最終更新日(Update)'15.01.01

白魚火 平成27年1月号 抜粋

 
(通巻第713号)
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 1月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    平間 純一 
「歌 垣」(作品) 白岩敏秀
「冬の鵙」(作品) 仁尾正文
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
       
後藤 政春 、鈴木百合子  ほか    
白光秀句  村上 尚子
あんず句会  中嶋 清子
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
         檜林 弘一、田久保峰香 ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(旭川) 平間 純一    


文鎮の八咫鏡や筆始め  岡崎 健風
(平成二十六年三月号 白光集より)

 八咫鏡は、天孫降臨の際天照大御神が孫の邇邇芸命に「この宝鏡を視ること、吾を視るがごとくすべし」と言って八坂瓊勾玉や草薙剣とともに授けという話は、皆さんご存知の通りである。そして、第十一代垂仁天皇の時代に皇女の倭姫命が、ご神体である八咫鏡を祀るべき地を求め伊勢に至り、斎宮を五十鈴川の川上に建てたというのが、伊勢神宮の始まりとされている。
 そんな由緒ある八咫鏡を象どった文鎮は、永年健風氏が北海道護国神社(旭川市)にて宮司をされていた際、靖国神社より全国護国神社会の記念品として賜ったものである。
 また、書道の腕前は師範級で、神職として祝詞を綺麗に書きたい一心で習ったという。
 齢八十半ばを過ぎた今でも、毎年書初はかかさず、宮司であった矜持を胸に、袴姿で姿勢正しく筆を取る姿が見えてくる。

文机も卓袱台も寄せ節料理  浅野 数方
(平成二十六年三月号 鳥雲集より)

 掲句の前に(千代の春卒寿の父のこころざし)とあるので、きっと四世代が集っての賑やかなお正月を迎えたことでしょう。
 日常は、食卓テーブルと椅子という生活をしていても、十人以上も集って皆一同にとなれば、卓袱台だけでは足りなく、文机も動員となる。
 さて、北海道では「年取」と称して大晦日の夜に一番の御馳走を頂く風習がある。私が子供の頃は、寄せ鍋を主体に、数の子、蛸足昆布巻、伊達巻、里芋と根菜や鶏肉の旨煮、鰰鱩の飯鮨そして塩蔵してあった蕗、蕨の煮染がだいたいの定番だった。
 父母、妹弟と私の五人家族で卓袱台を囲んだ懐かしい思い出とともに、父母には、四世代揃っての正月がなかったことが少し残念である。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 雪  虫  坂本タカ女
個々別々の高さの脚立松手入れ
片脚を引きずつてゐる飛蝗かな
ゑのころ草枯るマンションの日向猫
人を待ちをり枯れゑのころ草に戯れ
蛇穴に入る自転車の鍵不明
立ちしまま開く歳時記弁慶草
雪虫の音もたてずに湧いてきし
紅葉且つ散る大鳥居真白なる

 薄 紅 葉  鈴木三都夫
秋の蝶忙しなく又当て所なく
杓子庵机一間の鄙の秋
間引かれて間の適ひたる貝割菜
菜を洗ふ暮しの水として澄める
ひと燥ぎして団栗を拾ふ子ら
薄紅葉して行合の色となむ
茶山はや眠る仕度の花零す
溺れ咲きして睡蓮の残り花

 雁 渡 る  山根仙花
雲影の触れては流る花野かな
小さきは小さく吹かる草の花
日にゆれて露草露の色こぼす
ふるさとの細りし小川曼珠沙華
古き文焼く夕空を雁渡る
公園の上向く蛇口小鳥来る
天高し水音峡を貫けり
秋雨を帰りひとりの灯を点す

 紅 葉 渓  安食彰彦 
黄泉洞の太古の水の澄めりけり
人影も句碑も写して水も秋
枝豆を真中に置き大吟醸
内法長押昔の毛見の二間竿
くれなゐのピラカンサスの風にゆれ
火の色のピラカンサスを吾れにくれ
紅葉渓一望にして一呼吸
千丈の溪の紅葉の見えかくれ

