最終更新日(Update)'13.05.01

白魚火 平成25年5月号 抜粋

(通巻第693号)
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 5月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    鈴木百合子
「踏 青」(近詠) 仁尾正文
曙集鳥雲集(一部掲載)安食彰彦ほか
白光集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
       
斎藤文子 、石川純子  ほか    
白光秀句  白岩敏秀
鳥雲逍遥  青木華都子
句会報 松江千鳥句会  荒木美智恵
白魚火集(仁尾正文選)(巻頭句のみ掲載)
          友貞クニ子、中村國司 ほか
白魚火秀句 仁尾正文


季節の一句

(群馬) 鈴木百合子   


白といふ白を極めし白牡丹  大川原 よし子
(平成二十四年七月号 白光集より)

 牡丹と言えば、歳時記の中でも最も例句が多く、広く詠み親しまれている季題である。
 「牡丹」の季については諸説があるが、俳諧では艶麗にして華やかに咲き誇る姿が春よりも夏に相応しいことから、夏の季語として位置付けられたと言う。
 古くは、中国から渡来したものであるが、平安時代には寺院に植えられ、百花の王として庭園で鑑賞されるようになったのは、徳川時代に入ってからのようである。
 掲句、「白」のリフレインを配したことにより、句全体に引き締まったリズム感が生まれ初夏の清清しさを覚える。
 枝振りの良い老松の間に、豪奢な大輪を競って花開いている牡丹の中から、作者は白牡丹に的を絞って一気に一物仕立てで詠み上げている。
 手入れの行き届いた庭先に孤高を保ち、その気品ある白を貫き通し、今を盛りに咲いている牡丹を愛でている作者。
 その作者自身に白牡丹に相通ずるものを感ずる一句である。

鍵盤をすべる指先薄暑かな  齋藤  都
(平成二十四年七月号 白光集より)

 レースのカーテンを透して、柔らかい日の斑が揺れている広間でのホームコンサート。
 新樹の光が、きらきら輝いている初夏の昼下がり。作者の、ごく親しい友人を招いての和やかなコンサートである。招かれた人達の服装も眩しく輝いて見える。まさに薄暑光の中の一齣。
 掲句、「すべる指先」と詠まれているところから軽快なタッチの曲ではなく、ショパンの抒情的なしっとりとしたノクターンか、あるいは優雅なワルツの旋律が流れているのかも知れない。
 もちろん、演奏者は他ならぬ作者である。広間の中央に据えられたグランドピアノ。
 白黒の鍵盤から、細い指先のしなやかなタッチにより生まれる華麗な旋律に、作者自身も陶酔しているに違いない。
 「薄暑」については古句に作例がなく、大正年間に季語として定着したということであるが、この薄暑を配し新鮮な感覚で詠まれた掲句は、読者を一足先に夏めいた感覚に誘う一句である。
 筆者も是非、このホームコンサートに招待頂きたいと思っている。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 伯 備 線  安食彰彦
陶房の猫ねむりをり木の芽晴れ
霾るやなぞめくロマン三号墓
春の雨降れば家紋の美しき
春雨や青き艶ある古川句碑
春水をすこし遮る石ひとつ
鳥帰る生涯うしろ振りむかず
山と渓削りけづりて茶の芽立つ
伯備線に乗り換へてより日の永し

 寒明くる  青木華都子
寒明くる未だ未だ続くとふ余震
赤ペンで書く追伸や寒明くる
春の夜の震度四強とふ余震
一枝にして白梅と紅梅と
探梅や休み処の梅茶漬
早春譜奏づる風と水の音
この池の主は緋鯉や水温む
杉花粉飛ぶ風下にゐて痒し

 壺 の 耳  白岩敏秀
春寒や鍼灸院に女靴
木の芽風箆で掘り出す弥生土器
春障子笑ひ声して開きにけり
芽柳や流れは嬉々と堰越ゆる
鞭入るる直線コース下萌ゆる
亀鳴くや磨かれ光る壺の耳
神木をすこし離れて小鳥の巣
倒立の指が天指す春一番

 結 氷 期  坂本タカ女 
利酒の底をつきたる甕覗く
鮟鱇鍋ひとり依古地がをりにけり
窮屈な氷の隙間抜けて鴨
遠雪崩さ牡鹿猛猛しかりけり
屋根の雪卸す梯子の伸びてゆく
十五階よりの展望結氷期
夕さりの天心の月多喜二の忌
羊飼ふサイロの小振り下萌ゆる

