最終更新日(Update)'23.08.01

白魚火 令和5年8月号 抜粋

 
(通巻第816号)
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8月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   平間 純一
「風の並木」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
荻原 富江、砂間 達也
白光秀句  村上 尚子
第五回白魚火俳句鍛錬会報告 中村國司、檜林弘一
令和五年度栃木白魚火第一回鍛錬吟行会 星 揚子
実桜句会総会・吟行報告 佐藤 琴美
静岡白魚火総会記 大石 初代
令和五年度浜松白魚火会吟行記 佐藤 升子
『忙中閑あり』の吟行句会 金田野歩女
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
池森 二三子、今泉 早知
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(旭川)平間 純一

スケッチを飛び立ちてゆく夏の蝶  寺田 佳代子
          (令和四年十月号 白光集より)
 スケッチブックを拡げ描いていたところ、どこからか蝶が飛び立って行った。
 その蝶は、少し大きくかつ、素早く飛んでいった。揚羽蝶でしょうか、それともオオムラサキでしょうか。いずれにしても、美しい立派な夏の蝶だ。
 まるでスケッチの絵の中から蝶が飛びたったようで、その閃きがすばらしい。

惜しみなく薔薇を浮かぶる湯浴みかな  小林 さつき
          (令和四年十月号 白光集より)
 花の女王と言えばやはり薔薇でしょう。その花びらを湯に浮かべて入るお風呂のなんと豪華で、まるで女王気分に浸るよう。たとえ自分の庭に咲いた五、六輪の花でも、惜しみなくと表現したところにこの句の素晴らしさがある。
 ゆったりと心行くまで湯浴みをするさつきさんを思い浮かべる。

打水や柄杓の描く二次曲線  熊倉 一彦
          (令和四年十月号 白魚火集より)
 学生の頃、二次曲線の方程式を解くのは、なかなか骨が折れたものです。
 打水で、さっと走る柄杓の軌跡に二次曲線をひらめくのは、数学が得意だったのか、苦手で未だに夢に出てくるのか。とにかく二次曲線がよい。
 打水にさっと涼風が吹くような、動きを感じる佳句なった。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 母の日 (静岡)鈴木 三都夫
連休を駆り出されたる茶摘かな
新茶もて朝の仏事の茶湯かな
早苗はや水に馴染みて立ち揃ふ
帰りには負んぶとなりし薄暑かな
はまぼうや皆浜までの蜑の路地
はまぼうや紫淡き蜑の墓
食べ料の蜑の浜畑茄子の花
母の日や句碑とし在す母を訪ふ

 嘉右衛門君 (出雲)安食 彰彦
早苗月空はあかるし神名備野
早苗月吉備の国より婿来たる
夏の宴嘉右衛門君に誘はれて
籘椅子に掛けて読みだす仙花句集
籘寝椅子まどろむ父が眼にうかぶ
一匹のうるさき蠅を打ちにけり
冷蔵庫よりひとつ取り出し目玉焼
風鈴の音色に彼の地思ひ出す

 空港 (浜松)村上 尚子
白樺の幹のまぶしく五月くる
入れ替り鳥のきてゐる新樹かな
伸び代のある子ばかりや柏餅
母の日の鏡を拭けばははの声
柵に干す馬具のいろいろ麦の秋
空港の正面に富士風薫る
出発のゲートに並ぶ夏帽子
飛行機のとび立つ茅花流しかな

 実梅 (浜松)渥美 絹代
ゴールデンウィーク月の太りゆく
河原に火作りてゐたる子供の日
珈琲店若葉山から水を引く
影多き庄屋の庭に巣立鳥
卯の花をこぼし釣師の帰りゆく
修復の堂にいただく新茶かな
薔薇園にさきほどの鳥戻りくる
長屋門くぐれば実梅ひとつ落つ

 妹のこゑ (唐津)小浜 史都女
天山に明るき雨や葱坊主
貝寄の小さきふぐを連れて来し
退くときの潮のきらめき五月来る
ねんごろに祀る水神河鹿笛
草を引く前頭葉を空にして
白飯にあぶり明太六月来
ががんぼの愛されもせず憎まれず
年取らぬ妹のこゑぐみ熟るる

