最終更新日(Update)'13.06.01

白魚火 平成25年6月号 抜粋

 
(通巻第694号)
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 6月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    辻 すみよ
「五万羽」(近詠) 仁尾正文
曙集鳥雲集(一部掲載)安食彰彦ほか
白光集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
       
渡部美知子 、竹田環枝  ほか    
白光秀句  白岩敏秀
鳥雲逍遥  青木華都子
平成二十五年度 第二十回 「みづうみ賞」 発表 
句会報 あんず句会  多久市  大石ひろ女
白魚火集(仁尾正文選)(巻頭句のみ掲載)
          村上尚子、田久保峰香 ほか
白魚火秀句 仁尾正文


季節の一句

(牧之原) 辻 すみよ   


青梅や大人びてきし十五歳  峯野 啓子
(平成二十四年八月号 白光集より)

 中学校入学当初は幼顔の子も中学の三年間に心身共に成長する。男の子は男らしく、女の子は女らしくなり、仕草、声、足音までも親に似てくる。また第二反抗期。親を見下ろしてものを言う。気に入らないと口も聞かない。誰もが通る道だが気懸かりな時期でもある。そうして大人になる。男の子と思うが、季語の「青梅」が大人びてきた十五歳を象徴してぴったり合う。そして十五年見守り続けた温かな眼差しと、成長を悦ぶ深い愛情を感じる。お子さんの将来が楽しみである。

路地裏に「ゆう子」と染めし夏暖簾  福田  勇
(平成二十四年八月号 白魚火集より)

 「路地裏」「ゆう子」「夏暖簾」とくればなんとなく覗いて見たくなる。真新しい張りのある麻地の暖簾は少し透ける。そしてしっとりと染め抜かれた「ゆう子」の名前に親しさを覚える。夕風に揺れる夏暖簾と路地裏の持つ雰囲気が、誰彼の足を誘う。テレビの見すぎかもしれないが、様々な人間模様が夏暖簾の向こうに見え隠れして想像が膨らむ。
 昔、「そんなゆう子に惚れました」という歌があった気もする。

夫の留守夫の分までビール飲む  舛岡 美恵子
(平成二十四年八月号 白魚火集より)

 この句はおもしろいと句帳に書き留めてあった。今や豪快に飲む女性は大勢いる。これから本格的な夏に向けてビールの美味しい時期。ビアガーデン、夏祭り、飲む機会は様々ある。揚句いつもは御主人に少しだけ頂いていたのか、それとも下戸のご主人に少し分けていたのか。ともかく美味しいビールが飲めてほくそ笑む姿が見える楽しい一句である。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 惜  春  安食彰彦
桜蕊静まり返る露兵墓
雁帰る朱鷺色の空はるかなり
白なれど燃ゆる色なり雪柳
春火鉢蛇紋の煙管ポンと打つ
やはらかく波止打つ波は春の潮
透く波の波止に育ちし若布かな
黒牡丹飾る浦路地風の路地
肩並べすぎゆく春を惜みけり

 杉 花 粉  青木華都子
舞ふといふより飛んでをり杉花粉
菜花摘む指先菜花色に染め
立ち上りまたかがんでは菜花摘む
席取りは男の役目花蓆
うつとりと眠りを誘ふ花の下
花冷えの最終バスに客一人
散り際の桜もつともさくら色
葉桜となりてだあれもゐぬベンチ

 子らの声  白岩敏秀
春暁やパン工房に灯の点る
義民碑に強き影して木の芽張る
正調の白さに辛夷咲きにけり
祭神は女神におはす鳥の恋
春一番大根に薹立ちにけり
沈丁の風に手紙の封を切る
恋猫や外国船が錨巻く
桜咲くいつもどこかに子らの声

 雛 遊 び  坂本タカ女 
納屋出でてくる猫車雨水かな
大鷲の嘴ばかりなる貌なりし
拇指の皸うす目開けをりぬ
鶯餅の粉ついてゐる桜餅
貴重と言ひぼろぼろの雛の軸
雛遊びしてゐるうしろ納骨堂
ぐらついてゐる椅子の脚雛納
片減りの墨の磨り癖鳥雲に

 涅 槃 図  鈴木三都夫
奔放に楉を伸ばす野梅かな
犬ふぐりここよここよと固まれる
春めくと背山妹山ほほゑめる
流れ若布の昔を今に蜑の浜
食べ料の岩海苔乾く蜑の路地
涅槃図の供花の一枝も枯れてをり
涅槃図を遠く離れて寺の猫
思惟羅漢経読む羅漢あたたかし
 初  蝶  山根仙花
笹鳴に誘はれ杣道曲りけり
新しき初株匂ふ二月かな
初蝶に山河大きく横たはる
蜆舟浮かべ宍道湖真平ら
峡走る水音に濡るる芽木の天
木々の芽のつぶやきながら太りけり
芽木に雨注ぐ公園とはさびし
辛夷咲く雨の洗ひし石畳

