最終更新日(Update)'18.03.01

白魚火 平成30年3月号 抜粋

 
(通巻第751号)
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 3月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    寺本 喜徳 
「日の温み」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
       
渥美 尚作、井上 科子  ほか    
白光秀句  村上 尚子
句会報 旭川白魚火会忘年句会   淺井ゆうこ
句会報 栃木白魚火忘年句会報   秋葉 咲女
句会報 旭川白魚火会新年句会   淺井ゆうこ
句会報 栃木白魚火新春俳句大会   江連 江女
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
     高橋 茂子、福嶋 ふさ子  ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(松 江) 寺本 喜徳   


畑の土ほのかにかをり春動く  西村 ゆうき
(平成二十九年五月号 白光集より)

 冬の間雪におおわれて眠っていた畑地も、まぶしい春光を浴びるようになると南の斜面から雪が溶け始める。土に鍬を入れると匂い立ってきて、既に春の営みが始まっていることを知らされる。雪の下で耐えていた苗物などを助け起こしてやると、土の「ほのかなかをり」も消されるほどである。既に目覚めていて、直接日の光を浴びるのを待っていたのである。
 ところで、作者は次席五句中の第二句で、
  きさらぎや潮は匂まだ持たず
と詠んでいる。岩場の藻が生長して、春潮が香を運ぶのは今少し先である。作者は二つの句を並べて、春の到来の諸相を表現するという興味深い試みをしている。

 雛納今年もなほす箱の角  吉野 すみれ
(平成二十九年五月号 白光集より)

 三月三日は、桃の節句や雛の節句とも呼ばれ、東京では陽暦で行うが、地方では陰暦または四月三日に行うところが多い。女の子にとっては春の楽しい行事であるが、近頃は家族構成や住居の様式の変化に伴い、雛の形態や飾り方も変わりつつあるようである。以前は結婚時に自分の雛を嫁入り道具に加えて持って行く風習もあった。
 作者も幼時飾って貰った雛に深い愛着を持ち、毎年飾って楽しんだ後は、一体ずつ元の箱に納めて大事に保存しているようである。雛を休ませているおそらく紙製の箱は、年を経るにつれて次第に形がくずれ、今年も少し手直しが必要になった。独自な着眼に基づいた心根のやさしさを思わせる作である。

 あたたかや捲る亡父の農日記  関 登志子
(平成二十九年五月号 白魚火集より)

 春の日差しが強くなって暖かい日々が続き、もう田に耕耘機を入れて荒起こしを始めている家もある。長年田畑の耕作は父任せにしていたが、その父がいなくなった今年は何かと不安である。幸いに、几帳面な父は折々の農耕の用具や手順を日記帳に記していたので、それを開いて一年間の仕事の流れを思い描く。「あたたかや」に、春の到来の喜びと共に、「農日記」を残してくれていた父に対する心情を汲み取ることができよう。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

  初  暦 (旭 川)坂本タカ女
初雪が根雪足早に冬来る
年の瀬の時計のおくれ正しけり
居心地の居間や卓上暦古り
トラックの小粒に見ゆる雪捨場
初暦掛くる地球儀移しけり
凍滝の音の届かぬ滝見つむ
蝦夷栗鼠の胡桃さぐりし雪の跡
動くまで見る寒鯉にそむかれし

 二俣城址・信康廟 (静 岡)鈴木三都夫
切腹の戦国悲哀露の廟
追腹の小姓の墓や木の実降る
夢の跡落葉ごと踏む城址かな
苔寒し石組み荒き天守台
残塁や救ひのごとく石蕗の花
しぐるるや城址に残る悲話哀話
照り翳り紅葉を急かす時雨かな
寂寞として戦国の墓寒し

 山 眠 る (出 雲)山根 仙花
箒目の集まつてゐる大冬木
木々枯れて轍は深く峠越す
ふる里を囲み山々眠りけり
秒針の音こまやかに山ねむる
晦日そばするりと喉を鳴らしけり
余白なき句帳大事に年を越す
白雲は春来る雲か頭上過ぐ
磁石みな北指す北へ鳥帰る

 軒 氷 柱 (出 雲)安食 彰彦
大晦日睡魔の襲ふ昼下り
古川句碑抱いて愛宕の山眠る
滝の音秘めて推古の山眠る
寺山の裾に三つ四つ狐の火
寒鴉阿呆と鳴いてとび翔り
いろはにほ長さの違ふ軒氷柱
先つぽのひかつてをりぬ軒氷柱
空の青映してをりぬ軒氷柱

