最終更新日(Update)'23.09.01

白魚火 令和5年9月号 抜粋

 
(通巻第817号)
R5.6月号へ
R5.7月号へ
R5.8月号へ
R5.10月号へ

9月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   奥野 津矢子
「潮ぐもり」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 安食 彰彦ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
古橋 清隆、柴田 まさ江
白光秀句  村上 尚子
群馬白魚火会村上鬼城記念館・洞窟観音・徳明園吟行  天野 萌尖
自然と触れ合い歴史に思いを馳せる ― 坑道句会六月荒神谷吟行句会報 ― 生馬 明子
「石照庭園」吟行記 妹尾 福子
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
福本 國愛、清水 あゆこ
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(札幌)奥野 津矢子

任されて尚母に聞く盆用意  大石 益江
          (令和四年十一月号 白光集より)
 連綿と受け継がれてきた盆用意、今年は益江さんが任されました。普段からお墓の掃除等仏様の供養しているのは想像出来ます。でも任された盆の支度でふと不安になる事もあると思います。そのような時に頼りになるのはやはり母。
 同月白魚火集副巻頭に〝母の手で父の送り火焚きにけり〟が載っています。掲句と合わせて読ませて戴くと母の存在は頼もしく、これから又受け継がれていく大石家の盆用意を思い、心穏やかな気持ちになり心配は無いと思いました。

ラフランス鬘の重き貴族の絵  山羽 法子
          (令和四年十一月号 白魚火集より)
 読後の納得感が凄いと思いました。貴族の肖像画のくりくりパーマは地毛だと思っていて実に綺麗な巻毛に感心していました。カツラだったのですね。
 上五に据えられた季語「ラフランス」は洋梨で言葉にしてしまうと用が無いとも、それで「有の実」とか言いますが梨は梨、フランスの貴族の華麗な生活が甘く漂ってきそう、そしてその後の衰退も感じ取る事が出来る鬘の重さでした。

秋の日の方へ切りたる足の爪  安藤 春芦
          (令和四年十二月号 白魚火集より)
 「秋の日」は秋の一日。爪を切るのは何時か、夜は爪を切ってはいけないと子供の頃言われた記憶があります。手の爪は毎日見ているので切り時は解りますが、足の爪はつい油断してしまうと結構伸びています。その足の爪を切るのに、「秋の日の方へ」と爪を切る方向を句にしています。新しい挑戦の句と感じました。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 古代蓮 (出雲)安食 彰彦
濃紫陽花降り出す雨にはなやぎぬ
ほこらしく大きく開く古代蓮
古代蓮つぼみふつくら天を指す
風一陣蓮の葉陰の紅蓮
古代蓮静かに風を捌きけり
覗き見る十二単の紅の蓮
古代蓮ふと考ふる吾の余命
句読点なき鳴き声の蟬鳴けり

 みちくさ (浜松)村上 尚子
麦秋や町を出てゆく列車の灯
街路樹の涼しき影をつなぎ合ふ
七月の風を分け合ふ舳先かな
鴨涼し遠つ淡海の波に乗り
夏帽子振つて別れしまゝの人
サングラス知つたかぶりをしてゐたり
みちくさに付き合つてゐる白日傘
炎天下日時計影を失へり

 夏座敷 (浜松)渥美 絹代
花菖蒲くどの煙の匂ひくる
太宰忌の雨の近づく汽車の音
夏至の日の一日暗き屋敷神
花うつぎ棚田の上の暮れのこる
長持の上十薬の活けてあり
暮れてより波音届く夏座敷
踏んでをり十王堂の蟻地獄
山羊の仔に声かけてゆく炎暑かな

 ほとけ顔 (唐津)小浜 史都女
紫陽花やほとけ顔して仏見る
八方に南瓜の雌花雄花かな
篠の子やをみなでありし沼の神
濁るほど降つてはをらず合歓の花
田も畦も匂ひだちたり半夏雨
夏椿濡れたるままに落ちてきし
団扇サボテンうちはの先に炎ゆる花
土蜘蛛のおほきな袋つけてゐし