 花 の 頃  小浜史都女
記念樹はさくらと決めてさくら買ふ
竹垣の結び目美しき花の寺
花の寺茶菓の羊羹さくらいろ
坊守も僧もさくらの吹雪浴ぶ
横たはる松原と海夕ざくら
山桜伏流水のかろく鳴る
飛花のあと落花そのあと水の上
花筏遠くはなれてまたひとつ

 伊勢神楽  小林梨花
春風となりて参磴吹き下ろす
荒神を拝してよりの春茸採り
黄砂降る峡の百戸の沈みをり
歳月を重ねし句碑や木の芽雨
花の雲総廟までの坂上る
春光に大刀のきらりと伊勢神楽
ものの芽や戸毎に舞へる伊勢神楽
春昼や長々と舞ふ伊勢神楽

 花 菜 漬  鶴見一石子
何よりも弥生の大地踏める倖
紫雲英田の少なくなりし此の世紀
幼児の笑顔ふらここ抜けて来し
晩年の鞦韆地表離れざる
日溜りの葦を砦の蝌蚪の国
京言葉似合ふ嵯峨野の花菜漬
体重計気になる数字雲雀笛
逃水や人を拒みて遠ざかる

 残 り 鴨  渡邉春枝
山々の芽吹きうながす鳥の声
門柱に医院のなごり緑立つ
のこり鴨池の広さをもてあまし
新しき陣たて直すのこり鴨
大学が好きで残りし番鴨
蝌蚪の紐つつき幼に戻りけり
春耕の土の匂ひを佛間まで
重文の柱に梁に春惜しむ


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

春 の 雲  二宮てつ郎
春暁の遊ばせてゐる耳二つ
春の雲鴉の後を流れけり
山畑の煙一条彼岸過ぐ
三月の水三月の蛇口より
提げてゐる豆腐の重み花曇
ポケットの両手亀鳴く日なりけり

 花 吹 雪  大石ひろ女
その先に潮路のありて流し雛
しあはせの自問自答や山笑ふ
国境の海の青さを黄砂来る
飛花落花すこし傾く百度石
日輪のゆつくり廻る花の山
花吹雪びくりともせぬ力石

   朧  奥木温子
杉花粉烽火を揚ぐる山の襞
歩き神誘ひに来たる長閑かな
体操をしながら歩くうららけし
消防車おぼろの中に入り行きぬ
蛙に目貸して昨夜の句忘れけり
湯の町の影も朧でありにけり

 朝  桜  清水和子
歩幅よき階登りけり梅の寺
満開の梅の下にて撮られけり
梅園に音の彈める作り滝
鯛焼を半分けにして梅見かな
朝桜二の丸御殿清掃中
携帯電話よく鳴る日なり暖かし

 卒寿の賀  辻すみよ
花の宴師の矍鑠と卒寿の賀
桜見に行く約束の電話口
二つ摘みふたつ残して蕗の薹
板店のたこ焼匂ふ花堤
松籟に囀聞ゆ砂丘茶屋
春愁ひ遺影の埃払ひけり

 涅槃西風  源 伸枝
ほほゑみの阿弥陀如来や木の芽晴
鐘楼の白壁くづれ花馬酔木
万年の地層あらはに涅槃西風
童心となりて突つくや蝌蚪の紐
春鴨の漂ふ波の荒さかな
父と子の表札並び初燕
 落  椿  横田じゅんこ
長靴の左右に倒れ春の雷
湖に水尾のしろがね春の鴨
明日蒔かむ花種のあり輝やきぬ
落椿水の窮屈さうに行く
花冷えの足袋の小鉤の固きかな
どの部屋も灯し春愁深めたる 

 長  閑  浅野数方
のどけしや戸を開けに来る寺男
現世の惚るる惚くるや四月馬鹿
吾の余生神にあづけて稚魚放つ
初蝶に覗かれてゐる庭仕事
囀や日をころころとまろばせて
春愁や色で仕分くる備忘録

 春  炉  渥美絹代
藪椿今日来る客に剪つてきし
前山のゆつくり暮るる菊根分
春雨や研屋と酒屋向かひ合ひ
潜り戸を抜くれば椿一つ落ち
脱ぐ靴の汚れてゐたる春炉かな
浜名湖の水切つて売る浅蜊かな

