最終更新日(Update)'17.06.01

白魚火 平成29年6月号 抜粋

 
(通巻第742号)
H29. 3月号へ
H29. 4月号へ
H29. 5月号へ
H29. 7月号へ

 6月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    中山  仰 
「風の砂丘」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
       
三原 白鴉、檜林 弘一  ほか    
白光秀句  村上 尚子
高森町「松源寺」 吟行句会句会報  大澤のり子
坑道句会その後  福間 弘子
足利學校・鑁阿寺、お花見吟行会  中村 國司
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
     田口  耕、根本 敦子 ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(高 知) 中山  仰   


十薬の匂ひもろとも束ねけり  小村 絹子
(平成二十八年八月号 白魚火集より)

 まさに匂い立つ句である。俳句は音が聞こえたり、匂ってくる五感に訴えるようなものに心惹かれる。写生する時、表面の自然観察と同時にそのような視点から捕らえ、それを踏まえつつ、表現の仕方・工夫でさらに読み手に大きな感銘を与えることになる。掲句は、十薬を束ねた時の感触と十薬に対する思い入れがありあり伝わってくる。
 またこの作者の「蝌蚪泳ぐ水擽りつ擽りつ」「いやいやをしている蓮の一葉かな」(白光集)などの描写を見ても、非凡でかわいらしく共感を呼ぶ。

 時告ぐる骨董店や梅雨湿り  江連 江女
(平成二十八年八月号 白魚火集より)

 「時告ぐる骨董店」というのだから、時計屋の骨董店なのか、はたまた売り物の骨董の時計が鳴ったのか、売り物ではない時計が鳴ったのか、想像をたくましくし、面白い想像を掻き立てる。これが「骨董店の柱時計」では、面白くなくなる。この辺の詠み方に作者の非凡さが出ていると思う。さらに骨董店は一般的に薄暗くジメッとしているもので、梅雨湿りの季語が効いている。何かミステリアスな雰囲気が漂ってくる不思議さを醸し出す句である。

 走りたきややの目線の葱坊主  上武 峰雪
(平成二十八年八月号 白魚火集より)

 やっと歩けるようになり、好きなものを見てそこまで走り出したいが、まだそこまでは成長していない嬰児をよく観察し描写している。本人に成り代わり、親か祖父母の思いが重なっているのであろう。
 しかもそのややが見ている葱坊主の目線を持ってくることで、ピンポイントの写生としている。その光景が静と動の対比となって興味深いものとなっている。他句の「緋目高に浮葉の雨を聞く夜かな」も音とリズムが重なって好きな句である。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 春 の 雲  坂本タカ女
底冷えの水道落す水くくと
流されしだけ遡る浮寝鳥
鴨だまり雪のはげしくなつてきし
雪の上にもの焼く煙厩出し
猫柳通ひなれたる橋の錆
吠えたてる馬の番犬牡丹雪
あとしざり仰ぐ神木芽吹きをり
山彦の谺返らず春の雲

 彼  岸  鈴木三都夫
春潮の色を違へて二夕岬
掻けさうな岩海苔を又隠す波
ビキニ忌の近づく港東風寒し
宝前の遊化の庭とや風光る
初蝶の風に縺れし行方かな
聞きとめし初音黙つてしまひけり
菜の花の一望視野に収まらず
きのふとは違ふ風吹く彼岸かな

 啓  蟄   山根仙花
起きぬけに踏む啓蟄の大地かな
芽起こしの雨こまやかに降る日かな
手を振つて鳴らす鍵束鳥曇
湖へ延ぶる田毎の畦の陽炎へり
大土手の起伏豊かに風光る
道の辺の地蔵に春の泥乾く
鐘の音の長き余韻や暮れ遅し
池の表の半ばを占めて落花浮く

 雛 人 形  安食彰彦 
七十年振りとや雛を飾りけり
雛の顔穴のあくほどながめをり
雛飾るなにもわからず泣く赤子
はい次とかけ声を聞き雛流す
雛の舟そろりと流す女の子
海見ゆるところまでゆく蕨狩
をちこちに蕨の芽と芽摘みにけり
だんだんと人におくるる蕨狩

