最終更新日(Update)'18.04.01

白魚火 平成30年4月号 抜粋

 
(通巻第752号)
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 4月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    坂田 吉康 
「海 光 る」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集(巻頭6句のみ掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
       
竹内 芳子、寺田佳代子  ほか    
白光秀句  村上 尚子
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
     飯塚比呂子、内田 景子  ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(浜 松) 坂田 吉康   


弧を描く鋤簾のしなり蜆掻く  森脇 和惠
(平成二十九年六月号 白魚火集より)

 作者は出雲の人である事から宍道湖の蜆漁であろう。鋤簾を使って舟の上から湖底の蜆を掻き採る。この漁で使う鋤簾の柄の長さは七~八メートル、蜆が入ると重さは何十キロにもなる。長い柄を手繰り寄せ水面近くで鋤簾を揺すって砂を振い落とす。その際に長い柄は大きく撓う。一連の動作を凝視して鋤簾の柄のしなりに焦点を絞って的確に写生した。
 平成二十年の全国大会にて、宍道湖の湖畔の「ホテル一畑」から見た何十艘もの蜆船が一斉に漁場へ繰り出す光景は、今も鮮明に脳裡に焼き付いている。

雲に乗る気分白木蓮の道  川上 征夫
(平成二十九年六月号 白魚火集より)

 浜松駅から直線距離にして十三キロ程北に、通称「木蓮通り」という白木蓮の並木道がある。並木は真つ直ぐに約三キロ、全長は六キロほどである。満開を迎えると左右から道路を包み込むように乳白色に染まる。前方は空との境界が薄れ雲と一体化して見える。
 浜松在住の作者はバイク愛好家で、時には遠乗りをすると聞く。折しもバイクを駆ってここを通ったのであろう。バイクの颯爽さと木蓮の白さが相俟って、咄嗟に雲に乗っている感覚を覚えた。「雲に乗る気分」と気持ちを素直に表現した所に好感が持てる。

姿見にまづ掛くる帯花疲  計田 美保
(平成二十九年六月号 白光集より)

 普段着ることの少ない和服での花見は華やいでさぞ楽しかったであろう。和服での
「花疲」は、洋服でのそれとは若干印象が異なる。
 掲句は、まず姿見に帯を掛けたとある。次に着くずれを防ぐための伊達巻を解き、続いて数本の腰ひもを解くであろうことは男の読み手でも容易に想像できる。
 姿見の前にて帯を解く所作は花疲のもの憂さと、女性の艶やかさを漂わす。男では詠めない句である。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

  鳰 (旭 川)坂本タカ女
檻の虎行つたり来たり山眠る
口笛に犬呼びもどす冬木立
さみしさの分だけ潜る鳰
煤払ひする踏台につまづける
画廊の細き階段をゆく松過ぎて
動くまで見る寒鯉の動かざる
揚がらんと氷に鴨の足掻きかな
マスクしてをり男性とも女性とも

 ど ん ど (静 岡)鈴木三都夫
四日はや捨つる句多き机上かな
まほろばの万葉の里どんど焚く
斎竹の笹に飛びつくどんどの火
直会の御神酒にほろとどんど終ふ
方丈の飛簷へ翳す冬木の芽
枯木立微塵の枝を偽らず
琴の音の響く回廊梅の宮
鉄幹の命の花の二三輪

 春 の 雪 (出 雲)山根 仙花
まだ残る父の匂ひの冬帽子
枯れてゐてこのあたたかき野をゆきぬ
真白き飯大寒のみ仏に
野を焼きし匂ひの闇となりにけり
野を焼きし夜は星屑もあたらしく
白壁に影を大きく春の雪
触れてゆく春の来てゐる木々の肌
新しき標札匂ふ春の雪

 雪  華 (出 雲)安食 彰彦
音もなく降る雪二の雪三の雪
雪はげし米屋に米を頼みけり
かぎりなく降る雪眠くなりにけり
居酒屋に靴跡雪におびただし
丸く雪のせし庭木の無表情
友の葬さびしさ竹は雪落とす
埋葬の佛に雪華降りかかる
天下とる夢雑炊で締めくくる