 梅雨明 (名張)檜林 弘一
町を抜け茅花流しとなりにけり
男気の師の句を額に麦の秋
梅雨深し日記二行の続きたり
光溢るるナイターといふ器
昼寝覚乗りそびれたる觔斗雲
畦といふ規矩を飛び越え青田波
梅雨明や卸金の目きらきらと
川床料理ガラスの皿の触れあへる

 聴く目 (宇都宮)中村 國司
曇る日の蜘蛛の描ける生き地獄
梅雨しとど花の白さをなほ洗ひ
ずぶ濡れのうしろすがたや立葵
紫陽花の日ざしに暫し少女の眼
公園に人をり薔薇が咲いてをり
驚きをわすれしひとに赤き薔薇
梅雨の膜夜々の幕あり人生にも
夏の鴨雨を聴く目に見入りをり

 風薫る (東広島)渡邉 春枝
新緑の雨に枝張る庭の木々
咲き揃ふ裏参道の濃紫陽花
ゆるる度雨粒こぼす山法師
名曲に似たる瀬音や風薫る
登校の児ら一列に植田径
すぐに出ぬ木の名草の名夏野ゆく
読み終へし一書の余韻夏の月
爽やかや百の石段登りきり

 法灯 (北見)金田 野歩女
法灯の綺羅の清しき薄暑かな
栃の花並木の空を朱に染めて
山法師旅の夫婦と仰ぎけり
花菖蒲真鯉の立つる波ゆるり
桜の実喉元赤き鳥来る
昨夜の雨爪より小さき蝸牛
青葭の根元まで清む神の池
子等跳ぬる噴水の秀を摑まんと

 鷗外忌 (東京)寺澤 朝子
所在なき家居に梅雨の深まり来
雨はげし紫陽花の毬地に打たれ
ノクターン静かにしむる梅雨の底
雑魚跳ぶは愛のダンスか夕焼雲
夏蝶に置いてゆかれし男坂
結葉や寺の子沙弥として育ち
端居して流離のおもひ今更に
端然とその生家在り鷗外忌(津和野町)

 麦嵐 (旭川)平間 純一
麦嵐ジャジャジャと落つる鳥の影
マーガレット一輪机上にすらり
帰宅してほのぼの白き花うつぎ
出番待つ横綱あふぐ大団扇
桑いちご抓みて思ふ彼奴いま
氷旗女店主のかつぱう着
夏大根のぶつかけ蕎麦をたのみをり
柔順な患者となりぬ未草

 合歓の花 (宇都宮)星田 一草
覗き込むあす解禁の鮎の川
更衣してほほゑみを交はしけり
この町が好きと寓居の雨蛙
水口の石を置きかふ合歓の花
沙羅の花散らして朝の雨白し
杖添へて夏野へ姉を送りけり
一日の静かに暮るる梅雨ごもり
語り部のいよいよ老いて沖縄忌

 キャンプファイヤー(栃木)柴山 要作
麦秋の野に佇つ老いを諾へり
梅雨鴉高き寺紋のむねに鳴く
写生子の顔より大き濃紫陽花
山百合の株なす百花長屋門
氏子組む大きな茅の輪野の匂ふ
お水取りどころは無尽青芭蕉
軒連ぬる見世蔵かすめ夏つばめ
キャンプファイヤー果てて星屑無尽蔵

 冷奴 (群馬)篠原 庄治
過疎村の静寂切り裂くほととぎす
小祠に祀る山神木下闇
湖風に万鈴揺るるえごの花
尺蠖のとどまる葉先の奈落かな
道過る毛虫もするや急ぎ足
掌で四つ切り鰥夫の冷奴
石垣を器用に奔る蜥蜴の子
濃紫陽花今朝も小庭に銀の雨

 夏座敷 (浜松)弓場 忠義
今切の赤き灯台梅雨に入る
夏帽をふつて別れぬエアポート
どかどかとライダーが来てかき氷
一振りの軍刀を据ゑ夏座敷
浮苗を正す足あと十三文
一円の切手貼り足す水見舞
眼裏に里の川あり一夜鮨
立葵庭のフェンスに括られて