 手  話 (浜 松)村上 尚子
白息をかけ手話の指動きだす
指先に冬日をからめ手話弾む
返り咲くさくら札所の門くぐる
酒蔵に祀る神さま山眠る
ひび割れの臼に楔や雪催
枯葦の風吹くたびに日を離す
着陸の機影枯野に広げくる
臘梅やすぐ入れ替はる雲の影

 豊後富士 (唐 津)小浜史都女
小春日の犬に甘噛みされてをり
やることは山ほど山は眠りけり
柚子を捥ぐ夜は荒星のかがやけり
とろと煮るロールキャベツや冬至晴
湯布岳に両脚かけし冬の虹
明けがたの雪をいただく豊後富士
足湯してほつこりとあり雪の町
貝塚の貝がら密に寒波来る

 お 元 日 (宇都宮)鶴見一石子
鷹一羽野州の宙を存分に
裸木は漢の肱病める床
健康の生命の杜の寒夕焼
車椅子手で脚で漕ぎ日短
極月や退院の許可忽忽と
脳梗塞の三文字道連れお茶の花
神に謝し家族に謝する屠蘇の膳
孫二人話の勢むお元日

 初  日 (東広島)渡邉 春枝
躓きし物ふり返る年の暮
忙しきことも幸せ去年今年
初日の出傘寿の夢の限りなく
買初の物の一つに万歩計
河と川まじはる処鴨群るる
中空に翼をとどめ冬の鳶
読み書きに遠ざかりゐて七日かな
咳こみて話のつづきうやむやに

 大  根 (浜 松)渥美 絹代
狼の園舎にあをき冬の草
夕日もう山に触れをり掛大根
大根を掛けたるあとの夕日かな
凩や鷲の園舎に洞三つ
飯櫃の蓋にぬくみや山眠る
足場組む音を近くに布団干す
文机の抽出しに鍵笹子鳴く
遠山のよく見ゆる日や注連作る

 年 賀 状 (函 館)今井 星女
一人居に馴れて十年師走来る
二百枚書けるだらうか年賀状
年賀状書く幸せをかみしめて
冬仕度とは大根を漬くること
つつがなく今年も師走むかへけり
玄関のドアに小さな注連飾る
運動としてゆつくりと雪を掻く
贈られし花束飾る冬座敷 

 乾  鮭 (北 見)金田野歩女
雪催ひ空ずんずんと低くなり
息白し子供の挨拶笑ひ声
漱石忌旅に持ち出す文庫本
冬籠切れ味鈍る裁ち鋏
乾鮭に風よく通る笹小屋の軒
楪や筆よくはしる手漉き和紙
初夢の胸のときめきのみ残る
冬柏今日も高波日本海

 御霊久遠に (東 京)寺澤 朝子
臘八やふるさとに聴く山の音
祖霊祀る有縁地縁や冬の鵙
山眠る香煙ほのと立ち上り
おん僧のみ手もて納骨十二月
しぐるるや御霊鎮もる久遠墓
仏事にてあれど明るし冬座敷
冬ぬくし心尽しのおもてなし
枯れに入る墓苑に別れ告ぐるかな



鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 霜  夜 (浜 松)大村 泰子
頬杖に両手を使ふ霜夜かな
雉子鳩が鳴き冬萌の丈揃ふ
北窓を塞ぎ鏡を磨きけり
茨線で閉ざす鶏舎や冬すみれ
冬菜畑隈なく日差し浴びてをり
極月のきれいな箱を捨てにけり

 寒  鯉 (出 雲)渡部 美知子
焼芋に昔語りの始まりぬ
忘るるは生くる術とや冬銀河
湯気立てて金子兜太に向かひたる
踏んばりのきかぬ齢を冬至風呂
年の夜の指の包帯巻き直す
寒鯉のゆるりと水を目覚めさす

 跳ぬるシーソー (宇都宮)星  揚子
初筑波四方硝子の十五階
行進の一二で止まる出初式
固まりの崩れ寒鯉動きけり
膝つきて自転車修理冬ぬくし
足着けば跳ぬるシーソー日脚伸ぶ
羽上げて折鶴に足す春の息

 吹 越 し (群 馬)荒井 孝子
町内に宿屋一軒花八ツ手
蛇酒のひと瓶据ゑて納屋の凍つ
冬うらら同じ話を聴いてをり
吹越しや本陣跡の太格子
夕鴉一と声空の凍てにけり
庭隅に金魚の墓標寒に入る

 早  梅 (藤 枝)横田 じゅんこ
枯蓮を労るやうに日が渡る
市たのし詰め放題のみかん買ふ
毛糸帽くしやくしや丸め挨拶す
身を飾ることなき日なり年詰まる
どうしてもこちらを向かぬ水仙挿す
早梅や丘にのぼれば海見えて

