最終更新日(Update)'23.10.01

白魚火 令和5年10月号 抜粋

 
(通巻第818号)
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10月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   町田 志郎
「鑿跡」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 安食 彰彦ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
鈴木 利久、栂野 絹子
白光秀句  村上 尚子
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
山田 哲夫、浅井 勝子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(群馬)町田 志郎

犬の尾のよろこんでをり花野道  浅井 勝子
          (令和四年十二月号 白光集より)
 犬は散歩が大好きです。尻尾を振って喜んでいるようすが窺えます。家族と愛犬と天気のよい休日に、広くて美しい花野に出掛け、日頃のストレスを犬と共に発散できたのではないでしょうか。こういった時間を持ちたいものです。

秋の草精一杯の色を出し  大石 益江
          (令和四年十二月号 白魚火集より)
 秋本番、やがて寒くなるまでのそれぞれの草が綺麗に色をつける様子を詠んだものと思います。『精一杯の色を出し』の表現から察すると、その草の持つ最大の美しさを観たのだと思います。ごく普通の光景の中を見逃さなかった。草の持つ百パーセントの力を発揮しているのに気付き、この句を詠んだものと思います。比喩の表現で、人と比べるのではなくその人なりに生きれば良いと言っているようです。この瞬間を全力で生きろとも言っているように思います。人の生き方に直接入った心に響く句だと思います。このように生きたいものです。

原始林の奥の奥まで照紅葉  高田 喜代
          (令和五年一月号 白魚火集より)
 大自然の中の広葉樹、中七の表現により広大な景色を感じます。そして、日を浴びる紅葉。スケールの大きさを感じる句です。迫力ある景色の映像が、目の前にバーンと迫ってくるように感じます。実際に見てみたいものです。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 街大暑 (出雲)安食 彰彦
暑いなとはひとり暮しは口にせず
豆腐など食べて暑き日やりすごす
目薬を一滴入れて暑に耐ふる
きのふけふ大暑の道の草刈夫
考へをふつと忘るる大暑かな
街大暑自分の部屋へ亡命す
スーパーにゆく気力欲し街大暑
炎昼や救急車又救急車

 兜煮 (浜松)村上 尚子
朝の日を乗せてはこぼし竹落葉
単衣着て人待つことの楽しさよ
モビールの端に西日が触れてをり
飴色の鯛の兜煮半夏雨
覗かれて箱庭の空晴れてくる
沖波の夕日呑み込む海紅豆
列車行く青田一枚づつ揺らし
遅れ行く我を老鶯囃したる

 盆の僧 (浜松)渥美 絹代
田を植うる修験の山を仰ぎては
山鳩の声を近くに茅の輪結ふ
濁りたる川へ釣糸半夏生
坐禅石にしばしとどまる瑠璃蜥蜴
笛さらふ音を聞きつつ端居かな
遠雷や蔓あるものはつる伸ばし
手作りのパン屋の列に盆の僧
日の沈む方へと電車ぎすの鳴く

 田の神 (唐津)小浜 史都女
畦にまだ力をのこし余り苗
夕顔に二つ目の星生まれけり
滝風に押し返す風ありにけり
田の神に二本もらひし野萱草
山の子も川の子もゐず夏休み
蟻の列数を力としたりけり
七夕や部屋にいくつも灯の死角
雨止んでこゑ合はせゐる夕かなかな

 晩夏 (名張)檜林 弘一
鳶の輪を高く淡海の梅雨明くる
夏雲に触れ神宮の大鳥居
夕焼の托鉢僧を染めにけり
提灯に置屋の屋号夕涼し
どことなく風の身に添ふ夜の秋
風鈴の音甦る夜明けかな
海峡の紫紺の潮目夏惜しむ
夕凪やとろんと一つ波生る

 頸の汗 (宇都宮)中村 國司
喊声はテレビに湧けり熱帯夜
蚊のこゑも殉死の墓も藪の中
でんせんに並ぶ燕の子の喃語
こもりける青唐辛子炒めの香
暑すぎて涙の浮かぶ草ありぬ
行合ひの自壊果たせり白薔薇
みんみんの一山統ぶる殻の数
つつつつと滝夜叉姫が頸の汗

