最終更新日(Update)'17.09.01

白魚火 平成29年9月号 抜粋

 
(通巻第745号)
H29. 6月号へ
H29. 7月号へ
H29. 8月号へ
H29.10月号へ

 9月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    林  浩世 
「波  頭」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
       
中山 雅史、田口  耕  ほか    
白光秀句  村上 尚子
句会報 「浜松白魚火会」島田吟行  高田 茂子
句会報 平成二十九年度 実桜総会吟行記  平野 健子
坑道句会一畑寺吟行記  原  和子
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
     西村 ゆうき 、計田 美保 ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(浜 松) 林  浩世   


露けさの四隅突き出す王の墓  西村 松子
(平成二十八年十一月号 鳥雲集より)

 山陰から北陸地方にかけての日本海側に見られる、弥生時代後期の四隅突出型墳丘墓を指しているのだろう。方墳の四隅がヒトデのように伸びているので、こう呼ばれている。大和王権以前の出雲地方を治めていたこの王の墓は、出雲神話と重ねた日本の歴史の一こまを教えてくれる。
 日が当たると消えてしまう露は、儚いもののたとえにも言う。季語の「露けさ」が、大和王権に呑み込まれていったであろう出雲の王へのオマージュのようである。

 山よりの夕陽まつすぐ新松子  鈴木 敬子
(平成二十八年十一号 白魚火集より)

 難読季語の一つに挙げられることの多い「新松子(しんちぢり)」。今年できた青い松ぼっくりのこと。昨年の白魚火全国大会の折に行った旧江田島の海軍兵学校は松が多く、沢山の新松子が付いていた。仁尾先生や父の母校であり、そこから巣立っていった若人たち、そして今も学んでいる自衛隊員の方々のイメージと重なった。
 掲句はどこで詠まれたのか分からないが、初々しい新松子へ朝日ではなく、夕陽が真つ直ぐというところに母性を感じた。

 軍鶏食つてのしのし歩く月夜かな  山田 眞二
(平成二十八年十一号 白魚火集より)

 月夜は万葉集の頃から詠まれているが、清らかで美しいイメージがある。が、この句は軍鶏を食い、さらにはのしのし歩くという、月夜の本意からは外れているようだ。しかし、このような捉え方があっても良いのではないか。男らしい、新しい月夜を詠まれた句だと思う。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 遠  雷  坂本タカ女
参道の砂利の目立や柳絮とぶ
山越えてきたる午報や厩出し
巻き寿司にわさびを利かす菜種梅雨
散ると言ふよりくづれたる牡丹かな
梅は実にみをつくし句碑に無沙汰侘び
遠雷や離農のあとの捨てサイロ
鷺草のいつせいの向き風を待つ
堤防添ひポプラ並木や馬冷す

 砂丘片々  鈴木三都夫
揚雲雀はばたきながら墜ちにけり
磯馴松矍鑠として緑立つ
防風の花簪の砂まみれ
腰浮かせ浜昼顔の吹かれ咲き
いとけなき浜豌豆の実となりぬ
波の音うとうと届く花海桐
灯台の裏の民宿水着干す
砂丘茶屋貝風鈴の鳴らし売り

 若 葉 寺  山根仙花
磴の上に磴ありみどり濃き一寺
木々の影涼しき磴を一つづつ
万緑や反りを豊かに寺の屋根
千体仏千の影置く若葉寺
葉桜の影の騒げる水子仏
積もるともなく積もりたる竹落葉
蜘蛛の囲にとられてをりし竹落葉
手みやげは一畑饅頭寺涼し

 天  蚕  安食彰彦
頂に如来をまつる大夕焼
今風と云はるるTシャツ更衣
8の字にくぐる茅の輪にある匂ひ
海の日や白い船には白い椅子
灯籠の火袋のぞく雨蛙
河鹿笛宿に昔の紋提灯
老鶯の張りのある声風にのり
天蚕の門扇をのぼりうすみどり

 ハンカチの木  村上尚子
牛小屋の牛に鳴かれて麦の秋
桑の実に口染め舟を待ちてをり
深くさす水棹筍流しかな
軽鳧の子の水脈親鳥の水脈のなか
大粒の雨降る鳰の浮巣かな
草笛を吹くハンカチの木に凭れ
サングラス浮桟橋によろめけり
バス過ぎて行く木天蓼の花の下

