最終更新日(Update)'14.07.01

白魚火 平成26年6月号 抜粋

 
(通巻第707号)
H26. 4月号へ
H26. 5月号へ
H26. 6月号へ
H26. 8月号へ


 6月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    花木 研二  
「夏至の雨」(近詠) 仁尾正文
曙集鳥雲集(一部掲載)安食彰彦ほか
白光集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
       
小林 布佐子 、飯塚 比呂子  ほか    
白光秀句  白岩敏秀
鳥雲逍遥  青木華都子
句会報 榛句会  檜林 弘一
白魚火集(仁尾正文選)(巻頭句のみ掲載)
          阿部 芙美子、岡田 暮煙 ほか
白魚火秀句 仁尾正文


季節の一句

(北 見) 花 木 研 二    


万緑に沈みさうなる無人駅  渡邊 春枝
(平成二十五年九月号 曙集より)

 中村草田男が作例し季語として一般化した「万緑」。多くの平凡の中に交わる只一つ優れものとの意味を含め、夏の大地に漲る生命感を表現される強い季語「万緑」と無人駅との取り合わせの妙に心が動き載録させて頂いた。無人駅だけでも気になる事項である。
 北海道旭川から網走までをJR石北線と言う。石狩と北見を結ぶローカル線である。
 旭川郊外東旭川駅を過ぎると人家も疎らとなり、当麻駅のあと上川駅まで無人駅が続き、上川から遠軽まで距離にして八十五キロは全くの無人駅である。途中トンネルがあり手前の急坂で落ち葉が車輪に絡み車輪が空転して走行不能になったり、蝦夷鹿、羆に衝突した等、年に一、二度はある。とは言え辺境北見では大切な通行手段の一つである事には変りはない。

反芻の牧牛に舞ふ夏の蝶  武永 江邨
(平成二十五年九月号 鳥雲集より)

乳牛の耳に黄のタグ草茂る  安澤 啓子
(平成二十五年九月号 白光集より)

 のんびりと草を食んだり、反芻をして居る牛を見ているとつい人間の方も長閑けしくなって、絵にしたり、カメラの被写体になり、前出の句となる。
 牛も人も悠長に見られる季節だろう。
 七曜は勿論、盆正月も無い文字通り年中無休の作業、三Kを超えた汚れる仕事である。
 数年前、牛乳が剰り汚水の如く捨てられ多くの離農者が出た。最近は原乳不足と謂われながら輸入飼料の高騰で経営は決して楽では無い。追い打ちを掛ける様にTPPの関税引き下げである。報道では更に離農者が増えると伝えている。酪農は楽農でありたい。
 かつての実務者として願いたい。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 藤 の 花  安食彰彦
瑞宝章つけし遺影や藤の花
風の意のままにゆれゐる藤の花
山藤の色はふじ色けさの庭
言葉欲し朝の日の欲し藤の花
たはむるる風藤房を誘ひけり
書斎より眺むるがよし藤の花
いつしかに藤房色を深めけり
藤の花神話の里を杖ついて

 種子浸す  青木華都子
種子浸す納屋に農事の予定表
同姓の並んで二軒花大根
満開のつつじを中央分離帶
塩壷の塩の湿りや梅雨に入る
緑にも濃淡のあり梅雨晴れ間
ぎしぎしや男体山の登山道
一枚の絵の如初夏の夕焼雲
燃ゆる物皆掻き集め夏焚火

 杉 丸 太  白岩敏秀
春の雨上りホームに鳩遊ぶ
囀の一樹に朝の来たりけり
鳴き声を湖に落して初燕
雉啼くや寝かせて磨く杉丸太
春の闇眠れぬ牛が音たてて
お坐りを犬に教へて春惜しむ
行く春や火色を覗く登窯
丈長の病衣四月の過ぎにけり

  梟   坂本タカ女 
吸ふたびの煙草のあかり梟啼く
鹿罠と書きし立札傍に
鹿罠を見廻りにきし雪の跡
魚氷に上る橋掛け変ふる砂金沢
白鳥守に北帰白鳥こゑしきり
そのままの蝉の脱け殻雪解光
寄り道の養蚕民家啄木忌
鳥雲に封書に二円切手足す