 楠若葉 (東広島)渡邉 春枝
朝刊の今日の運勢植田風
薫風や路地を抜け行く郵便車
念願の一書得てより風涼し
山城の跡の古井戸楠若葉
話し下手を今にひきずる新茶の香
水足して目高の命透かしけり
計画に終はりし旅行朝の虹
揺るるたび七夕竹の雨こぼす

 津軽 (北見)金田 野歩女
鵺の声降る山宿の闇深し
青簾本に微睡む金の刻
あま鷺と云ふ迷鳥に青田波
あつさりと児に捕まりし天道虫
吟行や日傘の色の皆違ふ
雪渓の全客映すダム湖かな
冷酒や夫の宝の江戸切子
青林檎津軽に学ぶ子を想ふ

 蟬しぐれ (東京)寺澤 朝子
香煙を頭に浴び四万六千日
鬼灯市一本締めによその子も
茅舎忌の結びて涼し朝の露
背伸びして岐阜提灯を吊りし日よ
(句会兼題二句)
花茣蓙にでんぐり返りの血が騒ぐ
思ひ人みな世に在さず蟬しぐれ
それなりに晩年楽し百日紅
同窓誌久びさ手にす夜の秋

 砂の波紋 (旭川)平間 純一
陽を塗す野外ライブにビール汲む
心太さっきの話なんだっけ
大雪山たいせつの水渾々と冷さうめん
灯をともす簾の内の生活かな
夏蝶を追ひたり森の蒸す臭
七月一日姫鱒釣りの舟一斉
流木の死骨と化する夏の湖
夏果の湖底に砂の波紋かな

 夏料理 (宇都宮)星田 一草
明易しこけしの並ぶ母の書架
ペダル踏む夕風涼し橋半ば
妻の忌や百合の一ひらほろと散る
しばらくは釣りを眺めて夏料理
夏料理いつしか庭の灯ともれり
涼しきや読経満つる伽藍堂
鳴き砂を踏むもキャンプの朝かな
湖に向く二人のベンチ月見草

 銀河 (栃木)柴山 要作
麻刈の夫婦の影の小さきかな
湯掛けしていよいよ冴ゆる麻の色
最後まで魚籠軽きまま月見草
叱られて家飛び出せり月見草
同じページ二度三度繰る秋暑かな
茶屋街の残暑にあふれ人の波
寝袋より目を凝らし見る天の川
山小屋の灯の消え銀河ほしいまま

 てんと虫 (群馬)篠原 庄治
首振つて左右に飛ばす顎の汗
夏鴨の水脈曳く湖の昏れゆけり
青嵐またたび白き葉を返す
逃げ技は転げ落つることてんと虫
干す梅の匂手に染む二夜三夜
畳擦る足音清し夏座敷
蕾解く力漲る蓮かな
短夜や癌の告知に寝付かれず

 晒布 (浜松)弓場 忠義
梅雨明のポテトフライに塩利かす
草むらの湿つてをりぬ夏の月
酒米の旗ひるがへる青田かな
稿半ば窓真向かひに夏の山
冷奴ごつき父の手見てゐたり
百枚の晒布吊りたる染物屋
魚屋の日除の紐に石ひとつ
半世紀の庭の一樹に蟬の声

 稲の花 (東広島)奥田 積
山門に構へてゐたる蟇
本堂を風通りぬけ凌霄花
梅雨明けて沈む夕日を見てゐたり
すれ違ふ日傘傾け路地に入る
灼けてゐる広島被爆救援碑
弓道部のフェンスにからみ灸花
西日して球場の影球児の背
夕風にこの一面の稲の花