 鳥 の 恋  村上尚子
初うぐひす靴はつま先より磨く
植木屋の見上げて帰る古巣かな
切株の中はからつぽ鳥の恋
母子草むかしの歌はすぐ唄へ
城山を背にすかんぽの伸び盛り
水筒のみづぽこぽこと青き踏む
無雑作に踏まれて十二単かな
摘草の声はいつしかちりぢりに

 求  愛  小浜史都女
雛の日の多目の金糸玉子かな
まださほど減つてはをらず春の鴨
囀りにすこしはなれて鳶の笛
うららかやあと二千歩は歩けさう
啓蟄や真白に乾く亀の背
視野に入るほどのわが町ほーほけきよ
春や春鴨の求愛見てしまふ
一輪のさくらに雲の流れけり
 筑 波 山  鶴見一石子
菜の花に明けゆく大地筑波山
九十九里春呼ぶ涛のあがりくる
献体の霊守る堂宇桃の花
地虫出づ道鏡塚の土擡げ
方位除け厄除け幟涅槃西風
蛇穴を出て嫌はるる塒巻く
南無大師杖が朋友遍路笠
黒揚羽飛んであしたは風となる 
 
 風 光 る  渡邉春枝
天守よりいづこ向きても風光る
城濠に映る校舎やうららけし
枝垂れ梅しだれて風の向き変はる
梅日和つぎの電車を待つことに
水匂ふ方へ方へと木の芽張る
桜草好きで庭中さくら色
老いてまだ少女の笑顔チューリップ
犬ふぐり先師の言葉くり返す

 初  蝶  渥美絹代
雨来つつあり畑焼の火の走る
雛の間へ線香の香の流れをり
野遊びや遠き山の名言ひ合つて
牡丹の芽白雲山を離れゆく
初蝶や結ひしばかりの竹の垣
行商の荷を解く縁や燕来る
柱時計響く朧の三和土かな
大甕の桜鴨居に触れてをり

 鳥 帰 る   今井星女
庭の木々雪の帽子を脱ぎにけり
白木蓮の枝まつすぐに天を突く
牡丹の芽ひいふうみいと数へけり
鳥帰る日をたしかむる古日記
いくたびもためしとびして鳥帰る
鳥帰る一族郎党従へて
黒点をちりばめしごと鳥帰る
スワン去り湖の景あともどり

 閲 覧 室  金田野歩女
鳥の群擽りをるや山笑ふ
祝卒業赤飯食ぶる円居かな
麗らかや閲覧室の椅子埋まる
蓬餅手土産とするお付合ひ
由緒ある煉瓦学舎黄木蓮
囀をみんなで拾ふ探鳥会
次々に繰り出す夢や石鹸玉
学校に遅刻しさうな春の夢

 花 の 雨  寺澤朝子
初花の雨となりたる六義園
妹山も背山も花の雨の中
紅しだれ雨のしづくもさくら色
春泥のここぞと踏みて渡りけり
ひたすらな水脈の相寄る春の鴨
薄紙に包めば透けて落椿
緑立つ空が明るくなつて来し
にはたづみ残して花の雨上る


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 風 光 る (鹿 沼)齋藤  都
堂柱磨きぬかれし花の寺
風光る鑁阿寺までの石畳
緑立つかなふり松の願ひ箱
入学証受けて見上ぐる初桜
花冷や輪蔵の絵馬うすれきし
「中庸の教え」子に説く花曇

 涅槃西風 (宇都宮)宇賀神 尚雄
囀に耳やはらかくなりにけり
春日射し眼を細めゐる六地蔵
天空へ欅大樹の芽吹きかな
猫の眼のいささか潤む涅槃西風
連山の雲に包まれ春彼岸
水温む川面を分くる鯉の背な

 ビオロン (浜 松)佐藤 升子
山門に足場の組まれ初音かな
剪定の匂へる脇を通りけり
ビオロンのひびき春星またたきぬ
丁寧に削る鉛筆風光る
入と出の合はぬ帳面花粉症
息かけて拭ふ手鏡暮の春