 竹 の 秋  鈴木三都夫
丸子路の一院一宇竹の秋
竹秋の丸子に残る歌枕
つつじ句碑躑躅明りを得て泰し
一献を句碑と交してあたたかし
鉢ごとに名乘りを挙げし名草の芽
春耕の光あまねき里曲かな
ささめきて萌色しるき茶山かな
残花散る思ひ出しては忘れては
 五  月  山根仙花
吹かれ来し初蝶吹かれゆきにけり
遅れじと芽吹きを競ふ雑木山
鳥帰る村へ馴染の研屋来る
無住寺の花冷の間を覗きけり
花冷の奥の一間に待さるる
花辛夷傷みて空を濁しけり
父の性わが性青麦直立す
村中の水動き出す五月かな

 両 の 耳  小浜史都女
おぼろ夜の山菜ばかり煮てをりぬ
山寺の一歳桜五六輪
こども汽車走つてをりぬ金鳳華
遠足の子に奪はるる両の耳
窯裏に種漬け花の長けてをり
逝く春の胡麻の匂ひの胡麻樹かな
牛蛙こゑをころしてゐたりけり
幾度も飛びくたくたの夏帽子

 花 の 寺  小林梨花
江の奥に一寺鎮もる花の雲
天地の間合を染めて八重桜
閼伽桶を提げ繚乱の花を見る
濡れ縁に古文書広げ花日和
方丈と挨拶交はす花明かり
一房の花掌にふんはりと
潮風に寺領の花の散り初むる
家苞に僧剪りくれし桜の枝

 青 葉 汐  鶴見一石子
千本の白樺樹林雪のひま
雪残る海抜一六二八の風
白樺の樹肌の汚れ残り雪
水団を食べて峠の春惜しむ
華鬘草鯉百匹を揺るがせり
覗き見る現世を領つ蟻の国
九十九里海の鼓動の青葉汐
残念と弔辞書く筆明けやすし

 聖 五 月  渡邉春枝
庭のもの活けて人待つ日永かな
白蓮の百花に日ざしとどまれり
伸びてくる潮にも触れて磯遊び
薬草の乾く軒下燕の巣
記念樹の空まつすぐに夏に入る
聖五月旅のはじめを饒舌に
夏立つや本棚に足す新刊書
若葉風入れてふくらむ本の嵩


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 婆々の呟き  奥木温子
目出度いと婆々の呟く初燕
つばくろは天よりの使者稚児の列
風光るベビーシューズの弾み行く
声を張り祝ふ鳥をり灌佛会
日の差してお玉杓子の落ち着けず
囀れり一番星の現るる迄

 花 の 山  清水和子
大道芸の声風にのり花の山
桜狩手の甲思はざる日焼け
風ありてもなくても桜散りつづく
祭囃子復習ふを聞いて逝かれしか
春灯ふくさゆつくりたたみけり
うぐひすや山襞を雲立ちのぼる

 茶 摘 み  辻 すみよ
何の木かわからぬほどに剪定す
ふくよかなくろがねいろの甘茶仏
花御堂解きし花を貰ひけり
地に触れてより花屑となりにけり
風にまだ冷たさ残る春の月
お茶摘みのリズム良きほど話好き

 花  冷  源  伸枝
息かけてぬぐふ手鏡春の風
花冷や雨の波紋の幾重にも
散りゆける桜ほろほろ啄木忌
城山の小雨にけむる花の冷
逆上り五月の光蹴り上げて
新緑の風に列なす鼓笛隊

 夏 足 袋  横田じゅんこ
よく回る菓子のおまけの風車
水音の夜はやはらかき目借時
俎板を洗ひ五月の水匂ふ
母の日やお焦げのできる電気釜
風薫るパンと紅茶と卓ひとつ
気疲れの夏足袋を脱ぎ帯を解く

 春 の 潮  浅野数方
うららけし海鳥低く低く飛ぶ
空の青ふかむ白鳥抱卵期
寄せ返す波の切つ先養花天
春潮の引ける干潟の砂粗き
惜春の海光掬ふかもめ哉
メーデーや沖に待つ船一列に

 奥  宮  渥美絹代
風光る御衣を運ぶ櫃に注連
奉納の舞楽奥宮霞みをり
桑咲くや雲ゆるやかに解けゆく
奥宮はこの山の上田水張る
葉一枚つけて夏柑売られをり
写生せる木に山雀の来て止まる 

 春惜しむ  池田都瑠女
初蝶を見し昂りに夫を呼ぶ
栞せしバイブル開く春の風邪
棄てがたき物を並べて暮かぬる
菜の花のさ揺らぐ中を湖北線
寺の屋根夕牡丹反り美しき
亡き母の紬を羽織り春惜しむ