 寒  夜 (浜 松)佐藤 升子
ファックスに紙を噛まする寒夜かな
声太き一羽をりけり月の鴨
冬芽より空広がれる朝かな
霜降るや陶工房に燈の残り
外套の隠しに昨夜のメモありし
病棟の二十三時の聖樹かな

 寒 四 郎 (苫小牧)浅野 数方
雪どかと降る雷鳥の写真展
一枝一幹影を仔細に冬木かな
寒四郎大きくうねる川の音
木華咲く村の綿羊みな肥ゆる
風花や疎林息づく日のかけら
日を弾き音絶ちにけり冬柏

 冬に入る (浜 松)阿部 芙美子
草紅葉富士にかかれるつるし雲
切れてゐるコピーのインク冬に入る
落葉掻き空を見上げてばかりなり
幼児の手袋のまま指切りす
採血にセーターの袖たくし上ぐ
かいつぶり一羽浮かんで一羽消え

 初  雪 (出 雲)荒木 千都江
風神の遊び心に散る紅葉
裸木となりて威を増す大銀杏
八百万の神に灯ともす冬の月
物事が裏目に出るも神の留守
初雪の挨拶ほどに止みにけり
傘に聞く雪から雨にかはる音

 竜 の 玉 (浜 松)安澤 啓子
表札に先師の氏名竜の玉
丸橋のてすりも丸木冬苺
家で食ふ駅弁勤労感謝の日
十二月八日音なく雨の降り
祭壇の榊より落ち冬の虻
寄鍋や一分間の自己紹介

 神 在 月 (出 雲)生馬 明子
運動会の放送席にギブスの子
秋灯や筆工房は店の奥
蔵元の煙突太し雁渡る
込み合へる神在月の電車かな
蜑路地を曲れば冬の日本海
数へ日や薪割る漢上着脱ぐ

 冬 の 鳥 (松 江)池田 都瑠女
蟷螂の未だ枯れ切らぬ斧構へ
枝移りして饒舌な冬の鳥
落葉踏むひとりの音の大きくて
木の葉髪句誌に我が名を探しをり
木枯の窓打つ度に寝返りす
花八ツ手剪り床の間の花活けに



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 渥美 尚作(浜 松)

山水に洗ふ土付き大根かな
民宿の鍋座の脇の火吹竹
炉話や木地師の裔の六代目
建具師の炉語り木地の話など
転車台ゆるりと回る十二月


 井上 科子(中津川)

スリップ跡きはどし雪の谷へ向く
野積みする下駄の木取りや霜の花
ほつるるも母の手編みの冬帽子
銀嶺をそびらに木曽の初茜
寒風や回転ドアの故障中



白光秀句
村上尚子


民宿の鍋座の脇の火吹竹  渥美 尚作(浜 松)

 「民宿」の良さはホテルや旅館とは違い、余計なサービスが無い代りに料金が安い。そして、その土地の特色を生かした、気取らないもてなしをしてくれるところにある。
 掲句は、読めばその場の様子がよく分かるが、最も注視したのが「火吹竹」だった。「鍋座」に居るのは勿論、ここの主婦である。話をしながらも炉火から目を離さない。そして時々そばの火吹竹に手が伸びる。
 便利になった現代の暮しから少し離れた所に、日常とは違った時間が流れているようだ。
 山水に洗ふ土付き大根かな
 民宿の戸外の景であろうか。近くの畑で必要なだけの「大根」を抜く。それをすぐそばの「山水」で洗う。当り前のことも一つ一つが作者の目には眩しく見える。俳句の目をもっていた結果である。

野積みする下駄の木取りや霜の花  井上 科子(中津川)

 作者の家の近くには、中山道の宿場町として栄えた妻籠や馬籠がある。今でも木曽の山から伐り出された材木の加工品が売られている。「下駄」もその一つである。店の外にはまだ加工半ばの「木取り」が「野積み」されている。需要が減った昨今としては致し方のないことだろうか。「霜の花」が作者の思いを語っているようであり、読み手の心にも残る。
 スリップ跡きはどし雪の谷へ向く
 大雪の及ぼす交通事故を見る思いである。そして胸を撫で下ろす。とかく説明になりやすい事柄を、破調による切れで緊迫感をもって表現している。

大根干す錆びし昭和の五寸釘  川本すみ江(雲 南)