 梅 の 宿 (江田島)出口 廣志
教へ子の喜寿をこと祝ぐ梅の宿
遠山のほつほつ染むや花こぶし
のどけしや野面に子らのボール蹴り
箒目の美しき石庭落椿
廃校の校舎をかざす花万朶
捨て畑に翅をたためる昼の蝶

 花 の 寺 (宇都宮)星  揚子
鑁阿寺やゆつくり沈む春の鯉
経棚の文字の古りたる春の闇
石畳きれいに掃かれ花の寺
裏門が表にありて長閑なり
鍔軽く折りてをみなの春帽子
方丈の開け放たるる春障子

 彼  岸 (牧之原)本杉 郁代
彼岸会の和讃で僧を迎へけり
新しき閼伽桶並ぶ彼岸寺
新品の自転車貰ひ入学す
春潮の川膨みてきたりけり
桜咲く十三回忌迎へけり
入り潮のひたひた隠す葦の角

 すかんぽ (出 雲)渡部 美知子
しやぼん玉の不思議に見入る幼かな
華やぎの余韻に暮るる雛の間
すかんぽやまた泣いてゐる隣の子
亀鳴くや代打満塁ホームラン
雉啼けり山道いよよ細くなる
花曇停泊船の小さき揺れ

 春 の 月 (群 馬)荒井 孝子
春寒や空家の並ぶ通学路
春塵をもろに浴びたる試歩の道
旧型の特急の縫ふ芽吹山
ふらここの下の窪みの月日かな
電線をひたすら掴む雀の子
春の月戸口まで来て別れけり

  囀 (浜 松)安澤 啓子
初午や赤飯を炊く外かまど
祭壇の前に初音の二三声
派出所の戸口全開黄水仙
啓蟄の雑魚上流に向かひけり
接伴に赤子を背負ひあたたかし
城壁の石に刻印囀れり
 花 烏 賊 (群 馬)鈴木 百合子
裃の姿勢くづさぬ雛かな
燕来る書肆に新刊高く積み
春場所の結びに合はせ風呂を焚く
オルガンをふうがふうがと木の芽風
氏寺の奥まで木の芽明かりかな
花烏賊の透く弟の忌日かな

 櫻  貝 (東広島)挾間 敏子
瀬のひかり乱して芹を洗ひけり
濃く淡く島影重ね瀬戸の春
ざくざくと踏む雌三瓶の末黒かな
山人の厚き手に愛で桜貝
囀や石段荒き仁王門
のどけしや漁村に豆腐屋の喇叭

 春 の 鳶 (旭 川)平間 純一
如月の満月かかげ伽藍暮る
残雪のかすかに凹む翳りかな
雪間より流れの音の砂金沢
旋回の大鷲高く雪解風
ムックリの風に乗りたる春の鳶
白鳥の野生にもどり帰りけり

 春 動 く (宇都宮)松本 光子
春遅々と粉塵烟る石切場
春時雨謁見の間のシャンデリア
磐座に玉串捧ぐ木の芽時
春動く峡に響動す笛太鼓
お囃子の笛は少年木の芽張る
涅槃西風跳ぬる神馬の紋所

 春  耕 (浜 松)弓場 忠義
春耕の痩せたる鍬の黒光り
嘘をつきたくても一人四月馬鹿
しやぼん玉一つ一つに虹立てて
初つばめ遠つ淡海に翻る
初ざくら対岸のこゑ透けにけり
山彦の花を散らして応へけり

 雲 雀 野 (出 雲)生馬 明子
無口の子の夢はアイドル卒園す
倒れても芽吹き忘れぬ柳かな
縁側でいただく薄茶鳥雲に
同じ話うんうんと聞く春炬燵
雲雀野の道は直線直角に
風光る倉敷川に祝歌

 仏 手 柑 (牧之原)小村 絹子
仏手柑の宙ぶらりんのぐうとぱあ
膝着いて蜷の歩みに見入りけり
十字路のひとつもなくて蜷の道
卒業歌体育館に溢れけり
食ひ初めの膳に菜の花あしらへり
目印のテープでおじぎ卒園児