 母の部屋  小浜史都女
姫女苑しらじら彼の世見えてきし
青々と山暮れからすうりの花
二つ目の青鬼灯に雨つづく
梅雨ひぐらし遠くを見れば遠くより
正面にダムと天山ほととぎす
白づくめなる形代を納めけり
夏つばめ糀のにほふ蔵通り
風鈴や母なきあとの母の部屋

 田 掻 馬  鶴見一石子
芭蕉翁徹りし杉の青時雨
紫陽花や寺の伝承七不思議
隧道の滴り限りあるいのち
杉並木逃げこみ雹に打たれけり
郭公の一こゑ森を深くせり
晩年は睡気前行夏座敷
田掻馬見てゐて泥を賜はれり
けふも亦一と日暮れゆく冷奴

 笹 百 合  渡邉春枝
湧水のやがてせせらぎ朴の花
立ちしまま水分補給青嶺越え
笹百合の香りにしばし荷を下ろす
花ぎぼし噴き出す水に鯉の口
香草を指もてつぶす半夏かな
厨窓覆ふ茂りとなりにけり
閉ざされしままの酒蔵蛍舞ふ
梅雨深し本屋の隅の喫茶店

 麦 の 秋  渥美絹代
渡りきし橋ふり返る麦の秋
土砂降りのあとの鳥声枇杷熟るる
木の橋のま中繕ひ梅雨夕焼
螢舞ふ庄屋の垣を過ぎてより
螢狩短き草につまづきぬ
麦の秋土間のあちこち凹みをり
山門に夕日の残る蟻地獄
滝となる前の流れに沿ふ三戸

 小樽商大  今井星女
小樽商大ゆくどの道もライラック
山櫻のぼりきつたる地獄坂
小樽商大広き構内リラの風
囀りや漢字ばかりの文学碑
文学碑えぞ山桜と白樺と
小樽商大誇る文人碑の涼し
大学は新樹の森に囲まれて
潮の香を胸いつぱいに初夏の旅

 羆 情 報  金田野歩女
リラ冷えや年忌参りの旅鞄
朴の花聞き分けられぬ鳥の声
父の日やちよき三本のじやんけんぽん
筒鳥や山湖を靄の奔りゆく
夏至白夜相弟子集ふ師の忌かな
黒板の羆情報登山口
森林浴アイヌ語表記の川碧し
釣人の胴まで浸る日の盛

 武蔵国「府中」吟行  寺澤朝子
東国の此処はまほろば南風吹く
大欅並木は真直ぐさみだるゝ
あぢさゐのさびゆく武蔵国府跡
来合はせて総社の茅の輪くぐるかな
神在す大樹に涼をもらひけり
西指せる甲州街道夏の雲
汗引くや宿場の辻の高札場
さりげなく虚子の句碑あり草茂る



鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 露 涼 し (松 江)西村 松子
螢袋小さな吐息はきにけり
梅雨兆す海月のやうな朝の月
ねむさうな一枚の湖梅雨晴間
薫風や名を知らぬ鳥るるるると
邪鬼を踏む十二神将露涼し
誉むるのも諭すも言葉蓮ひらく

 梅 雨 晴 (浜 松)福田  勇
軒先にきらりと光る蜘蛛の糸
梅雨晴や師の句碑の字に墨入るる
鳴きながら頭上を過る時鳥
ふるさとに妻と二人の蛍狩
参拝の人に寄り来る羽抜鶏
故郷の青田の中の井戸覗く

 六  月 (出 雲)荒木 千都江
仕舞湯に菖蒲の青さ浮かびけり
はたた神街を平らにしてゐたり
つつつつとつたふ雫よ梅雨の玻瑠
緑茶濃く淹れ六月の雨の樹々
新緑の風山門を麿きをり
まつすぐに石段のびて青嵐

 古  刹 (出 雲)久家 希世
参道の木立の誘ふ風涼し
四葩咲く裏参道の風うまし
地蔵尊の指のまろやか青葉闇
火袋にひよいと貌出す蜥蜴かな
美男子の作務僧の掃く夏落葉
三尺の蛇に権現山揺らぐ

 梅雨の黴 (群 馬)篠原 庄治
鳴き合うて声の重なる昼蛙
初採りの紫紺さ走る茄子かな
滝径の踏みしだかれし蛇いちご
ほととぎす啼きつつ屋根を越えゆけり
不学なり机上のノートに梅雨の黴
青葉闇国定忠治の欠け墓石

 一畑薬師 (松 江)竹元 抽彩
剃刀の如き刃宿す青芒
身内なき父の故郷蝦蟇住めり
蟷螂に生まれながらの闘争心
目薬師や下界の景色眼に涼し
読経の真言蘇婆訶蝉時雨
紫陽花の雨に膨らむ瑠璃の毬