 夏の果 (出雲)渡部 美知子
板一枚渡すせせらぎ半夏生
色あせし独和辞典や鷗外忌
道灼けてバイト募集の朱き文字
改札を出でて西日にまみれゆく
夢を見ることもまた夢熱帯夜
次々と雲を太らす夏の果
花むくげ夕日に別れ告げにけり
新涼の風に揺れゐるイヤリング

 昭和の風 (出雲)三原 白鴉
扇風機昭和の風を送りけり
複写機の熱き紙吐く日の盛
菩提寺の堂縁広く書を曝す
校名に残る村の名百日紅
汗しづく垂らし石工の石斫る
夾竹桃昼を眠れる漁師町
古墳めく鉄穴残丘稲の花
白桃の薄紙透くる朱の淡し



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 雲の峰 (浜松)佐藤 升子
焼鮎の尾鰭に力ありにけり
薬局の目高なまへで呼ばれをり
花林糖ばりばり嚙んで梅雨あがる
汀へと草分けてゆく雲の峰
窓一つ隔て運河やソーダ水
初蟬や三年前の日記帳

 梅雨の星 (藤枝)横田 じゅんこ
生きていませば百歳の師よ梅雨の星
緑蔭を出で人影のゆらめきぬ
夕焼や昼間は誰もをらぬ家
帰省子の水ふんだんに使ひをり
桔梗の蕾六角満を持す
蜻蛉来るほとけの水を替へをれば

 さくらんぼ (東広島)吉田 美鈴
消印は富士の山頂さくらんぼ
五線紙に音符書き継ぐ青田風
灯涼し牧野博士の図鑑繰り
山路の蛾ヘッドランプを打ちにけり
樫太し上り下りの蟻の列
校庭の芝にぽこぽこ梅雨茸

 チェロの弓 (宇都宮)星 揚子
チェロの弓揃ひて動き夕涼し
置き傘の並んでゐたり夏料理
電線を鳩歩きゆく朝曇
炎天や腿の汚るるユニホーム
波音に浮輪を穿いて走りけり
納豆の糸をぐるぐる秋暑し

 泉への道 (浜松)阿部 芙美子
半夏雨期限来てゐる置き薬
泉への道五万分の一の地図
鎌尾根に貼りつく鎖雲の峰
道標の傾きてをり御来迎
静かなる父はおそろし冷奴
落雷や壺の砂糖の固まつて

 海霧深し (旭川)吉川 紀子
慈悲心鳥森深くまで来てしまふ
語り部へ小さくうなづく藍浴衣
遠ざかる千島列島海霧深し
ドラマーの連打の響き夏旺ん
酒蔵の試飲待つ間の緋鯉かな
口開けの地酒酌みをり遠花火

 磨崖仏 (呉)大隈 ひろみ
行くほどに四葩の径となりにけり
パセリ嚙む十七歳の血の透けて
滴りや耳たぶ大き磨崖仏
涼しさやアルプス望む天守閣
兄嫁の白きエプロン半夏生
仕込み置きし味噌の機嫌をみる土用

 研屋 (浜松)坂田 吉康
梅雨晴間空き地に研屋来てをりぬ
遠雷や魚の目に貼る絆創膏
手斧目の梁を動かず青大将
灯の点るモデルハウスや夏至の雨
絞り出す歯磨チューブ朝曇
原爆忌きしきし洗ふカレー皿

 長屋門 (宇都宮)松本 光子
南天の花掃き一日始まれり
濡縁の下に猫の眼五月闇
天道虫ころりと落ちて逃れけり
老鶯や濱田庄司の登り窯
緑蔭やすこやか号の停留所
長屋門の涼しきベンチ譲り合ふ

 炎暑 (鳥取)西村 ゆうき
山風のさざ波となり未草
箔を打つ連打の音に梅雨明くる
冷素麵竹林抜くる水鳴つて
魚跳ぬ海の西日をはね返し
グランドの炎暑を均す土埃
かけ声の腰を沈めて神輿舁く



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 鈴木 利久(浜松)
軽鳧の子の親の水輪にくるまるる
朝市の声のしてをりほととぎす
老鶯や嶺へ嶺へと雲のぼる
睡蓮や十歳の子の得度式
吹く風の音ともならず青田波