 春を待つ (浜 松)村上 尚子
片膝に日の差してゐる初鏡
三角に立つるナプキン淑気満つ
絵屏風を抜け出してゆく鳥のこゑ
天窓に星の寄り合ふ霜夜かな
まつすぐに雪降る夜の杉林
探梅や富士の雲居の定まらず
寒紅引くすでに晩年かも知れず
磨かれて春待つ靴となりにけり

 報 恩 講 (唐 津)小浜史都女
家族には多すぎし数鴨の群
ちらつちらつ横目をつかふかいつぶり
手焙りの灰うつくしき法話聞く
念仏をよろこびとせむ報恩講
天山の機嫌よき日や寒肥まく
動かざる鷺に三寒四温かな
雀らの早口言葉日脚伸ぶ
受験子に夜がきて朝が来たりけり

 日脚伸ぶ (宇都宮)鶴見一石子
裸木の乱舞東北高速道
天と地の小雪ぶつかり地に還る
春を待つ畝百本の黑き土
燒き味噌の握り馨し小雪舞ふ
脳を病む杖忽忽と日脚伸ぶ
大欅芽吹かんとして嘯けり
踏青や両手に杖の試歩の杜
阿武隈の右岸左岸の草青む

 春立てり (東広島)渡邉 春枝
大寒の眼鏡二つを使ひ分け
寒の水含めば新たなる詩情
定位置に薬箱あり寒波来る
病めばすぐ癌かと思ふ余寒かな
定刻に点る門燈春立てり
梅ほつほつ歩き過ぎたる足の裏
紅梅の香りをはさみ句帳閉づ
蕗の薹絶やさぬやうに田畑守る

 春を待つ (浜 松)渥美 絹代
神泉にあをき葉の浮く寒さかな
一月のたんぽぽ土に触れて咲く
木蓮の冬芽米蔵開け放ち
寒日和上がり框に節の穴
寒晴や千木を置きたる長屋門
日脚のぶ何も置かざる八畳間
長屋門わきの大楠春を待つ
二十字を削る原稿寒明くる

 初  詣 (函 館)今井 星女
ささやかな幸せ願ふ初詣
列なしてゆつくり歩む初詣
本殿へ牛歩のつづく初詣
社務所より琴の音色や初詣
寒鴉一声発し初詣
ふところに大吉とある初みくじ
元旦の新聞重き朝かな
だれかれとなく声かはすお元日

 北  見 (北 見)金田野歩女
水鳥の時折見する美しき羽根
雪しまき隣の家の消えさうに
丹頂の靄濃き塒より翔てり
戸締りのいつもの手順去年今年
縫初や鉤裂一枚預けられ
前髪も睫毛も凍つる北見かな
流氷来頭上掠めて飛ぶ鷗
春北風白樺に寄生木縋りをり

 梅 真 白 (東 京)寺澤 朝子
この年は臥して迎ふる大旦
覚え直す百人一首を読初に
おろおろと十日戎も過ぎにけり
梅早しここら湯島の切り通し
なやらひの賑はひ湯島天満宮
梅咲いて裏参道は男坂
絵馬棚に絵馬盛り上がる梅二月
病み抜けし身をいとへとぞ梅真白



鳥雲集
巻頭1位から6位のみ

 小 正 月 (多 久)大石 ひろ女
小正月ワイングラスに吟醸酒
大寒の卵一個の重さかな
天山の尾根白銀に寒茜
寒鮒市終へたる町を通りけり
二日目のカレーふつふつ寒土用
旅に買ふ赤き塗箸春隣

 正 文 忌 (藤 枝)横田 じゅんこ
寒見舞大吟醸と決めにけり
寒の水龍の口より弧を描く
枯れ尽くし空つつぬけに雑木山
正文忌白眉の如き雲流る
文机に眼鏡鉛筆クロッカス
水の上に水捨つる音名草の芽

 春  隣 (八幡浜)二宮 てつ郎
山茶花や遠くに光る海有りて
冬青空声出さず飛ぶ鳥一羽
淋しさは臘梅の咲く日向かな
寒林の声聞き今日もひとりなり
大寒の秒針の一刻みづつ
電柱の天辺の天春隣

