一族の関係をことごとく記憶している。一族の繋がりから逸話までながながと話し始める。まるで古事記の稗田阿礼のような生身魂。

待ちかねし喜雨本降りとなりにけり 市川 泰恵(静岡)

長く続いた旱に畑の作物が弱ってきた。ここら辺りで雨がと思っていると恵みの雨が一滴。嬉しやと思っていたら何と大粒の本降りになってきた。雨は嬉しいが本降りまでは…と痛し痒しの思い。

徹夜して少年の夏終はりけり 池本 則子(所沢)

楽しかった夏休みの付けが回ってきた登校前日。一寸延ばしにしてきた宿題の山を前にねじり鉢巻きで奮闘。勿論、本人のみならず父も母も付き合わされて大慌て。結果、眠たい目をこすりながらの登校となる。楽あれば苦ありの諺が生きている。

美味しいと一言欲しい夏料理 渡邉知恵子(鹿沼)

時間と腕によりをかけて作った夏料理。味も自慢できるし見た目にも涼しく作った。夕餉の膳に並べると黙って食べ始めた。咳払いして催促しても素知らぬ振り。せめて言って欲しい「美味しい」の一言。気持ちの通じない夫に苛ついているところ。

盆の客昔話をくり返し 伊能 芳子(群馬)

お盆には親戚や友人が来て、故人を偲んで仏壇に手を合わせて帰って行く。中には話込んでいく客がいる。この客がそうである。同じ昔話を何度も繰り返して喋っている。話すことは供養と家人は静かに聞いているが、襖の奥には箒が逆様に立ててある。知らぬが仏とはこの客のこと。


    その他触れたかった句     

猪垣のままに捨て田となりにけり
筒を持つ花火師闇に仁王立ち
子の攩網の干されて終はる夏休み
今朝秋の糊のききたるシャツの衿
仮眠室机に小さき青蜜柑
台風や非常袋に持病薬
蔓絡む外灯野分だちにけり
今朝の秋舐めてはほぐす筆の先
庭下駄を新しくして門火焚く
隠沼の静寂に鳴きぬ草雲雀
庭掃けば青柿一つ落ちてくる
墓参みんな素直な顔になり
炎帝のみじろぎもせぬ真昼かな
送り火や無言に夫はかがみをり
見送りの母まだ見えて秋夕焼
はじまりはフルートの音ひろしま忌
七夕や笹の葉鳴らす風の吹く

川本すみ江
舛岡美恵子
才田さよ子
後藤 春子
工藤 智子
平田 美穂
森  志保
溝口 正泰
野田 弘子
市川 節子
伊藤 妙子
三浦 紗和
冨田 松江
岩㟢 昌子
奈良部美幸
真野 麻紀
伝法谷恭子


禁無断転載