 春 の 湖 (松 江)寺本 喜徳
雪割りて青菜ますぐに立ち上がる
小波の夕日を編むや春の湖
春昼やゆたかに濠の水流れ
シクラメンの力を抜きてひと日暮る
大樟の天守になびく春嵐
樹の上の鳥に急かされ畑を打つ


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 三原 白鴉(出 雲)

野の中の小さな駅舎つくしんぼ
春耕の平野一枚裏返す
陽炎となりて消えゆく機影かな
春の日を鋤き込んでゆく鍬の先
水底に揺らぐ日差しや水草生ふ


 檜林  弘一(名 張)

風生の鶯餅をさがしけり
薔薇の芽の棘の陰より生れにけり
夕暮の日差しを包むチューリップ
春惜しむ敷かれしままの緋毛氈
春眠をむさぼり夢を忘れけり



白光秀句
村上尚子


春耕の平野一枚裏返す  三原 白鴉(出 雲)

 「平野」と言えば、日本最大の関東平野が思い付くが、掲句は作者のお住いから察すると出雲平野であろう。その広大な田畑の一角に耕耘機がやって来て耕やし始めた。冬の間固まったままの土は、あれよあれよという間に新しい土に蘇っていった。「平野一枚裏返す」とは、何とスケールの大きい表現であろう。一句一章の淀みのない流れからも、春の農事の始まりに対する力強さが感じられる。
  陽炎となりて消えゆく機影かな
 先の句と同じ地点に立っての光景であろう。奥行きのある景を的確に捉えている。「かな」の強い切れが「機影」をより鮮やかに印象付けている。

風生の鶯餅をさがしけり  檜林 弘一(名 張)

 「風生の鶯餅」といえば、〈街の雨鶯餅がもう出たか〉が思い浮かぶ。作者もきっとこの句を念頭に置き、町を歩いているのであろう。特に和菓子は四季を重んじて作られる為、店先でそれを見て季節の移り変りに気付くことさえある。
 今年の春は例年になく、いつ迄も寒かった。お目当ての「鶯餅」には出合えたのだろうか。
  春惜しむ敷かれしままの緋毛氈
 特に春の行楽地では「緋毛氈」を敷かれた縁台をよく目にする。しかし、花の終りと共に人出も少なくなってしまう。「敷かれしまま」に、春を惜しむ作者の心が投影されている。

公魚に草のにほひのありにけり  中山  仰(高 知)

 「公魚」といえば、凍った湖面に穴を開けて釣る姿が目に浮かぶが、春は網で獲るという。その公魚に「草のにほひ」がしたというのが、作者の発見である。公魚がキュウリの匂いのする胡瓜魚と同じ、キュウリウオ科に属すると知り、分かったような気がした。

菜の花や曲がりしままに畝を立て  友貞クニ子(東広島)

 鍬の手を休めて眺めると、まっすぐ立てたつもりの畝が曲がっていた。しかし、近くに咲いている「菜の花」にすっかり気を良くしていた作者は、そんなことには気も止めず、そのまま畝立てに精を出しているのである。

星形のクッキー焼けて春休み  福嶋ふさ子(群 馬)

 小麦粉を捏ねて焼き上がる迄、台所は散らかるが、お孫さんと一緒なら楽しい。「春休み」という開放的な気分の中で、より一層楽しい時間が過ごせたに違いない。「星形のクッキー」の匂いがしてくるようだ。

土塊をとんと叩きて耕せり  大石登美恵(牧之原)

 自家用の野菜を作る位の畑であろうか。「とんと叩きて」の表現からは、手馴れた仕事ぶりと、それを楽しんでいる姿が見える。集中に〈まづ鍬に手をなじませて耕せり〉がある。

トラクターの音に始まる日永かな  石川 寿樹(出 雲)

 秋の"夜長"に対しての"日永"である。田畑に朝から「トラクター」の軽快な音が響き渡っている。「日永かな」により作業に対する気構えと、広大な耕地の様子が見えてくる。専業農家ならではの実感である。

下伊那の空は乳色犬ふぐり  佐藤陸前子(浜 松)