 夏めく (名張)檜林 弘一
一枚の空屈託のなき五月
レコードへ針を落としぬ新樹の夜
はるかより声風に乗せ夏雲雀
湯煙を太く噴き出す若葉山
香具山の坂に開きぬ白日傘
緑さす奉納絵馬に六歌仙
緑蔭にゐて緑蔭に手を染めぬ
断捨離をして飛魚となりにけり

 牛冷す (宇都宮)中村 國司
三菱寮襖一重の薄暑かな
大通り公園初夏の乳母車
鍛錬のこころ先だつ更衣
泥の木の絮札幌の夏空に
神木に龍の片鱗著莪の花
将門と読めし石塔青田風
雲巖寺結界に竹皮を脱ぐ
落日の影絵子供が牛冷す

 薔薇 (東広島)渡邉 春枝
菜の花の径を選びて一万歩
たんぽぽの絮吹くときの幼顔
捨て畑の上も捨て畑つばめ来る
夏めくや畑にもどす野菜屑
花好きの薔薇を育ててばらに酔ふ
白薔薇や無心になれて庭の椅子
薫風や移植の苗のつぼみ付け
改札を抜け夏満月の蔵通り

 ケーキ型 (北見)金田 野歩女
帯状に林檎の花の麓村
静やかに市電の通るリラの街
聖母月未だ現役のケーキ型
若楓盲導犬に懐かるる
山高く空広からむ岩燕
学生の駆け浮葉にも目も呉れず
湿原の優しき風や三つ柏
雪渓に無邪気に遊ぶ山男

 明易し (東京)寺澤 朝子
繙くは先師の句集夜の新樹
緑さす寺号を問へば無縁寺(回向院)
回向とは手を合はすこと夏落葉
水色は奢りなき色四葩咲く
ダービー近し騎手の名探す虫めがね
荒ぶる神祀る社の蟻地獄
夏の月夜間飛行の灯がよぎる
灯を消してよりの一句や明易し

 若葉吹く (旭川)平間 純一
小径へとそれて薫れるリラの花
絞り出す絵の具のやうに若葉吹く
キャンパスの思索の池や桜実に
青時雨コタンの山に清気満つ
常宿の鳴らぬ目覚し明易し
黒揚羽クーチンコロの碑を掠め
理学部の鹿の剝製木下闇
踊るよな噴水にある不思議かな

 石楠花 (宇都宮)星田 一草
野の花を地蔵に供へ春惜しむ
すかんぽを嚙んで昭和の日なりけり
夏来る破れジーパンをファッションに
暁の白蓮開く静寂かな
菖蒲湯のチャンバラごつこ父の勝ち
石楠花や朝の山気を胸深く
青嵐山湖に白き波立つる
朴の葉の空のざわめき青嵐

 新樹光 (栃木)柴山 要作
窓を開け机辺整ふ立夏かな
県庁堀河骨ぐいと莟上ぐ
肩に触るる柳涼しき蔵の町
大利根や両毛国境麦熟るる
新興団地一本ひともと栗の花匂ふ
老杉の影もみくしやに水馬
石楠花に足止め仰ぐ奥白根
ミサに集ふ若き母と子新樹光

 夏野菜 (群馬)篠原 庄治
老松の芯伸び揃ふ廃墟かな
番号で呼ばれ診察目借り時
万緑を映す四万湖の照り翳り
一日を草刈る夜の深眠り
踊子草踊り忘れし残り花
木下闇一尋ほどの不動滝
幟立て無人販売夏大根
散り敷きしえごの花踏む湖畔径

 五月鯉 (浜松)弓場 忠義
花は葉に風のかたちのかはりをり
風薫る湖に白帆の立ちにけり
川風をひとのみにして五月鯉
夢のしつぽ摑みそこねて昼寝覚
みづうみに白帆の走る更衣
伐り出しの丸太の上に青蛙
純白のマリア像立つ薔薇の苑
花あやめ棚田の水車よく回る