 栂野 絹子(出雲)
夏山の見え出してきて近づけず
洗ひ髪父似に映る鏡拭く
氷屋の少しベタつくお釣り受く
水鉄砲口では勝てぬ姉にむけ
傘寿なほ忙しき日々や蟬の聲



白光秀句
村上尚子

軽鳧の子の親の水輪にくるまるる 鈴木 利久(浜松)

 産卵から二十六日ほどで孵るという「軽鳧の子」。親の後を追って歩いたり泳いだりする姿はいつ見ても愛くるしい。毎年カメラの的となり写真やテレビで見掛けることがある。
 過去の俳句の多くは、軽鳧の子の動作そのものを詠んだものが目に付くなかでこの句は一味違う。下五は「かこまるる」でも充分通用するが、「くるまるる」により一層その思いの深さが感じ取れる。
  吹く風の音ともならず青田波
 日本は〝瑞穂の国〟と呼ばれるように一年を通して〝田〟の風景は句材になる。しかし最も美しいのは、田に水が張られてから稲の葉が青々と育つ間だろう。見たままの風景を述べつつも、作者の視覚、聴覚の繊細な感覚が光る。

洗ひ髪父似に映る鏡拭く 栂野 絹子(出雲)

 夏は他の季節に比べ髪を洗う機会が多い。今ではドライヤーによってすぐ乾かすことができるので、昔の「洗ひ髪」の風情とは自ずと違う。この句はまさに現代の光景。湯気でくもった洗面所の鏡の前に立つ作者を想像する。「父似に映る鏡」とは、この日の気持がそう思わせたのだろうか。鏡を拭いたことによりお父様の思い出も鮮明に蘇ってくる。
 今迄にない独特の感性と語り口である。
  水鉄砲口では勝てぬ姉にむけ
 水鉄砲は昔ながらの子供の玩具。私の世代には竹筒に穴を開けたものの方がぴんとくる。今ではプラスチック製のカラフルなピストル型が多いようだ。子供同士のこととは言え、思うようになることばかりではない。こんな時こそ日頃我慢していた思いが爆発することがある。その的になったのが「姉」。
 「水鉄砲」で良かった。

朝焼や街灯一つづつ眠る 沼澤 敏美(旭川)

 日頃から見馴れている街灯に目を止めた。とかく点り始めに気付くことが多いなかで逆転の発想。朝焼の美しい空の下で一夜の役目を終えた街灯に命があるかのように捉えている。人間社会はこれから動き出す。

ローン完済噴水高く舞ひ上がり 髙部 宗夫(浜松)

 一般家庭でローンと言えば最も高額な家の購入、次いで車が思い付く。特に家のローンは長期に及ぶため、払い終わったときの安堵はひとしおである。噴水が解き放たれたように空高く舞い上がる解放感との取り合わせが意表を突く。

草いきれ父ありし日の日曜日 稗田 秋美(福岡)

 炎天の下に広がる草原を歩いているのだろうか。強い草の匂に突然思い出したのが遠き日のお父様の姿と声。そう言えばあの日は日曜日だった……。「草いきれ」の季語に新しい風を呼び込んだ。

球児らの白き歯夏の甲子園 栗原 桃子(東京)

 夏を代表する風物詩の甲子園。日頃あまり野球に関心がなくても少年達の汗と涙には心惹かれる。しかし勝敗はつきもの。「白き歯」は勝者を差していると思うが、敗者の「白き歯」も見逃せない。一生の思い出につながる。

廃屋を重機が銜ふ夏の雲 江連 江女(宇都宮)

 今やどこの自治体も廃屋に頭を悩ませている。この句は話が一歩前進したと解釈した。重機が無雑作に家を壊してゆく。単なる景かも知れないが「銜ふ」の言葉に、人の営みのあったはずの家屋への哀れみを強く感じる。

干梅や三日三晩の星明り 山西 悦子(牧之原)