 白 牡 丹  青木華都子
秋あかね群れゐて空を朱に染むる
神橋の眼下は秋のあばれ川
遠目にもそれと解かりし白牡丹
えんじとも赤とも牡丹ぼたん色
秋風に追ひ越されたる橋の上
ま青なる空ま青なる秋の湖
栗の木を見上げつつ栗拾ひをり
対岸で変わる町名秋ざくら

 神の留守  村上尚子
キャンパスの欅まつすぐ冬に入る
鴨を待つみづうみ波を整へて
着水の子鴨みづわに囲まれし
神鶏の木より見下ろす七五三
冬あたたか子のほつぺたのごはん粒
竹皮に包むおにぎり神の留守
茶の花や山のどこかに人のこゑ
朴落葉明日の天気を占へり

 百 度 石  小浜史都女
脚に背のついてゆくなり大毛虫
いたどりの花ずつしりと百度石
名残り萩荒神さまにしだれけり
間引菜のすぐさま萎えてしまひけり
高原の霧の韋駄天走りかな
白もまたはなやかなりし秋桜
手枕の仏の前に秋惜しむ
穭田の線真つ直ぐに真つ青に
 ビ ー 玉  小林梨花
穂芒の風さらさらと国来岬
ビー玉の一つ転がる末枯野
小鳥来て墓域のしじま破りけり
秋夕焼燃ゆる岬は彼世とも
漆黒の梁太々と冬に入る
眼前にひらりひらりと冬の蝶
冬麗や槐の枝のこまごまと
綿虫やしばし佇む句碑の前

 狼 煙 跡  鶴見一石子
勝山てふよき名の城址ゑのこぐさ
爽やかな吟行日和ひかりをり
平城のうらは大鬼怒水澄めり
栗の毬累々とあり狼煙跡
空堀に日の廻り来し血止草
流れより空の蒼さや雁のころ
川音は冬をいざなふごとく沁む
菊膾ほどよき辛さ句座のこゑ

 秋 の 蝶  渡邉春枝
墳丘にあまねく秋日ふりそそぐ
秋蝶にいざなはれ行く古墳径
阿久里姫の像を離れぬ秋の蝶
石棺に落ちて色よき檪の実
村の名の残る橋の名曼珠沙華
弘法の水を譛へて伊予の秋
竜吐水しばらく眺め秋遍路
頭ほどの梨当分に刃を入るる

 実  紫   渥美絹代
白鷺の五六羽刈りしばかりの田
秋時雨山女焼きたる燠残る
露の地に置く朝市のばね秤
厚物の菊出す塗師の店の前
木曽谷の五坪の畑の貝割菜
格子より湯気の漏れくる実紫
新豆腐売る峠路の一軒屋
和紙に書く文やつつじの返り花

 小鳥来る  今井星女
ななかまど色づき始めて待人来
オンコの実少し残して小鳥待つ
小鳥来しこの一瞬を見逃さず
色鳥の来し日を記すカレンダー
十月の朝な夕なの暖を取る
彈痕のいまも残りし秋祭
境内に土俵しつらへ草角力
秋祭身に適ひたるみくじ引く

 時  化  金田野歩女
一葉の翻弄さるる放水路
摩周湖の濃霧に濡るる髪容
秋彼岸孝妣訪ぬる二百粁
秋炉焚く民芸店の根株椅子
ポケットに拾ふ山栗二人分
鳶の輪に盆地すつぽり小六月
枯虎杖鳴らすオホーツク海の時化
些かの彩持つ藻塩蕪漬くる

 残  菊  寺澤朝子
秋高しブイにかもめのやじろべゑ
どの窓も明るく灯り十三夜
爽やかや足並揃ふ調教馬
色変へぬ松の広場を儀装馬車
黄落や異人を客に人力車
黒田官兵衛控へて候ふ菊人形
啄木の歌を板書に月の坂
残菊や本郷貫く中山道