 牡丹の芽  鈴木三都夫
達磨市売るるともなく売れてをり
菰内に竦み日を恋ふ冬牡丹
盆栽にして一景の枯木立
庭石に一句を刻む椿かな
一輪は床へ落せし椿かな
膨らみの色に秘めたる牡丹の芽
強東風や兎跳びして波がしら
余寒なほ風紋荒き砂丘かな
 早  春  山根仙花
早春の光を乗せて川流る
早春と思ふ景色の中を行く
梅の香の届くあたりに憩ひけり
野を焼きし匂ひの農衣夜も干す
野を焼きし夜は満天の星うるむ
朝東風の消し忘れたる星一つ
夕東風の野に手を高く振る別れ
一握の花菜明かりの仏の間

 雛 の 夜  小浜史都女
梅林に水仙の道出来てをり
大楠に大き空洞冴返る
木の芽張る一日置きに雨と晴
濁りゐることもちからに水温む
初音きく山のあかるき日なりけり
琴の音のやうな水音水木の芽
封筒に文深く容れ雛の夜
七人の敵みなをみな雛めぐる

 旅 一 日  小林梨花
雲間より出づる春日の大いなる
春暁や連山あけぼの色に染め
草萠ゆる眼裏にある母の背
首伸ばしのばし白鳥鳥雲に
連立のビルを遙かに暮春かな
春愁や搭乗を待つ人の顔
飛行機の爆音散らす春の闇
少年の笑顔の残る朧の夜

 猫 の 耳  鶴見一石子
軒先に潮の匂ひやい嗅がし
被爆線量気になる果実花と鳥
猫の耳ぴくぴくうごく杉花粉
北方四島返還いまだ鳥雲に
笛太鼓持たせ雛を飾りゆく
雪洞は日本の灯り雛の間
雛の夜は雪洞をつけ寝るといふ
そんなにも漕がず鞦韆空の蒼

 梅 香 る  渡邉春枝
閉校の最後の授業梅香る
薄氷に触れし指先くれなゐに
掛軸に春光いたる茂吉の忌
一糎ほどの土筆にひざまづき
少年の大き靴跡地虫出づ
入れ替り立ち替りして雛の間
雛らの息づく部屋の句会かな
百年の刻止まりゐる雛の目


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 涅 槃 会  野沢建代
本堂の畳冷え切る涅槃かな
緑青の浮ける鰐口余寒なほ
涅槃図の前で甘酒いただきぬ
きらきらと日差しこぼるる椿かな
馬酔木咲く巣箱に小さき屋根のあり
初音聞く峠越ゆれば三河なり

 春 の 雪  星田一草
凍空にさらす紺屋の白木綿
春寒しなき妻あての書が届く
満天星の芽のくれなゐに春の雪
飛行機雲真二つに裂く春の空
堰水のまぶし春光あふれしめ
猫柳日の斑まぶしき川面かな

 牡丹の芽  奥田 積
立春の雨の明るき一日かな
畦焼火水面に落ちて立ち上がる
末黒野を小走りにゆく鳥の影
法灯の上棟式や鳥雲に
雛菓子の鯛の尾鰭のはねてをり
記念碑を離れてしるき牡丹の芽

 薬 研 彫  梶川裕子
薬研彫の藩主の墓石梅三分
鰐口の紐のささくれ戻り寒
鉛筆を削り揃へて大試験
日めくりは二日のままの追儺寺
埴輪の目三角もある春愁
すれ違ふ人襟立つる余寒かな

 春 北 風  金井秀穂
幾世代秘湯守り継ぐ大囲炉裏
風止めば日差し明るき二月かな
二月尽餌台に置く呆けりんご
蕗のたう凍てし土よりこそげ採る
予後の妻の鼻唄洩るる春厨
篁の日がな悶えつ春北風

 若  布  坂下昇子
まだだれも踏まぬ風紋冴返る
若布採り腰の籠より潮垂るる
新聞を二枚つなぎて若布干す
三椏の花に狂ひのなかりけり
薄氷に載りて鴨の子水に入る
薄氷の咬みし枯草離しけり
 春 浅 く  二宮てつ郎
竹林の揺れ柔らかく寒終る
リモコンの出す声春の立ちにけり
拡大鏡頼みの漢字春浅く
強風の残る日向やいぬふぐり
春夕べ小湾遠く灯り初む
木の洞に差し込む夕日二月尽 

 犬ふぐり  大石ひろ女
星ひとつ足らぬ二月の天道虫
移りゆく時をあれこれ犬ふぐり
大楠の洞十畳や涅槃西風
鞦韆や未来へつなぐ空の色
自分史に偽りのなく鳥帰る
春一番分かりさうなるピカソの絵