 滝しぶき (江 別)西田 美木子
風の無き雨のいちにち歯朶若葉
しぶきより見え来る滝へ一歩づつ
足音の吸ひ込まれゆく若葉雨
滝裏に消えたる鳥の消えしまま
老鶯を聞き山荘の朝餉かな
高原に迎ふる夏至の朝かな

 見えぬ力 (唐 津)谷山 瑞枝
梅雨籠輪投げ遊びに参加賞
風鈴のやさしき音色聞き二度寝
玄関の向日葵大き笑顔なる
滝径のうつさうとしてゐたりけり
大滝の見えぬ力に近付きぬ
滝音や稚の眠れる祖母の腕

 明 易 し (江田島)出口 サツエ
北指してクルーズ船の明易し
針槐咲いてロシアの戦勝碑
梅雨寒の博物館にある匂ひ
竹皮を脱ぐや空家のまた増えて
あぢさゐの藍の濃きより暮れ初むる
短夜や出船入船聞き分けて

 山 笑 ふ (函 館)森  淳子
ゴンドラの往復切符山笑ふ
一病を抱ふる人と青き踏む
人訪はぬ藩主の墓地の初音かな
着なれたるジーンズにして花衣
悩みなどあるはずもなしチューリップ
聖五月教会のドア開け放つ

 烏賊釣火 (浜 松)大村 泰子
花桐の雨止みてより匂ひけり
亀の子に池のさざ波立ちにけり
薫風や牛は腹から声を出し
揚げ舟に鱗の反れる薄暑かな
人ごゑの橋渡りくる麦の秋
烏賊釣火海の展けし岬かな

 神輿渡御 (札 幌)奥野 津矢子
神輿渡御運河の街の車夫揃ふ
祭髪日影の薄き日なりけり
陣笠は巴紋なり祭供奉
骨太の歌碑に実桜降りしきる
大河まで橋二つあり半夏生
反古にせし紙裏白しはたた神



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 中山 雅史(浜 松)

明け易し噴煙竹のごとく折れ
短夜やまだ灯りゐる白書院
明け易し土蔵に錆びし鉄扉
残月は断崖の端明け易し
海道を外れ夜店の賑はへり


 田口  耕(島 根)

不昧公おなりの書院額の花
雨にぬるる花南天や奥書院
浦越えてとどく汽笛の涼しさよ
隠岐院のまづは手形にお風入れ
虫干や四書に庄屋の蔵書印



白光秀句
村上尚子


明け易し噴煙竹のごとく折れ  中山 雅史(浜 松)

 噴煙には二つの解があると思うが、掲句は旅先での早朝、火山が噴き出す煙を目の当たりにしているのであろう。その日は風が強かった。いつも見る山の様相とは全く違っていた。「噴煙竹のごとく折れ」と咄嗟に出た言葉は言い得て妙である。
 最近、人の手が行き届かない竹藪の竹は、伸びるに任せ、やがて裂けて折れ曲がってしまう。
 比喩は物事を説明するのに、それと類似したものを借りて説明することであるが、この作品は、それを鮮やかに使いこなしている。
  海道を外れ夜店の賑はへり
 掲句とは違い安心して読める。「海道を外れ」というところから、それぞれの場所を想像して楽しむことが出来る。

虫干や四書に庄屋の蔵書印  田口  耕(島 根)

 「四書」とは儒教の経典でもある、『大学』『中庸』『論語』『孟子』の四つの書物。日頃見る機会は少ないが、見ても厳重なガラスケースの中である。作者はそれらを「虫干」しているのを真近に見たのである。そのなかの「庄屋の蔵書印」に目が止まり、改めてその年月に頷いているのである。文化財は大切にされてこそ、後世に引き継がれてゆくのである。作者のお住まいの、隠岐島という特有の歴史を背負っている土地ならではの作品と言える。
  隠岐院のまづは手形にお風入れ
 「風入れ」は「虫干」の副題。あえて「お風入れ」としたのは、後鳥羽上皇に対しての深い思い入れからである。

風過ぎてより噴水の立ち直る  横田 茂世(牧之原)

 「噴水」は高く上がれば上がるほど、風の影響を受けやすい。逃げ惑う人の悲鳴も何やら楽しそうである。風が止めば元の静けさに戻る。この句は瞬間から少しあと迄のことを「立ち直る」と擬人化した。噴水の生き生きとした姿が臨場感をもって表現されている。

座布団の数が定員遊び舟  岡 あさ乃(出 雲)