 蛍狩 (東広島)奥田 積
大樹なり泰山木の花かかぐ
杉苔の庭に真白き梅雨茸
古里の墓所笹百合の咲きにけり
美しき姉妹と会ひぬ蛍狩
恋ぼたるもつれもつれて舞ひあがる
花梯姑電車置きある遊園地
鶏小屋に矮鶏の鳴き声立葵
河骨や人の住まざる家二軒

 青時雨 (出雲)渡部 美知子
見る限り植田となれる出雲かな
地に落とす蛍袋の二三言
ハンカチに包んでもらふロールパン
口実は何でもよろしビール飲む
かすかなる水音をひく青葉闇
あめんぼの水輪に雨の輪を重ね
野仏の片頰濡らす青時雨
国引の太綱染むる大夕焼

 笛の音 (出雲)三原 白鴉
店先のみな覗き込む目高かな
花栗を揺らす風あり匂ひけり
まだ青き色をとどめて夏落葉
夏薊雨の明るく降りにけり
蓮の葉の添水の如く雨零す
四囲の音消して蓮田の雨渡る
白き影曳きて零るる沙羅の花
青田道笛の音と来る伊勢神楽



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 ライオンの檻 (浜松)坂田 吉康
幾たびも雨より戻る親燕
パソコンを開く折しも梅雨の雷
桑の実をつまみ渡船の客となる
緑蔭のひとりはシャドーボクシング
ライオンの檻に錆浮く炎暑かな
炎天を来てポケットの鍵さがす

 幸来橋 (宇都宮)星 揚子
幸来橋少し明るき梅雨の空
ポスターの画鋲ぽとりと青嵐
飛石の一つ石臼梅雨の庭
町なかのゆるやかな坂梅雨滂沱
解体や青蔦がばと剝さるる
近くに闇遠く真闇のキャンプかな

 影生まれ (浜松)林 浩世
ため息を飲み込んでゐる蛍の夜
暗がりにしゆくと踏んだる梅雨茸
緑さすワイングラスに影生まれ
夏あざみ山城へ杖借りてゆく
夕立の匂の中を走りけり
サンドレス夜の波音にゆれてをり

 源流 (船橋)原 美香子
夏霧や音なく濡るるアスファルト
源流は寺のこの奥夏落葉
夏萩や回廊を風よく抜けて
かるがると白靴磯を伝ひ行く
正座して畳む乾し物立葵
窓にきてすぐに高みへ夏の蝶

 夏つばめ (多久)大石 ひろ女
入線の四番ホーム夏つばめ
女貞の花や大工の小鉤足袋
糸口を解す新茶を酌みにけり
佐賀錦紡ぐ指先緑さす
別れての歳月父の日の巡る
湯の宿の檜の廊下宵蛍

 落人の里 (呉)大隈 ひろみ
紫陽花のしづく零してすれ違ふ
教会の厚き扉や青葉闇
明易や落人の里鶏飼はず
校庭にひびくホルンや南風
六月の風に岬の鳶高く
金輪際振り向かぬ背に草矢打つ

 明易し (東広島)吉田 美鈴
出港のぽんぽん蒸気風薫る
コーランの大音響や明易し
白い腹見せて転びぬ雨蛙
尻振つて舗道よぎれり通し鴨
枕辺に沢の音聞くキャンプかな
朝霧のたちまち晴れて伯耆富士

 夜の秋 (鳥取)保木本 さなえ
万緑に囲まれ椅子に深くゐる
島の灯へ船の寄りゆく夜の秋
捨てられぬ本の匂の土用干
天辺を一気に崩すかき氷
湧水の砂の踊りて炎天下
ひまはりの迷路の先に海のある

 竈神 (磐田)齋藤 文子
音たてて芒種の水を飲みにけり
二階より子の笑ひ声梅漬くる
レントゲンに息止めてをり梅雨最中
木の洞に水の溜まりて夏祓
母の家へつづく小道や三白草
勝手口のうへ三伏の竈神