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 大山紅葉  富田郁子
駐車場は紅葉の大山真正面
混み合うてをり秋晴れの駐車場
頂上へ小石一つや雁渡る
昼近し順番待ちの紅葉茶屋
秋深し牧場の馬が顔寄する
秋色や乘馬倶楽部に女騎手

 小  鳥  桧林ひろ子
小鳥来る空にさざなみ立つ朝
又違ふ鳥来て秋の深まりぬ
寄りどころなき天辺の熟柿かな
冬桜空にまぎれてしまひけり
色鳥来機嫌の色を散らつかせ
今は汲むことなき井戸に残る虫

 紅 葉 狩  武永江邨
人の手を借りてばかりの紅葉狩
紅葉坂先師の声が降つてきさう
秋の夕沃土を運ぶ猫車
鷹の爪沃土ばかりの山の畑
晩学の一書部厚き夜長かな
秋の夜や明治の読本拾ひ読む

 十 六 夜  桐谷綾子
十六夜の月煌々と文学碑
ひきずつて石段下る千歳飴
秋深し父の書斎でありし部屋
在釜とありたる木札秋の庵
双子嶺の裾むらさきに十三夜
残る虫箱根八里の譜面台

 立  冬  野口一秋
けたたましき薬缶の笛や今朝の冬
立冬の抜身を曝す骨董屋
安逸を貧る日向ぼこりかな
綿虫の烟らふ日光杉並木
推敲に蜜柑の皮の積まれゆく
終焉の一句を思案冬籠

 冬に入る  福村ミサ子
鳥たちに通草は顎をはづしけり
その中に魑魅のゐさうや芒原
稲架解かれ出雲国原ひと色に
灯下親し紙の吸ひつく新刊書
追伸の一行殊に身に沁みぬ
土色に馴染む刈株冬に入る
 
 茶 の 花  松田千世子
側溝に溜つてをりぬ棗の実
枯蟷螂拡ぐる翅にあるみどり
掌に掬ふ精米温し秋日和
まつさらな袋にずつしと今年米
茶の花の蕊浮き上る薄暮かな
手入れせし松の匂ひの夕間暮れ 

 秋 の 暮  三島玉絵
金秋の婚儀小袿長袴
金色の雲の帯引く秋の暮
神渡し峯より雲の飛ぶ日かな
野分あと泡流しつつ川濁る
月蝕のしづかに移る後の月
刈田延び山が遠くになりにけり

 十 三 夜  織田美智子
垣越しのことば短く野分あと
家々の甍のまぶし野分晴
ふたつ三つ子どもに貰ふ木の実かな
手を打ちて鯉を呼びをり水の秋
門に出て母を待つ子や秋ざくら
ひとりの影連れて戻れり十三夜

 秋 祭 り  笠原沢江
青柚子に一寸爪立て香を貰ふ
年毎に寂びゆく里の秋祭り
参道に行き交ひも無き里祭り
灯さずの提灯もあり秋祭り
秋祭り早々降ろす幟旗
紅葉狩三年振りのリュック負ふ

 秋  耕  上村  均
秋耕や湖面に光ちりばめて
鶺鴒や真直ぐに伸ぶる野の煙
ポケットの木の実まさぐり山下る
漁火と紛ふ島の灯つづれさせ
星月夜櫓音は岸を遠ざかる
神棚に多めに上ぐる今年米

 つくば路  加茂都紀女
初鴨を迎ふる湖の広さかな
歳月をかけし肥田の蓮根掘る
菊香る豪農らしき門構へ
泥田中胸泳がせて蓮掘女
筑波嶺の星の明るき刈田かな
境内に庭師来てをり今朝の冬