 山  桜  大石ひろ女
少年の画布にとどまる花吹雪
分水嶺越えゆく旅や山桜
訪ねたる備前備中花曇
窯人の腰の手拭桃の花
日を返す石州瓦つばめ来る
空堀跡うぐひす鳴いてゐたりけり

 仏  顔  森山暢子
初蝶の触れたるものに触れてみし
衆僧のひとり尼僧や出開帳
燕来る石見はどこも砂地なる
面売りの仏顔なる櫻かな
畦塗の村一番は女かな
浦人は風に敏しや仏生会

 葦 若 葉  柴山要作
鼻焦げし不動明王葦の錐
乾びたる草魚の頭葦若葉
葦原へ惜春の鐘一打かな
熊蜂うおんうおん群るる藤の棚
宇都宮家墓所一筍を許しをり
一新の駅のポスター夏来る

 夏 近 し  西村松子
かげろふに足とられたる猿田彦
清明や流鏑馬の弓引き絞る
雲雀野を来て流鏑馬の馬となる
神能のはじまる春の闇うごく
惜春の肩尖らせて汀行く
山水に山の匂ひや夏近し



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 小林 布佐子

太鼓橋しだれ柳の芽吹きけり
蛇穴を出づ錆ふかきドラム缶
北限の林檎を咲かせオホーツク
かざぐるま私の息に応へけり
春宵や燐寸でつくる和らふそく


 飯塚 比呂子

一杓の艶金色に甘茶仏
天差せる指より乾き甘茶仏
鳩時計ぽつぽぽつぽと春惜しむ
膝を蹴るややこの力武者幟
影曳きて白鷺の舞ふ流れかな



白光秀句
白岩敏秀


春宵や燐寸でつくる和らふそく  小林布佐子

 近頃は燐寸を使うことが少なくなった。ライターやチャッカマンなどで簡便に着火できるようになったからだ。和蝋燭も日常の灯火からは遠い明かりである。
 蘇東坡の「春宵一刻値千金」の詩に誘われながら、非日常的な和蝋燭の明かりが浪漫的な雰囲気をつくり出している。春宵といい、和蝋燭といい、作者の詩精神は自在である。
 かざぐるま私の息に応へけり
 「応へけり」とまるで子どものように気持ちが弾んでいる。息を強く吹けば強く回り、弱ければ弱く回ってくれる風車。童心に還って無心に回している風車。
 句づくりには童心が必要だ。子どものような純真な気持ちと眼で接すれば、俳句はにっこりと微笑んでくれる。

膝をけるややこの力武者幟  飯塚比呂子

 元気な赤ん坊が元気に詠まれている。
 武者幟が揚がっているから丸々太った男の子に違いない。「ややこ」という呼び名も可愛らしく、力強く膝を蹴る赤ん坊の柔らかい足の感触が快い。
 赤ん坊を中心にした家族の明るさがリズムよく表現されている。佳い俳句は読む者の気持ちを快くしてくれる。

茶摘み婆話し上手を雇はるる  藤田ふみ子

 テレビで見る茶摘みは、姉さん被りの若い女性が赤い襷で摘む姿である。観光用とは分かっていても日本的な情緒があって心楽しいものである。しかし、現実の茶摘みはそうはいかない。いくら茶摘機があっても人手が必要。だから、掲句のように婆も雇われることになる。婆は話し上手で摘み上手。昔取った杵柄である。今年も婆の摘んだお茶の美味しい季節になった。

麦秋や家完成の足場解く  原  菊枝

 今まで聞こえていた釘を打つ音や鋸をひく音が止んで、今は建築の足場が外されている。新しい我が家が完成したのだ。この家から始まる家族の新しい生活。その期待が「足場解く」に込められていよう。同じく〈新築の軒に燕の来たりけり〉の句もある。金色の麦穂を靡かせる風や燕が訪れてくれる新しい家なのである。

入学の子のまなざしのみな一途  西田  稔

 小学校から大学や各種学校など全ての入学生にいえることだろう。向学心や夢に向かって燃え輝いている彼等の瞳である。
 「みな一途」の断定に作者の彼等に対する力強いエールがある。 

妹のよろこぶ兄のしやぼん玉  埋田 あい

 ある時は空たかくで弾け、時には目の前で弾けるしゃぼん玉。妹はまだ上手に吹けないのだろう。兄の吹くしゃぼん玉に手を叩いて喜んでいる。きっとしゃぼん玉に触れようとジャンプをしたり笑い声を立てて喜んでいるのだろう。
 春の明るい日差しの庭で遊ぶ仲のよい兄と妹。作者の眼が二人に優しく注がれている。
 