 〝三日三晩の土用干し〟と昔から聞いてきた。梅干がおいしく出来上がるように土用の間にする作業。恐れるのは雨だが、どうやら順調に事が進んだようだ。手間暇を掛けてこそおいしいものが出来上がる。

帰省子の広き背中を扇ぐ祖母 鈴木 竜川(磐田)

 社会人も学生も夏休みを利用して帰省することが多い。特に久し振りに会う若者の成長は著しい。眩しいほど広く見える背中を扇いでいる祖母。そこには労りの声が聞こえる。

泣き止まぬ赤子と留守居夕立雲 佐藤やす美(札幌)

 赤ちゃんの機嫌が良ければ楽しい時間が過ぎるはず。しかし一度機嫌を損ねたらさあ大変。何をしても通じない。空には俄に黒雲が迫り、今にも大粒の雨が降りだしそう。

あんパンは父の好物盆供養 土井 義則(東広島)

 仏前には形式的な物に加え、故人の好物が供えられる。その一つが「あんパン」だと言う。何でも手に入る時代だが、好物に勝るものはない。生前の気さくなお父様の人柄が見えるようだ。


その他の感銘句

白南風や天山に雲ひとつなく
夏旺んペットショップにカメレオン
みづうみの杭の数だけ鵜の止まる
花茣蓙やままごとの子に成り切りぬ
遠雷や汁に浮かする溶き卵
青胡桃「キス」の頁に開き癖
園児にも三者面談アマリリス
朝顔をほめられ種を約しけり
端居して将棋の相手待ちてをり
縁側に集ふ家族や月見草
夜濯や気に入りの服明日も着る
物忘れ暑さの所為にして済ます
アシカにも名のありプール狭きかな
朝まだき声のたしかな時鳥
サングラスの巨漢に道を尋ねらる

新開 幸子
松山記代美
徳増眞由美
中山  仰
青木いく代
永島のりお
田渕たま子
山田 哲夫
松本 義久
富田 育子
髙田 絹子
飯塚富士子
中村 和三
脇山 石菖
萩原 峯子



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

 鳥取 山田 哲夫
青空のままで夜となる雲の峰
水無月や街路樹鳴らす夜風あり
風鈴の小さく鳴つて夜の風
夕焼に背を向けたる風見鶏
空蟬を拾ひて見せに駆けくる子

 磐田 浅井 勝子
梅筵からりと風の通りけり
峰雲やただひと刷毛のこけしの目
極楽の風吹いてくる三尺寝
箸休めの酢の物夕立上がりけり
雨止むか真夜の風鈴鳴り出しぬ



白魚火秀句
白岩敏秀

水無月や街路樹鳴らす夜風あり 山田 哲夫(鳥取)

水無月は旧暦の六月の異称。今の暦では七月の初めから八月の初め頃に当たる。暑さの厳しい頃に夜道を歩いていると街路樹がざわざわと鳴った。普段は気にも留めなかった街路樹の動きに涼しさを感じ取っている。街路樹が鳴るまでの暑苦しさが背景にある。
 青空のままで夜となる雲の峰
だんだんと周囲が暮れていくなかで、半天を占める青空と半天に聳える雲の峰。ひとつの空でせめぎ合う青空と雲の峰。暑い夏の一日のドラマが終わろうとしている日暮どき。

極楽の風吹いてくる三尺寝 浅井 勝子(磐田)

極楽の余り風という言葉がある。辞書には気持ちのよい涼風とある。極楽浄土から余った風が吹いて気持ちを和ませるとのことだろう。極楽の風に吹かれながらゆっくりと三尺寝を楽しむ。まさに極楽浄土にいるようなありがたい三尺寝であったことを表現した。
 雨止むか真夜の風鈴鳴り出しぬ
一般には風が止むと雨が降ると言われている。この句は風鈴を鳴らす風が吹き始めたので、雨が止むのだろうと捉えた。逆の発想をすることで蒸し暑く寝苦しい夜を言い表した。