 夕明り (鳥取)西村 ゆうき
えご散るや渓の流れの深き渦
木々に風起こし男滝のとどろけり
滝しぶき願掛け石に及びをり
万緑に嵌めこまれたる投入堂
深々と鳩の入りくる青葉闇
ナイターやまだ残りゐる夕明り



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 古橋 清隆(浜松)
宿の下駄からころさせて夕涼み
白南風や欠伸ばかりの魚釣
息呑んで野外映画に食ひ入りぬ
ノーアウト満塁夏至の野球場
炎昼やまつすぐゴールライン引く

 柴田 まさ江(牧之原)
雨の日は雨の香の濃く花蜜柑
大らかに枝を広げて山法師
浜昼顔砂丘の果ての波の音
沙羅の花無情の雨に散りにけり
大茅の輪今年も恙なく潜る



白光秀句
村上尚子

ノーアウト満塁夏至の野球場 古橋 清隆(浜松)

 八月の甲子園に向け、全国高校野球の地方大会は既に始まっている。屋根もない球場には強い日差しを受けながら、球児も客席も一つとなって湧き上がっている。熱戦は続き「ノーアウト満塁」のチャンス。選手には幼い頃から知っている少年もいる。観客席には顔見知りの友人や父兄もいる。夏至という一年で最も昼が長い一日。球場の熱い応援は頂点に達している。
  炎昼やまつすぐゴールライン引く
 サッカー場か陸上競技場か。いずれにしてもゴールの白線は勝敗の決まる一番大切な線のため、担当者も神経を尖らせる。新しく引かれた白線に一種の緊張感が走る。
 「炎昼」は肌で感じるだけではなく、選手や観客の心にまで及んでいる。

浜昼顔砂丘の果ての波の音 柴田まさ江(牧之原)

 作者のお住まいはお茶の産地として知られているが、南側は太平洋に接している。この句の風景は見馴れているかも知れないが、「波の音」を捉えたことにより、単なる叙景句ではなくなった。
 六月六日、この地の句会を長年指導されてきた鈴木三都夫先生が急逝された。「砂丘の果ての波の音」の一つ一つが先生の声となって聞こえてきた。
  雨の日は雨の香の濃く花蜜柑
 最近は新種の柑橘類が多く出回っているが、その花はどれも白く芳香を放つ。天候によって香り方や捉え方は違うかも知れない。しかし古くからの童謡にもあるように思い出につながる花でもある。
 掲出句とも重なるが、三都夫先生という偉大な指導者を亡くされた作者の今の心情と、どうしても重ねて解釈してしまうのは私の思い過しだろうか。

キャッシュレスについてはゆけず籐枕 浅井 勝子(磐田)

 今やどこでも電子化が進み戸惑うことが増えた。スピード化や省力化は必要なことかも知れないが、高齢者にはなかなか付いてゆけない。それを作者は〝何処吹く風か〟と「籐枕」に頭を預けて達観している。

かき氷溶く三階の外野席 加藤三惠子(東広島)

 野球観戦だろうか。のんびり観るには内野席より外野席の方がいいかも知れない。かき氷を突きながらと思っていたが、次第に目が離せなくなってきた。手元の氷はどんどん溶けてゆくばかり……。

一人居や昼のほたるが膝の上 中西 晃子(奈良)

 俳句で蛍と言えば背景は夜が多い。昼は葉裏にじっとしているらしく見掛けることも少ない。その一つが膝の上に止まった。思わぬ訪問者に労りの声を掛けている。おとぎ話のような時間が流れてゆく。

老鶯や流れを分かつ石ひとつ 舛岡美恵子(福島)

 鶯は夏になると山地へ移動する。足元には沢水が勢いよく流れている。その中にある大きな石によって水は二手となる。見たことのある様な景だが「老鶯」との取り合わせにより、聴覚からも森の様子が想像できる。

白雲に乗り損ねたるあめんぼう 中間 芙沙(出雲)

 水馬は脚を広げても三センチほどで水にだけ棲息する。水に映る雲のことなどを考えている訳ではない。まして雲に乗ろうとした訳でもない。「乗り損ねた」と思ったのは俳人ならではの観察と表現である。