 去る三月十九日、飯田、浜松、中津川の合同句会を飯田市で行なった。当日は典型的な春の空模様だった。「空は乳色」の表現には大いに納得した。足元の「犬ふぐり」との取り合わせも絶妙である。

卒業子母と間をおき帰りゆく  清水 純子(浜 松)

 先ず気になるのは、この「卒業子」が何歳かということ。男の子か女の子かによっても違うが、やはり男の子であろう。「母と間をおき」というところに読者はさまざまなことに思いを巡らす。成長の証しであったり、この日の心境であったり……。見落してしまう光景に目を止めたのも、日頃の俳句に対する姿勢からである。

賑やかな雀ばかりや春の風邪  山越ケイ子(函 館)

 冬の風邪ほど症状はひどくないが、外の陽気を思うと少し恨しく思われるのが「春の風邪」である。庭で元気に飛び交う雀の声に、作者のやり切れないような気持が表現されている。

唇を噛みしめてゐる入学児  八下田善水(桐 生)

 四月の明るい日差しのもとで行なわれた入学式。初めて迎えた厳粛な場所である。「唇を噛みしめてゐる」の中には、緊張感と共にこの子供さんなりの強い意志があると作者は見て取った。



    その他の感銘句
子のこゑを遠くに春の風邪ごもり
あたたかや口づけ交はす番鳩
登校の列まつすぐや黄水仙
しやぼん玉空に捕まり弾けたり
北窓を開けてどこにも行かぬなり
ぶらんこを揺らし閉校惜しみけり
保母さんと園児の憩ふ花莚
麗かや怪獣図鑑膝に置き
たんぽぽの絮を吹く子の息を継ぐ
沈丁花飾り気のなきワンピース
真向かひの桜家居を楽しめり
風つかみ風となりけりいとざくら
ふらここの姉妹に風のすれ違ふ
春禽を待つつくばひに水満たし
千仏に千の風あり風車
陶山 京子
松本 義久
廣川 惠子
金子きよ子
本倉 裕子
青木いく代
河島 美苑
鈴木けい子
福本 國愛
宇於崎桂子
林 あさ女
荻野 晃正
大石 益江
郷原 和子
鮎瀬  汀


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 島 根  田口  耕

白梅や守部と語る奥座敷
山陵の池にみなわや亀の鳴く
こども等の似顔絵入りの巣箱かな
春風や牧場に牛の満ちてをり
雑談の多き患者やヒヤシンス

 
 北 見  根本 敦子

一山のかるくなりたり雪解水
ゆるやかな大地の起伏耕せり
畑返す地平線ゆくトラクター
万歩計万に届きぬ木の芽風
干瓢を飴色に煮る日永かな



白魚火秀句
白岩敏秀


雑談の多き患者やヒヤシンス  田口  耕(島 根)

 治療の手を動かそうとすると何かと喋ってくる患者。内科ならまだしも、歯の治療に口を動かされてはどうにもならぬ。そのたびに相槌を打つのだが、すぐにまた話しかけてくる。歯科医である作者の溜息が聞こえてきそう。そう言えば、ヒヤシンスも風信子、飛信草、夜香蘭、錦百合、風見草など多くの異名を持つ花ではある。
  春風や牧場に牛の満ちてをり
 隠岐の牛の放牧は四百年の歴史があるという。今でも、自然のダイナミックな造形である国賀海岸の崖の上に、のんびりと草を食んでいる牛をよく見かける。
 春風駘蕩と草を食む牛に、隠岐の自然の豊かさを感じる。

ゆるやかな大地の起伏耕せり  根本 敦子(北 見)

 広々とした大地には山を見ない。あるのはどこまでも続く畑である。長い冬を終わった畑は今、傷んだ表土が裏返され、黒々とした土に耕されていく。トラクターは畑に次々と新しい息吹を吹き込みながら、やがて、ゆるやかな起伏の遠くに隠れてしまった。北海道の広大な大地を彷彿とさせる。

白鳥帰る啼かずに渡れ十府ケ浦  佐藤  勲(岩 手)