平凡な日々や麦茶のまだ熱し 砂間 達也(浜松)

現役の時は昼も夜もなく仕事に夢中になっていたが、退職後は朝が晩となる単調で平凡な生活。そんな生活に飽きながらも現役時代のように気力、体力は充実していることを「麦茶のまだ熱し」で示している。

向かうから魚が覗く箱眼鏡 溝口 正泰(磐田)

箱眼鏡は水面上から水中を見るもの、水中眼鏡は水中に潜るときに使うもの。箱眼鏡を使って水中を覗いた途端、ガラスの向こうからこちらを覗いている魚の大きな目とぶつかった。主人公の驚きも大きかったが、魚の驚きもさぞかしと思わせて面白い。

空の色も雲の形も晩夏かな 有川 光法(東広島)

晩夏といえども暑い盛り。それでも燃えるようだった空の色も筋肉のように盛り上がる雲もどことなく様子が違う。気のせいか風にも涼しさを感じられる。行き合いの微妙な季節を空と雲に感じ取っている。

草引けば土の匂のついてくる 佐久間ちよの(函館)

夏草は少し手を抜くとあっという間に庭に蔓延っている。そこで、草取りとなるわけだが、草もさるもの、抜かれまいと強く抵抗する。更に力を入れて引くと、土のみならず土の匂までついてきた。草は生きるために土や匂までも味方につけていたとは。野生のつよさである。

花茣蓙の花の模様に子を寝かす 長沢 成美(西東京)

夏に花茣蓙を敷いて茣蓙のひんやりとした涼感を楽しむ。その花茣蓙の花の模様の上に幼い子を寝かしたという。きっと、周りには家族が息を潜めて子どもを見守っているのだろう。あるいは、団扇風を優しく送っているのかも知れない。やさしい家族に囲まれた子どもの夏の昼下がりのこと。

やじろべゑを指に遊ばす沖縄忌 橋本喜久子(函館)

沖縄忌は六月二十三日。沖縄で日米の最後の地上戦が行われた日である。追い詰められた島民の残された道は、玉砕か自決か降伏か。玉砕や自決は死への道、降伏は生存への道。重大な結論を迫られた島民の苦悩。弥次郎兵衛が左右のバランスをとって揺れている。

宿題の絵日記三日蟬時雨 乙重 潤子(東広島)

夏休みの宿題の絵日記なのだろう。真面目につけていたのは最初の三日間だけ。後は空白のページが続いている。彼に聞くと後で纏めて書くと言って、蟬時雨に誘われるように飛び出して行った。その結果、休みの終わる頃には一家がてんやわんやで手伝うことになる。長いようですぐ終わる夏休み。

鶴一羽折る少年の原爆忌 朝日 幸子(雲南)

今年も七十八年目の原爆忌が来た。原爆の犠牲者を悼み、世界の平和を願う。少年にとってこの日は大声で平和を願うことでもなく、核廃絶を求めて、街頭で行進することでもない。ただ静かに鶴を折って祈るのみ。少年の祈りが届く日が待ち遠しい。


    その他触れたかった句     

沸点に達する我が身大暑かな
夕立の過ぎてあしたのパン買ひに
女郎蜘蛛吾の高さに糸を張る
花茣蓙に座りままごと気分かな
爪切つて手足涼しくなりにけり
白球を追ふ少年へ蟬時雨
秘密基地木の上にあり夏の雲
薔薇の花月を恋して色づきぬ
グアム島の海の光の貝風鈴
夏氷雲の崩れの早かりし
炎天へミントの香りつけて行く
郭公や木の窓枠の小学校
花に水足元に水猛暑かな
エレベータ開きて夜の秋に出る
吊橋のたもと明るき山法師

富樫 明美
鈴木 利久
津田ふじ子
富岡のり子
高山 京子
井原 栄子
久保久美子
山西 悦子
山田 惠子
前川 幹子
榛葉 君江
前田 里美
神山 寛子
安藤 春芦
山口 悦夫


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