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 後藤 政春

赤い羽根挿して転勤辞令受く
語り部は村の長老紅葉谷
耳遠き兄が提げ来る猪の肉
鬼皮を取るが我が役栗ご飯
落鮎の早瀬に小さき発電所


 鈴木 百合子

長き夜の洋画の字幕追ひにけり
一列の子等の画板に秋日濃し
鰯雲乗せて坂東太郎かな
十三夜硯に注せる山の水
かろやかに筬打てる音初紅葉



白光秀句
村上尚子


赤い羽根挿して転勤辞令受く  後藤政春

 子供の頃街頭で「赤い羽根にご協力下さい。」という声に誘われて募金箱へ十円入れたことを思い出した。
 〝赤い羽根〟の起源はスイスだというが、日本では終戦直後の昭和二十二年以降共同募金として続けられてきた。
 作者は現役の会社員である。人事異動の多くは春先だが、会社によってはその限りではない。掲句は読みながらその状況が見えるのがよい。〝赤い羽根〟へのやさしさと〝転勤辞令受く〟の少し緊張感のある事柄が微妙なハーモニーを醸し出している。
 毎年白魚火の全国大会では栃木の皆さんの音頭に合せ、会場に大きな踊りの輪が出来る。京都大会ではその中に作者の背広姿が見られたことを思い出した。今その胸には〝赤い羽根〟が揺れているように見えている。

鰯雲乗せて坂東太郎かな  鈴木百合子

 〝坂東太郎〟は利根川の異称であると共に「雲の峰」の副題でもある。掲句はその文字だけ見れば季重ねと思われるかも知れないが、一読すれば明らかにその心配は吹っ切れる。
 作者が日頃見馴れている利根川は源流の近くであるが、その流域面積は日本最大の川となり太平洋に注ぐ。上空に広がる〝鰯雲〟を見た時この句が生まれたのである。余計な言葉は一切使われていない。〝かな〟止めにより〝坂東太郎〟もより強く印象付けられた。利根川への力強い讃歌である。

ひとつ食み枝ごと貰ふ棗の実  井原 紀子

 この句の面白いところは上五と下十二の間にある作者の心の動きである。一つだけ「棗の実」を食べてみた。思ったより甘かった。それなら一つずつ摘むより〝枝ごと貰ふ〟のが手っ取り早い。誰もが領ける一句である。

妻と飲むワイン勤労感謝の日  計田 芳樹

留守番の夫に勤労感謝の日  稗田 秋美

 一句目の作者が一番言いたかったのは〝妻と飲む〟というところ。お二人は共働きである。日頃の奥様に対し精一杯の感謝の気持が込められている。乾杯のグラスの触れ合う音がさわやかに聞こえてくる。
 二句目の〝留守番の夫に〟ということは作者だけが旅行にでも出掛けているのであろう。しかし御主人への感謝の気持を忘れていないことが素直に表現されていて微笑ましい。
 それぞれ違う立場での〝勤労感謝の日〟である。

丈低きものより秋の深まりぬ  大山 清笑

 季節の移り変りは暑さ寒さを肌で感じることと、山や木々の変化を目から感じることが多い。しかし作者は〝丈低きもの〟からそれを感じ取ったのである。その〝もの〟が何かは分からないが、この場合〈丈長きもの〉では句にならない。それが作者の感性である。

獅子の眼の静かな力野分立つ  林  浩世

 作者は動物園で一頭のライオンの眼をじっと見つめていた。檻の外は近づく台風により周囲の木々が時々大きく揺れている。ライオンは人間に見られていることも我関せず…。
 中七の〝静かな力〟とそのあとの切れが一句を支えている。

在祭一升瓶で注がれけり  阿部芙美子

 無形文化財でもない限りお祭りのやり方は変化しつつある。特に山村では若者の流出や高齢化で、今迄通りの伝統を引き継ぐことが困難になってきた。そんな中でも氏神様を祀るという気持に変りはない。〝一升瓶〟の登場により〝在祭〟ならではの風景となごやか声が一段と盛り上がってきた。