 祈りの刻  奥木温子
十字架の影の突き刺す斑雪
看護師のモンローウォーク春遅々と
大根を半分買つて風は春
忌を修す祈りの刻のしづり雪
盆梅を日向に出して猫と居り
毛衣や日毎に太る辛夷の芽

 水 温 む  清水和子
遠州に風吹かぬ日や水温む
盆梅の花小刻みに風に揺れ
一房の馬酔木の垂るる山路かな
下ばかり見て登りけり梅匂ふ
春宵や消し忘れたる二階の灯
春あけぼの飯炊く匂ひ家中に

 鳩 時 計  辻すみよ
夕刊の後に郵便日脚伸ぶ
独り来てひとりの歩巾犬ふぐり
春田打つ同級生も老いにけり
若布を拾ふをりをり強き波しぶき
見えてゐて採れぬ若布のもどかしく
啓蟄や声の飛び出す鳩時計

 春 の 風  源 伸枝
沈丁に音なき雨や忌を修す
灯台へ高波走り冴返る
春灯を雨にこぼせる礼拝堂
十字架をつつむ潮風春の雪
山国のうるむ星座や猫の恋
保育士のいつも小走り春の風


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 斎藤 文子

靴買ひに立春の橋渡りけり
鉛筆の芯の固さや梅一輪
ころころと膨らむ梅の蕾かな
飛行機雲伸ぶるバレンタインの日
母の声子のこゑ聞ゆ春障子


 石川 純子

一発で味付け決まる根深汁
いいじやんのじやんの気になる雪祭り
雪像はみな川を背にしてをりぬ
真つ白きポストになりぬ吹雪けり
雪解やジャングルジムの見えて来る



白光秀句
白岩敏秀


母の声子のこゑ聞ゆ春障子  斎藤 文子

 障子といえば俳句では冬になる。風や寒気を防ぎ、人の目を遮る。障子は障(さえ)ぎるものという意味だそうだが、外部からの侵入を防御する固い感じがある。対して、春障子には内から外へ向かっての開放感があり明るさがある。
 春障子の部屋から聞こえてくる会話は楽しそうな母と子のもの。若い母親と子どもの弾む会話を春障子がしっかりと受け止めている。
 こころの和む作品である。
 靴買ひに立春の橋渡りけり
 春は新しい出発のときであり、別れのときでもある。これは出発のときのもの。立秋であれば、おそらく別れを想像したであろう。
 新しい靴は希望への第一歩を踏むためのもの。そして、立春は万物が動き始める日。長い冬からの作者の解放感が読み手に伝わってくる。作者が新鮮な気持ちで春を迎えているからだろう。

いいじやんのじやんの気になる雪祭り  石川 純子

 この「じやん」は若者の流行語と思っていたら、広辞苑にちゃんと載っていた。「(終助詞)(「じゃないか」の略)相手に同意や確認を求める意を表す。「いかしてる―」「そんなことどうでもいい―」とある。
 とすれば揚句の「じやん」は「この雪像かっこいいじゃん。いかすじゃん」か…。
 雪祭に集まる若者たちの言葉をすかさず受け止めた作者の感性は若い。とは言え世のおじさま族にはやっぱり気になる「じゃん」ではある。

前髪を上げし少女に春の雪  出口 廣志

 まだあげ初めし前髪の
 林檎のもとに見えしとき
 前にさしたる花櫛の
 花ある君と思ひけり
 ……
 島崎藤村の詩「初恋」の一節である。
 藤村の詩は少年の淡い初恋であるが、揚句は恋に恋する少女のあどけないポートレート。少女の黒髪にかかる春雪の白さが印象的である。

かたことに片言返し桃の花  飯塚比呂子

 同じ言葉を二度使いながら、使う主体が明瞭に区分されている。初めの「かたこと」は幼児、後の「片言」は作者である。しかも、ひらかなと漢字の使い分けも細かい心配りである。
 桃の花が立派に実をつける頃には、沢山の言葉を覚えて作者を喜ばせているにちがいない。

憲法九条蕗味噌のほろ苦し  青木いく代

 平和を守るはずの憲法九条が、国内では論争の火種となっている。世代や性別に関係なく国の将来に係わってくること。改憲派や護憲派のそれぞれが正義を主張して舌戦を闘わす。世論がどちらに傾くか、憲法論議ほろ苦し蕗味噌ほろ苦しである。