 山の風 (東広島)奥田 積
軽快に走りゆく人吸葛
参道の明るき所山法師
卯の花や波紋を一つ池の鯉
国分寺の広き遺構や桐の花
昼顔や畑仕事の一休み
蛇苺下校の少女す通りす
ほととぎす総身に受くる山の風
杉苔の中や真白き梅雨茸

 風の香 (出雲)渡部 美知子
筍のずしりと届くきのふ今日
迷ひ来て山ふところの余花に会ふ
夜をこめて大地うるほす緑雨かな
そら豆や明日は百パーセント晴れ
龍笛に乗つて風の香うしほの香
蒼天を夏うぐひすの押し上ぐる
田水張る住宅街の一枚田
北を向く通し鴨にも里ごころ

 七十の色 (出雲)三原 白鴉
山法師揺れて一山揺らしけり
甕深く雨の目高の沈みけり
田を渡る風に梅雨入のにほひかな
七十の色は何色七変化
花楝所員五人の研究所
蓮浮葉押しては風の渡りけり
日を伝ひ花を伝ひて揚羽飛ぶ
手の甲の青き血脈梅雨の雷



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 一青忌 (宇都宮)星 揚子
大雑把に黒板消して薄暑かな
十薬や雨上がりゆく一青忌
田を植ゑて那須連山の裾長き
青嵐棚田一枚ごと光る
睫毛ほどの長さに目高孵りたり
土手上る軽鳧の子零れ落ちにけり

 朴の花 (群馬)鈴木 百合子
燕来る老いばかりなるジャズバンド
筆の穂をほぐし卯の花腐しかな
城山の裾廻すそみに朴の花明り
節穴の大き板戸や夏燕
卒塔婆の文字を潤す緑雨かな
雲の峰屋根に張り付きペンキ塗る

 カムイ (札幌)奥野 津矢子
そこここにカムイの宿る若葉かな
目で触るる和紙の風合余花の頃
小満の空や札幌大通り
直角の木道さくら実となんぬ
会へば手を握る母なり釣忍
昆布干す津軽海峡遠く見て

 小雀鳴く (浜松)大村 泰子
小雀鳴く洗ひ晒しのズック靴
わづかづつ縮む背骨や柏餅
産土へ参る近道柿若葉
青蛙鯉の口先にて追はれ
山頂へ白靴ゆられリフト行く
筒鳥や開け放ちある閻魔堂

 青蘆 (浜松)佐藤 升子
砂山に砂の走れり夏来る
一列に園児の行けり柿若葉
新緑やゲベール銃に錆の出で
青蘆や雨の来さうな湖の色
膨らみて乾く干し物風薫る
黒松の太梁渡し土間涼し

 竹皮を脱ぐ (牧之原)坂下 昇子
濁りまだ残る棚田に蝌蚪遊ぶ
若楓音たて走る渓の水
いつも足休むる坂の桐の花
皮脱ぎしばかりの竹の匂ひけり
竹皮を脱ぎ親竹に並びけり
花菖蒲飛石に足合はせ行く

 風薫る (東広島)吉田 美鈴
夏に入る目抜き通りを鼓笛隊
ランドセルの色のまちまち風薫る
茄子を植う一番鶏の声に覚め
手の窪に摘む木苺の三つ四つ
若僧の音高く掃く夏落葉
雨ごもり筍飯のこげ旨し

 夏 (東広島)溝西 澄恵
潮流の青を違へて瀬戸は夏
辞する機を電話にもらふ薄暑かな
緑さす松の葉伝ふ雨しづく
下の田へ流す水音谷うつぎ
谷渡る風に径あり竹落葉
円陣を組みて一声夏の空

 滝めぐり (牧之原)小村 絹子
鼻息の一瞬迫る草競馬
これよりは滝径となるえごの花
一人づつ渡る木橋や滝めぐり
水しぶき浴ぶる近さに滝仰ぐ
ついと来てついと消えたる蛍かな
茶所に生まれ育ちて新茶汲む