新聞の切り抜き溜まる啄木忌  髙橋 圭子

 啄木忌は四月十三日。二十六歳という短い生涯であった。
 新聞の切り抜きと啄木忌。関係なさそうであるが、啄木は明治四十二年に校正係として東京朝日新聞社に入社して、翌年に『一握の砂』を出している。作者はかって愛唱した〈東海の小島の磯の白砂に/われ泣きぬれて/蟹とたはむる〉などの短歌に心添わせているのだろう。啄木を慕う気持ちがあってこそ忌日の句は生まれる。

母の手をしつかり握り入学す  石原 幸子

 学校に行くのが嫌でもない、怖いのでもない。好奇心に弾む気持ちを押さえて緊張しているのである。
 入学する子にとって、学校は家庭以外で初めて接する社会である。その第一歩である入学式に臨む子どもの緊張感と初々しさがよく表現されている。


    その他の感銘句
乳母車押して見に行く鯉幟
波白く暮るる八十八夜かな
雀の子小学校に来て遊ぶ
春愁や突然電話したくなる
雪形の兎の耳は右に折れ
先生と歴史のはなし夏に入る
春の虹二重にかかる吾嬬山
しやぼん玉消ゆるときまで虹の色
親展の固き封印春の霜
藍染の作州絣水温む
踏切の不意に鳴り出す薄暑かな
春愁に心添はせてゐたりけり
街角のバレー教室朧月
揺り椅子の揺すれば軋む春愁
ボートみな桜の方へ漕いでをり
生馬 明子
新村喜和子
三上美知子
本田 咲子
根本 敦子
稗田 秋美
宮崎鳳仙花
間渕 うめ
内田 景子
米沢  操
和田伊都美
佐々木よう子
池田 都貴
萩原 峯子
佐藤 琴美


鳥雲逍遥(6月号より)
青木華都子

書道塾春の深雪に休講す
春眠の夢の中より母の声
井戸神の息抜き穴や鳥雲に
春の夜の俄かに腓返りかな
花つけて水を好まぬ君子蘭
抜きてみる五月幟の飾太刃
初花の空にとけさう昼の月
雨傘の触れあふ近さ初桜
落葉松の芽吹きの遅き奥信濃
耕され早くも通ふもぐら道
大空の点となりたる雲雀かな
春一番たがひに軌む舫ひ舟
老僧の法話親しき春障子
花筏小さき流れを埋め尽す
引く鴨の残して翔てり二タ三声
相傘を貰ひ艶めく春の雨
水音の春の声としささやける
汐吹くを時々覗き浅蜊籠
雪吊の老松にある気品かな
放香の花に近づき深呼吸

田村 萠仙
武永 江邨
福村ミサ子
松田千世子
今井 星女
笠原 沢江
加茂都紀女
奥田  積
梶川 裕子
金井 秀穂
坂下 昇子
池田都瑠女
大石ひろ女
久家 希世
篠原 庄治
竹元 抽彩
荒木千都江
大村 泰子
森  淳子
諸岡ひとし



白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
仁尾正文選

 浜 松  阿部 芙美子

人事の日々に疎しや鳥曇   
遠足の散らばつて行く丘の上
花種を貰ふ右の手左の手
公園の小さき砂場や鳥の恋
尼寺や海棠に雨ひとしきり

 
 東広島  岡田 暮煙

白魚の透けるいのちををどり食ひ   
野仏を打ちて椿の落ちにけり
立たされし廊下もみがき卒業す
亀鳴けり兵を送りし碑に佇てば
朧夜や来るはずのなき人を待ち



白魚火秀句
仁尾正文


花種を貰ふ右の手左の手  阿部芙美子

 作者は、社会保険センター浜松に俳句講座が開設された平成元年の第一期生、月二回の講座に出ているので俳句歴は五十年余となる。新鋭賞を受賞し、白魚火巻頭も何回か得ている。常に前向きな姿勢がよい。
 掲句の花種は散のものである。右の手に貰い左の手に貰いと二種類のように表現しているが、両手の種には何種類もの散が混っていて歓喜の声を挙げている。「嬉しい」「美しい」という言葉は漠然としているものだが、それを具象化したのがこの句の手柄である。

立たされし廊下をみがき卒業す  岡田 暮煙

 罰で立たされた廊下も卒業が近くなるとなつかしい。丁寧に掃除をし明日の式典に備えているが「卒業す」を評価した。校長の挨拶、来賓の祝辞、卒業証書の授与、卒業歌の斉唱、居並ぶ教師や父兄。在校生の見送り等々心の底に焼きついて忘れないのが「卒業す」だ。