 平成三十年を迎えた。一昔十年と言うが、その三倍ということになる。たまたま見付けた「五寸釘」もすっかり錆びていた。一本の釘を通して過ぎ去った歳月の重みに浸っている姿がある。昭和は遠くなるばかり。

うすれゆく寝墓の文字や冬木の芽  髙添すみれ(伊万里)

 「寝墓」とは、キリスト教の信者のものであろう。刻まれている文字がうすれているということは、かなり昔に渡来して来た人のものかも知れない。「冬木の芽」を仰ぎつつ、作者の思いははるか遠い所に向いている。

悴みし手に玄関の鍵ひとつ  中嶋 清子(多 久)

 隣へ回覧板を届けに行ったのか、あるいはごみを出しに行ったのか。いずれにしてもすぐ帰るつもりだった。しかし、思いがけなく長話になってしまった。悴んだ手に握られている「鍵」が何か呟いているようで気が気でない。

磴五百灯して寺の年新た  若林 光一(栃 木)

 「磴五百」からその場の情景が見えてくる。本堂へ向かう人が、次々と石段を上って行く。日頃見馴れている参道も明かりが点され、淑気に満ちている。過不足のない表現に、新年に対する思いが伝わってくる。

水さつと流し俎始かな  落合志津江(雲 南)

 新年には〝初〟〝始〟を使って季語としているものが多い。「俎始」もその一つ。いつもしていることを「水さつと流して」と表現した。さすがベテランの主婦であり、俳人である。

寒鰤の丸太のごとく置かれけり 塩野 昌治(磐 田)

 市場の景である。この日は大漁だったのだろう。高値の付きそうな鰤がごろごろ置かれている。それが「丸太」のごとくであり、この句の眼目である。かなり飛躍した比喩だが、中途半端なものより良い。俳句の醍醐味でもある。

枯れ切つて遠嶺まぢかくなりにけり  高田 喜代(札 幌)

 目の錯覚ということがある。同じ山を見るのにもその日の天候や時間により、又、四季によっても違う。この句は周囲が枯れ切ったことにより「遠嶺」が「まぢかく」なったと感じている。

大嚏して足音の遠ざかる  太田尾千代女(佐 賀)

 他人のくしゃみに驚かされることがある。当人は何食わぬ顔で通り過ぎてしまった。聞かされた方はしばらく調子が狂ってしまうことさえある。俳味満点の作と言える。

どたどたと走る子のゐて冬温し  市川 節子(苫小牧)

 近頃、子供の声がうるさいという人がいると聞く。おかしな話だが、この句を読んで安心した。回りのことなど考えずに動きまわるのが子供である。そしてそれを温かく見守るのは大人の役目である。


    その他の感銘句
消防車来てをり人の日なりけり
遠筑波山麦青々と広ごりぬ
もどりたる句集に付箋冬あたたか
補聴器を付けて聴く音年詰まる
手袋の中のバス賃温もりぬ
司馬遼太郎読む鯛焼を尾から食べ
大空をからつぽにして今朝の雪
着膨れて気前宜しき人となる
煤逃の子にお使ひを頼みけり
賀状書く夫九十の背中かな
八寸の色鮮やかな草石蚕食ぶ
珈琲のミルクの渦や冬夕焼
八十八歳たしかに年の暮れにけり
裏山の木々が引つ張る冬の星
初氷みそ汁温め直しをり
陶山 京子
谷田部シツイ
青木いく代
大庭 南子
牧沢 純江
中野 元子
高山 京子
三谷 誠司
高井 弘子
岡部 章子
中林 延子
鶴田 幸子
河森 利子
秋穂 幸恵
藤島千惠子


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

  呉   高橋 茂子

凍雲を断つや庭師の大鋏
ロープウェイ麓に戻し山眠る
七輪の小窓のありて冬の虫
書入れの文字の混み合ふ古暦
伊予の湯に指までゆるび年を越す

 
 群 馬  福嶋 ふさ子

重ね着をして温顔となりにけり
笹鳴きに応へて干せる濯ぎ物
雪しんしんオセロゲームの石の音
大道店消えてしづかな年の市
初稽古終へはつらつと面外す



白魚火秀句
白岩敏秀


ロープウェイ麓に戻し山眠る  高橋 茂子(呉)

 一日に何度も山頂と麓を往復して、大勢の観光客を運んだロープウェイも、冬になって運行を止めることとなった。最後の客を乗せて静かに駅に着いた。
 山が眠るために、自らの意志で「麓に戻し」と叙したところがユニーク。〝山よ ゆっくりと眠れ〟と作者の気持ちが籠められていることは勿論である。
 七輪の小窓のありて冬の虫
 七輪は秋刀魚と組み合わされることが多いが、ここでは冬の虫。取り出した七輪の通風口から冬の虫が飛び出したという。この句は通風口を「小窓」と捉えたところが手柄。〈初夏に開く郵便切手ほどの窓 有馬朗人〉の小さい窓である。