 冬 帽 子 (出 雲)荒木 千都江
短日やまないたの音小走りに
初日受く一草一樹われもまた
重箱を洗ひ正月終りとす
人の背のみな寒さうなどんど焼
冬帽子目深に水道検針夫
明日着る喪服を吊す冬座敷

 霜 の 夜 (浜 松)安澤 啓子
霜の夜の振子時計のふりこの音
初日待つベランダ風の和ぎにけり
鐘楼にみづうみの風藪柑子
いくたびも庭に鵯来る寒四郎
石橋を渡り石階冬深し
春隣雑魚のうごめく水輪かな

 寒波来る (東広島)源  伸枝
地下道に靴音ひびく寒さかな
煮魚の大きな目玉寒波来る
ほほゑみの遺影に障子明りかな
待春や槌音かろく棚作る
木々移る鳥の早さや春隣
春立つや浅瀬に稚魚の影走る



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 竹内 芳子(群 馬)

一キロを歩いて駅へ冬うらら  
神棚に餅花の影ゆれてをり
掃くだけで事足る雪の嵩なりし
昼の鐘鳴るや氷柱のゆるびたり
寒造のにほふ路地裏抜けて来し


 寺田 佳代子(多 摩)

水底に化石の眠る寒の入  
散薬やコップに満たす寒の水
しんしんと雪しゆんしゆんと湯の滾る
木々渡る番の鳥や深雪晴
古書店に探す一書や春隣



白光秀句
村上尚子


神棚に餅花の影ゆれてをり  竹内 芳子(群 馬)

 「餅花」は、繭玉などと同じように紅白に搗き分けた餅を細かく切って、柳や竹につけた正月の飾り木の一つである。しかし土地によってその形もさまざまのようだ。
  作者のお住まいの地は、かつて養蚕が盛んであり、より良い繭の産出に願いを込めて続けてこられたのであろう。典型的な写生句であるが、読み終えたあと、その情景が鮮やかに脳裏に残る。穏やかな景の中に、新年の作者の息遣いまでも伝わってくるようだ。
  昼の鐘鳴るや氷柱のゆるびたり
 この「鐘」の音はどこから聞こえてくるのだろう。寺か教会か、あるいは時報か……。
 いずれにしてもこの句の良さは、切れのあとのフレーズとの取り合わせにある。俳句において説明や因果関係は一切不要である。

古書店に探す一書や春隣  寺田佳代子(多 摩)

 書店に行って新刊書を探すのはあまり苦労しない。それに比べ「古書店」で目的の一冊を探すのは大変であろう。ひと口に古書と言ってもあまりにも漠然としている。しかしそれを楽しむかのように、膨大な本の一冊ずつに目を移している。「春隣」の季語はまさに作者の心境そのものでもある。
  しんしんと雪しゆんしゆんと湯の滾る
 「しんしんと雪」、「しゆんしゆんと湯」の擬声語の使い方はごく普通。しかし、これを一句の中にリフレインとして、リズム良く収めたところにこの句の良さと面白さがある。

街路樹に力こぶあり冬の虹  宮﨑鳳仙花(群 馬)

 「街路樹」にふさわしいのは、先ず環境に強いというのが一番の条件であろう。この「力こぶ」には、長年の風雨に耐え抜いてきた逞しい木の姿が見える。それを包む「冬の虹」はあくまで美しく、そしてはかない。

山吹雪く鉄塔一基づつ攫ひ  森田 陽子(東広島)

 目の前の山を見ていると、幾つかの「鉄塔」があまりに激しい吹雪に次々と見えなくなってしまった。その様子を「一基づつ攫ひ」と表現した。吹雪を擬人化したことにより、自然の猛威が一層強く感じられ、力強い作品となった。

成人の日やタクシーの日章旗  大村キヌ子(札 幌)

 今年の「成人の日」は、心ない一人の社長により、悲しい思いをした新成人が多くいた。ここではきっと和やかな一日であったに違いない。「タクシーの日章旗」への飛躍は見事である。運転手も心なしか楽しそうに見えてくるのは私だけではあるまい。

十円の切手貼り足す余寒かな  野田 弘子(出 雲)

 書き終えた手紙を封筒へ入れ、切手を貼ったが思ったより重かった。そして「十円の切手」を貼り足したというだけだが、「余寒」という季語と、その調べの良さに一句が成り立った。季語の大切さを思う。