新築の瓦揚りて春立てり  徳増眞由美

 棟上げが終わって瓦が葺かれると家の形が見えてくる。やがて、左官工事、電気工事などさまざまな工事がはじまる。これらの工事の進行や建築部材の保護には屋根瓦の施工は大事なこと。この大事な瓦葺きを立春の日に始めたという。今年の立春は二月四日の大安の日に当たる。
 桜の咲く頃には、木の香の新しい家で楽しく一家団欒の時を過ごせることだろう。

陽気さが母の取り柄や花菜風  太田尾利恵

 作者のお母さんはきっとあわてん坊なのだろう。少々の失敗は「あっ、ごめんごめん」と言いつつ物事を屈託なく処理しているに違いない。いつも陽気で前向きなお母さんなのである。そして、お母さんを中心に笑い声の絶えない家族の一員である作者。作者にもお母さんの陽気なDNAが間違いなく引き継がれている。菜の花を渡ってきた風が香ばしく感じられる句である。

がうがうと堰響かせて雪解川  佐川 春子

 〈雪解川名山けづる響かな 前田 普羅〉普羅の句はかなり激しい雪解川を想像させる。春子句の雪解川も激しい雪解川である。大河には堰はないであろうし、小川では響くほどではない。山間の急峻な流れにある堰堤を想像した。一気に本格的な春へ突っ走る雪解川の響きが心地よい。


    その他の感銘句
沈丁の冷たく匂ふ夜雨かな
折り上げて影の生るる紙雛
大寒の水に打ちたる蕎麦晒す
来る鳥に差しし蜜柑の心置き
山國の空青ければ弊辛夷
山笑ふ窓に大きなぬひぐるみ
春立つや赤き表紙のパスポート
春立つて始発電車の客となる
春の波こえて一気に出漁す
永き日の石狩川の小濁り
葡萄酒の淡紅色に透く余寒
去り際に一ひら散りぬ冬牡丹
満潮の河口膨るる蘆の角
麦踏みの大き足跡残りけり
春隣窓辺へ鉢を置き変へて
北原みどり
渡邊喜久江
石川 寿樹
橋本 快枝
上武 峰雪
樋野久美子
西田美木子
松原トシヱ
田口  耕
小林さつき
川島 昭子
五十嵐藤重
村松 綾子
廣川 惠子
堀口 もと


鳥雲逍遥(4月号より)
青木華都子

影落とし噴煙なびく初浅間
経文に己励ます寒行僧
空つぽの牛舎に日差し鳥交る
春立つと水琴窟に試し水
青竹を帆柱たてに浦とんど
山鴉大根抜きし穴覗く
大根を飴色に炊く寒の入り
歳晩の道戻りゆく消防車
収穫の何も無き納屋冬ざるる
師の教へ今なほ守り針供養
荒海を越え来し船に雪降りぬ
経蔵の大戸開けある三日かな
初明かり関八州の田に畑に
凪ぎわたる海の青さや蜜柑船
除雪車と幾度行き交ふ奥出雲
しづり雪軒の雀を翔たせけり
触れてみて踏んで確かむ霜柱
家族みな箸新しき雑煮かな
もう少し迷子でゐたき春落葉
外泊の妹に買ふ寒の紅

田村 萠尖
武永 江邨
関口都亦絵
野口 一秋
福村ミサ子
松田千世子
三島 玉絵
織田美智子
笠原 沢江
上川みゆき
上村  均
野沢 建代
星田 一草
奥田  積
梶川 裕子
金井 秀穂
坂下 昇子
奥木 温子
横田じゅんこ
池田都瑠女



白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
仁尾正文選

 東広島  友貞 クニ子

春風や自転車をこぐ赤い靴
ひとり出て又一人出て春田打つ
雛の間に琴の調弦してをりぬ
くれなゐの果実酒を酌む雛祭
芽牡丹に朝日とどむる極楽寺

 
 鹿 沼  中村 國司

寒夕焼直立不動ゆるぎなし
白菜の畑を見回る傘差して
薄明のすでに青める寒の空
懐妊の知らせ届きぬ春の雪
折畳み傘はひらかず牡丹雪



白魚火秀句
仁尾正文


雛の間に琴の調弦してをりぬ  友貞クニ子

 雛祭は、正月七日の人日、三月三日の上巳、五月五日の端午、七月七日の七夕、九月九日の重陽の五節句の一つとして、古くから貴族、庶民、老若男女の別なく皆んなして祝ってきた。『日本大歳時記』には雛祭の副季題が五十語近く出ており、例句も五十余句が掲げられていることが如上のことを証している。
 雅びやかで楽しいので毎年おびただしい雛の句が作られているのでもう秀句が生れる余地はないのかと思ったが掲句のような秀句に出合った。雛壇が飾られている雛の間。ここで今夜奏でる曲に備えて琴の糸を調律しているのである。何時間後にはこの雛の間でゆかりの者が参集して宴がくり拡げられるのである。場面の切り取りが具体的であるので祭りの雰囲気がつぶさに見えてくる。同掲の
 ひとり出て又一人出て春田打つ  クニ子
も大らかな写生句。素十の
 また一人遠くの芦を刈りはじむ
が想起された。