 春 惜 む  池田都瑠女
経机に名刺の置かれ彼岸寺
一斗枡の刻印薄れ春時雨
鍬杖に見上ぐる彼方鳥帰る
橋脚にかかりたゆたふ花筏
通りやんせ天神様の落花浴ぶ
ホットミルク両手に囲み春惜む

 水 温 む  西村松子
水温む赤子はこぶしひらきけり
別れ霜いきなり鴉高啼ける
ふり返るとき春潮のやはらかし
啓蟄や影もたぬ虫飛び立てり
海光や芽木ことごとく照りかへす
てらてらと春泥の照る峽田かな

 彼岸の雨  森山暢子
鳥引くやきのふと違ふ波のいろ
牛切とふ古き地名や春田打つ
本懐を遂げたるやうに落椿
古川句碑彼岸の雨に濡れにけり
辛夷咲く雨に明るさありにけり
猟じまひ佛足石の濡れてをり


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 渡部 美知子

栄螺焼くするりと見合話受く
口中に大きあめ玉山笑ふ
小買物やがて花見となりにけり
ぞわぞわと蚕うごめく夜明けかな
苗代を守り続けて五十年


 竹田 環枝

うたた寝の膝に本落つ四温晴
春の雪心豊かに老いにけり
早春の輝く水を掬ひをり
声変りせし子の無口鳥雲に
風光る一年生が馳けてゆく



白光秀句
白岩敏秀


栄螺焼くするりと見合話受く  渡部 美知子

 呆気なく話が決まって、かえって拍子抜けした感がある。用意したあの手この手の誘い言葉が霧散してしまう一瞬でもある。
 いつまでも子供だと思っていた娘が台所に立って夕食の栄螺を焼くようになった。そして、見合話が来るまでに成長した。そんな娘を誇らしく思うと同時に一生の伴侶となる相手をしっかりと見極めて欲しいと願う親心。
 素直に見合話を受けてくれたことに安堵する一方で、掌中の大事な珠が逃げていくような不安。そんな複雑な思いが交差する句である。
苗代を守り続けて五十年
 農業の機械化によって、近頃は苗代田を見かけなくなった。かっては短冊型の田に木椅子を置いて成長した苗を束ねていたものである。
 苗代は祖父や父がずっと守ってきた稲の育苗方法である。そして五十年は一人が農に従事できる期間。今を守ることによって、次の世代へ苗代が受け継がれていく。〈生きかはり死にかはりして打つ田かな 村上鬼城〉

春の雪心豊かに老いにけり 竹田 環枝

 「心豊か」とはなかなか言えない言葉である。過ぎたことを憂えず、これからのことを悩まず、今あることをあるがままに受け入れる。そんな心の平安があってこそ言える言葉と思う。
 眼前の春の雪は消えやすい雪ではあるが、今を耀いている。作者も今を耀きつつ貴重な時間を積み重ねてきた。誰もが憧れる健康で豊かな老いを作者は朗々と詠いあげた。

真青なる空いちまいの桜かな  大塚 澄江
 
 一読して吉野山の桜を思い浮かべたが、桜の名所は吉野山だけではないであろう。
空はあくまで青く、地には桜が爛漫と咲き満ちている。桜はあたかも一枚の絨毯を延べた如くである。日本の一番よい季節の一番よい情景をシャープなアングルで切り取って、十七音に定着させた。見るより観ることの大事さを教えられた句である。

幼子に初めての靴春近し  大石 益江

 寝返りができると這い這いして、間もなく伝い歩きをするようになる。子供の成長ははやい。そのたびに親の喜びが大きくなっていく。この子は男か女か分からないが、靴には男女の区別はない。小さな可愛い豆靴なのである。
 春になれば家族全員の目を集めて、よちよち歩きをしていることだろう。健やかに成長する幼子の姿が暖かく表現されている。

配達の手をかざしゆく春火桶  平間 純一

 一軒ずつ丁寧に郵便物を配っていく郵便夫。とある家で勧められるままに火桶に手を温めてまた配達に出かけて行く。春とはいえまだ火の恋しい頃、この小さな善意は配達員の使命感を奮い立たせたに相違ない。温めるとか焙るとかでなく「かざす」という短時間の動作がそれを物語っているようだ。
  内で働く人と外で働く人を春火桶が暖かくつないでいる。

花疲れ覚えし夜の雨の音  鈴木 ヒサ

 美しく咲き乱れる花に酔い、美しく着飾った人に酔った一日であった。爛漫の花の美しさが句のうしろに隠されている。
 たっぷりと花を楽しんだ陶酔感と心地良い疲労感。夜の雨音はそれらを鎮めてくれるようでもあり、煽るようでもある。満ち足りた一日が雨音とともに更けていく。