 十府ケ浦は岩手県野田村にある。野田村は作者の住まいがあるところ。弓なりの海岸線がきれいなところであるが、先年の津波で被害を受けた。作者も被害を受けて、六度の転居ののちに落ち着くことができたのである。
 「啼かずに渡れ」には生きている者の平穏な生活を乱さないように、そして、津波の犠牲者への鎮魂の思いが籠められていよう。辛い経験をしたこの作者だけが詠める句である。

母いつも身ほとりにをり桜餅  早川三知子(調 布)
縁側の日差しに母と春惜しむ  萩原 一志(稲 城)

 早川さんのお母様はすでに亡くなっているようだ。生前は何でも相談し、良き話し相手だった母。亡くなった今も、何事かあれば、母の声を聞いている。桜餅のほのかな香りが母への思いにつながる。
 萩原さんのお母様はお元気なご様子。暖かな縁側で行く春を共に惜しんでいる。おそらく、二人でこの縁側に座って、早春の庭を楽しみ、たけなわの春を満喫されて来たのだろう。
 両句から母の優しさ大きさがしみじみと伝わってくる。

水温む時計回りに鯉泳ぐ  天野 幸尖(群 馬)

 水温む頃になると、水底で大人しくしていた鯉は悠然と泳ぎだす。一匹の鯉が時計回りに動くと、他の鯉も連なるように泳ぎだした。『白魚火燦々』に〈兜虫に右利き左利きのあり 鈴木匠〉がある。この句に仁尾先生は「なんでも興味を持ちよく見ることが佳句への入り口である」と評された。この句もよく見ることによって得られた。

一日を小刻みに分け草むしる鈴木瑣都子(牧之原)

 夏に近くなると草たちは勢いを増して丈を伸ばしてくる。しかし、忙しい主婦は一日中草むしりをしている訳にはいかない。そこで、時間を区切って草取りをすることになる。
 「一日を小刻み」とはベテラン主婦の面目躍如の表現である。

膝頭浅く入れたる春炬燵  山田 俊司(出 雲)

 春の日差しの部屋にぽつねんと置かれてある炬燵。猫でさえ炬燵に寄らず、日向に寝そべっている。
 作者が春炬燵に入ったのは暖を取るためではない。「膝頭浅く」がそれを物語っている。あれば寄りたくなる春炬燵はあたたかな春を待つこころ。春愁に通じる気分が漂う。

前髪をばつさりと切り入学す  仲島 伸枝(東広島)

 幼稚園の時は幼な気分で通園していたが、これからは小学生。前髪を思い切って短く切り揃えて、すっきりとおかっぱ頭になった。
 入学という節目に一段と成長したわが子を、眩しく見つめる母親の姿がある。

種袋ひとつひとつに花言葉  難波紀久子(雲 南)

 その時期になると、色々と工夫をこらした美しい種袋が出回る。この種袋には花言葉が書かれているという。花言葉は買う人の気持ちを一層浮き立たせる。きれいに咲いた花を思い浮かべながら花言葉を口遊み、種選びを楽しんでいる作者。


    その他触れたかった秀句     

みづうみの日を横顔に卒業す
一羽づつ来て囀りの昂れる
石橋も木橋も潜り雛流る
あかときの水尖りゆく雪解川
青麦の尾張の風に波打てり
伊那谷の霞の底に鳴る汽笛
西行忌旅路を濡らす花の雨
ふらここの揺れまだ残る遊園地
埴輪群古墳の上にかぎろへり
雪解のすすむ茶庭のばつたんこ
家毎に水汲み場あり黄水仙
膝つきし砂の温もり防風摘
水仕妻指の先より春に入る
春神楽衣裳の匂ふ舞台裏
うららかや口笛の子に追ひ越され
春寒や丈の短き縄暖簾

宮澤  薫
山田ヨシコ
中間 芙沙
塩野 昌治
野田 美子
渥美 尚作
岡 あさ乃
後藤 政春
高橋 見城
内山実知世
高添すみれ
加藤 美保
伊東美代子
関 登志子
寺田 悦子
髙久都季江

禁無断転載