薄明のすでに青める寒の空  中村 國司

 薄明は日の出前または日没後見られる空のほのかな明るさをいう。この句は夕薄明である。
 よく晴れた冬の日が沈んだあと、青みを帯びた薄明となった。やがて寒星がちりばめられた凛冽な夜空になるのであろう。投句稿の中には「凜と」という言葉が随分と多いが、具象性に欠ける。この句の如く具象的に詠めば身を切るような寒さが伝わってくるのである。

別れとは知らずに別れ流氷期  小林さつき

 「じゃあまたね」と手を挙げて別れたのが永別になってしまうとは。「無常迅速」という語が人事でなく思い知らされた。
 この句、あるいはもっと軽く、楽しい別れの挨拶だったかもしれぬが、季語に据えた「流氷期」がずっしりと重く、只ならぬ別れを思わせる。「コト俳句」の季語は作者の思いの象徴である。

春泥に十三文の靴の跡  清水 春代

 一文は一文銭の直径で約二・五センチ。一時代前、足袋や靴のサイズは八文半とか九文とか言っていた。拙作の「朴落葉十六文は優にあり」の十六文は約四十センチ。プロレスラーのジャイアント馬場の十六文蹴りからの発想であった。この句は割合に評判がよかったので朴落葉が実際に十六文もあるか確かめに出かけた。十六文はおろか十八文、二十文もあるものがありほっとしたことだった。
 掲句の十三文は三二・五センチで大男である。尤も春泥の中の足跡だから一割程は割引れるだろうけど。

土塊を道に落として田打終ふ  森  志保

 田打を終えた農機が道路に土塊を落して過ぎ去った。何でもない景であるが、言葉を飾らず詠んでポエムを感じさせる。
 作者は、天竜白魚火句会の渥美尚作、絹代夫妻の次女。平成六年に会が発足して以来ずっと渥美家で句会が行われていたが、高校生の頃からしょっちゅう句会を見に来ていた。大学へ入ると同時に白魚火に入会し就職後も継続していたが結婚し出産後は何年か休詠していた。昨年から句会に復帰。ブランクを取戻さんとしているかのようだ。

ラッセル車降り一服の峠駅  平間 純一

 今冬の北国は豪雪に見舞われ又暴風が吹き異常気象が続いた。青森県の酸ヶ湯温泉では春雪が一昼夜に五五〇センチ余も積もり気象台の観測記録を更新した。各地のラッセル車や除雪車は正にフル稼働だった。掲句は登りを働きづめのラッセル車が峠の駅に到着して一休みしている所。こういうリアルな景を見せられても雪のない地に住む者には本当の痛みは分っていないのであろう。

一湾に春寒の星限りなし  安食 孝洋

 もう四十余年もの昔、この作者夫妻や西村松子(旧姓石原)さんらの白鳥句会が古川先生の直接指導を受けており、筆者も折々この句会にお邪魔したことがあった。理容師の作者は筆者の社宅のすぐ近くに店を開いていたのでよく店へ寄っていた。その後本店へ帰って、どうしたのか俳句を中断してしまった。一都選で四句欄五句欄に居た実績があるので今回の復帰は喜ばしい。

鞦韆やときめく心吾になほ  荻野 晃正

 鞦韆にまつわるロマンスが若い頃あったのであろうか。ときめく心がまだあるということは青春の只中にあるということ。奮発を期待している。


    その他触れたかった秀句     
梅林の小川に渡す丸木橋
日脚伸ぶ本屋の作家別の棚
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火付け棒の男走りて畦を焼く
左義長や程よき風の立ち始む
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傘を借るほどでもなくて春の雨
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黄泉苞苴に冬の帽子とネクタイを
部屋いつぱいスキー帰りの荷を並べ
水温む畳屋残る城下町
毛糸編みひと目ひと目が過去となり
春夕焼海へ夕日の沈む町

小村 絹子
高橋 圭子
高添すみれ
剱持 妙子
石川 寿樹
早川 俊久
後藤よし子
横手 一江
前田 和子
守屋 ヒサ
及能さつき
近藤すま子
渡部 昌石
山越ケイ子
田部井いつ子

禁無断転載