姿見をはみ出してゐる夏帽子 坂口 悦子(苫小牧)

 身に付けるものを買うときは、全体のバランスを見るために鏡に映して決めることが多い。思い切った装いができるのも夏ならであろう。この発想こそが夏らしい。

梅雨に入る何をするにも髪まとめ 清水あゆこ(出雲)

 ショートカットではないことは分かる。特に女性ならこの動作にすぐ納得するだろう。同じ事をするにも気分が良ければ効率が上がる。梅雨の鬱陶しさも何のその…。

花栗の香り地を這ふ雨の闇 秋葉 咲女(さくら)

 栗の花の特徴と言えば姿より香りが先にくる。過去の多くの作品もその通りである。しかしこの句の良さは中七の表現にある。同じことを言うにも、言葉の選択によって新しみが生まれる。

斜交ひのストロー二本ソーダ水 高橋 宗潤(松江)

 カフェの光景か。テーブルの真ん中にソーダ水が置かれている。二人はそれを飲むよりお互いの顔を見つめ合って会話をする方が楽しいらしい。幸せそうな二人を見ているだけで、こちらも幸せになってくる。


その他の感銘句

梅雨に入る期限間近の非常食
ひと雨に曲がる胡瓜の尻尾かな
ラジオから株式市況青田風
水替へて朝日射し込む金魚玉
恋人のことを打ち明けさくらんぼ
本よりも原つぱが好き麦こがし
採血に握るこぶしや雲の峰
風の色パレットに置き半夏生
虹立つやフランス窓を全開に
水鉄砲母の笑顔に命中す
思ひたち茅の輪くぐりにバスへ乗る
大降りのあと風鈴の夜となりぬ
首を振る度に鳴きたる扇風機
短夜の真中の夢に投げ出さる
片かげり媼どこでも腰おろす

徳永 敏子
江⻆トモ子
山口 悦夫
山田 眞二
山田 惠子
小林さつき
永島のりお
落合 勝子
久保久美子
田中 明子
佐久間ちよの
山西 悦子
栗原 桃子
安藤 春芦
川本すみ江



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

 鳥取 福本 國愛
万緑やキッチンカーの紙コップ
植ゑ終へし田毎の水の静もれる
父の日の父の釣果の刺身かな
空青し喉太くしてラムネ飲む
音軽き江戸風鈴に空透くる

 出雲 清水 あゆこ
一匹となりて悠々金魚かな
行く先を見据ゑて居たるなめくぢら
はたたがみ闇夜に浮かぶ雲の形
紫陽花や天地の色集めをり
空蟬や雨の近づく匂して



白魚火秀句
白岩敏秀

父の日の父の釣果の刺身かな 福本 國愛(鳥取)

父の日は六月の第三日曜日。父親の日頃の苦労をねぎらい、感謝する日とあるが、家族の誰も言い出さないので、いつものように魚釣りにでかけた。ところが、大物も釣れて豊漁。釣果の刺身の夕食に労いのビールがついた。口に出さなくても分かって呉れていた妻。今日の刺身とビールは殊のほか旨い。
 空青し喉太くしてラムネ飲む
真夏の太陽に向かって、ぐいとラムネを飲む。喉仏とせず「喉太くして」としたところにリアル感がある。男は青年ではなく、壮年の企業戦士の姿を彷彿とさせる。黙ったまま額の汗を一拭きして立ち去っていった。

行く先を見据ゑて居たるなめくぢら 清水あゆこ(出雲)

どこから来て、何処へ行くのか。這った跡をてかてか光らせながらゆっくりと進んでいくなめくじら。とき折り動きを止めて、じっと前方を見据えている。深慮遠謀を巡らしているのか日本を縦断する大望があるのか。なめくじらの不気味な動き。
 はたたがみ闇夜に浮かぶ雲の形
夜空が一瞬光ったと思うと、傲然と雷が鳴り響いた。思わず声を上げたくなる程の驚き。こわごわと空を仰ぐとこの世のものとは思えない不気味な雲が浮かんでいる。怪談にも勝る耳と目とによる二重の恐怖である。