新大豆筵引き摺るたびこぼる  川本すみ江

 日当りの良い庭先に干されていた大豆。しばらくは良かったが、午後には日陰となってきた。掲句はその場所を変えようとした時の一齣である。読者も〝筵〟の端を持っているような気持になる。特に〝引き摺るたびこぼる〟には〝新大豆〟を大切に思う作者の思いが込められている。

地芝居の筵吊るせし舞台裏  山田ヨシコ

 地芝居は、大きな劇場で行われる玄人のものと違い、役者も裏方も大方は顔見知りである。厚化粧で扮装しても声でばれてしまったり、普段の姿との隔りに驚いたりと、芝居のあらすじよりもそれらを見る楽しみが大きい。
 作者の興味はそれだけでは尽きず舞台裏まで回って見た。そこで見つけたのが何かを隠す為のものか、寒さ除けの〝筵〟であった。
 何げない作品であるが、作者の着眼点に引かれた。〈足もて作る〉の一句である。



    その他の感銘句
新藁をふはりと担ぎどんと置く
草の実を払ひ床几に座りけり
ゆふづつの大きく生れて神の留守
鴛鴦のつがひの水輪重ね合ふ
名月や二円切手にゐるうさぎ
息深く吸うて牛蒡を掘りはじむ
新涼のネクタイ紺を選びけり
新米を跳らせ握る塩むすび
庭師には庭師の好み松手入
新米査定作土を噛みしマイスター
飼犬の草の実を付け戻り来し
文化の日水兵服の二本線
自転車の尻高く行く秋桜
大根のはち切れさうな白さかな
百獣の王の尻尾に秋の蠅
小村 絹代
小林さつき
中山 雅史
岡 あさ乃
金子きよ子
後藤よし子
山羽 法子
牧沢 純江
大菅たか子
曽根すゞゑ
浜崎 尋子
金原 恵子
永島 典男
神田 弘子
宇於崎桂子


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 名 張  檜林 弘一

コスモスの背丈の順に風を待つ
結願の近し札所の薄紅葉
さやけしや納経帳の女文字
七色の帯解れゆく秋の虹
秋灯や関守石を一つ置き

 
 唐 津  田久保 峰香

棕梠の木に真直ぐからむ蔦紅葉
茸飯母ありし日の竹の笊
鰯雲一人乗りたる路線バス
干柿の同じ高さに老夫婦
浮草のひと固まりに冬日射す



白魚火秀句
白岩敏秀


 コスモスの背丈の順に風を待つ  檜林 弘一

 順に風を待つということは、風が来れば順に揺れていくということ。この句を読んで反射的に〈枯蓮のうごく時きてみなうごく 西東三鬼〉が頭に浮かんだ。三鬼の枯蓮は一斉に動いたが、この句はドミノ倒しのように倒れるまでに僅かの時間差がある。この僅かな差の揺れがやがてコスモス全体の大きな揺れに繋がってゆく。大きなものの始まりの小さな機微を捉えて巧みである。 
 七色の帯解れゆく秋の虹
 秋の虹は夏の虹に比べて色が淡く消えやすい。その儚さが日本人の美意識に適うのだろう。この句もそうした美意識に支えられていよう。
 虹を帯に見立て、儚く消えていく様を帯の解かれゆくと表現した。日本画の女性の着物姿の美しさを思わせる。

干柿の同じ高さに老夫婦  田久保峰香

 長年連れ添ってきた夫婦の有り様が暖かく詠まれている。夫婦のどちらが決めた訳でもないのに、同じ高さに吊していく柿。勿論、梯子や踏み台を使って干す高さではない。縁側あたりの手を伸ばせばすぐに届く高さである。終われば二人の午後のお茶の時間。夫婦の共有するかけがえの時間が「同じ高さ」の干柿に込められている。
 干柿も老夫婦も日本の秋そのものに溶け込んでいる。