菖蒲湯や家系に男の子少なくて  青木 源策

 「菖蒲湯や」は尚武を思わす季語。作者には長男次男長女があるが孫四人は女の子ばかりだという。「鰯雲部品外され退院す 源策」とこの四十年間癌と闘ってきたが暗さはない。作者のエッセイは傾に構えてユーモラス。名エッセイストであった。今年の四月浜松白魚火会に出句した掲句が今生の最後の秀句になってしまった。

誕生日筍飯で祝ひけり  松原 政利

 誕生日の祝い方は、家族構成や年齢で大きく変わってくる。掲句から察すると、作者は奥さんと二人で暮しているのであろう。高級レストランに行かなくてもケーキがなくてもよい。元気で誕生日を迎えたことを素直に喜んでいる。
 季語の「筍飯」がいかにも健康的である。

鯉のぼり雲太の風をはらみけり  須藤 靖子

 平安時代の中ごろにつくられた本に『口遊』がある。その中に日本三大建築の覚え方として「雲太、和二、京三」という言葉が出てくる。これは「出雲太郎」、「大和二郎」、「京三郎」の略で出雲大社、東大寺の大仏殿、平安宮の大極殿のことで、どこか一部分でも高いところのある建物が大きい建物とされていた。これらのことを念頭に掲句は詠まれている。
 島根県民として出雲大社を心から崇敬していることがよく分かり、「雲太」という固有名詞が生かされた佳句である。

夫には六人の兄昭和の日  堀口 もと

 「六人の兄」がいたということは、兄弟は少なくても七人以上ということが分かる。作者の御主人の年齢を想像すると、その時代としては珍しいことではない。日本の経済も発展もその人達によって支えられてきた。
 「昭和の日」がすべてを語っている。

世話上手世話され上手更衣  山田 敬子

 「老いては子に従え」という言葉があるが、もちろん自分の子供にである。作者はまだ世話をされる齢ではない。逆に町内の集りなどでお年寄りの世話をしているのであろう。その場で感じたことが言葉になった。やがて自分も齢を取ることは免れない。その時は素直にそうしてもらおう、と思ったのである。どちらの立場であっても人の気持に添うことは大切である。
 「更衣」の季語が明るくて良い。

一本のあやめ隣の児にもらふ  吉田 柚実

 最近は、町内や隣の家との付合いも昔ほどではなくなった。しかし柚実さんの隣の家にはかわいい子供さんがいたようだ。その児が庭に咲いた「あやめ」を「一本」持ってきてくれた。日頃の柚実さんの気持に対するお礼だと思う。
 「あやめ」は多年草で根を地下に這わせ、あまり手を掛けなくても毎年咲く。この児がやさしく逞しく育ってくれることを願う。

袋掛嫁の支ふる台にのり  伊東 正明

 桃や林檎、梨などを病虫害や風害から守るため、一つ一つに袋を掛ける作業は大変である。高いところになるに従い梯子や踏み台を使うことになる。それを見ていたお嫁さんがすかさず手を貸してくれた。作者のお嫁さんに対する日頃の態度がそうさせたに違いない。ちょっとした心遣いがあると大変な作業も短い時間に楽しく出来る。

千切れゆく座布団ほどの春の雲  大橋 瑞之

 俳句で季語の説明だけをされても面白くない。形容詞の使い方にもいろいろあるが、「座布団ほど」と言われると意表をつく。掲句は風の強い日に、大きな雲が次第に離れ離れになったときの様子である。同じものを見ていても誰も気が付かなかったところや、言わなかったことが言葉になったとき俳句が生まれるのである。


    その他触れたかった秀句     
対岸の風見えてゐる青柳
分かち合ふ樹液ひとくち芽吹山
江ノ電の継目ごとごと春惜しむ
解けさうで解けぬパズルや明易し
囀やからくり時計の動き出す
三歳と二歳の会話チューリップ
耳朶の雫に光甘茶仏
茶柱を夫にも見せて柏餅
しやぼん玉二つ三つ消えみんな消ゆ
学校のこと聞きてをり土筆摘む
行く春や棚にカントの本があり
風光る球児の悔し涙かな
雪形の駒駆け上がる里の山
ぼうたんの一片散つてどつと散る
花木 研二
吉川 紀子
阿部 晴江
北原みどり
中間 芙沙
山田 春子
五十嵐藤重
高田 茂子
間渕 うめ
森  志保
安達みわ子
市川 節子
石田 千穂
柴田まさ江

禁無断転載