便り書くどの名も良き名風薫る 中山 啓子(千葉)

暑中見舞いの季節になった。近況を添えて丁寧に相手のご機嫌を伺う。書いている宛名はみな良き名ばかり。名前には子どもの幸せを願う親の気持ちが込められている。星野立子に〈父がつけしわが名立子や月を仰ぐ〉がある。

樟若葉禎子の像に鳩の来る 佐々木智枝子(東広島)

禎子の像は広島市の平和記念公園内の原爆の像である。高さ九メートルのブロンズ像。像は金色の鶴を捧げ持つ少女であり、平和な未来への夢を託している。平和の象徴である鳩、力強く若葉の茂る樟。一句の中に平和への願いがリンクしている。

来客へ風鈴嬉しさうに鳴る 陶山 京子(雲南)

風もなく、人通りもない暑い一日。暑さが少し治まった夕方ごろ、来客があった。途端に風鈴が鳴り始めた。それも嬉しそうな音にである。風鈴も鳴りたくてうずうずしていたのだろう。「嬉しさうに」と言ったところがユニーク。客もきっと喜んだことだろう。

本棚の本並べ替へ更衣 高山 京子(函館)

夏物の軽いものに着替えすれば、身体も気分を一新した思い。ついでに気になっていた本棚の本の並べ替えをしたという。本の並び替えが先なのか、更衣が先なのか。いずれにしても明るい夏へ向かっての気持ちの弾みがある。

簾越し聞き慣れし声通りゆく 山本かず江(群馬)

簾を掛けて涼しく用事をしていたところに聞き慣れた声がした。あの人だと思わず呼び止めようとしたが、通り過ぎていった。窓や戸を開けて簾を掛けられるのは、普段から付き合いの多いご近所さんの町だからこそ。都会の真ん中やマンションではこうはならない。

中干しに分蘖進む青田かな 松崎  勝(松江)

中干しは田を植えて一ヶ月ほど後に水を落として、土を乾かすこと。分蘖は稲の茎が枝分かれして増えていくこと。青田になると空を映せないほどに成長する。順調に育つ稲に安堵するとともに豊作への期待が高まる。

入院の荷物に暦栗の花 森山 敏子(出雲)

思わぬことで入院することになったのだろう。あれやこれやと必要な品を用意しながら入院の覚悟を決めていく。病院では同じ手順で一日が繰り返されるので、日にちや曜日が分からなくなる。この入院が長引きそうなのは「暦」の一字があるから。

満潮の音を近くに夏祓 橋本 快枝(牧之原)

夏祓は人形にけがれを移して川へ流す。紙で作った人形に名前や年齢を書いてお祓いを受ける。その最中に満潮を迎えた海鳴りが聞こえて来た。満潮の音に全てのけがれを海が引き受けに来てくれたような安堵感を覚えたのであろう。


    その他触れたかった句     

漢来て夏炉の榾を裏返す
梅雨寒や灯して闇の深まりぬ
摺り足の音のみしたる夏座敷
蜂蜜の蓋の硬さやパンに黴
江戸つ子の啖呵や梅雨のあがりをり
マティス展上野の森の新樹かな
ナイターや新幹線の過る音
火の粉飛ぶやうに緋目高ぱつと散る
半夏生母の字細き母子手帳
白上布奥天竜の風まとふ
濃あぢさゐ路面電車の軋む音
水槽の龍宮城に熱帯魚
線香の短く折れて梅雨入かな
どの嶺も姿を正し山開
ブラウスの深き折皺更衣
東京のビルの真中の金魚店
青鷺の声灰色に飛び立てり

舛岡美恵子
村上  修
有本 和子
武村 光隆
岡部 兼明
森脇 あき
石原 幸子
中村喜久子
材木 朱夏
伊東美代子
新開 幸子
岩井 秀明
加藤 雅子
埋田 あい
塩澤 涼子
江⻆トモ子
乙重 潤子


禁無断転載