玄関を出てマフラーを巻き直す  村松ヒサ子(浜 松)

 どんなに寒くても用事があれば出掛けなくてはならない。外へ出た途端、予想以上の寒さにびっくりした。しかしこの句は寒さのことは言わず「マフラーを巻き直す」とだけ言った。それだけで寒さは充分に伝わってくる。

冬木の芽枝引き寄せてみくじ結ふ  水出もとめ(渋 川)

 読み終えたおみくじを大切にしまっておく人もいるが、作者は境内の一本の木の枝に結んだ。その時の様子がきめ細やかに活写されている。「冬木の芽」には九十四歳とは思えない作者の前向きな姿が重なって見える。

冬ごもり淋しきときは飴なめて  佐久間ちよの(函 館)

 作者のお住まいは函館である。さぞ長い「冬ごもり」であろう。いくら頑張っても家の中だけでは限りがある。「淋しきとき」だってある。そんな時は「飴」をなめて元気を出すという。見習うところである。九十二歳と分かり、また驚きである。

注連綯へば藁にたちまち神宿る  寺田 悦子(松 江)

 正月の準備の注連作りである。手元の藁が次第に注連の形になってきたときの作者の心境の変化。思わず出てきた言葉が「たちまち神宿る」である。これ以上の言葉はなかなか見つからない。

山門のわらんぢ二足春を待つ  樫本 恭子(広 島)

 この草鞋はたぶん奉納されているものであろう。諸説あるが、草鞋には旅の安全祈願や厄除などの思いが込められているという。それを見ている作者の脳裏にも色々なことが去来する。「春を待つ」はそれらに対する願いでもある。


    その他の感銘句
よく動く猫のしつぽや日脚伸ぶ
葛湯吹き一番星のよく光る
日に出でて寒禽声を発しけり
初詣二百二段の男坂
ふくよかなる僧の耳朶春の風
待春の机に赤き貯金箱
待春や柵に仔山羊の顔並べ
突かれてまた燃え上がるどんどかな
白鳥や湖の向かうの美術館
早春や青空に張る電話線
冬雲や割れぬブラックチョコレート
卓上に置かれ息衝く冬の薔薇
真向ひに海の開けて麦を踏む
頂上の天神様に餅ひとつ
冬ごもり養生訓を読み返す
高井 弘子
藤尾千代子
塩野 昌治
太田尾利恵
高橋 裕子
鈴木喜久栄
松尾 純子
横田美佐子
江⻆トモ子
西村ゆうき
内田 景子
横田 茂世
大石 益江
西山 弓子
荒木 友子


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 群 馬 飯塚 比呂子

雪乗せてより雪吊りの落ち着ける
濯ぎ物の含める温み日脚伸ぶ
枯山水に日の廻りたり実千両
待春の観音の御手ふくよかに
抱き上ぐる嬰に乳の香あたたかし

 
 唐 津 内田 景子

抽出しの中手つかずに去年今年
母の背の高さに合はせ新暦
鉛筆の芯尖らせて初日記
松過ぎてより血圧の落着けり
丹念に髪を洗ひて女正月



白魚火秀句
白岩敏秀


雪乗せてより雪吊りの落ち着ける  飯塚比呂子(群 馬)

 公園や庭園などの円錐形の雪吊り。綺麗に整っているが、どことなく弱々しく見える。ところが、雪が積もって、縄がぴんと張ると、どっしりと落ち着いて頼もしく見えてくる。一見、弱々しそうだが、いざとなると頼りになる人―周囲にも居そうである。
 濯ぎ物の含める温み日脚伸ぶ
 一月も半ばを過ぎると日脚が伸びたかな、と感じられる。そんなある日、膝のうえで畳む洗濯物からほのかな温みが伝わってきた。立春はまだ先ではあるが、身体で感じた春近しであり、日脚伸ぶである。

松過ぎてより血圧の落着けり  内田 景子(唐 津)