たんぽぽのぽつと明るき返り花  萩原 峯子

 冬は花の少ない季節である。そんな冬に花をつなぐように返り花した蒲公英。「ぽつと明るき」に朗らかに咲いた蒲公英の可憐さがある。蒲公英をひらがな書きにして、ぽ音を重ねているところも作者の工夫。表記も技法のひとつである。

底抜けに晴るるは淋し木守柿  佐藤  勲

 底抜けは限りなく、はなはだしいことの意味である。そういった晴れ方は返って淋しいものだと作者は言う。ここには自分の目で見て感じた冬晴れの本当の空がある。そんな空にぽつんと残っている木守柿がある。抜けるような青空を何時までも見上げている作者がいる。寂寥感と孤独感。

跳ね橋のハの字に跳ねし良夜かな  萩原 一志

 明るい良夜の川岸の光景。高々とハの字に跳ね上がった橋と川面に逆さかハの字のシルエットが見える。良夜が作り出す影絵のような世界である。岸ゆく人々は清明な月を空に仰ぎそして川に見る。四季をもつ日本の豊かな美しさが良夜にある。

秋晴れへ飛び出すやうに退院す  高内 尚子

 退院の喜びが言葉となり、行動となって現れている。
 入院当初は兎も角、少し良くなると病院生活に飽きてくる。そして天井も見飽き、廊下も歩き飽きた頃、医者から退院許可がでる。退院後の計画をあれこれ立てていた作者にとって胸が弾ける気持ちだったろう。
 「飛び出すやうに」とあるから体力も気力も十分だったに違いない。秋晴れの空気を胸一杯吸って養生して欲しいものだ。

大根を洗ふ祖母の背中の米寿かな  天倉 明代

 いつも元気で畑仕事をしている祖母である。今日も畑で取ってきた大根を丁寧に洗っている。祖母の後ろ姿に声を掛けようとして、作者はハッと息を呑む。何と祖母の背中の老いたことか。思わず駆け寄って背中をさすりたい気持ちになる。
 「米寿かな」と言い切って何も説明しないことが、祖母への思いを深いものにしている。

一軒へ郵便バイク谷紅葉  山崎てる子

 谷紅葉とあるから、この家は山深い集落にある一軒だろう。その家に一台の郵便バイクが町の便りを持って来た。かっては集落に沢山の郵便物を配達したバイクであるが、今日は一軒だけの配達で終わった。人口の減っていく村のさびしさがひしひしと伝わってくる。
 句が単純化され、景も具体的なので作者の思いがストレートに胸に響く。 

店番の婆のそろばん冬ぬくし  原  文子

 戸外は冬の日差しが温そうな影をつくっている。店の中には婆様が一人で店番をしている。婆様の体が前後に揺れているのは、或いは居眠っているのかも知れない。レジスターの側のそろばんが机から落ちそうだ。少しばかり時代から遅れた婆様の暖かな冬の一日である。


    その他触れたかった秀句     
茶の花のひえびえ暮れてきたりけり
冷やかや酒蔵に住む水の神
日本に美しき空七五三
霧雨のあがる宇治橋わたりけり
人拒む日や鳴き砂を踏みて秋
紅葉宿山女の魚拓口あいて
紅落とし一日終る日の短か
水を出て秋気を吸へば藍青し
図書館に秋の扇をつかひけり
台風一過神楽の見得の決まりけり
支笏湖を源流とする紅葉川
懸崖の菊と乗り込む荷台かな
ふりあふぐ空の青さと雁の棹
ふかし藷女世帯のよく笑ふ
秋晴れや塵出しに児がついてくる
橋本 快枝
米沢 茂子
秋穂 幸恵
宇於崎桂子
鈴木 敬子
宮澤  薫
篠﨑吾都美
遠坂 耕筰
早川三知子
永島 典男
服部 若葉
栂野 絹子
杉原 栄子
後藤よし子
畑山 禮子

禁無断転載