 乗物には定員がある。それを守らなければ大事故にも繋がる。この舟の定員はなんと「座布団の数」だという。なるほど、そう聞けばこの舟の様子も見えてくる。非常に明解である。

車椅子錆び鬼灯の花に雨  宮澤  薫(諏 訪)

 親御さんが使われた「車椅子」であろうか。事情は分からないが、捨てられずに置いてある。少し離れた所に植えられている「鬼灯の花」に、たまたま雨が降り出したという景。典型的な二句一章の句である。どう感じるかは人それぞれであり、理屈は不要である。

山羊の仔に角生え初むる麦の秋  渥美 尚作(浜 松)

 昔から家畜として飼われてきた山羊。あの鳴き声と風貌には親しみを感じる。「角生え初むる」が「麦の秋」という明るい季語に後押しされ、益々元気に成長してゆくであろう姿が窺える。

兄の忌の近し本家に柚子の花  若林 光一(栃 木)

 忌日となると、日頃忘れていたことを思い出す。作者も兄上の忌日が近付いたことにより、「本家に柚子の花」が咲く頃だということに気付いた。幼ない頃一緒に遊んだ日々のことに、しばし思いを馳せているのである。

十円の金魚日毎に色増せり  中山 啓子(高 知)

 俗に言う〝屑金魚〟である。軽い気持で飼い始めたが、どうしてどうして日々元気に育っている。しばらくはこの「金魚」から目が離せない。家族の注目を浴び益々色を増すことであろう。

老鶯や燧ケ岳に日がのぼる  宇於崎桂子(浜 松)

 「燧ケ岳」は東北地方の最高峰。向かい合うように至仏山が聳える。麓には尾瀬ケ原、尾瀬沼が広がる。何とも言えない景色である。「老鶯や」と「日がのぼる」により、その広さと作者の感慨が充分に伝わってくる。

神棚の榊に花の咲きにけり  榛葉 君江(浜 松)

 「神棚の榊」は、いけ花のように毎日水に心配りすることはないかも知れない。気が付くといつの間にか花が咲いていたことに驚いた。日常の暮しの中のほんの一齣。気が付けば俳句になる。

七夕や願ひ多くて竹しなふ  山田しげる(群 馬)

 短冊に願いを書いて吊せば、叶えられると信じていたのは子供だけではない。神や仏にすがる思いは幾つになっても同じである。作者のたくさんの願いに竹がしなった。九十一歳とは思えない茶目っ気が素晴らしい。


    その他の感銘句
レグルスとなつてまたたく蛍かな
半夏雨厨に匂ふ煎じ薬
篠の子採り熊除け鈴の追うてくる
紫陽花のどこから見ても真正面
ところ天短き箸を落としけり
蟻の列猫が乱してしまひけり
出目金の尾鰭重たくひるがへる
烏柄杓この世にぬつと出たりけり
地下足袋の娘祭の真ん中に
稜線に雲の湧き出づ栗の花
海猫鳴くや欠航明けの稚内
虎が雨開きしままの文庫本
挨拶はなすびの出来の話から
八つ割りにして三日月のメロンかな
菱形の杏仁豆腐夏は来ぬ
原  和子
友貞クニ子
沼澤 敏美
橋本 快枝
鈴木 敬子
内田 景子
植田さなえ
牧沢 純江
佐藤 琴美
清水 春代
高田 茂子
髙部 宗夫
多久田豊子
萩原 峯子
和田伊都美


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 鳥 取  西村 ゆうき

五月晴海と棚田のひかり合ふ
放哉の小径暮れきる初蛍
紫陽花の影を踏みゆく石畳
青梅の落つもう誰も住まぬ家
甘酒や背中合せに京言葉

 
 東広島  計田 美保

余命ありてこその予定や鰻食ふ    
我が影を抱きかかへたるあめんぼう
もうスーツ着ることもなし冷奴
叱られて西日の当たる部屋で泣く
短夜や砂紋は風の置手紙



白魚火秀句
白岩敏秀


青梅の落つもう誰も住まぬ家  西村ゆうき(鳥 取)

 最近まで人声があり、夜になれば灯りが点いた家。今では人声も灯りもない無人の家になってしまった。
 「もう誰も住まぬ家」には、親しく付き合った人のいない寂しさが滲む。そして、しきりに落ちる梅の音が無人の家の寂寥感を深めている。この句は「空き家」とか「人住まぬ家」或いは「主なき家」などの通り一遍の言葉を使わなかったことが、句の奥行きを深くしている。
  甘酒や背中合せに京言葉
 日中の暑さを避けて、目にとまった喫茶店に入ったところ、背中合わせに座ったテーブルの会話がたまたま耳に入ってきた。女性二人連れの会話ははんなりとした京言葉。作者にとって驚き半分、興味半分のところか。これがレモンスカッシュやソフトクリームなら句になっていなかっただろう。甘酒で成功。