 目の薬師 (出雲)原 和子
木洩れ日や一畑薬師へさへづり止まぬ目の薬師
饅頭に㊀の焼印うららけし
天空の寺へ新緑縫うてゆく
新樹光龍の口より御霊水
夏兆すほんのり甘き御霊水
消えさうで消えぬ灯明若葉風



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 荻原 富江(群馬)
妹の墓訪ふ五月五日かな
山畑の雲の触れゆく桐の花
折紙に触れて指切る麦の秋
山あひの畦に一服植田風
裏町にパン焼くにほひ花柘榴

 砂間 達也(浜松)
女房に遺言ふたつ桐の花
たかんなや避難小屋へと登る道
よく切れる文化包丁初鰹
破れ傘傾くほどの雨の音
アルマイトのボウルにゑくぼ冷奴



白光秀句
村上尚子

山畑の雲の触れゆく桐の花 荻原 富江(群馬)

 作者は日々浅間山、妙義山、白根山、赤城山、榛名山等の名だたる山に囲まれ美しい四季の風景を目のあたりにされている。
 天気は下り坂らしい。山畑の上をいつもより低く雲が過ぎてゆく。そばには村のシンボルのように毎年桐の花が咲く。見馴れていたはずだが足を止めた。流れゆく雲は過ぎ去った長年の日々の思い出にも重なる。
  妹の墓訪ふ五月五日かな
 五月五日と言えば端午の節句、子供の日、そして一般的にはゴールデンウィークの最終日である。世間の華やぐ気持とは裏腹に妹さんの墓参りの日となった。いつ、どういう理由かは分からないが、妹さんに先立たれたことは大きな悲しみだったに違いない。

アルマイトのボウルにゑくぼ冷奴 砂間 達也(浜松)

 台所用品にも最近はカラフルな合成樹脂製やステンレス製のものが多く出回っている。しかし昔から馴れ親んできたアルマイトも廃れることはない。「ボウルにゑくぼ」とは、長年使い続けているうちにどこかへぶつけて出来た傷であり、ボウルへの愛着の表現。その中にちょこんと収まっている冷奴もいたって庶民的。今日も楽しみな晩酌が待っている。
  女房に遺言ふたつ桐の花
 夫婦で改めて遺言について話し合う機会はあまりない。よほど高齢か、あるいは病気などで余命を知らされた時であろう。
 作者は健康で六十二歳の現役世代である。それも「遺言ふたつ」とはどんな内容だろうと聞きたくもなる。この場のお二人に微塵の暗さもない。「桐の花」は奥様への敬意の表われだと解釈した。

化粧してをり夫は草を取つてをり 森  志保(浜松)

 これから出掛けようとしている休日の一齣か。作者がいそいそと化粧をしている一方、ご主人は寸暇を惜しんでか草を取っているという風景。どこにでもありそうなことだが、「草取」のイメージを大きく払拭してくれた。

鶯や山がむつくり起き上がる 大石登美恵(牧之原)

 鶯の声を聞くことで春の訪れを強く認識する。この句の面白さは人間ではなく山だったということ。「むつくり起き上がる」と擬人化したところが滑稽であり、的を射ている。

昼寝覚遺影の夫と目の合ひぬ 萩原 峯子(旭川)

 目が覚め自分を取り戻しつつあるときのほんの短い時間の出来事。その瞬間、一番先に出会ったのが御主人の遺影の目だった。何か言われたように聞こえたのか。それとも自分から声を掛けたのか……。しばし二人だけの時間が流れた。

夏来る駅舎の壁に日本地図 三島 信恵(出雲)

 どこの駅にも季節の変り目には観光地のポスターやディスプレーで壁面を賑わしている。どこも行ってみたい所ばかり。その中で大きな日本地図を見付けた。まだ行ったことがない所がたくさんある。一枚の地図に益々旅心を搔き立てられている。

螢手の模様はハート新茶汲む 舛岡美恵子(福島)

 「螢手」とは中国の明の時代に始まったという半透明の文様の磁器。光を通すとハートの形が浮かんで見えた。そこへ注がれた新茶である。その香りと味はまた格別。同じ新茶でも何とありがたいことか。