重ね着をして温顔となりにけり  福嶋ふさ子(群 馬)

 「温顔」は「穏やかで、やさしい顔つき。温容」と辞書にある。
 人は寒いと苛立ったり、顔つきも尖ってくる。しかし、身体が温まってくると気持ちも落ち着いて温顔となる。〝衣食足りて礼節を知る〟とはこのこと。
 初稽古終へはつらつと面外す
 初稽古と寒稽古とは少し雰囲気が違うようだ。初稽古にはどことなくなごやかなところがある。
 鏡餅を飾った道場で、稽古に爽やかな汗をなしたあとに正座して面を外す。「はつらつと」と言ったところが新年のめでたさ。

夜咄や退屈をまだ知らざる子  鈴木 利久(浜 松)

 かつては囲炉裏を囲んで、色々と夜咄が弾んだものだが、今は囲炉裏を見かけることはほとんどない。これは炬燵での夜咄かも知れない。
 話を聞きながら、〝何故? どうして? それから?〟とつぎつぎと質問してくる子ども。好奇心が強いということは退屈を知らないこと。冬の夜長の楽しいひとときである。

手踊りの指の先まで年忘れ  仙田美名代(群 馬)

 アルコールが心地よく体内を駆け廻り、忘年会がますます盛り上がってきた。そして始まった隠し芸で披露したのが手踊り。「指の先まで」の措辞に、年忘れの雰囲気にすっかり溶け込んで、楽しんでいることが分かる。

鉄橋に距離置く小さき鴨の陣  田原 桂子(鹿 沼)

 小さい陣は子鴨を連れた一家族であろう。だから子鴨が鉄橋を渡る電車の轟音に、驚かないように距離を置いているにちがいない。子どもを守ることは人間も鴨も変わりはない。

元旦や我が田に見えしこふのとり  中林 延子(雲 南)

 コウノトリはヨーロッパでは赤ん坊を運んでくる鳥とされ、日本では国の特別天然記念物に指定されている。雲南市ではコウノトリを放鳥して保護に努めている。その鳥が元旦に、作者の田で餌を啄んでいたという。〝こいつぁ 春から縁起がええわい!〟というところか。作者は雲南市の人。

一畝を残して戻り日短し  山﨑 カネ(浜 松)

 もう少し、あと少しと頑張っていたが、とうとう日が暮れてしまった。冬は日が短い。仕事をし残した残念さが「残して戻り」に出ている。後ろ髪を引かれる思いである。

年賀状宝物とし読み返す  佐藤 愛子(雲 南)

 普段、顔を合わせている人のであれ、遠く離れている人のであれ、年賀状が来れば嬉しい。それぞれの顔を浮かべたり、はて誰?などと首を傾げるのも楽しい。親しい人、疎遠の人からの年賀状は全て宝物。思い出を手繰りながら読み返している作者。ほのぼのとした味わいのある句である。

寒泳や真一文字の口ばかり  坪田 旨利(東 京)

 寒中水泳を終えて、泳者が次々と浜に上がってくる。全身から滴る雫が浜を濡らす。冷たさに耐えた目はきらきらと輝き、口は固く結ばれている。困難なことをやり遂げた昂揚感が「真一文字の口」と表現された。


    その他触れたかった秀句     

去年今年島を抜けゆく海の風
裸木や旧町名の案内図
冬鵙の猛りて空の澄みにけり
採点の丸を大きく冬ざくら
カーテンの花の誘惑冬の蝶
母子像へ鳩の降りきぬ冬日燦
甲斐の酒酌みつつ炭を足しにけり
冬薔薇一人となりしわが戸籍
神田より湯島を回り初句会
餅入れの木箱干さるる竈屋かな
冬木の芽日当りのよき滑り台
小さき子の小さきおじぎの御慶かな
回覧板山茶花散り敷く庭通る
語ること色々ありぬおでん酒
白足袋の位置を定めて弓を射る
新海苔を炙る香りのゆたかなる
海見ゆる観世音寺の冬桜

田口  耕
熊倉 一彦
牧野 邦子
吉田 美鈴
北原みどり
寺田佳代子
山下 勝康
金子きよ子
原 美香子
才田さよ子
山本 美好
小林 永雄
松原トシヱ
安川 理江
荒川 玲子
福田 美穂
鳥越 千波 

禁無断転載