もうスーツ着ることもなし冷奴  計田 美保(東広島)

 よく働いてくれたこのスーツももう着ることがない。退職した今、暑い時も寒い時も頑張ってくれたスーツに、独り言のように語りかけている句である。
 これからは一布衣として、残る人生を思い切って生きてゆきたい。そんな肩肘を張らない気持ちを「冷奴」に語らせている。
短夜や砂紋は風の置手紙
 しらじらと明けていく夏の浜。昨夜の風がきれいな砂紋を創っている。砂紋を風の「置手紙」と捉えた感性は抜群。思わず読みたくなるほどである。

アルプスの稜線走るはたた神  中山  仰(高 知)

 登山の途中、にわかに曇った空から雷鳴が稜線を走る。或いは日雷か。いずれにしても、アルプスの鋭い稜線が鋸の歯のように雷鳴の天へそそり立っている。
 雄大なアルプスの稜線と轟音を立てて走るはたた神の組み合わせが、句のスケールを大きくしている。

散り果てし薔薇一輪の堆し  吉村 道子(中津川)

 毎日水遣りなどして、大事に育てた薔薇もついに散るときがきた。そして、今日完全に散り果ててしまった。
 この薔薇が大輪であったことは「堆し」で分かる。俳句はその一部を言って全体を想像させることが肝要。それがこの句である。

雨脚の火花のごときゆだちかな  秋葉 咲女(さくら)

 突然に黒雲が空を覆い、沛然と夕立が降ってきた。一瞬にして交差点にも道路にも人影が消えてしまった。
 大粒の雨が音を立てて路面を叩く。上がる飛沫も半端ではない。「火花のごとき」と直喩して夕立の強さを活写した。 

便箋の色変へてみる梅雨曇  熊倉 一彦(日 光)

 今にも降り出しそうな梅雨曇が続いている。そんなある日、書かねばならない一通の手紙。拝啓と書いたが、あとが続かない。溜息ばかりが出る。そこで気分転換に便箋の色を変えてみたのだが…。
 鬱陶しい梅雨の季節、何をするにも億劫な気持ちが納得できる。

月下美人声かけて待つ両隣  荒瀬 勝枝(出 雲)

 丹精を込めて育てた月下美人が、いよいよ今夜咲きそうだ。白い大輪の花は数時間しか咲かないという。早速、両隣に声をかけてみたところ、両隣とも家族全員でやって来た。
 楽しみは皆で分かち合う。両隣に「声かけて待つ」に心が和む。

滝しぶき真つ正面に浴びてをり  小松みち女(小 城)

 轟音を立てて落ちてくる滝は豪快。気持ちを奮い立たせてくれる。
 激しい滝しぶきを浴びて微動だにせぬ姿は、滝行者を思わせるところがある。滝の霊異を全身で受け止めているのだろうか。力強い句である。

窓多きクルーズ船の春灯  佐々木克子(函 館)

 日暮れに入港した大きなクルーズ船。沢山の窓のそれぞれに春灯が点いている。見知らぬ日本を旅するという、わくわくした好奇心が春灯の数ほど乗っている。夢を見るような楽しい句である。



    その他触れたかった秀句     

声変りして少年の日焼せる
仄暗き炉端の隅の梅雨深し
水遊び水ちらかしてみんな消ゆ
大瑠璃や丸木の小橋渡る時
夕焼に艦旗を下す呉の海
塩壺の固まりほぐし梅雨に入る
棚田みな青田となりて夕日濃し
棚多き父の農小屋夕焼くる
雲の峰鉄橋渡る一輌車
奥山の奧に一村ほととぎす
狛犬の目の乾きたる旱梅雨
形代の流るる川の濁りかな
合歓の花こはれてしまひさうに咲き
蛍とぶ闇の底なる川の音
東京便発てば日暮れや蚊喰鳥

篠﨑吾都美
篠原  亮
保木本さなえ
吉川 紀子
寺田 悦子
森脇 和惠
中村美奈子
永島 典男
吉原絵美子
塩野 昌治
坪田 旨利
藤尾千代子
酒井 憲子
川神俊太郎
勝部アサ子

禁無断転載