田に映る蒜山三座風薫る 山田 哲夫(鳥取)

 この山は岡山、鳥取の県境に位置し、下蒜山、中蒜山、上蒜山を差す。季節ごとに又、見る場所によって姿は変わる。今は田植が済んだばかり。その水面に三座がすっぽりと収まっている。「風薫る」が一層心地良い。

雲の峰男体山になぎの跡 小嶋都志子(日野)

 平成二十四年の白魚火全国大会の折、多くの方がその山容を目のあたりにされたと思う。日光富士とも呼ばれる美しい姿にも、かつて火山として活動した傷跡が残っている。この山の長い歴史に思いを馳せているのだろう。

憂さ晴らしにノン・アルコールビール飲む 鈴木 花恵(浜松)

 暑かったいち日の終りに飲むビールは格別。明日の活力の元にもなる。しかし作者はノン・アルコールで充分らしい。それで憂さが晴れたとしたら安いものである。飲み過ぎても健康への心配はないだろう。

五月雨や運河に朽つる平田舟 江⻆トモ子(出雲)

 平田舟は内水を行き来する和船の一つ。船底は平らで大正時代まで運行していたという。今は運河に繋がれ朽ちるに任せている。「五月雨」という雅な季語がかつての繁栄ぶりを彷彿とさせる。


その他の感銘句

花水木山木うごけば雨となる
赤白の芍薬母の忌日来る
薫風やイーゼルに貼る新メニュー
縄文へ誘ふ壺や雲の峰
空港より富士見え茅花流しかな
香水の香や空港の両替所
験担ぎ商ふ母の菖蒲髪
明易し空揚げにする深海魚
口笛の聞こえてきさうアマリリス
病窓の若葉日毎に濃くなりぬ
辛口の酒冷えてをり初鰹
降る雨を追ひかけてゐるあめんぼう
カーネーション母は大黒柱なる
掌にシャボン泡立て半夏生
歳問へば問ひ返されて芋の花

鈴木 利久
谷田部シツイ
岡  久子
本倉 裕子
高田 茂子
金原 恵子
栂野 絹子
鈴木 敦子
古橋 清隆
谷口 泰子
武村 光隆
佐々木智枝子
太田尾利恵
唐沢 清治
山口 和恵



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

東広島 池森 二三子
牧の牛寄りそふ木かげ五月来る
子の所作に思はず拍手柏餅
小満や歯の抜け初めし子の笑顔
雲梯に風まとふ子よ麦の秋
特上の笑み草笛に音生まれ

旭 川 今泉 早知
リラの花児にもかをりを嗅せをり
公園のベンチに忘る夏帽子
神窓開けチセの夏炉の火入れかな
蝦夷蟬やチセ一棟を燻しをり
チセ燻す夏炉のイナウ新しく



白魚火秀句
白岩敏秀

 牧の牛寄りそふ木かげ五月来る 池森二三子(東広島)

五月は夏の初め。瑞々しい新緑の季節でもある。牧に散らばっていた牛が、誘い合うように新緑の木かげに集まってきた。新緑に囲まれた広々とした牧場と牛のゆったりとした動き。日常の忙しさを忘れたひとときである。
 特上の笑み草笛に音生まれ
友だちと学校帰りに草笛の練習をした。何度やっても音が出てこない。夢中で吹いていると突然に音がでた。その嬉しさが「特上の笑み」。きっと、顔中が笑っていたのだろう。

神窓開けチセの夏炉の火入れかな 今泉 早知(旭川)

チセはアイヌ語で家のことで笹葺きの住居をいう。家の中央に炉が切られ、炉の上座の後ろの窓が神窓であり、神の出入りする神聖な窓である。この炉は煮炊きする炉でもあり、家族が暖を取る炉でもある。アイヌの伝統が今も守られ、次の世代に受け継がれてゆく。
 チセ燻す夏炉のイナウ新しく
イナウはヤナギやミズキなどの皮を剝いだ枝を薄く削って作った御幣のこと。さまざま儀式に使われる。このイナウもチセの火入れの時に使われたものだろう。アイヌ信仰の深さを知ることができる句である。