鍬先に石のこつんと日永かな  小村 絹代

 上五から中七まではよく経験することであるが、下五に据えた「日永」が新鮮。これで作者の春を喜ぶ気持ちが伝わってくる。よく吟味された季語だと思う。
 春の日を浴びながら打ち込んでいく一鍬づつに、野菜づくりの夢を広げている作者なのである。

 食べ歩くポテトチップス花の土手  川本すみ江

 ポテトチップスは子どもの食べる菓子かと思っていたら、大人も食べていたのには驚いた。しかし、この句の食べ歩いているのは大人ではないだろう。
 子どもには菓子、大人には団子。土手は花見の真っ盛りである。句の軽快なリズムもポテトチップスを食べるテンポも上々である。


    その他の感銘句
消しゴムの角の減りゆく目借時
春寒の顔寄せ映す玻璃戸かな
春雨の音聞きたくて傘ひらく
春疾風画鋲の残る掲示板
潮の香の出雲七浦若布干す
なぞりたる琴の木肌の朧かな
団子屋の醤油の香り花菜風
教卓の一輪挿しの黄水仙
鶯の声の幼き伊那の谷
春禽の声溌剌と雑木山
雛祭り雛と並びて座してをり
リラ咲きぬ蝦夷地に刻む居士大姉
林立の真白きカラー入社式
濃山吹雨は小止みとなりにけり
奥野津矢子
大村 泰子
田久保柊泉
阿部 晴江
岡 あさ乃
小林布佐子
竹内 芳子
計田 芳樹
伊東美代子
宇賀神尚雄
大橋 瑞之
町田  宏
高野 房子
村松 典子


鳥雲逍遥(5月号より)
青木華都子

口開けの若布に活気づく浜辺
堰落ちて一気に競ふ春の水
葛飾に残る水田や芹を引く
豆を撒く男盛りの年男
深雪晴盆地隈無く見下ろせり
鳥雲に入る金色の鴟尾の反り
星一つ足らぬ二月の天道虫
下ばかり見て登りけり梅匂ふ
春田打つ同級生も老いにけり
灯台へ高波走り冴返る
当たり来る竿の先より花うぐひ
薄氷の動きてゐたる山の講
下萌の裏参道に神事待つ
人にみな晩年のあり麦青む
どの畦も焼かれ一村動き出す
裸木となりて貫禄大銀杏
明けきらぬ野山を揺する春嵐
餌を探り高くは翔ばぬ寒鴉
潮騒の奏づる浦の早春譜
青き踏む村に朽ちたる水車小屋

桧林ひろ子
橋場 きよ
寺澤 朝子
今井 星女
金田野歩女
加茂都紀女
大石ひろ女
清水 和子
辻 すみよ
源  伸枝
浅野 数方
渥美 絹代
西村 松子
森山 暢子
柴山 要作
荒木千都江
久家 希世
篠原 庄治
竹元 抽彩
福田  勇



白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
仁尾正文選

 磐 田  村上 尚子

寒戻る一刀彫の鑿の音
つばめ来る南大門の太柱
閼伽桶に供花あふれをり春の昼
鐘の音やおぼろに暮るる鴟尾の空
水取や湯屋に滾れる十斗釜

 
 唐 津  田久保 峰香

啓蟄のまひまひつぶり角を出す
花の下車椅子の輪できてをり
春子干し風やさしくて乾きをり
鶯やホットケーキを裏返す
肝心の物は買はずに万愚節



白魚火秀句
仁尾正文


水取りや湯屋に滾れる十斗釜  村上 尚子

 お水取りは、奈良東大寺二月堂の修二会の法会の一つ。華やかな篭松明の行を終えた後三月十三日午前二時頃から行われる。笙、ひちりきが奏せられる中昔ながらの諸法会が行われた後良牟杉のもとにある閼伽井の御香水を汲んで本堂に運ばれる。この香水は遠く若狭から送られてきた聖水で、一年間の仏事に供するため内陣の五個の壺におさめられる。
 掲句は、修二会に携わる者達の斎戒沐浴のため湯屋に据えられた十斗炊羽釜で湯を沸かしている景である。この湯はそれら僧達の斎や湯茶にも供せられ、十斗釜から手桶で運ぶことも行の一つである。修二会の僧たちは、十四日間、朝の斎の一食で一日を過すという、すさまじい修業が課せられる。十斗釜の滾る湯の音に重々しさを感じたのはそのせいである。