 年末から正月にかけて、主婦は忙しい。子ども達が帰ってくると一層、忙しさに拍車がかかる。三が日が過ぎ、子ども達もそれぞれの家庭に帰るなどして、ようやく落着いてきたのは松納が過ぎてから。
 「血圧の落着けり」とは血圧計の数値が落着いたのではなく、忙しさが去って元の日常に落着いたとの謂であろう。目出度くもあり、忙しくもある主婦の正月。
 丹念に髪を洗ひて女正月
 前句の続きのような句。正月の忙しさから解放され、日常へスイッチを切り替えるために髪を洗う。「丹念に洗ふ」に忙しかった正月が、無事に終わった安堵の気持ちが籠められているよう。

雨垂れの明るきリズム雪解どき  陶山 京子(雲 南)

 春の暖かな日差しのなかで、一斉に雪解けが始まる。早く落ちる雨垂れ、ゆっくりと落ちる雨垂れ。どの雨垂れも明るいリズムを持っている。雨垂れの弾むリズムが、生まれたばかりの春を見事に表現している。

ほめ言葉一つづつ添へお年玉  若林 眞弓(鳥 取)

 お年玉を渡すときは大抵、励ましの言葉を掛ける。例えば、「いたずらするなよ」「頑張れよ」等々。しかし、この作者はほめ言葉を添えて渡したという。ほめられることは嬉しいもの。きっと、お年玉の中身が何倍にも膨らんだ気持ちになったに違いない。子どもの嬉しそうな顔が見えてくる句である。

突つかれて再び猛るどんどの火  柴田まさ江(牧之原)

 燃え渋ったのか、燃え尽きる寸前なのか。兎に角、どんどの火に勢いがなくなった。そこで、火掻き棒でつついたところ、再び燃え上がったという図である。我々の回りにも、何事もつついて急かさないと動かない人がいるもの。そんなことにも思いが及ぶ。

年の朝夫と真面目に挨拶す  中山 啓子(高 知)

 普段が不真面目ということではない。年の朝―元旦の朝に慶賀を述べあったということ。〝始め良ければ全て良し〟という。年が改まっためでたい朝の挨拶である。

あたたかや百寿の母に叱らるる  吉原 澄子(東広島)

 親ぐらいの年齢になると、子どもの頃に親に叱られた理由が〝ああ そうだったのか〟と分かってくる。しかし、その頃には親は既にいない。
 そう思えば揚句の作者は仕合わせである。だからこそ、母に叱られても「あたたかや」の感謝の言葉が、素直に出て来たのだろう。読む人の気持ちまであたたかくなる。

子等帰り絵本一冊冬座敷  山本かず江(群 馬)

 遊びに来ていた子ども達が忘れて帰った一冊の絵本。冬座敷にはさっきまで遊んでいた子ども達の姿があった。絵本にはそれを読む子どもの声があった。楽しかった時間が冬座敷と一冊の絵本で語られている。

寒晴や孕みし馬の脚馴し  佐藤 琴美(札 幌)

 馬の仔は母馬のお腹の中に三百三十日ほど居て生まれてくるという。歳時記は仔馬を春季としているから、出産はそう遠いことではない。寒晴れの牧場を白い息を吐きながら牧場を歩く母馬にとって、長い冬が終われば新しい家族が増える。希望に満ちた脚馴らしである。


    その他触れたかった秀句     

夜廻りの拍子木月の欠けてきし
帽子屋の大きな鏡春近し
雪を掻く明日予定日の孕牛
日の当たる方へ方へと探梅行
堰越ゆる水の厚さや春隣
研ぎ澄ます鋏並べて初仕事
女正月ひらひら乾く割烹着
伸ぶる度叩かれてゐる軒つらら
どんど果て闇に細りし熾火かな
除雪車のしづくを落としつつ戻る
見上げつつのぼる石段初詣
つぎつぎと咲いて椿の庭となる
青竹の火柱となる大とんど
紅引いて若さを探す初鏡
牛の目に涙のあとや春寒し
水仙花ひとかたまりに伸びてをり
寒紅の一本老いを華やげし

伊藤 妙子
花木 研二
舛岡美恵子
塩野 昌治
野田 美子
安食 孝洋
大塚 澄江
萩原 峯子
川本すみ江
井上 科子
田渕たま子
村上千柄子
森山世都子
勝部 好美
藤尾千代子
野﨑 京子
北野 道子 

禁無断転載