抱く嬰の重きが嬉し夏座敷 冨田 松江(牧之原)

おそらく、赤ん坊を見せに里に帰ってだろう。生まれた頃は首も据わらず頼りなく思ったものだが、今は顔を見て笑ってくれる。体重もぐっと増えた。赤ん坊を囲んで家族の幸せな笑い声に満ちた夏座敷。

湖に出てさざ波となる若葉風 周藤早百合(出雲)

山で生まれた若葉風が野を渡り、田を吹いて湖に着いた。その途端にさざ波になったという。普通なら「さざ波起こす」というところ。そんなありきたりの表現を嫌って、湖を凝視することで得られた表現。若葉風からさざ波への飛躍が新鮮。

短夜や犯人はまだ本の中 久保久美子(呉)

読み始めた推理小説のページも半ばを過ぎた。あちらこちらに犯人の伏線がはってあり、犯人が特定しがたい。刻々と時は過ぎてゆく。犯人が分かるのはもう少し先のページで犯人はまだ本の中。犯人の分からないもどかしさ…夜明けが近い。

若楓ゆらぎて青き空生まる 長田 弘子(浜松)

楓は夏は新緑、秋は紅葉となり、目を楽しませてくれる。今は若葉の楓。いきいきと葉を重ね合っていても、風がそよげばしなやかにゆれて若葉の間に現れる初夏の空。若葉の中に「空生まる」の把握がうまい。

天気病てふ不調あり雨蛙 鈴木 花恵(浜松)

天気病とは天候や気圧、湿度によって起こる身体のさまざまな不調のこと。朝、目覚めたところ何となく身体がだるくて、布団のなかでぐずぐずしていると窓の外で雨蛙が鳴いた。ああ、これが天気病というのかと納得した。正式な病名ではないが、病欠の理由にはなりそうだと再び布団に潜ってしまった作者。

緑蔭に座り老女のよく喋る 松下加り子(浜松)

公園の緑蔭のベンチに休んでいると、見知らぬ老女が来て隣に座った。初めは調子よく相槌をしていたが、そのよく喋ること。〈緑蔭に三人の老婆わらへりき 西東三鬼〉は仲良しの老婆三人、こちらは見知らぬ老婆一人。この老婆は三人分ぐらい喋るので、少し辟易しているところ。

若楓力満ちくる風ありて 中澤 武子(高知)

若楓を揺らして吹く風は初夏の薫風。やがて青嵐となり大南風となる。風が名前を変えてゆくにしたがって力も強くなる。「力満ちくる風」といって風の力で季節の移ろいを表現した。藤原敏行の〈秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる〉は秋の部、揚句は夏の部。

辣韮むく匂の中に腰すゑて 町田由美子(群馬)

辣韮の収穫は夏。掘り上げた辣韮の根切りをして洗い上げて皮を剝く。匂の中での連続の作業である。この匂はおいしい辣韮漬けの隠し味のようなもの。美味しいものを作り出す為にはすべからく腰を据える必要がある。


    その他触れたかった句     

田水張り鏡千枚現はるる
抜きんでて花の淋しき破れ傘
五月かな今朝の鏡のよく光り
麦秋や三国街道雨もよひ
炎天と知れり担架で運ばれて
大粒の雨となりけり杜若
トロ箱の飛魚羽を畳みをり
窓からの磯の香りに更衣
放哉の終焉の庵みどりさす
後ろ手に結ぶエプロンえごの花
花冷や厩に高き明り窓
田植待つ水面に雲の流れをり
漁終へし底引船に夕立くる
田水張りふるさと広くなりにけり
窓を拭く夏めく空の高さかな
近寄れば五位鷺ちよつと跳びて夏
夏めくや樹々の名札のあたらしき

沼澤 敏美
村松 綾子
橋本 晶子
高橋 見城
中山 雅史
石原  緑
佐藤 琴美
工藤 智子
中林 延子
後藤 春子
福光  栄
西沢三千代
小澤 哲世
大石 弘子
三加茂紀子
脇山 石菖
加藤 雅子


禁無断転載