啓蟄のまひまひつぶり角を出す  田久保峰香
 
 啓蟄は二十四気の一で三月六日頃。「蟄虫咸動き 戸を啓き始めて出づ」という古い中国の詞句に拠っている。従って「地虫出づ」と取り合せた作品が主流になっているのは当然だ。その中で
啓蟄や兄の潜艦浮揚せず 相原左義長
啓蟄や鳩降りてきて走りだす 小浜史都女
と蟄虫を意識しながらもこれと少し距離を置いたものもある。
 頭掲句もこの例に属するものだ。蝸牛は夏の季語であり早春には余り目に触れないが蟄虫ではない。けれどもこのように詠まれると全く無縁でないように思われてくる。むしろ蟄虫にしてしまったような印象にさせられる。

啓蟄や握り跡ある夫の鍬  橋本志げの

真新な寒行僧の草鞋かな  飯塚富士子

 掲二句は、三月十三日静岡白魚火会報通巻四百号記念の祝賀俳句大会に出された句である。前句。この句も啓蟄と鍬との取り合せ。前掲諸句と同様季語と取り合せの距離はかなりある。啓蟄の日、ふと夫の鍬を見ると幽かに握り跡が見えた。これを見た作者は生前よく働いた夫をいとおしく思い心が揺れたのである。こういう大会ではそのように断定するのは難しいのだが一句は完全に亡夫を詠んだものとして採った。一句の主人公は「われ」であるので強く胸に響いたのである。
 後句。寒行僧の真っ新な草鞋が目に止った。素足に草鞋の緒が堅く結ばれている。托鉢に家々を回るのであろうか。真っ新な草鞋を呈示して、前句同様「物」で以って読者に思いを伝えたのである。

剪定や夫部屋にゐて口を出す  金原 敬子

 この作者は、浜松の講座で数年句会を共にしたが、福岡の実母の介護のため移住することになった。その折夫君も福岡へ移り作者を励まし介護を二人で行うことにした。私共のグループでは夫君を褒める声が多かった。
 掲句は、おしどり夫婦のある日ある時の一齣。時には亭主関白もいいではないか。

剪定のあと摘蕾もおこたらず  渡辺 晴峰

 作者の農俳句は何時も骨太だ。徒長枝を剪定し沢山の花をつけねばならぬが、咲かせすぎぬよう摘蕾している。その後実が付くと更に摘果して優良な一果を養てるのである。施肥、消毒と果樹園の作業は休む間がない。

陽炎や大型ダンプへなへなと  樋野久美子

 気温が上昇すると空気がかき乱され、周辺の景が浮動するのが陽炎。陽炎の中から大型ダンプが出てきたが、あの頑丈な車体がへなへなになってしまっている。「へなへなと」の描写がダンプの権威を台無しにしてしまい面白い。

沖の船見ゆる図書室卒業期  大隈ひろみ

 海が見える中腹の学校。暇さえあれば何人かのグループが図書室に集まり、閲覧や自習をするが、本当のところはお喋りが楽しみなのである。卒業を目の前にして、グループは進学や就職が決っているので卒業式がすむと別れ別れになる。だが「沖に船見ゆる」の景から希望に溢れた前向きの面が強い。

海女小屋に大きな鏡置いてあり  斉藤くに子

 三島由紀夫の小説『潮騒』の歌島では、腕のよい海女は持てはやされた。未婚の腕のよい海女ならなおさら、花形として嫁にせんと若い漁夫が競った。現在NHKの朝のテレビ小説『あまちゃん』でも若い海女が一人加わって賑やか。海女の休憩や身仕度のための小屋には大きな手鏡が置いてある。何歳になっても海女は女であるのだ


    その他触れたかった秀句     
鰊群来鰊御殿の隠し部屋
啓蟄や暴走族も動き出す
人あまた宗派を問はぬ彼岸寺
越屋根の旧る家構へ名草の芽
ゆるやかな楽を流しぬ彼岸寺
べた凪の海展べ桜さくらかな
同行に成り切つてゐる遍路杖
人丸忌太陽暦で修しけり
星一つ出て夜桜となりにけり
馬鈴薯植う足らず余らず終りけり
觔斗雲のやうな雲浮く春の空
総領に嫁のきてゐる春田かな
雪の畑楕円に解けて土覗く
春疾風ハングライダー足止めに
過去帳の背張りは黒や花曇り

森  淳子
大城 信昭
小川 惠子
福嶋ふさ子
小村 絹代
鳥越 千波
塩野 昌治
三島 敏女
渡部 幸子
大澤のり子
高田 喜代
森田 陽子
山下 直美
田久保とし子
金原 恵子

禁無断転載